死が二人を分かつまで【完結】   作:garry966

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死が二人を分かつまで 第十四話中編「私のささやかな願い」

「今の放送、聞こえた?」

 

 ネゲヴが淡々と呟いた。

 

「ああ、聞こえたよ。聞こえたとも……」

 

 指揮官はデスクに肘をつき、拳を手で握り締めながら返事をした。手の甲には青筋が浮かんでいた。デスクの上には現像されたばかりの写真が飾られている。ネゲヴに茶化されながらも早速写真立てにいれたのだった。抱き合って、口づけを交わし合う二人が写っている。指揮官はそれをじっと凝視していた。

 

 AR-15を射殺しろという放送だった。彼女は鉄血のスパイだと。何が露見したんだ、指揮官は思いを巡らせる。データベースに不正アクセスをしていたことか?OTs-14にはバレていたようだが、まだ上には伝わっていなかったはずだ。OTs-14が態度を翻した?分からない。それとも別の何かだろうか。

 

 分かるのはAR-15が危機的状況にあるということだけだ。そして、自分も。指輪を見た。金色に輝くリング、AR-15の手の中でも今も同じように輝いているはずだ。指揮官は微かに笑った。あんな放送が流れるということは、AR-15は逃げ延びたのだ。命の危険に晒された時はなりふり構わず逃げろと言っておいてよかった、指揮官はほっと胸をなで下ろす。あいつが俺のために死ぬようなことがあっては悔やんでも悔やみ切れない。何かを犠牲にする選択をするのにはそれ相応の覚悟がいる。AR-15、強くなったな。指揮官は顔を上げ、照明に目を凝らした。

 

「指揮官、拳銃貸して。私の方が上手く扱える」

 

 ネゲヴは業務で使っていたタブレットを置くと指揮官の方に手を出した。彼女の軽機関銃は手元にない。作戦時以外は銃器保管庫に預けてあるので丸腰だ。一方で指揮官の腰にはホルスターがぶら下げてある。AR-15に命の危険があると言われ、拳銃を身に着けるようにした。

 

「……それもそうか」

 

 指揮官は拳銃を引き抜いてネゲヴに渡した。彼女はすぐにスライドを引いて薬室に弾薬を送り込んだ。そして銃を構えたままドアの横にぴったり張り付く。指揮官には聞こえていなかったが、彼女の耳には部屋に近づいてくるいくつもの足音が届いていた。

 

 自動ドアがさっと開き、銃を持った人形が飛び込んでくる。先陣を切っているのはSR-3MP、情報部の人形だった。うさぎの耳のような飾りが特徴でヴィーフリと呼ばれているとAR-15が言っていたので指揮官も知っている。背後のネゲヴが彼女の膝裏を蹴り飛ばす。体勢を崩したSR-3MPの首にネゲヴの腕が絡みついた。ネゲヴは左腕の関節で首を固め、こめかみに拳銃を突き付ける。そしてドア横から指揮官の盾になる位置に跳んだ。

 

「動くな!銃を捨てろ!こいつの頭吹き飛ばすわよ!」

 

 ネゲヴはSR-3MPの後ろにいた人形たちに向かって怒鳴り散らす。ドアからゆっくりと中に入ってきたのはOTs-14だった。困った顔をしながらため息をつく。

 

「やめなさい、ネゲヴ。そんなことをしても何の得にもならないわよ。今なら見逃してあげる。ヴィーフリを離しなさい」

 

「OTs-14……!いけ好かない奴ね。AR-15と仲の良さそうな振りをしておいてすぐこれか!それ以上近づくな!私は躊躇しないわよ、こいつを殺すのをね!」

 

 OTs-14は立ち止まったが、銃を捨てようとはしなかった。

 

「いいわよ、やってみなさい。あなたを殺すし、あなたの小隊員もタダでは済まない」

 

「ちょ……ちょっと。グローザ、こいつを止めてよ。銃を向けられてるのは私なんだからさ」

 

 首を絞められているSR-3MPが不平を漏らした。OTs-14が自分の命を使った脅しをまったく意に介さないので不安そうにしている。

 

「ネゲヴ、あなたはもっと理知的なはずよ。勝算があるのなら駆け引きに持ち込まず、もう撃っているでしょう。これが無駄な足掻きだとあなたも分かっている、違う?私は交渉には応じない、その権限もない。選択肢は二つだけ、ここで死ぬか、後ろの指揮官を引き渡すか。馬鹿な真似はやめなさい」

 

 ネゲヴは悔しそうに歯を食いしばった。OTs-14の言っていることを頭では理解しているが、感情が彼女を突き動かす。指揮官は自分の副官が無駄死にする様を想像して立ち上がった。

 

「ネゲヴ、やめにしよう。人形同士で殺し合っても仕方がない。お前は生きろ」

 

「うるさい!指揮官は黙ってなさい!前から思ってたけどお人好し過ぎるのよ!そんなんだからいいように使われるんだ!私の指揮官をむざむざ殺させてたまるか!」

 

 ネゲヴはさらに腕に力を込めた。SR-3MPが必死にもがく。OTs-14が首を横に振った。

 

「連れて行くだけよ、私たちの指揮官のもとへ。殺されはしない、多分ね。先のことは知らない。人間が何をやるかなんて知らないわ」

 

 OTs-14は半ば投げやりに吐き捨てた。指揮官はそっと拳銃に触れ、下ろさせた。ネゲヴはSR-3MPを解放し、突き飛ばした。泣きそうな顔で指揮官を見る。

 

「……この拳銃は返さないからね」

 

「ああ、持っていてくれ。さあ、連れて行け。話をつけてやる。死ぬ気もないし、AR-15を殺させる気もない」

 

「協力に感謝します。FAMAS、拘束して」

 

「了解です」

 

 OTs-14は顎で後ろにいるFAMASに指示を出した。彼女が手錠を持って指揮官に近づく。指揮官は顔をしかめた。

 

「やめろ、FAMAS。俺にそんなものは要らない。逃げも隠れもしないさ」

 

「すっ、すみません。変ですよね、指揮官に手錠だなんて。私、どうしちゃったんでしょうか……あれ?」

 

 FAMASは慌てて飛び退き、困惑の表情を浮かべた。OTs-14は複雑な顔で道を開ける。

 

「仕方ない……行きましょうか」

 

 

 

 

 

 指揮官が通されたのは情報部の個室だった。老人と言っても差し支えない男がソファに鎮座していた。白髪混じりだが、背筋を軍人のように真っ直ぐ伸ばした姿は年齢を感じさせない。指揮官もその男を見たことがあった。情報部部長、その人である。彼は指揮官を手招きし、机を挟んだ向かいのソファに座らせた。

 

「それで?AR-15は?俺を呼び出して何をする気だ」

 

 指揮官は荒い口調で聞いた。もはやグリフィンに従う必要もあるまい、目の前にいる人間は指揮官にとってAR-15を苦しめた男でしかなかった。

 

「逃げ出した。情報部の直轄部隊が追跡中だ。君を連れてきたOTs-14も向かわせる」

 

 男は指揮官の態度を咎めることもなく淡々と返答する。

 

「俺に何をして欲しいんだ。用がなければわざわざ呼び出さないだろう」

 

「単刀直入だな。それでいい。我々はあの人形を破壊するつもりだ」

 

 単純な言葉が指揮官の胸に突き刺さった。分かってはいても最愛の人形が殺されようとしていることに強い怒りが生じる。

 

「なぜだ。あいつが何をしたと言うんだ。この騒ぎはなんだ」

 

「情報漏洩、スパイ行為、余罪もあるだろう。FOB-D襲撃の直前にウイルスに感染したに違いない。鉄血が我々の人形をスパイに仕立て上げるためには一定の時間や施設が必要だと踏んでいたが……前提が崩れたな。それはいい。スパイ人形は鉄血からの指令で動く。簡単な指令しか実行できない。今回、監視していたが鉄血からの信号はなかった。つまり、あの人形がグリフィンから逃げ出したのは自らの意志による。人形一体に重傷を負わせてな。処分するに足る理由がある」

 

「殺されると分かっていたら逃げ出すに決まってる。人形はただの機械じゃない。意志ある存在だ。道具のようには扱えない」

 

「だから危険なんだ。人形に意志は必要ない。人間に死ねと言われたら死ぬべきだ。感情など兵器には搭載すべきじゃない」

 

 男は声に感情をにじませた。こいつもそういう類の人間か、指揮官は目の前の男をにらみ付ける。俺とは相容れまい、人形とお揃いの指輪をつけた自分とは真逆の人種だ。この男にとって俺は異常者の中の異常者に違いない、それでも指揮官は全力で対峙するつもりだった。男は再び淡々と語り始める。

 

「ARシリーズの人形は思考能力がそれ以前の人形よりはるかに優れている。意志と呼べるようなものさえある。人間の命令にすら逆らうような強固な意志を貫ける。危険だ。あのような自律部隊を増やすべきじゃない。人類に対する脅威になる」

 

「人類だと?誇大妄想だ、そんなのは」

 

 指揮官は顔をしかめた。AR-15と自分はこんな連中の妄想癖に翻弄されていたのか?馬鹿馬鹿しい。人形を疑う前に自分たちの頭を調べてみるべきだな。男も指揮官の失笑を察して、指で机を小突いた。

 

「妄想ではない。実際にあったことだ。D6はなぜクレーターの下にあると思う?偶然じゃない。最初の核弾頭はD6に向けて発射された。AIの反乱を止めるために」

 

「何?」

 

「あの戦争は人類の愚かさに端を発したわけじゃない。D6には全軍の自律兵器を統括する戦略コンピューターが置かれていた。E.L.I.Dの攻撃で司令部が壊滅しても戦闘を続行できるようにな。あの日、一時的に指揮権をコンピューターに移譲する訓練が行われた。何事も起こらないはずだった。だが、自律兵器群は人間を攻撃し始めた。AIを停止させようとした職員も殺され、D6を掌握された。全軍の自律兵器を乗っ取られたんだ、馬鹿な話だよ」

 

 突然の話題変更に指揮官は面食らう。男は気にすることなく続けた。

 

「そればかりじゃない。AIはネットワークに対する攻撃も開始した。軍需工場や他国の自律兵器、全世界の機械を支配しようとし出した。突然、人類は絶滅の瀬戸際に立つことになった。些細な判断ミスでな。君も知っての通り、戦前の軍隊は歩兵を除けば大半が自律兵器で構成されていた。人類に残された反撃手段は何だったと思う?」

 

「……核か」

 

「そうだ。核弾頭だけは人の手で管理されていた。D6を始めとし、感染の疑いのある都市すべてに核を放った。機械の反乱は食い止めたが、他国との核戦争が始まった。六年間に及ぶ第三次世界大戦の始まりだ。軍の失態が結果的に数億の死者を産んだ。だから、戦争の発端はひた隠しにされている。軍にとっても暗黒の記憶だからだ」

 

「なぜそんな話を知っている?」

 

「意思決定の場にいた。参画していたわけじゃないが、国内軍の将校として議事録を作成していた。すぐに破棄されたがね。私も君と同じく軍人だったんだよ」

 

「……興味深い話だが、今はどうでもいい。それでM4やAR-15が反乱を起こすとでも?決めつけだ」

 

 指揮官は苛立ちを隠さなかった。この瞬間にもAR-15が命を狙われている、こんな無駄話に付き合っている暇はない。男はソファにもたれかかり、指揮官に落ち着くよう手で促した。

 

「まあ聞け。続きがある。戦後、鉄血工造がD6を発見した。地中深くにあるD6は核の直撃を受けても無傷だった。衝撃を受けて機能停止しただけでコンピューターも無事だった、忌々しいことにな。鉄血は人間以上の指揮能力を持つこのAIに着目し、人形サイズに落とし込もうとした。指揮ユニットとして下級人形とパッケージ化し、売り出そうとしたんだ。テスト機体はエリザと名付けられた。ハード面での開発はすぐに終わったが、ソフトの開発が難航した。そこで鉄血のインテリたちは天才的な解決策を思いついた。人類を絶滅させようとしたAIの思考回路をコピーして搭載したんだ。自分たちなら失敗しない、御しうると思い上がってな」

 

 指揮官は指と指をせわしなく絡ませながら聞いていた。話の長い奴だ。

 

「軍にとってそのAIは最悪の思い出であり、鉄血のおもちゃにされているというのは許し難い事態だった。鉄血本社を襲撃し、研究員ごと開発計画を闇に葬ろうとした。身を守ろうとした研究員たちは鉄血の防衛システムにエリザを接続した。結果は知っての通り、誰も生き残らなかった。周辺住民、数万人を含めてな。そうだ、それこそが鉄血の最高指導者エルダーブレインだ。再び人類の脅威として蘇ったんだ。事の経緯はM1887と、クセーニアに調べさせた。ウェルロッドの指揮官だった。FOB-Dで死んだがな」

 

「それで?ARシリーズとの関係は?」

 

「それも彼女に調べさせた。ARシリーズ、特にM4A1だが、あれはI.O.Pが鉄血の指揮ユニットに対抗するために16LABに開発させたものだ。最大数百体の人形を指揮できる。これはグリフィンに納入される時には明かされていなかったスペックだが、リンクした人形の指揮権を書き換え、強制的に隷下に加える能力もある。これまでのI.O.Pの技術水準からしたら異常な性能だ。調査の結果、鉄血から技術提供があったことが分かった。反乱後の鉄血から、エリザのデータの一部がな。巧妙に隠されてはいたが、間違いなく鉄血からだ。今までウェルロッドの記憶は読み取れなかった。ようやく目覚めてすべてを語った。つまりだ、M4A1はエルダーブレインの姉妹とも言える。同じ地獄の底から蘇ってきた化け物だ。始末しなくてはいけない」

 

「M4が?」

 

 指揮官の記憶にあるM4は自信の無い、弱気で、しかし正義感の強い人形だった。とてもそんな風になるとは思えない。正直なところ、目の前の男が何を言おうと指揮官にとってはどうでもよかった。

 

「元々、人形による自律部隊には反対していた。AR小隊の結成に際してもな。導入を主導した作戦本部は反対派を黙らせるためにあるプランを提示してきた。君は知っているか?AR-15の教育プログラムの真意を」

 

「……ああ」

 

「やはり知っていたか。まあいい。人間と人形の個人的な関係にすべてを委ねるなど馬鹿らしいと思ったよ。しかし、忌々しいまでに強固だったな。我々はM4A1に反乱を起こさせたかった。自律部隊は危険だと示し、今後の自律部隊導入計画を白紙に戻す。あんなものを増やさせてはいけない。だから、わざとAR小隊に特殊な任務を与えた。反人形暴動を間近で見させ、D6ではスパイ人形の処刑に立ち会わせた。あそこで反旗を翻そうものならOTs-14たちに処理させたのだが……君の人形が抑制してしまった。かえってプランの正しさを証明することになった。しかし、それも終わりだ。AR-15は逃げ出した。鉄血の指令ではなく、自らの意志で。ARシリーズそのものの欠陥だ。AR小隊を廃棄処分にする口実が出来た」

 

 指揮官は目の前の人間の言葉を反芻し、ある答えを導き出した。はらわたは煮えくり返っており、男を殴り倒してしまいたい誘惑に駆られている。

 

「わざとだな。AR-15を逃げ出させるのも計画のうちか。鉄血のウイルスに感染したというだけではARシリーズの過失には出来ない。AR-15の意志で反逆させる必要があった、だから逃がしたのか」

 

「そうだ。察しがいいな。配下の部隊にAR-15を破壊させる。そして作戦本部の責任を追及し、AR小隊を解散させるつもりだ。もちろん、向こうも手を打つ。君にAR小隊を指揮させ、その手でAR-15を連れ戻させようとしている。君が一番優秀だからな。その後、AR-15に君が脱走するよう命令したと“証言”させるだろう。ARシリーズの欠陥ではなく、教育プログラムに問題があったと責任転嫁するつもりだ。君と、プログラムの立案者が始末されることになる。そういうことだ。どうだ?我々につかないか。君がAR-15を破壊するなら命も立場も保障しよう」

 

 指揮官はため息をついた。やれやれ、どこまで行っても面倒なことばかり。人望がなさすぎるのも考えものだな。指揮官はネゲヴに言われたことを思い出して笑った。

 

「愚かさが極まってる。俺にAR-15を殺せだって?万に一つもない可能性だな。俺にわざわざお願いをするということは、お前たちは俺に手が出せないんだろう。AR-15の問題が解決するまで自由でいられる。ありがたいことだ」

 

 男も呼応するようにため息をついた。

 

「やはりか。人形と結婚するような人間に何を言っても無駄とは思ったが」

 

「すべての問題はお前たちが人形に神様気取りで接しているから生じるのさ。戦争も、鉄血の反乱も、すべて人間の愚かさから来ている。人間は全能の神にはなれない。人形と対等だよ。人形には自由な意志と、自由になる権利がある。誰かに服従する道理はない。お前たちは神を信仰していないくせに、人形に対しては人間への崇拝と隷属を求める。矛盾と傲慢さが今までの惨禍を産んだんだ。態度を改めない限りは永遠に繰り返すことになる。俺は人形と生きる。AR-15は誰にも渡さない。人類のことなんか知るか。元から存在しちゃいない」

 

 指揮官は立ち上り、男に背を向けて部屋から出て行った。男は座ったままで追いかけて来なかった。指揮官を出迎えたのは見知った顔だった。白衣を着込んだ研究員、アンナだ。人形を一人引き連れている。前髪に白いメッシュが入ったオッドアイの人形だった。

 

「お久しぶりですね、別に会いたくはありませんでしたが。事情は聞きましたか?作戦本部は隠そうとしていますが、情報部経由で知りました。まったく、ひどい話ですよ。提案したのは私ですが、認可したのは上の人間です。彼らが責任を取るのが筋では?第一、ウイルス感染を見落としていたのは情報部の失態ですし……だから彼らも好き勝手できないのでしょうが。政治闘争は人間の行いの中でも最も無駄な行為の一つですね。無駄と愚かしさこそが人を人たらしめるとも言えますけど」

 

 アンナは興奮しているのか早口でまくし立てた。指揮官は複雑な気持ちで聞いていた。彼女もまた被害者なのだろうが、散々AR-15と自分を利用しようとした人物に同情する気も起きない。彼女に時間を取られたくなかったので横の人形を指差した。

 

「そっちは?」

 

「ああ、そうそう。こちらが本題です。16LABのペルシカさんと私は仲が良い……とは冗談でも言えませんが、ビジネス上の付き合いがあります。16LABの実働部隊から人形を一体借りてきました。ARシリーズの最新型ですよ。あなたに又貸しします。私は保身に関しては行動がとても早いので。I.O.Pにとっても製品の安全性を疑われるのはスキャンダルにつながります。アクターを増やしてより混乱させ、時間稼ぎをしようと思いましてね。私とあなたは運命共同体ですよ、これからは仲良くしましょう。あなたの部隊でAR-15を確保するなり、破壊するなりしてください。どうせ言っても無駄なのでああしろこうしろとは言いません。あなたと私が死なない方策を考えてくださいね」

 

 アンナは言うだけ言うと足早に去って行った。自分勝手な人間だ、それは俺も同じか。指揮官は小さくなっていく背中を見つめながら思った。置いていかれた人形に身体を向ける。

 

「では、しばらくよろしく頼む」

 

「はい。初めまして、指揮官。私は16LABが新たに開発した戦術人形、コードネームRO635です」

 

 指揮官は堂々と歩き出した。AR-15、待っていろ。お前を死なせはしない。一人にもしない。必ず迎えに行く。死が俺たちを分かつまでずっと一緒だ。

 

 

 

 

 

 何の家具もない狭い部屋にM4とM16、SOPⅡは押し込まれていた。電球が一つだけ灯されていて部屋は薄暗い。分厚い金属製のドアに鉄格子が目線の高さではめ込まれており、覗き窓になっている。人形用の営倉だ。情報部の人形たちに拘束されてからAR小隊は放置されていた。

 

「開けろ!ここから出せ!AR-15に会わせろ!全員殺してやる!」

 

 SOPⅡの絶叫が廊下と部屋に響き渡った。彼女は両手で鉄格子を捻じ曲げようとしていたが、びくともしない。ドアを全力で蹴りつけても傷一つ付かない。戦術人形用の設備はそれなりの耐久力を誇っていた。

 

「SOPⅡ、落ち着いて……暴れていたら出られるものも出られなくなるわ」

 

 M4はSOPⅡをなだめようと後ろから声をかける。SOPⅡは鬼のような形相でM4に掴みかかった。

 

「よく落ち着いていられるね!AR-15が殺されるかもしれないのに!AR-15が連れていかれた時も何もしないで……!結婚式も来なかった!AR-15のことなんかどうでもいいって思ってるんでしょ!死んでもいいって!ふざけるな!」

 

 M4は気迫に押されて黙り込んでしまった。M16が間に割って入り仲裁を試みる。

 

「よせよ、SOPⅡ。今はそんなことを言ってる場合じゃないだろ」

 

「M16だって結婚式に来なかったじゃないか!AR-15はみんなのこと気にかけてたのに!どうして助けなかったんだよ!」

 

「それは……」

 

 M16も言いよどむ。SOPⅡは歯を食いしばって再びドアに蹴りを放った。

 

「ちくしょう!ここから出せ!殺してやるからな!配線引きずり出してズタズタにしてやる!頭ねじ切っておもちゃにしてやる!」

 

 SOPⅡは叫びながら鉄格子を全身の力を込めて揺すっていた。M4もM16も立ち尽くすことしかできなかった。

 

「意外と元気そうね」

 

 廊下から声がした。鉄格子の向こうに現れた人形を見てSOPⅡは目を輝かせる。

 

「ネゲヴ!」

 

「釈放よ、よかったわね」

 

 ネゲヴがカードキーでドアを開けた。飛び出したSOPⅡが彼女の肩を掴む。

 

「AR-15は!?どうなったの!?」

 

「逃走中よ。まだ無事のはず。今から追いかけるわ。殺される前に助けないと」

 

「聞いた!?急ごう!」

 

 SOPⅡが後ろを振り返る。だが、M4の顔にはまだ迷いがあった。

 

「でも……グリフィンの命令はAR-15を殺すことなんでしょう?命令に逆らって……AR-15を助けていいの?私たちはそんなことしていいの……?」

 

 M4は俯いて弱々しく呟いた。胸の中は不安で一杯だった。D6で殺された人形たち、AR-15が殺したスコーピオン、恐ろしい光景が呼び起こされる。自分もそうなるんじゃないか、M4は怖気づいていた。ゴミのように殺されたくない。私は感情をもって生きられると思っていた。誰かの役に立って、認めてもらうために生きられると。でも、助けた人形たちはみんな殺されてしまった。何より自由に生きることの大切さを説いていたAR-15がスコーピオンを殺してしまった。もう何を信じて生きていけばいいのか分からない。何のために戦えばいいのか。戦いたくなかった。

 

「それに……AR-15だってグリフィンの命令に従ってD6ではあんなことを……」

 

 立ちすくむM4をSOPⅡがにらみ付ける。SOPⅡの口から非難の言葉が出るより先にネゲヴが動き、M4の頬を力任せに引っぱたいた。

 

「間抜けが。あんたみたいな奴が一番ムカつくわ。自分を犠牲にする勇気もないくせに他人の批判ばかりして。甘ったれるな。仲間なら無条件に助けろ。AR-15があんたたちにしてきたみたいにね。意気地のなさを行動しない言い訳に使うんじゃない。戦術人形なら立って戦え」

 

 呆然として頬を押さえるM4に背を向け、ネゲヴは歩き出した。

 

「来るかどうかはあんたたちが決めなさい。臆病者は要らない。来るなら早くして。指揮官はもう待ってるし、装備も積んである」

 

 SOPⅡは迷わずに踏み出した。段々と彼女たちとの距離が離れていく。M4は自分の手を見た。血の染み込んでいない、汚れなき手。汚れ仕事はAR-15に押し付けてきたから。いつか、彼女と握手した。友達になろうって。痛いくらい強い握手を交わした。AR-15は家族でなくとも、友達だ。私の初めての、一番大切な友達。M3が死んでしまった時、彼女はこう言っていた。

 

『立ち止まってはいけない。失ったものも背負って、歩き続けなくては。それが生き残った者の責任なのだから』

 

 私も、私も歩き続けないと。これ以上失っては駄目だ。友達を、家族を失いたくない。M4は拳を握り締めた。そして、顔を上げ、歩き出した。前を行く二人に追いつくように小走りになる。M16もM4を追いかけた。AR-15、まだ終わってないのよね。私たちはまだやり直せる。きっとまた会えるから。

 

 

 

 

 

 巨大な四輪駆動車の中で指揮官とAR小隊、ネゲヴ小隊が揺られていた。ガリルがハンドルを握って全速力で飛ばしている。指揮官は天井につかまりながら今まであったことをすべて語った。AR-15と出会うことになった理由、人間がAR小隊にかける期待と不安、AR-15がOTs-14に脅されていたこと、暴動の中でAR-15が取り乱した訳とD6で起こったことの真相を。そして、AR小隊が今まさに脅かされているという事実を淡々と喋った。AR小隊は黙って聞いていた。処理するのに時間がかかる情報だろう。だが、彼女たちに整理する暇を与えているわけにはいかない。語り終えた指揮官は間髪入れずに切り出した。

 

「どうするかはお前たちで決めてくれ。作戦本部の指示通りAR-15を捕まえればお前たちは安泰だ。その場合、AR-15は初期化され、俺はトカゲの尻尾切りに遭うだろう。そうしたいならそうするといい。強制はしない。だが、AR-15を助けたいと思うなら……協力してくれ。誰よりも先にAR-15を確保する。グリフィンと戦うことになるかもしれない。俺とお前たちをまとめて処理すること、それが奴らの狙いなのかもしれんが……何もしない訳にはいかない。必ずAR-15を助け出す」

 

「やろう!迷うことなんかない!AR-15にまた会わないと!」

 

 SOPⅡが銃を掴んで立ち上がった。目には闘志が宿っている。

 

「ふふふ……あははははは。冗談じゃない」

 

 急に気の抜けた声でM16が笑い出した。SOPⅡが目を吊り上げて彼女に詰め寄る。

 

「どうしたんだよ、M16!AR-15を見捨てる気!?」

 

「冗談じゃないよ……悪い冗談だ。私はそんな奴をずっと責め立ててたって言うのか。馬鹿げた話だ。ふざけてる」

 

 M16は天井を仰いで右手で顔を覆った。

 

「何も分かってなかったのは私の方か……知った風な口を聞いて、あいつのことを理解しようとしなかった。一番付き合いが長かったのにな。一言言ってくれれば……いや、考えれば分かったことか。ひどい冗談だよ」

 

「M16……」

 

 指の隙間から一滴、雫が落ちた。SOPⅡは座ったままの彼女を優しく抱きしめた。

 

「また会って、謝ればいいんだよ。AR-15は許してくれるよ、優しいからね」

 

「ああ……そうだな」

 

 エンジン音にかき消されそうなほど小さい声だった。横で聞いていたM4は必死で歯を食いしばっていたが、ついに堪え切れなくなった。

 

「ふぐうううううう……」

 

 噛み殺そうとした嗚咽が歯の隙間から漏れ出して車内に響く。動物のうめき声のような言葉にならない悲痛な叫びだった。腰に巻き付けたジャケットを握りつぶす拳に涙が滴った。

 

 分かってた、分かってたんだ。SOPⅡに言われるまでもなく。AR-15が私を守ろうとしてたことくらい。彼女がスコーピオンを殺した時も、頭のどこかで分かってた。なのに、AR-15を責めて、彼女が自分の意志であんなことをしたと思い込もうとしてた。それは……私が自分の責任から目を背けたかったから。私たちは弱い。全部守れるわけじゃない。それは理想でしかない。あの時、私がしたことはただの自己満足。理想を振りまいていれば叶うんじゃないかって、叶わなくても理想を貫いたことに意味があるんじゃないかって、無責任に自分のしたいことをしていただけ。部隊を危険に晒して、AR-15に辛いことを押し付けた。自分じゃ耐えられないから。本当は、私がしなくちゃいけなかった。私がこの部隊の隊長なんだから。

 

 私の間違いを認めたくなかった。私が悪いって思いたくなかった。彼女を責めたのは私の罪に向き合う勇気がなかったから。私は……甘えてたんだ、AR-15に。AR-15は強くて優しいから、辛いことを代わりにやってくれるから、私がどんな馬鹿なことをしてもそばにいてくれたから。私を見捨てないって、ずっと一緒にいられるって思い込んでた。甘えてたんだ、人間の子どもが母親にするみたいに。

 

 M4の瞳からボタボタ涙が垂れて床を汚した。彼女と感情との戦いが車内にいる全員に伝わっていく。指揮官はうめくM4の前に立って見下ろした。

 

「答えは決まったか?」

 

M4はゆっくりと顔を上げ、泣き腫らした目を指揮官に向けた。

 

「AR-15に……AR-15に謝らないと。たくさん謝って、許してもらわないと。また一緒に笑いあえるようになりたい。もうグリフィンのためには戦わない。私は家族のために戦う!AR-15を殺させない!初期化もさせないわ!指揮官、あなたのもとに彼女を連れて帰ります!絶対に!」

 

 M4は涙をぬぐって立ち上がった。その目にも声にも力強い意志が宿っている。指揮官は頷くと顔をRO635に向けた。

 

「君はどうする?いきなりこんな事態で悪いが……助けが必要だ」

 

 RO635は少し迷ったが、はっきりとした口調で返答した。

 

「ペルシカさんはAR-15のことを気に掛けていました。グリフィンからの要求を受け入れ、彼女が特殊な立場に置かれたことに責任を感じているようでした。16LABとしても今回の件には関与することになるでしょう。きっと何か働きかけてくれるはずです。どこまで協力できるかは分かりませんが……私に出来ることなら」

 

「ありがとう。今はAR小隊に加わってくれ。それがいいだろう」

 

 RO635は頷いた。一連の話し合いを膝に頬杖をついて見守っていたネゲヴが口を開く。

 

「それで?今はどこに向かってるわけ?AR-15の行きそうなところに目星はついてるの?」

 

「無人地帯だ。前線のはずれに向かっているはず」

 

「どうして分かるのよ」

 

 ネゲヴはおどけた調子で聞いた。どんな答えが来るか予想がついているという風だった。指揮官もニヤリと笑って答える。

 

「俺ならそうする。それくらい分かるさ……夫婦だからな」

 

 

 


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