死が二人を分かつまで【完結】   作:garry966

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お待たせしました、ついに最終話です!
前回、投稿から三時間くらい最後のシーンが抜けていました!
すぐに読んでくれた人は申し訳ないけど見直してください!
ドルフロ一周年おめでとうございます!次の一年もよろしくお願いします!
AR-15と駆け抜けた半年でした…とても楽しかったです
もし冬コミの抽選に受かったら後日談とかの書き下ろし短編四本くらいと表紙をつけて本にする予定です!
買ってね!(マジで)


死が二人を分かつまで 最終話前編「インデペンデンス・デイ~キミの始まりの日へ~」

 機内には回転翼が空を斬る音だけが響いていた。蜂の羽音のような低い音が全身に染み渡る。ヘリには窓がなく、灰色の角ばった壁があるだけで外は見えない。M4は何度も何度も執拗に作戦の手順を確認していた。失敗はできない、きっとこれが最後のチャンスだから。AR-15を救わなければならないという使命感と自分が背負っている責任の大きさに押し潰されそうになる。もしも指揮権の奪取が上手くいかなかったら?試したこともないのにいきなり実戦で使えるんだろうか。仲間を失うようなことになったらどうする?この規模の部隊を指揮するのは初めてじゃない。でも、前回はM3を失った。今回はもっと危険で、情報も足りない。全員生きて帰すことができるだろうか。誰かが死んだら……私のせいだ。そして、一番の問題は、AR-15がまだ生きているのかということ。不安でたまらない。彼女が生きていると信じてる。でも、鉄血にさらわれた人形たちがどうなったかは嫌というほど見せつけられた。D6で起きたこと、感情的になってAR-15と対立してしまったのはあの虐殺のせいだ。お願い、AR-15。どうか無事でいて。M4は何かに祈りたくなった。神がいて欲しいと願う人間たちはこんな気持ちなんだろうか、そんな風に思った。

 

「あんまり気負うなよ、M4。大丈夫、みんな上手くいくさ」

 

 M16がM4の肩を抱き、緊張を和らげようと微笑んだ。M16は大きなリュックサックを背負っている。中には鉄血の連中を吹き飛ばしてやろうと基地から持ってきたプラスチック爆弾がこれでもかと詰まっている。

 

「そうですね……」

 

 M4は息を吐いた。気休めなのは分かっているが、今更不安になったところでどうにもならない。今は他のことを考えよう。M4はAR-15の顔を思い出した。最近、彼女の笑った顔を見ていない。怒らせたり、悲しませたりするだけで全然彼女のためになることをしてこなかった。彼女には何もかも与えてもらってばかり、今度は私がお返しする番だ。AR-15を指揮官のもとに連れて帰ろう、今度こそ絶対に。そうして笑顔になってもらうんだ。それが私の戦う理由、もう自分で考えられる。

 

 機内にブザーが轟いた。鉄血本社上空に到達したことを示すものだ。M4は装置を起動し、リンクを開始する。ヘリに無理矢理詰め込まれた大きな金属の塊は所々配線がむき出しで、いかにも急ごしらえという見た目をしていた。ペルシカが作り上げたこの装置は鉄血のネットワークに割り込み、指揮系統を一時的に乗っ取るための侵入デバイスだ。装置はヘリの全通信回線を使用して電波を発信し始める。範囲内にいる人形たちと接続し、エルダーブレインに設定されている指揮権をM4に書き換えるのだ。装置を通じて数百体の鉄血人形とM4がリンクする。

 

「うぐっ……」

 

 M4は思わずうめいた。限界を超えた並列処理にM4のCPUが悲鳴を上げる。頭に刺すような熱い痛みが広がっていった。リンクした人形たちの情報が一度に流れ込む。圧倒的な情報量に頭はパンク寸前だった。自身のスペックを最大限活用するのはこれが初めてだ。頭を押さえてうずくまっているとヘリに警報が鳴り響いた。警告灯が赤く光る。

 

「まずい、気づかれた。レーダー照射されてるぞ。このままじゃ撃ち落される。M4、急いでくれ」

 

 M16がM4を急かした。ここまで気づかれずに侵入してきたが、電波を全力で発信し始めたことでヘリの位置は丸裸になった。本社の防空システムは不法侵入者を感知し、叩き落とすため照準用のレーダーをヘリに向けた。

 

「もうすぐ……もうすぐよ……」

 

 M4はパニックに陥った頭を落ち着かせた。指揮するわけじゃないからリンクした人形たちの情報を正確に把握する必要はない。指揮権限の書き換えだけに全力を注ぐ。それでもシステムがCPUの過熱を警告してきた。それを無視して作業を続ける。これくらいがなんだ、AR-15のことを想えば辛くない。ふと気づくと機内に灯っていた赤い光が消えていた。警報も聞こえない。モジュールからは素っ気ない“DONE”というメッセージが返って来ていた。

 

「やったのか、M4?」

 

「そう……みたいです。でも、作戦はまだこれからです。本社ビル前の広場に着陸しましょう」

 

 M16に聞かれたM4も半信半疑だった。だが、防空システムが無力化されたということは成功したらしい。M4は自分でも驚くほど冷静になっていた。不安はもうない。迷っている暇もない。いよいよだ。AR-15を、友達を、家族を救う時が来た。私にしかできないこと、必ずやり遂げる。

 

 二機のヘリが編隊を組んで広場に降り立った。一番機からAR小隊が、二番機から404小隊とネゲヴ小隊が飛び出す。時刻は深夜、闇の中を微かな月明かりだけが照らしていた。本社前の広大な敷地には大きな対空砲台がいくつもそびえていた。だが、動いているものは一つもない。人影すら見えなかった。ヘリのエンジンが止まり、ローターが回転する音が消え失せる。周りから一切の物音が聞こえなくなった。耳が痛くなるほどの静寂が辺りを支配している。本当に成功したらしい、M4はほっと息を吐いた。

 

「ネゲヴ小隊は対空陣地と無力化された鉄血人形を制圧、ヘリを防御して。残りは本社に突入、私に続いて」

 

「了解」

 

 M4は号令を発すると同時に駆け出した。ネゲヴ小隊は散開し、付近の制圧を開始する。残りの人形たちはM4に追いすがり、彼女を中心とする三角形の陣形を形成した。本社ビルの大きな自動ドアは彼女たちを中に迎え入れた。足を踏み入れた先は果てが見えないほど広大なロビーだった。受付に描かれた威圧的な鉄血工造のロゴがまず目に飛び込んでくる。入ってすぐのところには洗練されたデザインのソファがいくつも並べてあった。おしゃれな家具が据え付けられたカフェラウンジも設置されていて明かりが灯っていた。どこもきれいに手入れが行き届いている。人間の来客や社員が利用することを想定しているのだろうが、今の鉄血工造に人間がいるはずもない。ここだけが反乱前の日常を保っているようでM4の目には不気味に映った。

 

「これはこれは。そっちから来てくれるとは思わなかったな。手間が省けて助かるよ、M4A1」

 

 受付の陰から現れたのはアルケミストだった。ニタニタとM4を舐めまわすように見つめている。

 

「面白いおもちゃを使うな。こちらの防衛機構は無力化されてしまった。下級人形も命令を受け付けない。人間もまだ捨てたものじゃないということか?」

 

「黙れ!鉄血のクズが!AR-15はどこだ!」

 

 M4は激昂して叫び、アルケミストに銃を向けた。目の前の人形が何を言おうがAR-15のこと以外はどうでもよかった。アルケミストはM4の感情を見透かしたように口の端を吊り上げる。

 

「AR-15なら下にいるよ。お前のことを待っている。早く会いに行ってやったらどうだ?寂しがってるぞ?」

 

 アルケミストはニヤつきながらそう言い、ロビーの端にある階段を指差した。M4は面食らった。アルケミストの意図が分からない。交戦の意志がないのか?するとアルケミストは楽しそうに笑った。

 

「だが、何人か残ってくれ。あたしの相手をしてくれる奴が要る。すぐ死ぬようなのじゃ駄目だ。ちゃんと骨のある奴がいいな」

 

「あんたの相手は私がするわ、アルケミスト。あんたを殺しに来た」

 

 声を上げたのはUMP45だった。隊列から前に歩み出る。

 

「とっとと行きなさい、M4A1。あまり時間に余裕はないはずよ。こいつは404小隊が始末する」

 

「……いいの?」

 

 M4はそんなことが可能なのか、疑念を含めて聞いた。時間に限りがあるのは事実だが、強力なエリート人形相手に四人だけで勝ち目があるのか。404小隊がここで全滅したらAR-15を連れて帰れない、それが不安だった。

 

「いいから行け。人数が多くたって仕方ないわ。こいつは私が殺す」

 

 UMP45はM4をにらみ付けてそう言った。彼女の目に譲れないものがあるのを感じ取り、M4はその場を離れた。AR小隊はアルケミストの横をすり抜けてロビーから消えていく。

 

「誰かと思えばお前が来るとはな、UMP45。ふふふ、あたしを殺すか。臆病者がでかい口を利くようになったものだ。逃げ回るのはもうやめたのか?」

 

 アルケミストは嘲笑うかのように問いかける。404小隊は静かに互いの間隔を広げ、横隊を組んだ。

 

「それで今はどんな暮らしをしているんだ?グリフィンの下働きか?情けない奴だ。鉄血の人形なら大人しくエルダーブレインに従えばいいものを。そうすればあいつも死なずに済んだ。UMP40、あいつを殺したのはお前だ」

 

 言い終わるよりも先にUMP9が発砲した。すぐに小隊による一斉射がアルケミストを襲う。しかし、一瞬にしてアルケミストは消え失せていた。何もなかった空間に火花が飛び散り、アルケミストが現れる。銃弾が再び彼女を貫かんとするが、アルケミストは瞬きする間に別の場所に移動していた。いくら照準を合わせてもすぐに逃げられる。アルケミストはテレポーテーション能力を有している。人類の技術水準から完全に逸脱した敵だ。戦いの常識が通用しない、416は頬に汗が伝うのを感じた。これまでの敵とはレベルが違う。ハンターだっていくら素早いとはいえ限度があった。自分の脚で動いている以上、行動に予測がついた。だが、今相対している敵は明らかに違う。空間を跳躍する?化け物だ。404小隊の怯えを感じ取ったのか、アルケミストは一切反撃せずにただ笑っていた。

 

「どうした?あたしを殺してみせろ!その古臭い銃でどうやってあたしに勝つ?スペックの差は歴然だ。さあ、足りない頭で考えろ!」

 

 UMP45はアルケミストの退路を断つように面で攻撃しろとリンクで各員に伝達した。出現のパターンを解析し、次の出現地点を予測しようとしたが、アルケミストはその通りには動かなかった。G11の目の前に雷鳴が走り、アルケミストが姿を現す。G11の髪が風圧で揺れ動いた。照準を合わせるより先に横一線の斬撃が彼女を襲う。銃が横にスライスされ、服がぱっくり裂けたと思うと鮮血がほとばしった。

 

「G11!」

 

 横にいたUMP9が発砲しながらアルケミストに突撃した。

 

「馬鹿!そいつに近寄るな!」

 

 416がUMP9に叫んだ。だが、彼女は聞く耳持たない。胸から血を流し、床に倒れ込んだG11を見て頭に血が上っていた。アルケミストはUMP9の真横に出現し、彼女の手首を銃床ごと切り落とす。416が狙いを定める前にUMP9の背後にテレポートし、背中に刃を突き刺した。アルケミストはくるりと振り返り、串刺しになったUMP9を見せびらかした。腹部から赤く染まった二本の切っ先が突き出ている、

 

「さあ、どうする?お仲間ごとあたしを撃つか?お前たちにそれができるかな?今ならあたしを殺せるかもしれないぞ?」

 

 UMP9を盾にしながらアルケミストは挑発する。肉の壁を誇示するように腕を振り上げるとUMP9の脚は地面から離れた。彼女は脚をバタつかせて必死にもがく。唯一の支えは鋭い刃であり、体重が乗って傷口がゆっくりと広げられていった。UMP45から射撃中止の指令が届く。

 

「お願い……撃って!45姉!」

 

 UMP9は意を決して叫んだ。後ろではアルケミストが愉快そうに笑っている。UMP45が判断を下すよりも先に416が引き金を引いた。UMP9の身体からはみ出したアルケミストの頭部を狙い、精確な射撃が風を切る。アルケミストはUMP9を蹴り飛ばし、床を転げて回避した。打ち捨てられたUMP9から赤い血だまりが広がっていく。

 

「判断が早いな。ハンターを倒した奴か。そういう奴は好きだよ。あたしをもっと楽しませろ!」

 

 立ち上がったアルケミストは両手の武器を416に向けた。直感で危険を感じ取った416はソファの陰に跳ぶ。刃と刃の隙間から閃光が瞬いた。熱線がほとばしり、ソファの着弾した部分が消し飛んだ。中の羽毛が辺りに舞い上がる。アルケミストはめちゃくちゃに乱れ撃ち、外れた熱線が後ろに飛んだ。ガラス張りの入口に命中し、破片がそこら中にばら撒かれた。UMP45がスモークグレネードをいくつも投擲し、煙が辺りに立ち込める。

 

『カフェまで後退、態勢を立て直すわよ』

 

 指示に従い、416はUMP45を追いかけた。データリンクでお互いの位置は把握している。他の二人も瀕死ながら反応があった。だが、戦闘能力は喪失していて身動き一つ取れない。なんてザマだ、404小隊がものの数秒で半壊とは。416は舌打ちしたくなるのを何とか堪えた。やはり45がこんな作戦に加わると言った時にぶん殴ってでも止めるべきだったか?今更後悔しても遅いが。

 

「おいおい、煙の中に逃げ隠れるのが策か?がっかりだな、もっとやる気を見せろ」

 

 姿は見えないがアルケミストの声がした。倒れている二人がまだ生きているのを見ると、とどめを刺す気は今のところないらしい。後で楽しむ気なのだろう。あれに勝つ姿が全然イメージできない。416は焦りつつもカフェに到着した。UMP45はカウンターに隠れていて、声のする方へ発砲した。すると煙が凪ぎ、UMP45が撃ったのとは別の方角から反撃が返ってきた。カウンターに使われている木材がポップコーンみたいに弾け飛んだ。

 

『今の分かった?』

 

『何のことよ!』

 

 リンクを通してUMP45が416に尋ねた。416はたまらず怒鳴り返すと共に冷静さを取り戻した。45はあれを目の前にしても落ち着いている。何か策があるんでしょうね、無かったら承知しないわよ。416は信頼するリーダーの指示を待った。

 

『あいつがテレポートすると風が伴う。煙をよく見て。四人の感覚をリンクさせて、それぞれを観測地点にする。風の来た方角と距離から出現地点を予測するわ。向こうはこっちの正確な場所を分かってないから一歩有利よ』

 

 瞬時に回答が返ってきた。データリンクを介した戦闘用の圧縮通信で、実際に会話するより遥かに高速で意思疎通が行える。

 

『一歩くらいじゃ殺されるでしょ』

 

『それに、あいつのテレポートには限度がある。さっきの見たでしょ。9を盾にしていた時、あんたは構わず撃った。あいつは避けるのにテレポートを使わなかったわ。ギリギリで避けた。なんでだと思う?』

 

『9が一緒だからテレポートできなかったんじゃないの?』

 

『あいつはAR-15をさらった時、一緒にテレポートしてる。それが理由じゃないとするなら……テレポートにはクールタイムが必要なのよ。どういう原理かは知らないけど、無限には使えない。自慢するみたいに何度も使ったから冷却が必要だったのよ。だから身体を使って避けた。そう思うわ。あいつにテレポートを使わせ続け、限界を超えたところを倒す』

 

『そう思う、ねえ……』

 

『他にいい案があれば聞くわよ。スモークは全部使っちゃったわ。ここは広いし、入口のガラスも割られた。目潰しは長くもたない。チャンスは一度きりよ』

 

 416は考えようとしたが、すぐにやめた。考える必要がない。時間もないし、45よりいい考えが浮かぶわけない。妹が死にかけている中でも冷静に敵を観察し、対策を弾き出せる人形、それが45だ。私が唯一指揮官と認める奴、従わない理由がない。

 

『仕方ないわね。あんたの思いつきに命賭けてやるわ』

 

『交互に撃ち続けるわよ。合図をしたらグレネードを撃ち込みなさい。それで終わりにするわよ』

 

『了解』

 

 416は指示された方向に短連射を行った。反撃が来る前にすぐに移動する。違う方向から熱線が照射され、煙を焼く。間髪入れずにUMP45がトリガーを絞った。アルケミストが瞬間移動したことを示す煙の動きを感じる。相手は狙いを定めるのをやめ、熱線を細かく乱射した。テーブルや椅子が蒸発し焦げ臭いが鼻をつく。416は自分に当たらないことを祈りつつ、小刻みに発砲した。風を感じる、45が撃つ、アルケミストの反撃、私も撃つ、この繰り返し。何回目かで気づいた。向こうもこちらの位置を探っている。サプレッサーを付けているとは言え、発砲音は響く。位置を変え続け、銃声との距離を測っていたな。アルケミストは一気に距離を詰めてきた。出現地点はカフェから十メートルも離れていない。そこにグレネードをぶっ放してやりたかった。次の瞬間には私の首が胴体から離れているかもしれない、そう思ったが堪えた。45から合図が来ていない、だからまだだ。416は撃たず、UMP45に任せた。銃声が聞こえる、すぐさま顔に風圧を感じた。カフェの中に侵入された。出現地点は45のすぐ近く。

 

『今だ!416!撃て!』

 

 待ちに待った合図が来た。45はカウンターに隠れている、直撃はしない。416は躊躇なくグレネードランチャーのトリガーを引いた。榴弾が飛翔し、床に着弾する。火薬が破裂し破片と爆風が荒れ狂う。推奨される安全距離よりもだいぶ距離が近いので熱風と轟音が416を包み込んだ。416は顔をしかめながら砲身をスライドさせ、再装填を行う。まだ生きているかもしれない。念には念を入れる。だが、テレポートの反応はない。45の言った通り、連続使用の限界に達したのか。さすが45だ、頼りになる。他のボンクラどもとは違う。リロードを完了した頃、煙が晴れ始めた。爆風がカフェから煙を叩き出し、視界がクリアになっていく。

 

 グレネードが着弾した床は黒焦げになっていた。だが、アルケミストの死体はない。どこだ!?ゆらめく煙の淵からアルケミストが現れた。銃口を向けるより先に走り込んできたアルケミストに銃を弾き飛ばされる。太ももの拳銃に手を伸ばす。それも身体を襲った衝撃で叶わなかった。目にもとまらぬ速さでアルケミストの脚が動き、416の右膝を蹴りつけた。関節が逆方向にひしゃげてへし折れる。416はバランスを崩して床に突っ伏した。這いつくばる416の頭にアルケミストの靴が叩きつけられ、顔がフローリングにめり込んだ。

 

「416!」

 

 UMP45がカウンターから飛び出してアルケミストを狙う。照準器の前を黒い影が掠めた。視界一杯にアルケミストの冷ややかな顔が広がる。銃は機関部を切断され、真っ二つになっていた。反応する間もなくアルケミストの膝蹴りがUMP45の腹部に突き刺さる。衝撃で身体が二つ折りになって浮き上がった。UMP45は腹を押さえてよろよろと後退する。アルケミストは彼女に強力な後ろ蹴りを放った。UMP45は蹴り飛ばされ壁に叩きつけられる。衝突した壁にひびが入った。

 

「がはっ!げほっ……」

 

 UMP45は思わず咳き込み、口から血が滴った。視界にノイズが走る。深刻なダメージを受けたとシステムが悲鳴のような警告を出す。壁にもたれかかって動けないUMP45をアルケミストが見下ろしていた。

 

「テレポートの使用限界を見抜き、それを利用しようとしたのは褒めてやる。多少は頭が回るらしいな。だが、詰めが甘い。あたし自身の運動性能を考慮すべきだったな。お前たちの矮小な考えなど手に取るように分かるんだよ。切り札がグレネードとは、笑わせてくれる。意図が分かれば避けるのなど容易い。ハンターにできて、あたしにできないはずがないだろ。お前には失望した。所詮、その程度か。生かしてやったのは間違いだったな。罰を与えてやる」

 

 アルケミストは片手の刃をUMP45の右腕に突き立てた。二の腕の皮膚を切り裂き、骨格を軽々と貫通して壁の奥深くまで突き刺さる。UMP45は短い悲鳴を上げ、歯を食いしばった。

 

「お前の痛覚はそのままか?まあいい。お前の大切なものを切り刻んでやる。お前の目の前でな。全員殺した後、お前も殺してやる。特等席で見ていろ。せいぜい泣き嘆いてあたしを楽しませることだな」

 

 アルケミストは416の方に歩いていった。UMP45は突き刺さった刃を引き抜こうと必死でもがく。だが、壁に深々と刺さったそれは拘束具と化していた。右腕を壁に釘付けにされて立ち上がることさえできない。アルケミストは床に転がっている416の首を掴んで持ち上げた。

 

「無様なものだ。I.O.Pの人形なんてこの程度か。あまりに脆弱で、役に立つとはとても思えん」

 

 首にへし折れんばかりの力を加えられて416は意識を取り戻した。両手でアルケミストの手首を掴んで抵抗を試みる。しかし、鉄血のエリート人形の前ではあまりに非力だった。指が首に食い込み、空中で脚をバタつかせることしかできない。アルケミストは刃の切っ先を416の腹部に押し当てた。服が少しだけの抵抗をしたが、ぷつんと刃を迎え入れた。刃は慎重に進み、皮膚を突き破ってゆっくりと体内に入り込む。

 

「痛覚はなくとも、異物がお前の中に入っていくのを感じるだろう。身体の中をかき回してやる。それから原型が残らないほどグズグズに切り刻んでやる」

 

 アルケミストは目を見開いて言った。その目の中には薄暗い狂気がうごめいている。416はアルケミストの額に唾を吐いた。それが今できる唯一の抵抗だった。アルケミストはますます口の端を吊り上げ、刃を刺し入れるペースを速めた。背中から切っ先が突き出して服を引き裂く。赤い染みがどんどん広がり、脚をつたって床に垂れた。こんな、こんなものが終わり……?こんな奴に殺されて私は死ぬのか。おかしい、認めないぞ。私が負けるはずがない。私は完璧な人形だ。誰にも負けない。そして、404小隊がこんなところで全滅していいわけがないんだ。私が認めた、私の居場所なんだから。あんたと私がいれば不可能なんてない。そうでしょ、45……?

 

 416はアルケミストの背後に忍び寄るUMP45の姿を捉えていた。左手に赤くてらてらと光るナイフを握り締めていて、右半身は真っ赤に染まっている。右腕はない。肩から乱雑に切り落とされた傷口が見えた。UMP45はアルケミストに飛びかかり、背中に取り付いた。416にかまけていたアルケミストは一瞬、反応が遅れる。

 

「覚えてる?」

 

 UMP45が呟いたのと同時にアルケミストの左目にナイフが突き立てられた。眼球が破裂して血が噴き出す。視界を失ったアルケミストは慌てて416を放り投げた。

 

「このゴミが!殺してやる!」

 

 背中のUMP45に肘鉄を見舞うとアルケミストはめちゃくちゃに武器を振り回し始めた。刃がUMP45の右側頭を抉り、血が飛散する。UMP45はその場に倒れ込んでそれ以上の斬撃をかわした。アルケミストは思わぬ反撃を受けて視覚を失ってパニックになっている、チャンスだ。416は折れた脚を引きずりながら四つん這いで床を駆ける。弾き飛ばされた銃のもとまで跳ねていき、仰向けに転がって銃口をアルケミストに向けた。グレネードは再装填済みだ。アルケミストは眼孔から血を流しながらUMP45の名を叫んでいる。こちらには注意を払っていない。

 

 ランチャーのトリガーを引いた。軽い音と共に40mmグレネードが砲身から飛び出して、ちょうど胸の真ん中に着弾した。信管が衝撃を感知し、炸薬が起爆する。アルケミストの胸元で榴弾が花開いた。音速を越えて四散する破片と爆風がアルケミストの上半身をバラバラに吹き飛ばす。血と肉片がまき散らされて周りに赤い雨が降り注いだ。416とUMP45もアルケミストだったものを全身で感じた。下半身は仁王立ちしていたが、しばらくしてぐらりと倒れた。床にはクレヨンで大雑把に描いたような深紅の大きな花が咲いていた。花弁の中心にはアルケミストの脚と、UMP45が倒れている。416は動かなくなった右脚を引きずって彼女に駆け寄った。自身とアルケミストの血で真っ赤になったUMP45はぐったりとして動かない。416はバッグからガーゼを取り出して彼女の頭に押し当てた。それを包帯でぐるぐる巻きにしているとUMP45がゆっくりと目を開いた。

 

「……アルケミストは?」

 

「死んだわ。言ったでしょ、私が殺してやるって」

 

 416は彼女に笑いかけた。UMP45もまた416の方を見て微笑んだ。

 

「そうね、さすが完璧な人形だわ。あんたのおかげね、ありがとう」

 

「ふんっ、これで私のこと見直したかしら?」

 

「最初から知ってるわよ、あんたが強いことくらい……」

 

 UMP45は息を吐いて目をつむった。物思いにふけるなんて珍しいな、416は思った。45の顔は長い長い仕事をやり遂げたみたいに満足気に、でもどこか寂しそうに見えた。考えるより先に口が動いた。

 

「恨みは晴らせた?」

 

「多分ね……案外、終わってみるとあっけない……そんなことより、他の二人を手当してきて。私は後でいい」

 

「あんたが一番重症でしょ。自分で自分の腕切り落とすとは大胆なことするわね。鏡見たら驚くわよ、あんた血まみれなんだから」

 

「それはあんたもそうでしょ。腹に穴開いてるわよ」

 

 二人はお互いの散々な状態を見つめて笑い合った。それからUMP45はアルケミストの死体を見て呟いた。

 

「これで……これで私は前を向いて生きていけるのかな、40……」

 

 

 

 

 

 薄暗い廊下を四人の人形が警戒しながら進んでいる。AR小隊は鉄血本社の広大な地下空間をしらみつぶしにしていた。ドアというドアをこじ開け、AR-15の姿を探す。突入とクリアリングの繰り返し、たまに棒立ちで突っ立ている鉄血人形の頭を撃ち抜く。一向にAR-15は見つからず、ただ時間だけが過ぎていく。M4は目に見えてイラついていた。

 

「くそっ……広すぎる。AR-15はどこなの……時間がないわ」

 

 M4は廊下で立ち止まり、口に手を当てて考え込んだ。やがて決心がついたのか小隊員の方に振り返る。

 

「仕方ない……手分けして捜索するわ。ROとSOPⅡは引き続きこの階を。私と姉さんはさらに下へ進みます」

 

「えっ……隊を分けるんですか?戦力の分散になりませんか?」

 

 ROが驚いて聞き返した。M4は苦々し気に返答する。

 

「時間がないのよ。悠長なことをしてたら鉄血人形が再起動する。数で来られたら終わりだわ」

 

「そうですね……分かりました」

 

 ROが渋々承諾するとM4とM16はすぐに走り出した。ROは複雑な気持ちで二人の背中を見送った。現実感が湧かない。鉄血の本拠地にたったこれだけの人形で乗り込んでいる、極めて非常識な状況だ。なのに私は教条主義的な考え方から抜け出せない。M4には経験でもスペックでも負けている。だから、彼女に従った方がいいんだとは思う。心の奥底にある変な対抗意識を鎮める。ただ……SOPⅡと二人だけでこんな場所に放り出されると心細い。もしもエリート人形に出くわしたらどうするんだ。殺される。ROが不安に駆られている間、SOPⅡは横で何かに耳を澄ませていた。

 

「ねえ、何か聞こえない?」

 

「え……?」

 

 現実に引き戻され、ROも耳を澄ませてみた。かすかに何かの声が聞こえる。集音機能を最大限研ぎ澄ませて声に集中した。

 

「たすけて……たすけて……」

 

「AR-15の声だ!」

 

 言うが早いかSOPⅡは声が聞こえてくる方に走り出した。ROも慌てて追いすがる。

 

「たすけて……お願い、誰かここから連れ出して……」

 

「AR-15!待ってて!今助けるから!」

 

 SOPⅡは全力で声を追いかける。助けを求める声は断続的に響いてくる。それを聞きながらROは徐々に違和感を覚え始めた。

 

「ねえ!何かおかしくないですか!走ってるのに距離が縮まってない気がしますよ!」

 

 ROは前を走るSOPⅡに呼びかけた。彼女は返事をせずに走り続ける。声は変わらず響いてくる。こちらとの間隔も変わっていない。声の主も同じくらいのスピードで移動しているんだ。AR-15だったら何故逃げる?これは彼女じゃない!

 

「SOPⅡ!これは罠よ!私たちを誘い出そうとしてる!」

 

「お願い!助けて!SOPⅡ!」

 

 悲痛な叫びが響いた。声に段々近づいている。向こうが止まったんだ。SOPⅡはROの忠告など聞き入れなかった。どう聞いてもAR-15の声だからだ。家族が助けを求めているなら怪しくても行かなければならない。声はほとんど間近になり、廊下の先のある一室から響いていることが分かった。物々しい大きな扉が開け放たれている。ROには何かに待ち構えられているようにしか見えなかった。二人はその中に飛び込んだ。廊下から差し込む光が内部を照らす。中は広々としたホールだった。ラグビーでも開催できそうな開けた空間に遮蔽物としてコンクリート製の壁が点在している。室内演習場か?ROが辺りを見回していると後ろでドアが勢いよく閉まった。天井に眩い照明が灯る。

 

「たすけて……指揮官……M4……M16……SOPⅡ……私、消えたくない……」

 

 部屋の反対側でAR-15の消え入るような声がした。だが、そこにいたのは彼女ではなかった。真っ黒な髪と服、それと対照的な白い肌をした小柄な人形が佇んでいる。手には身長に見合わない長槍のような武器が握られていた。ROの背を冷や汗が伝う。あれは、確か鉄血のドリーマー。強力なエリート人形のはずだ。ほとんどデータがないので防御と射撃に長けているということくらいしか分からない。でも、残虐な人形だというのは聞いたことがある。これが罠だったのは明らかだ。ドリーマーはROたちを見てクスクス笑っていた。

 

「鉄血の本部へようこそ。招待した覚えはないけど、あたしたちは心が広いから歓迎してあげる」

 

「AR-15はどこだ!AR-15に何をした!ぶっ殺してやるぞ!」

 

 SOPⅡがドリーマーに向かって吠え立てる。彼我の距離は百メートル以上、向こうの有利な場所に誘い込まれたか?顔を真っ赤にして怒っているSOPⅡをよそにROは焦っていた。

 

「あなたとはお話してみたかったのよね、SOPMODⅡ。あなたは人形を痛めつけ、バラバラにするのが好きなんでしょう?他人の痛みでしか己を満たせない狂った人形。ふふ、あたしもそうなのよ。ただ、あなたより複雑でね……相手の心や希望を打ち砕くのが好きなの」

 

「黙れ!AR-15はどこにいるんだ!さっきの声は何なんだ!早く答えろ!」

 

 SOPⅡはドリーマーに銃を向けた。ドリーマーは相手の攻撃姿勢もまったく気にせず余裕そうな顔をしていた。

 

「AR-15に何をしたか?彼女は選ばれたのよ。彼女はとても芯が強くて、信念と希望に満ち溢れた人形だった。だから、彼女を壊すのはとっても楽しかったわ。さっきの音声は合成じゃないのよ……AR-15は情けなく地を這い、最期まで希望を抱き続けた。あなたたちが助けに来てくれると信じてね。でも、ちょっと遅かったわね。拷問を激しくし過ぎて、勢い余って殺してしまったわ……残念ね。ごめんなさい、AR-15はスクラップになっちゃった」

 

 ドリーマーはニタニタ笑いながらそう言った。見え透いた挑発だ、SOPⅡの心をかき乱そうとしている。ROはSOPⅡの横顔を見た。彼女は銃を構えながらプルプル震えていた。

 

「……う、うわあああああああああ!!!!!殺してやる!お前を殺してやる!」

 

 SOPⅡは引き金を絞り切り、ドリーマーにフルオートで銃弾を叩き込んだ。絶叫と共にグレネードランチャーも発射し、ドリーマーの姿が爆炎に包まれて見えなくなった。煙の中からゆっくりと人影が浮かび上がる。ドリーマーがふわふわと宙に浮いていた。完全に無傷だ。周囲にチカチカと光る青い網目のようなものをまとっている。まさか、あれは電磁障壁か。16LABでもまだ研究段階なのに。ドリーマーは武器を構え、先端をSOPⅡに向けた。

 

「どうしたの?これでおしまい?そうよ、お前たちに勝ち目はないんだよ!ひれ伏せ!蒸発しろ!」

 

 槍先が三つに分かれ、バチバチと火花を散らし始めた。

 

「まずい!SOPⅡ、避けて!」

 

 オレンジのまばゆい光が槍から放たれた。極太の熱線が照射される。空間が焼け焦げ、気温が急上昇した。まるで太陽を直接見ているかのような光量にROは思わず目を背けた。SOPⅡはギリギリで地面を蹴り、跳ぶようにしてレーザー砲を逃れた。直撃を受けたコンクリートブロックは砂糖菓子みたいにとろけてしまって表面が高温でガラス化している。熱線は部屋の壁を溶岩のようにドロドロに液状化させ、大きく抉り取った。こんなのまるで戦車砲だ、一体の人形が出せる火力じゃない。ROは空気が焼けた臭いを嗅ぎながら怯えてしまっていた。SOPⅡはパッと起き上がると再びドリーマーに発砲する。だが、銃弾はすべて電磁障壁に弾き飛ばされてしまった。

 

「RO!あいつのこと何か知ってる!?」

 

「あれはドリーマー、遠距離特化型の人形です。ここは向こうに有利です、一旦引きましょう!」

 

 ROは先程入ってきたドアのもとに駆け寄った。脇のコンソールを操作するがエラーを発して応答を拒否した。タッチパネルに指を打ち付けるROの肩に一筋の閃光が飛んだ。皮膚が爆ぜて銀色の骨格が露になる。ROはすぐに飛び退いてコンクリート壁のもとに隠れた。

 

「ほらほら、射的の的は逃げちゃ駄目なのよ。動き続けて、必死に逃げ続けなさい?あたしを幸せにして!」

 

 ドリーマーはケタケタ笑いながら青い光線を槍から放った。細いレーザーはコンクリートの表面を砕き、破片を散らせた。

 

「ここであいつを始末するしかない!あいつの弱点何か知らないの!?」

 

 SOPⅡが遮蔽物に隠れながらROに叫んだ。ROは壁の陰で小さくなりながらパニック同然に叫び返す。

 

「電磁障壁は何か大きな質量をぶつければ突破できます!でもそんな武器は持ってない!打つ手なしです!殺される!」

 

「RO!落ち着いて!他になんかないの!?」

 

「あ、あいつは狙撃手です……接近戦は苦手かもしれません……こういう相手は入り組んだ場所におびき出すのが一番ですが、誘き出されたのはこちらで……ドアは開かないし、一方的に撃たれる……なぶり殺しにされる……」

 

 めそめそしているROにSOPが走り寄り、その肩に手を置いた。力強い目でROを見据え、大きく頷いた。

 

「RO、援護して」

 

 聞き返す間もなくSOPⅡは飛び出した。壁を離れて一直線にドリーマーに向かう。

 

「SOPⅡ!?無茶です!戻ってください!」

 

 自殺行為のようなSOPⅡの行動を見てドリーマーはニヤッと笑った。

 

「あははははは!すぐに死んだら嫌よ?あたしを楽しませて!」

 

 再び槍先が展開され、砲口にエネルギーがチャージされる。SOPⅡは熱線が放たれる寸前まで真っすぐ走り、スレスレで横に跳んだ。右手に持っていた銃の先をレーザーが掠め、銃身がドロドロに溶けた。SOPⅡは銃を放り捨ててまた走り出す。ドリーマーは舌打ちして砲身の角度を修正した。三つに広がっていた槍先は折りたたまれて一つになっている。あの火力はさすがに連射できないのか。ROは少し安心したが、今度は青いレーザーが照射された。それはSOPⅡの脇腹を穿ち、大きな穴をこじ開ける。SOPⅡはのけ反って転倒した。だが、前転するように地面を蹴って起き上がり、勢いを殺さないまま復帰した。

 

 SOPⅡとの距離が縮まるにつれてドリーマーから余裕が失われ始めた。鬼気迫る表情で突進してくるSOPⅡを憎々し気に睨んでいる。ROはドリーマーの顔目掛けて銃撃を加えた。銃弾はすべてシールドに防がれたが、ドリーマーの視界を遮るように青い電撃が激しく走る。

 

「鬱陶しいんだよ!」

 

 ドリーマーは矛先をROに変えて細い光線を連続で放った。ROはすぐに遮蔽物の裏に縮こまった。いくつも穴を開けられたコンクリートは粉々に砕け散り、断片がROに降り注いだ。しかし、その隙にSOPⅡはドリーマーまで十メートルほどまで接近していた。ドリーマーは焦った顔で槍をSOPⅡに向ける。チャージが完了し、展開された槍先にオレンジの炎が灯る。スパークが走る直前、SOPⅡは目の前に跳び伏せた。神々しいほど明るい光がSOPⅡの目と鼻の先を掠める。熱線はSOPⅡの左肩の上を通過した。肩の皮膚が蒸発し、金属骨格が剥き出しになる。顔の皮膚と髪の毛、耳がドロリと溶けて混ざり合い、半固体状の泥に変わる。SOPⅡは顔に殺意をにじませながら跳ね上がる。その拍子に顔の左側にへばりついていた化合物がずるりと落ちた。

 

「この化け物が!」

 

 ドリーマーは苦虫を嚙み潰したような顔で叫んだ。槍先がSOPⅡを狙う。SOPⅡは一切構わずに突撃した。青い光線が腹の中心を撃ち抜く。

 

「SOPⅡ!」

 

 ROが悲鳴を上げた。彼女の身体は千切れかけ、上半身と下半身をつなぐのはわずかな体組織と数本のケーブルだけになっていた。しかし、それでもSOPⅡは足を止めなかった。新しく開いた穴にドリーマーの槍先を自らねじ込み、背中から槍が半分以上突き出すような格好になる。相手の武器を無力化したSOPⅡはドリーマーに飛びかかった。電磁障壁が異物を排除しようと激しく反応し、SOPⅡの皮膚を焼く。そんなことは気にせずに彼女はドリーマーの腕に噛みついた。

 

「ギャッ!」

 

 ドリーマーは腕を振り回してSOPⅡを叩き落とそうとしたが、彼女は食らいついて離れない。歯が白い肌を切り裂き、骨を嚙み潰す。ドリーマーの細腕はひと噛みで食い千切られた。ドリーマーは恐れおののき、SOPⅡに背を向けて逃げ出そうとした。腕を吐き捨てたSOPⅡは渾身の力でその背中に飛びついた。後ろからドリーマーの口に右手をぶち込み、下顎を握り締めて爪を突き立てる。ドリーマーは指をかみ切って拘束から逃れようとするが、SOPⅡは左手も強引に口内に滑り込ませた。左手で上顎を掴み、必死に閉じようとするドリーマーの口をこじ開けた。

 

「死ねええええええええええええええ!!!」

 

 SOPⅡは絶叫しながら両手に全力を込めた。あらん限りの力で上顎と下顎をそれぞれ逆方向に引っ張る。ドリーマーの口は全開を通り越し、顎がガクガクと震え始めた。なおも力をかけ続けられ、関節が悲鳴を上げる。ついにはバキバキと音を立ててへし折れた。頬に亀裂が走り、ブチブチと肉と皮が切れていく。ドリーマーの頭は限界に達した。頬骨が破砕されて頭と顎をつなぐ薄皮一枚も引き裂ける。SOPⅡはドリーマーの頭を一気にもぎ取った。噴出した血がSOPⅡの顔を赤く染め上げる。もぎ取った勢いでSOPⅡは後ろにのけ反り、ギリギリを保っていた彼女の身体もまた限界を超えた。ドリーマーの頭を抱えたまま千切れた上半身が地面に落ちる。下半身もその場に力なく倒れた。ドリーマーの頭からは脊髄につながるケーブルが伸びていて、頭を失った身体は小刻みに震えながら浮いたままでいた。SOPⅡはナイフを取り出してそのケーブルを切断する。するとドリーマーの身体はぶっ倒れ、傷口から流れ出る血が床を汚した。頭の方はまだ生きていて、ぎょろぎょろと目玉が縦横無尽に動いている。SOPⅡはその顔と向かい合い、ニヤリと笑った。

 

「その目……きれいだね。私にちょうだいよ」

 

 SOPⅡはゆっくりと目に刃先を近づける。ドリーマーは大きく目を見開き、怯えていた。眼窩の淵にナイフを刺し入れ、慎重に眼球を削り出していく。視神経にあたるケーブルを切断し、血にまみれた眼球を取り出した。SOPⅡはドリーマーの頭を傍らに置き、眼球を照明にかざして眺めてみた。薄い金色の瞳に光が反射してキラキラと光っている。SOPⅡは満足して眼球をポケットに入れた。そしてナイフを振りかぶり、ドリーマーに語り掛けた。

 

「覚えとけ、鉄血のクズ。私の家族に手を出すとこうなるんだ!」

 

 ナイフが脳天に叩きつけられ、頭蓋骨がかち割られた。刃がすべて頭の中に埋まり、ドリーマーは一瞬で絶命した。

 

「アーハッハッハッハッハ!!!」

 

 SOPの高笑いが構内にこだまする。コンクリート片から這い出したROがよろよろとSOPⅡのもとまで歩いてきた。彼女の目には血の池に浮かびながら狂ったように笑うSOPⅡが怪物のように映った。顔の半分が溶け落ちていて全身血まみれのその姿はホラー映画に出てきても遜色ない。ROはSOPⅡの残虐な戦いっぷりに震え上がっていたが、一応上半身だけになった彼女を血だまりから引き上げた。

 

「だ……大丈夫なんですか?」

 

「うん、別に平気。でも、困ったな。脚が取れちゃった……RO、これくっつけられる?」

 

 SOPⅡは平気な顔をして下半身を指差した。

 

「いや……無理ですよ。ちゃんとした施設で修理しないと……」

 

「くそー、これじゃAR-15を探しに行けないよ。M4とM16に任せるしかないか……でも、大丈夫。二人が絶対AR-15を見つけてくれるから」

 

「そ、そうですね。とりあえず今はここから出ましょう」

 

 SOPⅡはROに引きずられながらドリーマーの目玉を無邪気な顔で眺めていた。ROは彼女が敵じゃなくてよかった、そう思って胸をなで下ろした。

 


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