相克の水平線   作:帝都造営

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まきぐも。

「嘘だと否定して欲しいですか? 瑞鶴さん」

 

「いや、それは……その」

 

 否定して欲しい。その通りだ。でもじゃあ、私の手に今収まっているこのノートはなんだ? 令和元年から令和3年(きょう)まで付けられていた日記。私が途中から記していたそれと同じように、一日たりとも欠かすことなく書かれた生活の記録。

 

「私と風雲は、飛龍さんに建造されたんです。ちょうど、瑞鶴さん(あなた)と同じようにね」

「……そして、二人とも『提督』だった」

 

 えぇ、そうです。目の前の艦娘がそんなことを言っている。そんな馬鹿な、じゃあ、私が艦娘だと思っていた二隻の駆逐艦娘は、私と同じような「提督」だったというのか。

 

「分かりますよ。昨日までゲームの中の存在、架空の人物だと思ってた相手が実在すると聞いて驚いてる感じですよね」

「それは」

「いいんですいいんです。それはつまり、私がちゃんと『巻雲』を演じられていたってことですから」

 

 返す言葉もない。私がこの人のことを「巻雲」と思っていたか? もちろんそう認識はしていただろう。だけれどそれは巻雲らしい言動をしていたとか、そういうことではない。むしろ彼女は「巻雲」らしくはなかっただろう。

 にも関わらず私は彼女を「巻雲」以外の何かであると考えなかった。それはつまり、私が外見だけで「瑞鶴」と判断されてしまうのと同じ事。

 もしくは……。

 

「……同じ提督だと、思いたくなかった。二重規範(ダブルスタンダード)を敷きたかった……飛龍さんみたいに」

 

 でも、それは違った。私たちは艦種や艦名が違うだけで、同じ「提督」だった。

 

『まずは受け入れるの』

 

「飛龍さんは……受け入れられなかったんだね」

「無理ですよ。だって、もしかしなくても私たちを建造した(ここへよんだ)のは飛龍さんなんですから」

「…………」

 

 沈黙が舞い降りる。これまでの記録を背にした巻雲は何も言わない。私は何度も深呼吸をするけれど、胸の苦しさはどうしても無くならない。

 

「どうして、今なの?」

 

 口をついて出たのは、どうしようもない疑問だった。

 

「どうして今なの? あなたが私に打ち明ける機会はいつでもあったよね? 二人で作業していた時や、飛龍さんが風雲と行動を共にしていたとき、この一年間で、いくらでも機会(チャンス)はあったはずだよね? なんで今日まで、言わなかったの?」

 

 巻雲は何も返さない。私がヒドい質問をしているのは分かっている。なにせこの問いの答えは航海日誌に書いてあるじゃないか。

 

 

 

 もう限界だ。

 

 

 

 巻雲もまた、限界に達したのだ。飛龍さんがそうであったように……私が、そうなったように。

 

「私に言わなかったのなら分かってるんでしょ。私は、この事態に対して何も出来ない。飛龍さんと風雲のことに口は出せても、二人の問題を……私たちの問題を解決することは何も出来ない」

 

 私は無力だ。深海棲艦を倒すことも出来ないし、ここでの生活だって自分一人で全部出来るわけじゃない。巻雲が今日まで私に……「提督(おなじ)」だと分かっている筈の私に何も言わなかったのがなによりの証左じゃないか。

 そしてそれなら、なんでこんな時に、よりにもよってこんな時に私を巻き込むんだ。限界になって、もうどうしようもない時に言ってくれるなよ。破滅するなら勝手に破滅してくれよ。そんなこと、俺にいってどうするんだ。

 

「――――に」

「え?」

 

 巻雲が口を開く。そこから出てくるのは、弱々しい言葉。

 辛うじて聞き取れた()()を否定したくて、私は聞き返す。

 

「なんて、言ったの?」

「終わりにしようと、思うんです」

 

 巻雲の口から語られたのは、あまりにも単純な計画。

 まず、ここにある資料、これまでの飛龍、風雲、巻雲……そして途中からは瑞鶴(わたし)の生活の記録を全て飛龍さんに開示する。責任感の強い飛龍さんのことだ、自分自身がゲームの存在として扱ってきた僚艦たち(かざぐもまきぐも)が「提督」だったとしれば、きっともう限界を越えて……いや、既に越えている限界に越えようなんてない、きっとどうかしてしまうだろう。

 そして本当に、()()()()()()()()()

 

「だから、それでいいか。瑞鶴さんにも聞いておこうと思ったんです」

「……それ、私に拒否権はあるの?」

 

 我ながらヒドい質問だと思う。巻雲はいきなり全てを終わりにすることが出来たはずだ。それこそ、今すぐにだって。私に何の相談もなくすることが出来た。

 なのにそうはしなかった……まだ、巻雲は踏みとどまっているのだ。そして私は、巻雲に拒否権を用意させることで、踏みとどまることを強要しようとしている。

 巻雲が、狂気の淵で辛うじてバランスを保っている「観測者」が、叫ぶ。

 

「あげたくないですよ……! 私だってもう、こんな世界から逃げたいんだ!」

 

 それは、私もそう。この世界に来てからもう一年が経つ。もう平成の日本に「俺」の居場所はないのだろう。よしんば居場所があったとしても「俺」は俺ではない「私」になってしまった。もうあの世界に帰れたとして、俺が俺に戻ることはない。

 そしてそれは、巻雲はもちろんのこと、飛龍さんや風雲だってそうなのだ。

 

 なるほど。だからまあ、終わらせるという選択肢も「あり」なのだ。

 

「でも、私はまだ『私』だと思いたい。私はまだ自爆特攻テロリストにはなりたくないんです! だからこれは……私の最後の、譲れない一線(デッドライン)なんですよ……!」

「…………」

 

 それでも、私に「拒否権」はないも同然だった。私がここで首を横に振っても、そしたら今度は本当の限界を迎えて皆で闇に落ちるだけだ。だって私には、何の解決策もないのだから。

 

 ……。

 

 ……いや、待てよ。

 本当に、本当にそうなのか?

 

「……悪いけれど、巻雲。私は絶対、そんなの認めたくない」

 

 私は、まだ何もやっていない。「出来ていない」ではなくて「何もしようとしてこなかった」。人生の最後、最後の最後まで、何もしないまま終わるのか?

 

 そんなの、嫌だ。

 

 でも。

 

 

 でも。

 

 

 

 こんな世界に生きるのは、もっと嫌だ。絶対に嫌だ。

 

 

「だから、巻雲……私を絶望させて。終わりにしてもいいって私が思えるぐらい、今がどれほど悪い状況なのかを教えて」

「……いいですよ、後悔してもしりませんからね」

 

 後悔? そんなの、もうずっとしてる。

 私は怖かった。自分を喪うのが怖くて、ずっとずっと留まっていた。だから状況はどんどん悪くなった。そして私は、きっとそんな自分に失望していた。絶望していた。

 でもきっと、それは巻雲も同じだ。彼女の航海日誌には何度も悔恨が現れる。こうしていれば、ああしていれば。みんな、私と同じだったんだ。

 飛龍さんも……そして、自分を棄てるという選択をした風雲だって、そう。

 

 それならここで踏み留まっている私は、きっと死んでも後悔する。

 

 

「後悔先にたたずって言うでしょ?」

 

 

 だから全部聞かせて。私は巻雲にそう言ったのだった。




次回更新は3/4です。

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