死が二人を分かつまで【完結】   作:garry966

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死が二人を分かつまで 第十四話後編「私のささやかな願い」

 特殊作戦用の小型ヘリが一機、空を疾走していた。グローザはヘリの側面に外付けされた細長いベンチに座っている。空中からはかつて都市だった廃墟が一望できる。民間人は誰も住んでいないが、ここはまだグリフィン支配地域の内側だ。逃走したAR-15はここを抜け、鉄血とグリフィンの前線の隙間にある無人地帯を目指している。だが、袋のネズミだ。彼女は一人、誰も助けには来ない。この付近に配備されている兵力は少ないが、それでも防衛拠点はいくつもある。私たち情報部の人形も彼女を追う。いくらAR-15が優秀だろうと全員撒くのは無理だろう。グローザはAR-15に同情した。作戦時は無感情に徹するのがポリシーだったが、この日は違った。

 

 ヘリはゆっくりと高度を下げ、空き地に着陸した。グローザたちが一斉に地面に降り立つ。ローターが土埃を巻き上げていた。着陸した面々をPKPが出迎えた。先に陸路で出発し、AR-15を追跡していた班だ。グローザはローターの音にかき消されないようPKPの耳元で聞く。

 

「AR-15は?」

 

「あいつが乗っていたバイクを見つけた。燃料切れで捨てたみたいだ。今までは上からドローンで追跡していたが、しばらく前に見失った。どこかに潜んでる」

 

 グローザが手を振ってヘリのパイロットに合図する。ヘリは軽やかに上昇し、すぐに飛び立っていった。

 

「バイクはどこに?案内してください」

 

 グローザと共に空路でやってきたウェルロッドが声をあげた。AR-15が逃げ出してからずっと険しい顔をしている。

 

「すぐ近くだ。こっちに」

 

 路上にバイクが横倒しで打ち捨てられていた。ウェルロッドがしゃがみ込んで検分を始める。しばらくすると跳ねるように立ち上がった。

 

「こっちです!」

 

 ウェルロッドの全力疾走にグローザたちもついて行った。歩道にあるマンホールまで駆けていくとウェルロッドは蓋を外して放り投げた。

 

「微かですがガソリンの臭いがします。ここのインフラは使われなくなって久しい。誰も住んでいませんし、何も流れていない。誰かが通った、AR-15です。下水道に逃げ込んだんだ。包囲を抜けるつもりですよ」

 

「……そうみたいね」

 

 特殊作戦用にチューンされたウェルロッドは他の人形より嗅覚が優れていた。こうした追跡任務では右に出る者はいない。グローザは彼女の言葉に頷いた。AR-15の戦歴を見れば地下に逃げることは察しがついた。あえて言わなかったのだ。ウェルロッドは指示を出そうとしないグローザに詰め寄る。

 

「地下から追跡します。何人か貸してください。あなたたちは地上からお願いします。AR-15を追い詰めて始末する。逃がしはしない」

 

「なら下水道へは私が下りる。ウェルロッド、ヴィーフリ、FAMASは私と、残りは引き続きPKPが指揮を執って」

 

「了解」

 

 グローザの指示に全員が返事をした。皆がてきぱきと動き出す中でウェルロッドだけが不満そうだった。グローザは気にせずに梯子をつたって地下へ降りる。ヴィーフリを先頭に狭い通路を進んだ。内部は乾ききっていて一滴の水もない。コンクリートに靴を打ち付ける音だけが反響していた。

 

「……どうして私に任せないんですか?FOB-Dでは小隊長でした。こうした任務ならあなたやPKPより上です。転属する前は同じ部隊にいたんですからあなたも分かってるでしょう」

 

 一列で歩きながらウェルロッドが言った。本当なら先頭に立って今すぐにでも駆け出したいのだろう。グローザとFAMASに挟まれてノロノロと追跡していることが我慢ならない様子だ。

 

「ウェルロッド、あなたは部外者よ。私の下についてもらう。なにより、今のあなたは感情的になっている。そんな人形に仲間は任せられない」

 

「そうですね。私は感情的になっています。それは認めましょう。ですが、任務に支障はありません。命令はAR-15を殺すこと、これ以上の適任がありますか?私の仲間も、指揮官も、みんな死んでしまった。あいつのせいだ……あいつが情報を漏らしたから。指揮官は死んだんだ。私の目の前で!私の手の中で!絶対許しちゃおけない。この手で天誅を下してやる」

 

 憎しみだ。彼女を憎しみが支配していた。行き場のない怒りと悲しみがAR-15に向けられていた。無理もない、グローザはため息をついた。目覚めたばかりのウェルロッドにとってFOB-Dの壊滅は昨日の出来事だ。

 

「……あなたの指揮官を殺したのは鉄血でしょう、AR-15じゃない。彼女を殺しても復讐にはならないわよ」

 

 グローザの口から出たのはAR-15を擁護する言葉だった。ウェルロッドを刺激するのは目に見えているし、そんなことを言うつもりはなかった。

 

「グローザ、以前とは人が変わったみたいですね。あなたは標的に肩入れするような人形ではなかった。情にほだされましたか?話は全部聞いてます。D6でスパイを皆殺しにしたんでしょう?F2000も含めてね。今更善人ぶるな。AR-15を殺させろ、それだけです」

 

 グローザは唇を噛んだ。そうね、その通り。あの時と状況は同じだ。あの時は平然と殺して、相手が知り合いだったら躊躇するなんて矛盾している。私はそんな人形ではない、少なくとも人間から求められている私は。ウェルロッドは答えないグローザにいら立って続けた。

 

「感情的になっているのはあなたもでしょう。AR-15にまんまと逃げられて。M14一人に移送を任せたのはあいつを逃がしたかったからですか?」

 

「……違うわ。もしそうだったとしても、処分が下るのは帰投後よ。今じゃない。あなたは私に従うほかないのよ」

 

「チッ……」

 

 ウェルロッドは舌打ちするとそれ以降は黙った。部隊は十字路に差し掛かった。二つの下水道が交差し、道幅がより狭くなっている。先頭のヴィーフリは速度を落とさずにそのまま十字路に入った。カチッ、軽い金属音がした。

 

 瞬間、爆発が起こった。ヴィーフリが壁に叩きつけられ、壁の破片が道内を吹き荒れた。閉鎖空間で音と風圧が増幅されているが、爆力は大したことないな。グローザは顔を腕で守りつつ冷静に判断した。手榴弾一つくらいの小さな爆薬だ。戦術人形を殺すのにこれじゃ足りない。

 

「くそっ!ブービートラップか!なめやがって!」

 

 ウェルロッドが激昂して叫ぶ。グローザは足元を確認した。細いワイヤーが落ちている。壁に仕掛けた爆薬の信管につながっていたのだろう。間違いなくAR-15の仕業だ。なりふり構わなくなってきたわね。

 

「ああ……脚が。こないだ腕を直したばかりなのに……」

 

 ヴィーフリが片脚をやられてしまった。ふくらはぎから下を吹き飛ばされている。血みどろになった脚を見て彼女は悔しそうに天を仰いだ。

 

「仕方ない……FAMAS、ヴィーフリを後送して」

 

「いや、駄目です。それがAR-15の狙いでしょう。わざと殺さず、負傷者を出させる。救護に人手を割かせてこちらの人員を削る気だ。その手は食わない。置いていきましょう。どうせ殺しに戻っては来ない」

 

 ウェルロッドは冷静さを取り戻すとグローザに噛みついた。グローザは目を細めて彼女を見る。

 

「そうね、向こうに殺意はない……あなたに指揮を任せるわ。FAMASを連れていきなさい。私がヴィーフリを地上に連れて行く。十分でしょ?これからは別行動をとる、どこかで合流しましょう」

 

 ウェルロッドは怪訝な顔をしたが、すぐに走り出した。グローザは倒れたヴィーフリを担ぎ上げた。

 

「やれやれ、先鋒は大変だよ。ハンターに撃たれたのも私だし、SOPMODⅡに殴られたのも私だし、脚を吹き飛ばされたのも私。ネゲヴに殺されそうにもなったか。最近、災難ばっかりだなあ。死んでないからいいけど。それより、ウェルロッドを好きにさせていいの?AR-15、多分殺されるよ」

 

「……それ以外にどうしろと。AR-15は抹殺対象で、敵よ。同情してはいけないわ」

 

「そりゃ私はどうも思ってないけどね。たった今、あいつに脚を吹き飛ばされたところだし……でも、グローザは違うんでしょ?結婚式にまで行って、ずいぶん肩入れしてるみたいだけど。ウェルロッドの言う通り、グローザらしくない」

 

 私らしさ、か。グローザは自嘲の笑みを浮かべた。ヴィーフリの言う通りだ。行動に一貫性がない。M14に移送を任せた時点でAR-15が脱走し、彼女が殺されることになるのは分かっていた。そういう計画だった。AR-15と、彼女の仲間をまとめて殺すための。グローザは結婚式の光景を思い出した。二人は幸せそうだった。私はああいう風にはなれない。“グローザ”を必要としている人間はいないから。なぜ私は祭りに行くようAR-15に勧めたのだろうか、考えてみても分からない。

 

「私は、私がなすべきことをするだけよ……」

 

 グローザはポツリと呟いた。そして地上につながる梯子を見つけるため歩き出した。

 

 

 

 

 

 バイクを一昼夜走らせ、行けるところまでやって来た。燃料が切れたのでバイクを捨てて地下に潜った。下水道に入ればやり過ごせるかと思ったが、どんどん距離を詰められた。相手の動きが予想より大分早い。追い詰められた。間違いなくグローザの隊だ。一人で相手にするのは荷が重すぎる。出来れば出会いたくなかった。

 

 私は地下から這い上がり、廃ビルの中に身を隠している。情報部の人形たちも私が地上に出たことは分かったようだ。建物を調べ尽くしながら包囲を狭めてくる。見つかるのは時間の問題だ。下水道に仕掛けたトラップもほとんど回避されたようだ。窓から外を確認する。空は灰色の雲に覆われていて辺り一面薄暗い。観察する限り追っ手はほとんど減っていない。急ごしらえの罠では子供だましにもならなかったか。

 

 時間が経てば不利になるのは私の方だ。彼女たちはいくらでも増援を呼べる。私にあるのはこの身と銃だけ。助けは来ない。私はジャケットから指揮官の写真を取り出した。こんなところでは死なないわ。いつかあなたと暮らすって約束したものね。また会えるかなんて分からない。今生きているかさえ不明だ。AR小隊の仲間たちだって私が逃げたせいでどうなっていることか。でも、今は考えないようにした。不安を抱えたまま戦って勝てる相手じゃない。

 

 自分の銃を見た。私は彼女たちを撃って、殺してしまえるのだろうか。彼女たちは敵じゃない。でも、私を殺そうとしている。感情のある人形を殺せるのか?そんなことをしていいのか。もうすでにたくさん殺してきた。鉄血のエリート人形たちだってそうだし、スコーピオンだって……生き残ることが先決だ。悔いるのは後でいい。写真をポケットに押し込み、銃のセーフティを外して構えた。戦いは避けがたい。

 

 一階のロビーに設置しておいたセンサーに感応があった。三人の人形が飛び込んでくる。話し声をセンサーが捉えた。

 

『AR-15はここでしょう。かくれんぼは終わりです』

 

 ウェルロッドの声だった。

 

『弾はどれを使えばいいでしょうか。ゴム弾か……それとも実弾か』

 

 KSGだ。装甲付きの人形と近距離で撃ち合ったらまず勝てない。どうにかしないと。

 

『実弾を。もうこちらにも被害が出てる、あれは敵です。始末しなければ。同じI.O.P製の人形を殺したくないのなら腕か脚を吹き飛ばしてください。とどめは私が』

 

 話を終えた彼女たちはすぐに階段を登り始めた。まるで私の居場所が分かってるみたいな動きだ。喋らなかったもう一人が誰なのかは分からない。いずれにせよ話は通じないだろう。私も階段に向かった。彼女たちの足音が聞こえる。階段の中心は何もない空間になっていて、踊り場から顔を出すと一階まで見下ろせる。階下で動く影に向かって発砲した。

 

「来るなら来い!私はここだぞ!捕まえてみろ!」

 

 私は下に向かって声を張り上げた。弾丸はコンクリートを抉っただけで命中していない。見え透いた挑発だ。すぐに身体を引っ込める。

 

「AR-15!殺してやるからな!悪行もこれで終わりだ!私が殺してやる!」

 

 ウェルロッドのがなり声が返ってきた。私に向ける強い憎しみがひしひしと伝わってくる。だが、挑発には乗ってくれた。彼女たちは勢いよく駆け上がり、私との距離を全力で詰めようとしてくる。それこそ狙いだ。私と彼女たちの距離が二階分まで縮まった時、爆薬を起動した。階段の裏に仕掛けておいた爆薬が炸裂してコンクリートを粉々に砕く。彼女たちの足元が崩れ落ち、階段が寸断された。彼女たちも破片と共に真っ逆さまに落ちただろう。爆薬に気づかれないようにするための挑発だ。効果を確認するために頭を出す。破片の中に横たわるウェルロッドが発砲してきた。眼前の手すりに当たって破片が飛び散り、慌てて顔を隠す。

 

「逃げられると思うなよ!必ず殺してやる!」

 

 落下して傷だらけになったウェルロッドが叫んでいた。一階分落下した程度では戦術人形はびくともしないか。コンクリート片に巻き込まれて行動不能になってくれればよかったが、上手くいかなかった。しかし、見えたのはウェルロッドとKSGだけだ。もう一人はどこに行った?嫌な予感がした。咄嗟に横を見る。暗い廊下の中で小さな閃光が上がった。私は転がるように飛び退く。間断なく発射された三発の銃弾が風切り音を立てて顔の前を通り過ぎていった。発砲炎に照らされて一瞬姿が見えた。あの赤いコートはFAMASだ。よりにもよって彼女と殺し合う羽目になるなんて。別の階段を上がってきたんだ。こちらの階段で追っ手を仕留められればそちらから逃げるつもりだったが、二手に分かれてきたらしい。焦ってしまって計画がずさんだ。爆薬もセンサーも足りない。一人じゃどうしようもないな。

 

 私は階段を走って上がった。FAMASも私を追いかけてくる。彼女の銃口から続けざまに銃弾が吐き出された。壁に弾痕がやたらめったらに描かれる。弾丸の雨をすれすれでかわしながら階段から離れてオフィスに飛び込んだ。広々とした空間に仕切り壁のついたデスクが所狭しと並べてあった。私は入口近くのデスクにしゃがみ込んで息を潜めた。足音がする。オフィスに駆け込んだFAMASは私が隠れたのを見て取ると慎重に歩みを進める。うっすらと彼女の影が近づいてくるのが見えた。銃をぴったりと肩につけていつでも発砲できるようにしている。左右のデスクを警戒して銃口がせわしなく動く。狙いが私から逸れた瞬間を見計らって彼女に飛びかかった。奇襲で銃を引き剥がすつもりでいたが彼女は態勢を立て直して抵抗する。力んだ勢いでトリガーが引かれ、弾が明後日の方角にばら撒かれる。銃口が跳ね上がり、天井に弾丸が打ち上げられた。高い連射速度を誇る彼女の銃はすぐにマガジン一つ分吐き出してしまう。

 

 これで銃は無力化したか。ほっとして油断した次の瞬間、私の無防備な鳩尾にFAMASの拳が突き刺さった。よろめいて後ろに下がる。肩に吊り下げた銃を構えようとしたところに彼女が踏み込んできた。銃の先に取り付けられた銃剣が突き出される。バランスを崩しながら後退すると銃剣が顎の先をかすめた。彼女の銃が全長を抑えたブルパップ方式のもので助かった。もう少し長ければ顔に突き刺さっていた。私の銃身の長い銃で近接戦闘を行うのは不利だ、右手で太もものホルスターからナイフを引き抜いて逆手に構える。相対する彼女も銃を肩から離して、銃床を握り、槍のように構え直す。切っ先を私に向けながら刺突の機会をうかがっている。私とFAMASは距離を維持したまま円を描くようにポジションを探る。私はわざとデスクの仕切り壁を背にした。これでは後ろに退けない。彼女は機先を制するためこちらに跳んだ。私の左胸めがけて銃剣が迫る。私は瞬時に右に跳躍した。軌道の修正を図る彼女の銃を左の肘で打ち、銃剣を寸でのところでかわす。刃はジャケットの左脇を刺し貫いた。そのまま勢い余って仕切り壁に刺さる。彼女が銃剣を引き抜く動作が一瞬遅れた。その隙に逆手に持ったナイフを彼女の肩に突き立てる。骨格を避けて関節を狙う。刀身は半分ほどしか刺さらない。固い駆動部に達したせいだ。左手で思いっきりナイフの柄尻を押し込む。アクチュエータが粉砕されて彼女の腕がだらりと下がった。彼女の膝を横から蹴り付けて転倒させる。

 

 銃を構えて頭を狙う。FAMASは敗北を悟って私の銃口を見つめていた。見開いた目には諦めと怯えが混ざっている。彼女とスコーピオンが重なって見えた。引き金が引けなかった。彼女はFAMASだ。記憶と人格を引き継いでいないにせよ、指揮官の副官だった人形と姿形は同じ。殺したくなかった。撃たれて横たわる彼女の姿を想像するとまるで自分を撃ったような感覚に襲われた。銃口を上げる。

 

「追って来ないでよね……」

 

 ナイフもそのままに彼女から離れた。もしかしたらすぐに銃を取って追いかけてくるかもしれない。でも、殺せなかった。せっかく生き返ったのにまた死んでしまうなんて酷すぎる。それも私が手にかけて。もう二度とスコーピオンの時みたいな思いはしたくない。私が背を向けて立ち去ってもFAMASはその場に座り込んだまま追っては来なかった。

 

 全速力で追ってきているのはウェルロッドだった。FAMASに時間を取られて彼女が迂回する暇を与えた。潜入偵察型の彼女は私より身軽で足が早い。どんどん距離を詰められていた。追い立てられるままに上へ上へと走る。ついに屋上まで追い込まれた。閉ざされたドアに体当たりをし、力ずくでこじ開ける。錆びついた鎖と南京錠が音を立てて地に落ちた。屋上には室外機が立ち並んでいる。淵には落下防止の金網がなく、ギリギリに立って辺りを見渡せた。このビルは十階建てで、いくら戦術人形と言っても落ちたら死ぬだろう。目の前には同じくらいの高さのビルがあった。外に錆びついた避難用の非常階段が設置されている。距離は目測で五メートルほど離れている、助走をつければ跳べない距離ではないはずだ。私は下を見て固唾を飲んだ。道路が遠くに見える。失敗したら真っ逆さまでぺしゃんこになる。

 

 こじ開けたドアから二人分の足音が聞こえてきた。KSGと合流したのだろう。迷っている時間はない。私は淵から離れ、深呼吸をした。銃を背中に回し、目を閉じる。まだだ、まだ終わるわけにはいかない。指揮官に会えないままこんなところで死ぬわけにはいかない。目を開けて、勇気を振り絞る。無心で非常階段に向けて跳躍した。ぞっとするような浮遊感、空中にいる間はひたすら長く感じた。放物線を描きながら一階分ほど落下し、両手で手すりにしがみついた。這い上がろうと力を込めた瞬間、手すりの根本が悲鳴を上げた。長い間風雨にさらされて錆びに錆びた金属は私の体重に耐えられなかった。柱がボキボキと音を立てて引き裂けていく。手すりごと私は落下した。ここまでか、こんな死に方……胸が急速に冷えていく中、急に落下が止まった。見上げると手すりの柱が一本だけぐにゃりと曲がりながら耐えていた。しめた、運はまだ私を見放していない。身体を前後に揺すって、その勢いで一階下の階段に飛び込んだ。揺さぶりで最後の柱が千切れ、手すりは下に落ちていく。私は立ち上がり、目の前の非常口から中に入ろうとした。その時、背中に衝撃が走った。正確には右の胸郭、ハンマーを叩きつけられたような衝撃と肉の震えを感じた。撃たれた、瞬時に理解した。思わず膝をつく。後ろを振り向くと屋上から私を狙うウェルロッドが見えた。拳銃のボルトを引いて再装填を行っている。私は体に鞭打ってドアから中に転がり込んだ。

 

 壁にもたれかかって傷を確認する。右の肩甲骨の下に被弾した。貫通してはいない。侵入した拳銃弾は耐弾骨格に当たって砕け散り、四散した。破片の位置をボディのコントロールシステムが伝えてくる。危なかった、もう少しでコアをやられて死んでいた。位置が位置だけに人工血液の供給を止められない。ジャケットとワンピースにじんわりと赤い染みが広がっていくのが分かった。生温い液体が染み出ていく感覚に悪寒が走る。リュックから医療キットを取り出して止血パッチを傷口に貼りつけた。今はこれくらいの手当しかできない。ある程度の修復は体組織がやるだろうが、気休めにしかならない。ちゃんとした設備で修理をしないと。口からふっと息が漏れる。そんなものがどこにある?休んでいる場合じゃない。逃げて、逃げて、逃げて。生き残るんだ。私は負けないぞ。愛は負けない、そう誓ったから。銃を支えに立ち上がった。

 

 追いつかれる前にビルを降りて包囲を脱しないと。私はふらつきながら階段を駆け下りた。壁に描かれた階の表示が四になった時、踊り場で人形に出くわした。白い髪、長身、機関銃、PKだ。腰に構えた機関銃から銃弾が滅茶苦茶に放たれる。私は駆けずり回って回避した。くそ、別動隊か。追っ手がどんどん増えている。死がすぐそこまで迫っている、そんな感覚が頭を支配し出す。指揮官の顔を思い浮かべて心を奮い立たせた。別の脱出ルートを探す。PKはゆっくり歩きながら私を追跡してきた。小刻みに引き金を絞り、銃弾を連発する。打ち砕かれたコンクリートの粉塵があちこちに飛び散って私の顔を汚した。

 

 廊下を真っ直ぐ逃げ続けていると正面からKSGが現れた。銃口は私を見据えている。まさか、もう追いつかれたのか。私が廊下に面したオフィスに飛び込んだのと彼女が発砲したのはほぼ同時だった。肩をガラス扉に叩きつけ、割れた無数のガラス片と共に床を転げる。散弾が一粒、太ももをかすめた。ガラスであちこち切ったがどれも大した傷じゃない。立ち上がろうとした瞬間だった。

 

「動くな!」

 

 部屋にはPKPがいた。小柄な身体に似合わない凶悪な機関銃が私の方を向いている。待ち伏せされた。このビルは相手の支配下だったのか。後悔しても遅い。向けられた銃口に視線が吸い込まれて動けない。

 

「ここまで逃げてきたことは褒めてやる。だが、相手が悪かったな」

 

 かすかな日光を反射して銃身が黒光りしていた。別の入り口からPKがやってくる。私の後ろからはKSGが慎重に入室した。その後ろにはM1887もいた。そして、ウェルロッドも。拳銃を私に向けながらつかつかと近づいてくる。床に跪く私の額に銃口を押し当てた。

 

「これで終わりです。私が正義の鉄槌を下してやる」

 

 彼女の表情は悲しげだった。私を殺してもどうにもならないと分かっているのだろう。私を見下ろしながら指を引き金に動かした。これで終わり……私が最後に見る光景がこんなものだなんて。指揮官、許して。約束を果たせなかった。何もできないまま、ここで殺される。最後に、あなたに一目会いたかったな。目を閉じた。真っ暗闇で何も見えない。死んだら私はどうなるのだろう。思考も消え失せて、何も考えていなかった頃の私に戻るのか。嫌だ。私はただ指揮官と暮らしたかっただけなのに、どうしてこんなことに。指揮官、私を助けに来て……。

 

 銃声がした。ウェルロッドの消音銃ならこんな音はしない。額に押し付けられた銃の感触が消えた。目を開けるとウェルロッドの腹部に穴が開いていた。血しぶきが私の顔に降りかかる。彼女は驚愕の表情を浮かべながら倒れ込んだ。

 

「M1887!?なにを……」

 

 KSGは驚いて振り返る。銃声の主はM1887だった。激しい怒りに顔を歪ませている。シールドを駆動させ、左半身を覆いながら右手でショットガンをくるりと回り次弾を装填した。戦闘姿勢にあることに気づいたKSGは困惑しながら盾を展開しようとした。しかし、M1887の方が早かった。KSGの胴体に散弾が撃ち込まれ、血煙と共に彼女は吹き飛んだ。

 

「M1887!どういうつもりだ!」

 

 M1887がまたレバーを回して装填を行う。それを見たPKPは銃口を彼女に向け、発砲した。激しい勢いで弾丸が連射される。M1887のシールドに当たったものは跳弾してあちこちに乱れ飛んだ。私のすぐ横をヒュンヒュン言いながら飛んでいく。PKもM1887に照準を合わせ、十字砲火が彼女を襲う。私は流れ弾を避けるために床に伏せ、出口に向かって這い出した。何が起こっているんだ。M1887が私を助けてくれた?一度言葉を交わしたくらいでとてもそんな関係ではない。彼女はすぐ下にいる私を一瞥もせず二人の人形と戦っている。銃弾が飛び交う風圧を頭で感じながら私はオフィスを脱出した。何にせよ、助かった。猛烈な銃撃戦の音を尻目に階段を駆け下りる。

 

 一階まで下りてロビーに差し掛かった時、後ろから声がした。

 

「動かないで。両手を上げなさい」

 

 知っている声がした。最後の最後にまた待ち伏せされた。両手を上げながらゆっくりと彼女の方を向く。銃を構えたグローザがいた。

 

「終わりね、AR-15。最初からこういう計画だった。あなたを逃げ出させ、反乱人形として始末するのが私の役目だった」

 

 彼女は淡々と語った。無表情のまま私を見据えている。

 

「グローザ……お願い、見逃して。私はここで死ぬわけにはいかないのよ」

 

 沈黙があった。私とグローザは見つめ合ったまましばらく固まっていた。

 

「一つだけ聞かせて。あなたはあの指揮官のことを愛してた?操られていたわけではなく、心の底から……」

 

「そんなこと……当たり前でしょう。私は操られてなんかいない。私の感情はすべて私のものよ。誰かに決められたものじゃない。私は指揮官を愛してる。指揮官だって私のことを想ってくれている。私たちの関係は誰にも否定させないわ」

 

「そう……」

 

 グローザは床に視線を落として、黙ってしまった。時折、上の階から銃声が伝わってくる。まだ戦っているんだ。どれだけの時間が経過したか分からない。たぶん十秒も経ってないが、銃口を向けられている時間は気が遠くなるほど長く感じた。グローザは顔を上げて銃を下ろした。彼女は私に駆け寄ってきて懐から紙を渡してきた。広げてみるとこの付近の地図だった。

 

「ここに到着した部隊は私たちだけ。兵力は増員されてないから前線の警戒網には穴がある。地図にその地点をいくつか記しておいたわ。あなたなら難なく越えられるでしょう。上でM1887が暴れているから私たちもこれ以上は追えない」

 

「見逃してくれるの?ありがとう。M1887は一体……どうなってるの?」

 

「あなたがやらせてるわけじゃないのね。なら知らないわ。聞いて、またジャミングよ。本部と連絡がつかない。鉄血が動き出した。どういうつもりかは分からないけど、何かを狙ってる。無人地帯も安住の地ではないわ。気をつけて」

 

 グローザは真剣な眼差しで私を見た。私は地図をインプットしてジャケットにしまい込んだ。

 

「あなたはどうして助けてくれるの?私は……グリフィンに反乱を起こしてる」

 

「さあね。焼きが回ったのかも」

 

 彼女は冗談っぽく笑った。そして、寂しそうに微笑んだ。

 

「……私は、あなたが羨ましかった。誰かの特別になりたかった。優秀な道具としてではなく、個として必要とされたかった。あなたみたいに……そのためにどんな酷いこともやってきたし、罪から逃れようとしてきた。でも結局、叶わぬ夢よ。私は人形にしかなれなかった。もう疲れたわ。終わりにする」

 

 彼女の声に諦観が混じった。終わり、その言葉に込められた意味を感じ取る。

 

「グローザ。こんなことをして、あなたは……」

 

「私はあなたがデータベースに侵入していることを知ってて見逃していた。スパイ行為に加担したようなものよ。遅かれ早かれ露見して、処分されるでしょう。なら死ぬ前に一つくらい罪滅ぼしをしたいわ。私は数多くの過ちを犯してきた、自分の意志ではないと言い訳しながら。最後くらい自由に生きたい、あなたみたいに」

 

「そんな……それは私のせいでしょう。あなたが責任を取ることでは……そうよ、一緒に行きましょう。あなたがいれば心強いし……」

 

「いえ、私は行かないわ。あなたと私を逃がした責任を誰かが取らされるかもしれない。仲間を最後まで守らないと。もう失いたくないから」

 

 彼女は大きく首を横に振った。彼女の目に確かな決意が見えて、私は何も言えなかった。

 

「グローザ!どこに行った!データリンクを切るな!M1887が逃げたぞ!」

 

 PKPの怒号が窓から飛び出してビルの外からこだまする。グローザはゆっくりと頷いた。

 

「行かなくては。あなたも早く行きなさい。無人地帯で指揮官と会うんでしょう。彼もまだ生きている。それじゃあ、さようなら。もう会わないことを願ってるわ」

 

 彼女はすぐに走り出すと階段に向かった。途中でピタリと止まって私の方を振り向いた。

 

「AR-15。私たち、出会いが違ったら友達になれたかしら」

 

「今だって友達よ。またね、グローザ」

 

 彼女は少し笑うと暗闇の中に消えていった。私もビルから外へ踏み出した。雲の切れ間から太陽が顔を出して、日の光が地上に降り注いで見えた。

 

 

 

 

 

 夕暮れの時刻だが、雲はより一層厚くなり日がまったく見えない。そればかりか雨まで降ってきた。土砂降りで雨音以外聞こえない。

 

 私は徒歩で前線を越えた。今は小さな廃ビルのオフィスで雨宿りをしている。窓から見える景色も室内の様子も先程とほとんど変わらない。グリフィンが定めた防衛線の外というだけで廃墟は連続している。私はこれからどうするか決めあぐねて途方に暮れていた。自由の地として憧れていた無人地帯だが、来てみればただの廃墟だ。分かっていたことだが、どうすべきか。無人地帯だからと言ってグリフィンの追跡部隊が来ないというわけではない。もっと前線から離れるべきか。かと言って行き過ぎれば鉄血のテリトリーだ。グローザは鉄血に動きがあると言っていた。事実、私の端末もジャミングを受けて通信不能だ。迂闊に動けない。

 

 どこで指揮官を待とうか。差し当たり、指揮官と連絡を取ることが先決だと思う。私はリュックから衛星電話を取り出した。前にネゲヴがこれを使ってジャミング環境の中でも指揮官と連絡を取っていた。指揮官に聞いたところ、軍にいた時の知識を使って勝手に偵察衛星を経由していたらしい。私も教えてもらった。グリフィンの周波数ではないのでジャミングの影響は受けていない。衛星電話とリンクして私の位置情報を指揮官宛てに送信した。断続的に私の位置を送り続ける。後は待つだけだ。

 

 電話をジャケットに押し込み、壁にもたれて座った。薬指の指輪を眺める。コンクリートの粉を被ってダイヤがすすけてしまっていた。指で拭うと元の輝きを取り戻した。想像していたより大分短い新婚生活だったな。思わずため息が漏れる。こんなに早くグリフィンを抜け出して、指揮官を待つ羽目になるなんて思ってもみなかった。こんなことになるのなら指揮官の誘いを受け入れて、あのまま一緒に逃げ出してしまえばよかった。今更後悔しても仕方がないけれど。指揮官も、AR小隊も、無事でいてくれるだろうか。AR小隊を置いていったのはちょっと無責任だったかもしれない。結局、M4やM16とは仲直りできていないし。監視役の私が逃げ出したことで彼女たちは解体……考えたくない。また会えるといいな。その時は今までのことを包み隠さず話そう。きっと私たちはもう家族になれるだろう。

 

 背中に受けた銃創のことを思い出す。血はもう止まっているが、傷は抉られたままだ。治しようがない。グリフィンやI.O.Pの施設に行けばこんな傷すぐ治せるが、私は追われる身だ。ハイテク施設には一生縁がないだろう。ずっとこの傷と生きていくのか。指揮官に見せたくないな。背中にグロテスクな傷跡があっては、背中が大きく開いたあのウェディングドレスを着れないじゃないか。一緒に寝たりしたって目に付くだろう。ため息をついた。指揮官は全然気にしないだろうけど、私が気にする。何度も殺されかけた後にする心配がこれか、まだ指揮官に会えるかどうかさえ分からないのに。自分の能天気さに笑ってしまう。

 

 私は目をつむって雨音に耳を澄ませた。もしかしたら、全部上手くいって指揮官と一緒に暮らせるかもしれない。指揮官にまた会えたら私は泣き出して抱きついてしまうに違いない。ひょっとしたらAR小隊の仲間たちも無事で、指揮官と共にやって来るかもしれない、私を探しに。そうしたらみんなで仲良く過ごそう。静かに、誰にも邪魔されず。もう殺し合う必要もない。自分たちだけの自由と生活を手に入れるんだ。一緒に食事を作ったり、映画を観たりして。機密地区での日々みたいに平和で穏やかな暮らしがしたい。私の夢だ。今は妄想に過ぎないかもしれないけど、いつか叶えてみせる。

 

 雨音に混じって小さな金属音が聞こえた。何かが床に落ちる音。私はこんな音を何度か聞いたことがある。手榴弾の安全ピンが落ちる音だ。オフィスの入口から何かが投げ入れられる。私は全力で跳ねあがって近くにあった机の下に飛び込んだ。閃光と大音響が室内を包み込む。眩い光に目がくらんだ。白い光が張り付いて視界を遮り、物の輪郭がぼやける。轟音で耳鳴りが酷い。さっきまで聞こえていた雨音がまったく聞こえない。M16が使っていたようなフラッシュバンか、自分が使われる側になるとは。むくりと起き上がって利かない目を必死で凝らす。人型の何かがこちらに向かって突進してきていた。それは銃を振りかぶった。私は反応しきれず、側頭部に銃床をもろに食らって倒れ込む。頭の中で鐘を鳴らされているみたいだ。思考がもやに包み込まれたみたいではっきりしない。私を見下ろす人形を見た。視界がようやく晴れてきて、おぼろげな輪郭と色が分かる。栗色の髪でツインテール、会ったことがあるな。D6侵入作戦のブリーフィングにいた、UMP9。そうか、404小隊か。くそっ、最悪だ。

 

 私は折り曲げた脚を一気に伸ばして彼女の膝を蹴り飛ばした。彼女はつんのめって私の横に倒れ込む。私は銃床を彼女の顔面に叩きつけた。彼女は短い悲鳴を上げて顔を押さえた。腹部にも銃床をお見舞いし、銃を杖替わりに立ち上がる。こんなところで殺されてたまるか。銃を構えようともたついた時、弾がすぐ近くを通過するおなじみの感覚がした。目の前のデスクの上に並べてあったファイルに着弾する。中の書類が弾けて舞い上がった。急いで身体を隠して何者か確認する。UMP45がこちらを銃撃していた。細かく指切りし、二発ずつの短連射が頭上を通り過ぎる。サイレンサーを付けているとはいえ、銃声が遥か彼方で鳴っているような感じがする。聴覚が本調子じゃない。横を見るとUMP9が態勢を立て直して取り落とした銃に手を伸ばそうとしていた。二人相手じゃ勝てない。

 

 私は一か八か床を蹴って走った。ひび割れたガラス窓を突き破り、三階から下に落下する。真下に置いてあった大きなゴミ箱に肩から着地し、バウンドしてアスファルトの上に投げ出された。衝撃に身もだえている場合ではない。骨が折れていないことを確認してすぐに走った。せっかく逃げてきたのに捕まりたくない。指揮官にもやっと居場所を伝えることが出来たんだ。また会いたい。一目だけでも。

 

 ビルが面している広い道路を横断する。どこかで迎え撃とう。近距離戦は私に不利だ。向かいの建物から射撃で倒してやる。隠れる場所に目星をつけて全速力で足を動かした。その時だった。ふわりと身体が宙に浮いた。足元で何かが膨れ上がったみたいな熱と風圧を感じた。ストップモーションをかけたみたいに雨の雫が止まって見える。すぐに現実に引き戻されて私は勢いよく顔から地面に叩きつけられた。何が起こったんだ。爆発物で攻撃されたのか?今は寝ている場合じゃない。早く逃げないと。起き上がろうとした時、私はあることに気づいた。

 

 脚がない。両腕で上半身を起こして後ろを見た。右のふくらはぎから下がない。左脚は膝の下が引きちぎれてズタズタになっている。血液がとめどなく流れて赤い水たまりができていた。血だまりに雨粒がポツポツ落ちて波紋を広げている。背中にはいくつも破片が突き刺さり、何個かは貫通していた。ステータスが危機的状況にあることをシステムが警告してくる。推奨されるダメージコントロールを試みた。脚部への人工血液の供給を遮断し、これ以上の出血を止める。

 

 脚が、私の脚がなくなってしまった。これじゃもう歩けない。指揮官と並んで歩くことも……喪失感に打ちのめされる。涙が出そうになるのをこらえて現状を確認する。道路の真ん中で放り出されているのはまずい。私の銃はどこに行った?爆風で吹き飛ばされて私の前方に転がっていた。両手を動かして下半身を引きずりながら前進する。まだだ、まだ死ぬわけには。

 

「うわ、ひどい。これ絶対仕返しでしょ。前に言い負かされたから」

 

「違うわよ。任務をこなしてるだけ、私が私情を持ち込むわけないでしょ」

 

 二つの声が近づいてくる。あともう少し、もう少しで手が届く。銃に手が触れかけた瞬間、私の頬に靴が突き刺さった。口の中が切れて血が出た。

 

「あんたの冒険はここで終わりよ、楽しめた?運がいいわ、わざわざそっちから404小隊の領域に入ってきてくれるなんて。探す手間が省けた。無能の考えることは分からないわね」

 

 胸を下から蹴り上げられて私は仰向けに転がった。416が少しにやけて私を見下している。その横にはG11もいた。

 

「やっぱ根に持ってるじゃん」

 

「これくらい普通よ。しかし、AR小隊の一人を討つ日が来るなんて。私の時代が来たみたいね」

 

 416はそう言ってグレネードランチャーの再装填を始めた。下でも待ち構えていたか。油断した。それに、無人地帯には先客がいたのか。はぐれ者の404小隊はグリフィンや鉄血の力が及ばない場所に拠点を持っているはず。それがこの無人地帯だったか。なんて巡り合わせだ、ここまできて。

 

「416、いくら嫌いだからって殺さないでよね」

 

 UMP45がUMP9を引き連れてやって来る。416は私の頭に銃口を突き付けた。

 

「殺していい?生きてても死んでても報酬はもらえるんでしょ?」

 

「駄目よ。生きたまま連れてこいって言ってるクライアントの方が報酬いいんだから」

 

「冗談よ。ちゃんと生きたまま捕まえたでしょ?あんたのご要望通りにね。“誤射”ってことにして殺してもよかったけど、完璧の名に傷がつくからやめたわ」

 

 416は私の髪を掴み上げて獲物を自慢するみたいにUMP45に見せびらかした。髪をねじり上げられた私をUMP45が見下す。蔑みのこもった冷たい目だった。これで、これで終わりなんて。私はこのままグリフィンに送り返されて死ぬのか。処分されるか、初期化されて私は消える。どうしてだ。死にたくない。グローザにも助けてもらったのに。指揮官と一緒に生きていたかっただけなのに。どうして、どうしてこんな目に遭わないといけないんだ。嫌だ。物みたいに扱われる惨めさに涙がにじむ。ずぶ濡れで、血まみれで、脚も失った。もう何も残ってない。人形が自由に生きるなんて幻想に過ぎなかったのか。夢は容易く打ち砕かれた。思い描いた幸せな光景との落差に私は泣き出してしまった。目からとめどなく涙の雫が落ちる。416が私の髪から手を離した。頭が地面に激突する。もう身体を起こす気力も起きない。彼女は呆れ顔で私を見下ろしていた。

 

「あんた泣いてんの?情けない奴……」

 

「それ416が言うの……?」

 

「うるさい。私は泣いたりしてない。とっととこいつを送り返すわよ」

 

 416とG11が私の前で軽口を叩き合う。私の冒険はこれで終わりか。呆気なかった。指揮官、またあなたに会いたかったな。ごめんなさい……迷惑だけかけて何もできなかった。雨が頬を打つ。暗雲が空一杯に広がっていた。花火、きれいだったな。また一緒に見たかった。指揮官の笑顔を思い浮かべて涙が頬をつたった。

 

 突然、416がUMP45を突き飛ばして覆いかぶさった。その上を銃弾が通過する。連続した発砲音が響き渡った。416はすぐに起き上がって応射する。

 

「敵襲!散開!」

 

 地べたを這うUMP45が叫んだ。遮蔽物を求めて中腰で建物に走る。それをカバーするように416が歩きながら射撃する。404小隊は蜘蛛の子を散らすように路上から消え失せた。先に建物の中に入ったG11が援護射撃を行い始めた。最初、彼女たちを攻撃した発砲炎は一つだけだったが、次第に数を増した。雨でよく見えないがほのかな光が四つ見える。よく知っている銃声だ。私はこの音を知っている。温かな涙が一筋こぼれた。私はうつ伏せに転がり、落とした銃に向かって這った。まだだ、まだ終わってない。迎えが来た。仲間たちが。きっと指揮官も一緒に。間に合ったんだ。

 

 

 

 

 

 最初に撃ったのはSOPⅡだった。無人地帯を捜索しているとAR-15から通信があった。急行すると爆音が轟いた。AR-15と何者かが交戦している。私たちが見たのは脚を失ったAR-15と404小隊。SOPⅡは迷うことなく発砲した。

 

「あいつらァ!殺してやる!」

 

 彼女は激昂して引き金を引き絞った。怒りに任せて隊列から飛び出し、突進していく。404小隊も反撃を開始し、SOPⅡの行く手を阻む。404小隊はすぐに屋内に身を隠すと整然と射撃を開始した。行動が早い、M4は敵が強力な部隊であることを悟った。路上に身を晒すSOPⅡはすぐにやられてしまうだろう。

 

「ちょっと!あれは404小隊ですよ!鉄血じゃありません!グリフィンと契約を結んでるんでしょう。同士討ちになります。ここは穏便に話し合いで……」

 

 いきなり戦闘を開始したSOPⅡを止めるようRO635がM4に求める。AR-15と関わりのない彼女は冷静だった。だが、M4は違った。

 

「うるさい!家族をやられて黙ってられるか!敵は皆殺しにする!AR小隊、攻撃開始!家族を救え!」

 

 彼女もまた怒り狂っていた。家族を傷つけられたことで404小隊を完全に敵とみなした。殺意が感情を支配する。M4はSOPⅡと並んで建物に対して射撃を開始した。

 

「M16!あなたの妹たちを止めてください!このままでは殺し合いに……」

 

「悪いな。うちの隊は個性的な人形が多くて、感情的になりやすいんだ。私もその一人でな」

 

 M16もM4に付き従って突撃を開始した。RO635が一人取り残される。

 

「……もうっ!どうなってるんですか、この小隊は!?」

 

 RO635も渋々AR小隊に走り寄り、隊列を組みなおした。M4は隊を道路脇まで移動させ、遮蔽物に身を隠す。データリンクで近くにいるネゲヴを呼び出した。

 

『M4、この銃声は?何が起こったの?』

 

『AR-15を発見、“敵対勢力”と交戦しているわ。404小隊よ。そこから移動して背後を突いて。挟み撃ちにして皆殺しにする』

 

『……分かった。移動するわ』

 

 ネゲヴは少しだけ返答をためらったが、了承した。これで戦力的に相手を上回った。AR-15を傷つけた代償を払わせてやる。M4の頭は殺意と怒りで一杯だったが、それでもどこか冷静だった。鉄血のジャミングでグリフィンとは通信が通じない。グリフィンの手先である404小隊を殺してしまってもバレないだろう。ここは無人地帯だ、死体の隠し場所なんていくらでもある。そもそも、もうグリフィンに留まる必要もない。私のことを恐れ、AR-15を陥れようとした人間たちなんかもうどうだっていい。家族を傷つける奴は全員殺してやる。遊びは終わりだ。AR-15が言っていたように自分の感情に従って生きるんだ。

 

「AR-15に当たるとまずいわ。各員、射撃は精確に。確実に頭を撃ち抜いて。まずはAR-15を助けるわ。SOPⅡ、スモークで壁を作って。助け出したら、ネゲヴたちの到着を待って、包囲して奴らを一人残らず殺す」

 

「待ってください。AR-15を回収したら戦闘を続ける意味はないのでは……?」

 

「……AR-15を助けたら、私たちはグリフィンには戻らない。無人地帯に潜伏する。あいつらに行方を知られたままではまずいわ。証拠を隠滅しなくては」

 

 RO635はM4の言葉に驚いて絶句した。M4はもう決意を固めていて、他のメンバーは無言で賛同した。

 

「M4、誰がAR-15を助ける?行くなら私が」

 

「姉さん、私が行きます」

 

「だが……」

 

「命令ですよ。AR-15は私が助けます」

 

 M4は強い口調でM16を黙らせた。道の先の発砲炎がきらめく建物を見据える。恐怖はあるにはある。だが、それを上回る使命感が彼女を奮い立たせていた。これがきっとAR-15の言っていた戦う理由だ。私が戦うのは家族を守るため、それ以外にない。やっと気づいた。

 

「SOPⅡ、グレネードを二発。私が行ったら全員で支援射撃を」

 

「分かった!」

 

 SOPⅡが続けて二発スモークグレネードを放つ。彼女の砲身から白い軌跡を描いてAR-15のすぐ近くに着弾する。モクモクと灰色の煙がAR-15を包み隠す。M4は全力で駆けた。追い風のような支援射撃が彼女のすぐそばを飛翔する。どんどんAR-15に近づいていく。彼女もM4に気づいた。重傷を負っても闘志は失っておらず、手には彼女のライフルが握られていた。もうすぐ、もうすぐだ。また家族で一緒にいられる。もう離れ離れは嫌だ。二度と離さない。今まで散々我がままを言ってきたことを謝って、たくさん守ってもらったお礼を言おう。それから彼女の大好きな指揮官のもとに連れて行く。結婚式に行かなかったことも謝らないと。それで一からやり直すんだ、ここで。彼女に手が届きそうな距離まで近づいた。彼女に向かって右手を伸ばす。彼女も私に手を伸ばした。

 

「AR-15!迎えに来た!行こう、一緒に!」

 

「M4、来てくれたのね……」

 

 指と指が触れそうな距離、彼女の腕を引っ張って、連れて帰ろう。彼女の手のひらをがっしりと握った。おかしい、感触がない。AR-15の熱や柔らかさを感じるはずなのに……目に映るのはAR-15の驚愕した顔。そして、私の右手の断面。私の手はAR-15の手を握ったまま切断されていた。私の横にさっきまでいなかった人形がいる。ありえない。どこから現れた。処理が追い付かず、目を見開いて固まってしまう。その人形は私を見てニヤリと笑っていた。長い白髪に黒ずくめ、右目を眼帯で覆っている。刃が二股に分かれた大きなダガーのような武器を両手に持っている。片方から赤い雫が滴った。私の血だ。

 

「M4A1、お初にお目にかかる。鉄血工造のアルケミストだ。だが、用があるのはお前じゃない。AR-15だ。お前はすっこんでろ」

 

 アルケミストのつま先がM4の腹部に突き刺さった。M4は弾き飛ばされ、腹を押さえてうずくまる。

 

「またすぐに会うことになるだろう。私たちのご主人様はお前をご所望だからな。ひとまずAR-15はもらっていくぞ。安心しろ、ちゃんと返してやる」

 

 アルケミストは銃を向けようとしたAR-15を蹴り上げ、首を絞めるように抱きかかえた。M4は片手で銃を構える。

 

「返せ!」

 

 M4がトリガーを引いた時にはもうアルケミストは消え去っていた。空間を裂くように電撃が走り、衝撃でスモークが散る。テレポーテーション、すでにアルケミストもAR-15も影も形もない。切り落とされたM4の腕だけがその場に残されていた。

 

「どこだ!どこに行った!くそ!AR-15を返せ!ちくしょう!」

 

 M4は叫び、銃を振り回しながら乱射した。すぐに弾を撃ち尽くしてしまう。

 

『M4!ハンターだ!鉄血の部隊に遭遇した!このままだと囲まれる!』

 

 ネゲヴから通信が届いた。そんなことはM4の耳には入らない。血眼になってアルケミストを探す。404小隊がいる建物からも爆炎が上がった。いつの間にか鉄血の部隊が押し寄せて来ている。先陣を切るのはエクスキューショナーだった。巨大な刃を振るい、衝撃波が壁を打ち砕く。404小隊は道の真ん中でわめくM4を尻目に退却を始めた。416が振り返りながら鉄血に射撃を行って時間を稼ぐ。M16がM4に駆け寄り、彼女の肩を掴んだ。

 

「M4!鉄血に待ち伏せされたんだ!撤退しよう!エリート人形が三体もいたんじゃ勝ち目がない!」

 

「駄目よ!AR-15が、AR-15がさらわれた!くそ!くそ!くそ!掴んだのに!どうしてよ!助けに行かないと!」

 

「今は無理だ!このままじゃ全滅する!」

 

 M16は暴れるM4を取り押さえて無理矢理引きずっていく。

 

「全員、撤退だ!態勢を立て直すぞ!」

 

 M16の叫びと共にAR小隊も後退を始める。M4は目の前で起きていることがどこか遠くの出来事のように思えて仕方なかった。こんなの夢だ。AR-15が鉄血に連れ去られるなんて。救う手立てもなく、ただ逃げ帰るしかないなんて。無力だ。指揮官にAR-15を連れて帰ると約束したのに。まだ彼女にしてあげたかったことを何も出来ていない。私がもっと強ければ、もっと頼れる人形なら、こんなことには。雨音をかき消すような激しい銃撃の中、M4とAR-15の距離は再び遠ざかっていった。

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