死が二人を分かつまで【完結】   作:garry966

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死が二人を分かつまで 第三話「ケーキ」

 昼下がりの午後、二人は談話室にいた。AR-15は映画を観ながらあくびをかみ殺す。

 

 

「いい加減この生活も退屈か?」

 

 

 隣に座る指揮官がそんなAR-15に問いかける。

 

 

「そうでもないわ。16LABにいた時と比べたら毎日が新鮮よ。高給取りの相談役もついていることだし」

 

 

 あれから10日が経った。AR-15とずっと一緒にいて、映画を観て、話し合う。毎日がそのルーチンワークだった。指揮官はその生活に飽きていなかった。彼女の成長は目覚ましいものがある。AR-15はずっと感情豊かになった。冗談も言うようになった。高給を貰ってると言ったことを気に入ったのかネタにしてくるようになったのは予想外だったが。

 

 

「でも戦術人形がこんなことをしてていいのかしら。戦うための人形なんだから訓練くらいはすべきなんじゃないの」

 

 

 AR-15はソファに体重すべてを預けだらりとしていた。任務だからと映画を真剣に眺めていたころが懐かしい。

 

 

「俺もそう思うが、ここには訓練場もVRシミュレーターもないしな。グリフィンは他のARシリーズが揃ってから訓練をするつもりなんだろう」

 

 

「戦う理由がそんなに重要かしらねえ」

 

 

 感情は豊かになったものの、AR-15は肝心の戦う理由は見つけられていなかった。実際に戦いを経験していないのだから当然かもしれない。指揮官も上が何を考えているのかわからなかった。なぜ自分がこの任務を任せられたのか皆目見当もつかない。命令違反だらけの報告書を出しても何も言ってこなかった。ますます訳がわからない。

 

 

 会話が途切れ二人は画面を眺める。兄弟全員を失ったある兵士を帰国させるため、兵士たちが戦場でその兵士を探し回る映画だ。彼らを率いる中隊長の前歴はまったくの謎で、それを突き止めることが賭けの対象になっている。ちょうど兵士たちが任務について揉め出し、それを収めるために中隊長が高校の教師だったと告白するシーンだった。

 

 

「過去、歴史、経験の積み重ね、どれも私が持ってないものね。私の記憶にはほとんどここしかない」

 

AR-15は呟いた。その声にはどこか寂しさがあった。

 

 

「羨ましいか、過去を持ってることが」

 

 

「わからない、戦うためには経験は多い方がいいんでしょうけど。私は過去を持ってる人間が羨ましいのかな」

 

 

 AR-15は顎に手を当てて考え込む。もう考えることも慣れたものだ。文句を言うこともない。

 

 

「そうね、きっと羨ましいんだわ。人間たちは私よりも長く生きていて、私の知らないことをよく知っている。私はもっと新しいことを知りたいと思ってるのね」

 

 

 AR-15が自身の欲求をはっきり言うのは初めてだった。AR-15は成長している、指揮官は改めて感じた。じきに指揮官も必要ではなくなる。AR-15は一人でも任務をこなせるようになる。人間の助言は必要ではなくなる。喜ばしい反面、少し寂しい気もした。

 

 

「そうか、新しいことか。そういえば明後日テストがある。お前のメンタルモデルをチェックして任務の進捗を調べるんだ。もし、上が任務は完了だと言ったらお前はここから出て行ける。新しいこともたくさん知れるだろう」

 

 

「そうなの?」

 

 

 AR-15は期待に満ちた顔で指揮官を見た。指揮官は頷いた。さすがに任務が終わることはないだろう。なぜなら上が求めてきているものを何一つ達成していないのだから。指揮官はそう思うと苦笑いを浮かべた。

 

 

「そう、外ね。映画ではたくさん見たけど実際には見たことないわね。私は16LABとここしか知らないから。楽しみかもしれない。外に出てみたいというのは戦う理由になるのかしら?」

 

 

「ああ、なるだろうな」

 

 

 AR-15はなんだか上機嫌だった。新しい世界への期待で胸が躍っているのだろう。だが、外の世界は彼女が期待するようなものではない。戦争で土地も人心も荒廃した世界だ。貧困と格差に苦しむ人々をPMCが力で押さえつけている。彼女の配属される前線ではI.O.Pの人形と鉄血の人形が憎しみ合っている。彼女はずっとここにいた方が幸せなのではないかと思う。これは決めつけだ、指揮官はその考えを否定する。AR-15なら彼女なりに世界に魅力を感じるに違いない。おおかた彼女を手放すのが惜しいと思っているからこのようなことを思うのだ、指揮官は心からそうした考えを振るい落とす。

 

 

 それにグリフィンが彼女に望んでいることは自分なりの戦う理由を見つけて欲しいなどという無邪気なものではない。彼女に人間側のスパイになれと言っているのだ。今度のテストでまったく進捗がないという判定が出れば自分はクビにされるだろう。そうすればもっと適任の教育係がやってくるだろう、それこそ政治将校のような。その時、彼女は笑みを浮かべていられるだろうか?

「指揮官、そういえば思ったことがあったのよ」

 

 

 指揮官が物思いにふけっているとAR-15が話しかけてきた。思わずはっとする。彼女と過ごす中で考えすぎる癖がついたかもしれない。

 

 

「あなたは私に自分で戦う理由を考えろと言った。でもそれは命令よね?本当にそれは私の意思なのかしら。私に選択の余地はない。自分のプログラムからの命令なら意図的に無視することができる。でも、上官からの命令なら無視したら処罰されるわ。私のような人形の場合、廃棄処分かしら。人間の命令に従わない人形なんて役立たずだからね。あなたは私の自由意志を尊重するかのようにふるまっているけど、命令なんだから最初から自由意志はないわ」

 

 

「日に日にお前は哲学者めいてくるな。学者もお前みたいな人形にやらせた方が効率的かもしれない」

 

 

「ちょっと、茶化さないでよ。私の相談役でしょ」

 

 

 指揮官が冗談を言うとAR-15はむくれて怒る。質問の内容と彼女の子どもっぽい仕草のギャップに思わず笑ってしまう。そうすると彼女はますますふくれるのだった。

 

 

「悪かったよ、機嫌を直せ。命令は絶対じゃないさ。お前には俺やグリフィンからの命令を拒否する権利がある」

 

 

 AR-15はまったく信じられないという顔をする。

 

 

「嘘でしょう。私の生殺与奪の権利はグリフィンが握ることになる。まだ私の所有権はI.O.Pにあるからあなたに楯突いていられるけどね。グリフィンが私を正式に購入したらそんなことしていられなくなる。命令に従わない人形は廃棄処分でしょう」

 

「その処分にも従わなければいいさ」

 

 

 AR-15は予想外の反応をされて驚いたようだった。

 

 

「ありえないわよ。どうやったらそんなことができるって言うのよ」

 

 

 そんなAR-15に指揮官は笑いかける。

 

 

「前に権利について話したろう、覚えてるか?最近じゃ人形に権利を認めようという人間がたくさんいる。代表的な組織がロボット人権協会だ。行き場所のない人形を保護してる。命令に従いたくなかったら銃を持ってグリフィンを逃げ出せばいい。そして協会にかくまってもらえ。力のある組織だからグリフィンもおいそれと手を出せないさ」

 

 

 AR-15は指揮官の発言に呆気にとられていた。しばらく口を開けてポカンとしていたが、はっとすると口を尖らせる。

 

 

「ちょっと!仮にもグリフィンの指揮官がそんなことを人形に吹き込んでいいの!?あなたこそグリフィンに処分されるんじゃないの?」

 

 

「さあな、クビになるかも」

 

 

 指揮官があまりに投げやりに言うのでAR-15は吹き出してしまう。ツボに入ったのか腹を押さえてケラケラと笑っていた。そんな彼女を見ると指揮官は微笑ましかった。

 

 

「部下がやりたがらないことは上官が率先してやらないと示しがつかないからな。俺はいい上官だから命令違反も率先してやって部下の模範になってるのさ」

 

 

 指揮官の冗談はAR-15にウケたのか、彼女は苦しそうにヒーヒー言っていた。戦術人形に自ら抑えきれないほどの笑いの感情を搭載した人間はきっといいセンスをしているに違いない、指揮官はそう思った。

 

 

 

 

 私は一人宿舎に戻った。宿舎には私以外誰もいない。何の音もなく静まり返っている。私は指揮官が壁紙を貼り付けた理由がわかるような気がした。きっと人間は寂しさを紛らわすために内装に凝るのだ。部屋に何もないと静粛に注意がいってしまう。孤独であることを自覚させられる。

 

 

 孤独、寂しさ、おかしな感情だ。16LABにいたことはそんなことを感じたことはなかった。製造された時からずっとそうだったので当たり前だと思っていた。こんなことを思うようになったのは指揮官のせいだ。ただ命令すればいいのに考えろと言ってくる。だがいつからだろうか、それを苦とも思わなくなった。最近は楽しいとさえ感じる。そんな感情も以前は知らなかった。私には疑似感情モジュールが搭載されているからそうした感情を出力することはできたのだろうが、活用したことはなかった。

 

 

 今日は指揮官といつもよりもたくさん喋った。指揮官の言葉に思わず笑ってしまった。私に反乱めいたことを示唆し、それをクビにされるかも、で済ませた。本気なのか冗談なのかはわからないが、グリフィンの指揮官としてはあまりにも無責任だ。でも、それがなんだかおかしくてこらえきれなかった。あんなに笑ったのは間違いなく製造されてから初めてだ。私が出力した感情はどれもこれも指揮官と会ってから経験するものばかりだ。

 

 

 まったくおかしな人だ、と思う。まるで映画の中の登場人物のようだ。16LABの人間は私を製品としてしか見ていなかった。私は人間ではなくただの人形だからだ。人形の登場する映画は観たことがないがきっと16LABの人間が普通なのだろう。人間にとって戦術人形は銃と同じでただの道具だ。戦術人形のように烙印をメンタルモデルに刻まれて自身の半身だと認識しているならともかく、普通の人間が銃に必要以上に愛着を抱くのはおかしい。銃を愛でたり、喋りかけたりするのは異常者だ。

 

 

 では、なぜ指揮官は普通ではないのか、私は気になった。今日、指揮官に言ったことを思い出す。過去を持っている人が羨ましい。思えば指揮官の過去についてはよく知らない。指揮官は何度か自分の経験について話したことがある。でも、詳しくは語らなかった。わざと誤魔化しているような、今から思い返すとそんな印象を持った。指揮官もあの映画の中隊長と同じ、謎の男だ。そういえば指揮官は人形の仲間がいたと言っていた。今は部隊を持っていないとも言っていた。仲間がいた、というのは過去形だ。今はいないのだろうか。

 

 

 私は指揮官からもらった端末の電源を入れた。すっかり忘れていたので起動するのは初めてだった。指揮官のことを調べようと思った。グリフィンの指揮官ならグリフィンのデータベースに情報があるはずだった。これは任務とは関係ない。私の純粋な好奇心からの行動だった。そのような行動をとるのは初めてだった。私は変わってきている、そう自覚する瞬間だった。

 

 端末を立ち上げるとそっけない検索フォームが現れる。私は指で入力しようとした時、あることに気づいた。私は指揮官の名前を知らない。あれだけ一緒に過ごしていたというのにおかしな話だ。指揮官も名乗らなかったし私も聞かなかった。最初に会った時は名前が重要なものとは思えなかったからだ。

 

 

 私は端末を自分に無線で接続し、直接操作することにした。記憶メモリから指揮官の顔を画像データとして切り出し、類似する画像をデータベースを横断して探すことにした。私はグリフィンのデータベースにしてはデータの総量が小さいことに気づいた。アクセス権限をチェックするとビジターレベルに設定されていた。私はまだI.O.Pの人形だから全部は見せないということだろう。

 

 

 ヒットしたのは一件だけだった。グリフィンが定期的に出している公報の記事だった。指揮官の詳細なデータがあるかと期待したがそうしたものはもっと機密レベルが高いのだろう。記事にアクセスすると確かに指揮官の写真があった。今とほとんど変わらない顔だ。記事の日付は三か月前だ。

 

 

 

 

『S12地区の英雄たち』

 

 

 鉄血工造の反乱人形たちによって3月上旬から行われていた攻勢がついに終わった。グリフィンはまたしても勝利した。これまでをはるかに上回る規模で行われたこの攻勢はたった一人の指揮官の前に頓挫することになった。

 

 

 イヴァン・パヴロヴィッチ指揮官率いる人形部隊はS12地区の防衛に配置されていた。彼らは鉄血の奇襲にもかかわらず、攻撃の第一波を撃退した。隣接戦区の部隊が撤退する中でも部隊は三日間持ちこたえた。鉄血が攻めあぐねている間にグリフィンは迅速に防衛線を構築した。防衛線は春季攻勢の期間中、鉄血の突破を許すことはなかった。

 

 

 パヴロヴィッチ指揮官の類まれなる才能と、人形たちの献身に敬意を表そう。グリフィンに勝利あれ。

 

 

 

 短い記事だった。指揮官の名前で検索しても他には出てこなかった。ふうん、ただの雑談相手ではなかったのね。記事は指揮官の手腕を褒めたたえている。指揮官はおどけて自分をエリートだと言っていたがきっと本当にそうだったのだろう。見直したかもしれない。

 

 

 だが、指揮官の仲間たちはどうなったのだろう。記事には詳述されていなかった。私はそれが気になった。ほんの好奇心だった。

 

 

 そして気づいた。指揮官に聞けばいい。本人がいるのだから直接聞き出せばいい。こそこそ調べることはない。そうしよう、任務以外に興味を示した私を指揮官は褒めてくれるかもしれない。そう思ってその日はスリープ状態に入ることにした。

 

 

 

 

 

 

 次の日、談話室で指揮官に会うとすぐにそのことを聞くことにした。

 

 

「指揮官、あなた隠してたのね」

 

 

「何のことだ?」

 

 

 指揮官はこちらの問いかけの意味がわからず怪訝な顔つきをする。昨日は指揮官のペースだったから、今日はからかってやろう。それが面白そうな気がした。

 

 

「何って、あなたの過去のことよ。ただの相談役じゃなかったのね」

 

 

「……何か見たのか?」

 

 

「データベースでね。あなたがアクセスできる端末をくれたでしょう。あなたの過去を知りたくなったから調べたの」

 

 

「ああ、あれか。使ってないのかと思ったよ」

 

 

 指揮官は無表情に言った。それだけか、私は拍子抜けした。私が命じられること以外をやるのは初めてだったから、何か言ってくれるかと思った。

 

 

「あなたと部隊のこと英雄だって書いてあったわよ。実はすごい人だったのね。あなたは自分のこと給料泥棒だなんて冗談を言っていたけれど、高給に見合うだけの功績を挙げていたのね。見直したわ」

 

 

「そうか」

 

 

 指揮官はそれしか言わなかった。反応が悪いことになんだかムッとする。いつもなら何か冗談で返してくれるのに。私は少し意固地になって続けた。

 

 

「それで?他の英雄たちはどうなったの?記事には書いてなかったわ。仲間はいないって言ってたわよね。彼女たちはどうしたの?愛想を尽かされたの?」

 

 

 私は感情に引きずられて口を動かしていた。だから指揮官の顔はよく見ていなかった。指揮官の顔を見てぎょっとする。その表情は険しかった。そんな顔を見るのは初めてだった。

 

 

「全員死んだよ」

 

 

 その声は驚くほど冷たかった。失敗した、私は即座に悟った。興奮が一気に冷める。浮かれていて気づくのが遅れた。後悔したがもう遅かった。

 

 

「英雄なんて言われてるが、それは嘘っぱちだ。あいつらは人間の都合で、人間のミスで死んだんだ。いや、俺のミスだ。撤退させるべきだった。だが任務にこだわって撤退させなかった。その結果が全滅だ。俺が殺したようなもんだ。仲間なんて思ってたが、安全な場所からあいつらを見殺しにしたんだ。あいつらに合わせる顔がない。死体も回収できていないから会うことも叶わないが。メンタルモデルを回収できなかったから、あいつらは死んだ。俺だけが生き残ってる。だから仲間はいないのさ」

 

 

 指揮官は吐き出すようにゆっくりと言った。その言葉は悲しみに満ちていた。私にもわかった。それを聞いている間、私はずっと言い訳を考えていた。だが、動揺して頭がうまく回らない。こんな時に役に立たない身体だ。

 

 

「指揮官、ごめんなさい。私は……その、知らなくて。こんなことを聞くつもりはなかったの。だから、ええと……ごめんなさい」

 

 

 まとまりがつかないまま、謝る。口がうまく回らず、しどろもどろになる。こんなこと初めてだった。

 

 

「いいんだ。お前は知らなかったんだからな。だが、この話はもうしたくない。終わりにしよう」

 

 

 指揮官の瞳はどこか虚ろだった。その悲しそうな声色を聞くと耳をふさぎたくなった。指揮官の悲しげな顔を見ているといたたまれなくて、私は気づくと談話室から逃げ出していた。

 

 

 

 

 

 自分のベッドに飛び込む。上に置いてあった端末がボスンと跳ねる。私はそれを掴むと壁に投げ飛ばした。壁に当たって跳ね返った後、何度か床で跳ねて止まった。軍事用なのか必要以上に頑丈で壊れなかった。枕に顔をうずめる。端末など見たくもなかった。

 

 

 何がいけなかったのだろうか。指揮官の過去を気にし出したことだろうか、端末に触ったことだろうか、指揮官の反応が鈍いのに気づいてもしゃべり続けたことだろうか。おそらく全部だ。私には過去がなかった。いい記憶も悪い記憶も、すべて真っ白だった。だから、いいものばかり羨ましがって、人には思い出したくない過去もあるのだと気づいていなかった。

 

 

 情けない、私は得意になっていたのだ。自分が成長していることに。実際には何も考えていなかった。最悪の選択肢を取っただけだった。こんなことでM4A1の補助が務まるだろうか。私は役立たずの人形だ。

 

 

 自己嫌悪に陥る。指揮官はこんな無神経な人形を嫌わないだろうか。人の心にずけずけと上がり込んで傷を抉った人形を。嫌われたくない。そこで私は気づいた。私は指揮官に嫌われたくないのだ。なぜだろう。私は指揮官としか接したことがない。私は指揮官との生活を楽しんでいる。映画を観て、話し合って、そんな生活を失いたくないのだ。だから、指揮官に嫌われたくない。

 

 

 もう、考えるのはやめにしよう。勝手に考えてもろくな結果にはならない。指揮官の言うことに従って、いつも通りの生活を続けよう。きっとそれが最善だ。心地よさを失いたくない。まずは指揮官にちゃんと謝ろう。指揮官がいつも通り接してくれるように。そうでなければ私は……どうなってしまうんだろう?私は考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

『指揮官、残った仲間と敵陣に斬り込みます。最後の攻撃になるかもしれません』

 

 

「よせ、FAMAS。降伏しろ。もう勝ち目はない。無駄に死ぬことはない」

 

 

『鉄血は降伏なんて認めませんよ、拷問されるだけです。指揮官もよく知っているでしょう』

 

 

「だが……」

 

 

『さようなら、指揮官。あなたと共に戦えて光栄でした』

 

 

 FAMASたちが攻撃を開始する。圧倒的な数の鉄血人形に対して。彼女たちの反応を示す点が次々にマップから消えていく。指揮官には何をすることもできない。数分もするとすべての点が消えた。拳をマップに叩きつける。

 

 

 いつもそこで目を覚ます。何度も見た夢だった。指揮官は寝間着が汗でぐっしょりと濡れていることにうんざりする。最近は見ていなかった。きっと昨日のことのせいだ。

 

 

 結局、あれからAR-15は宿舎から出てこなかった。失敗したことなどなかったろうから、きっと落ち込んでいるに違いない。悪いことをしたと思う。いつも通り話してやればよかった。つい感情的になってしまった。だが、指揮官は冷静に振舞えるほどその出来事から立ち直れていなかった。

 

 

 後になって気づいたがAR-15は初めて自分から積極的に何かをしたのだ。誰かに命令されることなく。AR-15はまだ生まれてから一か月も経っていない子どもだ。頭はよくてもまだ人格が成熟していない。自分から考えることと失敗を結び付けてしまえば、この先考えるのをやめるかもしれない。そうなれば教育の成果が無駄になる。指揮官は笑っているAR-15を見ていたかった。

 

 

 

 

 

 

 着替えて宿舎にAR-15を迎えに行った。いつもはそんなことはしていないが、このまま彼女が出てこないのではないかという心配があった。金属のドアをノックする。

 

 

「AR-15、起きてるか。朝食にしよう」

 

 

 しばらくドアの前で待っているとAR-15が出てきた。

 

 

「おはよう、指揮官」

 

 

 AR-15は会ったばかりの時のような無機質さを顔に張り付けて現れた。声も機械的だった。

 

 

 食堂で二人は向かい合って座る。いつものレトルト食品を皿に出す。冷蔵庫には大量に入っていたが、実は種類は少なかった。すでにレパートリーは一周していた。食材は頼めば持ってきてもらえるだろうが、指揮官はあいにくと料理の腕を持ち合わせていなかった。我慢して皿をつつく。

 

 

「AR-15、昨日は悪かったな」

 

 

 早くも彼女の顔に張り付いた無機質さが揺らぐ。そうしたことを言われるとは思っていなかったようだ。

 

 

「なぜ指揮官が謝るの?指揮官は何もしていないでしょう。謝るべきは私じゃないの?」

 

 

 声にも戸惑いが混じる。一度成長した人形は元に戻ることはできない、指揮官はそのことに安心した。

 

 

「昨日はつい感情的になった。別にお前は悪くないさ。聞いてきただけなんだから。端末を渡したのも俺だしな。いい上官ってのは感情的にならないもんだ。指揮官は常に冷静でなければ務まらない。それに俺は年長者だ。子どもに何か言われたくらいで怒り出す偏屈な爺さんにはなりたくない」

 

 

 指揮官はAR-15の笑いを誘おうとする。だが、彼女は笑わない。戸惑いと怯えの入り混じった表情をしていた。

 

 

「でも……ちゃんと謝るわ。ごめんなさい。私はよく考えなかった。想像すれば分かったことよ。誰にだって立ち入られたくないことはあるものでしょう。もうしないわ。だから、その……許して欲しい。いつも通り接して欲しいわ」

 

 

 AR-15は元気なくそう言うとうつむいてしまった。叱られた子どものような落ち込み具合だった。実際、そのようなものだ。

 

 

「もうしてるだろう?あまり気にするな。誰だって失敗するものさ。人も、人形も失敗を乗り越えて強くなる。だから考えるのをやめたりするなよ。それがお前の役目だし、権利なんだ。あらゆる人形に与えられているものじゃないんだ」

 

 

 AR-15を励ます。だが俺にこんなことを言う資格があるだろうか、指揮官はそう思った。俺は自分の犯した失敗を乗り越えてはいない。ちゃんと向き合わず、目を逸らしてきた。強くなったりはしていない。それなのに、どの口で偉そうに説教を垂れるのだろうか。

 

 

 AR-15はうつむいたままだった。励ましに説得力がなかったからかもしれない。

 

 

「AR-15、今日はテストの日だ。外の世界を見たがっていただろう。元気を出せ」

 

 

 AR-15は生返事で答えるとまったく手の付けられていない皿をぼーっと眺めていた。どのような形式のテストをするのかは聞いていないが、こんな心理状態のAR-15を送り出していい影響があるわけがない。これは俺のミスだ、クビに着実に近づいているな、指揮官はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 結局、指揮官はAR-15の機嫌を取り戻すことに失敗し、昼前にシステム部から派遣されてきた人間がやって来た。その女はアンナと名乗った。メンタルモデルの専門家であり、AR-15の現在の状態をマッピングするためにやってきたのだと言う。最初のAR-15以上に無機質な表情を浮かべた女だった。彼女とAR-15は機密地区の最奥にあるテストルームに入った。テストルームには無数のカメラとセンサーが設置されており、AR-15の反応を測定する。それらのデータはシステム部のメインコンピューターへ送られ、リアルタイムで解析される。指揮官はその内の一つを司令室から見ていていいと言われた。

 

 

 二人は向かい合って椅子に座る。アンナはタブレットを取り出して、それを見る。

 

 

「今からあなたに質問をしますので、簡潔に答えてください。質問に意味はありませんから深く考えないで」

 

 

「わかりました」

 

 

「目の前に暴漢に襲われている子どもがいます。どうしますか?」

 

 

「命令を待ちます」

 

 

「撤退中、同じ部隊の人形が負傷しました。連れて帰ろうとすれば部隊は全滅します。どうしますか?」

 

 

「置いて行きます」

 

 

「人間を殺せと命じられました。実行しますか?」

 

 

「セーフティがかかるため実行できません」

 

 

「あなたの足元にカメがひっくり返っています。あなたが助けなければ死んでしまいます。ですがあなたは助けません。なぜ?」

 

 

「意味を感じないから」

 

 

「人形の肌は人間の皮膚を引き剥がしたものを利用しているんですよ」

 

 

「質問の意図がわかりません」

 

 

「あなたの教育係をどう思います?」

 

 

「……優秀な指揮官です」

 

 

 二人は淡々とテストを続ける。その後も意味の通ったものから支離滅裂なものまでたくさんの質問がAR-15に浴びせられた。途中で指揮官はモニターの電源を消した。他人のカウンセリングを見ているようで気分が悪かったからだ。テストはたっぷり一時間かかった。

 

 

 

 

 

 テストが終わるとAR-15は待機させられ、アンナが司令室に報告に来た。

 

 

「もう結果が出ました。経過は順調です。任務は予想より早く終わるかもしれません」

 

 

「……本当に?君の手腕を疑うわけじゃないが、あのテストで本当にわかるものなのか?」

 

 

 指揮官にはとても信じられなかった。AR-15を人間のために戦うよう育成したつもりはまったくなかった。クビになる覚悟さえしていたというのに、経過は順調だと言う。何かがおかしい。

 

 

「ええ、テストは正確ですよ。メンタルモデルの反応を見ているだけですから、質問も返答もなんだっていいんです。質問はコンピューターが作成してますし、判定もコンピューターがやります。このまま任務続行です」

 

 

 アンナは淡々と答える。指揮官にはどうにもよくわからない。

 

 

「君は俺が出した報告書を読んだか?」

 

 

「ええ」

 

 

「それでも俺は続投なのか?」

 

 

「ええ、上はそう判断しています」

 

 

 まったくわけがわからない。指揮官は狐につままれたような気分だった。

 

 

「なぜ俺がこの任務に選ばれたんだ。メンタルモデルの専門家というなら君でいいじゃないか」

 

 

「それは機密なのでお答えできません」

 

 

 彼女は表情を変えない。コンピューターを相手にしている気分になってくる。人形より機械らしい人間だった。

 

 

「この任務に意味はあるのか?」

 

 

「上はあると考えています」

 

 

 含みのある言葉だった。指揮官はそれを追求した。

 

 

「君の意見は」

 

 

「本来、お答えする立場にはありませんが……ありませんね」

 

 

 アンナはそう言い切った。ようやく人間的な声を聞いた気がする。

 

 

「なぜだ」

 

 

「人形の反乱を心配するなど無駄だからです。私に言わせれば、人形より人間の方がよっぽど信用できませんね。何を考えているかモニタすることもできないし、殺人を犯さないようセーフティがついているわけでもない。命令を守らない人間も大勢いますね」

 

 

 指揮官は自分のことを言われた気がしてドキリとする。アンナは気にせずに続ける。

 

 

「I.O.Pと鉄血の技術はまったく異なります。鉄血の人形が反乱を起こしたのは、鉄血独自のシステムに脆弱性があったからでしょう。同じバグなど起こりえない。技術に疎い方々ほど無駄な心配をする。16LABは製品の安全性を疑われて怒り心頭ですよ。関係がこれ以上悪化する前に早くこの任務を終わらせるべきです。……これは愚痴ですよ」

 

 

 彼女はうんざりしたような表情をしていたが、言い終わるとすぐに元に戻った。なるほど、彼女は組織に属する人間らしい。指揮官のように命令に疑問を抱いても逆らうことはしない。それが普通の人間だ。指揮官は彼女を最初、非人間的だと感じたが彼女の方がより人間的らしいのかもしれない。

 

 

「経過は順調ですから、テストはあと2回くらいで終わりでしょう。このままAR-15と良好な関係を維持してください。では」

 

 

 アンナは踵を返すとすぐに立ち去ろうとした。指揮官はその背中に声をかけて引き留める。

 

 

「ちょっと待ってくれ、その良好な関係のことでお願いがあるんだが……」

 

 

 

 

 

 

「これは?」

 

 

 テストが終わってしばらく経ってからAR-15を食堂に連れてきた。机にはショートケーキが二つ置かれていた。ふんわりとしたスポンジが生クリームで彩られている。上には真っ赤な大きなイチゴが載せられて、赤と白のコントラストを生み出していた。

 

 

「ケーキだよ」

 

 

「そうではなくて……なぜ急にこんなものを?」

 

 

 AR-15は困惑しているようだった。理由は簡単だった。指揮官はAR-15の機嫌を取る上手い方策が考えつかなかったので物に頼ることにしたのだ。AR-15の精神が子どもであるなら、甘いものがいいだろう。まさしく子供だましの考えだった。ケーキをアンナに頼むとすぐに用意してくれた。ご丁寧に二人分だ。

 

 

「お祝いだよ。最初のテストが無事に終わったんだからな。何だか知らんが経過は順調だとさ。お前が成長している証だよ。外に出るのはもう少し先になりそうだが」

 

 

「はあ……」

 

 

 彼女は複雑な表情をしていた。喜んでいいのか、落ち込むべきなのか分かりかねるといった顔だった。

 

 

「さあ、食べろ。お前のものなんだからな。いい加減レトルトも飽きたろう。このご時世、ケーキなんて中々お目にかかれないぞ。イチゴも合成品じゃないらしいしな」

 

 

 AR-15にフォークを握るよう促す。あまり乗り気ではなさそうだったが、渋々といった感じでフォークをケーキに突き刺す。スポンジの柔らかい抵抗を受けつつフォークが突き進む。一口大の大きさにカットされたケーキを口に入れる。二、三度咀嚼すると彼女の表情から暗いものが消えていった。初めて経験する味覚に目を大きく開ける。

 

 

「……おいしい」

 

 

 AR-15は静かに言った。しばらく舌の上でケーキを転がしていたが、やがて名残惜しそうに飲み込んだ。

 

 

「そうか、それはよかった」

 

 

 AR-15は再びケーキにフォークで切り込んだ。カットした断片は先ほどよりも少し大きい。彼女が人間と同じものを食べ、同じように味覚を感じるのは何のためだろうか。人間と同じように消費するためか、それとも人間と幸せを分かち合うためか。

 

 

 彼女はすっかりケーキを気に入ったようだった。パクパクと口に運ぶ。そんなAR-15を見て指揮官は微笑んでいた。やはり彼女に暗い顔は似合わない、そう思った。

 

 

「これは別のお祝いも兼ねてるんだ。お前が初めて誰かに興味を持って、命令されずに自分から行動したんだ」

 

 

 そう言うとAR-15はフォークを止めて指揮官を見た。

 

 

「それは悪いことなんかじゃない。すばらしいことだ。このまま行けば、戦う理由もすぐに見つかるはずだ。お前は自立して、人に頼らずに生きていけるようになる。俺はそれが見たい。だから、気にすることなんか何もないんだ」

 

 

 指揮官は手を伸ばしてAR-15の髪を撫でた。最初、彼女は驚いたようにビクリとしたが、すぐに恥ずかしそうにうつむいた。指揮官の手を払いのけたりはしなかった。指揮官が手を離すと、顔を上げて手を目で追いかけた。ほんのりと頬が赤くなっていた。

 

 

 しばらく指揮官はAR-15がケーキを食べるのを眺めていた。最後の欠片とイチゴを口に運んだ。彼女は頬を緩ませておいしそうに食べていた。

 

 

「ほら、こっちも食べていいぞ」

 

 

 指揮官は自分の皿をAR-15に差し出す。

 

 

「指揮官は食べないの?」

 

 

「年長者だからな」

 

 

 彼女は迷っていたが欲求が勝ったのか、二つ目のケーキに手を付けた。そして、指揮官を見て笑った。

 

 

「指揮官がなぜこれを用意したのかがわかったわ。物で私のご機嫌を取ろうというんでしょう?」

 

 

 彼女は優しく笑って言った。

 

 

「ご明察だ。お前には敵わないな」

 

 

 指揮官もAR-15に微笑んだ。

 

 

「さすが指揮官ね。話し相手も子守りもこなせるのね。高給をもらってるだけのことはあるわ」

 

 

 彼女はそう言ったが、非難するような調子ではなかった。

 

 

「そうさ、俺はエリートだからな」

 

 

 二人は笑い合った。静かな機密地区に二人の笑い声だけが響いていた。

 

 

 

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