死が二人を分かつまで【完結】   作:garry966

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お待たせしました。第五話になります。
これにて第一部完!(一度言ってみたかった)まだまだ続きます。
ようやく長い導入が終わり、本編に入れます。だって、ラブストーリーですもの。
今まで私事が忙しくて感想に返信できていませんでしたが、これからはボチボチ返信しようと思います。どうか感想をお願いします。


死が二人を分かつまで 第五話「機械仕掛けの思い出」

 私は指揮官と別れなければならない。指揮官は私との別れを望んでいるからだ。私は巣立つべきなのだと言う。新しい家族たちと道を歩むべきだと。でも、私はそんなこと望んでいない。家族なんていらない。外の世界だっていらない。可能性もいらない。指揮官だけいればいいのに。私の指揮官、私の教育係、私の相談役。

 

 でもそれは許されない。任務は終わる。指揮官とは離れ離れになる。戦いからは逃れられない。元の関係には戻れない。指揮官と家族になることもできない。指揮官は私を必要としていないからだ。ただの人間と人形の関係に戻るのだ。

 

 そう思うとたまらなく辛かった。指揮官に私の正直な気持ちを打ち明けたかった。頭を撫でて慰めて欲しい。私のすべてを肯定して欲しかった。でも、それは私の我がままだ。朝は指揮官を困らせた。これ以上駄々をこねれば指揮官に嫌われてしまうかもしれない。指揮官に嫌われるのは、離れ離れになるより辛かった。たとえ離れ離れになろうとも、指揮官にはまた会える。任務が終わっても指揮官はグリフィンにいるはずだからだ。きっとまた会える。元の関係には戻れなくても、指揮官はきっと私を優しい目で見てくれる。指揮官は私を忘れたりしない。きっと今と変わらずに接してくれる。だって、指揮官は優しい人だから。私はそう信じている。これが誰かを信じる気持ちか。私が経験する感情はどれも指揮官に対するものだ。私の心は指揮官に対する気持ちでいっぱいだった。何年も会えなくたって、絶対に忘れない。指揮官は私のすべてだから。

 

 今日はうまく指揮官と喋れなかった。あと三日で終わりだと言われて落ち込んでいた。あの女が三日後の朝に来るなら、指揮官といられるのはあと二日だけだ。せめて最後は楽しく過ごそう。次に指揮官と会った時、笑い合えるように。いつも通りに振舞って、指揮官と食事をとって、映画を一緒に観て、たくさん話し合おう。それが私にできる、最善のことなんだ。

 

 

 

 

 

「おはよう、指揮官」

 

「ああ、おはよう。AR-15」

 

 朝、私と指揮官は挨拶を交わす。別れるのはまだ悲しい。だが、そんな気持ちはひた隠しにした。私がずっと暗いままでは指揮官は困ってしまう。別れが嫌な思い出になるのは嫌だった。私は笑みを浮かべる。指揮官もそれを見て微笑んだ。二人で並んで食堂に向かう。指揮官が食堂の大きな冷蔵庫を開ける。いつも私は座って指揮官がレトルト食品を温めているのを待っていた。今日は冷蔵庫まで指揮官についていった。

 

「私、これがいいわ。これが食べたい」

 

 指揮官がレトルトパックを選び出している途中で私は一つのパックを手に取った。あのミートソーススパゲティだった。

 

「これを?まずいと言っていたじゃないか」

 

「いいの。そんな気分なのよ」

 

 指揮官はしょうがないな、と呟くともう一つ同じものを取り出した。二つのパックを電子レンジで温めている間も私は指揮官のそばにいた。指揮官が温め終わった二つをそれぞれ皿に出す。私と指揮官は自分の分を持っていつもの席に向かった。

 

「やっぱりまずいわ」

 

 スパゲティをフォークに巻いて口に運ぶ。匂いはおいしそうなのだが、舌に載せるとしびれるような感じがする。苦い後味がしばらく続く。出来の悪い合成食品だった。

 

「だから言ったじゃないか。わざわざこれを選ぶことはなかったんだ。この中だと一番まずい」

 

「そうね。本当にひどい。戦場で食べるものは本当にこれよりひどいの?」

 

「ああ、本当だ。兵站部の奴らは平気で賞味期限切れのものを出してくる。腐ってなければマシな方だな」

 

 指揮官はそれを思い出して顔をしかめる。

 

「そんなもの毎日食べさせられたら本当に死んじゃうかもしれないわね」

 

 私はスパゲティを口に運びながら、くすくすと笑った。やっぱりおいしくなかった。顔を歪める私を見て指揮官は笑った。そう、これでいい。最後は楽しく過ごすんだ。外でどんなおいしいものを食べたって、指揮官と一緒に食べたこのスパゲティには敵わない。また会えたならこれを一緒に食べよう。そのために明るいお別れにしよう。指揮官がまた私に会ってくれるように。

 

 

 

 

 

 朝食の後、いつも通り談話室に向かった。二人で同じソファに腰掛ける。指揮官と一番多くの時間を過ごしたのはこのソファかもしれない。

 

「今日はどうしようか。今更、命じられたものを観ることもあるまい。何か観たいものはあるか?」

 

 指揮官は立ち上がり、モニターを操作しながら私に聞いてくる。しばらく考えた後、いい答えを思いついた。

 

「最初に観た映画にしましょう。今ならあの時とは違った感想を抱くかもしれないわ」

 

 指揮官は頷いて、画面を操作する。それから私の隣に座った。思えばこの映画を観た時から私は変わり始めたんだ。戦う理由を見つけろと言われて困惑していた私に指揮官は自分の経験を話してくれた。そして自分で考えろと言った。それから私は考えることを始めた。自分の疑問を指揮官にぶつけ、いろいろな感情を生み出すようになった。私が生まれたのは16LABに製造された時じゃない、あの時に生まれたんだ。

 

 いつの間にか映画は終わっていた。指揮官といるとなんだか時間が経つのが早い。

 

「何か新しいことが分かったか?」

 

 指揮官は優しげな顔でたずねてくる。

 

「そうね……初めの時は気にしなかったけれど、コンピューターウイルスで宇宙人を倒すというのはよく考えたら馬鹿らしいわ」

 

 そう言うと指揮官は声を上げて笑った。

 

「そうだな、馬鹿らしい話だ。昔の小説のパロディなんだよ。強大な敵でも些細なことが弱点なんだ」

 

 よく分からなかったが、笑っている指揮官を見ると頬が緩んだ。

 

「でも結局、人類のために戦おうとは思わないわね。よく分からないもの」

 

「そんなことにこだわらなくていいさ。戦う理由は自分で見つけるんだ。グリフィンが何を言ってこようと気にするな」

 

 指揮官は私に言い聞かせるように言った。本当にこの人はグリフィンの人間なんだろうか。とてもそうは思えない。でも、そんなところが指揮官らしいところだ。指揮官と過ごす時間は心地よかった。

 

 私の戦う理由は何なんだろうか。もう任務も終わるというのに私はまだ見つけられていなかった。自分のため、仲間のため、家族のため、どれもよく分からなかった。指揮官と交わしたこれまでの会話を思い出す。他にはどんなのがあったっけ。指揮官と最初に会った時、言われたことがあった。失うのが怖いものを守るために戦うのが最もありふれた理由だと。

 

 失うのが怖いもの、あの時はよく分かっていなかった。今ならすぐに答えられる。指揮官だ。指揮官、指揮官と過ごす時間、指揮官との思い出、これが私の失いたくないものだ。そうか、もう理由はあったんだ。

 

「次は何にする?」

 

「なんでもいいわ。指揮官の好きなものにして」

 

 私の戦う理由。もう決まっていたんだ。言葉にしていなかったから分からなかっただけで、ずっと前からそうだったんだ。私が戦うのは指揮官のためだ。また生きて指揮官に会うため。私は戦う理由を見つけた。なんて皮肉だろう。これで任務は終了だ。指揮官と離れ離れになる。やっぱり指揮官と別れたくなかった。

 

 映画をセットし終わった指揮官にもたれかかった。ぴったりと寄り添って肩に頭をのせる。指揮官は少し驚いたようだったが何も言わなかった。思えば私から指揮官に触れるのはこれが初めてだった。最初に会って握手した時は何も感じなかった。でもそれからしばらく経って、頭を撫でられた時はなんだか気持ちがふわりとした。その感情がなんなのかは分からなかった。今なら分かる。安心だ。人と触れ合うのは安心するためだ。その存在がそこにいると確かめるため、どこへも行ったりしないと確かめるため、温もりが偽物じゃないと確かめるため。指揮官はちゃんとそこにいた。私のセンサーがちゃんと確認していた。この温もりを忘れないようにしよう。たとえ離れ離れになったとしてもこの感触は忘れない。人形に休暇があるのかは知らないけれど、もしあったなら指揮官に会いに行こう。その時、指揮官が忙しくなかったなら、今のように一緒に映画を観よう。会えなかった分だけたくさん話し合おう。指揮官に触れて同じ温かさかどうか確かめよう。そうして指揮官が偽物なんかじゃなかったと安心するんだ。

 

 もう映画は観ていなかった。指揮官だけを感じていた。このまま時間が止まってしまえばいいのに。こないだ観たタイムトラベルを扱った映画、馬鹿にしていたが今は羨ましい。この日を何回だって繰り返したい。そうすれば指揮官とお別れなんてしなくていい。

 

 

 

 

 

 でも、時間は残酷だ。戦いから逃げることができないように、時間を止めることはできない。楽しい時間はすぐに過ぎ去る。もう夜だった。いつもなら私は宿舎に戻っている時間だ。

 

「そろそろか。良い子は寝る時間だ。また明日だ、AR-15。おやすみ」

 

 指揮官は時計を見てそう言うとおもむろに立ち上がった。私は思わずその袖を掴んでいた。

 

「待って。まだ、まだ映画を観たいわ。まだ寝たくないわ。いいでしょう?」

 

 映画を観たいわけではなかった。一人になりたくなかったからだ。寝たら明日になってしまう。明日で最後だと思うと耐えられなかった。指揮官を困らせてしまうかもしれない、そう思ったが止められなかった。指揮官ならきっとこれくらいの我がままは許してくれる。そう信じている。

 

「お前も夜更かししたい年頃か。もう一人前だものな。いいだろう、付き合ってやろう」

 

 指揮官はニコリと笑ってそう言うと、モニターを操作してソファに座りなおした。少し躊躇したが我慢できなかった。指揮官に触れていたい。安心したかった。指揮官の腕に手をまわしてしがみつく。さっきよりも温かかった。

 

「AR-15……」

 

 指揮官は驚いて私を見ていた。指揮官と目が合う。指揮官が何を考えているのかは分からない。私の急な行動に困っているかもしれない。

 

「お願い。少しだけ……少しだけこうしていさせて……」

 

 でも抑えられなかった。夜は私を不安にする。何の温もりもないのは耐えられない。指揮官は私を見て頷くと、視線を画面に移した。指揮官は私を許してくれる。そう思うと安心した。それからは指揮官の温もりだけを感じていた。指揮官の鼓動を感じた。一定のリズムで胸打つ鼓動。それを聞くと私は安心した。不安が和らいでいく。これ以外に不安を取り除く方法を知らなかった。だから、お願い。もう少しだけ、もう少しだけでいいからこうさせて。このまま時間が止まってしまえばいいのに。そうしたら不安を感じずにすむ。別れを恐れる必要もない。もう私は指揮官の鼓動しか聞いていなかった。

 

 それからどれくらいの時間が経ったろうか。気づくと映画は終わってモニターは暗転していた。気づかなかった。ずっとしがみついていたから指揮官が映画を替えられなかったのかもしれない。焦って横を見ると指揮官は目をつむっていた。胸がゆっくりと上下して、かすかにすうすうと息を吐く音が聞こえた。指揮官はもう眠っていた。時間を確認するともう日をまたいで大分経っていた。

 

「指揮官……」

 

 もう今日でお別れだ。なら少しくらい勝手をしたって許されるはず。指揮官が起きる前にやめればいい。私はまだ一人前じゃない。子どもだから少しくらい甘えたって大丈夫。私は自分に言い訳すると、横になって頭を指揮官の膝の上にのせた。指揮官の足はごつごつとしていた。ソファも寝転がるには狭かったけれど、ベッドで寝るよりも何倍も心地よかった。このまま朝が来なければいいのに。私は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 誰かに助けて欲しい。時間を止めて欲しい。でも、助けを求める相手は指揮官以外に誰も知らなかった。指揮官は私との別れを望んでいる。だから、誰にも頼れない。

 

 これが最後の夜だった。信じられない。今日もずっと指揮官に引っ付いていた。でも不安が和らがない。不安に押し潰されそうだった。恐怖はどんどん強くなる。時間が過ぎれば過ぎるほど痛みが強くなる。苦しくてたまらない。夕食の時はほとんど喋れなかった。平静を装うのも限界だった。指揮官はずっと私のことを心配そうに見つめていた。また会ってもらうためにお別れは楽しく過ごさないといけないのに。こんなんじゃだめなのに。

 

 その後、一緒に談話室に行った。いつものソファに座る。これが最後になるかもしれない。言葉が出なかった。

 

「何か観るか?」

 

 指揮官がそんな私に気を使って話しかけてくる。私は頭を横に振って断った。少しでも指揮官に私を見ていて欲しかった。私を忘れないように。沈黙が続き、気まずい空気が流れる。何か、何か話さなくては。

 

「指揮官には家族はいるの?」

 

 私の口から出たのはそんな言葉だった。私は指揮官と家族になるという幻想をまだ引きずっていた。実際はまったく諦めきれていなかった。どれだけ自分に言い聞かせようとも、ただの人間と人形の関係になりたくなかった。特別な関係でありたい。指揮官に必要とされたい。そう思っていた。

 

「いないよ。親はずっと昔に死んだ。だから天涯孤独の身さ」

 

 やっと喋り出した私を見て指揮官はほっとしたような表情を浮かべた。

 

「結婚もしてないの?」

 

「そうだ」

 

「ふうん。映画の登場人物はたいてい家族がいるけど、指揮官はそうじゃないのね」

 

「なんなんだ、さっきから。いなきゃ悪いか?」

 

 指揮官は冗談っぽく笑った。私はそれを聞いてどこか安心していた。そうか、指揮官にも家族はいないのか。私と同じでここを出たら一人ぼっちなのかな。何だか嬉しかった。

 

「それは……そう。ただ家族ができたらどんな感じなのか聞きたかっただけ」

 

 本当は違う。指揮官と家族になりたいと言いたかった。でも、もう断られたようなものだ。指揮官には私と一緒の道を歩むつもりはない。だから、どれだけ駄々をこねたって無駄だ。嫌われるだけ。

 

「家族か。M4A1たちのことか?」

 

「……そうよ。そうね、M4A1。同じ部隊に配属されて、一緒に戦うことになる人形。私たちは仲間に、家族になれるのかしら」

 

 M4A1なんてどうでもよかった。指揮官は家族になれと言うが、そんな気は全然起こらなかった。まだ会ったことのない人形が指揮官の埋め合わせになるだろうか。とてもそんな気はしない。M4A1が指揮官と別れた後の心の穴を埋めてくれるとはとても思えなかった。

 

「なれるさ、お前なら。お前はもう一人前に成長した。最初は難しいだろうから、友達から始めるといい。彼女たちがお前の最初の友達だ」

 

 友達。私が欲しいのはそんなものじゃない。家族が欲しい。指揮官と家族になりたい。それだけだった。

 

「任務が終わったら私はどうなるの?」

 

 だから返事はしなかった。もしかしたらまだ指揮官と一緒にいられるんじゃないかと期待してそう聞いた。

 

「そうだな。お前はグリフィンに正式に購入されて、他の仲間たちもグリフィンに到着するだろうな。そして部隊が編成される。そこから諸々の訓練をこなすことになるだろう。普通の訓練に加えて、M4A1の指揮に従って行動する訓練もやるだろう」

 

 聞きたいのはそんなことじゃない。

 

「指揮官は?指揮官はどうするの?」

 

 焦って声が上ずった。これが最後の望みだった。これからも私の教育係だと言って欲しかった。指揮官は顎に手を当てて考え込んだ。

 

「俺か。俺はそうだな……これが終わったらグリフィンを辞めるかな」

 

「……辞める?」

 

 聞いてはいけない言葉を聞いた気がした。指揮官がグリフィンを辞める?それは……つまり、どういうことだ。衝撃で考えがまとまらない。

 

「そうだ。俺にはもう戻る部隊もないし、戦場に戻る気にもならない。正直、俺はこの任務が終わったら給料泥棒だよ。幸いにも貯金はあるし、あとは遊んで暮らすさ」

 

 指揮官はおどけてそう言った。私は笑わなかった。表情を変えられなかった。そんなの全然面白くない。ひどい冗談だ。

 

「そんな……どうして?あなたが部隊を失った事件のせいなの?」

 

 気づけば口が動いていた。一度指揮官を悲しませてからずっと触れないようにしていた話題だ。指揮官は面食らったような顔をする。やめておいた方がいい、私の理性的な部分がそう言うが無視した。じっと指揮官の目を見据える。指揮官は私の目を見つめていたがやがてふう、と息を吐くとポツリポツリと語り始めた。

 

「違う、とは言えない。いや、あれが理由だ。実を言うともう一回退職届を出したことがあるんだ。お前との任務が始まる数日前だ。でも突き返された。“勝利の英雄”が部隊を失った責任を取らされて追い出されたように見えるから、体裁が悪いんだと。俺は英雄なんかじゃない。へまをして自分の部隊を失っただけだ。他の奴らは人形のことなんかどうでもいいような顔をして俺を讃える。でもあいつらは死んだんだ、俺の指揮のせいで。もう俺はそれに耐えられない。他の部隊を指揮する自信もない。だから、辞める。もう俺は必要ないんだ。グリフィンも二度は止めないだろう」

 

 指揮官は吐き出すように言った。私はこれが冗談なんかではないことを悟った。指揮官は本気でグリフィンを辞めるつもりだ。そうしたら私はどうなる?私たちはグリフィンに所属する人間と人形になるどころか、まったく無関係になってしまう。人形がグリフィンの敷地を離れることはきっと許されない。もう二度と指揮官に会えないかもしれない。そんなの、そんなのありえない。想像してたよりずっと悪いじゃないか。

 

「指揮官を必要としている人はグリフィンに必ずいるわ!だから辞めることなんかない!」

 

 私は叫んでいた。感情の抑えが効かない。指揮官を必要としているのは他でもない私だ。指揮官にまた会うために戦うと決めたのに、もう二度と会えないなんて辛すぎる。指揮官は私から目を逸らした。

 

「いないさ。部隊を指揮できない指揮官なんてただの役立たずだよ。それに人間の指揮官はきっともうすぐ必要なくなる。お前たちのような自律行動ができる人形の部隊が増えるんだ。俺のようなロートルはお役御免だ」

 

「そんなことない!私は、私は指揮官を必要としているのに!そんなこと、そんなこと言わないでよ……」

 

 私はわめき散らしていた。こんなのひどすぎる。映画だったら最悪のオチじゃないか。映画だったら文句を言って、指揮官と笑い合える。でもこれは現実だ。そんな時どうすればいいんだ。隣に指揮官はいなくなる。私の大事なもの、かけがえのないものが消えてしまう。指揮官にもう会えないなんて嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ!

 

 指揮官は何も言わなかった。私を落ちつけようと髪に触れてきた。指揮官に触れられても全然気持ちが安らがない。胸が張り裂けそうだ。こんなこと、こんなことがあっていいはずがない。どうして私がこんな目に遭わないといけないんだ。一体私が何をしたって言うんだ。私は何もしていない。ただ製造されて、指揮官と一緒に過ごしただけなのに。ただ指揮官と一緒にいたいだけなのに。どうしてそれだけのことが許されないんだ。誰か、誰か助けて。私を救って。

 

 指揮官、私を助けてよ。

 

 

 

 

 

 翌朝、アンナは早くにやって来た。あの後、AR-15とは別れた。取り乱した彼女を宿舎に連れて行った。彼女には悪いことをしたと指揮官は思った。AR-15を我が子のように思うように、彼女も自分を親代わりだと思っているかもしれない。きっとだから家族について聞いてきた。彼女もまた別れたくないのだ。

 

 それなのに、俺は逃げ出そうとしている。指揮官は自分を責めた。彼女に戦いから逃げることはできないと言った口で戦いから逃げると言ったのだ。それも彼女たち新世代の人形を言い訳にして。彼女のような人形は高価で、既存の人形たちを置き替えるには至らないと分かっている。本当は自らの心の弱さが原因だ。なんて卑怯な人間だ。彼女の教育係にふさわしい人間ではなかった。彼女は俺を軽蔑するかもしれない。もしそうだとしてもそれでいい。俺のような弱い人間にならないよう気を付けるようになるだろう。この経験が彼女を強くする。俺への未練を断ち切って、家族と共に歩むだろう。そして、俺にも、グリフィンにも、人間にも縛られずに自由に生きていくはずだ。指揮官はそう自分に言い聞かせた。

 

 AR-15は自分から宿舎を出てきた。指揮官は彼女の顔にぎょっとした。すべての希望を失ったかのような陰気な顔だった。彼女はよろよろと宿舎から出るとアンナについていった。彼女の歩調は弱々しく、アンナにどんどん引き離されていった。アンナはそんな彼女を気にせず早足でテストルームに向かっていた。指揮官にはそんなAR-15を見るのが辛かった。自分のせいだと知りつつ思わず目を背けた。

 

 司令室に戻って椅子に座る。今回もテストを見るつもりはなかった。ただテストが終わるのを待つ。指揮官は任務が終わらないことを願っている自分がいるのに気づいた。そうだ、この任務の目的はAR-15を人類のために戦わせるということだったはずだ。M4A1の反乱を止めるストッパーに仕立て上げろというのが任務だ。だが、彼女はそんな風には育っていない。一昨日も人類のために戦うなど分からないと言っていたじゃないか。経過が順調などでまかせに違いない。大方、コンピューターの判断ミスだ。それで間違った結果が出たんだ。ミスに気づいたアンナから無表情に任務の継続を告げられる、そんなことを望んでいた。そうしたら、AR-15に謝ろう。許してくれるまで、ずっと。その後は彼女と笑い合って、一緒に映画を観よう。一緒にまずいレトルト食品に文句を言おう。指揮官はそんな日々を望んでいた。

 

 

 

 

 

 テストはきっかり一時間かかった。アンナはAR-15をテストルームに待機させ、司令室に入ってくる。

 

「分析が終わりました。AR-15の教育は完了、任務終了です。予定よりもだいぶ早く済みました。すばらしい。グリフィンはARシリーズを正式に発注し、初の人形による自律部隊を編成するでしょう。あなたの手腕のおかげです。誇るべきですね」

 

 アンナは満足そうな顔をして言った。指揮官は愕然とした。抱いていた甘い期待は打ち砕かれた。考えるより先に口が動いていた。

 

「終わりだって?そんなはずがない。これはAR-15を人類側に立たせろ、という任務だったはずだ。彼女はそんなこと思っちゃいない。彼女はきっと仲間と家族のために戦う。任務は失敗のはずだ」

 

 任務は失敗だと言い放つ指揮官にアンナは微笑んだ。無機質さを張り付けていないアンナに指揮官は違和感を抱く。

 

「彼女が人類全体のために戦うか、と言われればNOでしょうね」

 

「なに?」

 

 この女は何と言った?AR-15は人類のために戦わない?だとすれば何を確かめたのだ。

 

「彼女を人類のスパイにするのが俺の任務ではないのか。では俺は今まで何をしてきたんだ。あの任務は偽物なのか。だとすれば本当の任務とは何だ。俺は何故教育係に選ばれた。この任務の意味はいったい何なんだ」

 

 指揮官はあふれ出る疑問をアンナにぶつけた。彼女は涼しい顔をして指揮官を見ていた。

 

「聞きたいですか?」

 

 アンナは子どもに問いかけるような優しい声を出した。指揮官はそんな彼女の様子に違和感を覚えつつも頷いた。

 

「いいでしょう。教えて差し上げます。任務は完了し、機密指定は解除されました。本来なら言う必要はありませんが、無駄な任務に従事した者同士のよしみで教えましょう。あなたから聞いたんですからね、それをお忘れなく」

 

 アンナは念を押すように言った。焦らされているようで腹が立った。

 

「確かに、AR-15を人類のために戦わせろ、というのが上から私に下された任務でした。しかし考えてもみてください。人類とは一体誰でしょう?あまりに範囲が広く、抽象的に過ぎます。人類のために戦っている人間など誰もいません。この世に生きとし生けるすべての人間を兄弟姉妹だと思うことは難しいんです。人形のメンタルモデルは人間の精神を模していますから、人間に難しいことは人形にも難しいんです」

 

 この女は何を言っている。指揮官はアンナが突然話題を変更したように思えて驚いた。それにこれは俺の任務ではなかったのか。アンナは私の任務と言った。

 

「人類そのものに忠誠を抱かせることが難しいのなら、もっと小さなもので代用しようと思いました。古来、人間は何のために戦ってきたのでしょうか。国家、民族、宗教、イデオロギーです。ですが、これらはもはや弱々しい。国民意識は戦争で崩壊しました。極めて大きな危機の前では国家への忠誠も国民という共同体意識も抽象的で、もろくも崩れ去ったのです。あなたも戦後、軍を辞めている。国家などどうでもよくなったのでは?民族は少し残滓がありますが貧弱です。それにAR-15が人形のために戦っては困ります。隣人愛が戦争で崩壊したのは言うまでもありませんし、今更この世の中で神を信じられるでしょうか。イデオロギーはすでに前世紀に意味を失いました」

 

 指揮官にはアンナが何を言おうとしているのか分からなかった。すらすらと語る彼女はどこか楽しそうだった。

 

「今の人間に残っているのはもっと小さな排他的な関係だけです。組織、仲間、家族などのね。グリフィンに忠誠を誓わせることも考えましたが、組織への忠誠も弱々しいものです。あなたはグリフィンに忠実な人間だったはずなのに、部隊を失ってからすっかり反抗的になってしまいましたしね。ですから、より小さく、あらゆる他者を除外した排他的な関係が望ましいと思いました。そうした関係は極めて強固です。危機の前にも揺るがない。この世で最も排他的で、強固な関係はなんだと思いますか?」

 

 アンナの問いかけに指揮官は答えなかった。嫌な予感がよぎった。

 

「それは愛です。執着、依存、崇拝、様々な言い換えができます。人間はこの世に生まれてからずっとこの感情と共にありました。世界が汚染されようが、核戦争が起ころうが揺るぎはしなかった」

 

「まさか」

 

 指揮官の足は無意識に震えていた。

 

「そう、あなたの本当の任務はAR-15に愛を抱かせること。惚れさせるとも言えますね。人類側のスパイにするなどといった抽象的なものではありません。この基本的な感情を出力させることでした」

 

「馬鹿な。それに何の意味がある」

 

 指揮官にはアンナの言わんとすることが分からなかった。理解したくなかったのだ。理解してはいけないと理性が警鐘を鳴らしていた。

 

「もちろんM4A1の反乱を抑制するためですよ。想い人が人類の手の内にあれば、グリフィンに弓を引くことはできません。反乱に参加すれば教育係であったあなたが処分されますから。あなたは人質というわけです。昔からある、ありふれた手法ですね」

 

 指揮官はわなわなと震えていた。敵意に満ちた声を絞り出し、どうにかアンナに言い返す。

 

「なら目論見は外れたな。あいつには自分の道を選べるよう教育を施した。俺には縛られない。AR-15は己と家族のために戦える。家族のためと信じた道を歩めるはずだ」

 

 アンナは微笑を浮かべて答える。

 

「あなたが普通の指揮官で、AR-15が普通の人形であったならそうだったでしょうね。たかが一か月弱ともに過ごしただけですから、人質には不十分です。ですが、あなた方は普通ではない。一回目のテストの後、あなたは私に聞きましたね。なぜ自分が選ばれたのかと、なぜ専門家である私がやらないのかと。私は人形に好かれないんですよ。あなたのように人形を対等に見ることができません。ですが、あなたは人形と心を通わすことができる。人形を失ってグリフィンを辞めようとするくらいですからね。トラウマを負って夢にも見るんでしょう?グリフィンの精神科医のカウンセリングを受けていましたね。プライバシーの侵害だとは思いましたが、カルテを見させていただきました。人形からの信頼も厚かった。だからあなたが一番適任だったんです」

 

 こいつは俺の記録をすべて調べたのか。指揮官を見透かしたような口調に怒りがたぎる。憎しみの表情を向けてもアンナはどこ吹く風だった。

 

「そしてAR-15。あれは特別な人形です。高性能なだけではありません。人形に必ず搭載されているはずの成熟したパーソナリティを持たずに製造された、完全に空っぽの人形でした。普通の人形も人間に愛を抱くことがありますが、あくまで常識の範囲内です。成熟したパーソナリティを持った人形は愛をあらゆるすべてに優先したりはしません。人間と同じですね。後付けの愛はあくまでメンタルモデルの辺縁にとどまります。すべての感情を支配することはできない。ですがAR-15は違う。空っぽの人形には元々の常識がない。愛を押しとどめる弁がありません。あなたへの愛情をすべてに優先させるはずです」

 

「そんなはずはない!あいつは立派に成長した!普通の感情を持っているはずだ!」

 

 指揮官は叫んでいた。この女に成長したAR-15を否定されることが我慢ならなかったのだ。

 

「いいえ、普通ではありません。AR-15にあなたのことしか考えさせないように大変注意を払った。AR-15は元々、家族と仲間を思いやるパーソナリティを搭載されるはずでした。同じ部隊の家族を守るために身を捧げる、そんな人形になるはずでした。そうした人形で構成されていた方がユニットとして強力ですからね。本来のAR-15は人間など気にもかけなかったでしょう。ですから、そうしたパーソナリティを排除することは16LABに反対されました。ユニットの連帯に水を差せば戦闘効率が落ちるとね。私も同感です。ですが、家族への愛情は明らかに邪魔でした。AR-15が執着するものはあなただけでなくてはならない。代用品があってはいけないんです。向こうは渋っていましたが最終的には協力してくれました。グリフィンは優良顧客ですからね。そうして製造されたのが白紙のAR-15です。何も知らない、生まれたばかりの雛鳥ですね。製造後もAR-15と余計な接触のないよう徹底してもらいました。スペックを確認するだけのごく単純な命令しか与えられませんでした。16LABの主席研究員、ペルシカさんは人形にお優しい方ですから普通はこうではありません」

 

 呆然とする指揮官にアンナはしゃべり続けた。

 

「そして、AR-15とあなたをここに閉じ込めた。本来の任務を知らせれば、あなたは実行しないでしょうから偽の命令を与えました。だから今時珍しい紙の命令書だったんですよ。正規の命令ではないのでデータベースには登録できませんからね。あなたは予測通り命令に逆らってAR-15と対等に接し、自由に育て始めた。洗脳に最も適した状態のAR-15はすぐにあなたに執着するようになりました。雛鳥が最初に見たものを親だと思うようにね。刷り込みですよ。もっとも、AR-15があなたに抱く感情は親への愛情というほど生易しいものではありません。もっといびつな感情、依存です。あれはあなたをあらゆるすべてに優先して行動するでしょう。何を捧げてもあなたに必要とされたいと思っているはずです。あなたは差し詰め、鳥かごのようなものです。AR-15をどこにも行かせないためのね。雛は巣立ち方を教えてもらっていないので、扉を開けても飛び立とうとはしません。ずっとかごの中にいますよ。私が相手ではこうはならなかったでしょう。この任務には、優秀で、経験豊富で、人形に強く入れ込んだ人物が必要でした。AR-15のメンタルモデルの深層深くまで愛情を刻み込むのにはグリフィンで最も優れた教育係が必要だったんです。つまり、あなたです」

 

 アンナは指揮官の胸を指差して続ける。

 

「どこかおかしいと感じませんでしたか?機密地区に他の職員がいなかったのも、立派なキッチンがあるにもかかわらずコックがいなかったのも、なんだかおかしくありませんか?人類のために戦わせるということであれば、多くの人間に接した方がいいのでは?あなたの命令違反が満載の報告書に上が何も言ってこないのも変ではありませんか?グリフィンはそこまで優しい組織ではありません。機密地区が必要以上に無機質なのも、戦闘訓練を施さずにずっとここに監禁していたのも、すべてAR-15に余計な影響を与えないためです。AR-15があなたのことしか考えないように誘導していました。あらゆることには理由があるんです。映画を見せたのはAR-15の感情を豊かにするため、その感情を向ける相手はすべてあなたです。あらゆる感情を支配されたAR-15はあなたに依存するようになった。テストではその進行度を確認していたんです」

 

「そんな馬鹿な。あいつは……あいつは家族を想う人形になるはずだ……」

 

 指揮官は愕然としていた。その声は震えていた。

 

「たしかにAR-15は他のARシリーズを家族と認識するかもしれません。ですがメンタルモデルの深層には入り込めない。あなたを想う気持ちでいっぱいだからです。定着したのは今回のテストで確認しました。さらにAR-15のあなた以外の他者への共感や思いやりといった感情は極めて弱い。私の予測よりもです。素晴らしい成果です。あなたが優秀な教育係であったからこそ、依存度が高まりそういう成長を遂げた。一度変化したメンタルモデルは元には戻せません。AR-15は部隊の中で異物であり続けるでしょう。“家族”をあなたよりも優先して考えることはないでしょうね。あなたが命じればM4A1を処理するでしょう」

 

「俺がそんなことを命じると思うか」

 

 指揮官の顔は怒りに歪み、しわにまみれていたがどうにか平静を装おうとしていた。そんな指揮官を見てアンナはくすりと笑う。

 

「あなたが命じずともグリフィンが命じます。AR-15はグリフィンに従う。あなたが属するグリフィンにね。逆らえばあなたに危険が及びますから。いえ、命じなくても自ら率先して行動するかもしれません。AR-15はあなただけを想い、あなたのために戦い、あなたのために死ぬ。結果として自発的に人類のために戦う人形となりました。上が求めるスペック通りです。よく完成させてくれました。ここまでうまくメンタルモデルを操作できたのは初めてです。不本意な任務でしたが私も嬉しいですよ。あなたのおかげです」

 

「ふざけやがって!よくもあいつを弄んだな!あいつの感情を!尊厳を!」

 

 ついに我慢の限界に達し、アンナに掴みかかった。いちいち指揮官の神経を逆撫でするアンナの言葉に殺意が湧いていた。

 

「尊厳?人形に尊厳などありませんよ。人形を擬人視し過ぎです。だからあなたが選ばれたのですが。人形が製造されるのはすべて人間のためです。人間のために戦い、消費される。ただの道具ですよ。人形に疑似感情が搭載されているのはその方が業務を効率的に遂行できるからに過ぎません。AR-15に元々搭載されるはずだったパーソナリティも、家族への愛も、すべて人間が人間のために作ったものです。人形自身の感情ではありません。所詮はプログラム、虚構、紛い物です。私たちがAR-15に植え付けた愛情と何も変わりません」

 

 私たち。アンナは指揮官を含めて言った。知らずのうちに彼女の空白に付け込んでいたのは俺もなのか?指揮官は頭にハンマーを叩きつけられたような衝撃を感じた。腕の力が緩む。アンナは指揮官の腕を振り払うとまだしゃべり続けた。

 

「それに、人間の感情であっても不可侵という訳ではありません。かつて、国民国家は子どもたちに初等教育で国民意識を強制的に植え付けていたでしょう。それが国家の存続に有利だからです。そこに選択の余地はありません。民族や宗教もそうですね。子どもが自分で選べるわけではない。親への愛情もです。赤ん坊を親から引き離し、他人の手で育てさせれば赤ん坊は他人に愛情を抱くようになる。自由に操作できます。他者への愛もそうです。前のタイムトラベルを描いた映画を覚えていますか?あれは私のお気に入りなんです。主人公は能力でヒロインを手にするでしょう。彼女の意志など無視してね。身勝手さは人間の本質です。自らのためなら他者のことなど考える必要はない。人形相手ならなおさらです」

 

「だが、こんなこと……許されるはずがない」

 

 指揮官は震えていた。動揺し感情の抑えが効かなくなっていた。目の前の女を殴りつけ、地面に這いつくばらせ、血反吐を吐かせたい衝動に駆られていた。

 

「許す?誰がですか?神でしょうか。人形に神はいません。もう人にだっていません。許されぬことなどない。それともあなたが、でしょうか。AR-15はグリフィンの高価な人形です。あなたのおもちゃではない。あなたとAR-15の家族ごっこを上演するためにグリフィンがこれだけの費用をかけたとでも?」

 

 指揮官はもう何も言わなかった。言えなかったのだ。理性的な考えがまとまらなかった。

 

「聞いて後悔しましたか?ですが、あなたから聞いたんですからね。私に本当の任務を聞いたのも、AR-15をあのように育てたのも、命令に反逆したのも、すべてあなたの自由な選択によるものです。自由意志を持つのは人間だけです。人形にはありませんし、持つ必要もありません。人形のことはすべて人間が決めます。人形は考える必要はありません」

 

「消え失せろ。俺がお前を殺す前に」

 

 指揮官は精一杯、腹の底からドスの利いた声を出した。アンナはそんな指揮官を嘲笑うかのように言う。

 

「そんなに嫌わないでくださいよ。同じグリフィンの仲間ではありませんか。個人的な助言ですがあなたは前線に復帰願いを出すべきですね。人質役ですから一生グリフィンを辞めさせてはもらえませんよ。これに関しては申し訳ないと思っています。ずっと飼い殺しにされるよりは前職に復帰した方がいいのでは?上も認可してくれるでしょう。あなたは優秀ですから。それでは、さようなら」

 

 アンナはくるりと振り向くと司令室から出ていこうとした。ドアの前で止まり、身体を半分だけ指揮官に向けた。

 

「そうそう、言い忘れていました。AR-15はあなたとの別れを悲しんでいましたよ。ですが心配はいりません。あなたもAR-15もM4A1の初期作戦能力獲得まではここにいることになっています。これから上の指示があるでしょう。だから慰めてあげてください。もっとも、その必要もないでしょうが。あなたが何を言おうとAR-15の愛は揺るぎない。まさに真実の愛です。人間よりはるかに純粋にその感情を知っているんです。誰がそれを否定できましょうか。あなたとAR-15はずっと一緒ですよ。少なくともあの人形の心の中ではね。そう、死が二人を分かつまで」

 

 アンナはくすくすと笑うと司令室を出て行った。指揮官はしばらくずっと立ち尽くしていた。指揮官はAR-15のために最善のことをしたつもりだった。それらのすべてを否定された。もはやAR-15にどんな顔をして会えばいいのか分からなかった。

 

 不意にドアが開いた。AR-15だった。どれだけ待っても指揮官が来ないので自分からやって来たのだった。

 

「指揮官……テストはどうだったの?」

 

 指揮官は彼女の目を見て震えた。捨てられる子犬のような、指揮官にすがりつく目をしていた。よせ、俺をそんな目で見るんじゃない。指揮官は心の中で叫んでいた。お前は俺を軽蔑しなくてはだめだ。俺を臆病者と罵ってくれ。俺がお前にしてやれることは何もない。俺はお前がしがみつくような価値ある人間ではない。そう誘導されているだけだ。お前の本当の感情じゃない。お前は家族と道を行け。俺はお前が自由に羽ばたくところが見たいんだ。俺はお前の足枷になんかなりたくないんだ。これは呪いだ。お前は俺とグリフィンに呪われてるんだ!

 

 指揮官は何も言えなかった。真実を明かせば彼女を傷つけることになる。彼女の尊厳を踏みにじったと告白するのが怖かった。

 

「おめでとう、AR-15。お前の任務は完了だ。これで……これで家族に会えるぞ」

 

 震える声で指揮官は言った。他に言葉が出なかった。指揮官はもう打ちのめされていた。彼女の傷ついた顔を見る勇気がなかった。

 

「そう……終わりなのね。終わり。全部、これで」

 

 AR-15は悲痛な声を出した。彼女の顔を見るのが、怖かった。

 




親の期待通りには子どもは育たないということです。
次回からは第二部、どん底からの再出発編になります。
やっとAR小隊が出せます。
低体温症をやらないといけないので更新ペースが下がるかもしれません。

作中で登場した映画は
第一話 インデペンデンス・デイ
第二話 ブラックホーク・ダウン
第三話 プライベート・ライアン
第四話 アバウトタイム
です。
気になった方はご覧になってください。だいぶ省略していますので印象が大きく異なると思います。

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