相克の水平線   作:帝都造営

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はじまり。

 それは、どこにでもある当たり前の目覚め。体内で分泌されるメラトニンが眠りを誘うなら、眠りから目覚めへと引っ張るのは副腎皮質ホルモン。眠らない人間などいないし、逆に眠り続ける人間もいない。だからこそ、目覚めは不自然なものではない。

 

 ところが、それは明らかに『異状』であった。俺は目覚めが良い方ではないし、そもそも先ほどまで俺は寝てなんていなかったハズ。混乱するが、確かにそれは『目覚め』であった。半規管は身体が横たえていることを教えてくれるし、なによりブランケットによって覆われている。

 訳も分からず見回すが、眼の前には知らない天井。いや、そんなことを言っている場合ではないだろう。幸いにも身体に痛みは感じない。起き上がることも、周囲を見回すことだって出来る。だけれども、ここは知らない場所。

 

 何があった。湧き上がるのはそんな疑問だけ。俺は確かに自宅の、そう何かがある訳でもない自宅にいたはず。そして寝ていた訳でもない。酒が入っていれば家に帰った途端に意識を手放してもおかしくはないだろう。残業続きであれば道端で倒れても、いやそれこそ会社で寝ていてもおかしくはないだろう。しかしそんなことは全くない。

 

 部屋には何かを思わせる物は置かれていない。コンクリート打ちっぱなしの部屋。ドアすらないその出口の先には同じくコンクリートの廊下が広がっているのだろう。窓は反対側の壁に一つだけ。やはりというべきかこちらも窓硝子がはめられている訳ではない。まるで建設中の建物……まるで、うち捨てられたかのような場所。

 訳が分からない。ここはどこだ、人攫いにでもあったのだろうか。とんでもない発想が脳裏に浮かぶが、それならもっとこう……拘束とかされていても良いのではないだろうか。

 

 とにかく現実離れしたその光景ではあったが、人間慣れればどんなことでも不思議と受け入れられるようになるモノ。それを俺が受け入れたことにしたことは……明日の心配であった。いや正確には今日、そして今日であることが問題なのだ!

 窓の外は明るい。ここが何処だか知らないが、運ぶだけでも時間はかかったことだろう。地球の回る速度よりも早い移動手段はない。故に陽が昇っているということは即ち日付が変わり、次の日がやって来るということである。

 

 そう。誰も知りはしないだろうが、そもそも会社では推奨されていないので知られては困るのだが……俺は今日持ち帰り残業をする予定だった。それは昨日における明日、つまり今日使う会議向け資料の作成。無論会社で作業することも出来るしそうするべきなのだろう。しかしそうはいかなかった。そうするわけにはいかなかった。

 

 理由は単純明快。俺が「提督」であるからである。といってもそれは海軍の将官を示す敬称ではない。俺は会社員に過ぎないし、それ以上の価値を求められる人間ではない。「提督」というのは、とあるゲーム、ブラウザゲームの「艦隊これくしょん」における主人公(プレイヤー)のこと。現在はブラウザゲームでは恒例の期間限定イベントの真っ最中であり、その攻略をするために早く帰宅したかったのである。

 

 そして、記憶での俺はそのゲームをしていたことしか覚えていない。つまり仕事は終わっていないわけ。このままでは大目玉を食らうのは必至。全身から血の気が引いていく、いや会議が酷くなるだけならまだいい。部屋の窓には観光地のような庭とその向こうに広がる青空。もう朝どころか昼である。遅刻となれば大目玉では済まない可能性だってありうる。

 

 最悪だ。これまで積み上げたものがガラガラと崩れる感覚。俺は二次元の(えにかいた)美少女に欲情するような底辺のオタクではあるが、これでも現実生活はそれなりのメッキを施してやって来たつもりだった。それがゲームをしていて遅刻とは……。

 

 もう全て放り出してもうひと眠りしようかとも思ったが、そもそも今俺がいるのは何処とも知れない部屋であった。問題は会社のことだけではない。いやそれどころか、むしろこちらの方が問題ではないだろうか。知らない場所に連れられてきてしまった。俺が何かの事件の被害者ならば、今回の無断遅刻にも情状酌量の余地はあるかもしれない。

 いや、そもそも帰れない可能性もあるのか。そう冷静になると別の意味でも血の気が引いてきた。別の意味で。会議は頭を下げて別日にやればいい、しかし死んでしまっては「艦隊これくしょん」が、イベント攻略が出来なくなってしまう。それだけは避けたい。

 

 とにかく、まずはここを脱出、そして帰宅しなければならない。いつまでもベッドの上になんて居られない。俺は帰るぞ!

 そして、先ほどまで身体を横たえていたベッドらしきモノから足を床へと下ろす。そこにはまるで待ってましたと言わんばかりにスリッパが置かれており、何か作為性を感じなくもないが、まあそんな細かいことはあとの話。コンクリート打ちっぱなしとなれば流石に裸足で歩き回るのは気が引かれる。渡りに船だと考えることにして、足を通す。

 

「あ、れ……?」

 

 ところが、何かがおかしい。スリッパに下ろした足がおかしい。まるで血の気が失せたように白い足。普段よりも細いようにみえるそれには、信じられないことに一本の毛も生えていなかった。立ち上がるどころの騒ぎではない。思わず触れば、その足は確かに触られた感触を返してくる。どうやら俺の足で間違いないらしい。

 毛が抜けている……毛が抜けると聞いて真っ先に思いつくのはストレス、そして……癌。投薬か放射線治療かは忘れてしまったが、癌治療の副作用で髪が抜けると聞いたことがある。

 そこまで考えが回れば、まさか自分の頭に意識をやらない人間はいないことだろう。いずれは禿げる可能性もあるとはいえ、足のようにさっぱり綺麗になくなっていては本当に堪ったものではない。慌てて伸ばした手が髪の毛にぶつかり、安堵。

 

 そして、()()の異常性にようやく気付くことになる。

 

 髪が、長くなっていたのだ。ちょっとやそっとの話ではない。それは肩を通り越し、肩甲骨の辺りまで達するほどにはあるだろうか。いやもっと長いかもしれない。とにかく、俺にとっては不自然なほどに長い髪。手に取って確かめると、それは確かな艶と質量をもってそこにあった。

 気のせいではない。思えば先ほどからずっと、頭になにか重しを乗せたような感覚が付きまとってはいなかっただろうか。それがこの髪の重みだとすれば、説明はつく。

 

 なぜこんなに長いのだろうか? 髪は自然に伸びるモノ。しかしこんなに長くなるのにどれほどの時間がかかるのだろう。一ヶ月や二ヶ月では済まない。一年か、もしくはそれ以上。

 

 では、それまで俺は……一体なにをしていたのだろう。髪を放し、手を見る。自分の掌を開いては閉じる。特段意識することもなく思い通りに動くそれは、記憶よりもどこか頼りなくはないだろうか。指の一本一本が細くなったように感じられ、怖気がした。

 俺はいったい、どれほどの間眠っていたのだろう。

 

 しかし、そうであれば説明はつく。このよく分からない場所。ここが病院とは思えないが、それでも寝たきりの人間の世話が出来る場所は限られる。少なくとも俺の部屋では無理だろう。ということは俺は何かの事故か病気かで倒れ、そしてここに運ばれ……。

 

 まるでドラマか映画のよう。ウォーキング・デッド? 28日後?

 

「笑えない、な……ゴホッ。ほんと、笑えない」

 

 それに加えて、言葉も思い通りに出てこない。掠れるような声。咳払いしてみても心持ち高くなったような声が出るだけ。もしも年単位で寝込んでいたのならこんなこともあるだろう。とにかく笑っていられる状況ではない。先ほど挙げた作品のように正気を失ったヒト型の何かが襲ってくるのは勘弁だが、仮にそうでなかったとしても食べ物がなければ人間はいずれ死ぬ。飲み水がないだけであっさり死ぬ。

 

「おおい……誰か、誰かいないのか?」

 

 扉もない出口に向かっていうが、返事はない。本当にここには俺しかいないのか。そんなはずがあるものか。廃墟のような部屋だけれど、それでもベッドにはブランケット、枕に白いシーツ。マットレスも悪い物ではない。ここが廃ビルだとは到底思えないし、そもそも俺が寝たきりになっている間に世話をしてくれた人間がいるはずだ。枕元にナースコールがないかを一応探すが、そんな電子機器は見当たらない。

 となればもう、歩いて探すほかはないわけで。

 

 スリッパを履いて、立ち上がる。改めて自分の身体を見れば視界に入るのは無地の布で作られた簡易な服。恐らくこれが病衣というやつなのだろう。誰でも着れられるように余裕をもって作られたのであろうそれに包まれる俺の身体は心なしか細くなってよう。長い闘病(?)生活もあって全身の筋肉が落ちてしまったのだろうか。そういえば、何年も寝たきりでは筋肉が衰えて立つこともままならなくなるという。とにかく、立ち上がれたのは僥倖と考えるべきだろう。

 

 そして廊下へと出る。案の定というべきか、廊下に誰か見張りが立っているかもしれないという俺の希望はあっさり潰えた。無人の廊下。窓がないせいか先ほどの部屋よりも暗いそこは、俺に恐怖心を与えるのには十分なもの。

 

「だ、誰かいませんか……?」

 

 返事がないなら誰もいないのだろうが、それでも言葉が通じない相手はいるのかもしれない。それこそ野犬でも飛び出してきたらどうなるだろう。こちらは丸腰、それに加えて身体は覚束ないのである。せめて枕を武器代わりにしようかとも思ったけれど、あまりに意味がなさそうなのでそれはやめた。枕じゃどうしようもない。

 

 どうすれば、いやどうしてこんなことになったのだろう。なんら見当も付かないこの事態には困惑するほか無い。何故俺はこんなところに、ここは何処で、そして今日は何年の何日なのか? 残念ながら彼女なんてものはいないが、まだ父親も母親も生きているし兄弟だっている。皆は何処へ……俺は、どうなってしまうのだろう?

 

 そんな時だった。廊下の向こうから、人影が現れたのは。

 

「えっ……?」

 

 俺は足を止めた。それは安堵であるはずだった。そして見ず知らずの人間に出会った恐怖と好奇心でもあるはずだった。

 ところが、今の俺。「提督」である俺には、単なる驚愕でしかなかった。

 

 

「よかった、目を覚ましたんですね!」

 

 

 なにせ私を見て眼を輝かせる人影……その少女は。

 

 「艦隊これくしょん」に登場する艦娘(キャラクター)。「風雲」だったのだから。

 




書く場所ないからここに書くけど、早波いいよね。

次回更新は2/1予定です。
追記:間違えました……隔日更新なんで2/2ですね。
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