死が二人を分かつまで【完結】   作:garry966

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七話全体の文字数が三万字を越えてしまいました……
平均文字数をこれ以上増やさないために前編中編後編に分割しました。
分割したことに物語上意味はありません。一息に読んでくださると幸いです。

今回はAR-15視点100%の回です。この話の主人公は基本的にAR-15なので。つまり、指揮官はヒロイン……?
中身はいろいろすみませんという風な感じになりました。

なんと第六話のイラスト頂いてしまいました。
神絵師は云った。「AR-15あれ。」するとAR-15ができた。
すごいでしょ。かわいいでしょ。すばらしいでしょ。
ほめてほめてほめてほめてほめてほめてほめて
https://twitter.com/taranonchi/status/1094981589837111296



死が二人を分かつまで 第七話「高慢と偏見」前編

「成績も安定して来たな。停滞してるとも言えるが。やはり二人じゃ限界があるな。残りのメンバーが到着するのが待ち遠しい」

 

 M16A1が歩きながらそう言った。指揮官と久しぶりに笑い合った夜からもう一週間が経っていた。私とM16A1は朝から晩まで戦闘訓練に駆り出されていた。今までと比べて指揮官と一緒にいれる時間はだいぶ減ってしまった。あの時、指揮官を連れてきてくれたことにはM16A1に感謝している。指揮官が自分の意志で私の教育係を続けてくれると言ってくれたのはとても嬉しかった。指揮官の態度が虚構だなんて私の妄想に過ぎなかったんだ。指揮官はやっぱり優しい人で温かい目で私を見てくれる。もっと我がままを言ってもいいんだとも言ってくれた。指揮官に受け入れてもらえてすごく嬉しい。私と指揮官はまだ特別な関係でいられる。M16A1のおかげだった。

 

 でも、それとこれとは話が別だ。私が一緒にいたいのは指揮官だ。M16A1じゃない。寝ても覚めても彼女が隣にいる。指揮官と一緒にいられるのは朝食と夕食の時間だけだ。本当は今までのように二人きりでいたい。でも、その時間には余計な人形が紛れ込んでいた。食事だから仕方のないことなのかもしれないが、邪魔しないで欲しい。今まで指揮官とずっと二人きりでいることが当たり前だった。だから、異物がいると何だかイライラする。私の大切な生活のリズムが乱されている、そう感じた。このままだと指揮官と過ごした時間よりM16A1と過ごした時間の方が長くなってしまう。いつかの指揮官の言葉が現実になる。そんな想像をするとどうしようもなく嫌だった。

 

「お。何だかうまそうなにおいがするな」

 

 機密地区に戻ってきた時、M16A1がにおいを嗅ぎながらそう言った。確かに嗅いだことのない香りがした。香ばしくておいしそうだ。今までずっと食べてきたレトルト食品のにおいじゃない。ちょうどその時、指揮官が食堂から出てきた。私を見ると微笑んで言った。

 

「おかえり、AR-15。疲れたろう。すぐに食事にしよう」

 

 指揮官に笑いかけられると嬉しくなってしまう。嫌な考えも吹き飛んでしまう、そんな気がした。小走りで食堂に向かうといつもの机に茶色の紙袋が置いてあった。においの正体はこれか。一体何なんだろう。指揮官と向かい合う席に座る。M16A1は私の横に座った。

 

「いい加減レトルトは飽きただろうと思ってな。というより俺がもう限界だ。だから上のフロアで買って来たんだ」

 

 指揮官は紙袋の中から小さな包みを取り出した。白い包装紙に黄色いロゴがプリントされている。それを私たちに二つずつ配った。その包みを触るとほんのりと温かかった。

 

「まあ、ここの食べ物はあまりおいしくないからな。同じ合成食品にしたって16LABの社食はもっとおいしかった」

 

 M16A1の言葉にムッとする。あんたが今まで食べてたのはあの中でも上等な品よ。本当はあんたに食べさせたくなかったけれど、仕方ないから食べさせてあげてたのよ。M16A1が指揮官にまずいまずい言っているところを見たくなかったからまずいのは全部避けていた。なのに知った風な口を利かないで。

 

「社食?私はそんなの食べたことないわよ。16LABで食事をとった覚えがないわ。味のない栄養剤くらいしかもらっていなかった」

 

 少し彼女にイラついて語気が荒くなる。M16A1は全然そんなことは気にせず、驚いたように口を開けた。

 

「なんだって?栄養剤?そうなのか。てっきりお前も私と同じものを食べていたんだと思っていた。しかし、味のない栄養剤か。そんなの虐待同然じゃないか。人形だってストレスを感じるから食事で解消するのが大切だってペルシカさんは言ってたぞ。特に私たちは人間に近いメンタルモデルを持ってるからより重要だって。お前がまともな食事をもらってなかったなんて誰も言っていなかった……」

 

 M16A1は顎に手を当てて眉間にしわを寄せる。その表情が私を憐れんでいるように見えて腹が立った。私は空っぽのあんたよりよっぽど幸せよ。指揮官に感情を教えてもらったんだから。

 

「まあまあ、今は過去のことはいいだろう。それより早く食べよう。まだ温かいはずだ」

 

 私とM16A1の会話を打ち切らせて指揮官はそう言った。指揮官が用意してくれたこれは何なんだろう。包みを開けてみる。肉と野菜が円形に切られたパン二つに挟まれていた。映画で見たことがある。これはハンバーガーと言うんだ。油っぽいにおいが鼻腔をくすぐる。なんだか食欲を誘うにおいだった。

 

「食べてみろ」

 

 指揮官が和やかな表情で私を見つめていた。言われるままに口に運んでみる。ふわりとしたパンが歯に触れた。パンも肉もやわらかくて一口で噛み切れた。こんなのは初めて食べる。今まで食べた肉はどれも固くて噛み切るのに苦労した。

 

「おいしいか?」

 

 指揮官はニコニコしながら私を見ていた。

 

「……ええ、とってもおいしいわ。世の中にはおいしいものがたくさんあるのね。あの時のケーキみたいに」

 

 そんなものを指揮官が私に用意してくれたのが嬉しかった。指揮官と見つめ合っているとなんだか胸が落ち着かない。顔が熱くなるような感覚を覚える。

 

「うん、本当においしいな。こんなのは初めて食べた。でも、いいのか?これは合成食品じゃないな。高級品だろ。こんなに買って高いんじゃないのか?」

 

 M16A1が口を挟んでくる。あんたは黙ってなさいよ。それは私が後で言えばいい。指揮官との時間に入って来ないで。横目でM16A1をにらんだ。

 

「まあ、高いな。昔はもっと安かったんだ。どこにだって店があったし、世界中どこででも買えた。ジャンクフードなんて言われてたくらいだ。今じゃまともに食べられるものじゃなくなった。食は金のかかる娯楽になったんだ。まるで社会主義時代みたいだな。生まれてないから俺は知らんが。だが、人形はそんなこと気にするな。俺が好きでやってるんだ。好きに食べろ。人形は人間に甘えておくべきだ」

 

「いやあ、あんたいい人だなあ。酒を持ってくるんだった」

 

 M16A1はパクパクとハンバーガーにかじりつき、すぐに二つ目の包みに手を出した。彼女と指揮官が話しているのを聞くとイライラする。限られた時間しかないのに邪魔しないで。もう遅い時間だから夕食が終わったら宿舎に戻ることになる。駄々をこねていいとは指揮官に言われたが、そう何度も寝たくないなどと言うわけにはいかない。M16A1に馬鹿にされる気がする。指揮官にも度を越えた甘えん坊だと思われたくない。私のささやかなプライドが衝動を押さえつけていた。

 

 

 

 

 

 私は明かりの消えた宿舎にいた。隣を見るとM16A1はもう眠っていた。こいつは邪魔だな、改めてそう思った。本当は指揮官とだけ思い出を共有していたい。あのハンバーガーだってそうだ。指揮官とだけなら素晴らしい思い出になるのにこいつの存在がちらついて無駄にイライラしてしまった。私が一緒にいて欲しいのは指揮官だ。訓練にもついて来てくれればいいのに。否応なくM16A1とだけ過ごす時間が増える。でも、仕方がないことなのだ。私が生み出されたのはAR小隊の一員になるためだ。こいつらと一緒にいる以外の選択肢はないのだ。いつかM4A1が来て、指揮能力を持つようになったら私はここを離れることになる。M4A1の指揮で戦うのだ。その時が指揮官との本当のお別れだ。そう思うとまた不安に襲われる。私はため息をついて寝返りをうった。

 

 私はあの端末を取り出した。私の唯一の私物だ。指揮官が私にくれた大切なもの。前は指揮官が偽物じゃないと確かめるために使っていたが、今は純粋に指揮官のことが知りたいから使っている。とはいえ、ビジターレベルで見れる情報はすべて閲覧してしまった。指揮官には悪いとは思ったが、昨日権限を書き換えてしまった。元々、この端末は一般職員用のものらしく、ビジター用に制限するために軽いプロテクトがかかっていただけだった。私はAR小隊において情報収集役も兼ねている。敵の無線通信を傍受したり、ネットワークに侵入する能力がある。だから、こんな簡素なプロテクト、痕跡を残さず突破するくらい易々とできた。内部から侵入されることなどまったく想定していないようだった。バレたら指揮官に怒られるかもしれない。監督不行き届きで指揮官が怒られるかもしれない。だが、そんなへまはしない。私は自分のスペックには自信を持っていた。

 

 でも、指揮官のパーソナルな情報は見つからなかった。まだダメなのか。指揮官職の人間の情報は一般職員には開示されていないようだ。もう一段階権限をアップグレードしなければいけないのかもしれない。指揮官の部屋にあるコンピューターに侵入してしまうのが一番手っ取り早いかもしれない。だが、さすがにそれは憚られた。人には見られたくないものもある。データベースに勝手に侵入して情報を探している私が言うのも変かもしれないが、さすがにそれはしてはいけない気がした。

 

 指揮官の名を探していると一件だけ見つかった。アーカイブに動画ファイルが指揮官の名で登録してあった。ファイル名は“ハロウィン”と短く書いてあった。興味を惹かれてすぐに再生した。私と出会う前の指揮官が見られるかもしれない。

 

 動画が端末の画面に映し出される。古いビデオカメラで撮影されたのか画質が少し荒かった。画面に緑髪の人形が映った。場所はロッカールームのように見えた。

 

『FNC?何ですか、それ』

 

 画面の人形が怪訝そうに尋ねる。

 

『ビデオカメラ。仮装探してたら倉庫で見つけたの。せっかくのハロウィンなんだし記録残しとこうと思って』

 

 動画を撮影している人形はFNCというらしい。指揮官じゃないのか、私は少しがっかりした。これが指揮官の仲間だった人形たちなのだろうか。それはそれで興味がある。

 

『それで勝手に持ち出したんですか?後で指揮官に怒られても知りませんよ』

 

『指揮官って人形に甘いから怒らないじゃん。大丈夫大丈夫』

 

 緑髪の人形は咎めるように言うが、FNCは意に介さない。

 

『それで何を撮るんですか?ハロウィンの動画なら仮装してからの方がいいんじゃないですか?私は今から着替えようと思ってたんですけど。少し待ってくれたら着替えますよ』

 

『あーいいのいいの。ビデオレターやろうと思って。FAMASの衣装、着たら誰だかわかんないじゃん。だから今来たの』

 

『ビデオレター?誰に送るんですか?』

 

『指揮官だよ。後で指揮官に見せるから、さあ!日頃の想いを伝えてみよう!』

 

『想いですか……うーん、いつもありがとうございます……?指揮官の采配のおかげでいつも勝利を挙げることができています』

 

『いやいや、他にあるでしょ。恥ずかしがらずに言ってごらんって』

 

 FNCは呆れたように言う。FAMASは何を言っているのか分からないという風に首をかしげる。

 

『他って……例えば?』

 

『あーもう隠さなくていいって。FAMASが恋する乙女なのは部隊のみんなもう知ってるんだからさ。自分から副官に志願してずっとやってるんだから、自分でも分かってないってことはないでしょ?分かってないの指揮官くらいだよ』

 

『ちょっと!一体何のことですか!』

 

 FAMASが慌てて叫ぶ。顔がみるみるうちに赤くなっていくのは不鮮明な画質でも分かった。

 

『もう誤魔化さないでいいからさ~。ぱぱっと好きって言っちゃいなよ、この機会にさ。見ててじれったいんだよね』

 

『指揮官と私はただの上官と部下です!指揮官のことは何とも思っていません!』

 

『ああ~もういいからいいからそういうの。指揮官大好きです~。はい、復唱して。3……2……1……』

 

『FNC!いい加減にしなさい!そのデータ絶対に消させますからね!』

 

 FAMASが撮影しているFNCに掴みかかった。一気に画面が大きく揺れ動く。

 

『ちょっとやめて!壊したら私が怒られちゃう!』

 

 視点がぐるぐると回ったあと、急速に床が近づいて来た。ガシャンと激しい音がしたと同時に画面にヒビが入り、すぐさま暗転した。そこで動画は終わっていた。

 

 この後どうなったの?私はとても続きが気になった。この動画は指揮官の名で登録されていたから、指揮官もこの動画を観たんじゃないの?人形が人間に恋するなんて許されるの?FAMASはこの後、想いを伝えたの?動画を観た指揮官はどうしたの?FAMASの想いを受け入れた?まさか恋人同士になったんじゃないわよね。映画で観た恋人たちを思い出す。恋人は手をつないだり、抱きしめ合ったりする。それに唇と唇を合わせたりする。FAMASと指揮官がそんなことをしている姿を想像する。息が苦しい。とてつもなく嫌な気分になった。力いっぱい手で胸を押さえつける。私は混乱して動揺していた。頭の中に疑問と想像が渦巻いて考えがまとまらない。指揮官のことを考えるとよくこうなる気がする。

 

 まさか、指輪を渡してはいないわよね。あの人形と人間が家族になれるという特別な指輪。そんなことは絶対にない!そうだったら指輪について話した時に自分の経験を話してくれたはずだ。でも本当にそうだと言い切れる?たまたま話さなかっただけじゃないの?指揮官があの優しい笑顔を家族のFAMASに向けていなかったとは言い切れない。そんなのは嫌!私だって指揮官と家族になんてなっていない。私より先を歩いていた人形がいるなんて許せない。

 

 どうして私はそんなことを思ってるんだろう。どうして二人で歩むFAMASと指揮官を想像すると胸が苦しいんだろう。顔を赤くして叫ぶFAMASの顔を思い出した。あれはきっと私と同じ感情を抱いている。そう、今日だって私は指揮官と見つめ合っていたら顔が熱くなった。やっと分かった。この感情が恋なんだ。私は指揮官のことが好きなんだ。ただの教育係とか、親代わりとか、それに対する好きじゃない。これは恋愛感情だったんだ。今まで指揮官のことを必要だと思っていたけど、それがどうしてなのかは分からなかった。指揮官のことが好きだからなんだ。好きだからずっと一緒にいたかったし、指揮官に必要として欲しかった。指揮官が偽物だと思いたくなかった。やっと分かった。私、指揮官に恋してるんだ。

 

 でも、そんなこと許されるの?人形が人間にそんな想いを抱いていいの?指揮官は確かに人形と人間が家族になれると言っていた。でも、指揮官自身が人形と家族になる気があるとは言ってなかった。いくら指揮官が人形に優しくても、越えられない一線はあるんじゃないの?想いを打ち明けたら今度こそ本当に気持ち悪いと思われるんじゃないの?それにもし、指揮官が人形を受け入れる人間だったとしても、もうFAMASが先に指揮官の心の中にいるかもしれない。私が指揮官と出会うとっくの昔に先を越されているかもしれない。

 

 胸が苦しかった。今まで感じていた不安から来る胸の痛みではない。心が満たされているような、満たされていないような曖昧な感覚。想いが急にあふれ出して来ていた。初めて自覚する感情をうまく制御できない。布団にくるまって落ち着こうとしてもまったく効果はなかった。私はベッドの上で足をバタバタとさせてのたうち回っていた。

 

 FAMASが羨ましい。私が16LABの特別製じゃなくて、I.O.Pの普通の人形だったら指揮官と一緒に戦えたかもしれない。同じ部隊に配属されて、指揮官に仲間だと思ってもらえる。教育係と生徒の関係よりもっと深くつながれたかもしれない。そうすれば指揮官に私の恋心を受け入れてもらえる確率が少し高くなったかもしれない。二人で寄り添って、同じ道を歩めたかもしれない。

 

 でも、無意味な想像だった。私はAR小隊の一員となるために製造され、M4A1に従う以外の道はない。指揮官とは袂を分かつ運命なのだ。それに、FAMASは恐らく死んだのだ。私が無神経に踏み込んだあの出来事で指揮官の仲間は全員死んだ。死んでしまっては指揮官には二度と会えない。たとえ結ばれたとしても、それは嫌だった。そして、指揮官はもう部隊を率いるつもりはない。私と指揮官の道は交わらないのだ。

 

 結局、私は朝まで一睡もしなかった。様々な感情が胸の中で格闘戦を演じていたのでそれどころではなかった。起きてきたM16A1が私を見て言った。

 

「どうしたんだ?AR-15。なんだか落ち着かないみたいだが」

 

「何でもないわよ、何でも」

 

 嘘だがそう言うしかない。こいつに相談する気はないし、しても無駄だ。所詮は生まれたばかりの人形、プログラムされた感情を搭載されて人生経験豊富のように振舞っているが、実際には私の方が経験を積んでいる。私が抱いている感情は特別なものだ。指揮官に感情を教えてもらった人形だけが持つことを許される感情だ。こいつには理解できまい。私と彼女の間には大きな隔たりがあるのだ。

 

 宿舎を出るともう指揮官は食堂にいた。私たちのために食事を用意してくれているのだ。私に気づくと微笑んでくれた。

 

「おはよう、AR-15」

 

「お……おはよう、指揮官」

 

 指揮官の顔を直視すると胸がどきまぎする。顔に火が回ったように熱い。自分の感情を自覚したせいで症状がよりひどくなった。頭どころか口もうまく回らない。思わず指揮官から目を逸らす。顔を見ていられない。胸の高鳴りがひどくなる。何か突拍子もないことをしでかしてしまうんじゃないかと自分が心配だった。

 

「どうした?具合でも悪いのか?」

 

 指揮官が近づいてきて私の顔を覗き込んでくる。私は飛びのいてしまった。そんなに近寄られたらおかしくなってしまう。私をこれ以上おかしくさせないで。

 

「何やってるんだよ。またすぐ訓練なんだから食べてしまおう」

 

 M16A1がケラケラ笑いながら言った。指揮官と一緒にいるとドキドキして落ち着かないし、指揮官と離れると寂しい。どうすればいいのかしら。まあ、原因はもう分かったけれど。

 

 指揮官とお別れになる前に早く想いを打ち明けてしまえばいいのかもしれない。でも、指揮官は私の教育係になると言ってくれたけれど、私が好きだとか、私と恋人になるとか言ったわけではない。受け入れてもらえるとは思わない。それに指揮官は私のことを子どもだと何度も言っていた。普通、子どもとそういう関係になる人間はいない。そういう対象として見られているわけがない。そう思うと辛かった。結局、私と指揮官の間にも隔たりがあるのね。感情のある人形と感情のない人形、それよりももっと大きな溝が。

 

 

 

 

 

 私たちは昼過ぎに宿舎での待機を命じられた。いつもなら夜まで訓練が続くのに珍しい。でも、その分指揮官に会えるのだから嬉しい。M16A1だけ訓練をさせられていればいいのに。

 

 機密地区の扉を開ける。そこには見知らぬ人形が二人立っていた。黒い長髪の人形とクリーム色の髪をした人形。いや、私はこいつらを知っている。M16A1を見た時と同じだ。会ったことはないが、データとして知っている。だとするとこいつらが。

 

「あなたがM16姉さん?私はM4A1です。会いたかった……」

 

 黒髪の人形、M4A1が言った。こいつがM4A1、AR小隊のリーダーでユニットの中核。こいつが能力を獲得すれば私は指揮官と離れることになる。M16A1の時とは違って私の感情はフラットではなかった。

 

「お前がM4か。やっぱり想像していた通りの姿をしているな。私も会いたかったよ」

 

 感極まったのかM4A1がM16A1に抱きついた。M16A1も彼女を抱きしめ、二人はぎゅっと抱き合っていた。家族の感動の対面というわけね。初めて会うくせに。インプットされただけの感情に従う人形たちの家族ごっこを見ていると気持ち悪くなる。不愉快だった。

 

 そう思っているとクリーム色の髪をした人形が私の胸に飛びついてきた。ぎょっとする。

 

「あなたがAR-15?会いたかった~、私はM4 SOPMODⅡ!SOPⅡって呼んで!」

 

 そう言うSOPMODⅡの両肩を掴んで引きはがす。馴れ馴れしいのよ、初対面の他人に対して。

 

「別に名乗らなくても知ってるわよ。データとして入ってるんだから」

 

「でも直接会うのとは全然違うでしょ?私、AR-15の感触も温かさも知らなかったよ!みんなに早く会ってみたかったんだ~、これで家族が全員集合だね!」

 

 SOPMODⅡはニコニコと笑みを浮かべながらそう言った。私はそれに薄気味の悪さを感じた。私とあんたたちは家族じゃないわよ。少なくとも今は。指揮官は私がこいつらと家族になれると言っていたが本当になれるのだろうか。全然想像がつかない。

 

「あなたがAR-15?あなたにも会いたかった……」

 

 M4A1がM16A1の胸から顔を上げてそう言ってきた。うるんだ目をしていた。その目を見るとぞわりと怖気が走る。別に私は会いたくなかったわよ、そう言いたくなったが喉元で抑えた。指揮官が私に期待している答えはそれではない。

 

「そうね、私も会いたかったわ。AR小隊にはあんたが欠かせないし、私たち“友達”になれるかもしれないしね」

 

 家族と言う気にはならなかったので、そう言った。それが私にできる最大の譲歩だった。M4A1はそれを聞いて怪訝な顔つきになる。

 

「友達?家族じゃなくて?」

 

「……別に何だったいいでしょ。大した違いはない」

 

 あまり追求されたくなかったので誤魔化した。SOPMODⅡが抗議の声を挙げてくる。

 

「ええ~友達と家族じゃ全然違うって!家族はもっと特別なものだよ!生まれた時から決まってるものなんだよ!家族は大事にしなさいってペルシカも言ってたし」

 

 頬を膨らませるSOPMODⅡを見ながら思った。そう、友達と家族では全然違う。あんたたちと友達にならなってやってもいいわ。作り物の感情を埋め込まれたあんたたちと付き合ってあげる。必要なら我慢して家族ごっこにも付き合う。でも、家族にはなれない。そんな気がした。私が家族になりたいと思っているのは指揮官だけだから。この人形たちと家族になりたいとはまったく思えなかった。

 

 その時、指揮官も部屋から出て来た。私たちを見まわして言った。

 

「全員揃ったか。これでAR小隊が正式に編成される。俺はここの管理人だよ。しばらくの間よろしく頼む」

 

 そう言って指揮官はM4A1に右手を差し出した。彼女も躊躇なくそれに答える。握手し合う二人を見て若干イラついた。別にこいつと握手する必要はないでしょう。何も考えていない空っぽの人形よ。

 

「わあ、人間の男の人こんな近くで見るの初めてかも。AR-15とずっと一緒にいた指揮官だって聞いたよ!二人で何してたの?」

 

 SOPMODⅡが目を輝かせて指揮官に近づく。触れるか触れないかぐらいの距離だ。私の指揮官に近づきすぎよ。指揮官は言いにくそうに答える。

 

「あー、俺はAR-15の教育係だ。ずっとそうだったし、今もそうだ。まあ、AR-15は特別だから教育が必要だったんだ」

 

「教育係?そんなの私たちにはいなかったよね、M4?」

 

「ええ、あらかじめ常識は搭載されていたから。一体どんなことをしてたの?AR-15」

 

 M4A1の質問は無視した。私が特別か。指揮官から直接そう言われるのは初めてだった。とても嬉しかった。思わず頬が緩む。この人形たちを見ていて感じた不快感が消えていく。やっぱり私には指揮官だけいればいいのね。この人形たちと必要以上に関係を深めることはない。

 

 

 

 

 

 感動の対面を果たした後、私たちは訓練に呼び戻された。もう仮想空間に行くのも慣れたものだ。相変わらず真っ白な空間だった。違うのは新しい人形が二人追加されていること。SOPMODⅡは小隊の擲弾手だ。銃身の下に40mmグレネードランチャーを装着している。AR小隊には機関銃手はいないので部隊の中では最大の火力を発揮する。擲弾をもって敵の集団を吹き飛ばす。当たらずともその火力を恐れる敵を拘束することができる。彼女の加入で火力不足が一気に解消されたと言える。

 

 ただ、彼女は突出しすぎる。盾役はM16A1に任せればいい。彼女はM16A1のカバー範囲から前に出る必要はない。後ろから火力を投射していればいい。だが、彼女は敵に近づくのを好むようだった。

 

「アハハッ!バラバラにしてやる!悲鳴を上げろ!」

 

 私はSOPMODⅡが一気に敵に近づき、銃撃を浴びせるのをスコープ越しで見ていた。そんなに近づく必要はない。中距離の敵は私の射程だ。彼女は敵を無力化するというよりは破壊を楽しむように全身に銃弾をそそぐ。一体に銃弾を使いすぎだ。そんなに引き金を引き絞っては三十発しか入っていないマガジンはすぐに空になる。リロード中は無防備でこちらが彼女をカバーせざるを得なくなる。勝手な行動をされては迷惑だ。こちらに危険が及ぶ。

 

 SOPMODⅡは子どもっぽい人格を設定されているのかと思った。だが、戦闘における彼女は嗜虐趣味に走っている。敵をバラバラにするのが好みのようだった。鉄血の人形を模したターゲットに執拗に銃弾を叩きこむ。腕や脚がリアルに千切れ、頭はトマトが潰れるように弾け飛ぶ。その様子を見てSOPMODⅡは嬉しそうに高笑いしていた。ある意味で執拗な残虐性は子どもらしいのかもしれない。徹底的な攻撃性は彼女の部隊における役割にうってつけのパーソナリティなのかもしれない。だが、今は連携を乱しているとしか言えない。実戦でもこれなら困ったことになる。いざとなったら彼女を置いて逃げよう。自分が生き残ることが第一だ。私はそう思いながらSOPMODⅡを狙う敵の頭に銃弾を撃ち込んだ。SOPMODⅡはすでに虫の息の敵に対して擲弾を撃ち込んだ。身体の破片が四散する。彼女はより大きな笑い声をあげた。

 

「SOPⅡ!戻って!先走りすぎよ!」

 

 M4A1が慌てて指示を飛ばす。SOPMODⅡの性格はまだ設定された理由が分かる。だが、こいつにこんな性格が設定されている理由が分からない。

 

「えへへ、ごめんごめん。つい興奮しちゃって。うわ!」

 

 悪びれずにこちらに戻って来ていたSOPMODⅡの背中に敵弾が撃ち込まれる。SOPMODⅡは突然の衝撃に地面に顔から叩きつけられる。しまった、敵の狙撃手を排除し損ねていたか。私と同じような役割を持っている鉄血の人形、イェーガーは厄介な敵だった。遮蔽物の合間を縫って動き、隠れながら強力な一撃を放ってくる。銃弾が来た方向からすぐに敵の位置を割り出す。スコープ越しにイェーガーと視線が合った。だが、私が引き金を引く方が早かった。敵のスコープを貫通して銃弾が頭を貫く。イェーガーはつんのめって後ろに倒れた。

 

「SOPⅡを助けます!私が行くから姉さんは支援を!」

 

 返答も聞かずにM4A1が倒れているSOPMODⅡのもとへ走り出す。指揮官役がそんなに突出するべきではない。M16A1に任せるべきだと私にも分かる。倒れたSOPMODⅡはいい的だったので集中攻撃を受けていた。とても助からない。案の定、M4A1にも銃弾が浴びせられる。足を撃ち抜かれ、その場に四つん這いになってしまった。負傷者が一瞬で二人に増えた。

 

「クソ!M4、今助ける!」

 

 M16A1が飛び出すのを私は呆れて見ていた。死にに行くようなものだ。まともな思考能力があればそんなことはしない。インプットされただけの家族という関係に執着し過ぎだ。私は一人取り残されて考えていた。こんな奴の指揮で戦わないといけないのか。単純な訓練でこの有様なら、複雑な状況判断を求められる実戦ではどうなってしまうんだ。指揮官役ならもっと冷静に指揮ができるパーソナリティを搭載すべきだろう。16LABは何を考えているんだ。家族に熱くなって冷静さを失うようなグズは必要ない。こいつのせいで実戦でも死ぬんじゃないか。死んだら指揮官には二度と会えない。指揮官にとってただの記録になってしまう。こいつが永遠に訓練でも失敗し続けてずっと指揮官と一緒にいれるのならいい。でも、きっとそうじゃない。いつかは実戦に放り出されるのだし、それでも使い物にならないと判断されたら廃棄処分にされる。結局、指揮官とはいられない。くそ、なんで私にはM4A1に従う選択肢しかないんだ。

 

 もう戦うのもやめてM16A1たちが死んでいくのを眺めていた。イラつく奴らだ。FAMASみたいに指揮官のもとで戦えればよかったのに。私が普通の人形ならこいつらと一緒に戦うこともなかった。銃を下ろして座り込む。私の姿を確認した敵が殺到してきた。目をつむる。別にこれで死ぬわけじゃない。指揮官とはまた会える。そう自分に言い聞かせた。

 

 死の体験は一向になれない。仮想現実から現実に戻る瞬間、無に帰るような感覚がする。毎回、息が乱れる。胸を押さえつけて呼吸を整える。何でもないように取り繕うのも一苦労だ。恐ろしい体験だ。今までM16A1に隠し通すのが大変だった。見抜かれているかもしれない。だが、どうでもいいことだ。失いたくないものがあるのは恥ずかしいことではない。こいつらと私の最大の違いだ。こいつらには作り物の家族しかいないが、私には指揮官がいる。自分で指揮官のために戦うと決めたのだ。私が選んだ、私だけの戦う理由だ。誰かに与えられた感情のために戦うこいつらとは違う。

 

 ポッドから出るともう全員揃っていた。

 

「いやあ、ごめんね。私のせいで」

 

 SOPMODⅡがM4A1に頭をかきながら謝っていた。

 

「だめよ、SOPⅡ。一人で突っ込んでは。家族はいつでも一緒に行動しなくちゃ。誰かが欠けでもしたら……想像したくないわ」

 

 M4A1は優しくSOPMODⅡを叱っていた。今回はあいつのせいで負けたんだからもっと強く叱りつけるべきだ。でないとまた繰り返される。命令を徹底させられない指揮官は無能というんだ。M16A1が二人の会話に口を挟む。

 

「お前もだぞ、M4。ああいう時は私に任せておけ。私はお前より頑丈にできてる。それにリーダーのお前がやられたら代わりに誰が指揮を執るんだ」

 

「でも……家族を私の代わりに危険に晒すような真似はできないわ」

 

「いいんだよ。それが私の役割だ。AR-15なんていつも私を盾代わりに使ってたぞ。その方が効率がいいんだ。私たちには与えられた役割がある。それを全うした方が生き残れる」

 

 M4A1は納得いかないという風に唇を噛んでいたが、一応頷いた。部下に叱られるようなリーダーでこの先やっていけるのだろうか。不安だった。

 

「AR-15はすごかったよね!遠くの敵にもバンバン当ててたし。一番敵を倒してたよね!私はすぐ弾がなくなっちゃって全然倒せなかったよ」

 

 SOPMODⅡが私の方にやってくる。その目はキラキラとしていた。M4A1がやらないというのなら仕方がないから私が代わりにやってやることにする。

 

「あんたは一体に弾を使い過ぎなのよ。弾倉には三十発しか入ってないんだから馬鹿みたいに撃ってたらすぐ無くなるわよ。弾倉だって何十個も持っていけるわけじゃない。実戦で弾が尽きたら死に直結するわ。あんたをカバーするために部隊全員が危険に晒されるのよ。指切りを覚えなさい。急所にだけ撃ち込めばいいの。敵を完全に破壊する必要はない。無力化すればいいんだから。CPUかコアを破壊すれば十分なの。分かったら次から気をつけなさい。実戦なら次はないのよ」

 

「うん……ごめんなさい。分かってるんだけど敵を見ると落ち着かなくなっちゃって。ぐちゃぐちゃにしたいって思っちゃうの。ちゃんと自制できるように気を付けるから……でも、AR-15はすごいね!戦ってる時もずっと冷静だったし。私のこともちゃんと援護してくれてたよね。すごいな~あの指揮官に教育してもらったおかげなの?」

 

 SOPMODⅡはしゅんとしていたかと思うとすぐに顔を輝かせて私を見てきた。単純なのか切り替えが早いのか。まあ、能力を褒められて悪い気はしないし、それが指揮官の評価につながるならいいことだ。

 

「そうね、多分。指揮官のおかげよ」

 

「私もAR-15みたいになりたいな~」

 

 SOPMODⅡはニコニコしながらそう言った。

 


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