死が二人を分かつまで【完結】   作:garry966

9 / 36
死が二人を分かつまで 第七話「高慢と偏見」後編

 

 夜、他の奴らが寝静まった後、私は端末をいじっていた。これはいい。他の奴と違って余計なことも言わないし。友達というなら彼女たちよりもこの端末の方が近い。私の知りたいことだけ教えてくれる。もう一般職員用のデータもほぼすべて閲覧した。最初の時に比べて私の情報処理速度は格段に向上していた。別に私は人間と違って視覚や聴覚だけで情報を知る必要はないのだ。データとしてそのまま取り込めばいい。侵入の痕跡も一切残していない。次の段階に進む時だ。

 

 だが、この端末だけで進むのは困難だと思った。この端末に許されているのは基本的に一般職員用のデータだけだ。無線ネットワークを通じて無理矢理接続しようとすればさすがにバレるかもしれない。そこで思いついたことがあった。テストルームの設備を活用しようと思う。テストルームにあるセンサー群は直接システム部のメインコンピューターに接続している。その情報は暗号化されているが、リアルタイムで情報の解析を行うために大したものではなかった。私の手にかかればすぐに解けてしまった。グリフィンのシステムは内部からの侵入をまったく警戒していないようだった。スパイがいたら全部筒抜けだろう。私もその真似事をすることにする。

 

 端末とテストルームを介してシステム部のコンピューターには易々と侵入できた。アクセスも偽装して痕跡は残していない。我ながら完璧な手腕だ。情報収集に関しては実戦に出ても問題ないと思う。これで重大機密以外のあらゆる情報にアクセスできるようになったはずだ。ちょろいものだ。早速指揮官のデータを探した。すぐに見つけられた。出生地、年齢、経歴も分かった。指揮官はグリフィンに来る前もいろいろなPMCを転々としていたのね。私の知らない指揮官を知ることができて嬉しい。

 

指揮官のカウンセリング記録まで出て来た。カルテと音声記録つきだ。でも、さすがにそれを見るのはやめておいた。知られたくない過去はあるものだ。日付だけ確認してみた。前に見た記事の日付の前後から始まっている。どう考えてもあの事件が原因だ。私はあの事件の詳細が気になった。指揮官のことを知るならきっと避けては通れない。知るべきことのはずだ。指揮官のことを一度傷つけたのだから知る責任がある。そう自分に言い聞かせて探すことにした。

 

 戦闘詳報はすぐに見つかった。今までは指揮官職以上の権限でしか閲覧できなかった。グリフィンの戦略や戦力に直結する情報だから当然だろう。『S12地区の戦い』と題されてまとめられていた。全体の戦況を記した報告書と二人の指揮官の提出した戦闘記録から構成されていた。片方は私の指揮官だ。

 

 指揮官は市街地に配置された部隊の指揮を執っていた。市街地自体は戦争で無人地帯となっていたため、それ自体に価値はない。価値があるのは道路だ。市街地を貫くように大きな主要道が敷かれていた。それは戦争でも大した損傷を受けることなくほぼ完全な状態で残されていた。主要道をたどるとグリフィン支配下の人口密集地につながっている。さらに道を辿ると工業地帯につながっている。つまり、鉄血がグリフィンの息の根を止めたいというのならこの道路を確保する必要がある。部隊を迅速に移動させるためのルートになり、補給物資を運ぶための兵站線になる。前線で主要道の防衛を任されているのは私の指揮官だった。もう一人は指揮官の西方に配置された部隊の指揮を担当している。そちらには指揮官の部隊が配置されている少し後ろから主要道から分岐した細い道が通っていた。そちらを確保されても主要道にアクセスできるようになるため重要な道路だった。

 

 指揮官の隷下にはそれぞれ五人の人形からなる三つの部隊があった。第一部隊の隊長はあのFAMASだった。主要道の途中に防衛陣地を築き、鉄血からの攻撃に備えていた。三月上旬のある日、鉄血は突然攻撃を開始した。偵察ドローンや斥候の派遣などの攻勢の予兆はまったくなかった。グリフィンに攻撃の意図を察知されることを恐れ、そのような行動を事前に取らなかったのだ。鉄血は一気に主要道に沿って攻撃を開始してきた。指揮官は上空に飛ばしていた小型ドローンで攻勢の規模を確認した。敵の規模がこちらの十倍以上だと判断した指揮官は正面からやりあったのでは勝ち目がないと踏み、戦わずして陣地を放棄させた。最初は反撃を警戒していた鉄血部隊はじりじりと陣形を固めて前進していた。その隊列は隙間がなく、付け入る隙はなかった。しかし、一向に反撃がないことで油断したのか段々とその隊列は乱れ始めた。前進するごとに確保しなければならない地点は増えるので部隊が薄く広がり始めた。偵察を事前に行っていなかったため、その効率は悪くゆっくりとしたものになった。それでもまったく反撃がないため、鉄血部隊を指揮するエリート人形は一度部隊を集結させた。主力部隊を一気にまとめて主要道を前進させると決めたのか、長く伸びた縦列隊形に陣形を変更した。その側面を守る部隊は軽装備の部隊がかなり間隔を置いて配置されているだけだった。

 

 指揮官の部隊は廃ビルの地下で鉄血の側面の哨戒部隊が通り過ぎるのを待っていた。人員不足の哨戒網はすべての建物を確認する余裕がなく、部隊が潜伏しているビルも素通りした。指揮官は無線が活発に飛ばされている場所に敵の指揮官がいると想定し、縦列の中央にエリート人形がいることを特定した。鉄血の前衛部隊が指揮官の担当している戦区を突破しようという頃にはもう夜になっていた。夜戦装備をつけた指揮官の部隊はビルから出撃し、鉄血の隊列の側面から奇襲をかけた。長く伸びた鉄血の陣形に一気に斬り込んだ。足の遅い砲撃ユニットに速度を合わせていた鉄血の本隊はノロノロと主要道を進んでいた。密集していた鉄血の部隊は渋滞を起こしており、突入部隊の退路を断つような機動を取れなかった。エリート人形ももう反撃はないと思っていたのか満足な指揮を行えなかった。指揮官の部隊は雑魚には目もくれず、エリート人形に火力を集中した。エリート人形は反撃もほとんどできないまま粉砕された。指揮官の部隊はそのまま隊列を突破し、反対側に抜けて市街地に消えた。

 

 指揮官を失った鉄血の部隊は右往左往し始めた。それぞれの部隊が思い思いの方向に反撃や撤退を行い、陣形はバラバラになった。連携が取れなくなり、孤立した鉄血の部隊に対して指揮官は一晩中反復攻撃を行った。攻勢当初は数的優位を確保していた鉄血部隊も、各地にバラバラに広がってしまい各個撃破された。その戦いが数時間続いた後、ようやく鉄血の残存部隊は攻勢が崩壊しつつあると判断したのか一気に撤退し始めた。指揮官は一切追撃の手を緩めなかった。背を向けて敗走する部隊はいい的であり、容赦なく銃弾を浴びせて鉄血人形の死体が主要道中に散らばることになった。指揮官の部隊は当初の防衛陣地のある地点まで反撃を行い、その地点を奪還した。犠牲者は出なかった。こうして攻勢の第一陣は一夜で粉砕されたのだった。

 

 やっぱり私の指揮官はすごいんだわ。一日目の戦闘記録を読んでそう思った。あのM4A1なんかとは比べ物にならない。指揮官のもとで戦いたかったな。でも、どうしてここから部隊が全滅してしまうのよ。おかしいじゃない。指揮官の部隊は鉄血相手に完勝している。誰かが足を引っ張らないとそんなことにはならないはずよ。

 

 全体の戦況を確認してみる。鉄血の攻撃は指揮官の担当している戦区だけではなく、指揮官の隣の戦区にも行われていた。つまり、もう一人の指揮官の方だ。そちらは助攻で指揮官が打ち負かした方よりも数が少なかったようだった。しかし、もう一人の指揮官は防衛陣地でその攻撃をまともに受け止めていた。そちらに配置されている部隊も指揮官の方と同等だった。陣地の部隊は夜までなんとか攻撃を跳ね返していたがすでに満身創痍だった。業を煮やした鉄血部隊が側翼を伸ばして陣地を包囲しようという機動を見せた時、その指揮官は撤退命令を出した。何とかその部隊は道路を全力で走り抜き、追撃をかわして戦区を離脱した。その指揮官は撤退命令を出した時と撤退が完了した時のどちらも司令部に報告していた。撤退が始まったのは指揮官の部隊が縦隊に斬り込んだのとほとんど同時刻、撤退が完了したのは追撃が終わった後だった。

 

 おかしい。指揮官が隣の部隊の撤退を知っていたのならまったく命令が変わらないのは変だ。指揮官は包囲される危険を知っていて追撃を行うような人じゃない。人形を見捨てられるような人じゃないはずだ。指揮官と司令部の間で交わされた通信記録を見る。指揮官は戦況を逐次報告していた。鉄血のエリート人形を打ち倒した後、指揮官はこう司令部に問い合わせていた。

 

『隣接戦区は持ちこたえているか』

 

 司令部からの答えはこうだった。

 

『異常なし』

 

 短いただそれだけの答えだった。これが原因だ。司令部は指揮官に隣の部隊の撤退を隠していた。それで指揮官はそれを信じて追撃を行ったんだ。司令部はどうしてそんな嘘を。

 

 二日目の戦況を見る。翌朝、指揮官も異常に気づいたようだった。隣接戦区を突破した鉄血部隊が後背に回り込んで来たのだった。事態を察した指揮官はすぐに陣地の放棄と撤退を指示するがもう遅かった。回り込んだ鉄血部隊は陣形を固め、完全に後方を遮断した。指揮官の部隊は包囲されたのだった。すぐに指揮官は司令部に救援を要求していた。司令部はすぐに解囲のために部隊を送ると返答した。それまでの少しの間、指揮官に部隊を持ちこたえさせるよう命令した。指揮官の部隊は市街地に逃げ込み、遊撃戦を行うことになった。後方に回り込んだ部隊はじりじりとあぶり出すように陣形を整えて包囲を狭めていた。そちらとまともに戦っては勝ち目がないと判断した指揮官はいまだ混乱状態にある前方の部隊を攻撃することにした。部隊は常に移動を続け、大軍に包囲されることを避けていた。

 

しかし、昼頃には前方の部隊も指揮統制を回復し始めた。増援部隊も続々と到着し、部隊と部隊の間の間隔も段々と狭くなっていった。部隊と指揮官との間の通信音声が残っていた。

 

『指揮官!前方はダメです!イェーガーまみれです!火力の集中を受けています!後ろからもリッパーが突破してきています!交差点で動けません!どうすればいいですか!指示を!』

 

 FAMASが必死に叫んでいた。その声が聞こえないほど後ろで銃声と砲声が響いている。

 

『いいか、マンホールから下水道に逃げるんだ。下水道はまだ鉄血がいない。西に二ブロック進めば鉄血がまだ確保していない地域に出る。そこまでどうにか行くんだ!』

 

 指揮官が返答する。その声も焦燥していた。どうにか平静を装おうとしてはいるが私には分かる。いつもの優しい声ではない。不安を感じている声だった。

 

『分かりました!直ちに!……ああっ!Mk23が撃たれた!クソッ!助けに戻ります!』

 

『ダメだよ!FAMAS!戻ったらやられちゃう!FAMASがここでやられたら全滅だよ!』

 

 FNCの声だった。前の動画でFAMASをからかっていた時からは想像できないほど悲痛な声をあげていた。

 

『でも……!仲間を見捨てていくなんてできません!』

 

『いいから行くんだよ!まだFAMASは死ぬわけにはいかないんでしょ!』

 

 そこでその通信は終わった。指揮官はその間もずっと司令部に救援を要請していた。司令部からの返答はすぐに救援を送るから持ちこたえろ、という一本調子だった。

 

 本当に救援など用意しているのか?私はそう思って全体の戦況を確認する。確かにグリフィンの増援部隊は続々と集結していた。しかし、攻勢の準備などしていないようだった。グリフィンの本隊は指揮官の担当していた戦区から数キロの地点に防衛線を敷いていた。本隊がやっていたのは攻勢準備などではなく、塹壕の構築だった。数に優る鉄血の攻撃を受け止めるために強固な陣地構築をしていた。主要道の一部を爆破したり、地雷を埋設するなど明らかに救援とは矛盾する行動を取っていた。つまり、指揮官の部隊は見捨てられていた。本隊に部隊を助けるつもりなど毛頭ないのだ。それにもかかわらず指揮官に救援の希望を持たせていたのは防衛線構築の時間を稼ぐためだ。

 

 なんてひどいことを。戦況を読んでいて憤る。指揮官に撤退を知らせなかったのも、来ない救援を約束したのも、全部時間を稼ぐためだったんだ。指揮官が優秀だから少しの犠牲でも敵を拘束できると想定したからそんなことをしたんだ。指揮官の能力を利用して部隊を捨て駒にしたんだ。グリフィンがこんなことをするなんて。許せない。激しい憎しみがたぎる。

 

 三日目、鉄血の部隊は完全に指揮統制を取り戻していた。隙間なく部隊が包囲網を狭め、鉄血の支配下にない地域はわずか一ブロックとなっていた。そこに指揮官の部隊は押し込められていた。廃ビルの地階を陣地とし、椅子や机で簡易のバリケードを構築して道路を塞いでいたが、気休めにしかならないと指揮官のメモが記してあった。すでに部隊の弾薬は底をつき、ほとんどの人形が負傷していた。人数も当初の半分程度になっていた。満身創痍と言っていい。

 

 FAMASからの通信記録が残っていた。公式の通信はこれで最後だった。

 

『指揮官、鉄血の部隊が近づいてきました。ふふっ、すごい数です。そんなに私たちのことを殺したいんですね』

 

『FAMAS……』

 

 FAMASの声は無理して明るく振舞っているという風だった。指揮官に心配をかけまいとしているのだ。健気な努力だった。

 

『指揮官、残った仲間と敵陣に斬り込みます。最後の攻撃になるかもしれません』

 

『よせ、FAMAS。降伏しろ。もう勝ち目はない。無駄に死ぬことはない』

 

『鉄血は降伏なんて認めませんよ、拷問されるだけです。指揮官もよく知っているでしょう』

 

『だが……』

 

『さようなら、指揮官。あなたと共に戦えて光栄でした』

 

 そこで通信は切れた。だが、まだもう一つ音声があった。この通信の直後の時間だ。これはFNCから指揮官宛ての個人用音声ファイルだった。

 

『うう……こんなことになるならもっとお菓子持ってくるんだった。昨日食べきっちゃったよ。最後にチョコが食べたい……』

 

『大丈夫。指揮官が私たちを回収してくれます。そうしたらまた食べられますよ。指揮官にもまた会えます』

 

 FAMASの声は明らかに空元気だった。隊長として部隊のメンバーに不安を見せまいとしているのだ。本当はもう指揮官に会えないことを分かっている。それでも部隊を奮い立たせようとしている。

 

『そうだといいんだけど……まあ、まだFAMASの告白シーンも見てないしね。まだ死ねないか』

 

『FNC、こんな時までそのネタを引っ張るんですか?もうちょっと真剣に……』

 

 FAMASは咎めるように口を尖らせる。

 

『こんな時だからだよ。好きなんでしょ?指揮官のこと。私にくらい言ったっていいじゃん。最後くらい正直に言ってよ』

 

 FNCの声は真剣そのものだった。そう言われたFAMASは少しの間押し黙った。

 

『……そうですね。私は指揮官のことが好きです。結局、想いは伝えられませんでした。だから、まだ死ぬわけにはいきません。やり残したことがあります。生き残りましょう、FNC。鉄血の包囲を突破して、生きて指揮官のもとに帰るんです!』

 

『……そうだね。私も頑張るよ』

 

 そこで音声は終わった。音声ファイルが送信されてから数分後、彼女たちは全滅した。圧倒的な敵の前に擦り潰された。その時、指揮官はどんな気持ちだったんだろう。この音声を聞かされてどう思ったんだろう。想いに応えてやるべきだったと後悔したの?指揮官は自分のミスで仲間が死んだと言っていた。自分の命令で追撃させたことを悔やんでいるの?でも、これは指揮官のミスじゃない。グリフィンが仕組んだことだ。許せない。指揮官をどれだけ深く傷つけたんだ。私はこんな出来事を軽々しく何度も。何て無神経だったんだ。最低だ。もう二度と触れるまい、そう誓った。

 

 指揮官を傷つける奴は許さない。指揮官は私が守る。何があったって、絶対に。人形だって、人間だって、誰だって殺してやる。グリフィンの奴ら、許せない。よくも指揮官を利用して、傷つけたな。いつか仕返しをしてやる。今日、SOPMODⅡに感じた憎しみより強いものが私の心を支配していた。

 

 私の指揮官には誰にも触れさせないぞ。空っぽの人形たちにも、他の人間にも。私の、私だけの大事なものだから。絶対に守り抜く。たとえ命を捧げたって。何があっても私は指揮官のために戦う。そう、絶対に。私だけは裏切らない。だから、指揮官には私だけいればいいわ。

 

 FAMAS、あなたもきっと私と同じ気持ちだったんだと思う。あなたも指揮官のために戦っていたのね。あなたには同情する。でも、死んでくれてよかった。あなたが生きていたら指揮官を取られていたかもしれない。指揮官は優しいからきっと想いに応えてしまう。私の指揮官は誰にも渡さない。あなたの代わりに私が指揮官を守るわ。だから、安心して死んでいて。蘇らないで。ずっと記録でいて。私だけが指揮官の隣にいればいいのよ。

 




追記
FAMASの前日譚です。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10773748

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。