ケルビム社から当選メールが届いた翌日。
お母さんが作ってくれるとても美味しい朝ご飯を食べ終えて自分の部屋に戻り、寝る時に外して充電しておいた、純白でシンプルなデザインの三つの輪っかを身につけていく。
一つは首に残りの二つは両手首に装着し、首につけた輪っかの電源ボタンに触れれば、目の前にウィンドウが現れ、身体検査中という文字が表示された。数秒ほどで異常なしの表示がされて起動が完了。私の視界内に様々な機能を持ったアプリアイコンが現れる。ほとんどはゲームアプリだけど。
これが多機能装着型ARデバイス《Rasiel》。現在の日本において所持してなければ結構不便を感じるであろう、日本の技術が生み出した最新の端末だ。
ちなみに三つセットで一つのデバイスだから、どれか一つでも欠けていればまともに扱えない。というか、まず起動すらしなくなる。人の脈拍を首と両手首の三ヶ所から検知することで起動できるかどうか、身体に害のない微弱な電気信号を流して身体に異常がないかなどを細かく調べてくれるらしい。
さて、後は制服に着替えるだけ。まあ制服なんて言っても基本自由な着方をしていいんだけどね。私なんかは指定のカッターシャツとスカートを着て、上からパーカーを羽織るだけ。こんな適当な恰好が許されるのは女子の特権かな。
まあ女子の特権なんてものが認められてるのは学校に限らず、世界各国がそうなってる。男女比に極端な差があるからだ。未だ理由は明確になってないけど、ある時を境に突然女子の出生率が右肩下がりになった。
最初は気にするほどの差じゃなかったのに、月日が経つごとに段々と差ができていき、今の日本では年間十万人生まれれば多い方ってくらいには女子の出生率が著しく低下してる。
地球環境の過剰な変化によってホルモンバランスがなんとかかんとかーとか言う人もいれば、某国が世界を滅亡させるための陰謀だーみたいな超ストーリーを展開させる人もいる。後者に関しては「ふざけてんの?」って言いたくなっちゃう超理論だけど。
何が言いたいかっていうと、女という存在そのものが希少種であり、法に触れない限りは女性に様々な特権が許されているような社会になってしまってる。もちろん、やり過ぎたら制裁を加えられるけどね。
その辺の線引きが上手い女性こそが勝ち組になれるってこと。そういうのはあんまり好きじゃないんだけどね、私。そうしないと生きていけないっていうのは何となくわかるんだけど。苦手っちゃあ苦手。
準備が終わり、最低限必要なものだけを放り込んだリュックをからう。視界端に表示されてる時刻を見れば、いつもフェルナが迎えに来る時間を示していた。そろそろかなと思ったと同時にインターホンが鳴り、フェルナの訪れを報せてくれる。平日早朝にウチのインターホンを鳴らすのは彼女以外いないからね。
確信を得つつも間違ったらいけないとインターホンカメラに映る外の様子を確かめた。ホームルータを通して家の中の家電は大体がラジエルで遠隔操作できるようになってる。ホント便利な世の中になったものだよ。
「美優ー。瑞希ちゃんが来たわよー」
「わかってるー。今行くからー」
すぐに部屋を出て階段を下りていく。高い位置から玄関を覗けば、お母さんとフェルナが談笑しているところだった。
背中まで届くような艶やかで真っ直ぐな黒髪と、優しそうな垂れ気味の目。淑やかな立ち居振る舞いは周囲を魅了し、人の目を惹きつけて離さない。大和撫子然とした雰囲気を持つ彼女こそ、私の恩人であり親友でもある
そんなフェルナがお母さんと二人で「あらあらうふふ」ってな感じの会話を繰り広げている。
話のウマが合うのか何なのかはわからないけど、あの二人ってよく楽しそうに話してるんだよね。でも内容聞いても教えてくれないという。なんか仲間外れにされてる感が――特にしないな、うん。
「あら? おはよう、美優」
「おはよう、フェルナ」
「だからミドルネームは……もういいわ」
うんうん。何事もあきらめが肝心だよ、フェルナ。
「それじゃあ瑞希ちゃん。ウチの娘をよろしくね」
「はい。責任を持ってお預かりいたします」
「ねえ。私が子供みたいな扱いになってるのはどういうこと?」
「美優は私の子供じゃない。変な子ね~」
「いや、それはそうなんだけどさ……」
私が言いたいのはそういうことじゃないんだけど……。まるで私が幼稚園児であるかのようなやり取りは是非ともやめていただきたい。
「ふふっ。ごめんなさいね、美優」
「次やったら〈
「怖いわね。ふふっ」
本気にしてないねこれは。まあそんなことしたら私の後ろ盾なくなっちゃうからやらないけど。
「じゃあお母さん。学校行ってくるね」
「ええ。いってらっしゃい」
家を出て、フェルナの家から出してもらってる送迎の黒塗りのリムジンに乗せてもらう。このブルジョワめ。まあ私ってば送ってもらう側だから絶対に声には出さないけど。
「相変わらずTHEお金持ちな車だね」
「実際お金を持ってるもの」
「お金持ちを鼻にかけないっていう周りの噂は真っ赤なウソだね」
「自慢しないように気を付けてるだけだもの」
「その内女狐なんて言われちゃうんじゃない?」
「もう既に言われているわ」
「それはそれでどうなの?」
とか何とか言いはするけど、実際フェルナの今までの動きを考えればそう言われても仕方ないかな。
フェルナは今、Luminousという会社の特別顧問として働いてる。直接的に経営に口を出すこともあれば、アドバイスを与えることで間接的に会社を発展させることもあって、フェルナという存在はLuminousにとってなくてはならないもの。
会社そのものの命がかかってる以上、中途半端は許されず、外部との接触などでの化かし合いとかが日常茶飯事なんだと思う。
もっとも、特別顧問としての能力だけじゃなくて、フェルナを無二の存在たらしめてる能力がもう一つある。
それが、圧倒的なプログラミング技術。
突如としてネット界隈に現れ、天才的なプログラミングセンスで世界的に有名となった超新星。謎のプログラマー・フェル。新たなOSをたった一人で作り上げ、それに付随するソフトウェアすら作成した怪物プログラマー。それが私の横に座っている嬉野フェルナ瑞希。
その正体を知ってるのは極一部の関係者のみ。出自・国籍などといった一切の個人情報が知られておらず、その姿を見たことがあるものはいないと言われている。一応言うけど、あくまでネット上で広がってる噂ね。個人情報も姿も知ってる人はちゃんといるから。
そんなフェルナだけど。彼女は私の専属マネージャー的な仕事もしている。何のマネジメントかと聞かれれば、まずはLuminousがどういう会社なのかを説明しないといけない。
Luminousは世間一般で言うMCN。MCNというのは動画配信者の芸能事務所みたいなものだと思ってくれれば大体あってる。
MCNに所属していれば、企業案件の手続きやら著作権侵害の確認やらといった面倒なことを配信者の代わりにやってくれる。後はクリエイター同士のコラボレーション、会社主催のイベントといった様々な企画もしてるとか。
私の場合は、コラボレーションできるほど同レベルの実況者がいないからそういうのはしないし。イベントの方だってほとんど顔を出さないんだよね。多分、フェルナが私の所にその話を持ってきてないだけなんだろうけど、何か参加させたくない理由でもあるのかな。
ただ、私はちょっと他の配信者達とは立ち位置が違うんだよね。まああれだよ。私は他の配信者と違って動画をただ投稿したり、生配信するだけじゃなくて、プロゲーマーとして雇われてる。
『eスポーツ』というものを知ってるだろうか?
エレクトロニック・スポーツの略で、複数のプレイヤーで対戦できるようなコンピュータゲームをスポーツ・競技として捉えている。今や日本国内ですら当たり前のように一スポーツとして認識されるようになった『eスポーツ』。
日本国内で作られたゲームが既にいくつもプロフェッショナルスポーツとして認定され、アスリートビザが発行されるのも珍しくなくなった。
そして、最近目立つのがVRゲームのプロスポーツ認定。
これまではビザの発行すらされなかったVRゲームがここ数年でいくつも世界的に認められていってるんだよ。
その引き金になったのは世界的に有名なゲーム実況配信者達の宣伝効果だと思う。配信者の中にはプロゲーマーが何人もいるから、その配信などを見てこれを公式の大会としてプレイしてもらいたいというユーザーや視聴者達の声に応えた形。
フェルナの先見の明によって、VRゲームがプロスポーツ認定されるよりも前にVRゲーム部門が創設されていたLuminousは、世界的に見ても強豪と認識されるほどの強力なチームになっている。
私はそんなメンバーの一人として雇われているってこと。
一応言うと、優勝経験もありはする。それもあってか、結構有名になってはいるらしい。まあそれに比例して引き抜きの話とかが続々と舞い込んでくるから堪ったもんじゃないけど。
Luminousから抜ける気はないって公言したにもかかわらず、月に二~三件はそんな話が来るんだよね。フェルナは私の自由にしていいって言ってくれてるけど、さすがに大恩人を裏切るほど落ちぶれてはいないから、全ての話を断らせてもらってる。
そもそも今の私があるのは、ゲーム配信を始めようと思い立った時にフェルナがLuminous所属の配信者になってやっていかないかって誘ってくれたから。その後も、公私問わずにお世話になった回数なんてもう数えきれないくらいだもん。だから私はフェルナを裏切らない。親友だしね。
「ところで美優」
「なぁに?」
「一つ企業案件が来てるんだけど、受けてみる気はある?」
「フェルナが持ってくる話は全部受けるよ」
フェルナ以上に私のことを理解した上で仕事を斡旋してくれるマネージャーはいないからね。何より、何度も言うけど恩人だから。後、フェルナが持ってきてくれる案件って基本的には私に大きなメリットがあるものしかないんだよね。
報酬的に美味しかったり、やりがいがあったり。しかも、私がこれからやろうとしてることを予見してるかのように、それに合わせた仕事を取ってくるから、断る理由がいよいよもってないんだよね。自分が楽しみながら報酬も得られるって、素晴らしい生き方だと思わない?
「信頼してくれるのは嬉しいけれど、少しは考えてみたら?」
「じゃあちょっとだけ考えるから、内容教えて」
「ええ」
そして、説明してもらったのはゲームの実況配信によるダイレクトな宣伝。ネットスラングで言う、いわゆるダイマってやつ。本来の意味はまた違うけど、今ではこっちの意味で使う人の方が多いかな。
私はステマ案件は絶対に受けないことにしてる。私を見てくれるミュウ友達や初見の人達に対して不誠実な気がするし、何よりやらされてる感は絶対に消せないだろうから、やっても意味がないと思ってる。そんなことしたらミュウ友が離れていっちゃうかもしれない。それだけは絶対にイヤなんだよ。
それで、今回来たのはケルビム社からの案件。良く私に依頼してくるんだよね、ケルビム社。私のことを買ってくれてるのは素直に嬉しい。これからもどんどん依頼ください。
内容は、来週末からサービス開始の《Wizard Player Online》の宣伝。
久しぶりだなぁ。新ゲームの宣伝依頼なんて。既存のソシャゲとかを宣伝してくれっていうのは何回も来たけど、こういう今後の売上とかに直結するようなものの宣伝ってあまり回ってこないからね。よっぽど人気な配信者とかじゃない限り、こういう案件は普通来ない。
人気があると思ってもらえてるっていう実感が湧いてきて、凄く楽しくなってくるんだよね。ケルビム社の方々、私をこんなに使ってもらってありがとうございます。これからもどうぞよしなに。
「基本的には実況生配信の垂れ流しでいいわ」
「つまり、今までやったのと同じように、編集してからの投稿とかはしない方が良い感じ?」
「むしろ、ありのままの実況プレイをしたアーカイブを残してほしいそうよ」
「ケルビム社っていっつもそんな感じだよね。大丈夫なのかな?」
「これまでの統計取ったけど、それでしっかりと宣伝効果が出てるのよ。先方もそれを理解した上でこんな依頼にしてるんだと思うわ」
遠回しに人気配信者って言われてるみたいでちょっとむずがゆいな……。まあそれで良いって言うなら私も楽しむだけ楽しんで儲けさせてもらおうかな。
「報酬は?」
「視聴者一人につき百円。生配信一回の報酬上限は百万円で、期間は半年。対象になるのは一週間につき一本までよ」
「また偉く報酬が高い案件だね」
「そうね。それだけ美優が信頼されてるし、そうまでして売っていきたい商品だってことよ」
「ちなみに一週間の区切りってどうなってる? 曜日固定?」
「違うわ。最初の配信が終わってから数えていくの」
サービス開始初日に生配信したら、次報酬対象になるのは翌週土曜日の配信ってことね。りょーかいです。
「契約開始日は正式サービス開始日と同日。そこから半年間よ」
「なんでそんなに長いの?」
「第五陣が来るまでは宣伝を続けてもらいたいからって理由だったわね」
「初回ロットの抽選倍率的に、そんな宣伝しなくても売れそうだったけどなあ」
「念には念をっていうことよ」
でも、不思議っちゃあ不思議なんだよね。何でそこまでして売ろうとするのか。ケルビム社ってそこまで積極的に宣伝を打っていくタイプの会社じゃなかったと思うんだけど。どちらかと言えば、口コミとかでコアなプレイヤーを集めて評判を上げていく感じだったはず。
「ここだけの話よ」
「急に何?」
「良いから聞いて」
「うん」
「ケルビム社は《Wizard Player Online》を次のeオリンピックの種目に登録してもらおうとしてるらしいわ」
eオリンピック。一般的に開催されるリアルスポーツのオリンピックと同じで、四年に一度開催されるeスポーツの集大成。eオリンピックの次回開催は来年の夏。それまでに公式競技として認定してもらえるように実績を重ねるつもりなのか。
「……なるほど。本気で宣伝しにかかるわけだ」
「あくまで噂よ?」
「わかってるよ」
私一人の力でどうこうなるものじゃないと思うけど、できる限りのことは全力でやろう。まあ本気で楽しんでプレイするだけなんだけどね。