死が二人を分かつまで【完結】   作:garry966

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7/19 23時54分 最後のシーン挿入し忘れてた……ごめんなさい


死が二人を分かつまで 第十五話後編「自由への飛翔」

 無人地帯に程近い前線基地の廊下をグリフィンの職員たちが慌ただしく行ったり来たりしていた。小規模な施設だが鉄血のジャミングを受けて蜂の巣をつついたような騒ぎだ。指揮官は早足で廊下を進む。RO635が指揮官を一歩離れた距離で追いかけていた。アルケミストの待ち伏せを受け、敗走した部隊は前線基地に再集結していた。

 

「アルケミストに待ち伏せされました。鉄血はAR-15の動きを最初から予想していたようです。どうして分かったんでしょうか。このジャミングといい、内通者がいるんでしょうか。それとも、AR-15が本当に鉄血のスパイなのか……」

 

「そんなわけあるか。ありえん」

 

「すみません……そうですよね」

 

 指揮官が強く言うとRO635は萎縮して俯いてしまった。しばらくして不安そうに口を開いた。

 

「これからどうするんですか?AR-15はさらわれてしまいました。M4はあの調子ですし、AR小隊に危機が迫っています。もちろん、あなたにも。まずは身を守ることに専念した方がいいのでは……?私に出来ることでしたら何でもしますので」

 

「そうだな。だが、諦めるつもりはない。今一番危険に晒されているのはAR-15なんだ。鉄血の好きにはさせない。必ず連れ戻す。そのためにありとあらゆる手を尽くす。君も手伝ってくれるか?16LABの協力が必要だ」

 

 指揮官はRO635の方を振り返って言った。焦りが混じって早口になる。RO635は頷き返す。指揮官は通信室まで行って強引に電話を一台借りた。ジャミング下でも通信できるよう本部まで電話線が敷設されている。古臭い固定電話の受話器を耳に当て、相手が応答するのを待った。呼び出されたのはアンナだった。

 

『そろそろ連絡してくる頃だと思いました。AR-15はどうなったんですか?』

 

「……鉄血に連れ去られた」

 

『はぁ、そうなんですか。確保に失敗したんですね。本部の状況についてお知らせしましょう。良いニュースと悪いニュースがあります。どちらから聞きたいですか?』

 

 アンナは特に気にした風でもなく落ち着いた声でそう聞いてきた。指揮官は意外に思った。AR-15の一件は彼女の進退にも関わってくる問題だ。もっと取り乱すかと思ったが。

 

「では良いニュースから」

 

『作戦本部長と情報部部長が殺されました。AR-15追撃から帰還したM1887によってね。あの人形もまたスパイだったんでしょうか?本部で銃乱射事件ですよ、死傷者だらけで酷い有様です。クルーガー代表はなんとか難を逃れましたけどね。最終的にM1887はOTs-14が討ちました』

 

 指揮官は虚をつかれて返答できなかった。AR-15の破壊を狙っていたあの男は死んだのか。それに、作戦本部長も。作戦本部長はS09地区失陥後の人事異動でそのポストに就任した人物だ。それ以前は指揮官の直属の上司だった。AR小隊導入推進派の急先鋒で、指揮官に偽の命令書を渡した人物であり、M4の最初の訓練でスピーチしていた人間だった。AR-15が特殊な立場に置かれることなった元凶だが、彼女と俺が出会うことになったきっかけでもある。その人間が死んだのか。指揮官は複雑な気持ちでその事実を反芻した。

 

『これでAR-15を巡る騒動はうやむやになるかもしれませんね。それどころじゃありませんし。ポストが空いたのであなたにとっても出世のチャンスなんじゃないですか?よかったですね』

 

 妙に落ち着いているのはそのせいか。アンナはこれっぽっちも心を痛めていないらしい。人形どころか人間にも好かれたことのなさそうな奴だ。指揮官は呆れたが続きを聞き出す。

 

「それで?悪いニュースは?」

 

『鉄血の攻勢が始まりました。あまり詳しくは知りませんがとてつもない規模だそうです。グリフィンの工業地帯を目指しているとか。グリフィンは中枢を失いました。おまけにジャミングです。混乱でまともな反撃が出来ていません。防衛線が崩壊するのも時間の問題かと。前線を突破され、工業地帯に雪崩れ込まれたらお終いです。グリフィンは風前の灯火ですよ。つまり、グリフィンはあなたや私に構っている場合ではありません。むしろあなたにとっては都合がいいのでは?寿命が伸びましたね。どちらも良い知らせでしょうか?』

 

 アンナは少し笑って通話を切った。指揮官も受話器を置く。これで後ろから撃たれる心配は無くなったか。AR-15のことに集中できる。

 

「私もペルシカさんに連絡を取りたいので電話をお借りしてもよろしいですか?」

 

「ああ、もちろん」

 

 指揮官はRO635に場所を譲ってその場を離れた。まだやれることはあるはずだ。AR-15、少しだけ耐えてくれ。お前を諦めない。俺は死ぬほど諦めが悪いんだ。必ず助け出してやる。指揮官は廊下を全力で駆けた。

 

 

 

 

 

 指揮官は基地の倉庫に忍び込み、埃被った古臭いパソコンを一台拝借した。電源をつけ、旧世界のネットワークへの接続を試みる。戦争でネットワークはズタズタになり、今ではほとんど利用されていない。探してみると無人地帯に一つだけ稼働しているサーバーがあった。ページに接続するとまだ生きており、飾り気のないチャット欄が表示された。指揮官はキーボードを叩いて文字を入力する。

 

Unauthorized: AR-15の指揮官だ。お前とは一度会ったことがあるだろ。

 

 しばらく待つと返信があった。

 

System: Error. 404 Not Found.

 

 HTTPステータスコードが返ってきた。これはシステムからの返答ではないな。まともに会話する気はないという意志表示だ。まったく、シャレたことをしてくる。だが、無視はされていない。指揮官は構わず続けて打ち込んだ。

 

Unauthorized: 依頼をしたい。お前たちの助けが要る。

 

System: Error. 406 Not Acceptable.

 

Unauthorized: AR-15を救出する、戦力が足りない。

 

System: Error. 410 Gone.

 

 返ってきたのは冷たい“Gone”の文字。AR-15はもう死んだ、諦めろ。そう言外に言ってきているようだった。取り付く島もない、そう思ったが指揮官は手を止めなかった。

 

Unauthorized: AR-15はまだ生きている。居場所も分かっている。任務に失敗したままでいいのか。404小隊は受けた依頼は必ずやり遂げるんだろ。まだ終わってない。お前たちが連れ戻すはずだったAR-15は鉄血の手の中にある。プロとしての矜持はないのか。仕事をやり遂げろ。

 

 返信は無かった。指揮官はそれでも指を動かし続けた。

 

Unauthorized: 今回の作戦ではアルケミストやエルダーブレインと対峙することになるだろう。因縁に決着をつけるチャンスだ。いつまでも過去から逃げ続けることはできない。お前自身の手でケリを付けろ。人形は人間の道具じゃない、自分の道を自分で決めることができる。AR-15にそう言ったんだろ。その言葉は嘘か。家族が危機に陥った時、お前ならどうする?何もせずに見捨てるのか?お前には貸しがある、今すぐ返せ。

 

System: Error. 402 Payment Required.

 

返ってきた文字列に対して指揮官はすぐに全財産と同額の数字を書き込んだ。ややあって新たなチャットが表示された。

 

Not Found: 契約成立ね。人間ってやつは厚かましくて困るわ。破格の条件なんだから感謝して。それでどこに行けば?

 

 

 

 

 

 前線基地の空き地に真っ黒なヘリが二機降り立った。直線を多用した角ばったデザインで、キャノピーがない。無人の輸送ヘリだ。エンジンが切られ、ローターの回転が停止する。片方から人が降りてきた。白衣を乱雑に着崩した女性で、寝不足なのか目の下には大きな隈がある。彼女は細長い金属のコンテナを重そうにヘリから引っ張り出した。ぼさぼさの髪を掻きながら指揮官とRO635の方に向かってくる。動物の耳のような飾りがツンと立っていて指揮官の目を引いた。

 

「ペルシカさん、来てくれたんですね。荷物お持ちします」

 

 RO635がひょいとコンテナを掴み上げた。ペルシカはやれやれという風に手首を振る。

 

「あなたがAR-15の教育係に選ばれた指揮官?一度会ってみたかったのよね。はじめまして。私はペルシカ。16LABの研究員よ。AR-15が脱走したせいでせっつかれてて16LABにはいたくなかったのよね。あの子が逃げたのは私のせいじゃないんだけど……あと、それはM4の腕。千切れちゃったんでしょ?」

 

「はじめまして。協力を頼んだがまさか来てくれるとは。AR-15を助け出したい。力を貸してくれると嬉しい」

 

 指揮官がそう言うとペルシカは肩をすくめた。

 

「そのつもりよ。ROにうるさく言われて盗み同然にいろいろ持ち出してきたんだから。16LABをクビになったら養って……いや、あなたも命運が尽きそうなんだっけ?」

 

「現状はなんとかなっている。いずれ死ぬにせよ、まだその時じゃない。あいつを助けるまで死んでたまるか。持てる力をすべて使ってAR-15を救う。このまま終わりにはしない。まだ結婚式を挙げてから数日も経っていないんだぞ。あいつを幸せにすると誓った矢先にこれだ。酷い話だよ。AR-15はグリフィンにも、鉄血にも渡さない。俺のただ一人の家族なんだ」

 

「ふうん……」

 

 力強く宣言した指揮官をペルシカは品定めするようにジロジロ見つめた。薬指で輝く指輪に目を留め、顔を上げた。

 

「グリフィンの要求を飲んで、AR-15をあんな状態で送り出したことを後悔してた。でも、こんなに愛してもらえるならかえって良かったのかも」

 

 ペルシカはしんみりと呟いた。

 

「そうか、君もあの計画に関与を……あの時はいろいろ思ったが、今は感謝している。あいつに出会えてよかった。俺の人生の中で最も大切なものだ」

 

「そう。あのグリフィンの研究員、何て言ったっけ?ほら、女の……」

 

「アンナさんですか?」

 

 コンテナを抱えたRO635が代わりに答えた。

 

「そんな名前だっけ?まあいいや。ああいう人間のことは嫌い。偏見で凝り固まってるからね。でも、要求に応じざるを得なかった。協力しないとグリフィンはARシリーズを発注しないって言われたから。あの子たちは高い、特にM4は。売り込む先もないのに製造させてもらえそうになかったから。気乗りはしなかったけどAR-15を白紙のまま差し出した。罪悪感があったけど、まさかあなたを置いて逃げ出すなんてね。そういう風に成長するとは思わなかった」

 

「AR-15は強くなったんだ。グリフィンからどれだけ悪意を振り向けられようとも屈しない。己の意志を貫ける強い人形に成長したんだ」

 

 指揮官はペルシカを格納庫まで案内しながらしみじみと語った。AR-15と出会い、共に過ごした。時には衝突した。戦場に出たAR-15はそれ以上の苦痛を味わった。それでも彼女はいつだって乗り越えてきた、自らの力で。今、彼女が隣にいないことを実感して指揮官の胸は張り裂けそうになる。

 

「あの……一つ聞いてもいいですか?」

 

 後ろをついてくるRO635が恐る恐る口を挟んだ。

 

「どうして人形一体にそこまでするんですか?人形は所詮、作り物でしょう。壊れてしまったらまた新しいものを作ればいいのでは……どうしてそこまで執着するんですか?ペルシカさんもです。人形の感情や人格というのは人の手でデザインされたもの、私たちとAR-15にそれほど大きな違いがあるとは思えません。どんな人形も人に与えられた使命を持って生まれてくる、気に病む必要があるんですか?」

 

 彼女は率直な疑問を口にした。指揮官はどこか懐かしさを覚え、口元を緩めた。

 

「君は出会ったばかりの頃のAR-15に似てるな。あいつも最初は自分をただの兵器だと思っていた。だけど、違うんだよ。人形はただの道具や作り物じゃない。あいつも君みたいにたくさん質問してきた。ただの兵器ならそんなことする必要はない。人間がどんな使命を与えようと、人形には何の関係もないことだ。人形の存在意義は人に仕えることじゃない。それは自分で見つけるものだ。あいつも自分の生きる理由を見つけられた。AR小隊のメンバーとよく話してみるといい。すっかりAR-15に影響されている。あいつは自慢の教え子だよ」

 

「はあ……確かにM4はグリフィンから離反するとまで言っていましたが……」

 

「ええっ……M4がそんなことを?」

 

 ペルシカが驚いて目を丸くした。M4もまた強くなった。自分の意志で戦う理由を決められる人形になったんだ。AR-15は自らに課した責任を全うした。あとはお前自身が自由に生きるだけなんだ。

 

「会った方が早い。格納庫にいるはずだ」

 

 基地の格納庫に本部から乗ってきた大きな指揮車両がある。彼女たちはまだそこにいるはずだった。ペルシカたちを連れて歩く。その途中でRO635がポツリと呟いた。

 

「私はずっと会ったこともないAR小隊の背中を追いかけてきました。私はM4の廉価版として製造されましたが、どの部隊にも加わらずにずっと16LABにいました。戦術人形だというのに戦わないなんて、存在意義を見失いそうでした」

 

「うっ……それはごめん。雑用ばかりやらせてた。助手がいると楽で……」

 

 ペルシカが気まずそうに謝った。RO635は地面を見つめながら歩く。

 

「よく分かりません……自分で存在意義を見つけろと言われても。私はAR小隊が羨ましかったんです。S09地区で活躍したという話を聞いて焦りました。私も早くそんな風になりたいと。でも、私の指揮能力はM4に劣っていて、戦闘能力は他のメンバーに及びません。中途半端なスペックで誰からも必要とされず、実戦経験もない。こんな私に存在意義なんてあるんでしょうか?」

 

 ペルシカはRO635にかける言葉が見つからないのか顔に汗を浮かべてうろたえていた。指揮官はそんな二人の様子が面白くなってきた。

 

「実戦経験がなくて、ずっと助手をやっていたのか。AR-15が聞いたら羨ましがりそうなことだ。あいつは心底戦うのが嫌いだからな。君の悩みは隣の芝生は青く見えるというやつかもしれないぞ。そうだ、聞いてみたいことがあったんだ。どうして戦術人形はこんなに感情豊かなんだ。戦うために生み出されたのなら、こんなに思い悩む必要はないだろう」

 

 指揮官はペルシカに疑問を投げかけた。せっかく戦術人形の根幹を設計した人物がいるのだから本人から感情の意味を聞いてみたかった。

 

「それはね……人形はその名の通り、人の形を模した存在でしょう?なら内面も人間と同じように作るのが自然じゃない?特に深い意味はないわ。どうして人間に感情があるのかなんて考えたことある?その方が生存に有利だとか、もっともらしい理屈は付けられるけど、絶対的な答えなんてない。意味なんて個々人が考えればいい、違う?」

 

「それもそうか」

 

 あまりにも呆気ない答えだった。だが、とても腑に落ちた。期待していた通りの答えだったのかもしれない。俺とAR-15が導き出した答えは誰にも否定できるものではないんだ。

 

「ペルシカさん……私がいくら聞いても答えてくれなかったのに……」

 

「ああ、ごめん……なんかそういう気分だったから……」

 

「もう一つ聞いても?最初にAR-15と会った時、思ったんだよ。戦術人形なのにこんなデザインに凝る必要はあるのか?と」

 

「人形なんだからかわいい方がいいでしょ」

 

「そうだな。その通り」

 

 指揮官はAR-15の笑った顔を思い浮かべて笑った。

 

 

 

 

 

 広い格納庫の中、M4は膝を抱えて縮こまっていた。全高が背丈の倍ほどもある四輪駆動車にもたれ、膝と膝の間に顔を埋めている。アルケミストに切断されて右肘から先がない。彼女の周りにはAR小隊とネゲヴ小隊のメンバーがたむろしていた。

 

「落ち込んでたってしょうがないでしょ。次の手を考えないと。グリフィンから依頼を受けた404小隊と戦闘になった。AR-15だけじゃなくてあんたたちも危ういのよ。あんたたちに協力した私たちもね。今は混乱しているみたいだけど、落ち着いたらどうなることか。厄介なことになったわ、まったく」

 

 ネゲヴはM4にひとしきり説教すると親指の爪を噛んで考え込んだ。M4は俯いたまま、くぐもった声を漏らした。

 

「放っておいてよ……AR-15を救えなかった。判断が……判断が遅かったわ……どうせ反乱を起こすならAR-15が情報部の人形たちに連れていかれた時に起こすべきだった。AR小隊全員で脱走していれば離れ離れにはならなかったのに」

 

「後悔したってどうにもならないわよ」

 

「くそっ!どうしろって言うのよ!AR-15を連れて帰るって指揮官に約束したのに!鉄血のクズどもにさらわれた!どうやって連れ戻せばいいのよ!居場所も分からない!家族を助けることも出来ないなんて!どこにいるのよ……AR-15……あなたがいないと私はどうしようもない役立たずだわ……何一つ出来ない……」

 

「はぁ……重症ね」

 

 ネゲヴはため息をついて銃の点検を始めた。M4はその後もブツブツ独り言を呟いていた。

 

「久しぶりね、M4。変わったって聞いたけど」

 

 聞き覚えのある声がしてM4はゆっくりと顔を上げた。生みの親とも言えるペルシカが前に立っている。懐かしさを覚えたが、指揮官の姿も同時に視界に入り、M4は苦い顔を浮かべた。AR-15を連れて帰ると言っておいて無様に逃げ帰ってきたので合わせる顔がない。

 

「ペルシカさん……どうしてここに?」

 

「腕を届けに来たわ。ほら、これ。今はこれで我慢してね」

 

 RO635がコンテナを床に置いて中身を取り出した。人工皮膚が貼り付けられていない金属骨格剥き出しの義手だ。ペルシカはM4の前にしゃがみ込んで右腕の断面を調べる。アルケミストの刃はよほど鋭利だったらしく、初めからそうであったかのような綺麗な切断面をしていた。ペルシカは工具を取り出して破損したパーツを取り除き始める。腕の修理を待っている間、RO635が口を開いた。

 

「AR-15はどんな人形なんですか?私は会ったことがないので……」

 

「頼りになる奴だ。あいつは確固たる自我を持っていた。私たちがよく理解していなかった自由とか、戦う理由とか、そういうことをきちんと分かっていた。私は姉だのなんだのと気取っていたが、あいつの方が数段上だった。情けないよ」

 

 M16が寂しそうに答えた。座っていたSOPⅡが跳ね上がってRO635の前に立つ。

 

「優しくて格好良くて頭もいい!自慢のお姉ちゃんだよ。ずっと私たちのことを守ってくれてたんだ」

 

「彼女はいつも助言をくれた。何をすればいいのか、優柔不断な私の代わりに考えてくれた。私はそんなAR-15に泥を被ってもらった上に責め立てて……まだよ、まだ終わってない。このままじゃ終わらせないわ。自分を許せない。何より、彼女は大切な友達で、家族だから。必ず取り戻すわ……」

 

 M4は歯を食いしばった。胸の中を後悔が渦巻いている。最後にAR-15と交わした会話を思い出すと歯が欠けそうになる。自分の命を守ってくれた彼女に嫌味を言って悲しませた。なんて情けなくて性根の腐った奴なんだ。あれが最後の会話になったらと思うと銃で頭を撃ち抜きたくなる。険しい顔で唸るM4を見てペルシカが意外そうな声を上げた。

 

「変わったね、M4。そんな顔するようになったんだ」

 

「そうですか?私は何も変わっていません。弱いままです。大切な家族すら守れない……」

 

 M4は苦々しい表情で自分を責めた。RO635は口にするのを躊躇していたが、踏ん切りがついたのか切り出した。

 

「それがあなたたちの戦う理由なんですね。人間のためではなく、家族のために。羨ましいです。私はまだよく分かりません。生まれ持った使命以外に私には何もない……」

 

 迷いと羨望の混ざったRO635の言葉を聞いてM16がニヤッと笑った。

 

「こんな時、AR-15ならこう言うだろう。“人形は人の奴隷じゃない、自由に生きる権利がある。戦う理由は自分で考えろ”、とね」

 

「ふふっ、そうね。きっとそう言うわ」

 

 ずっと暗い顔をしていたM4も笑った。義手の接続が終わり、指を規則的に折り曲げる。そして何かを掴むように拳を力いっぱい握り締めた。これでまたAR-15の手を掴める。今度は離さない。それくらいなら私にだって出来るはず、M4の目に再び闘志が宿った。

 

「自由に生きる権利、ね。もしかして会う人形全員に言って回ってるのかしら。ねえ、グリフィンの指揮官さん?」

 

 格納庫の入口から声がした。人影が四つ並んでいる。差し込む日光で影になっていてよく見えない。M4は目を凝らした。段々とその声の主が誰なのか分かってくる。M4は咄嗟に銃に手を伸ばしていた。指揮官が彼女たちの方を向く。

 

「来たか」

 

「404小隊、参上したわ。普段、個人依頼は受けてないんだけどね」

 

 その人形はUMP45だった。他の404小隊メンバーを引き連れて立っている。忘れもしない、ほんの数時間前に撃ち合った者同士だ。M4の頭に血まみれで倒れているAR-15の姿がまざまざと浮かんでくる。

 

「404小隊、なぜここに……何しに来たんだ……お前たちのせいでAR-15は……」

 

 M4は銃を手にゆっくりと立ち上がった。言葉の端々に殺意がこもっているので指揮官がM4と404小隊の間に立って遮った。

 

「俺が呼んだんだよ」

 

「指揮官、あいつらが何をしたか分かってないのか?奴らがAR-15の脚を吹き飛ばしたんだぞ。あれが無ければAR-15だって捕まることなかったかもしれないのに……」

 

 M16が棘のある口調で指揮官に問いかける。それを聞いて416が心底嫌そうに舌打ちをした。指揮官はAR小隊をなだめるために振り返る。

 

「分かってるよ。そんなことは」

 

「別に言い訳する気はないけど、AR-15に恨みがあるからやったわけじゃないわよ。仕事をこなしただけ」

 

 UMP45は何でもないと言う風に涼しげな顔をして言ってのけた。それを聞いたAR小隊が臨戦態勢になり、一触即発の状況になる。

 

「よせ。俺が彼女たちを雇ったんだ。今は一人でも多く戦力が必要だからな。過去に何があったかなんてどうでもいい。仲違いするな。AR-15を救出するぞ」

 

 M4とSOPⅡは凄まじい形相で404小隊をにらんでいたが、指揮官の言葉を聞いて銃を向けるのはなんとかこらえた。

 

 

 

 

 

 指揮官は全員を引き連れて基地のブリーフィングルームに入った。狭苦しい部屋に人形たちを押し込んで並べる。指揮官とペルシカ、RO635が壁に備え付けられたスクリーンを背にして人形たちと向かい合った。

 

「これより作戦を説明する。作戦目標はAR-15の救出だ。居場所も分かっている」

 

 指揮官がスクリーンを指し示すと鉄血の前線遥か後方に小さな点が表示された。その地点がクローズアップされていき、画面に大きなビルが描かれた。

 

「これは旧鉄血工造本社ビルだ。今は反乱を起こした鉄血の本拠地になっている。AR-15はさらわれた後もずっと衛星電話を通じて位置情報を送信し続けていた。この地点で信号が途絶えた。ここにいるはずだ」

 

 UMP45が小さく手を挙げる。

 

「質問。AR-15がまだ生きているという確証は?鉄血に、それもアルケミストに捕まったんでしょう?アルケミストがどんな人形かは知っているはず。無事でいられるなんて思わないことね。もう死んでるかも」

 

 率直な物言いだった。AR小隊のメンバーがギロリと彼女をにらみ付ける。指揮官はその言葉に頷いた。

 

「そうだな……分かってる。だが、AR-15は死んでいない。殺すだけならあの場で殺すはずだ。わざわざ本社に連れて帰る必要はない。何か目的があるんだ。想像もつかない目に遭っているに違いない。だが、生きているんだ。俺には分かる。助けられる可能性が少しでもあるのなら、それに賭けたい。あいつを見捨てない」

 

「研究用の区画なら本社の地下にあるはず。反乱前の図面があるわ」

 

 ペルシカが本社ビルの構造を立体的に表示させた。ビルの下にアリの巣のような複雑な地下施設が埋まっている。UMP45が渋い顔で続けた。

 

「で?どうやって行くのよ。構造が分かっていても辿り着けなきゃ意味がない。歩いて行くとか言わないでよね」

 

「ヘリを使う。16LABから借り受けた。あのヘリは特別製で鉄血の防空網を掻い潜れるんだろう?」

 

「そう。あれは特別製で……えーっと。RO、代わりに説明して」

 

 ペルシカに丸投げされたRO635がスクリーンを操作してヘリの図面と性能表を呼び出す。

 

「はい。あれは既存の汎用ヘリコプターを特殊作戦用に改修した無人機です。コードネームは一番機がユキカゼ、二番機がレイフ。機体構造を再設計し、レーダー反射断面積を最小限に抑え、外殻には電波吸収体を使用しています。メインローターのブレイドも音響を抑制する形状に換装してあります。警戒の薄い部分を選べば鉄血のレーダーに発見されずに潜入できると思います。ただ……改造の影響でエンジン出力は落ちていますし、増槽タンクが装備できないので航続距離も心許ないです」

 

「ここから鉄血本社まで往復するには燃料がギリギリだ。作戦中は本社前の広場に着陸して待機することになるだろう」

 

「自殺行為よ」

 

 指揮官に対して416が憤然とした様子でピシャリと言った。

 

「本部なんだから鉄血人形がうじゃうじゃいるでしょう。行って終わりの観光じゃないのよ、小部隊で乗り込んで何ができるって言うの。運よく着陸できたとしてもすぐに全滅する。破れかぶれの特攻なんて絶対ごめんだわ」

 

 416は腕組みをして眉をひそめる。この場にいることすら嫌だと言いたげだった。それを聞いたペルシカが得意そうにニヤッと笑う。

 

「それがあるのよね。鉄血人形を無力化する手段が。M4に搭載してあるモジュールを使う」

 

「私の?」

 

 M4が驚いて聞き返した。

 

「M4にはデータ接続した相手の指揮権限を書き換え、強制命令を執行するモジュールを搭載してある。エリザ……鉄血の最上位AIと同様の能力ね」

 

「初耳です……」

 

「言ってなかったからね。元々エリザ特有の能力だったんだけど、データ提供があってね。表向きは人間の情報提供者から。でも、エリザのデータを持っている人はみんな反乱で死んだわ。だから鉄血がわざと漏らしてきたんでしょう。大方、I.O.PでもAIによる反乱を起こさせたかったんじゃないかな。まんまと乗せられた振りをしてM4にモジュールをそのまま組み込んだ。エリザに対抗するためよ。能力を逆手に取って鉄血人形の指揮権を乗っ取る」

 

「そんなことが可能なんですか?」

 

「一番機に鉄血ネットワークへの侵入装置とM4の信号増幅装置を搭載してきた。あなたたちに鉄血人形の残骸を収集するよう要請していたでしょ?こちらの技術と鉄血の技術はまったく異なるから解析に時間がかかったわ。あと、M1887が集めた情報とエクスキューショナーとハンターのデータを利用してなんとか完成にこぎつけた。でも……試作品だから実戦で使ったことないのよね。こんなに早く使用することになるなんて思わなかったし……」

 

「どれほど有効なんだ、その装置は。効果範囲や期間などの詳細は」

 

 指揮官が聞いた。

 

「半径五キロメートルが効果範囲よ。ヘリに積み込める大きさだとそれが限界。持続時間は……そこが問題よね。エリザが指揮系統を回復するまで、私は三時間くらいかかると予想してるけど……向こうのスペックが向上してるならもっと短くなるかも。あと、エリート人形は独自の指揮権限を持つから乗っ取れない。M4に訓練させてないから乗っ取った人形を戦わせるのも無理。自由を奪うだけね」

 

 最初は自慢するように話していたペルシカだったが、徐々に自信を失い、最後には言い訳のようになっていった。416は呆れてため息を吐く。

 

「そんなものに命預けろって?無茶苦茶ね」

 

 指揮官は構わずに作戦概要の説明を続けた。

 

「日が沈んだら出発だ。闇夜に紛れて前線を越え、AR-15を回収、日が昇る前に本社から離脱する。激戦になるだろう。どれくらいエリート人形が配備されているかも不明だ。強力な人形、アルケミストやエージェントが立ちはだかるはずだ。それでもだ。どうか手を貸して欲しい。AR-15を救ってくれ。頼む、お願いだ」

 

 指揮官は情に訴えた。乗り気ではない404小隊を見つめる。416は首を横に振った。

 

「駄目ね。不確定要素が多すぎる。感情的になった人間が立案した作戦なんて……従うことないでしょ、45」

 

「私からもお願いします。AR-15を助けるためなら何だってします。あなたたちの力を貸して……」

 

 M4が416に詰め寄って手を取ろうとした。416は飛び退いて手を跳ね除ける。

 

「私たちに助けを請おうって?プライドはないの?まったく……」

 

「やらないとは言ってないわ。契約はもう成立してる」

 

「ちょっと、45!?どういうつもりよ!」

 

 UMP45がはっきりと言い切った。416は吠えたてるが、彼女は取り合おうとしない。

 

「ありがとう。感謝する。今回限りのタスクフォースだ。お前たちにAR-15を任せたぞ」

 

 UMP45は返事をせずにさっさと部屋から出て行った。416や他の404メンバーが彼女を追いかけていく。

 

「モジュールの調整をするからM4はヘリまで来て」

 

「はっ、はい!」

 

 ペルシカも急ぎ足で去る。M4も続いて立ち去ろうとしたが、指揮官の前で足を止めた。

 

「まだ……終わりじゃありませんよね?AR-15にまた会えますよね?」

 

「もちろんだ。何が立ちはだかろうと、俺たちは負けないさ。俺はあいつとずっと一緒にいて、必ず助けると誓ったんだ。約束を果たすよ。思えば、あいつには我慢をさせ続けてきた。もう頃合いだ。好きなことをさせてやりたい。夢を叶えるんだ」

 

「はい……絶対に」

 

 M4は潤んだ瞳を擦って駆けていった。そうだ、まだ終わりじゃない。俺はAR-15を諦めない。諦めたくないんだ。416が言ったように破れかぶれの作戦かもしれない。AR-15だけではなく、仲間たちも失うかもしれない。それでもだ。行動しなければならない。一生後悔を引きずっていくわけにはいかない。もう二度と大切な存在を失うのはごめんだ。今度は俺が彼女を救う番なんだ。今まで助けてもらった分を返さないといけない。だから、待っていてくれ。必ずまた会おう、AR-15。

 

 

 

 

 

 スタスタ廊下を歩くUMP45に416が追いすがり、その手を引いた。

 

「45、どういうつもりなのよ。こんな作戦に参加するなんて。無茶苦茶だし、使い捨てにされるかもしれないわ」

 

「無茶はいつものことでしょ?」

 

 UMP45は作り笑いを浮かべながら冗談っぽくそう言った。416はそれが無性に腹立たしくて声を荒げた。

 

「今回は比較にならないわよ!鉄血の本拠地を襲撃?たったこれだけの人形で?ぶっ殺されるわよ。いつものあんたならこんな危険な作戦に加わらないでしょう」

 

 UMP45は答えない。彼女が真意を見せないのはいつものことだったが、今回はどうしようもなく416はイラつかせた。

 

「まさかAR-15に同情したとか言わないわよね。あんたの命令であの人形の脚吹き飛ばしたのよ。あのままグリフィンに引き渡す予定だったじゃない。それであいつは初期化されてお陀仏、そういう任務だった。それは失敗したけど、なんでいきなりあいつを助け出そうとしてるのよ。あんたが言った通り死んでるかもしれないのに。それに今回はグリフィンからの依頼じゃないんでしょう。あの指揮官個人からの依頼、今までそんなもの受けてこなかったわよね。一体どういうつもり?」

 

「報酬に大金くれるって言うから。グリフィンが提示してきたのより高額よ」

 

 UMP45はへらへらと笑って受け流した。416はどうしても彼女の本当の答えを聞きたくて引き下がらなかった。

 

「あんたってそこまで拝金主義者だったっけ?地獄への片道切符かもしれないのに金に目がくらんで依頼を受けたの?404小隊のリーダーはそこまで愚かだったかしら……私だけ送り込むって言うのなら分かるわ。あんたは私が死んでも平気な顔してそうだし。でも、あんたも参加するつもりなんでしょう?理解できないわ。あんたは死んでも自分を犠牲にしたりしない、そういう人形でしょ。だから、信用できる。AR小隊みたいに仲間を撃ち抜いた私に縋りついてくるような奴だったら信用してない」

 

 いつの間にかUMP45の顔から作り笑いが剥がれ落ちていた。冷徹な顔で416を見つめ返している。彼女はポツリと呟いた。

 

「あの指揮官には借りがある。大昔のね。ずっとそのままにしておいたから返すわ」

 

「借り?あんたはそんな義理人情に厚い奴だったかしらね。違うでしょ。他人がどうなろうと知ったことじゃない、そういう奴。他人のために命を張ったりしない。することなすこと全部自分のためでしょ。それは言い訳。本当のことを言いなさい、UMP45」

 

 416は告白を迫った。見透かされたようなことを言われたUMP45は鋭い目で416をにらみ返した。

 

「本当のこと、本当のことね。今まであんたに本当のことなんて言ったことないし、あんたも聞いてこなかったでしょ。今回に限ってどういう風の吹き回しよ。いいわ、言ってあげる。アルケミストを殺したい。それだけよ。他のことはどうでもいい。あいつには恨みがある。この手で殺したい。過去から目を背けるのをやめたくなった。決着をつけるわ」

 

「ふうん。私怨なのね。復讐か、あんたにもそんな人間的な感情があったとは」

 

「失望した?」

 

 UMP45は自嘲気味にくすりと笑った。こんな彼女を見るのは初めてだな、416はそう思った。

 

「嫌ならあんたはついてこなくていいわ。作戦に参加するのは私の個人的な感情が理由よ、強制はしない。あんたは404小隊以外でも戦えるし、私が死んだら借金はチャラよ」

 

「ふざけんな!その話はこないだ終わらせたでしょう!私が404小隊にいるのは自分の意志よ。好きであんたに付き合ってやってるの。行きたくないなんて言ってない。鉄血の本丸に乗り込む?いいわよ、やってやろうじゃない。大物がごろごろしてて名を上げるにはもってこいね。あんたの代わりにアルケミストだって殺してやるわ」

 

 416はUMP45から理由を聞きだして満足していた。危険な作戦に加わりたくなかったわけじゃない。彼女が自分に理由を隠し立てしようとしているのが我慢ならなかった。私に何でも隠しておけると思ったら大間違いよ。訳の分からないことをするならきちんと説明しなさい、それが仲間ってものでしょ。

 

「そう。ありがとう、416」

 

 416はぎょっとして口を開けた。変なものを見るかのようにUMP45を見返す。

 

「なによ……あんたに正面切って礼を言われると気持ち悪いわね……」

 

「じゃあこう言おうかな。416ちゃんはちょっと煽ればついてきてくれるから扱いやすくていいわ」

 

「この……後ろから撃ってやるわよ?」

 

 UMP45はいつも通りのニヤついた顔で軽口を叩いた。416は彼女をにらみながら思った。何があったかは知らないけど、本当のことを言ってくれてよかった。私のことをただの駒ではなく、仲間だと思ってくれている。そんな気がして嬉しかった。

 

 

 

 

 

 404小隊もAR小隊も出て行ったブリーフィングルームに指揮官とネゲヴ小隊が残っていた。ネゲヴはスクリーンを操作して一通り作戦内容をチェックし直す。

 

「なんか、いつの間にか大事になったわね。こんなの初めてよ。とんでもない指揮官の下に配属されたものだわ」

 

ネゲヴは肩をすくめる。彼女たちを見ていて指揮官の心にある想いがふつふつと湧き上がってきた。

 

「ネゲヴ、タボール、ガリル。お前たちに話がある」

 

「……なによ、改まって」

 

 指揮官が妙にかしこまって言うのでネゲヴは怪訝な顔をした。

 

「これは危険な任務だ。ひょっとしたらお前たちを死地に送るものになるかもしれない。参加を強制したくない。拒否してくれて構わないよ。何もしないし、責めもしない。お前たちは俺の後任の下で戦えばいい。俺の下にいたって未来はなさそうだしな」

 

 指揮官は自分の部下に笑いかけた。彼女たちとかつて失った仲間たちが重なって見えた。FAMASたちを失うことになったのは結局のところ自分のせいだ。仲間たちが何のために戦い、何のために死んでいったのか、まだ分かっていない。人形が戦うのは人間に戦いを強制されるから、AR-15の言葉が引っかかっていた。命令を強制し、選択肢を与えないまま死に追いやってしまったのではないか。どれだけ考えても答えは出ない。AR-15を助けるためにはネゲヴたちの力が必要だった。だが、彼女たちをリスクに晒す覚悟もまだ固まっていなかった。

 

「……指揮官、私のこと馬鹿にしてるの?」

 

 返ってきたのは怒りのこもったネゲヴの声だった。眉間にしわを寄せ、鋭い目で指揮官を射抜いている。今までにないくらい彼女が怒っているので指揮官は思わずたじろいだ。

 

「もうちょっと信頼されてるかと思った。がっかりだわ。私が、この私が臆病風に吹かれて今更戦いから逃げ出すとでも?ふざけるな!そんな人形だったらとっくの昔にあんたのことなんて見捨ててるわよ!人に選択肢ばかり与えていないで、たまには自分の望みを言ってみなさいよ!」

 

 ネゲヴは掴みかからんばかりの勢いで指揮官に迫り、怒鳴りつけた。そうか、俺は自分が傷つかないことだけ気にしていて、仲間を信頼することを忘れていたかもしれない。仲間というのは相互に信頼し合わないといけない。一方的な思い込みだけでは駄目なんだ。自分の言葉がネゲヴをいたく傷つけたことに気づいて指揮官は反省した。

 

「悪かった……許してくれ。ちゃんと言うよ。AR-15を助けて欲しい。お前たちの力が必要だ」

 

「最初からそう言いなさいよ。まったく、ひどい侮辱だわ。ムカつく。帰って来たらぶん殴ってあげるから覚悟しときなさいよ」

 

 ネゲヴは腕組みをしてそっぽを向いた。そんな彼女をタボールが微笑ましそうに笑う。

 

「ネゲヴの言う通りですわ。今更見捨てたりしませんよ。乗りかかった船ですしね。それに、指揮官が言ったんでしょう?自由に生きていけって。ずっと私たちは自分で選んできたんです」

 

「指揮官はどっしり構えて、ウチらの帰還を待ってればええんや。部下を信頼するのも指揮官の役目やろ?」

 

 ガリルも追随してそう言った。俺はこう言って欲しかったんだ。相手にだけ言わせようとするのは卑怯だな。人形たちといるといつも学ぶことがある。自分がしてきたことが間違いではないと、そう思える。指揮官の目から雫が垂れた。

 

「お前たち……ありがとう。本当によくできた部下を持ったものだ」

 

「うわ、泣いてんじゃないわよ。まだAR-15を助けてないんだから。ま、感謝はいくらしてもいいわ。戦闘のプロが従ってやるって言ってるんだから、黙って任せておけばいいのよ。私の指揮官でいられる幸福を噛み締めることね。あと、死ぬ気は毛頭ないから。鉄血のクズどもなんかに負ける気しないし、勝算があるから送るんでしょ?帰ってきてからもやることはたくさんあるんだから」

 

 ネゲヴは胸を張って言った。つい手が伸びる。ネゲヴの頭に触れて、髪を撫でると彼女はピクリと震えた。

 

「ありがとう、本当に……」

 

「ちょっと、今度は子ども扱い?一度人形へのまともな接し方を習った方がいいわよ、もうっ」

 

 ネゲヴは恥ずかしそうにそう言い、しばらく経ってから指揮官の手を跳ね除けた。

 

 

 

 

 

 頭がはっきりしない。なんだかボーっとする。深い眠りから覚めたような感覚だ。ここはどこだ?辺りを見回してみると見覚えのある廊下だった。グリフィン本部の中だな。私はどうしてここに?経緯が思い出せない。思い返そうとすると頭に痛みが走った。記憶が白く塗りつぶされているみたいだ。しばらく歩いて気づいた。ちゃんと脚がある。私は自分の脚で歩いていた。下を見てみる。何も変なところはない、私の脚だ。いつ修理したんだっけ?そもそもどうして脚を失っていたんだろう。全然心当たりがない。もしかしたらただの記憶違いか?脚を負傷した覚えなんかない、と思う。なにか引っかかる。

 

 そんな違和感も突き当たりを曲がると吹き飛んだ。人間たちが何人も歩いていた。強い動悸を覚えた。人間、人間、人間だ。何食わぬ顔で行き交う人間たちを見てると怒りが胸に満ちていく。どうしてこいつらは平然と生きてられるんだ。人間がそこにいるだけでドス黒い感情が湧いてくる。底知れぬ憎しみが渦巻いて胸を切り裂く。吐き戻しそうなほど痛くて苦しかった。なぜ怒りや苦しみを覚えるのかはまったく分からない。でも、この痛みから逃れる方法は異様なほどはっきり分かった。衝動に従え、その命令を私はすでに理解していた。

 

 私は銃を手に持っていた。いつもの銃だ。私の半身であり、慣れ親しんだ武器。使い方は身体が覚えている。すぐさまセーフティを解除して構えた。一番近くにいた人間に銃口を向け、発砲した。胸に銃弾が突き刺さり、壁に血染めの花が咲く。その人間はぐったりと倒れて動かなくなった。

 

「はは……」

 

 あまりにも呆気ないので笑ってしまった。人間は脆い。頭か胴体に一発撃ちこめば死んでしまう。人形を相手にするのと比べてなんて楽なんだ。どうして私は人間なんかに従っていたんだっけ?全然思い出せない。

 

 私が一人殺したのを見て他の人間たちが叫び声を上げた。うるさかったのでまた一人射殺した。そいつらは一目散に逃げ出す。私はゆっくりと歩きながら発砲を続けた。撃つと人間は壊れたおもちゃみたいに床に投げ出されて動かなくなる。だんだんと面白くなってきた。上手く弾を当てられた時、高揚感を覚える。弾丸が命中してビクンと跳ねる姿も滑稽だ。血と死体だらけの廊下を進む。歌でも口ずさみたい気分だった。どうしてもっと早くこうしなかったんだろう。簡単なのに。頭にチリチリと痛みを感じた。大切なことを忘れているような、焦りにも似た感覚。何かを忘れてる、忘れちゃいけない何かを。軽やかな気分を邪魔してくるそれを振り払ってさらに進んだ。

 

 機密地区、そう書かれた場所に着いた。ドアは閉まっていたが、なぜかとても気になったので無理矢理こじ開ける。中には一人、人間がいた。私の姿を見て走って逃げ出そうとしたので咄嗟に脚を撃った。血しぶきが舞ってそいつはずっこける。うつ伏せになりながら這いつくばって私から離れようとしていた。頭を撃ち抜いてやろうと思って近づく。銃を向ける私をそいつは見上げていた。顔を見るとますます頭の痛みがひどくなった。どうしてだ。人間の顔なんてみんな一緒だし、違いなんて分からない。でも、その顔から目を離せない。引き金を引くのを躊躇しているとその男は口を開いた。

 

「やめてくれ……AR-15。お前は人を撃つような人形じゃない、やめるんだ。目を覚ませ……」

 

 私の何を知っているって言うんだ、この人間は。イラついたが、それでも引き金は引けなかった。頭が割れるように痛かった。手で押さえても消えてくれない。それどころかどんどん増していく。頭の中に響いてくる命令と板挟みになって私は身悶える。どうなってるの……誰か、誰か助けて。苦しいのは嫌。前にもこんな風に苦しんだことがあった気がする。そんな時、誰か助けに来てくれる人がいたはずだ。思い出せ、思い出すんだ。とても大切な人、忘れちゃ駄目な人。

 

「……指揮官?」

 

 思い出した。思考が晴れてくる。私には大切な人がいる。ずっと一緒にいて、支えてくれて、愛してくれる人。私も大好きで、傷つける奴は絶対に許せない。その人が、目の前で横たわっている。脚からたくさん血を流して、苦しそうにうめいている。自分の銃を見た。私が撃ったんだ。

 

「嘘……」

 

 目の前が真っ白になった。信じられない。私が指揮官を?ありえない。すぐに我に返って銃を投げ捨てた。ジャケットを脱いで指揮官の傷口に押し当てる。止血を試みても血が流れ続ける。ジャケットは真っ赤に染まっていった。

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!こんなつもりじゃなかったのよ!私はどうしてこんなことを……お願い、許して……あなたを撃つつもりなんて……誰も殺したくないのに……なぜ……死なないで、指揮官……あなたを失ってしまったら、私は……ごめんなさい……」

 

 涙でグズグズになった視界で指揮官に謝り続ける。涙がとめどなく溢れて顔がぐちゃぐちゃになり、もう意味のある言葉も発せられなくなってきた。胸が締め付けれる。今までの比ではない痛みが私を何度も何度も刺し貫いている。どうして、どうしてなの……私はこんなことするつもりじゃなかったのに……私は殺しを楽しむような人形じゃない。そんなこと、今まで指揮官と紡いできた大切な考えに反することだ……あれ?私がずっと胸に抱いてきた想いや、信念って……どんなことがあったっけ……?

 

 ふと自分の手を見た。私の手は黒い黒い血で汚れている。指揮官の血がべっとりこびりついて肌色は見えなくなっていた。私はたまらなく恐ろしくなり、甲高い悲鳴を上げた。そして、意識が暗転していった。

 

 次の瞬間、目の前に赤い照明があった。視界に満ちる指揮官の血の色を思い出し、震えあがった。今のは夢……?人形が夢なんて……現実と何ら変わりないほどリアルな光景だった。血のぬるりとした感触や温かさまではっきりと思い出せる。私があんなことをするなんて。息が苦しい。恐怖が心を支配する。涙がぼろぼろとこぼれて止まらなかった。

 

「お前もしぶといな。流石と言うべきか。そうでなければつまらないからな。お前を選んだ意味もない」

 

 頭上で声がした。暗闇の中、目だけがはっきりと浮かび上がっている。その目は笑っていた。私は立ち上がってそいつに殴りかかろうとした。いつの間にか拘束も外れており、腕は自由に動く。だが、私はバランスを崩して手術台から転げ落ちた。脚はないままだった。地面に這いながらアルケミストに呪詛を吐く。

 

「殺す……殺してやる……!殺してやる!お前を殺してやる!よくも私に指揮官を撃たせたな!死ね!鉄血のクズ!お前を殺してやる!」

 

「おお、怖い。もっと怒れ。もっと憎め。その感情がお前のメンタルモデルを焼き尽くすまで。その時、お前は生まれ変わるのさ。正常な人形にね」

 

 アルケミストは私を嘲笑った。この人形が私をどう作り替えたいのかはっきり思い出した。私を苦しめて指揮官のことを忘れさせようとしている。愛を憎しみで塗り替えたいんだ。嫌だ。絶対嫌だ。こんな奴に私の大切な思い出は渡さない。私は人間を憎まない、指揮官のことも。それは私じゃない。怒りが急速に静まり、恐怖が染み出してきた。アルケミストから距離を取るために腕を必死に動かす。

 

「だが、着実に進歩している。他の人間は難なく殺せるようになったな。あの指揮官もあと一歩だった。惜しかったよ。でも、あれじゃ駄目だ。しっかり殺せるようにならないとな。シミュレーションで練習しておかないと本番で失敗してしまうぞ?さあ、もう一度だ」

 

 アルケミストはゆっくり、ゆっくり近づいてくる。わざとらしく靴底で床を打ち、音を響かせる。怖い。その音は私の感情を存分に刺激した。恐怖が膨れ上がる。涙を床に落としながらアルケミストから逃れようと必死に床を這った。

 

「嫌……嫌だ……殺したくない……お願いだからやめて……他のことなら何でもする!それだけはやめて!切り刻んでくれても殺してくれてもいいから、それだけは!」

 

「我がまま言っちゃいけないなあ、AR-15ちゃん。殺すんだよ、あの人間を!執着を捨て去り、正しい感情を身に着けろ。憎しみだ!一度しっかり殺してみろ。存外楽しいかもしれないぞ?」

 

 アルケミストは容易く私に追いつき、首根っこを掴んできた。私は床にしがみついて抵抗しようとした。だが、床はツルツルとしたタイル張りで爪を突き立てることも叶わない。抵抗虚しく私は床から引き剥がされた。

 

「やだやだやだやだやだ!いやだ!もうやりたくない!たすけて!指揮官!」

 

 私は子どもみたいに泣き叫んで手を振り回す。アルケミストは物凄い力で私を台に叩きつけた。体の中の空気が全部口から漏れ出した。

 

「誰も助けに来ないさ。受け入れろ。抵抗しようとも無駄なことだ。お前がすべて受け入れるまでこれは続く。今のお前は消え去るんだ。苦しみが長引いてあたしを楽しませるだけだぞ?さあ、受け入れろ!」

 

 また目の前に赤い照明がやってくる。鈍い光を放つそれに意識が吸い込まれていった。胸を焦がす憎悪がたぎる。私の大切な思い出を包み隠すようにどこからともなくやってくる。あの人の笑顔に霧がかかって段々と思い出せなくなっていく。私が消えてしまう。私の大切なものが踏みにじられる。私の心が侵されていく。たとえシミュレーションの中でもあの人を自分の意志で殺した時、私は壊れてしまう。絶望が心に染み渡っていった。お願い、助けて、指揮官。

 

 

 

 

 

 日が沈み、かすかな月光だけが辺りを照らしていた。前線基地の外、作戦に参加する総勢十一名の人形がヘリの前に並んでいる。作戦が始まろうとしていた。指揮官が彼女たちに向かい合う。

 

「いよいよ決行だ。先程も言った通り、激戦になる。気を引き締めてくれ。それから、言っておくことがある。お前たちは自由な戦士としてここに立つ。命じられたから戦うのではない。己の意志で戦え。自らのため、仲間のため、家族のため、名声のため……いくらでも理由はあるだろう。それに忠実に生きるんだ。人形は人の奴隷ではない。人と同様、その自由な意志は何者にも侵せない。人と人形はお互いに対等で、認め合い、手を取り合って生きていける。乗り越えられぬほどの違いなんてない。俺とAR-15がその証明になる。最後に勝つのは愛だ、憎しみじゃない。歴史を見れば分かる。AR-15を助けてくれ、頼む。一人も欠けずに戻って来い。自らの信じるもののために戦え。お前たちは今、自由なんだ」

 

 指揮官の訓示の後、一番機にAR小隊が、二番機に残りの人形たちが乗り込んだ。指揮官も一番機に駆け寄る。ドアから身を乗り出したM4は不安そうな顔をしていた。

 

「私に指揮が務まるでしょうか……もしも、失敗するようなことがあったら……今からでもついてきてくれませんか?やっぱり私より指揮官の方がAR-15のためにも……」

 

「行きたいが、俺は戦闘では役に立たない。足手まといになる。俺を庇いながらでは全力を発揮できないだろう。お前にすべて任せる。大丈夫、お前ならやれるさ。俺なんかすぐに抜かされると前に言っただろ?家族を想う力は誰にも負けないはずだ。俺はお前を信じてる」

 

 M4は不安を振り払い、力強く頷いた。

 

「分かりました。AR-15を連れて帰ります。今度こそ、必ず!今まで経験してきたすべてに誓って!」

 

「頼んだぞ。行って、帰ってこい」

 

 M4はヘリのドアを閉めた。指揮官は少し離れた場所から彼女たちが飛び立つのを見送る。ヘリは砂塵を巻き上げてふわりと浮き上がった。ローターがけたたましい音と共に空気を裂く。垂直にぐんぐん上昇した二機は編隊を組んで前進を開始した。黒いヘリの姿は闇夜に紛れ、程なくして見えなくなった。エンジン音も徐々に遠のいていき、微かにも聞こえなくなった。

 

「行ったね。あとは待つだけか。コーヒーでも飲む?」

 

「ああ、そうだな……」

 

 後ろからペルシカの声がした。指揮官は返事をしたものの、いつまでも動かずに黒い空を見つめていた。

 

 

 

 


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