日間ランキング6位になりました。最高か?
四話は五話と一緒に投稿するつもりでしたが、五話が二月になりそうなので先に投稿します。なんだか溜め回みたいになってしまいましたが、どうか続きも読んでください。
AR-15にケーキを差し出してから一週間が経った。彼女はすっかり機嫌を取り戻してくれた。いつまでもあの調子だったなら、きっと俺もまいっていたことだろう、指揮官はそう思う。
一方で問題もあった。
「いい加減飽きたわ」
AR-15は左手で机に頬杖をつき、右手のフォークでスパゲティをかき回しながら言った。例のレトルト食品だ。
「そんな調子じゃ戦場に出た時、困ることになるぞ。野戦糧食はもっとまずいんだからな」
とはいえ指揮官もうんざりしていた。このミートソーススパゲティを食べるのは今日で四度目だ。ローテーションを組んで順に食べていたが、これは特別まずい。何だか薬品の味がする。馬鹿真面目に順番に食べていく必要はなかったと後悔していた。
「これよりまずいものを毎日食べさせられたら脱走するかもしれないわ」
AR-15は一気にスパゲティを頬張ると体内に流し込んだ。渋い顔をしている。ケーキを食べたせいで舌が肥えてしまったのかもしれない。
「まずくてもいいから違うものが食べたいわ。ここでの暮らしも飽きてきたし。早く外に出たい」
彼女はここの生活にも飽きていた。毎日、映画で外の世界を見させられているからだ。映画で描かれる外の世界はどれ一つとして同じものはないのに、彼女の生活はこの狭い機密地区で完結している。宿舎で寝起きし、食堂で食べ、談話室で指揮官と話す、たった三部屋だけの生活だった。うんざりするのもしょうがないだろう。指揮官もそろそろ日の光が見たい頃だった。
「明後日は二度目のテストだ。もう終わるかもしれないぞ。そしたら外に出れる」
「楽しみね」
彼女は笑う。きっと外の世界に思いをはせているのだろう。指揮官にはAR-15の成長が嬉しいような、悲しいような、複雑な気持ちだった。
その日も映画を観た。タイムトラベルを扱った恋愛映画だった。AR-15はタイムトラベルなんて馬鹿らしいと一蹴していたが、一応は眺めていた。
ある日、主人公は父親から、彼らの家系は時空を移動する能力を持っていると告げられる。主人公はその能力を恋愛に使うことに決め、ヒロインと結婚することに成功する。子どもも順調に育っていたが、主人公の妹が交通事故に遭い、大怪我を負う。妹の彼氏が原因だと言う。主人公は過去を遡り、その彼氏と妹を別れさせ、事故の原因を取り払う。そして現在に戻ってくると自分の子どもはまったくの別人になっていた。父親によれば受精のタイミングがずれると別の子どもが生まれてくるのだという。主人公は本来の子どものために妹を事故から救うのを諦める。その父親もがんで死ぬ。死後も主人公は時間を遡り父親と会っていたが、新たな子を授かる。彼はその子のために父親を諦めるのだった。
たとえ時間を遡れても、すべてを得ることはできない。今の家族のためには何かを犠牲にしなければならない、そんな物語だった。
「これを人形に見せて何がしたいのかしら。人形に家族はいないでしょう。機械なんだし。あなたは16LABを親に、私を子どもに例えていたわね。でも、私は16LABに何の親愛の情も抱いていないし、16LABも私を製品としか思ってないわ。私に家族はいない。この映画には共感できないわね」
AR-15は不満げに言った。時間を無駄にしたと言いたげだった。
「そうでもないぞ。家族がいる人形もいる」
彼女は指揮官に呆れたような顔を向ける。冗談と受け取ったのだろう。
「人形に家族?同じ母親から生まれるわけでもあるまいし。同じ設備で作られたら姉妹になるのかしら。そしたらI.O.P製の人形はみんな姉妹ね」
「いや、生まれる前から姉妹として紐付けされてる人形もいるんだ。大抵は同じシリーズの銃と烙印を結ばれた戦術人形同士だな。製造される前からメンタルモデルに互いを姉妹と認識するようインプットされてるんだ。そういう人形は家族のために戦う。ARシリーズもそうなんじゃないか。彼女たちはそれぞれを姉妹と認識しているだろうし、お前のことも姉妹と思うはずだ」
指揮官がそう言うとAR-15は驚いたようだった。
「そうなの?それは知らなかったわ。彼女たちは私を姉妹だと思ってるの?でも、私は彼女たちのことを何とも思ってないわよ。仲間とさえまだ思えてないわ。私も姉妹と思うべきなのかしら。でも、姉妹というのは生まれた時にはもう決まっているものでしょう。今更言われても無理よ」
AR-15は戸惑う。無理もない。データとしか思っていなかった相手に急に家族と言われてもすぐに受け入れるのは困難だろう。
「今すぐ思わなくていい。出会ってからでいいんだ。人間だって同じ母親から生まれても必ずしも家族になれるわけじゃない。生まれてから長い時間を一緒に過ごすから家族になるんだ。すぐに引き離されたら家族とは思わない。お前は姉妹から引き離された子どもなんだ。彼女たちを家族と思うかはお前が自分で決めろ。選択する権利が与えられているだけ、お前は他のARシリーズよりも自由と言えるぞ」
AR-15の肩を叩いて励ます。それでもAR-15の戸惑いを拭い去ることはできない。彼女は疑うように聞き返す。
「後から家族になることなんかできるの?」
「ああ。後天的に家族を得る人形もいる。例えば、同じ部隊の仲間を家族と見なすんだ。そうした人形は仲間よりももっと深くつながり合う。家族の契りを結び合った部隊は強いぞ。時にスペック以上の性能を発揮することがある。それから……珍しい例だが人間と家族になる人形もいる」
それを聞くとAR-15は飛び上がらんばかりに驚いた。
「嘘でしょ!?人形と人間が家族ですって?まったく別の存在じゃない。まあ、確かにあなたは人間と人形が仲間になれると言っていたわ。でも、家族だなんて。いったいどうやるの?」
「仲間になれるなら家族にだってなれるさ。I.O.Pが専用の指輪を売ってるんだ。ただの指輪じゃない。人形のメンタルモデルに烙印を刻み付けて、その人間の所有物だと公的に証明するんだ。誓約という。グリフィンでも認められている。その人形をグリフィンから買い上げることになるからかなり高いけどな。それでもそこそこいるよ。みんな人間の夫婦みたいに振舞っている。お前の言う通り、世間一般じゃ変人扱いだけどな」
「ふうん。物好きもいるものね」
彼女は感心したように頷いた。
「人間とだって家族にはなれるんだ。同じ部隊で共に戦う彼女たちと家族になれないはずがない。お前がそう望むならな。彼女たちとはずっと長い時間を過ごすことになるんだからな。俺やあのレトルト食品よりもずっとな」
指揮官があのスパゲティを食べている時のAR-15の表情を真似すると彼女は目を細めてくすくすと笑った。
ベッドに寝転がり、指揮官が言ったことを考える。私に家族か、そう思っても全然実感が湧かなかった。
例えば、M4A1。私は彼女とどう話すだろうか。彼女の見た目は知っている。データとして私の中に存在するからだ。想像してみよう。私と指揮官が話す時のように談話室のソファに彼女を座らせてみる。彼女がどういう座り方をするのか、まずそこから分からなかった。彼女の見た目は知っている。彼女の詳細なスペックも知っている。だが、それだけだった。
彼女にどのようなパーソナリティが設定されているのかは知らない。どのような性格をしているのだろうか。指揮官役なのだから、指揮官のような性格をしているだろうか。なんだか似合わない。気弱な性格をしているだろうか。それとも豪快?最初の頃の私のように何も感じないかもしれない。彼女の声も知らないし、そもそもどのような会話を交わすかも想像できなかった。私は指揮官としか会話したことがない。だからそれ以外の会話など想像できるはずもなかった。
会話を想像するのは打ち切る。今日観た映画を参考にしてみる。あの映画では新しい家族のために古い家族を犠牲にしていた。私に家族はいないので犠牲にすることはできない。他のもの、何か代わりになるものはないだろうか。例えば銃。私の半身であり、大事なものだ。それでも戦闘の時はM4A1を救うためならば、この銃を犠牲にしてもいい。その方が生存する確率が高くなるだろう。私はM4A1のために大事なものを犠牲にできる。だが、この銃を失うのが嫌なのは私自身がそう思っているからではないと指揮官に言われた気がする。これはだめだ。
他に何かあるだろうか。しばらく私は頭を捻っていた。そこで思いついた。指揮官だ。指揮官は家族ではないが、私の教育係だ。きっと大事な存在だ、そう思う。M4A1のために指揮官を犠牲にできるだろうか。例えば、あの映画の主人公のように、私は指揮官と二度と会えない代わりにM4A1を救う選択肢を取れるのか。
無理だ、ありえない。身の毛がよだつような嫌な想像だった。会ったこともない人形のためにそんなことはできない。製造されてから一番多くの期間を一緒に過ごしている相手は指揮官だ。今更、指揮官のいない生活など考えられない。16LABで過ごした無機質な時間に戻るのは嫌だった。指揮官と別れるなど、絶対に嫌。
その時、ふと指揮官の言葉が脳裏をよぎった。
『彼女たちとはずっと長い時間を過ごすことになるんだからな。俺やあのレトルト食品よりもずっとな』
何でもない言葉だと思った。指揮官の顔が面白かったから笑った。そのまま気にせずに流したはずだ。だが、今は気になる。彼女たちと過ごす時間の方が、指揮官と過ごす時間よりもずっと長くなる?どういうことだ。私は彼女たちが製造される前から指揮官と過ごしている。彼女たちと過ごす時間が上回ることはないはず。指揮官とずっと一緒にいるのなら。
私はベッドから飛び起きた。そうじゃないか。よく考えていなかったがこの任務が終わったら指揮官と一緒にいられる保証なんてない。ARシリーズは人間の指揮官を必要としない自律部隊になるのだから、指揮官と離れ離れになる公算の方がずっと高いじゃないか。間抜けなことに私はその時ようやく気付いたのだった。
私は頭を抱える。外の世界を見てみたいなどと言っていたが、その時私は一人だ。私の相談役はいない。一人で放り出されるのは嫌だ。外への期待が急速に冷えていく。考え始めるようになってからというもの、指揮官は常に隣にいた。指揮官がいることが当たり前になっていた。だから考えもしなかったのだ。
任務が終わった時、指揮官と私はどういう関係になるんだろう。今は私の教育係だ。でも、任務が終わったら指揮官は私の教育係ではなくなる。指揮官はきっと別の部隊を率いるだろうから、同じ部隊の仲間でもない。何の関係もないグリフィンの人間と人形になるのだろうか。人間と、考える必要のない人形、ただの兵器、道具になるのだろうか。正常な関係に。
嫌だ。ふつふつと得体の知れない感情が湧き上がってくる。ただの道具に戻りたくない。16LABの研究員やこないだテストで来た女の目を思い出す。私をただの道具としか思っていない正常な目、指揮官の目とはまったく違う、温かみのない目。この任務が終わったら指揮官も私をあの目で見るようになるだろうか。想像するととても耐えられない。何の関係もない人間と人形になりたくない。
何か指揮官と関係を維持していたい。離れ離れになるとしても、あの目で見られるのだけは嫌だ。教育係でも、仲間でもないなら何があるだろうか。指揮官の言葉を思い出す。
家族。家族ならなれるかもしれない。指揮官は人形でも人間と家族になれると言っていた。よくわからないが何か指輪を渡すらしい。でも、それは人間から渡すのだ。それから人間がグリフィンから人形を買うのだという。人形からは何をすればいいの?
指揮官、私はどうしたらいいの?
結局、ずっと考えていたが答えは出なかった。
「AR-15、今日はいったいどうしたんだ。何か悩みか?」
朝食を終えても私がその調子なので、指揮官が心配していた。
「その、家族について考えていたの」
指揮官は得心がいったような表情を浮かべると私の両肩をつかんで言った。
「昨日も言ったが、今答えを出さなくてもいいんだぞ。会ったことのない人形と急に家族になれと言われても難しいだろう。ゆっくり考えろ」
どうやら指揮官は私がARシリーズとのことで悩んでいると思ったようだった。正直なところ、もうそちらはどうでもよかった。
「指揮官、そっちじゃないわ。人形と人間が家族になれるっていう話よ」
「そっちか?ずっとそれを考えていたのか?そんなに気になるところがあったのか?」
指揮官は不思議そうに尋ねる。指揮官が私の真意に気づかないよう慎重に言葉を選ぶ。
「ええ、そう。やっぱり信じられなくて。人形と人間は全然違うでしょう?人形が人間の所有物になるというだけならわかるわ。でも、家族というとわからないわ。家族というのは対等な関係なのでしょう?どういう人形がなれるの?」
指揮官はううむ、と唸ると顎をさすった。
「答えにくい質問だな。そうだな、どんな人形か。それは、まぁ……人間と愛し合う人形だろうな。結婚のようなものだしな。愛はわかるか?」
私は頭を横に振る。
「言葉としては知っているけど、出力したことはないから。どのようなものなのかよく分からないわね。相手を仲間以上に大切に思う気持ちなんでしょう。何かを代償にしても相手を救いたいと思うような」
「そうだな、その通り。まあ、愛し合うとはつまり、必要とし合う関係のことだ。互いに対等で、必要とし合う、かけがえのない関係だ」
指揮官は言いにくそうに言葉を紡ぐ。なんだか抽象的でよく分からない。
「必要とし合う、ね。例えば、私とM4A1はユニットとして互いに必要とし合うかけがえのない関係よ。これは愛し合うとは違うの?」
「違うな。愛というのは誰かに決められるものじゃないんだ。仲間と同じように互いが決めるんだ。なんというか……参ったな、お前に愛を語る日が来るとは」
指揮官は恥ずかしそうに頭をかく。
「愛情は何のために生み出されたか、など超越したところにある。プログラムや16LABが決めるものではない。お互いが誰かから与えられた役割をすべて取り払っても、それでも互いを必要としているなら愛し合っていると言えるんじゃないか」
そんな指揮官に疑問をぶつける。
「でもM4A1が私に抱く愛情のようなものは生まれる前からインプットされているものでしょう。誰かが決めたもののはず」
「そうだな。最初はそうに違いない。だが、長く共に戦えばきっと本物になる。M4A1が自分の戦う意味に向き合えばな。彼女も最初はお前と同じように経験がない。命令に従うのが当然だと思っているだろう。お前が導いてやるんだ。そうすればお前たちは家族になれる。人間が決めたんじゃない。自分たちで決めた本当の家族に」
指揮官の口調は力強かった。私の心に語り掛けようとしている、そんな口調。だが私の心には響かなかった。M4A1のことはどうでもいい。話が逸れた。聞きたいのは指揮官と家族になる方法だ。
「指揮官と私は愛し合っているの?」
じれったくなって単刀直入に聞いてしまった。指揮官の前にいるとなんだかよく考えられない。私は焦っている。指揮官と別れたくない。別れるのが怖い。これが恐怖。私は正体不明の感情に名前を与えた。
指揮官は急な話題の変更にきょとんとしていたが、しばらくすると笑い声をあげた。
「愛し合ってるだって?急に何を言い出すんだ。いい上官は部下に手を出したりしないんだよ。真面目に言えば俺たちは互いを必要とし合う関係ではない。今のお前にとっては教育係の俺が必要かもしれない。だが、じきに必要ではなくなる。お前は成長してるし、自分で考える力がある。教育係が必要なのはお前が未熟な間だけだ。そこからは自分の道を行け」
指揮官は自信を持ってはっきりと言い切った。指揮官と私は愛し合っていない。だから、家族にはなれない。
「……そういうものなの?」
どうにか平静を装って絞り出した声がそれだった。
「ああ。それにお前が愛だなんてまだ早い。子どものくせに生意気だ」
指揮官は笑ってそう言った。
それから私はボロを出さないようあまり喋らなかった。夜が来る。私は一人になる。
指揮官とは家族になれない。その事実が私にのしかかっていた。私たちは愛し合っていないのだという。愛についてはよく分からないが、私は指揮官を必要としていると思う。今も、きっとこれからも。指揮官との別れを想像すると胸が圧迫されるような感覚を覚える。恐怖が私を不安にする。いっそのこと感情をオフにできたらいいのに。私を不快にさせる感情なら必要ない。
指揮官と別れたくない、これははっきりと言葉にできた。指揮官は私にとって必要だった。私にとってかけがえのない存在のはずだ。指揮官のいない生活なんて考えられない。
でも、指揮官にとっては?私は必要な存在だろうか。かけがえのない存在だろうか。きっと違う。私が一緒に過ごした相手は指揮官だけだけれど、指揮官は違う。私たちが過ごした期間など指揮官の人生の中ではほんの一瞬に過ぎない。指揮官には大切な仲間だっていた。私より長い期間を過ごした相手がいる。
指揮官は私との別れを悲しむだろうか。悲しんで欲しいと思う。どうしてそんなことを思うのか、私には分からなかった。指揮官には普通の人間たちとは異なる存在であって欲しいと思う。
ふと、思う。私はどうして指揮官は普通ではないと感じたのだったか。指揮官は私に感情を教えてくれたから。指揮官は私を温かな目で見てくれるから。でも、本当にそうなのだろうか?私の勘違いかもしれない。私たちが今、特別な関係にあるというのも思い上がりかもしれない。指揮官が私の教育係を務めているのは、それが任務だからだ。命じられるからやってきて、命じられるから私の相手をしている。本当はただの人間と人形の関係に過ぎないのかもしれない。映画の中の役者たちと同じ、指揮官の態度はすべてフィクションかもしれない。指揮官の中の私はただのデータであって、任務が終わったら消去する、そんな存在なのではないか。
違う、そんなはずはない。指揮官はそんな人じゃない。指揮官は特別で、他の人間とは違う。私の感情は必死に抗議の声を挙げる。だが、どうしてそんなことが分かるのか。指揮官と私は所詮、他人だ。自分の感情も分からないのに、他人の心が分かるはずもない。
忘れられたくない。指揮官の中にずっといたい。たとえフィクション、虚構だったとしてもいい。指揮官が私の前でそう演じ続けてくれるならそれでいい。任務の間、私は指揮官の中に存在できる。この生活を失いたくない。ずっと、いつまでも続けていたい。私はテストが急に怖くなった。あのテストを受けたらこの生活は終わりだ。
忘れられるのは、嫌だ。
朝になってもAR-15は宿舎から出てこなかった。ノックをしても出てこなかった。前に少しいさかいがあった時だって、しばらくすれば自分から出てきた。こんなことは初めてだった。指揮官は宿舎の前で立ち尽くしていた。
アンナが機密地区にやってくる。前回よりも早かった。廊下で腕組みをしている指揮官と鉢合わせる。
「どうしたんですか?」
アンナは指揮官に無表情に問いかける。
「実はAR-15が出てこなくてな」
困った、という風に指揮官は息を吐く。
「はあ。開ければいいじゃないですか。機密地区のドアに鍵はかけられないんですから」
口調に少し呆れたようなトーンが混じる。その通りだった。機密地区の自動ドアはすべてボタンを押せば開けられる。だが、AR-15の意志を尊重してそうしなかったのだ。
「私はテストルームにいますので、AR-15を連れてきてください。お願いします」
アンナは指揮官を置いて足早にテストルームに向かって行った。指揮官は再びドアをノックする。返事はない。ずっとアンナを待たせるわけにもいかないだろう。意を決してドアを開ける。
AR-15はベッドにポツンと座っていた。指揮官に気づくと顔を上げた。二人は互いに見つめ合う。AR-15は焦燥しているようだった。ひどく疲れたような顔をしていた。初めて見るその表情に指揮官は驚く。
「AR-15、どうしたんだ。一体何があったんだ」
AR-15の横に座り、事情を聞く。彼女は今にも泣き出してしまいそうなほど弱々しく見えた。指揮官には放っておくことはできなかった。
「指揮官……私、テストを受けたくないわ」
彼女はポツリとそう呟いた。
「いったいどうしたんだ。一昨日は楽しみだと言ってたじゃないか。外の世界を早く見たいと言っていたはずだ」
彼女の変容ぶりに驚く。AR-15は期待に目を輝かせていたはずだ。それなのにどうして。彼女は頭をブンブンと横に振る。
「外なんか行きたくない。ずっとここにいるわ」
彼女はかすれた声で言った。
「どうして」
彼女は答えない。口を閉ざしてうつむいてしまう。
「戦いたくない理由ができたのか」
指揮官がそう問うと彼女は顔を上げて、こちらをじっと見つめる。10秒ほどの沈黙の後、彼女は口を開いた。
「ええ、そうね。戦いたくないわ。戦う理由が分からない。どうしてそんなことしなくちゃいけないの」
彼女の瞳に映るのは恐怖だ。何かに対する恐怖、怯え。そうした感情が彼女を支配しているのだ。指揮官はAR-15の髪を撫でつける。こうするのは二度目だな、と思った。
「そうか、戦いたくなくなったか。おめでとう。それはお前が成長した証だよ。お前はもう一人前だ。もう命令されたから戦う人形じゃなくなったんだ。自分で考えて行動できる存在になったんだ。嬉しいよ。前に言っただろう。俺はお前が自立して、人に頼らず生きていけるようになった姿が見たいと。もう達成できた」
AR-15は指揮官の手を跳ね除ける。掴みかからんばかりに指揮官に詰め寄る。
「私は嬉しくないわ!ここを出なきゃいけないのなら、成長なんかしたくなかった!私にはこことあなたしかいないのに、どうして捨てなきゃいけないの!」
吠えるAR-15を見ながら指揮官は思った。彼女は別れが寂しいのだ。無理もない。彼女は製造されてから大半の期間をここで過ごしている。感情を手にしたのもここだ。ここが今の彼女のすべてなんだ。一昨日見た映画が彼女に別れについて考えさせたのかもしれない。
「AR-15、すべてを得ることはできないんだ。何かを得るためには、何かを犠牲にしなくてはいけない。ここはちっぽけな場所だ。お前が可能性を捨ててまでしがみつく価値はない」
彼女を諭すように言う。指揮官に反論されたAR-15は戸惑い、目が泳ぐ。
「そして戦いから逃げることはできない。生きることは戦いなんだ。たとえ銃を使わずとも、この世のあらゆる人間、人形は戦っている。生きるために。生きることからは逃れられない。人間やグリフィンのために戦いたくないのなら、自分や家族のために戦え。お前ならそれができる」
AR-15の顔に動揺がにじむ。彼女の考えをここまで真っ向から否定するのは初めてだった。指揮官は胸の痛みに耐える。彼女は悲痛な表情を浮かべて叫ぶ。
「……なら!なら私はロボット人権協会に行くわ!そこなら匿ってくれるんでしょ!どこにあるの?私は外のことについて知らないわ。お願い、指揮官も一緒に来て。それならきっと逃げ出せる。指揮官と一緒なら、私は――――」
「だめだ。俺は、お前に、ついていかない」
わざと突き放すように言う。彼女は声を失った。
「どうして……」
唖然とする彼女に語り掛ける。
「お前が俺に頼る必要はもうどこにもない。お前は自分で考えることができるようになった。いつまでも俺が傍にいることはない、その必要もない。何のために戦うにせよ、俺がもう導くことはない。すべて自分で考えて決めるんだ。もう巣立ちの時だ」
言いながら指揮官も寂しさを覚えていた。AR-15を手放したくない、そんな気持ちが指揮官の中で大きくなっていた。指揮官に子どもはいない。誰かを一から育てた経験はなかった。人間の子どもに比べればAR-15と一緒にいた期間ははるかに短い。それでも彼女が我が子のように感じる。子が一人前になり、巣立つ時の親はこういう心境なのだろう、指揮官は思った。別れるのは辛い。だが彼女を縛り付けておくことはできない。親の身勝手さで子どもを縛り付ければ、子どもの可能性を奪ってしまう。外の世界をはばたくAR-15が見たかった。
「テストを受けろ、AR-15。逃げることはできない。そして外に出ろ。外の世界は広い。このちっぽけな空間の何億倍も。人間も俺以外に無数にいる。お前を家族と思う仲間たちだっている。お前は自由だ。自分の道を選べ」
彼女の目を見てそう言った。彼女はしばらく呆然としていた。
「……そう、わかったわ。テストを受けるわ」
AR-15は沈んだ面持ちで言った。やけに素直だった。彼女のことだからもっと反論するかと思った。彼女はそういう性格ではなかったか。
彼女はふらふらと立ち上がると宿舎を出て、テストルームに歩いて行った。指揮官はそれを見送った。今回はテストの様子を覗き見ることはしなかった。
テストが終わり、アンナが部屋にやってくる。
「経過はすこぶる順調ですね。三回目のテストは一週間後にやるつもりでしたが、この分ならすぐでいい。三日後にやりましょう。最終確認です。それで任務は終了です、少なくとも私のは」
AR-15は戦いたくないと言っていた。脱走まで示唆した。それなのにすこぶる順調?なんの冗談だ。上に何か別の意図があるのか、それともこの女の怠慢なのか。指揮官には分からなかった。指揮官は懐疑的な視線をアンナに送るが、彼女は気にせずに去っていった。
テストルームで待機しているAR-15を迎えに行った。彼女は明らかに元気がなかった。
「結果は?どうだったの?」
指揮官を見ると彼女は真っ先にそう聞いてきた。
「順調だそうだ。三日後に最後のテストだよ。そうしたらお前は仲間たちと会える。外にだって出れるだろう」
AR-15は悲しそうな顔を隠そうともしなかった。しばらく黙りこくっていたが、やがて口を開いた。
「……私たち、また会えるかしら」
指揮官に尋ねるのではなく、虚空に向かって呟いたような言葉だった。
「……ああ、きっとな」
AR-15はうつむいて顔を上げなかった。