目の前に広がるのは青々とした大草原。その上を駆け抜ける爽やかな風が心地良く、豊かな自然の香りが鼻腔をくすぐる。そんな中で私が立っているのは小高い丘の上。
そして、目の前には穏やかな表情で佇む見た目年齢私と同じくらいの女の子がいた。
「ようこそチュートリアルスペースへ。ここでは習得した魔術の発動練習をすることが可能です」
「初めまして。ミュウといいます。よろしくお願いします」
とりあえず、なるべく丁寧な対応を心掛けて、敬語で話しかけた。
「これはご丁寧にどうも。私はソフィア。起源の魔導術を生み出した世界最古の魔導士です」
「……」
マズい。どことなくラスボス臭が漂ってる。
もう一つわかったこととして、このソフィアって人は間違いなく高度な人工知能持ち。プログラムとはいえ、感情を確立させたAI。いずれゲームに関わってくる可能性が非常に高い。
「そんなに緊張しなくてもいいですよ。
「今はまだって……」
「ふふふ。では、早速チュートリアルを始めましょうか」
まあここでグダグダ考えたり、文句言ったりするような非生産的なことは悪手。大人しくチュートリアルに従って、自分の力を把握すべきか。
「ミュウさん。貴女は《魔導術》を扱う者。魔導士としての今後の貴女に期待します」
「その期待に応えられるかはわかりませんが、自分なりに頑張ります」
「ええ。最初はそれで構いませんよ」
まあ最初は間違いなくPSを上げるためにほとんどの時間を費やすことにはなるだろうし。
「さて、時間も惜しいですし、さくっとチュートリアルしちゃいましょう」
「よろしくお願いします」
「まずは、この世界において貴女達に必要な動きについて説明します」
基本操作を教えてくれるってことでおk?
「この世界の住人とは違い、貴女達は異なる世界とこの世界を行き来することになります」
ログインとログアウトのことかな?
「そのやり方ですが、《メニュー》という言葉を強く意識して、視界内で軽く右手の指を横に振ってください」
「こうかな? ――お」
指を振った後を追うようにいくつかのアイコンが滑ってきた。
「表示されているアイコンの配列は貴女の好きなように変更することができます」
「このアイコンが黒くなってるのは?」
「それは現状使えません。いずれ使えるようになる時が来ます」
未実装っていう解釈でおk?
「まずは貴女自身の能力を見てみましょう。普通はそんなことできるわけもありませんが、貴女達のような異世界間を行き来する“渡り人”はそれが可能になっています」
「このステータスを押せばいいのかな?」
「はい」
言われた通りに人型のマークが描かれているアイコンをタップすると、アイコンが自動的に上方にスライドして、別ウィンドウが開かれる。
ミュウ 魔導士《凍結属性》
スキル
〈魔力操作〉〈魔力放出〉〈身体強化〉
称号
なし
cost0
スッキリしたステータス表示ですこと。最近のRPGにしては大分思い切ったなぁ。
「現在貴女が見ているものが、貴女の今の能力です。何か質問はありますか?」
「称号の取得条件とか?」
「それに関してはさすがに返答しかねます。強いて言えるならば、貴女の行動次第というヒントくらいでしょうか」
「了解です。後、コストの入手方法はありますか?」
「主な入手の仕方としては魔物を倒すこと、称号を得ることくらいですかね。勿論ですが、貴女と同じ“渡り人”やこの世界の住人を倒すことでも手に入ります」
「物騒ですね」
住人狩りとか始めるようなバカがいなければいいけど……。いや、絶対いるな。
「一応言っておくと、必ずしも手に入るわけではありませんよ?」
「と言うと?」
「魔術師を倒さなければ入手できません。つまり、魔術を持ってして戦うしかないわけです」
「一般人を襲ってもコストは貰えないと」
「お尋ね者になるだけなので、しない方が身のためですよ」
まあ繰り返してたら賞金首にはなりそうだよね。ゲーム中ずっと衛兵とかに警戒し続けるのもイヤだし、絶対そういうことはしないでおこう。
「それから、魔物を倒した際にコストを入手できると言いましたが、一定の上限が存在し、いずれコストは入手できなくなります」
「延々と同じ魔物を狩り続けることは許さないと……」
まあそこら辺の対策しとかないと、序盤の魔物を倒し続けるだけで自分を強化し続けられちゃうもんね。
「他に何か質問は?」
「特には」
「では、次にアイテムアイコンについてです」
ウィンドウを閉じて、さくっとアイテムのアイコンを押してみる。
「まあ何も入ってませんけどね」
「ですよねー」
それはもう見事に真っ白なウィンドウが表示された。タブっぽいもの以外は一切ない。
「基本的には道具系、武器系、防具系、素材系の四つに分けられていて、各五十種九十九個まで収納できます。便利機能ですね」
「助かります」
まあそりゃ、アイテム運搬にまでリアル追及したら顰蹙ものだ。私だって絶対やりたいと思わない。
「ちなみに、一種九十九個まで収納した場合、百個目は別枠での収納となります」
そこら辺の仕様は、一般的なRPGと大差ないね。
「質問はありますか?」
「アイテムが満杯になった時はどうしたらいいんですか?」
「“渡り人”が拠点と定めた場所に大型収納ボックスが自動設置されます。その中に入れれば大丈夫です」
「拠点と定めたってことは家や部屋を買うなり借りるなりしないとってことですか?」
「いいえ。基本的に宿で一泊するだけでも同じことができます。当然、収納ボックスの中身が拠点を変えるたびに消失するといったことは一切ありませんので、安心してください」
なるほど、だったら問題はなさそうだね。
「他には?」
「ありません」
「わかりました。では、次に装備ですね」
アイテムウィンドウを閉じて、装備画面を開く。
「現在貴女が身に着けているのは、初期装備となります」
「防御力最低値のですか」
「はい」
ちなみに、今装備してるのは白い無地Tシャツとデニムのショートパンツだけ。靴は足首で固定できるサンダル。夏のお出かけスタイルかな? 少なくとも魔導士には見えない。
「では、次でとりあえずの機能説明は終わりになります」
ようやく説明が終わって本格的なチュートリアルに入れそう。いやまあ、これまでのもゲームをやる上では欠かせない機能だから、チュートリアルとして必要なものだったけど。
「最後にオプションについての説明です」
もうこれ言い回しを考えるの途中で放棄してるよね、運営。オプションって言っちゃったし。
「オプションの項目では、ゲームの内外を問わずにパスを繋げる機能があります」
「すみません。もうちょっとわかりやすい言い方でお願いします」
いきなり高難度な解読力を求めてくんなし。
「貴女方“渡り人”がこの世界から元の世界に戻る時、この世界の情報を外部から入手する時、逆に外部に発信する時、自身の冒険を見せたい時などに使用します」
えっと……ログアウト、外部サイト接続、配信かな?
「詳細な使い方については助言機能を利用してください」
あぁ。このヘルプって書いてあるアイコンね。
「以上でメニューに関する説明を終わります。次に、魔導術についてお教えいたします」
ついに来たね。さあ、これを終えれば私も一端の魔導士を名乗れるようになる。
「まずは、自らの体内にある魔力を感じ取るところから始めましょうか」
いきなり無理難題吹っ掛けてきやがったぞこの女。今まで自分の中になかったものをどうやって感じ取れと?
「魔導士は誰しもが魔力を体内に保有しています。それを如何に感じ取って操るかが重要になります」
「はあ……」
「とにかく、魔力を感じ取ってみましょう」
「えっと……」
「大丈夫です。私が補助しますから」
そう言って私の手を取るソフィアさん。何をするつもりですか?
「本当なら危険なのであまりやらない方がいいのですが、この空間内であれば全くもって問題ありませんので」
「本当に何するつもりなんですか!?」
危険がある行為をしようとしてるのか!? 怖いよ!
「大丈夫です。ザーッと魔力を流し込むだけなので」
「できれば丁寧にお願いして良いですかね!?」
「では行きますよー」
「ちょっ、心の準備が――ひにゃぁっ!?」
握られた右手からなんかムズムズしたものが体内に流れ込んでくる。これが魔力? 体が強い抵抗をしてるけど、そんなのはお構いなしにソフィアさんは、どんどんとそれを流し込む。
なんかこう、痒い場所を掻いてるのに、全く掻いた気持ちよさがないような苛立ちと焦燥感を感じてしまう。
「頑張ってください。これを乗り越えた先に魔導士としての始まりがあります」
「ぐぅ……」
しばらくすると、最初は不快でしょうがなかったものが一点に集まっていく感覚を捉え、そこから体全体にそれを動かすことができるようになってきた。
「おぉ」
なんか感心してるような声が聞こえたけど一旦無視。
不快なものを排除しようとそれを深い部分から持っていき、最終的にそれを体外に放出することに成功した。
「くぅ……はぁ……はぁ……」
「おめでとうございます。思ったよりも早くコツを掴んだようで」
「そう……」
息を整えながら改めて体内に意識を向ければ、さっきまでの不快なものは一切なく、どこかひんやりとした不思議なものを感じられる。もしかして、これが私の魔力?
「では、それを操ってあのターゲットに向けて放ってください」
ソフィアさんが手で示した先には、真っ白い兎がいる。多分、チュートリアル専用のモンスターかな。
その白兎を視界に捉え、ひんやりした不思議なとても心地良いそれを操って右手に集める。充分それが溜まったと思った時に、右掌を白兎に向けその魔力を一気に放出した。
一瞬だった。右手の先から兎がいた場所までを氷が覆い尽くし、辺りに冷気が漂う。
これが凍結属性の魔導術?
「素晴らしい一撃でした。ただ、もう少し魔力は抑えても良かったかもしれませんね」
「え?」
「さすがに出力が高過ぎです」
苦笑と共に右手人差し指である場所を指し示す。そこは視界端に表示されてる何かのゲージがある場所だった。
ゲージは二つ。一つは緑色のゲージ、こっちは満タン。もう一つは青色のゲージ、こっちは三分の一くらいにまで減ってる。
「ちなみに、緑がHP。青がMPです」
私は兎一羽を倒すためだけに魔力の三分の二を注ぎ込んだわけね。つまり――
「言っておきますが、魔導術の燃費が悪いわけではなく、魔力の使い方が下手っぴなだけです」
「先制して言い訳を潰さないでほしいのですが……」
「現実はしっかりと見ましょうね」
私にとってはゲームだよ。
「まあ魔力の運用については今後の冒険で身に着けてください。ここはあくまで力を試すだけの場であり、修練の場ではないことをお忘れなきよう」
なるほど、チュートリアルスペースで魔術の練習はできないと。
「後、もう一つお知らせすることとして、先程私が行った魔力の流し込みは覚えていますね?」
「忘れようがありませんよ……。あんな鳥肌が立つ不快な感覚……」
「それは、他者の魔力を注ぎ込まれたが故、必然的に起こる拒絶反応です」
その拒絶反応を利用してソフィアさんは魔力の感覚を無理矢理掴ませたらしい。
「随分とまあ、荒療治をしてくれたものですね」
「ですが、貴女は見事に魔導士としての第一歩を踏み出せました」
まあそこは感謝しなくもない。何もわからない状態で冒険してくれと放り出されても、多分キョロキョロするだけで何もできなかっただろうし。
「とにかく、ミュウさんのチュートリアルは無事終了しました。これからの貴女に期待します」
「はい」
「最後に、何か質問はありますか?」
「じゃあ一つだけ」
「何でしょう?」
「これまでのRPGにあったようなステ振りっていうのはないんですか?」
魔導術を使う私に関しては、HPとMPのゲージが視界の端にあるだけで、それ以外のパラメータが存在するのかがわからない。
「ありませんよ。基本的に肉体能力などについて知る術はありません。信じられるのは己の感覚のみです。この世界は貴女達の現実とほぼ変わりませんので」
基本的にパラメータはマスクデータになってるみたいだね。そこまでリアルを追求しなくてもいいっていうのに。
「まあせめてもの慈悲として、HPとMPは知ることができますけどね」
「それはないと私達全員が困ってしまうので……」
この数値がしっかりと表示されてないと、それをどう管理すればいいのかっていうのを感覚に頼り切ってやる必要がある。いくらなんでもそこまでリアルを求めるほど鬼畜ゲーではないはず。
というかそこまで行くと、もはやクソゲー扱いされること請け合いだ。
「さて、質問が一つと言うことでしたので、ミュウさんのチュートリアルは、これで完全に終了とさせていただきます」
「いろいろと教えてくれて、ありがとうございました」
「いえ、これが現状の私のお仕事なので」
「またソフィアさんに会えますか?」
「遠い未来、いつか会うこともあるかもしれません。それは私自身もよくわかっていないことなのです」
「そうですか」
「でも……」
「?」
ソフィアさんがとても可憐な笑みを浮かべ、そんな表情になる理由がわからずに首を傾げてしまう私。
「貴女とは。ミュウさんとはそこまで遠くない内に会える気がします。単なる予感でしかありませんけどね」
「そうですか」
「はい、そうです。――おっと、もう時間がきましたね」
チュートリアルは終了に関連するワードをお互いに口にすることで終わるようにできているらしい。
「それではミュウさん。チュートリアルお疲れ様でした。魔術の世界を、ぜひ楽しんでください」
「はい!」
最古の魔導士様が小さく手を振りながら私を見送ってくれる。
それに手を振り返しながら、自分の視界が真っ白に染まり、それが収まった時、私は新たな世界へと降り立った。