夜になってから機密地区に戻る。さらに二人増えたせいで指揮官と喋る時間が減るのではないかと不安だった。ドアをくぐるとまた見知らぬ人形がいた。これに関してはデータもなかった。そいつはエプロンを身に着けて、ニコニコと笑顔を顔に張り付けていた。横には指揮官がいてそいつの肩に手を置いた。
「上に文句を言ったら送って来たんだ。俺にAR小隊の世話をする義務があるなら、食事事情を改善するのも必要なことだと言って送らせた」
「私はI.O.Pの2052年製家事手伝い人形モデル101です。皆さまよろしくお願いいたします」
その人形は同じ笑みを浮かべたままぺこりとお辞儀をした。古い人形だった。よくも見るとあちこち劣化しているようだ。私たちのような上等な人工皮膚ではなく、ゴムのような質感の古ぼけた肌だった。
「へぇー家事ってことは料理もできるの?」
SOPMODⅡが鼻と鼻を突き合わすくらいその人形に近づいてジロジロと見る。101はまったく表情を変えない。
「ええ、そのために派遣されました。何か食べたいものはございますか?食材も持ってきました」
「うーんとね……そう、ハンバーグ!私、ハンバーグ食べてみたい!」
「かしこまりました」
101は私たちを先導して食堂に向かう。何にせよ指揮官と過ごす時間は大切にしなければならない。歩幅を調整して指揮官の横になるようにする。指揮官の方を見ると私を見て笑っていた。意図を見抜かれてしまったかもしれない。恥ずかしくて顔が赤くなる。
「少々お待ちください」
101は手際よく材料を冷蔵庫から取り出してキッチンに並べた。今まで一度も使っていなかった調理器具を大量に引っ張り出している。101の行動は迅速で計算されたものだった。材料をこねながらフライパンを火にかけて温めている。何をやっているのかは分からないがきっと効率よく調理するための手順なのだろう。あの人形にとってはこれが戦いなんだ、そう感心してしばらく眺めていた。
こんなことをしている場合じゃない。指揮官と過ごさないと。他の人形なんてどうでもいい。そう思って指揮官を見る。指揮官はいつもの席に座っていた。だが、いつもと違うところがあった。指揮官と向かい合う席にSOPMODⅡが座っていた。
は?何をやってるんだこいつは。そこは私の場所だ。お前なんかが座っていいところじゃない。身の程をわきまえろ。SOPMODⅡの背中をにらみつけるが、彼女は気づかない。
「ねえねえ、AR-15の教育って何をやってたの?」
SOPMODⅡが身を乗り出して指揮官に尋ねる。
「そうだな、話し合ったり、映画を観たり」
「映画!?私、映画って観たことない!観てみたいな~」
「じゃあ今度みんなで観よう。さあ、AR-15も早くこっちに」
指揮官に手招きされて横の席に座る。イライラする。これじゃ食べながら指揮官の顔が見えないじゃないか。それに指揮官と無駄に話しやがって。あんたは押し黙ってレーションでもかじっていればいいのよ。私は上手く言葉を出せず、他の連中と指揮官が喋っているのを黙って聞いていた。腹が立つ。こんなはずじゃなかったのに。
「お待たせしました。温かいうちにお召し上がりください」
ニコニコしながら101がハンバーグを持ってきた。
「うわあ!おいしそう~」
ハンバーグからはほかほかと湯気が立ち上っていた。確かに今まで見た料理の中では一番見た目が上等だった。きっと味もいいに違いない。だが、私は正直それどころではなかった。
「お褒めに預かり光栄です」
101は表情も声色も変えずにそう言った。やっと気づいた。こいつには感情がないんだ。古い人形だからそんなものは搭載されていない。表情も言葉もプログラムが機械的に弾き出しているだけなんだ。
「あっおいしい!16LABで食べたご飯よりおいしいよ!M4も食べてみな!」
「ほんとだ……101さん、ありがとうございます」
SOPMODⅡはハンバーグにフォークを突き刺して頬張る。満面の笑みを浮かべるSOPMODⅡを見ながら思った。こいつも101と何も変わらないんじゃないか?感情豊かそうに振舞ってはいるが、全部プログラムがこいつに命じているんだ。そうだ、生まれたばかりの人形には経験なんてない。自分で感情を生み出すことはできない。全部作り物だ。それなのに感情があるように振舞っている。気味が悪い。こいつらも101と同じくらい無駄なことを喋らなければいいのに。それならどうでもいい。こいつは無駄な行動をして私の邪魔をして。ちゃんとした感情を持った私の道を邪魔するな。空っぽの人形のくせに。
「どうした?AR-15。冷めてしまうぞ」
いつの間にか指揮官が私のことを見ていた。慌ててナイフとフォークで切り分けて口に運ぶ。
「……ええ、すごくおいしいわ」
「そうか、ならよかった」
指揮官は微笑んでそう言った。正直、味わう余裕がなかった。何でこんなことに。指揮官と二人で食べるならどんなまずい食事でもよかった。こんなものいらなかった。この空っぽの人形たちもいらなかった。一緒に暮らしたくない。私の大切な思い出に割り込んでくる異物だ。こんなのふざけてる。
それから三日間、私たちは訓練に明け暮れた。M16A1しかいなかった時と変わらない。しかし、なんだかSOPMODⅡに付きまとわれている気がする。無駄に懐かれた。よく私に話しかけてくる。いつも適当にあしらっているのだが。まあ、私の言うことを聞くようになったのはいいことだ。訓練でも一人で先走ることはなくなったし、前よりは銃弾を節約するようになった。実戦でも生存確率が上がるだろう。せいぜい利用してやることにする。
食事の時は後れを取らないように真っ先に指揮官の前に座る。SOPMODⅡは私の横に座ってくる。私と指揮官が話していると割り込んできて非常に腹が立つ。指揮官は私と彼女に会話させようと何だか一歩引いているような気がする。どうしてそんなことをするんだ。私と話したくないの?指揮官が私と彼女たちを家族にしたいんだということは分かる。でも、私にはそのつもりは全然ない。私の気持ちも尊重してほしい。私が過ごしたいのはあなたとなのよ。空っぽの人形たちとじゃない。戦う理由は自分で決めろって散々言ってくれたじゃない。
今日は珍しく休みだった。私たちではなくシステム部の職員が休暇らしい。だから、今日はずっと指揮官と一緒にいられるのだ。何日ぶりだろう。指揮官とずっと一緒に過ごしていた一か月間が懐かしい。これで他の奴がいなければ完璧なのだけれど。
「映画観ようよ!映画!ずっと観てみたかったの!」
SOPMODⅡがそう言った。映画か。指揮官と観た映画はどれも楽しい思い出だけれど、こいつらと観たくないな。そう思った。
「ああ、そうだな。せっかくの休みなんだし観ようか。じゃあ談話室に行こう」
指揮官は私をちらりと見て言った。指揮官にそう言われたら断る理由がない。こいつらと思い出を共有するのは嫌だが、指揮官が私の知らないところでこいつらと思い出を作るのはもっと嫌だった。そんなのは許せない。私の教育係なのよ、こいつらのじゃない。
談話室に行くのもなんだか久しぶりな気がする。思い出の場所であるソファは変わらずにそこにあった。指揮官の膝で眠ったのはそう遠い出来事じゃない。ついつい寝すぎてしまって起きたら指揮官が笑っていた。思い出すと恥ずかしい。でも、嫌な思い出じゃない。
ソファは二人掛けだ。詰めれば三人で座れないこともないが、他の奴に座られるのは嫌だった。だから、他の椅子をモニターの前に持ってくる。三人分必要だ。一つ運んで、もう一つをモニターの方へ持っていく。思わず私は椅子を落とした。SOPMODⅡが指揮官とソファに座っていやがる。またか、このくそったれの人形め。そこは私の場所だぞ。お前みたいなのが汚していい場所じゃないんだ。殺してやろうか、黒い感情が急速に湧き出てくる。
「AR-15!椅子は二つでいいよ!AR-15は真ん中に座ればいいから!詰めれば座れるよ!」
SOPMODⅡは私の方を向いてそう言った。指揮官は少し困ったような顔をして私の方を見ていたが何も言わなかった。私は今すぐSOPMODⅡの髪をつかんで引きずりおろしてやりたい衝動に駆られたがどうにか止めた。指揮官の前でそんなことをしてはいけない。歯噛みをして耐える。でも、あいつがあそこに座っているのは我慢できない。とても映画なんて観る気分じゃない。
「やっぱり映画はいいわ。私はいい。そんな気分じゃなくなった。宿舎にいるわ」
そう言って私は談話室を出た。くそう、なんで私がこんな目に。指揮官との思い出を守りたいだけなのに。あいつらがどうしても邪魔してくる。悔しくて涙が出そうだ。廊下をとぼとぼ歩いていると指揮官が慌てて追いかけてきた。
「AR-15!待ってくれ。一緒に映画を観よう」
「……ごめんなさい。そんな気分じゃないの。観たくない」
「お前がいないと困るんだ。まだ彼女たちと親しくないから気まずい。お前にいて欲しい。お前が必要なんだ。お前にも彼女たちと過ごす時間が必要なんだ」
私が必要?指揮官にとって?そんなことを言われるのは初めてだった。胸が高鳴る。衝撃に息が荒くなる。死を体験した時の嫌な感じじゃない。喜びと安心感だ。ぼんやりしていると指揮官が私の手を引っ張って談話室に入った。M16A1がニヤニヤしながら言ってきた。
「ほらな、戻ってきたろ。心配することはなかった」
そんな言葉も私の耳には入らない。まだぼんやりとしたままだった。嬉しい。今までの嫌なことなどすべて忘れられる。指揮官はソファに座ると自分の膝を叩いた。そこに座れということ?そんなことをしていいの?でも、もうよく考えなかった。自分の望むままにしよう。指揮官の膝に座り込む。背中を指揮官の胸にぴったりと合わせる。指揮官の鼓動が聞こえる。これを聞くのもあの時以来だ。落ち着く。
「AR-15って意外と甘えん坊だったんだ~。へえ~意外かも」
SOPMODⅡが笑いながらそう言った。今は何を言われても気にならない。どうでもよかった。幸せだった。幸せってこういうことを言うのね。ずっとこうしていたい。指揮官の身体は温かかった。
夕食を食べている間も私はぽーっとしていた。幸せな時間は過ぎるのが早いのね。映画はほとんど観ていなかったが、いつの間にか終わっていた。何か子どもが家に取り残される話だった気がする。どうでもよかった。指揮官だけいれば他のことはどうでもいいわ。101が何か新しい料理を作っていた気がするがまったく覚えていない。
「映画って初めて観たけど面白かったね!私もあんなトラップ作ってみたいな。鉄血が引っかかったら細切れになるようなやつ!」
食べ終わったSOPMODⅡが映画を思い出しながら言う。それを聞いてM4A1が指揮官の方を向いた。
「指揮官、映画を観て思ったんですけど私たちの宿舎は家具が少なくないですか?というよりまったくないというか……16LABで与えられていた部屋でもちょっとはありました。何だか寂しくて不安になります……」
「そうか、そうだな。ちょっと待ってろ」
そう言って指揮官は離席した。嫌な予感がした。指揮官が薄い画面を持って戻って来た。
「グリフィンの倉庫にある家具の電子カタログだよ。注文すればすぐに届く。AR-15がそう言ってきた時のために用意しておいたんだがすっかり忘れていた。好きなものを頼んでいい。俺が買うさ」
「え……そんなの悪いですよ」
M4A1は差し出されたカタログを遠慮して受け取ろうとしない。指揮官は構わずそれを押し付けた。
「いいんだよ。好きでやってるんだから。割と俺は金持ちなんだよ。使ってないからな」
指揮官は笑った。冗談のつもり?私のために用意したものをこんな奴に渡さないでよ!そう言いたかったが我慢した。せっかくのいい思い出が台無しになる。M4A1はなんだかんだ言って嬉しそうに画面をスクロールしていた。こいつの顔を机に叩きつけてカタログごと叩き割ってやりたいな、余計なこと言いやがって。再び黒い感情がぶり返してきた。
「じゃ……じゃあ、私はこの絵を」
M4A1は恐る恐るカタログを指揮官に返す。M16A1が指揮官の後ろに回り込んで覗き込む。
「へえ、子どもの本棚の絵ね。M4はこういうのが趣味なんだな」
「い、いいじゃありませんか、姉さん。一目見て気に入ったんです!」
M4A1は顔を少し赤くして抗議した。M4A1の絵が私の宿舎に飾られるのを想像する。私の思い出の場所がこんな来たばかりの空っぽの人形に侵されるのか。くそ、腹が立つ。
「M16は何かいるか?」
「私は家具よりお酒がいいな。まあ、枕でももらおうかな。やわらかいやつ。酒を飲んだ後すぐ眠れるようにな」
M16A1は指揮官からカタログをひったくると何回か操作してすぐに返そうとした。その前にSOPMODⅡが走り込んできてカタログを掴んだ。
「私はねー、何にしようかな。うーん、迷うなあ」
SOPMODⅡはしばらく迷っていたが何かを見つけたのか急に声をあげた。
「私、これがいい!これに座ってみたい!」
画面を指揮官の方に向けてはしゃぐ。私にも見えた。デフォルメされた熊型の椅子だった。M16A1が顎に手を当てて言った。
「おいおい、SOPⅡ。さすがにちょっと高いんじゃないのか?」
「えーっ、でも私これがいいな。これ以外いらない!」
「はは、値段なんて気にするなって言っただろう。人の好意は黙って受けておけ」
駄々をこねるSOPMODⅡに指揮官がそう言った。そして私の方にカタログを差し出してきた。
「AR-15は何が欲しい?何でもいいんだぞ」
「……別に。何もいらないわ。現状で満足してる。不満はない」
私は感情を抑えてそう言った。不満があるとすれば余計な人形が宿舎に三人紛れ込んでいることだ。ベッドごと外に放り出して欲しい。
「そ、そうなのか?でも、せっかくだから何か頼んでおいたらどうだ。見てみたら何か欲しくなるかも――――」
「いらないって言ってるでしょ。明日からまた訓練でしょう。朝早いんだからもう休むわ。おやすみ、指揮官」
指揮官の言葉を遮ってそう言った。イライラして口調が少し冷たくなった。バッと立ち上がって食堂を出て行った。廊下を歩いていると黒い感情がふつふつと湧いてくる。ムカつく、イラつく、腹が立つ。何が家具よ!私の大切な場所が汚される。あんな空っぽの連中に何が分かるっていうのよ!ずっと狭いシミュレーションポッドの中にいたって何も思わないでしょう!大人しく黙ってなさいよ!イライラして指揮官に当たってしまった。最悪だ。今日は幸せな日になると思ったのに。あのグズのせいで台無しだ。全部あいつらが悪い。あいつらさえいなければずっと指揮官と一緒にいられたのに。何で私には選択の自由がないのよ、くそ!
翌朝、もう家具が届いていた。グリフィンの奴ら無駄に仕事が早い。そんなもの届けなくていいわよ。ずっと倉庫にしまっておきなさいよ。
「わあ!ほんとに届いた!嬉しいなあ~、ありがとう指揮官!」
SOPMODⅡはこともあろうに正面から指揮官に抱きついた。首に手を回して指揮官の顔に頬ずりをしている。無意識に拳を握り締めていた。手に爪が深く食い込む。私だってそんなことしたことないのよ。もう我慢の限界だ。今すぐこいつを殺したい。首をねじ切って回線を引きずり出してやりたい。こいつが訓練でやっていたみたいに銃弾を全身に撃ち込んでぐちゃぐちゃにしてやりたい。
「うわ!急にどうしたんだ、SOPⅡ」
指揮官は慌ててSOPMODⅡを引きはがす。彼女はニコニコと笑顔を浮かべていた。
「えへへ、AR-15の真似!」
私はそれからまともに口が聞けなかった。殺意を抑えるので精一杯だった。だから、黙って家具が宿舎に運び込まれるのを見ていた。何もなかった宿舎に異彩を放つ熊が置かれた。M4A1が頼んだ絵も壁に設置された。もはや私の知っている場所ではなくなった。殺風景でも私が生まれてからずっといた大切な場所なんだ。それなのにこいつらに汚された。許せない。私の思い出の場所はもうないんだ。そう思うとたまらなく悲しかったし、殺意がより増した。どす黒い感情に支配された胸が苦しい。ふざけやがって、クズどもが。プログラムに命令されているだけのスクラップのくせに。
訓練が始まっても怒りが消えなかった。私は無意識にSOPMODⅡに照準を合わせていた。こいつの背中を撃って殺してやりたい。何とか理性がそれを押しとどめていた。訓練だから撃ち殺しても意味はない。実戦だったらよかった。こいつを殺しても知らんぷりして逃げれば追求されないかもしれない。戦いの中では何が起こるか分からない。
「AR-15!撃って!イェーガーが湧いてきた!早く倒して!」
「え?」
M4A1が私に叫んでいた。SOPMODⅡのことばかり見ていて敵を見ていなかった。スコープから目を離して辺りを見回す。どこだ?訓練に全然集中していなかったから戦況が全然分からない。普段はイェーガーがどの遮蔽物に飛び込んだのか目で追っているのですぐに位置が分かる。だが、今回はどこに敵がいるのかすらよく分からなかった。その時、銃弾が私の頭に命中した。一撃で私のメモリは粉砕され、意識が暗転した。銃を下ろしている時に殺される、間抜けな死に様だった。
「どうしたんだ?AR-15。いつものお前らしくない。今日は全然発砲していなかっただろう。冷静でもなかった。何かあったのか?」
「別に。何もないわよ」
今日の訓練は散々な結果だった。どう頑張っても集中できなかった。過去最低の成績を何回も叩きだした。機密地区への帰路でM16A1からの追求を適当にあしらっていた。どれもこれもこいつらのせいだ。何食わぬ顔を装うのが大変だった。一皮むけば私の心は殺意と憎しみに満ち溢れている。この気持ちが収まる気配はなかった。
その時、後ろからSOPMODⅡが私の二の腕を掴んできた。脇からへらへらとした顔で私の顔を覗き込んでくる。
「AR-15どうしたの?悩み事?何でも言ってよ!辛い時は家族に相談して!」
私は何か糸が切れたのを感じた。とうとう我慢ができなくなった。隠し通そうとしていた感情が爆発する。
「うるさい!私に触れるな!お前と私は家族なんかじゃない!」
SOPMODⅡの腕を乱暴に振り払う。彼女は何が起きたのか分からないという風な顔をしていた。
「え……?う、嘘だよね?AR-15、家族じゃないなんて……」
SOPMODⅡは再び私の腕に触れようとしてきた。私はその手を引っぱたいてはたき落した。
「私に馴れ馴れしくするな!嘘じゃないのよ、SOPMODⅡ。あんたのことを家族と思ったことは一度もない。いつも指揮官との時間を邪魔してくれる奴としか思ってないわ。消えて欲しいと思ってる。今日、成績が悪かったのはね。あんたの背中をずっと撃ち抜きたいと思ってたからなのよ。あんたが指揮官に抱きついた時、その場で殺してやろうと思ったわ。あんたが鉄血の人形にするみたいにね」
「そ……そんな……」
SOPMODⅡは今にも泣き出しそうな顔で言葉を吐き出した。M4A1が怒り心頭といった表情で私の前に躍り出てきた。
「AR-15!やめなさい!いくら訓練でうまくいかなかったからってSOPⅡに八つ当たりしないで!言っていいことと悪いことがあるわ!家族じゃないなんて……!早くSOPⅡに謝って!」
私はM4A1の言葉を鼻で笑い飛ばした。彼女の顔が怒りで赤く染まる。
「M4A1、あんたのことも家族と思ったことはないわ。あんたみたいなグズが来たせいで迷惑を被ってる。よくも家具が欲しいなんてふざけたこと抜かしてくれたわね。私の思い出の場所を汚さないで。ただでさえあんたたちみたいな異物がいるせいで不愉快なのにね。あんたみたいなのには下水道がお似合いなのよ。ベッドが与えられているだけでもありがたいと思いなさい。本当に最悪なことをしてくれたわね。あんたみたいな奴の指揮で戦いたくない。指揮官のもとで戦いたかったのに――――」
「AR-15!黙れ!それ以上言うならお前を力づくで黙らせるぞ!」
M16A1が私の言葉を遮って叫ぶ。その顔も怒りに歪んでいた。M4A1は怒りも忘れたのか呆然と口を開けていた。間抜けな面だった。
「M16A1、あんたくらい身の程をわきまえているのなら我慢してあげる。一緒に戦うくらいはね。でも、家族にはなれない。私が家族になりたいのは指揮官だけよ。お前たち空っぽの人形ではない」
彼女もショックだったのか血の気の引いた顔をしていた。呆然と立ち尽くす彼女たちを置いて機密地区に向かった。後ろからSOPMODⅡの泣き声が聞こえてきた。ふん、いい気味よ。言いたいことを言ってやれた。
でも、指揮官に怒られるかもしれない。指揮官は私にあいつらと友達、仲間、家族になって欲しいんだった。本音をぶちまけてしまった。指揮官に失望されてしまうかもしれない。どうしよう。食事の席でもSOPMODⅡが泣いていたら取り繕えない。どうせ隠し通すことはできない。指揮官に隠し事は無理だ。すぐ分かる話だ。なら、正直に話すしかない。隠して嫌われるくらいならせめて本当のことを言おう。それがきっと最善だろう、そう思った。
戻ると指揮官が待っていた。私だけしかいないことを不思議に思ったのか首をかしげる。
「他のメンバーはどうしたんだ?」
「指揮官、私は彼女たちと喧嘩したわ。いえ、一方的に罵ったと言った方が正確ね。彼女たちをとても傷つけたと思う。でも、私はその事をどうとも思っていない。ひどい人形だと思うわ。私はどうしたらいいの?もう分からない……」
「そうか……AR-15、こっちで話そう」
指揮官は怒らなかった。私の手を引いて談話室に向かった。いつものソファに腰掛ける。今日は二人きりだった。向かい合って見つめ合う。こんな時でもどきりとしてしまう自分が恥ずかしかった。
「AR-15、どうして喧嘩したんだ?お前は何かきっかけがなくちゃそんなことはしないだろう」
指揮官の目も口調も優しいままだった。失望なんてされていない、そう思うと嬉しかった。
「私は彼女たちを家族とは思えない。彼女たちの感情は全部作り物のように思える。私とはまったく違う存在のように見えるの。彼女たちの感情も、私を家族と認識していることも、全部インプットされただけで彼女たち自身がそう思っているんだとはとても思えない。なのに彼女たちは私に対して家族のように振舞ってくる。気持ち悪くてたまらない。家族になれる気がしないわ。なりたいとも思えない。私に自由な選択肢が与えられているというのなら、彼女たちと家族にならないという選択肢も許されるの?」
率直な言葉を吐き出した。私が助けを求められる相手は指揮官しかいないんだ。家族になりたいのも指揮官とだけ。でも、それは言わなかった。
「そうか、お前が自由に、自分の意志でその道を選ぶならいい。だが、間違っていることがある。彼女たちの感情は偽物なんかじゃない。たしかに彼女たちの人格は人間に設定されたものかもしれない。それでも彼女たちの感情は偽物なんかじゃない。作り出された人格だったとしても、そこからどんな感情を生み出すかは彼女たち自身が決めるんだ。それは誰かが決めたものなんかじゃない。誰かに左右されたって、最終的に道を選ぶのは自分なんだ。彼女たちの感情はずっと偽物なんかじゃない。彼女たちに一生自由な選択肢が与えられないなんてことはないんだ。いつか自分の感情に向き合える日が来る。経験を積めば彼女たちだって本当の戦う理由を見つけられるさ。今はまだ彼女たちには経験がない。だから、経験豊富なお前が導いてやれ。お前が特別なのも、俺がお前の教育係になったのも、きっとそのためなんだ。きっとお前は自分の道を見つけられる。俺はそう信じている」
なぜ私の話を?今は彼女たちの話なんじゃないの?私はもう道を見つけたわ。指揮官のために戦う。彼女たちに出会う前から自分で見つけていたわ。不思議に思っていると指揮官はそのまま続けた。
「AR-15、違いを受け入れるんだ。どんな人間にも、人形にも、違いはある。まったく同じ存在なんてこの世にいないんだ。生きることは違いを受け入れることだ。人も人形も一人では生きていけない。違いを受け入れて、歩み寄っていかなければいけないんだ。生きることはその連続なんだよ。たとえ大きな違いに見えたって、大抵は些細なことだ。違いだけを見ているからそう見えるんだ。はなから違うと思っていては歩み寄れない。憎しみや嫌悪感に囚われてはいけない。そこには何もない。何も生み出さない。憎しみだけに支配されて、相手を利用することだけを考えていればいつか破滅がやって来る。人間がそれを証明した。だから、お前は愚かな種族と同じ轍を踏むな。お前は頭がいい。自分の道を選べる。きっと彼女たちとも分かり合えるさ。さあ、彼女たちが戻って来たら謝ろう。仲直りなんて簡単さ。俺も子どもの頃はよく喧嘩した。悪いと思って謝れば大抵のことはなんとかなるさ」
指揮官が私の手を取って立ち上がる。私は指揮官の言葉を胸の中で反芻していた。私は彼女たちに歩み寄れるだろうか。彼女たちと私には大した違いはないのだろうか。本当に?私と彼女たちの溝はどうしようもなく深い気がする。彼女たちが私のことを見ていても、私は彼女たちのことを見ていない。指揮官のことしか見えない。作り出された“家族”を見る気が起こらない。どうでもよかった。私はもうとっくに自分の道を選んでいるんだ。指揮官と一緒にいたい。私が指揮官のことが好きなように、指揮官にも私のことを好きになってもらいたい。どうしてそれを認めてくれないんだろう。想いを今すぐ指揮官に打ち明ければいいのかな。でも、受け入れてもらえなかったらどうしよう。きっと今までの関係に戻れなくなる。教育係でいてくれなくなってしまうかもしれない。それが怖かった。
私たちがドアの前で待っていると彼女たちがやって来た。泣き腫らしたSOPMODⅡをM4A1とM16A1が慰めていた。私を見るとM4A1はキッと鋭い視線を向けてきた。まあ、私を責めるのは当然だろう。その視線を受けても私の心は動かなかった。何を言うか迷っていると先にSOPMODⅡが口を開いた。
「ごめんなさい、AR-15……私、AR-15みたいになりたかったから、真似してみただけなの。AR-15がそんなに怒るとは思わなかったの。もう指揮官にベタベタしたりしないから……だから、だから私を許して欲しい……家族じゃないなんて言わないで欲しい。お願い、AR-15……」
驚いた。あれだけひどいことを言われても自分から謝ってくるのか。理解できない。どれだけ深くまで“家族”への愛情をインプットされてるんだ、こいつらは。嫌悪感が襲い掛かって来た。結局、指揮官に何を言われようとこれが私の本当の感情だ。間違いない。
「いえ、謝るのは私の方よ。ひどいことを言ってしまってごめんなさい、SOPⅡ。言ったことは全部嘘よ。すべて作り話。訓練で失敗してイライラしてあなたに八つ当たりしただけなの。私たちは“家族”よ。許してもらうのは私の方よ。SOPⅡ、私を許してくれる?」
そう思うとすらすらと言葉が出て来た。そう、本音を言う必要はない。人間も、人形も、大事な感情は包み隠しておくものだ。言いたくないことはあるものだし、触れられたくない過去もある。そういう存在なんだ。それを聞いてSOPMODⅡの顔がぱあっと輝いた。
「ほんとに!?AR-15は私のこと嫌ってないの!?」
「ええ、本当よ。嫌うもんですか。ほら、仲直りしましょう。ごめんなさい、SOPⅡ」
私は手を広げてSOPMODⅡを受け入れる。SOPMODⅡは喜んで私の胸に飛び込んでくる。胸に顔を埋めるSOPMODⅡの頭を撫でてやった。彼女は嬉しそうに身をよじった。やっぱり気色悪かった。
「M4もM16もごめんなさい。ひどいことを言ってしまって。全部私が悪いのよ。許してくれる?」
SOPMODⅡから目を離してM4A1とM16A1の方を見る。もう二人とも微笑んでいた。
「ええ、大丈夫よ。ちゃんと謝ってくれるなら。家族だものね」
「ああ、そうだな。よかったな、SOPⅡ」
M16A1もSOPMODⅡの髪を撫でた。彼女は嬉しそうに私の胸で笑った。そう、これでいい。ちらりと指揮官の方を見る。笑ってくれていた。指揮官が喜んでくれるなら、家族ごっこにも付き合ってあげるわ。でも、私が家族になりたいのは指揮官だけ、それはきっとずっと変わらない。お前たち空っぽの人形じゃないのよ。お前たちは一生プログラムに従って家族ごっこに興じてろ!感情を教えてもらえるのは私だけでいい。だって、指揮官は私だけの教育係なんだから。お前たちにはもったいない。私は私の道を行く。私が選んだ、私だけの道を。指揮官のために戦うという道。お前たちは私のために戦っていればいい。指揮官にまた会うためなら盾にだって使うし、見捨てることも厭わない。だってどうとも思わないから。彼女たちの道と私の道は交わらない。私は指揮官のことしか見えないんだもの。