相克の水平線   作:帝都造営

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へいせい。

「今は、平成何年?」

 

 平成(へいせい)――――と、彼女は言った。それは俺、つまり現代日本で生きてきた俺にとっては聞き慣れた言葉。だが彼女(ひりゅう)にとってはどうなのだろう。飛龍は言うまでもなく艦娘で、しかも彼女の沈没は1942年、昭和17年のことである。平成なんて元号なんて知るはずがない。

 ……いや、どうなんだろうか。確かコンビニについて言及する艦娘も居たような気がするし、平成という単語を知っていてもおかしくはないのかも知れない。

 

 俺は風雲と眼を見合わせて……そして気付く。この反応を考えると、恐らく風雲は「平成」を知らない。というか先ほどまでのやりとりで考える限り、彼女は自分のことを「駆逐艦風雲」として……つまり、鋼鉄で形作られた軍艦(フネ)の生まれ変わりとして認識しているようだった。

 だから風雲は、艦娘は「平成」を知らない。とすると導き出される答えは? 俺が彼女に対して放つべき言葉は、なんだ?

 

「え、っと……」

 

 迷っていたのだと思う。きっと俺は、この時点で確信に近い何かを得ていたのだと思う。そしてその上で、言葉が切り出せなかった。なにせ俺は何も分からないのだ。ここは俺の暮らしていた日本ではない。俺の常識は通用しない。

 どこかの漫画でも言っていた、会話で情報を得るときの鉄則。与える情報は最小限に、得る情報は最大限に。まだ向こうは「平成」という言葉しか使っていない。俺が本当に「艦これ」の世界にいるなら「平成」なんて言葉は出てくるだろうか。ではこの世界における「平成」とは? 元号として使われているなら風雲の反応をどう説明する?

 そんな答えのない迷いが、俺に次の言葉を躊躇わせる。飛龍はそんな俺をじっと見つめていたが、やがてふっと表情を緩めた。

 

「ごめん、変なこと言っちゃったね。今のは忘れて……」

「待って!」

 

 遮る声に驚いて、数瞬経ってからそれが瑞鶴(じぶん)の声だと聞いて更にもう一度驚いた。なぜ俺は止めてしまったのだろう。だけれど、ここで誤魔化すことはしてはいけない。そうすれば一生後悔すると、そう何かが、本能的に告げていた。

 なぜかは分からない。もしかすると飛龍の表情や仕草に俺が「懐かしいモノ」を感じていたのかもしれないし、逆に「飛龍らしくない」と思ったのかもしれない。しかしこの時、俺はこの飛龍が俺の同胞(どうるい)なのではないかという、確信めいた感触を得ていたのだ。

 いや、それとも――――あの時の私はもう、飛龍先輩に宿った寂寥とも諦観とも取れる感情を感じ取ってしまっていたのかもしれない。私がこれから覗き込むことになる深い深い深淵を、彼女に垣間見てしまっていたのかもしれない。

 

「今は、もう平成じゃないんです。今は、令和なんです」

「…………そっか」

 

 だから俺は、その時に出せる最も簡潔で、最も飛龍が欲しがっているであろう情報を提供した。

 

「令和……それが、新しい時代の名前なんだね」

 

 そして飛龍は、なんとも形容しがたい苦みを含んだ笑顔で、そう答えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛龍に案内された部屋は、これまでの廃墟とは一線を画していた。もちろん、コンクリート打ちっぱなしの冷たい建築物であることには変わりがないのだが……。

 

「なんというか……随分と散らかった? 部屋なんですね?」

 

 疑問形になった理由は単純。散らかっているようには見えなかったからである。一見すると汚く見えるのだが、別に整理整頓がされていないようには見えない。埃は見当たらないし、置かれている様々なものだって……ああ、そうか。

 

「全部手作りだからね。まあ、汚いようにも見えるだろうけれど」

 

 これでも、見る人が見れば文明だ! 文明があるっ! って興奮するレベルなんだよ? とはこの部屋に私を連れ込んだ張本人の言。文明というのがどういうレベルを想定しているのかは分からないけれど、ひとまず目に付く限りで机や座椅子、ベッドらしきものは分かる。

 

「とりあえず座りなよ」

「えっと。じゃあ、お言葉に甘えて……」

 

 促されるままに、俺は座椅子の一つに座ることに。とはいえ椅子と言っても実態は葉を敷き詰めたらしい何かに背もたれっぽい何かを追加した謎の物体Xである。床にはゴザらしいものが引いてあるので、冷たいコンクリートに直接座るよりはずっとマシではあるのだけれど。

 

「改めて自己紹介……と言っても、私は飛龍としか名乗れないんだけれどさ」

 

 飛龍()()()()()()()()。その言葉が意味するところは明白であった。他ならぬ俺がそうなのだから間違いない。彼女も自身の本来の名前、つまり「提督」として「艦これ」をプレイしていたときの名前が分からないのだ。

 

「えっと、お、私の……」

「あぁいいよ。風雲には人払いさせてあるし、それにあの子には()()()()()()()()()()()()()()

「じゃあ、風雲はやっぱり」

 

 頷く飛龍。

 

「そうだよ。あの子は艦娘風雲()()()()()

 

 だから、風雲には「平成」の意味するところが分からなかったわけだ。

 

「それで、あなたの話なんだけれど……あぁ、なんて呼んだら良いのかな? あなたみたいな平成を知ってる艦娘(ヒト)に会うのは初めてだから」

 

 なんて呼ぶか、なんて。それを名前を喪っている(がでてこない)俺に聞くのか。もちろん答えるだけなら簡単だ。風雲は私のことを「瑞鶴」と呼んでいたし俺もこの身体が瑞鶴であると認識している。

 にも関わらず……目の前の飛龍は俺が瑞鶴でないことを知った上で、俺に瑞鶴と名乗らせようとしているのである。

 

「好きに呼んで下さい」

「……まぁ、確かに艦娘の艦名(そのなまえ)で呼ばれたくない気持ちは分かるよ。それが自分のモノじゃないなら尚更ね」

 

 でも。と飛龍は指を立てる。

 

「今の私は飛龍にしか見えないし、あなたは瑞鶴だ。違う?」

「…………あなたは、それでいいんですか?」

 

 そうは言いながらも、俺だって分かっていない訳じゃない。目の前で話しているのはどうやったって飛龍なのだ。仮に彼女が「俺」とか「拙僧」とか言ったとしても「あぁ、そういうキャラ付けなのね」としか思わないに違いない。

 そして全く同じ事は、この俺の身体(ずいかく)にも言えるのだ。俺が何を言おうとこの身体(ずいかく)が言ってしまえばそれは瑞鶴の発言でしかない。風雲だってあの時、一目見ただけで俺のことを瑞鶴として認識していたではないか。

 今の俺は誰から見ても、瑞鶴なのである。

 

「もちろん、それでいいとは思ってないよ。だけれど、便宜上名前は必要だよ。それが偽であると、自分に言い聞かせ続けるしかないね」

 

 飛龍の言い分は、確かにある意味では正しいのだろう。そしてそれは、つい先ほどまで()()()()()()()()()()()()()とすら考えていた俺の痛いところを突いていた。俺は、本当にどうしたいんだろう。もう「瑞鶴」として第二の人生を楽しんでやろうとか考えていた矢先に「飛龍となった提督」と出会って、それで「瑞鶴」として見られたくなくなった?

 

「まあ、こればっかりは時間が掛かることだと思うよ」

 

 まるで見透かしたかのように飛龍が言う。

 

「あなたに、何が分かるんですか」

「わかるよ。だって今のあなたは、前の私と同じだ。ここはあなたが思おうとしているような夢や妄想の世界じゃないし、ましてゲームの世界に迷い込んだ訳でもない」

 

 俺の言い分(きぼう)を先回りするかのように、言葉を並べる。

 

「だから、まずはこの現状を受け入れなさい(そのカラダになれなさい)

 

 そして、飛龍はイタズラっぽく笑ってみせるのだ。それが俺の緊張をほぐすためにやっているのは明らかで、表情は微妙に引き攣っている。それでも彼女(ひりゅう)は、笑っていた。

 

「安心して? 『平成』を知っているあなたは、私にとって貴重な客人(そんざい)よ。三食昼寝付きってのは無理かも知れないけれど、できる限り助けてあげる。その代わり、あなたの知っている『令和』のことも教えて」

「私……俺は、アナタの求めてる情報は教えられないですよ」

「分かってないなぁ、新元号が『令和』って分かっただけでも立派な情報なんだよ? ここに新聞や電波が届くと思う? 私はもうずっと『元の世界』の情報に飢えてるの!」

 

 ずずい、と(それは瑞鶴(おれ)のための擬音だろう)飛龍が身を乗り出す。それこそ手を突いて、顔を突き出すように。飢えた狼とはこのことか。

 

「いや、そうは言われても……」

「なんでもするから!」

 

 ん? いま何でもするって。そう言いかけて、俺は即座にその言葉を引っ込めた。

 なにせその時、飛龍の手はまさに着物へと伸びようとしていたから。

 

「……なんでも、してあげるよ?」

「え、いや……ちょっと、飛龍サン?」

「だから、ね? お願い?」

 

 状況を整理しよう。俺は飛龍サンの部屋に居る。そして飛龍サンは今、俺の目の前に顔をそれこそ押しつけんばかりに近づいてきており……そしてそこには、夢にまで見た艦娘の顔があった。

 歪みのない輪郭線、ハリのある肌にふよふよと弾力感のあるほっぺた。そして瑞々しい唇。細められたまぶたの先に控える双眼は間違いなく俺へと向けられていて……。

 そんな捕食者が、すっと退いた。

 

「冗談よ。でも本気になったら言ってくれていいわよ?」

「いや、それこそ冗談ですよね……?」

 

 正直に言えば、呑まれたのは事実。あのまま押し倒されてもおかしくはなかったし、もしかすると逆に俺が飛龍さんを押し倒していたかもしれない。

 だけれど、そんなことはしただろうか。今の俺は瑞鶴で、空母(かんむす)が主砲なぞ装備している筈もない。というよりここで何も出来なかったことが、俺が俺でなくなってしまったことの何よりの証拠だと思った。

 だが、それを認めるわけにはいかない。こんなことを自慢するのはどうかと思うが、俺だって年単位で艦娘にいかがわしい眼を向けてきたのだ。

 

「というか飛龍さん、『提督』だったってことは元々男のヒトでしょう? 嫌ですよ男を抱くなんて」

 

 そう。流石に俺も男を襲ったりするつもりはない。仮に俺も外見が瑞鶴(おんな)だとしても、中身は男、向こうだってそうなのだ。それではホモではないか。

 

「……」

 

 しかし飛龍は無言。無言のままに俺へと微笑みかける。あれ、違った……? もしかして比較的珍しいとされる女性提督さんだったりした? 一瞬背筋に冷たいモノが走ったが、当の飛龍といえば口元を緩めてこちらを見ていた。

 

「さて? どうだろうねぇ?」

 

 コイツ、楽しんでやがる。

 

「……ちょっと、それは言ってくれてもいいじゃないですか」

「えー、どうしようかなぁ~。性別を聞かれるとかセクハラだしなぁ~」

「ちなみに俺は男です。はい言った! 飛龍さんも言って下さい!! 言わないのは不公平ですよ!!!」

「わぁセコい」

 

 口に手を当てて見せても無駄。というかそもそも、統計的にどう考えたって男性提督の方が多いのだ。訳の分からない廃墟で出会った「提督」が女性なんて、月食か日食が起こるくらいに珍しい話だ。

 

「男よ、男。外見(みてくれ)は巨乳のお姉さんだけどね」

「ほらやっぱり! やっぱりそうだった性別詐称!」

「医学的にはおかしな事はいってないでしょ?」

 

 そうは言っても、この飛龍もなかなかに凄いことをしてくるものだ。中身が男なのに身体でアピール? 無理無理、そんなことが簡単に出来るわけがない。もちろん元の世界でコスプレやらなんやらをしていたなら話は別だろうが、普通に考ええてそんなことはないわけで。

 

「まぁまぁ。とりあえず飛龍(わたし)の秘密も明らかになったところで、とりあえず瑞鶴ちゃんは着替えよっか」

「……なんでちゃん付けなんですか」

 

 それで意趣返しでもしたつもりなのだろうか。ところが抗議しようとした俺の声は、飛龍が取り出した「あるモノ」で凍り付くことになる。

 

「はい、これ」

「え、それって……」

 

 取り出されたのは、ゲームでも見慣れた……あの中破すると殆ど全部吹き飛ぶ『着替え』。

「病衣じゃいろいろ不便でしょ? まずは形から入って……」

 

 違う、俺が聞きたいのはそんなことじゃない。

 

「飛龍さん、その衣装……()()()()()()()()()()()?」

 

 なんで持っている。そりゃもちろん、目覚めて自分が瑞鶴だと気付いた時から思っていた疑問。

 なぜ、俺は病院の服なんて着ていたのか? そしてなぜ飛龍は、俺の着ている服が病衣だと、そしてなにより、瑞鶴(おれ)の着るべき服を持っていたのか?

 

 そして飛龍は、その俺の疑問に事も無げに答えてみせるのであった。

 

「どこって……()()()()()()()()()()()()()んだよ」

 




次回更新は2/8です。
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