死が二人を分かつまで【完結】   作:garry966

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お待たせしました。第六話になります。投稿ペースは週一くらいを維持したいですね。
第二部スタートです。M16姉さんが登場します。
製造されたばかりのM16姉さんは多元菌先生が描いたショートの姿を勝手にイメージしてますね。
たくさんの感想ありがとうございます。結局そんなに返信できていませんがとても励みになっています。
おかげさまでドールズフロントラインカテゴリで平均評価一位になりました。たくさんの高評価ありがとうございます。
お気に入り登録も300を超えました。これからも頑張ります。


第二部
死が二人を分かつまで 第六話「愛をとりもどせ」


 任務終了を告げられてから二日経った。私はまだこの宿舎にいた。次の任務がまだ伝えられていないので私の立場は宙に浮いていた。本当はこの期間を利用して指揮官と一緒にいたかった。もう二度と指揮官と会えないかもしれないからだ。でも、指揮官は部屋から出てきてくれなかった。

 

 この二日間はまさに地獄のようだった。指揮官と一緒に食事をすることもないし、映画を観ることもない。そもそも指揮官と顔を合わせてすらいない。こんなに長い期間、指揮官と会わないでいるのは初めてだった。遠く離れてしまったのならまだいい。だが、指揮官はすぐそこにいるのだ。宿舎を出てほんの少し歩くだけで指揮官の部屋がある。指揮官はそこから出て来てくれない。まだグリフィンを辞めていないはずだった。それなのに指揮官は部屋から出てこなかった。私の胸は今まで以上に痛んでいた。

 

 嫌われてしまったかもしれない。絶対そうだ。最後のテストの前日、私はわめき散らした。指揮官ともう会えないと思って取り乱した。今までずっと触れないようにしていた失った仲間の話題を掘り返した。あの話題に触れれば指揮官を傷つけることになると分かっていたのに。指揮官は私を必要としていないとちゃんと分かっていたのに、指揮官が必要なんだと叫んでしまった。あれだけお別れは楽しいものにしようとしていたのに、なんて様だろう。感情に身を任せた結果台無しだ。このままでは指揮官に何度も傷を抉る無神経な人形だと記憶されてしまう。それは嫌だ。もう二度と会えないにしろ、指揮官には私との思い出が少しでも楽しいものだったと思っていて欲しい。だから、早く謝らないといけない。

 

 指揮官の部屋をノックして、彼に謝るのは簡単なことのはずだった。だってすぐそこなのだから。それを阻んでいたのはもう一つの考えだった。時が経つにつれて、その考えはだんだんと大きくなっていた。指揮官を信じることにしてそんな考えは否定したつもりだった。その考えとは指揮官の態度がすべて虚構だったのではないかというものだ。私と指揮官は元々特別な関係でもなく、ただの人形と人間に過ぎないのではないかと恐れ始めていた。指揮官が私に付き合っていたのはすべて命令されたからであって、会ってくれないのは任務が完了し、その必要がなくなったからなのではないか。私は必死にその考えを振り払おうとしていたが不安は強まるばかりだった。

 

 もし、指揮官の私を見る目が変わり果てていたらどうしよう。優しい指揮官の目が私を道具としか思っていない冷たい目になっていたらどうしよう。お前などどうでもいい、そんな目で見られたら耐えられない。そう思うとたまらなく怖かった。テストが終わった後、指揮官はほとんど目を合わせてくれなかった。だからどんな目をしているのか分からない。確かめることに怖気づいて、指揮官の部屋の前でうろうろするのが精一杯だった。もうすぐ本当にお別れかもしれないのになんて弱い心だろう。

 

 何もしないでいると不安と自己嫌悪で押しつぶされそうだった。気を紛らわせようと私が手にしたのはあの端末だった。無神経なことを言ってしまった時、壁に投げ飛ばしたままだった。見るのも嫌なはずだったけれど、もはや頼るものはこれしかない。嫌な考えを払拭しようと私は指揮官の個人的なデータを探していた。指揮官がそんな人ではないと否定できる根拠だ。だが、指揮官のデータは見つからなかった。端末で見れたデータはほぼすべて閲覧してしまった。見れるのはグリフィンの主要な基地の位置だとか、グリフィンの採用情報だとか、どうでもいい情報ばかり。どうやら指揮官職にある人間のデータは機密扱いでビジターレベルのアクセス権限では閲覧することができないようだった。任務が終わったということは、私は正式にグリフィンの人形になったはずだ。だとするなら権限をアップグレードしてもらってもいいはずだ。もう私は客ではなくグリフィンの一員なのだから。どうにか方法はないかと私は端末と格闘して暇をつぶしていた。

 

 

 

 

 

 指揮官は思い悩んでいた。知らずのうちにグリフィンの策略に乗り、AR-15の感情を歪めてしまった。彼女が自由に道を選べるように教育を施したつもりだった。だが、実際には彼女に選択肢は与えられていなかった。俺に依存する道しか与えられていなかった。指揮官は頭をかきむしった。

 

 AR-15の感情を弄びやがって。あの女もグリフィンの上層部もぶっ殺してやる。だが、たとえそうしたところで事態は解決しない。AR-15は俺に依存したままだろう。それは彼女の自由な意志によるものではない。プログラムされた通りに戦うのと同じこと、彼女が自分自身で選び出した戦う理由ではない。なんてことだろうか。彼女が自分で戦う理由を見つけられるように教育したことが完全に裏目に出てしまった。何がいけなかったのだろうか。彼女にイデオロギーを押し付けるように人類のすばらしさをずっと説いていればよかったのだろうか。頭のいい彼女のことだから、きっとそのような人間は軽蔑しただろう。だが、俺にはそんなことはできない。指揮官はアンナの言葉を思い出した。AR-15にあのように接したのは俺の自由な選択によるものだった。あれが最善だと思って行動した。ああする以外の教育は考えられなかった。それが結果としてAR-15を縛り付ける足枷になったことが何より辛かった。

 

 そうして指揮官は部屋に閉じこもっていた。我ながら何と情けない人間だろうか。AR-15に自分は年長者だの、戦いからは逃げられないだのと言っておいて、彼女に会うのが怖いのだ。歪んだ愛情を自分に抱くAR-15を見るのが恐ろしい。指揮官は頭を抱えた。人形の感情一つ、そこまで気にするものではない。笑い飛ばしてさっさと忘れればいいだろう。そう自分に言い聞かせようともしたが、とてもそんな気は起らなかった。AR-15は俺にとってただの人形ではない。一か月間共に過ごしただけではあるが、今は何よりも大切なものだ。指揮官はいつの間にか自分の心の大部分をAR-15が占めていることに気づいた。だからこそ彼女と全力で向き合い、彼女を利用したグリフィンを憎んでいる。そして俺のせいで歪んだ彼女を見るのが怖い。

 

 堂々巡りだ。早くAR-15に真相を伝えるべきかもしれない。だが、ようやく自分で戦う理由を見つけたと思っている彼女のすべてを否定したらどんな顔をするだろうか。お前の感情はすべて紛い物で、16LABから出荷された時の無感情なお前と何も変わっていないのだ、そう伝えたら彼女はきっと深く傷つく。立ち直れないかもしれない。AR-15の傷ついた姿を見るのもまた、怖かった。

 

 何にせよ、AR-15と早く会わなければならない。彼女は俺のことしか知らない。拒絶されたと思って傷ついているに違いない。これからどんな顔をして彼女と接すればいいんだ。指揮官はため息を吐いた。いっそのこと突き放して嫌われるべきだろうか。彼女を罵り続け、心を散々に痛めつけて呪いを断ち切るべきか。だが、そんなことは俺にはできない。それにアンナは言っていた。俺が何を言おうと無駄だと。なら彼女を助け出すために何をすればいい。何ならできる。鎖から解き放ってやるには俺はどうすればいい。指揮官は机に突っ伏して考えた。

 

 その時、机の上のモニターから通知音がした。顔を見上げると新着の命令が来ていた。画面をタップして詳細を見る。指揮官の今後の任務についてだった。

 

『AR-15との関係の維持、および機密地区の管理』

 

 素っ気なくそう書かれていた。AR-15との関係についての指示はまったくなかった。下にスクロールしてもただのそれだけしか書いていなかった。今更説明するまでもないということか、舐めやがって。指揮官は毒づいた。機密地区の管理については詳述してあった。

 

『AR-15の教育が完了したことでグリフィンはARシリーズを正式に発注、人形による完全自律部隊であるAR小隊を編成することとなった。機密地区はM4A1の初期作戦能力獲得までAR小隊の宿舎となる。貴官はAR小隊に快適な住環境を提供するため尽力せよ』

 

 後にはベッドのシーツを交換する方法や機密地区の清掃手順が添付されていた。指揮官は思わずモニターの電源を消した。あいつらホテルの従業員にでも連絡しているつもりか。天井を見上げて息を吐く。あの女が言っていた飼い殺しというのはこういうことか。AR小隊はここに到着するが、俺を訓練には一切関わらせないつもりだな。AR小隊はグリフィン初の人形が指揮する部隊となる。その点でグリフィン中の関心を集めている。おそらく訓練は作戦本部とシステム部が直々にやることになるだろう。一介の指揮官に任せるつもりなど毛頭ない。

 

 だが、M4A1の訓練が完了するまではここにいれるのだ。上がどういうつもりだかは知らないが、まだ時間の猶予はある。それまでにAR-15の呪いを解く方法を見つけてやる。俺と彼女を舐めた代償を払わせてやる。そう意気込んだものの、方法は思いつかなかった。指揮官はテストが終わってから何度目か分からないため息をついた。

 

 ドアをノックする音が響いた。AR-15だろうか。あちらから俺に会いに来たのか。だが、指揮官にはまだ彼女に会う覚悟がなかった。心臓が飛び跳ねるような動悸を覚える。返事をするのも待たずにドアは開いた。

 

「よお、あんたがここの指揮官か?挨拶するよう言われてきたんだ。M16だよ。これからよろしくな」

 

 そこに立っていたのはAR-15ではなかった。黒髪で長身の人形だった。ポカンとしている指揮官にM16は眉をひそめる。

 

「なんだ?取り込み中だったか?」

 

「あ……いや、なんでもない。そうすると君がAR小隊のメンバーの一人か。ずいぶん早いんだな」

 

 指揮官はどうにか取り繕う。まだテストが終わってから二日しか経っていない。テスト後に製造されたにしてはいくら何でも早すぎる。

 

「私は二週間くらい前にはもう製造されてたんだよ。グリフィンから発注がほぼ確実になったって連絡が来たらしい。そうペルシカさんが言ってた。だから、私が妹たちより一足先に到着さ」

 

 二週間前と言うと第一回目のテストが終わったくらいだ。あの時からAR-15が俺に依存するようになると確信されていたわけか。すべて計画通りだったというわけだ。

 

「ここにAR-15もいるんだろう?会ってみたかったんだ、私の家族にな。まだ私は同じシリーズの人形に会ったことがなくてな。どこにいるんだ?」

 

「ああ……すぐそこの宿舎にいるよ」

 

「そうか、あんたも一緒に行くか?」

 

「いや、俺はいい」

 

 指揮官にはまだ彼女に会う準備ができていなかった。これをきっかけに会えばいいじゃないか、この臆病者め!自分を罵っても立つ勇気がなかった。

 

「そうかい。ともかくこれからよろしくな。おっと忘れるところだった。これを渡すように言われたんだった」

 

 M16は指揮官に茶封筒を渡す。中に何か書類が入っているような手触りだった。M16は手をひらひら振って去って行った。そうか、あれが彼女の家族か。M16には成熟したパーソナリティが搭載されているようだ。生後二週間とは思えない。AR-15のことも家族と認識しているようだった。だが、彼女が今の精神状態で“家族”を受け入れられるだろうか。真相を知る前ですら、彼女と“家族”の間に齟齬が起きることは懸念していた。その時、俺は彼女の手助けをしようと思ったのではなかったか。

 

 封筒の封を切り、中身を取り出す。それは命令書だった。印字された命令を読んで指揮官は思わず吐き気を催した。

 

『AR-15の感情を支配すること』

 

 その文字の横に緑色でMISSION COMPLETEと印が押してあった。クソ、嫌がらせだ。わざわざ本当の命令を後から紙で渡してきやがって。指揮官は吐き気をこらえて紙をめくる。AR-15の感情を支配することが人類への自律人形の反乱を抑制することにつながるという旨が載っていた。その後ろにはAR-15の感情を支配するためのマニュアルがいくつも載っていた。

 

『対象と対等であるかのように振舞い、関心を買え』

 

『心を打ち明けたように見せかけ、対象の同情を引け』

 

『対象に映画と自身を重ねさせ、感情の発露を誘え』

 

 その他にも多くの手法が載っていたが指揮官はすべてを見る気にはならなかった。それぞれに詳細なやり方が載っていた。指揮官がやったこととほとんど同じだった。マニュアルの作成者はアンナだった。クソ、全部掌の上だと言いたいのか。俺が何をしても無駄だと言いたいのか、ふざけるな!指揮官はその命令書を丸めてゴミ箱に叩きこんだ。

 

 これで終わりじゃないぞ、グリフィンめ。あの娘をお前たちの好きにはさせない。誰かの感情を思い通りにできると思ったら大間違いだ。

 

 

 

 

 

「ここが宿舎か。殺風景な場所だなあ」

 

 私が端末をいじっていると見知らぬ人形が宿舎に入って来た。そもそも自分以外の人形を見るのは初めてだった。ぎょっとしてそいつを見るとそいつも私を見ていた。私はこいつを知っている。データとして登録されている。同じARシリーズのM16A1だ。もう製造されていたのか。

 

「お前がAR-15か。うん、想像していた通りの姿だな。私はM16。よろしく」

 

 M16A1は私に手を差し出してきた。こいつは私に握手を求めている。握手を求められたら一応は答えよう。それが礼儀だ。指揮官がそう言っていた。ベッドから起き上がる。

 

「そう、AR-15よ」

 

 私はその手を握ってやった。M16A1は力いっぱいに握り返してきた。痛みに慌てて手を振りほどいた。こいつ無駄に力が強いな。顔をしかめる私をM16A1は笑った。

 

「悪い悪い。私も他のARシリーズに会うのは初めてなんだよ。つい感激してな」

 

 私はM16A1を見ても何とも思わなかった。指揮官に彼女たちと仲間になれる、家族になれると散々言われてきたのだからもう少し感情が動くと思っていた。でも私の感情はフラットだった。

 

「それにお前には早く会いたかったんだ。ペルシカさんにお前を頼むって言われたからな。不安定だろうから助けてやれって」

 

 ペルシカ?誰だそいつは。確か16LABの主任研究員だったような気がする。会ったことはない。そんな奴に心配される筋合いはない。

 

 M16A1は背負ってきたダッフルバッグを私の隣のベッドに置いた。中からガシャリとガラス同士がぶつかったような音がした。

 

「何よそれ」

 

「酒瓶がいくつか。私物だよ。16LABから貰ってきたんだ」

 

 私物?私の時はそんなものなかったのに。M16A1は中から琥珀色の液体が詰まった瓶を取り出して見せびらかしてきた。私はふと気になったことを聞いてみることにした。

 

「M16A1、あんたは何のために戦うの?」

 

 私はずっと戦う理由に向き合ってきた。そして自分で答えを出した。私と家族になるというこの人形たちは自身で考えているのだろうか。

 

「M16でいいんだがな。何のために戦うか……そうだな。やっぱり酒のためだな。まだ実戦に出たことはないがきっと戦った後に飲む酒は格別だろうな」

 

 M16A1は白い歯を見せてニカッと笑った。期待した私が馬鹿だった。製造されたばかりのこいつらが何かを考えているはずがない。どうして16LABはこんなパーソナリティを搭載したのか。埋め込むにしたってもっとまともな人格はなかったのか。

 

「そんな顔をするなよ。冗談だよ、冗談。私が戦うのは家族を守るためだ。M4、SOPⅡ、私の妹たちを守るためだ。私は家族を守るために戦う。そう心に刻まれてる。もちろん家族にはお前も含まれてるぞ、AR-15。お前の方が製造されたのが早いからお姉ちゃん、とでも呼ぶべきかな?」

 

「やめてよ」

 

 気持ち悪い。率直にそう思った。何とも思っていない人形に家族だと思われるのが気持ち悪かった。私が家族になりたいのは指揮官だけだ。何も考えていないこいつらじゃない。こいつらは家族だと思うようにインプットされているだけだ。自分で考えだした私と誰かに植え付けられただけのこいつらの感情は明確に違う。

 

 そこで私は気づいた。指揮官も私が気持ち悪かったのだろうか。テストの前日、私は指揮官が必要だと言った。指揮官が私を必要としていないと知っていたにもかかわらずだ。必要としていない人形に必要とされて私と同じように気持ち悪いと感じたのではないか。そう思うと心が沈んだ。

 

「まあ、そうだな。私の柄じゃない。人形の製造年月日に大した意味はない。メンタルモデルに刻まれた関係性の方が大事だ。だから、私はお前たちに対して姉として振舞うぞ。その方が性に合ってる」

 

 やはりこいつも何も考えてはいないのだ。そうプログラムに命じられているから家族ごっこを演じているだけだ。指揮官に出会う前の私と同じだ。命令に従うのが当然だと思ってる。でも、今の私は違う。指揮官が感情を教えてくれた。指揮官と一緒に過ごして考える大切さを学んだ。戦う理由は自分で決める。こいつらとは違う。

 

「それよりこれから訓練らしいぞ。着いたばかりだってのにな。お前を呼んでくるように言われたんだ」

 

 M16A1は私の腕を掴むとぐいぐい引っ張っていった。宿舎を出て廊下を進む。指揮官の部屋の前を通り過ぎる。その扉は相変わらず閉まったままだった。そして私はあの扉をくぐった。私は生まれてから一度も出たことのない外の世界へ行った。指揮官とずっと一緒に過ごした場所を離れるのはあまりにもあっけなかった。

 

 

 

 

 

 外の世界と言っても向かった先はそこから二百歩も離れていなかった。システム部訓練室と書かれた部屋に入る。中では白衣を着た人間たちが十人以上忙しなく動き回っていた。こんなにたくさんの人間を見るのは初めてだった。私が辺りをきょろきょろと見まわしていると一人の男が近づいてきた。

 

「すぐに訓練を始めるからシミュレーション・ポッドの中に入って」

 

 そう言って部屋にいくつも並べてある卵型の機械を指差した。大きさは人一人が入るくらいだ。私はそれに見覚えがあった。16LABにいたころに何度かやったことがある。促されるままにポッドの中に入って寝転がる。中は狭苦しくて暗かった。何だか恐ろしい場所のように思える。あの時は何も感じなかったのにな、私は自分が変わったことを嬉しく思った。ポッドと私の感覚器官を同期する。すぐに私の意識は仮想現実に旅立って行った。

 

 仮想現実は真っ白な空間だ。真っ白な地面が延々と続く。その上に真っ白な建造物がいくつかそびえ立っている。まるでテクスチャを貼り忘れたような世界だ。空だけがかすかに青い。そういえば私は本物の空を見たことがないのに気づいた。いつか指揮官と一緒に見てみたいな、そう思った。

 

 訓練の内容は単純だ。建造物や遮蔽物から次々に湧いて出てくる敵を打倒し続ける。こちらが力尽きるまで敵の波状攻撃は続く。16LABにいた時は一人でやっていたが、今はM16A1も同じ空間にいる。私は彼女を仲間だと思って戦えるだろうか。

 

 遠くの建造物から敵が出てくる。鉄血工造の反乱人形を模した仮想敵だ。私はスコープを覗いて敵を捉える。頭に照準を合わせ、セミオートで射撃する。弾丸が敵の頭を弾き飛ばす。実際に敵を撃ったことはないが、飛び散る敵の断片はリアルだった。実戦でもためらわずに戦うために設計されているのかもしれない。

 

 部隊において私の役割は中遠距離に対応する選抜射手だ。遠距離戦に対応するために私の銃はカスタムされており、長い銃身を持つ。遠く離れた敵にも精確な射撃を行うためだ。それに合わせて上部には高倍率スコープがマウントされている。銃を扱うのは久しぶりだったが手によく馴染む。ブランクは感じなかった。私が戦うために設計されていることを感じさせた。

 

 私は中遠距離に対応するよう設計されているため、近くから湧いてくる敵は不得手だ。銃身が長すぎて接近戦では取り回しが悪いし、スコープを覗くと視界が狭まる。急に想定外の方向から現れる敵には対応できない。一人で訓練を受けた時はいつもそうしてやられた。

 

 M16A1は平均的な小銃手だ。扱うのは何のカスタムもされていない銃。ACOGサイトもいかなる光学サイトも載せていない。元々搭載されているアイアンサイトを使う。遠距離戦は不得意だが、視界が広い分私より近くの敵に対応できる。部隊における役割はM4A1の護衛役だが、今は私の護衛役だ。遠くの敵を私が叩き、近くの敵をM16A1が潰す。そういう役割分担だった。言葉を交わさずともすぐにお互いが自分の役目を理解した。

 

 彼女の戦いぶりには鬼気迫るものがあった。急に現れた敵に対してもひるまずに冷静に銃弾を叩きこみ、機能停止に追い込む。私を狙う敵がいれば、身をひるがえして自ら盾になる。自分を狙う敵も放っておいて、銃弾を受けることも厭わない。これが家族のために戦う人形の戦い方か。家族のために戦う人形は強いと言っていた指揮官の言葉の意味が分かった。私にはこんなことはできない。彼女のために銃弾を受けようとは思わない。彼女のために死にたくないからだ。初めて会う人形のためによくそんなことができるものだ。M16A1はプログラムされた“家族を守れ”という命令に従っている。私とは違うのだ、改めてそう思った。

 

 訓練は終盤に差し掛かっていた。一人でやっていた時はこんなに長い時間やったことはなかった。もっと前に倒されていた。敵には高性能な人形が増え始めていた。何発銃弾を撃ち込んでも倒れないようなタンクタイプの人形が出現していた。AIも強化されたのか敵は遮蔽物を巧みに利用して近づいてくる。私の銃撃に身を晒す時間が減って思うように敵の数を減らせない。私は焦り始めていた。近づいてくる敵が増えれば増えるほどM16A1の負担が増える。彼女が突破されれば私もすぐに始末される。M16A1はもうすでにボロボロだった。私をかばって数えきれないほど銃弾を受けていた。私の視線に気づいたM16A1が私に笑いかけてきた。なぜこの状況でも笑っていられるのか分からなかった。

 

 敵は連携を取って一気に攻勢をかけてきた。十数体の人形がまとめて襲い掛かってくる。こちらは二挺しか銃がないというのにずるいものだ。サブマシンガンを持った接近戦タイプの人形が三体、懐に飛び込もうと突進してくる。私は素早く狙いをつけて銃撃を浴びせる。二体の頭を吹き飛ばしたが、一体がスコープの視界外に消える。やられる、そう判断した私はスコープから目を離してM16A1を探した。盾に使おうと思ったのだ。だが、M16A1はもうやられていた。気づかないうちに後ろからも敵が近づいてきていたらしい。すぐさまそちらに銃を構えるが、突進してきていた接近戦タイプの人形のことを忘れていた。判断を誤ったと気づく前にそいつは私のすぐそばまで来ていた。嫌だ、死にたくない。訓練だということも忘れて私はそう思った。死んだら指揮官に二度と会えなくなってしまう。どうして私を殺そうとするんだ。どうして。サブマシンガンの銃口から閃光が見えた瞬間、私の意識は暗転した。

 

 ポッドの扉が開き、訓練室の照明が見えた。私は動揺していた。胸を押さえて荒くなった呼吸を整える。服がしわになるほど強く握り締めた。死の恐怖を感じるのは初めてだった。こんなことは初めてだった。16LABで受けた訓練でも何度も同じ目にあった。だが、恐怖を感じたりはしなかった。何も感じなかった。感情を知ったことで私はかえって弱くなってしまったのではないか、そう思うと複雑な気分だった。

 

 M16A1はもうポッドから出ていた。身を乗り出して私に手を差し出している。私はその手を取って起き上げる。相変わらず彼女は明るく笑っていた。

 

「やるじゃないか、AR-15。上手くやれたな。最後は惜しかった。私がやられてなければな。でも、16LABのシミュレーターで一人でやった時より断然成績がいい」

 

「そりゃあ、二人だからね」

 

 私は動揺を悟られないよう何でもない風ににそう言った。

 

「個人成績もさ。私たちが互いに補い合えば一人で戦うよりずっと強いんだ。私たちが同じ部隊に配属されるのはこのためだ。二人でこれなら四人全員揃ったらどうなるか、わくわくしないか?」

 

「別に」

 

 成績なんてどうでもいい。指揮官が見ているならがんばろうという気にもなるだろうが、どうでもいい人間たちに見られても何とも思わない。それよりもこいつは死の恐怖を感じていないのだろうか。

 

「まったく、感情を表に出さない奴だなあ」

 

 M16A1は苦笑いしながら言った。感情ね。M16A1、あんたは自分の感情が本当のものだと思ってるかもしれないけれど、あんたの感情は偽物よ。プログラムを詰め込まれただけの空っぽな人形だ。でなければ疑似とはいえ、死を経験して平気な顔をしていられるものか。やっぱり私とあんたたちは違うのよ。

 

 

 

 

 

 機密地区に戻るともう夜になっていた。いつもなら私と指揮官は食事をしたり、映画を観たりしている時間だ。だが、指揮官は出てきてはくれなかった。やっぱり嫌われたんだ。そう思うことにした。大きなため息をついているとM16A1が私の腕を掴んで言った。

 

「訓練で腹が減ったよ。ここにも食堂があるんだろ?さあ、行こう」

 

 M16A1は私を強引に引っ張って連れ出した。片手には酒瓶を携えていた。食堂は見知った場所だが指揮官がいないとがらんとしているように感じる。早く指揮官に会いたかった。

 

「何があるんだ?レトルトだけか」

 

 彼女は冷蔵庫の中を物色すると適当に一つを掴みだした。私はそれを見て慌ててひったくると中に放り込んだ。よりにもよってあのスパゲティを選び出すな。あれは指揮官との思い出の味だ。こいつに汚されたくない。

 

「それはまずいのよ」

 

「そうなのか?じゃあおすすめはなんだ?」

 

 しょうがないので私はその中で一番上等なものを選び出した。本当はこいつと一緒に食べたくなかったが仕方がない。それを温めて机に持っていく。なぜこの作業をする相手がこいつなんだろう。指揮官だったらどれだけいいか。私はまた、ため息をついた。

 

 M16A1は立ち上がって二つグラスを持ってきた。片方にとろみのある液体がとくとくと注がれる。グラスの中の液体に照明の光が反射して、机にきらめく模様が描かれる。彼女はおいしそうに頬を緩ませてぐいぐいと飲んでいた。私がそれをずっと見ているとM16A1と目が合った。

 

「お前も飲むか?」

 

「……いや、いいわ」

 

「飲んだことないだろ。何でも一回は試してみるもんさ」

 

 お酒なんて確かに飲んだことはない。飲んでいる場面は映画の中で見たことがある。大抵、辛いことがあった後や何かを忘れようと試みている時だ。指揮官に拒絶されている今の私にはぴったりかもしれない。

 

「……じゃあ、少しだけもらうわ」

 

 M16A1はニコニコしながら酒をグラスに注いだ。少しでいいと言ったのにグラスの半分くらいまで注ぐと私に差し出してきた。光に当たって金色のようにも見える液体はグラスの中で揺らめいていた。恐る恐る匂いを確かめてみる。つんとくる強い匂いがした。そんな私をM16A1がニヤニヤしながら見ていたのに腹が立ったので、少しばかり口に含んでみた。舌に焼けるような熱さを感じた。味も苦くておいしくない。慌てて飲み込むと喉にも同じ熱さが広がった。思わず咳き込んでしまう。M16A1は声を上げて笑った。

 

「ま、初体験はそんなもんだ。最初から何でも上手くいくわけじゃない。慣れればおいしく感じるさ」

 

「もう飲まないわよ!」

 

 私は声を荒げる。喉と胸がジンジンする。こんなものおいしいと感じるわけがない。

 

「そう言うなって。実はまだとっておきがあるんだ。持って来てやるよ」

 

 私がいらない、と言う間もなくM16A1は食堂を出て行った。私は一人で取り残された。お酒をまた少し舐めてみた。舌がピリピリするだけでおいしいとは感じなかった。指揮官なら何と言うだろうか。指揮官と思い出を共有したかった。

 

 

 

 

 

 指揮官はずっと天井を見ていた。こうしているうちにもAR-15を傷つけていることは分かっている。何て臆病な男だ、なぜ今すぐ彼女に会いに行かない?情けないクズだ。自分を自分で罵っても立ち上がる勇気が湧かなかった。歪められてしまった彼女を見るのが怖い。このまま彼女に会わずにいたら嫌われることができるだろうか。拳を机に叩きつけて楽な道を選ぼうとする自分を制した。そんなことをして意味があるわけがない。何か行動を起こさなければいけない。だが、その方法が分からなかった。

 

 そんな時、ノックもなしに扉が開いた。今度こそAR-15だろうか。どきりとしてそちらを見るとまたM16だった。

 

「よお、指揮官。私の到着祝賀会をやってるんだ。あんたも来てくれ。AR-15もいるぞ」

 

 M16はずんずんと距離を詰めてきて指揮官の手を引っ張り立たせようとした。AR-15の名に心臓の鼓動が早くなる。

 

「……AR-15がいるのか。いや、俺はいいよ。そんな気分じゃ――――」

 

「なんだ?あんたたち喧嘩でもしてるのか?」

 

 M16は指揮官の言葉を遮り、ニヤニヤ笑いながらそう言った。M16と目を合わすと彼女の顔つきが一瞬で真剣なものになった。

 

「いいから来るんだ。AR-15のことは今日会ったばかりだからよく知らない。だが、なんだか落ち込んでいるように見えた。多分、あんたのせいだろ。ずっと一緒に暮らしてたって聞いたぞ。何があったのかは知らないがとっとと仲直りしろ。私の妹たちを悲しませる奴は誰が相手だって許さないさ」

 

 その顔と言葉には有無を言わせない気迫があった。指揮官は脱臼しそうなほど強い力で立ち上がらされた。もうM16の顔は元の笑顔に戻っていた。

 

「酒もあるから大丈夫さ。大抵のことは酒の勢いに任せればうまくいく」

 

 M16は返答を待たずに指揮官の腕を引っ張って部屋から連れ出した。食堂まで一直線で小走りに駆けていく。近づけば近づくほど恐怖が胸を打つ。AR-15は俺をどんな目で見るんだ。また、すがりつくような目で見られたら俺は逃げ出してしまうかもしれない。

 

 食堂のドアが開く。そこにはAR-15がいた。彼女の顔を見るのは二日ぶりだった。心なしか顔がいつもより顔が赤い気がした。

 

「どこまで行ってたのよ。もう料理もすっかり冷めた……し、指揮官」

 

 AR-15は指揮官を見ると驚愕の表情を浮かべた。彼女の顔を見ると足が震えそうになる。指揮官とAR-15は五秒ほど見つめ合ったままだった。M16が指揮官を引っ張ってAR-15の前の席に無理矢理座らせた。グラスをもう一つ持って来て酒をグラスのふちまで注ぐと指揮官の前に置いた。そして自分は酒瓶と自分のグラスを持って少し離れたところに座った。

 

 指揮官とAR-15の間で長い沈黙が続いた。AR-15は顔を伏せて視線を指揮官と合わさなかった。何かを言うべきだ。AR-15に何を話すべきか悩んでいたが彼女の前にいると言葉がまとまらない。先に口を開いたのはAR-15だった。

 

「指揮官、申し訳ありませんでした……」

 

 AR-15は無機質さを装おうとしたような声色で言った。指揮官には何のことを言っているのか分からなかった。

 

「また無遠慮に過去に立ち入って申し訳ありませんでした。人形の分際で出過ぎた真似をしました。許してください。それに無駄に取り乱して迷惑を掛けました。すみませんでした」

 

 彼女は少し震えた声でそう言った。指揮官はその言葉とAR-15の口調に衝撃を受けた。

 

「AR-15、どうしたんだ。その口調は……」

 

「任務が完了して私はもうグリフィンの人形になりました。I.O.Pの人形ではありません。だから、もう我がままを言って困らせたりしません。今まで申し訳ありませんでした……」

 

 AR-15は顔を伏せたまま言った。

 

「そんなことはしなくていい!」

 

 指揮官は思わず声を荒げていた。AR-15はビクついて指揮官の顔を見上げた。指揮官にすがりつくあの表情をしていた。

 

「で、でも……」

 

「俺がいいと言ったらいいんだ。そんなこと気にしちゃいない。二度とそんなことするな」

 

 そうだ、俺は一体何をしていたんだ。一番傷つけられているのは彼女だ。お前みたいな臆病者じゃない。それなのにガキみたいに怖いものから逃げていた。自分が情けない人間なのは分かっている。それでも役目を果たせ。彼女を救ってやるのがお前の役目だろう。指揮官は感情が胸からあふれ出すのを感じた。

 

「お前のことを一人前だと言ったが、あれは間違いだった。お前はまだ子どもだ。最後の夜、俺との別れが寂しくてべそをかきそうになっていたじゃないか」

 

「な、何を言うの!指揮官!」

 

 AR-15は顔を赤くして声を上げた。横目でM16を気にしていた。M16はニヤニヤしながらAR-15を見ている。指揮官は注がれた酒を一気に飲み干した。喉と胃が焼けるように熱い。

 

「任務は終わった。俺は教育係の任を解かれた。でもそれはグリフィンの奴らが馬鹿だからそう判断したんだ。お前にはまだ教育係が必要だ。だから、俺は教育係を続けるぞ。誰かに命じられたからじゃない。自分の意志で決めた。奴らに文句を言われたって気にするものか」

 

「……本当に?」

 

 彼女の表情がぱあっと輝いた。そうだ。俺は彼女の笑顔を最初に見た時からきれいだと思ってたんだ。もっと見たいと思ったはずだ。暗い彼女の顔じゃない。ならやることは決まっているはずだ。

 

「ああ、本当だ。子どもはもっと駄々をこねていい。お前は気取りすぎだ。俺より大人ぶるな。俺の面目を潰してるぞ」

 

 お前の感情が強制されたものだったとしても、あの日々は偽物なんかじゃなかった。俺は自分の意志で、良心に従ってお前に接した。それは間違っちゃいなかった。だが結果的にお前を歪めてしまった。呪いをかけてしまった。お前の可能性を奪ってしまった。選択の自由を与えているつもりでも、お前には道が一つしか与えられていなかった。

 

 だから、お前をそこから救い出してやる。お前に本当の選択肢を与えてやる。お前の感情を本物にしてやる。そのためにはどうすればいいか。そんなことは悩むまでもなかった。俺自身が彼女に言ったはずだ。彼女がM4A1にインプットされた愛情について聞いてきた時だ。

 

『でもM4A1が私に抱く愛情のようなものは生まれる前からインプットされているものでしょう。誰かが決めたもののはず』

 

『そうだな。最初はそうに違いない。だが、長く共に戦えばきっと本物になる。M4A1が自分の戦う意味に向き合えばな。彼女も最初はお前と同じように経験がない。命令に従うのが当然だと思っているだろう。お前が導いてやるんだ。そうすればお前たちは家族になれる。人間が決めたんじゃない。自分たちで決めた本当の家族に』

 

 お前が俺に抱く愛情はM4A1にインプットされたものと同じで誰かに作り出されたものだ。だが、いつまでもそうじゃない。お前がその愛の意味に向き合えばきっと本物になる。だから、お前の愛を本物にしてやる。

 

『愛情は何のために生み出されたか、など超越したところにある。プログラムや16LABが決めるものではない。お互いが誰かから与えられた役割をすべて取り払っても、それでも互いを必要としているなら愛し合っていると言えるんじゃないか』

 

 これも俺が言ったことだ。お前の愛を本物にするために、俺はお前を愛してやる。お前が今抱いている愛情よりもずっと純粋に。俺はグリフィンから与えられた役割など投げ捨てる。それでもお前を愛している。グリフィンの奴らのくだらない意図なんて超越するほどに愛してやるさ。お前が自分の愛情に向かい合えるようになるまで、それからもずっと。俺にはお前が必要だ。お前を見捨てて逃げることなんてできない。お前が自分の愛情に向き合えるようになったなら、真実を告げよう。お前が俺を許さなくても、罵ってくれても構わない。家族と歩む道を行ってもいい。俺と道を違えてもいい。どちらも取ったって構わない。自分で選んだ道なら本望だ。真実を知って、それでも俺を必要としてくれるならお前についていく。どこへだって行く。命だって投げ出してやる。もうお前の前に立ちふさがることはない。

 

 これは俺とお前のグリフィンに対する戦いだ。お前の愛情を操れると思い上がったことを後悔させてやる。もうお前からは逃げないぞ。戦いからも逃げない。仲間を失ったあの日から俺の戦う理由は霧散していた。ただ意味のない日々を過ごしていた。だが、お前と出会った。お前と出会ったのは間違いじゃない。お前を愛するために出会ったんだ。お前が俺の戦う理由だ。もう俺は誰も見捨てない。お前の感情を弄ばせない。尊厳を踏みにじらせもしない。そうだ。この俺が許さない。神でも、グリフィンでもない。この俺が許さないんだ。お前を縛り付けた鎖は縛った俺自身が外してやる。お前には選択の自由がある。お前には考える権利がある。お前の教育係である俺が認めてやる。他の誰にも文句は言わせない。絶対に諦めないぞ。決して、決して、決して!

 

「し、指揮官?どうしたのよ。涙が出ているように見えるけれど……」

 

 AR-15が指揮官の顔を心配そうに覗き込んでいた。熱い気持ちが目から流れ落ちていた。慌てて袖で拭う。

 

「まだクビになってないことが嬉しいんだ。俺はしばらくここにいていいとさ。お前と話すだけで高給をもらい続けられる。最高の仕事だ」

 

 指揮官がそう言うとAR-15は笑みを浮かべた。そう、これが見たかったんだ。お前が無邪気に俺にも、家族にもその表情を浮かべられるようにしてやるさ。指揮官は心にそう決めた。

 

「結局お金のためなのね。強欲な人だわ」

 

「そうだ。俺はがめついんだ」

 

 二人は笑い合った。これまで何度もそうして来たように。M16は満足そうに酒をあおった。

 

 




現実のSpikes Tactical 10周年モデルのAR-15は民生品なのでアメリカの流通規制でフルオートマチック機構がありません。
ですが、本作のAR-15はフルオートもできます。原作でも普通に撃ってますしね。

本編とはまったく関係ありませんがドルフロアンソロ発売記念として416×UMP45短編をpixivに上げました。
よかったらブックマークしてください(乞食)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10713418

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