《Wizard Player Online》が届いた日から三日後の土曜日。今日は待ちに待ったWPOのサービス開始日。ネットではとっくにこの略称が広まってるんだよね。だから、私もその流れに身を任せている。タイトル全部口にしたら長いし。
届いた当日には、既にVRハード《Iophiel》にインストールも終わらせている。
《Iophiel》っていうのは『神の美』を意味している智天使の名前イオフィエルから取られているケルビム社が開発したVRハード。
昨今、色々な会社からいくつも売り出されてるVRハードだけど、このケルビム社が作っているものほど多機能で高性能なハードは未だつくられていない。
しっかりした回線さえ使えば、このイオフィエルほど高速通信・高速処理ができるものはなく、かなりお高い機械ではあるものの快適なVR環境を整えるなら多少無理してでも買っておいて損は一切ない。
私はイオフィエルを装着し、電源を入れる。少しすると、目の周囲を覆う程の大きさがある黒半透明のバイザー部分に同期中と表示された。
イオフィエルはラジエルと同期することで、装着者本人の情報を全て読み取って、ネットワールド内での処理能力を向上させることができる。ちなみに、しっかりと身体をハードに認識させてからゲームをしないと、動きがカクついたり、処理速度が追い付かずにゲーム内の景色に異常が発生したりする。
イオフィエル以外のVR媒体だと、ラジエルとの同期をする機能がなく、最初の身体検査を手動でする必要があるから面倒くさい。私もVRゲームを始めた当初はそれに悩まされることも多かった。正確なデータを入力するために一々服を全部脱ぐ必要があるし、なんだったらデータの読込そのものに結構時間がかかる。
だから、イオフィエルの発売が決定されると同時にネット予約でハードを購入した。これが届いてからというもの、VRゲーム環境はとても快適になったと胸を張って言える。素晴らしいVRハードをありがとうございます。ケルビム社の皆様。
同期が終了すると共に、バイザー部分に「ダイブしますか?」の文字が浮かび上がる。肯定の意を念じるか頷く動作かワード入力で電脳世界にその意識が投射されて、自分の身一つで自由にその世界を泳ぎ回れるのだ。
素晴らしきかな日本の技術。安全性もばっちりですよ奥さん。ベッドか布団で横になって落下対策もしよう。
「ダイブイン!」
そのキーワードを口に出せば、意識は瞬く間になくなり、次の瞬間には目の前に部屋が広がっていた。
ちょっと前のPCのインターネットで言うホームページみたいなものがこの空間。ここから様々なデータベースにアクセスできる。なんだったらリアルの感覚を忘れにくいように街まで形成され、簡単なミニゲーム程度なら無料で遊べるという至れり尽せりな世界だ。
まあそこらにあるミニゲームなんて、本格的なゲーマーにとっては児戯に等しいものではあるけれど。
「さて、WPOが始まるまで適当に生配信でも見とこうかな」
視界内の適当な場所を縦にスワイプして、メニューを表示。幾つか操作をすれば、空中にディスプレイが形成され、チャンネルを指定するだけで色んな番組や動画を見ることができる。
人によってはホームカスタマイズでテレビを設置、リモコンに幾つかのチャンネルを設定して、それを見るっていう人もいる。動画サイトで言うチャンネル登録みたいなものだと思ってくれれば問題なし。
お。私が推してる配信者が雑談配信してる。迷いなくその配信ページへと飛んだ。
『さあ皆! WPOが! もうすぐ始まるよ~!!』
「やっぱ、ゆぽりんさんの声いいなあ」
ゆぽりんは雑談生配信や商品紹介の動画配信で人気のクリエイターで、私と同じLuminous所属の動画配信者。本名、素顔などは誰も知らず、明かされてるパーソナル情報は誕生日とその特徴的なアニメ声のみ。
素顔を出さざるを得ない最近のゲームの動画配信は一切しない。勿論、本人にゲームをする気がないってわけじゃないとは思う。一昔前のVRゲームやPCゲームの動画がちょこちょこアップされてるし、オタクとしての知識が半端ないからね。ずっと雑談配信見続けてきたけど、盛り上がるオタトークに私は全くついていけなかった。
フェルナから聞いた話だと、Luminous主催のイベントとかにも声出演以外は一切受け付けないとか。かなり徹底してリアル情報を遮断してるっぽい。まあ今の時代、女の子のリアル割れとかめちゃくちゃ危ないからね。本名すっぱ抜かれるだけでも大惨事になっちゃうから。
そういう意味では、顔出しなんかしてる私はかなり危ない橋を渡っている状態ではある。まあなんかあったら困るだろうから、その辺はLuminousが上手くやってくれてはいるんだろうけど。
『いやあ、ゆぽりんもこのゲームやりたかったんだけどね。初回ロット抽選で見事に外れちゃってね……』
“ワイも外れた・・・”“同じく”“同上”“同情”“土壌”“ドジョー”“どうしょー?”“何の伝言ゲームだよw”“お前らの連携最高w”“なんか当たったっぽい人がいなかった?”
『そうだよね~。同情ってコメした人はWPO当選しちゃった人かな?』
“ああうん、一応ね”“なんて裏山”“実況動画上げてくれ”“俺もプレイしてるとこ見てみたいわ”“考えとくよ”
『あ、実況動画で思い出したよ!』
“?”“なんかあるのん?”“大注目WPOがある中で何かしてくれるのかい?”“ゆぽりん勇者だな~”
『違うよ! そこまで度胸無いから!』
相変わらず賑やかだなぁ。こういう雰囲気が好きな私としては、こんな空気を容易く作り出すゆぽりんを全力でリスペクトします。
『えっとね。私と同じLuminous所属のミュウちゃんは知ってるかな?』
え? 私?
“もち”“誰?”“知ってるよ~”“ミュウちゃんって誰や”
『多分、最強ちゃんって言った方が皆には伝わりやすいかな?』
“ああ!”“最強ちゃん、ミュウちゃんっていうのか”“初めて知ったわ”“最強ちゃんならわかる”“如何に最強ちゃんの名で知れ渡ってるかがわかる構図”“ネームバリューとしてはそっちが強いもんな”
まあ知ってたよ。最強ちゃん呼びを許可したの私自身でもあるしね。むしろ、全く知られてないっていうよりは好ましい状況だと思う。
『それでね。そのミュウちゃんが、今日からWPOの実況配信してくれるんだって』
“それマ?”“最強ちゃんマジ天使”“最強ちゃん当選してたのか”“絶対見に行くわ”“どんなド派手プレイをしてくれるんだろうな”
『私の配信で他の人を天使とか言われるのはちょっと寂しいなぁ……』
“おい、誰だ言った奴”“出てこいや!”“すんません・・・”“お前屋上な”“体育館裏な”“校舎裏な”“凄まじいプレッシャーだなw”“コメなのにw”
『はいはい。喧嘩はそこまでね』
ここまで息ピッタリのやり取りができるってホント凄いよね。まあミュウ友の皆も基本こんな感じだけど。ファンに恵まれてるよね、私達。ちょっとコメしてみようかな。
『もし暇があるんだったら、ミュウちゃんの実況生配信、見に行ってあげてね?』
“おk”“おk”“おk”“待っててね最強ちゃん”“ゆぽりんも見に行くの?”
『うん。勿論見に行くよ。私も楽しみにしてたゲームだったし、一足先にゲームの状況を知っておきたいからね』
“俺も知りたいわ”“最強ちゃん最速攻略とかしそう”“最強ちゃんの配信見るだけで情報通なれそうw”“それな”“あんまり過度な期待されても困るんだけど・・・《ミュウ》”
なんで名前表示されたし……。
『おぉっ! ミュウちゃんが配信見てくれてるのはわかってたけど、まさかコメントしてくれるとは!』
そういえば、Luminous所属同士の配信者って相互フォローで動画見に来てくれてるのが伝わるようになってるんだっけ。
“まさかの本人登場!”“マジで草生える”“声出してワロタ”“盛大に噴いた”“なんで名前表示状態なの?《ミュウ》”
『ミュウちゃんだと一目でわかるように! 愛してるよミュウちゃん!』
“キマシ”“キマシタワー”“ここにキマシの塔を建てよう”“百合はマジで尊い”
私をそっちの道に引きずり込もうとしないで……。
そこで時計を見てみるとサービス開始の時間が迫っていた。
“もうすぐサービス始まるから一抜け《ミュウ》”
『え? もうそんな時間?』
“時間経つの早いなあ”“だからゆぽりん好き”“今日は最強ちゃんも交じったけどな”“楽しければそれでよし”“最強ちゃん、配信楽しみにしてるよー”
『そうだね。私も楽しみにしてるよーミュウちゃん』
“ワイも”“もう既に別ウィンドウで待機してるわ”“しっかり見せてもらいませう”“キャラ設定してから始めるから、配信までしばらく時間もらうけどね《ミュウ》”
『初期設定できるRPGはそこが重要だからね。じっくり考えて楽しくプレイしてね?』
勿論ですとも。自分も見てる人も楽しめるプレイをするのが、配信者《ミュウ》のモットーだからね。
そんなわけで、ディスプレイを消して座っていたソファーから立ち上がり、背後の壁にある二つの扉の内右側の扉のノブに触れる。左側は街のネットワークに出るための扉。
「ゼロ番」
数字を声に出し、音声認証システムに伝える。その直後、扉に幾何学模様が現れ、数回明滅した。それを確認して私はノブを回して扉を押し開く。
視界は突如として女の子っぽくパステルカラーを用いたファンシーな部屋から一転、漆黒の空間へと切り替わった。そして、目の前にはサービス開始へのカウントダウンが表示されている。
「後四十秒か」
早くしろ~早くしろ~と念じつつも、逸る気持ちを抑えるという矛盾した心理状態のまま、何もない空間で待機する。
なんというか、目の前に楽しみがあるのにそれがお預け状態になってる時って、時間の進みが遅く感じちゃうよね。あくしろよとか言って、口悪くなりそう。
色々と考えれば、その分時間の進みも早くなった気がする。あくまで気がするだけ。
けど、遂にカウントダウンは00となり、その表示が消え去ると共に“Welcome to the Magic World”の文字が目の前で踊る。
「まずはキャラ設定だね」
私のその言葉に応えるように、前方一メートルほどの場所に私自身が現れた。まあこの手のゲームでは見慣れた設定用アバターだけど。
操作も慣れを通り越して体に染みついたようで、私の指は大して意識しなくてもアバター容姿の設定を弄る。
ゲームごとに差異はあるものの、基本的には身長や輪郭などは自らの元の容姿と乖離するような変更はできない。身体感覚が確実に狂ってしまうし、ゲーム内での理想の容姿を作り上げた際の現実に与える精神的影響を考慮しての仕様。
変更可能なのは、髪の長さと色、瞳の色、肌の色。この三つくらいだ。私はリアルより若干髪を長くして、黒に変更。瞳の色は灰色に設定する。これが私のVRゲームにおける姿。
一度こんな感じで決め打ちしてしまうとその後で変更し難くなる心理的なものが働いちゃう。なんか急に容姿を変え過ぎちゃったら、ミュウ友の皆が困惑しないかなとか思っちゃってね。勿論、そんなことにはならないっていうのは何となくわかるんだけど。
まあ自分が一番設定しやすく、慣れ切った状態でやるっていうのも悪くはないはず。だから、今回もこの感じで行く。
「さて、アバター容姿を設定し終わったら、次は魔術選択だね」
WPOは魔術が基礎となってる世界設定であり、選択できる能力も魔術と銘打っている。
初期選択では《魔素術》《加護術》《魔導術》の三つの内どれかを選択でき、選択が完了したら、以後他の魔術は扱えない。
最初の選択次第で今後の成長ルートがほぼ決まってしまう、かなり悩む仕様。とりあえず、それぞれの項目をワンタップして説明を読んでいく。
《魔素術》……周辺環境に遍在する魔素を利用した魔術。低コストで様々な魔術を習得でき、オールマイティに立ち回れる。魔術の発動も速度が速く、連射も可能。極めれば魔素術の多重発動までできるようになる。ただし、この魔術のみ発動に魔術媒体が必要となる。
《加護術》……神への信仰心を糧とした魔術。神を信じる心によって決まる加護力(Faith Point)を利用して魔術を発動する。一撃の威力と他二つでは使えない特殊な魔術を扱えるが、それは信仰する神によって異なる。信仰する神は初期選択で決定し、以降その対象は変更できず、習得する魔術も自動習得のみ。
《魔導術》……三つの魔術の中で唯一魔力(Magic Point)を扱う魔術。魔力そのものは単一の属性しか有することができないが、その属性内で自由自在な運用ができ、使い方次第では最強クラスの実力を秘めている。この魔術のみスキル習得可能。
どの魔術も一長一短って感じかな。
魔素術は汎用性と連射性能に優れているけど、魔術媒体を介する必要がある。多分、その媒体って言うのも自分で購入するか作ってもらう必要があるんだと思う。
加護術は単発火力と魔素術にも魔導術にもない特別な魔術が使えるようになると。ただ、自動習得のみってことは、自分のプレイスタイルは最初から最後まで変えられない。
魔導術は魔力の運用次第では強くも弱くもなるもので、他二つにはないスキルという魅力的な能力を習得できる。ただし、魔力に宿る属性は一つのみ。
ヤバい。チョー悩むタイプの選択肢だなぁ。
ロマンプレイを求めるなら加護術か魔導術。安定したプレイを求めるなら魔素術。そんな感じの認識になるのかな?
「うーん……迷うっちゃあ迷うけど……」
ぶっちゃけ、名前を見た時点でこれと思ったものはあった。
私が惹かれたのは魔導術。ロマンを求めてとかそんなものじゃなくて、第一印象からして「イイ!」って思ったのがこれ。
良くない魔導術? だって魔を導く術だよ? なんかカッコいいよね?
そんなわけで、私は魔導術を選んで説明文の下にあるOKボタンをタップ。最終確認として小さなウィンドウでOKとキャンセルの二択が現れ、一度決めたものがブレることはなく、魔導術で確定させる。
「えっと……“属性を決定するために、強く何かを思い浮かべてください”か……」
何かって何よ? 何でもいいの?
そして、私が最初に思い浮かんだのは、いつも微笑みながら冷静に、時には冷酷に取捨選択し、いつも陰ながら支えてくれる人の姿だった。周囲の空気を支配し圧倒しつつも、にこやかな表情は決して崩れない。私の憧れであり、目標にしてるフェルナ。
すると、新しいウィンドウが展開され、そこには決定された私の属性が文字として出力されていた。
「凍結属性……」
語感的に結構ヤバめの属性に思えちゃうけど……。もうこれで決まっちゃったみたいだし、まあいいや。OKを選択して次に進む。
「後は、スキルの選択をすれば、キャラ設定は終了かな?」
スキルの習得にはコストが必要となり、それを消費することで取得できる。コスト上限は100固定で、このコスト内に収まるように取捨選択しないといけない。
ちなみに、魔素術の場合は魔素術の習得にコストを使い、加護術の場合は神様の選択でコスト全てがなくなるみたい。
そして私の魔導術はスキルの選択でコストが消費されるんだけど、ちょっと予想外の事態が発生していた。習得可能なスキル一覧に。
・魔力操作……魔導術の発動に必須のスキル。体内の魔力を操る。 cost50
・魔力放出……魔導術の発動に必須のスキル。体内の魔力を体外に放出する。 cost20
・魔導眼……周囲に遍在する魔素や魔力を可視化するスキル。 cost40
・身体強化……自らの肉体能力を底上げするスキル。 cost30
以上、四つのみである。後、無駄にコストが高い。これが全ての魔術に該当するのか魔導術だけなのかは定かじゃないけど、魔力運用の前にコスト運用でも悩む必要があるらしい。
まあ魔導眼スキルは初期段階で必要になるとは思えないから、初期選択では外しても問題ないと思う。
そうなれば、自動的に他三つを習得することになる。上限ピッタリだし。なんだろうね、この狙い澄ましたかのようなラインナップ。
「基本は身体強化を活かして接近戦って感じになるのかな?」
下手しなくても殴り魔術師一直線じゃないか。いや、魔導術をうまく使えればその限りじゃないのかもしれない。それでも、私は体の方が勝手に動きそうだ。脳筋プレイヤーですみませんね。
「さて、スキルも習得し終わったし、後はチュートリアルをやって本格的にプレイかな?」
キャラ設定が終わり、チュートリアルへと移動するためのウィンドウが目の前で開かれる。これでOKを押せば、チュートリアルに移行してそのままプレイ開始になる。
今から胸がドキドキする。新たな冒険に心躍らせ、チュートリアルへと進む。