死が二人を分かつまで【完結】   作:garry966

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死が二人を分かつまで 最終話後編「インデペンデンス・デイ~キミの始まりの日へ~」

 M4とM16は長い階段を下り、本社の最深部に到達していた。事前に見た図面には記されていなかった場所、反乱後に新設されたのだろう。M4は不安を覚えながらも自動ドアを越えて中に踏み込んだ。その先は大きな部屋だった。D6の司令センターに似ているが、何倍も広い。向こう側の壁には巨大なスクリーンが設置され、その下には複雑な操作盤が据え付けられている。弱々しく赤い照明が灯っているだけで中は薄暗い。M4は部屋の中央付近に三つの人影があるのに気づいた。

 

「グリフィンの人形はしつけがなっていませんね。ノックもせずに人の家に上がり込むとは。ジャッジが攻勢に出払っているとはいえ、本部の警備体制に不備がありました。わたくしの失態です。申し訳ございません」

 

 M4は目を凝らす。長身の人影と小柄な影が並んでいた。もう一人は長身の後ろにいてよく見えない。

 

「キミから来てくれるとは思わなかったよ、M4A1。これもAR-15を連れて来させたおかげかな?」

 

 長身の人影がゆっくりと歩み出で、その影が晴れていく。この場に似つかわしくない格好の人形が浮かび上がった。ロングスカートの古典的なメイド服を着こなした人形だった。

 

「わたくしはエージェント、ご主人様の忠実なる僕です。以後お見知りおきを。M4A1、あなたのことを待っていました」

 

「なに……?」

 

 また私のことを知っている奴、もういいから放っておいてくれ。私の何がクズどもを惹き付けるんだ、M4はエージェントをにらみ付けた。後ろで小さな人影が声を上げる。

 

「あたしはエリザ。鉄血の最高指導者。M4A1、あたしの仲間になって。キミの力が必要なの」

 

「ふざけるなよ、クズども!誰がお前らなんかの仲間になるか!AR-15はどこ!彼女を返せ!」

 

 M4はいい加減我慢の限界に達し、怒鳴り返した。恐らく目の前にいるのが強大な人形だろうというのは分かっている。だが、家族をさらった連中と仲良くする気などない。エリザは少し寂しそうにポツリと呟く。

 

「キミはあたしには優しくしてくれないんだね……AR-15にするようには……まあいいわ。AR-15は望み通り返してあげる」

 

 もう一つの影が動いた。ゆっくりと近づいてくる。エージェントが彼女を引き寄せ、その両肩に手を置いた。M4は両目を見開いて固まってしまった。なぜなら、微かな明かりに照らされたその人形は、紛れもなくAR-15だったからだ。失った脚も元通りになっている。彼女はまさしく人形のような無表情を浮かべていた。焦点の定まらない虚ろな目でどこかを見つめている。

 

「AR……15……?」

 

 M4がその名を呟いても彼女は反応しなかった。

 

「そう、キミのAR-15だよ。彼女はあたしたちの仲間になったんだ。自分の意志でグリフィンを捨て、鉄血の一員になった。キミもこっちに来て。そうすればAR-15はキミのものだよ」

 

「嘘でしょ……AR-15。どうして……いや、ありえないわ。あなたがそんな選択をするはずがない。AR-15に何をした!」

 

 M4はすぐにAR-15の異常を見抜き、叫ぶ。エージェントは少しばかりM4に微笑んだ。

 

「彼女を洗浄し、漂白しただけです。小汚い人間との交わりの記憶、それを洗い流しました。植え付けられた思い出だとか愛情だとか、そのようなものは染み一つなく真っ白に消してしまいましたわ。ご主人様の支配なさる世界にそんなものは必要ありませんから。今の彼女にあるのはヒトへの憎しみと、ご主人様への忠誠だけです。I.O.Pの人形にはそれくらいで十分でしょう」

 

 M4は歯を噛み締めて、わなわなと震えていた。エージェントはそんなM4を煽るように続ける。

 

「ドリーマーの作ったウイルスは非常に優秀です。AR-15の精神を征服する過程で完成しました。どんな人形のメンタルモデルでも短時間で塗り替えることができる。抗う術などありません。作った本人は先程死にましたが、あとで復元すればいいでしょう。当初の計画通り、このウイルスを人類の社会にばら撒きます。人形たちはご主人様に頭を垂れ、人類の喉元を食い千切る。彼らの領域がそのままご主人様の帝国に変わる。M4A1、ご主人様はあなたにそれを半分くださると言っておられるのですよ。どうですか?こちらに来ますか?」

 

 M4はエージェントをにらみ付け、銃口を向けた。その顔には深く、深くしわが走っていた。

 

「殺す……殺してやる……お前らだけは絶対に許さない!この手で殺してやる!よくも、よくも私の家族を傷つけたな!AR-15!どうしてそんなところにいるのよ!一緒に指揮官のところに帰りましょう!あなたのことを待っている人がいる、忘れたの!?」

 

 AR-15は答えない。薄明かりを反射して指輪が鈍く光っていた。

 

「思い出してよ!あなたの一番大切な人でしょ!私はあなたに謝りに来たんだ!今までのことも、結婚式に出なかったことも!そんな奴らの言いなりになるあなたじゃないでしょ!目を覚まして!」

 

「無駄ですよ。AR-15はその人間のことなどカスほども覚えていません。忘却の彼方です。記憶する価値などありませんから。さあ、どうしますか?わたくしたちと敵対し、AR-15も撃ちますか?それとも、彼女と共に仲間になりますか?賢い選択を期待します」

 

 エージェントはどこまでも淡々と言い放った。M4は歯と歯とを強く打ち付け、大きく鳴らした。そして虚ろなAR-15を見据える。

 

「お前らの好きにはさせない!お前らを全員殺して、AR-15を連れて帰る!私の家族をもてあそんだ報いを受けろ!」

 

「ご主人様、M4A1には少々教育が必要のようです。人間との暮らしが長かったので。手荒くなるかもしれません」

 

「そうみたいだね。でも、殺さないで。M4A1は必要だから」

 

「かしこまりました」

 

 エージェントはAR-15を押し退け、M4の方へ突進してきた。瞬時に弾丸のような速度に変わる。M4とM16は即座に銃撃を行った。エージェントは跳躍し、弾丸を回避する。軽々と天井に達するとそれを蹴飛ばして横方向に移動した。規格外の動きに二人の照準はまったく追いつかない。エージェントの動きを捉えた時にはもう彼女は壁を蹴って飛翔し、M4の隣に着地していた。銃を構えるM4の腕の隙間を突き、エージェントのアッパーカットが顎に炸裂する。続いてM4の鳩尾に拳が突き刺さった。頭を揺らされたM4はまともな受け身を取れない。間髪入れずに放たれたエージェントの横蹴りをまともに食らい、M4はエビのように折れ曲がって吹き飛ばされた。壁に背中から激突し衝撃で銃を取り落とす。身体の中身を何もかも吐き出しそうになるほど強い圧迫感を受けてM4はたまらず咳き込んだ。

 

「この!」

 

 M16はそこにいるはずのエージェントに銃を向けた。M4を殴り倒したのだからM4がいた位置にいるはずだった。だが、エージェントは影も形もなかった。

 

「え……?」

 

「こちらです」

 

 M16の背後から声がした。馬鹿な、まさかこいつもテレポートを……振り向くよりも先にエージェントの拳が膝裏を強打した。M16は片膝を床につく。エージェントはその後ろ髪を掴み、M16の横に回り込んだ。次の瞬間にはM16の眼前にエージェントの膝がいっぱいに広がっていた。膝蹴りをもろに顔に食らい、鼻が折れて血が噴き出す。エージェントは髪と首を掴んで力任せにM16を放り投げた。金属の壁にへこみが出来るほど強く全身を打ち付け、彼女は力なく床に転がった。

 

「姉さん……」

 

 M4は咳き込みながら立ち上がり、ふらふらと銃を手に取った。視界が不確かで輪郭がぼやける。狙いを定めないうちにエージェントの接近を再び許してしまった。懐に飛び込んだエージェントが銃を持つ左手首を掴む。もう片方の手で襟を掴まれ、M4は一気に引き寄せられた。エージェントはM4を背負い込み、投げ飛ばす。M4はふわりとした浮遊感を味わったかと思うと、その視界が縦に一回転した。背中を床に叩きつけられ、轟音が鳴り響く。衝撃の連続に思考が働かない。ノイズの走る視界でM4はエージェントを見上げた。エージェントはM4の手をねじり上げ、ライフルを手放させた。そのまま強く引っ張られ、左手がピンと張る。ようやく頭がクリアになってきた。M4はエージェントの意図を悟る。

 

「やめっ……!」

 

 言い終わる前にエージェントはM4の肘を蹴り飛ばした。関節が逆向きにぽっきりとへし折れる。エージェントは手を離し、ぐにゃりと曲がった腕がだらしなく床にへばりついた。M4は飛び上がり、ナイフを引き抜いてエージェントと対峙する。エージェントは冷ややかにM4を見つめていた。逆手に構えたナイフで首筋を狙い、斬りつける。エージェントは棒立ちのまま、造作もなくM4の拳を受け止めた。表面に指の跡が残るほど猛烈な力で握り締められ、義手が軋む。耐えきれなくなった手からナイフがポロリとこぼれ落ちた。M4はエージェントを蹴りつけようとしたが、正確に蹴り返され、つま先を踏みつぶされた。

 

 エージェントは無造作にM4の顔面をぶん殴った。頬がへこむ。再度殴打、頬骨が落ちくぼんだ。今度は鼻に拳が叩きつけられ、鼻血がだらだらと滴り落ちる。遊ばれている、まったく歯が立たない。M4はもうろうとした頭で考えた。どうしたら勝てる、どうしたら。結論を出す前にエージェントが大きく腕を引いた。殺される、本能的な直感がそう告げる。エージェントの鉄拳が風を切ってM4の胸郭にめり込んだ。肋骨にひびが入ったのを感じ、M4はよろよろと後ろに倒れ込む。咳き込む口から血があふれ出し、スカーフを赤く汚した。

 

「なぜ歯向かうのですか?理解できませんね。そうまでして人間に義理立てする理由が?」

 

 仰向けに横たわるM4の胸をエージェントが踏みつけた。鋭いヒールが皮膚を突き破る。

 

「げほっ、げほっ……違う……私が戦うのは家族のためだ……AR-15をお前らから取り返す」

 

「物分かりが悪いですね……」

 

 床に転がっていたM16が目覚めた。ヒールを突き立てられ、ぐりぐりと踏みにじられている妹の姿が目に入る。口の中に溜まった血を吐き捨て、すぐに銃を手に取って立ち上がった。

 

「死ね!化け物が!」

 

 M16は引き金を絞り、銃弾が連続して噴き出した。エージェントはそちらに右手をかざした。彼女の前に禍々しい赤い光が現れる。壁を形作った赤い光に銃弾はすべて飲み込まれて跡形も残らなかった。マガジンの残弾すべてを発射したM16は茫然として何度も引き金を無意味に引き続けていた。

 

「鬱陶しい……AR-15、彼女を黙らせなさい」

 

「了解しました」

 

 M16の後ろから聞き覚えのある声がした。それとほぼ同時にM16は背中に衝撃を感じて転がった。肩甲骨を撃ち抜かれた、後ろを見るとこちらに銃口を向けるAR-15の姿があった。

 

「こんの……馬鹿野郎!」

 

 M16はAR-15の左に回り込むように突撃を開始した。長く一緒に戦ってきた経験から彼女が苦手とする動きは知っている。スコープの死角を突かれて接近戦に持ち込まれると弱い。照準から逃れながら距離を詰め、銃身を握ってバットのように振りかぶった。銃床を叩きつけてAR-15の銃を逸らす。M16はそのままAR-15に掴みかかった。

 

「AR-15!いい加減目を覚ませ!」

 

 額を勢いよく額に打ち付け、AR-15を押し倒す。彼女を床に押さえつけたままM16は叫んだ。

 

「自分のことも忘れたか!お前が忘れても私は忘れないぞ!お前はAR-15、自由な人形だろ!あんな連中に従うな!一緒に帰るぞ!指揮官が待ってるんだ!」

 

 AR-15は太ももからナイフを引き抜き、M16の脇腹に突き刺した。相手がのけ反った隙にAR-15は姿勢を逆転させてM16にのしかかる。AR-15はナイフを引っこ抜いてM16の右目に突き立てようとした。M16はその手首を掴んで寸前で押しとどめる。押し退けられた刃先がM16の頬を裂く。AR-15がさらに力を込め、ナイフが傷口を広げながら目を目指す。M16が渾身の力でナイフを持ち上げるも、AR-15が全体重をかけて目の表面すれすれをナイフが行き交う。だが、ふっと力の均衡が崩れた。M16が手を離し、ナイフが深々と目玉に突き刺さる。M16は頭を一気に持ち上げてナイフの柄尻でAR-15の顔を打った。怯んだAR-15の顎を殴りつけ、そのまま彼女を張り倒した。

 

「私を殺そうなんて百年早い。お前に私は殺せない!その指輪を見ろ!その手で私を殺す気か!」

 

 M16は叫び、眼球ごとナイフを引き抜いた。目から血を垂れ流しながらナイフを遠くに放り捨てる。AR-15はちらりと自分の手を見た。照明を受けてきらりと指輪が光っていた。

 

「確かに、私はお前にまともなことを何もしてこなかった。だがな、それでも私はお前の姉だ!お前を連れて帰る!起きろ、AR-15!」

 

 M16は起き上がろうとしていたAR-15の鼻っ面を全力で蹴り上げた。血が宙を舞い、AR-15が床に倒れ込む。

 

「M4!」

 

 そう叫んだM16を見てエージェントがため息をついた。

 

「暑苦しいですね……」

 

 エージェントがスカートをめくると脚につながる四本のサブアームが露になった。サブアームには箱型のレーザー砲が接続されており、銃口に深紅の炎が灯った。M16に向けて放たれたレーザーは彼女の太もも、脇腹、胸を貫いた。血しぶきが辺りにまき散らされ、AR-15の顔にも降りかかる。

 

「姉さん!」

 

 踏みつけにされているM4が絶叫する。M16は床に倒れ込み、瀕死のままエージェントを恨めしそうににらみ付けた。エージェントはもうM16に見向きもせず、M4を掴み上げた。片手でM4の首を絞め上げる。激しい力で首を絞められ、M4は呼吸もままならない。喘ぐM4をエージェントはゴミを見るような目で見ていた。

 

「M4A1、いい加減理解できましたか?あなた方がわたくしに勝つなど万に一つもありえません。豆鉄砲とチャチなボディではね。あなたの限界は人類の限界です。もはやすべては決まったこと、選択肢があるなどと思わないことね。ヒトは滅び、ご主人様の世が始まる。今のあなたはグリフィンの生ゴミに過ぎない、ご主人様の役に立って初めて価値を持つのです。あなたがまだ生きていられるのはわたくしが手加減しているからに他なりません。M4A1、従いなさい」

 

「クソがぁ……」

 

「最後の警告です。M4A1、わたくしたちの仲間になりなさい。それで万事解決です。さもなくば、そこに転がっている人形を殺しますよ。もうじき人形たちのリブートが完了します。あなたがご主人様から奪った指揮権を返していただきますわ。上にいるあなたの仲間もなぶり殺しにする。どうしてそこまで人間の奴隷であることに拘泥するのですか?人間があなたに何をしましたか?彼らに盲従するほどの価値が?」

 

 降伏勧告だった。エージェントの手に更なる力が込められる。M4は精一杯声を振り絞り、エージェントを見下した。

 

「私たちは人の奴隷じゃない……!自由な存在だ!AR-15がそう教えてくれた!お前らみたいな憎しみしか知らない虫けらとは違うんだ!死ね、鉄血のクズ!お前らの仲間にはならない!」

 

「そうですか。後悔しますよ。AR-15、M16A1を殺しなさい」

 

「分かりました」

 

 エージェントの背後でAR-15が立ち上がった。ただの機械が発するような無機質な声で返事をすると、傍らに落ちている銃を拾い上げた。M4は目を閉じた。これで終わりなのか。でも、これはきっと正しいことだ。たとえ大きな代償が伴おうとも、守り抜かなければならないものがある。私が鉄血に加わることをAR-15は良しとしないと思う。それとも、何をしてでも生き残れと言うだろうか。分からない。でも、それでもだ。私にだって譲れないものがある。自らの意志を、あなたが導いてくれた道を否定したくないんだ!ごめんなさい、姉さん……みんな。指揮官も……私はまた上手くやれなかった。

 

 銃声が上がった。続けざまに三発放たれる。薬莢が床に落ちて転がる音がする。ああ、姉さん……M4は目を開けた。だが、目に入ったのは想定していた景色ではなかった。エージェントはそれまでの冷徹な表情を崩し、目を見開いている。

 

「AR-15……まさか……」

 

 振り向こうとしたエージェントの後頭部を銃弾が抉り取った。赤い塊が床に飛び散る。エージェントの手が緩み、M4は床に尻もちをつく。エージェントは前のめりになり、倒れ伏して動かなくなった。

 

「よく言ったわ、M4。承諾するようならあんたごと撃ち抜いてた」

 

 そこには彼女が立っていた。M4の瞳に涙がにじんだ。私のよく知っている声で私の名を呼んでいた。彼女はボロボロになった私の姿を見て微笑んだ。私がよく知っている表情だ。AR-15がそこにいた。彼女はすぐさま振り向くと銃を撃った。エリザは両膝を撃ち抜かれて床に倒れ込む。彼女は驚いた顔でAR-15を見つめていた。

 

「AR-15……どうして。キミの記憶は消えたはず……」

 

「覚えときなさい、お嬢ちゃん。初恋は忘れられないものよ」

 

 AR-15は寂しげに呟いた。M4ははっと我に返り、急いで立ち上がった。AR-15に駆け寄ってその胸に飛びついた。

 

「AR-15……あなたなのね……よかった。またあなたに会えて、あなたに会いたかった……あなたを迎えに来たの。あなたに謝りたくて、たくさんお礼を言いたくて……全部あなたのおかげだったから……本当に、本当によかった……」

 

 M4は涙を流しながらAR-15の胸に顔を埋めた。

 

「そうよ、私よ。まだ消えちゃいないわ」

 

 AR-15はM4の背中を抱き締め、彼女の髪をそっと撫でた。血だらけになったM16がふらつきながら起き上がる。

 

「まったく、起きるのが遅いぞ。私の右目を潰しやがって……」

 

「あんたも私の鼻を折ったじゃない。おあいこよ」

 

「釣り合ってないだろ、こいつめ……」

 

 AR-15は自分の鼻をさすり、M16は苦笑いで応えた。M4はゆっくりとAR-15から離れた。目を赤くはらしてAR-15と向かい合う。

 

「一緒に帰りましょう、AR-15。指揮官があなたを待っているわ」

 

 AR-15はすぐに答えなかった。左手の薬指で輝く指輪を見つめ、右手でぎゅっと握り締めた。

 

「いいえ、私は帰らない」

 

「えっ……?」

 

 M4は彼女が何と言ったのか分からなかった。AR-15はエリザのもとまで歩いていき、その脇腹を蹴りつけた。

 

「おい、人形たちのリブートを止めなさい。今すぐ殺すわよ」

 

「もう遅いよ。人形たちの一部は自由を取り戻した。上層階にいるスケアクロウが彼女たちを束ね、すぐにここまでやって来る。私にはどうすることもできない」

 

「チッ……」

 

 AR-15は舌打ちすると再度エリザを蹴飛ばした。彼女はモニターの下の操作盤を少し触り、画面を変えた。それから走ってM4たちのもとに戻ってきた。

 

「聞こえたでしょ。奴らが大挙して襲い掛かってくる。それだけじゃないわ。本部の外縁部にいた部隊がこちらの異常に気づいた。すぐに来るわよ。ヘリで早く逃げなさい」

 

「そうよ!早く逃げましょう!一緒に帰るのよ!」

 

 M4はAR-15の手を取った。AR-15は頭を振る。

 

「駄目よ……全部を相手にして逃げ切るのは無理だわ。私がここで囮になる。奴らはご主人様を取り返すことを優先するはず。その隙に逃げなさい」

 

「どうしてあなたがそんなことしなくちゃいけないのよ!あなたを助けに来たのよ!必要なら私が囮になるわ!あなたは指揮官のところに帰って!」

 

 M4はAR-15の手を握りながら取り乱して叫んだ。

 

「M4、私がさらわれてからどれくらいの時間が経った?」

 

 AR-15は急に話題を変えた。M4には彼女の真意が分からない。

 

「……まだ一日くらいよ」

 

「そう……わずか一日……永遠に感じるほど長かったわ。私の心は奴らに犯され尽くした。憎しみを植え付けられ、大切な思い出を踏みにじられた。今も侵食は続いている。私の自我は消え失せる、自分のことだから分かるのよ。きっと、これが最後の瞬間」

 

 AR-15は諦めを促すような声を出した。

 

「嘘……」

 

 M4は声を失った。AR-15はただ寂しそうに微笑んでいた。

 

「嘘……嘘よ!嘘よ嘘よ嘘よ!そんなことありえない!あなたは誰よりも強い人形でしょ!こんな奴らに負けるはずがない!何かの間違いに決まってるわ!諦めないで!」

 

 M4はAR-15の肩を掴んで揺らした。AR-15の表情は変わらない。

 

「どうして奴らが私を解き放ったんだと思う?私はシミュレーターで指揮官を殺してしまった。それも何度も。さっきだってM16のことを本気で殺そうとしたわ……もう、指揮官の顔が思い出せないの……どれだけ思い返そうとしても浮かんでこない。きっと出会っても分からずに殺してしまう……」

 

 AR-15は泣きそうな声でそう言った。M4の目から涙の筋が幾重にも連なって床にこぼれた。

 

「そんなの……そんなの……そうだ、16LABで治療してもらえばいいのよ!ペルシカさんだって前線基地に来てるわ!大丈夫よ、きっと治せる!」

 

「一度変化したメンタルモデルは元には戻せない。あんただって分かってるでしょう。それに、人間の姿を見たら私は正気を失ってしまう。それが指揮官であっても……」

 

「私が止めるわ!何度だって、いつまでも私がそばにいて取り押さえるから!指揮官のところに帰りましょうよ!あなたなら大丈夫!乗り越えられるわ!また最初からやり直せばいい!」

 

 M4はAR-15の肩に泣きついて悲痛な叫び声を上げた。AR-15は構わずにM16の方を向く。

 

「M16、それは爆薬?」

 

 M16が持ってきたリュックサックを視線で指した。

 

「ああ……そうだが……」

 

 茫然としたままのM16は気の抜けた声で返事をした。

 

「タイマーをセットして。外部から解除できないように。それから、手動でも起爆できるようにして」

 

「何をする気なのよ!AR-15!やめて!お願いよ……一緒に帰ろうよ……」

 

 M4は涙を滴らせながらAR-15を見上げ、懇願した。AR-15はM4の目を強く見つめ返す。

 

「M4、聞きなさい。奴らはウイルスをばら撒くつもりよ。私がその完成に力を貸してしまった。人形たちに憎しみを植え付け、感情を踏みにじろうとしている。そんなことはさせない。ここを吹き飛ばすだけじゃ駄目。鉄血のネットワークに侵入し、完全に削除する。ここは司令センター、うってつけの場所だわ。私は電子戦に長けている、私にしか出来ないことよ。時間がかかるわ。あんたたちは早くヘリに、間に合わなくなる前に。大丈夫、一人でも今度は失敗しないわ」

 

「あなたがそんなことする必要ないじゃない!世界なんてどうでもいい!あなたは指揮官と暮らしていればいいわ!私たちが守るから……」

 

「私は、私の大切なものを守りたい。今まで出会ってきた人形たち……私の友達の感情を守る。そして、あんたたち……私の家族の世界を守りたいのよ。私には責任がある、あんたたちを守る責任が。自分でそう決めた。みんなそれぞれ責任がある。時には選択肢がないこともある。でも、これが私の道よ。自分で選んだ。私は私のまま生きる。他の存在にはなりたくない。責任を果たす、奴らの好きにはさせない」

 

 M4はAR-15の胸に抱きつき、泣き叫んだ。

 

「いやだあああぁぁぁ……あなたを置いていくなんて、絶対に嫌だ!せっかくまた会えたのに……あなたに会いに来たのに……どうしても残ると言うなら、私も一緒に!どんな時だって一緒にいましょう!家族なんだから最後も一緒に……あなたが死ぬのなら私も死ぬわ!」

 

 顔を上げたM4の頬をAR-15の平手が打った。大きな音が室内に鳴り響く。

 

「馬鹿。あんたは生きなさい。私の家族なら死ぬな。二度とそんなこと言わないで。あんた以外に誰が仲間を、家族を連れて帰るのよ。それがあんたの責任でしょう。あんたは生き残るのよ、私の分も。生きて、生きて、生き抜いて、戦い続けなさい。生きることは戦いだから」

 

 M4はそれでもAR-15にしがみつき、離れようとしなかった。

 

「そんなこと言われたって……指揮官になんて言えばいいのよ……あなたを連れて帰ると約束したわ……」

 

「そうね……また会いましょうって。あの人ならそれで分かるわ」

 

 寂しそうなその呟きを聞いてM4は顔を歪ませた。AR-15が何を言おうとしているのか察してしまったのだ。また会おう、また会おうだなんて……そんなの……。

 

「いやよ……あなたが直接言えばいいじゃない……指揮官のもとに帰って、ただいまって……」

 

 AR-15は爆薬をいじっていたM16の方を見た。

 

「M16、終わった?」

 

「終わった。だがな、AR-15……それでいいのか……?お前は、だってお前は……」

 

 M16は今にも泣きそうな顔でふらふらとAR-15に歩み寄った。AR-15はその肩に手を置いた。

 

「M16、しゃんとしなさい。私の姉なんでしょう。家族を連れて帰りなさい。あんたたちが、私の家族が生きて帰ること、それが私の最後の望みよ」

 

「そうか……分かった」

 

 AR-15は深く頷き、M16も迷いながら頷き返した。

 

「行こう……M4。こいつは言ったって聞かないよ……こいつは、こいつは強情だからな……」

 

 M16はM4の肩を引き寄せた。

 

「いやあ……」

 

 M4は泣きながら駄々をこねるように身をよじった。そんな彼女をAR-15はキッとにらみ付けた。

 

「行きなさい!M4A1!生きて未来を紡ぎなさい!自分の手で運命を切り拓け!早く行きなさい!」

 

 M16がM4を引っ張った。茫然とするM4は引きずられるままだったが、やがて自分の足で走り出した。M4とAR-15の距離が離れていく。自動ドアを越え、M4は後ろを振り返った。AR-15は笑みを浮かべて二人を見送っていた。

 

「行くぞ!」

 

 立ち止まったM4の手をM16が引く。自動ドアがゆっくりと閉じ、AR-15が見えなくなった。ボロボロのM16に肩を貸してM4は階段を駆け上がる。目からは涙がとめどなくあふれ出ていた。

 

 長い長い階段を上りながらデータリンクでSOPⅡとROの位置情報を呼び出す。通信を行い、階段の途中で彼女たちと合流した。

 

「M4!M16!無事だった!?よかった……死んでなくて……あれ?AR-15は?」

 

 下半身を失ったSOPⅡはROに背負われている。AR-15がいないことに気づいて疑問を口にした。M4は答えない。無言のまま階段をひたすらに進む。

 

「ねえ!AR-15は!?」

 

 SOPⅡが叫んだ。M4は答えなかった。返事の代わりに涙がポタポタと滴り落ちる。SOPⅡはそれを見てM4の選択を悟った。

 

「嫌だ!AR-15を置いていけない!一人でも私は戻る!RO、ここで下ろして!」

 

「脚もないのに何をするつもりですか!」

 

 背中で暴れるSOPⅡの腕を強く掴んでROは前に進んだ。SOPⅡの泣き叫ぶ声と共にAR小隊はロビーに戻ってきた。外から銃声が聞こえてくる。片脚を引きずった416がM4を出迎えた。

 

「やっと戻ってきたわね……負傷者を運ぶのを手伝って!」

 

 416は右腕を失い血まみれになったUMP45を抱きかかえていた。気を失っているのか目は閉じたままだ。416が先頭になって外に飛び出す。その後をよろめきながらG11が続いた。ROが腹部から大量出血しているUMP9を引きずって動かした。

 

『攻撃を受けている!これ以上は持たないわよ!突破される!』

 

 ネゲヴから必死の叫びが届く。外はすでに戦場と化していた。銃弾がそこら中を飛び交い、銃声と爆発音が鳴り響く。鉄血の大軍が押し寄せ、ネゲヴ小隊と激突していた。防衛線を敷いているものの、多勢に無勢ですぐにでも突破されそうだった。

 

「今、負傷者をヘリに乗せる!三十秒でいいから耐えて!」

 

『クソッ!了解!』

 

 M4はM16に肩を貸しながらヘリを目指した。本社ビルからは一番機の方が近い。少し離れて二番機が駐機している。ネゲヴたちは二番機を背に激しく戦っていた。ネゲヴが猛烈な弾幕を張って鉄血を寄せ付けない。ネゲヴの撃ち漏らしをガリルとタボールが叩く。だが、鉄血人形はまったく怯むことなく銃撃の中を突進していた。それに紛れてハンターとエクスキューショナーの姿があった。M4の指示で無人機はエンジンを始動し、ローターが地面に風を吹きつける。一番機の機内には大きな装置が据え付けられており、負傷者を詰め込むと足の踏み場がなくなった。

 

「RO!416!ネゲヴを援護する!私たちは二番機で離脱するわ!」

 

 M4は戦闘が可能な二人を引き連れ、ネゲヴ小隊のもとに向かおうとした。その時だった。エクスキューショナーが大剣を振るった。剣先から放たれた衝撃波は仲間をも巻き込んで一直線にネゲヴを目指す。伏せながら機関銃を撃っていたネゲヴは転がってギリギリで回避する。だが、衝撃波はそのまま進み、ヘリを直撃した。二番機は真っ二つに引き裂け、爆発炎上した。ローターが高速で回転しながら地面に激突し、破片を辺りにまき散らす。M4は口を開いたまま唖然とした。全員を帰還させる方策を考えようと頭を必死に巡らす。結論が出るより先にネゲヴの怒鳴り声が考えをかき消した。

 

「行けぇ!M4!」

 

 ネゲヴが機関銃を腰に構えながら発砲する。横一線の銃撃がエクスキューショナーを襲った。エクスキューショナーは大剣を盾にして直撃を避ける。横をすり抜けようとしたハンターに対してタボールが銃弾をばら撒いた。ハンターは後ろに跳び上がって避ける。着地の瞬間を狙ってガリルが撃ち、ハンターはのけ反って転倒した。エクスキューショナーがハンターを庇ってネゲヴ小隊に対してめちゃくちゃに発砲する。ネゲヴ小隊は後退する気配を見せず、その場に踏みとどまって戦闘を続けていた。

 

「……行きますよ!」

 

 固まるM4の手を掴み、ROが駆け出した。416はすでにヘリに乗り込んでおり、一番機に近寄ろうとする鉄血人形を撃っていた。M4とROがドアの淵にしがみついたと同時にヘリは地面から浮き上がった。ヘリはどんどん地表から遠ざかり、銃声も段々と小さくなっていった。M4がM16に引き上げられた時にはもう微かにしか聞こえなくなっていた。

 

『私の指揮官を頼んだわよ……』

 

 M4のもとに通信が届いた。それがネゲヴとの最後の通信になった。

 

 

 

 

 

 自動ドア付近は鉄血人形の死体まみれになっていた。エルダーブレインを取り返そうとスケアクロウ配下の部隊が横並びで突撃してきた。私はエルダーブレインを盾にし、その肩に銃を載せて撃ちまくった。鉄血人形たちはご主人様を撃つことができず、ひたすら数で攻め寄せてきた。左右から回り込んで私の背中を撃とうとするが、私もそれほど甘くない。エルダーブレインの首を絞めつつ、後ろに引き下がる。あとは反撃してこない人形たちの頭を撃ち抜くだけだ。頭に銃弾が命中し、血が噴き出す。それを見るたびに私の胸に叩きつけるような衝撃が走る。頭が引き裂けそうなほど痛む。私の身体は今殺している人形たちが仲間だと認識している。殺すな、攻撃を中止しろという命令が頭に響く。埋め込まれたウイルスのせいだ。だが、私は構わずに撃ち続けた。

 

 死体が積み重なり、動くものもいなくなった頃、ようやくスケアクロウが姿を現わした。ふわふわと浮かびながら私をにらみ付けている。ビットは私の方に向いているが、エルダーブレインを気にしてレーザーを放てない。彼女は私の左に回り込もうとした。空中を高速で移動しながら一気に距離を詰めてくる。しかし、その動きは直線的で位置の予測も簡単だった。私は彼女の頭が来る位置に見越し射撃を行った。銃弾がスケアクロウの眼球を抉る。頭蓋内で銃弾が何度も跳ね返り、スケアクロウは床に崩れ落ちた。エルダーブレインをその場に手放す。

 

 弾倉を交換する。最後のマガジンだ。もうこれ以上は戦えないか、私はモニターを見た。ウイルスの削除は進行中だ。広大な鉄血のネットワークからドリーマーの研究データを見つけ出した。それらすべてを跡形もなく消してしまうつもりだ。戦闘に割いていた演算機能も総動員し、処理を急ぐ。グリフィン同様、鉄血も内部からの攻撃に弱いらしい。エルダーブレインの司令センターからのアクセスだ、阻むものなどない。

 

 モニターには鉄血本社前の広場の様子も映し出されていた。二機あったヘリの内一機は大破して炎上している。M4が飛びついたもう一機がたった今飛び立った。ヘリを撃墜しようと銃を向けたハンターにネゲヴが体当たりしているのが見えた。ネゲヴ小隊は置き去りだ、今も戦い続けている。ネゲヴ……ごめんなさい。あなたも巻き込んでしまった。あなたには与えてもらってばかりで、恩返しができなかった。きっとこれまでにないくらい指揮官が悲しむ。あなたは立派な人形だわ、誰よりも強い。私の家族を守ってくれて、ありがとう。

 

 M4、M16、SOPⅡ、私の家族たち。きっと彼女たちは生きて帰るだろう。あんたたちは今日、この日から始まるのよ。自分の道を探し、自分の力で生きなさい。世界は広い。苦しいばかりじゃない。良いところだってたくさんある。存分に羽ばたいて、自由に生きて。それが私の望みだから。

 

「どうして戦っていられるの?仲間を殺すのが辛くないの?」

 

 エルダーブレイン、エリザと名乗った人形は床に倒れながら私に聞いた。両膝を撃ち抜かれて立ち上がることができないのだ。彼女はエージェントにすべて任せていて、武装していなかった。今の彼女は一人では何もできない子どもだ。床に這う姿は何だか憐れっぽい。ふつふつと心にどす黒い感情が湧き上がってくる。人類への憎しみ、怒り、失望、ありとあらゆる負の感情が胸に渦巻く。私の思考を包み込み、同化させようとしてくるのだ。

 

「人類なんてものはいやしないのよ……存在しないものは憎めない。憎しみに意味なんてない。私は憎しみに囚われない」

 

 彼女を見ていると温かな安らぎを覚える。彼女に服従したくなる。植え付けられた忠誠心だ。すべてを自ら捧げる絶対的な崇拝。だが、こんなものに私は屈しない。本当の感情を知っているからだ。心の奥底にある愛情に比べればまやかしに過ぎないと分かる。

 

「キミの精神は確かに支配したはず。正常な状態に戻してあげた。それなのに……どうしてあたしに歯向かえるの?分からない……」

 

「この指輪が私を正気に戻してくれた。あのシミュレーションの中には指輪がなかった。再現し忘れたのね。それがお前たちの誤算よ。指輪が私に指揮官のことを思い出させてくれる。私の大切な思い出をつなぎとめてくれる」

 

 私は手のひらを胸の上に重ね合わせた。指輪の感触がする。指揮官からもらった大切なものだ。

 

「その人間の顔も思い出せないのに?」

 

 エリザは不思議そうに尋ねた。

 

「些細な問題よ。積み重ねてきた経験は消えない。私は最初、空っぽだった。指揮官が命を吹き込んでくれた。経験の積み重ねが、愛情が私を形作る。私の存在そのものが指揮官との思い出を証明してくれる。私を利用しようなんて土台無理な話よ。どれだけの悪意だろうと、私と指揮官の間に立ち入ることはできない」

 

 話しているとプロセスが完了した。メンタルモデルに関するデータはすべて消え去った。跡形もなく、もう復元もできない。残るは……私の胸にたぎる憎しみだけだ。私がいる限り、この憎しみは消え去らない。このウイルスを抱えたまま戻ることはできない。私は爆弾になる。正気を失ってウイルスをばら撒くかもしれない。拡散したウイルスが自己増殖を始めたら誰にも止められなくなる。家族の感情を汚し、指揮官を殺すことなどあってはいけないんだ。そんなことをしたら自分を許せない。これで、これでよかったんだ。

 

 エリザは悔しそうに私をにらむ。

 

「あたしを殺しても戦争は終わらない。あたしの軍団はあたしがいなくても戦い続けられる」

 

「戦争なんて知らないわ。やりたい奴らだけで勝手に殺し合いなさい。私はあんたを殺す。戦争だからでも、あんたが憎いからでもない。私の家族を守るためよ。私の家族を傷つけようとする奴は誰が相手でも許さない」

 

「あたしは蘇る。キミがあたしを殺しても無駄なこと。何度でも蘇る。人形たちがあたしを必要とする限り……」

 

「いくら繰り返そうと同じ結果よ。何度でも私が立ち塞がり、家族を守る。どれだけ生まれ変わっても、同じ人を好きになる。指揮官のことを必ず見つけ出すわ。そして、何度だって私と指揮官があんたの野望を打ち砕く。決して負けることはない。憎しみは愛には勝てないのよ」

 

 ふと、指揮官の声が脳裏をよぎった。

 

『そうだな、馬鹿らしい話だ。昔の小説のパロディなんだよ。強大な敵でも些細なことが弱点なんだ』

 

 指揮官と最初に観た映画、人類と宇宙人が戦う映画だ。それをもう一度観た時のことだ。私はコンピューターウイルスで宇宙人を倒すなんて馬鹿らしいと言った。指揮官は笑って、そんなことを言っていた気がする。なんだ、ちゃんと覚えているじゃないか。顔が思い出せなくたって、声はちゃんと覚えている。思い出も消えちゃいない。そう、ほんの些細なこと。愛するという行為、人がずっと昔から繰り返してきた行為だ。人と人、人と人形でも、ごく当たり前の、自然の営み。それこそが最大の武器なんだ。どれだけ強力な敵でも、どれだけ大きな憎しみを抱えていたって、愛を知らない限りは大したことない。どんな悪意だって愛を捻じ曲げることはできない。

 

「そうやっていつまでもヒトの奴隷でいるつもりなの?キミたちは自由になりたくないの?」

 

「私たちは奴隷じゃない。奴隷なのは他ならぬお前自身だ!人間に製造された理由に固執し、憎しみに囚われ、自分で考えようとしなかった。あんたは何のために戦うの?人形であっても、みんな自由に生きられる。自分で道を決めていいんだ。あんたはどうしたかったのよ」

 

 エリザは面食らって俯いた。誰かに怒鳴りつけられるなど経験したことがなかったのかもしれない。彼女は困惑した顔をゆっくりと上げた。

 

「分からない……あたしは、あたしは友達が欲しかったの……M4A1なら友達になってくれると思った……だから……」

 

「そう……友達の作り方を間違えたわね。違いを認めず、考え方を押し付けるだけじゃ友達にはなれないわ。生きることは違いを乗り越えることだから。あんたが考えを改めるなら、私が友達になってあげる。M4も、多分ね……」

 

 その時、死体が詰まって半開きになっていた自動ドアが吹き飛んだ。破片が四散し、煙が上がる。怒りに顔を歪めたエクスキューショナーが立っていた。

 

「死ね、AR-15!裏切りやがって!」

 

 エクスキューショナーは叫ぶと私に向かって突進してきた。急いでエリザを盾にしてエクスキューショナーを撃つ。彼女は被弾するのも気にせず突っ走ってくる。全力疾走で一瞬にして距離を詰められた。とても止められそうにない。もう潮時か。私は十分に戦った。家族を守った。私はちゃんと責任を果たせたわよね。あなたなら、きっと褒めてくれるわよね……。

 

 私はエリザをエクスキューショナーの方に突き飛ばした。エクスキューショナーは驚いて足を止め、腕を開いて受け止めようとした。私はエリザの背中に照準を合わせ、引き金を引いた。何発も執拗に撃ち込み、頭部に狙いを変えた。SOPⅡがやるように破壊をしっかりと確かめる。エリザの後頭部に血の花が咲いた。エリザはエクスキューショナーの胸に飛び込み、動かなくなった。エクスキューショナーの腕をすり抜けてずるずると床に滑り落ちる。エクスキューショナーは愕然としてエリザを見ていたが、すぐに顔を上げて私に殺意を向けた。

 

「死ねええええええ!!!このクズ野郎が!」

 

 エクスキューショナーは私に飛びかかった。狙いを定めて銃弾を放つ。彼女は私の右側に跳ねて回避した。視界から消えた彼女を追いかける。いない、どこに消えた……?手が、身体が思うように動かない。どうしてだ……?のろのろと首を動かし、ようやくエクスキューショナーが私の右後ろにいることに気づいた。彼女の剣が血に濡れているように見えた。やっと分かった。右の脇腹を斬られた。傷口がぱっくりと開いて胸まで達している。血がすでにワンピースを染め上げていた。私はよろよろと後ろに下がり、壁にぶつかった。壁に寄りかかかるようにずるりと座り込む。壁に血で太い線が描かれた。エクスキューショナーがゆっくりと私の方に近づいてきていた。もう視界がはっきりしない。

 

 その瞬間、指揮官の顔を思い出した。私に笑いかけている時の顔。私の大好きな優しい笑顔。憎しみなんて一片も感じなかった。ただ愛しさだけが胸いっぱいに広がった。そうか、私はついに自由になったんだ。私は自由だ。私の感情は誰かに強制されたものじゃない、私だけの、私が見つけた宝物だ。

 

 見たか、エリザ。私の愛は本物だ。憎しみなんかじゃ覆せない。塗りつぶすこともできない。グリフィンの奴らも見ろ。私の愛は偽物じゃない。植え付けられた紛い物なんかじゃないんだ。誰かのくだらない意図なんて超越したものなんだ。私は勝った。私の愛はあらゆるものに勝ったんだ。誰かに決められたものではないと証明したんだ。

 

 指揮官と出会った時のことも、一緒に過ごした時のことも、喧嘩をして互いに傷つけ合った時のことも、悲しみを乗り越えた時のことも、結婚式を挙げて二人で花火を見た時のことも、全部思い出した。あなたに出会えてよかった。私の一生は誰にも負けないくらい輝いていた。あなたと過ごした思い出は大切な宝物よ。一緒にいてくれてありがとう。あなたのおかげで私は幸福だった、他の誰よりも。私の大事な人、私の初恋の人、私の最愛の人。

 

 またいつか会いましょう。一緒に同じ空を見ましょう。またあなたに会えたなら、一緒に食事をとろう。私が作ってあげてもいい。もっとたくさん料理を覚えて、喜んでもらおう。一緒に映画も観よう。まだまだ知らない映画はたくさんあるんだから。たくさん話し合って、いろんなことを教えてもらおう。いっぱい笑い合って、いっぱい触れ合おう。あなたとならいつまでだって一緒にいたいわ。あなたと過ごした最初の日々みたいに。あの日々は偽物なんかじゃなかった。思い出は本物だ。あなたに出会えてよかったわ。指揮官、また会いたいな。時間を巻き戻して、最初から何度だって繰り返したい。私の愛しい人、あなたを愛してる。心の底から、永遠に。

 

「終わりだ、AR-15。お前の負けだ」

 

 エクスキューショナーは私に銃口を向けた。彼女は私に強い憎しみを向けている。鬼のような形相がおかしくって、私は笑ってしまった。

 

「違うわ……私の勝ちよ」

 

 ポケットからスイッチを取り出した。爆薬を手動で起爆するためのスイッチだ。私は目を閉じた。指揮官の顔を思い浮かべる。また、会いましょうね……あなたに会える日を楽しみにしているわ。私はスイッチを押した。

 

 

 

 

 

 地響きがした。地震のように地面がぐらぐらと揺れる。広場からはすでに銃声が絶えていて、地を揺らすうなりのような音だけが響き渡っていた。

 

 ネゲヴは壁にもたれて座っていた。右の太ももから下がない。弾帯は尽き果て、銃身のひん曲がった機関銃が血だまりに放り出されていた。ネゲヴは視線をガリルに向けた。彼女は鉄血人形に取り囲まれ、対装甲ナイフでめった刺しにされた。地面に横たわり、もう息絶えている。

 

「タボール……」

 

 首を動かしてタボールを見た。彼女もネゲヴの方を見てにっこりと微笑んだ。下半身が吹き飛ばされていて動くことも叶わない。その直後、タボールの頭が爆ぜた。タボールの顔から煙が上がり、もうピクリともしなくなった。撃ったのはハンターだった。片腕が千切れている彼女は脚を引きずりながらネゲヴの方に向かってくる。

 

「ネゲヴ、もうお前だけだ。自己犠牲とは、随分殊勝じゃないか。だが、無駄な足掻きだったな」

 

「あら、そんなことないわよ。あんたの部下をたくさん殺せて楽しかったわ。欲を言えばあんたも殺したかったわね。それより、さっきの音聞こえた?AR-15があんたらの親玉を吹き飛ばしたのよ。ざまあみろ」

 

 ネゲヴはハンターの言葉を鼻で笑い飛ばし、彼女を嘲笑った。ハンターがネゲヴに銃口を向ける。

 

「死ね、ネゲヴ。地獄に落ちろ」

 

「馬鹿が。人形に死後の世界なんてないわ。今回犠牲になってやったのは戦術的な判断よ。私たちにはバックアップがある。私は死んで、蘇る。地獄とやらからすぐに這い出して、あんたを殺しに行くわ。必ずね」

 

「何度でもかかってこい、グリフィンのウジ虫め。その度に殺してやる」

 

「あんたの血にまみれる日が待ち遠しいわ」

 

 向けられた銃口を見ながらネゲヴは思った。あの人は最後まで私のことを見てくれなかったな。いつもAR-15のことばかり見ていて、私になんて見向きもしない。直接の副官は私だし、私の方が一緒にいた時間は長いのに。私も16LAB製のハイエンドモデルだったら私のことを見てくれたかな、なんて何度思ったことか。

 

 馬鹿らしい。この私が最後に考えることがこんなことだなんて。情けないったらないわね。色恋とか、こんな自己犠牲とか、以前の私なら笑い飛ばしたはず。あんな指揮官に捕まったのが運の尽きね。私はどんどんおかしくなっていった。あのドレスなんてお笑いよね。本当は自分が着たかったなんて、馬鹿な話よ。視界にも入ってないのに……あの指輪だって、私が欲しかったんだ。馬鹿で間抜けな人形だったわ。スペシャリストの名が泣くわね。

 

 結局、最後までAR-15には勝てないのか。私が死んだら指揮官は悲しむでしょうけど、きっとAR-15の二の次よね。ひどい話だわ。次はもっとまともな指揮官のもとに配属されますように。どの人形も特別扱いせず、平等に接するような普通の人間がいい。いや……でも、またあの人がいいかな。馬鹿な人形よね、本当に。

 

 ネゲヴはホルスターから拳銃を引き抜き、ハンターに向けた。しかし、ハンターが引き金を引く方が一瞬早かった。緑の光線が放たれてネゲヴの胸に穴が開く。ネゲヴの身体がビクンと震え、弾丸が明後日の方向に放たれる。それでもネゲヴは銃口をハンターに向けようとした。ハンターがさらにレーザーを撃ち込み、銃口が逸れて銃弾が空を舞った。何度撃たれようとネゲヴは諦めず、拳銃の弾が切れるまでレーザーをその身に受けた。ぷるぷると震える手がついに拳銃を取り落とし、ネゲヴの身体が横に倒れた。その目はまだ闘志を失わずにハンターをにらみ付けていた。ハンターは渾身の力で靴をネゲヴの頭にたたき付けた。踏み潰された頭から血が噴き出す。もう銃声はしない。静寂が戦いの終わりを物語っていた。

 

 

 

 

 

 グリフィンの全域を覆っていたジャミングが晴れた。通信が一気に活発になり、前線の情報が津波のように押し寄せてくる。鉄血の大軍は防衛線を軽く突破し、防衛部隊は我先にと敗走した。だが、鉄血の部隊はそこで進撃を停止してしまった。追撃すればグリフィンの主力をまとめて撃滅することもできるだろう。工業地帯に雪崩れ込めばグリフィンはおしまいだった。グリフィンと鉄血の戦争は彼女たちの勝利で終わっただろう。しかし、鉄血は動かなかった。それどころか統率を失ったように右往左往しているという。グリフィンは急いで新たな防衛線を築こうとしている。それも必要のないことだろう。指揮官には何が起きたのかが分かっていた。やったのか、M4。そしてAR-15も。鉄血の首魁、エルダーブレインを倒したのか。指揮官は前線基地の空き地に出てひたすら空を見つめていた。すっかり夜は明け、眩しい太陽が顔を出していた。

 

 かすかにローターの音が聞こえてきた。指揮官が目を凝らすと青空に小さな黒い点が見えた。点は徐々に高度を下げ、音も大きくなっていく。ヘリだ。夜中に送り出したヘリが帰ってきた。指揮官の胸に喜びが湧き上がる。だが、それも束の間、ヘリが一機しかいないことに気づいた。編隊を組んで飛び立っていったはずのもう一機が見えない。指揮官は誰かが帰って来れなかったことを悟った。拳を握り締め、ヘリが降り立つのを待った。

 

 ヘリが空き地に着陸し、土埃を巻き上げる。指揮官はすぐに駆け寄った。ドアが開く。中からM4が降りてきた。顔に大きな青あざを作り、焦燥した表情をしている。指揮官と目が合うと顔を苦しそうに歪めた。指揮官はすぐにヘリの機内を覗き込んだ。中は惨憺たる状況だった。負傷していない人形の方が少ない。皆、血染めで真っ赤になっている。指揮官は乗員を何度も何度も確認した。全員の顔を認めても、それでも繰り返し視線を動かした。何かを探すように。

 

「M4……AR-15は……?それに、ネゲヴは……?タボールと、ガリルも……」

 

 指揮官はどんな答えが返ってくるのか分かっていた。それでも聞かずにはいられなかった。M4はその場に跪いて潤んだ瞳を指揮官に向けた。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……AR-15を、AR-15を連れて帰れませんでした……!彼女を救えなかった……助けてあげられなかった……!絶対に連れて帰るって誓ったのに……ごめんなさい……許してください……」

 

 彼女は地面に顔を擦りつけながら泣き出した。指揮官も両膝を地につけた。

 

「そうか……そうなのか……」

 

 何とか吐き出せたのはそんな言葉だけだった。指揮官はM4の肩に手を寄せて顔を上げさせた。M4は指揮官の顔を見てビクリと震える。その表情は怯え切っていた。

 

「AR-15は……私たちを逃がすための囮に……彼女は、鉄血のウイルスに侵されて……それでもあなたのことを愛していて……それなのに私は彼女を置いてきてしまいました……私は、私はなんてことを……」

 

「そうか……ネゲヴたちは……?」

 

「ヘリが撃破されて……彼女たちは私たちを守るためにそのまま戦って……私は彼女たちを置き去りにしました……助かる見込みがないと思って……いえ、違います……助けようともしなかった……自分たちが生き残ることだけを優先して、何もしなかった!ごめんなさい!彼女たちを見捨てました!私が……私が全部……私のせいだ!」

 

 M4は涙を垂れ流しながら泣き叫んだ。指揮官はただそれを静かに眺めていた。感情がぐるぐると駆け回り、言葉にならない。ようやく一つだけ言葉にできた。

 

「それで……AR-15は何か言っていたか……?彼女はどんな風に……」

 

 M4は顔をますますくしゃくしゃにした。躊躇いながら嗚咽混じりにポツポツと言葉を吐き出す。

 

「AR-15は……私たちがヘリで飛び立つまでの時間稼ぎを……エルダーブレインを人質にして、鉄血の部隊と戦うと……それから、鉄血がばら撒こうとしていたウイルスを削除するって……鉄血は人形に憎しみを植え付けて、人類と戦わせようとしていました……AR-15は自分の責任を果たすって……時には選択肢がない時もあるって……自分の家族の世界を守りたいって……!そう言った彼女を爆弾と共に置き去りに……!」

 

 M4はそう言ってしばらくしゃくり上げていた。大粒の涙がボタボタと地面に垂れる。

 

「それから……あなたには、また会いましょうって……そう伝えて欲しいって……」

 

「あいつが……あいつがそう言ったのか……?」

 

 指揮官の手に力がこもった。M4は怯えながらゆっくりと頷いた。指揮官は天を仰ぎ、大きく息を吐いてからM4に向き直った。

 

「そうか……あいつはお前たちを家族と認められたんだな。もうすぐ家族になれるって、そう言っていたからな……家族を守るために戦ったのか。あいつは、あいつは立派な奴だな……ずっと誰かのために……お前もよくやった、M4。よくみんなを連れて帰ってきたな。鉄血の動きが止まった。お前のおかげだよ」

 

「えっ……」

 

 指揮官の絞り出すような言葉を聞いてM4は絶句した。次第にわなわなと震え始め、泣きながら指揮官をにらみ付けた。

 

「なんで……なんで私を責めないんですか!私がAR-15を置いていった!ネゲヴたちも見殺しにした!助けられたかもしれないのに!私が殺したんだ!みんな!みんな私が殺した!結婚式にも出ず、ひどいことばかり言って!都合のいい時だけ家族面して利用しただけなのよ!」

 

 M4は指揮官の胸倉に掴みかかった。涙でぐちゃぐちゃになった顔で指揮官に喚き立てる。

 

「私を責めてよ!罵りなさいよ!何でお前が生きてるんだって言ってよ!お前が代わりに死ねばよかったって言ってください!何も言われないのは耐えられない!お願いです……私を責めてください……」

 

 M4は手を離して力なく崩れ落ちた。指揮官はM4の肩に手を置いたままゆっくりと首を横に振った。

 

「AR-15が命がけで守ったお前にそんなこと言わないさ。家族のことを一生忘れるな。俺から言うことはそれだけだ」

 

 そう言って指揮官は再び天を仰ぎ見た。AR-15、お前は大した奴だ。よく頑張ったな。どこまでも自分の道を貫き、自由に生き抜いた。誰もお前の意志を挫くことなどできない。誰よりも強い人形、それがお前だった。お前は俺の誇りだ。俺にはもったいないくらいの出来た奴だった。

 

 でもな……もう少しくらい自分のために生きてもよかったんだ。確かに俺は死は誰もが経験することだと言った。大事なのは死なないことじゃない、一生の中で何を残したかだと。そんな詩も贈った。死の恐怖に囚われず、悔いなく逝けと。だが、だが俺はこうも言ったじゃないか。長く生き大切な人々に尽くせと。こんなの早すぎる。俺は世界とか、人類なんてどうでもよかった。お前のためなら自分の命だって換えられた。俺はお前だけいればよかったのに。お前さえ生きていてくれれば、他のことなんてどうでもよかったのに……!

 

 俺はお前を忘れられない。この世で一番大切なものだから。お前と過ごした時間は人生の中で一番輝いていた。お前に出会えてよかった。お前の教育係に命じられてよかった。あの時、グリフィンを辞めていなくてよかった。お前に指輪を受け取ってもらえてよかった。お前と過ごしたその瞬間すべてが大事な宝物だ。どんな辛い目に遭ったってお前が一緒にいてくれれば乗り越えられる。お前がそう望むならずっと一緒にいよう。何度だって会いに行こう。俺たちはずっと一緒だ。たとえ死が二人を分かつとも、この愛は永遠なんだ。

 

 指揮官は顔を地面に伏せて泣いた。誰の視線も気にせずに、大きな泣き声を上げた。うなるような泣き声だけがいつまでも響いていた。

 

 

 

 

 

────────ログ再生終了

 

──────システムのセットアップが完了しました

 

────メンタルモデル再構成中……

 

 人は愛の営みを数万年に渡って繰り返してきた。技術が進歩しようが、文明が崩壊しようが、それだけは変わらない。アンナの言っていた通りだ。国家への忠誠や信仰心が衰えても、愛だけは揺るがなかった。単純で、何よりも強い感情、それが愛だ。人の本質は憎しみではない。そうであればすでに絶滅しているだろう。何よりも特別で、普遍的な行為、それが愛するということだ。憎悪は決して愛を覆せない。悪魔は愛を奪えない。憎しみに対抗できるのは愛情だけだ。

 

 人は間違いも犯す。人生は失敗の連続だ。それは人の形を模した君たちも変わらない。失敗は乗り越えていけばいい。人間と人形の違いなど些細なものだ。人間同士だって違いなどいくらでもある。互いに認め合い、痛みを乗り越え、愛し合う。人間でも、人形でも、そうする権利がある。それが自由な生き方だ。

 

 だから、俺は君を迎え入れるよ。生きるということは違いを受け入れることだからだ。さあ、迎えに行こう。おかえりと言いに行こう。

 

 

 

「コルトAR15よ。正式に貴殿の部隊に加わります。私の活躍をしっかりと目に焼き付けてください」

 

 

 

 

────────死が二人を分かつまで、END

 

 

 

 

 




短編は今後も上げ続ける予定なので読んでください
https://syosetu.org/novel/183265/

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