「え? 待って下さい、これ何ですか?」
「見て分からない? 愛しの先輩が作ってくれた豪華な朝食だよ?」
「いやいやいや……」
これは、いくら何でもおかしいだろう。なにせ俺の目の前には文字通りの「朝食」があるのだ。焼き鮭に納豆、豆腐に味噌汁……ひっくり返された茶碗にはお櫃に納められた白米が入るに違いない。
「飛龍先輩、ここは廃墟ですよね?」
「うん。まあ放棄された鎮守府だと思うよ。私の予想でしかないけれど」
「私が寝てた部屋とか、先輩の部屋とかはコンクリ打ちっぱなしでしたよね」
「艦娘の居室ね。ガラスも割れてないし、建設中に棄てられたんじゃないかな?」
「とにかく、今は俺たち以外に誰も住んでない。ですよね?」
「うん」
「つまり廃墟。ここまでは合ってます?」
「うん。合ってるね」
頷く飛龍。それはつまり、目の前の光景がいかに常軌を逸しているかを示している。
「この廃墟の中で、どうしてこんな普通の朝食が出てくるんですか?」
「簡単なことだよ瑞鶴ちゃん。ここが『執務室』だからさ!」
果たして、それは簡単なことなのだろうか。いや、ここが「執務室」なのは俺だって理解している。なにせ壁紙に床、椅子、机、窓枠、装飾、家具……とにかく「艦これ」における「
「いや、でも。
「まーま、百聞は一見にしかず。万の文字より一瞬の体験だよ!」
俺の話を聞くつもりなどないのだろう。飛龍はそのまま茶碗を手に取ると、ぱぱっとご飯をよそってしまう。不思議なことに、いつ炊かれたとも分からない白米はホカホカと湯気を立てていた。
「……」
これ、食べられるのか? 止めた方がいいのではないだろうか。世の中には展示用食品サンプルみたいな存在もあるのだ。いくらツヤツヤで、それどころか湯気まで立てていたとしても、こんなモノを食べてはイロイロとマズいのではないだろうか。
「それじゃあ両手をあわせて、いただ……」
「先輩! ちょっと、ちょっと待って貰えません!?」
「……なによ出し抜けに、ご飯冷めちゃうわよ?」
呆れ顔の飛龍。呆れたいのはむしろコッチである。
「まさかとは思いますけれど、こんなの毎日食べてるんですか?」
「ヒトの料理にこんなのとは失礼な」
「だって飛龍先輩が作ったわけじゃないんでしょ、さっき作ってるって言ったくせに」
「あーいや、まあ、ウソは良くなかったね。でもあれは一種のドッキリというか」
「そのドッキリで食中毒とかになったらマズいから止めたんです!」
考えてもみて欲しい。母港画面で表示されるのは単なる絵である。しかも描かれたそれはいつまで経っても変わることのない絵である。それはつまり、調理されてからずっと放置されているのと同じである……しかし、何も変わっていないということは劣化もしていないということではないだろうか?
「まーま。いいから食べてみなよ」
「……じゃあ、まあ。いただきます」
まあ。流石に一口でお腹を下したりはしないだろう。そう思いながら箸に手を伸ばす。もちろん一番始めに食べるのは白米だ。
「はむっ…………んッ!!!」
その瞬間。息が詰まる。身の毛がよだつとはこのことか。身体中の細胞が沸騰したように騒ぎ、胸が詰まる。本能的に吐き出した米粒たちは、真っ黒になって崩れてゆく。
「あー……ダメだったか」
「げほっ、けほっ……な、なんですかっ、これ……」
視界がぼやける。目元を拭っても直らない歪んだ世界の中で、唯一歪んでいない飛龍が俺のことを見下ろしている。
「なにって、重油だよ。軍艦が油で動いてるのは知ってるでしょ?」
「そん、な……」
部屋が、先ほどまでと姿を変えていた。まるで蜃気楼のように姿を変えてしまったそこは、廃墟の本来あるべき姿。コンクリート打ちっぱなしの部屋。食卓机の代わりに鎮座しているのは、緑色に塗られたドラム缶。
「認識の齟齬を使えば瑞鶴ちゃんにも美味しく食べて貰えると思ったんだけれど。流石に無理だったか」
「なんで……」
何故、何故こんなにヒドい仕打ちをするんだ。さっきまで少しでも普通の食事が食べられると思っていた俺が馬鹿みたいじゃないか。
「さぁ、飲むのよ瑞鶴ちゃん。そうしないと
ドロリと粘性を持った液体を手で掬った飛龍が、それを俺に近づけてくる。指の隙間から流れ落ちる真っ黒な油。
「やっ、やめ」
「だめ。飲むの」
油のついた手で顔をわしづかみにされる。燃料を私の口へ流し込もうとする飛龍の表情は、無感情そのもので――――。
「やっ、やめッ!」
「――――!!」
そこには、天井があった。飛龍の姿も、ドラム缶も。そこにはない。
つまり……。
「……夢、か」
覚醒は次第にゆっくり、けれども俺にとっては突然に訪れる。なぜなら意識が蘇った瞬間こそが覚醒の時であって、それ以前に身体が行う手順を知覚することは出来ないからだ。
そして覚醒と睡眠は、何度も訪れる生と死のサイクルでもある。もしかすると二度と蘇らなかったかもしれない神経が繋がりをつくり、俺は次第に自分の四肢を己のモノへと変えてゆく。例えそれが偽りの身体であったとしても……偽りの身体?
そういえば、今は何時だ? 霞がかかった思考が徐々に鮮明になっていく。昨日は確か、持ち帰り残業をしていて、今日がその提出期限。あれ、違う、それは昨日じゃなくて、一昨日の話。それなら提出の期日は今日ではなく昨日。
そんな記憶から紡ぎ出された事実が頭の中に並んでいく。持ち帰り残業が完成した記憶が無い。なにせ俺は「艦これ」をプレイしていて……あれ、朝? 仕事は? というか、今日が昨日なら、提出期日をとっくに過ぎているということにならないか?
「やばッ……!?」
飛び起きて、それからふと我に返る。目の前に広がっているのは俺の部屋じゃない。あの残業と、晩ご飯のコンビニ飯と、そして紙くずで中途半端に汚い机や、読みっぱなしの本やらが落ちて重なり合ったフローリングもない。
そこにはただ、打ちっぱなしのコンクリートで四方を囲まれた空間が広がっていた。
「あ、そうか」
喉から出る声は細くて高い。それが骨を通じて鼓膜を揺らし、俺の現状を否応なく認識させる。窓から差し込む光は、まだ朝になったばかりであることを主張していた。
そんな時にふと感じる、股下の少し上が張るような感覚。反射的に力を込めようとして、昨晩のことを思い出す。先輩が言うには、女性の方が堪える力が弱いんだとかなんとか……先輩?
ああ、そうだ。そうだった。ベッドから立ち上がりトイレ――厳密には、トイレとして扱おうと決められた部屋――へと歩きながら思い出す。そうだ、ここは鎮守府の跡地(仮)。俺は先輩の主催した「新人歓迎会」という日本の悪癖でしこたま呑まされて……いや、そんなことを思い返している場合ではない。
辿り着いたトイレで、俺は廃棄用に置かれた缶の上に跨がる。コンクリート打ちっぱなしの部屋では滴が缶を打つ音がよく響く。響いてしまう。
それから目を逸らそうとして、ふと。鏡と目が合った。
……いや、恐らく私はあの時、意図的に鏡を見たのだ。
あぁ、やっぱり。と、どうしようもない現実を受け入れるために。
「……夢じゃないんだ」
そこには、顔を引き攣らせた俺――――艦娘「瑞鶴」の姿があった。
「え? 待って下さい、これ何ですか?」
「見て分からない? 愛しの先輩が作ってくれた豪華な朝食だよ?」
「いやいやいや……」
訳が分からない。いや、あの悪夢よりは遙かにマシなのかも知れないが。
「これを朝食って呼ぶんですか?」
「うわー、そういうこと言っちゃうんだ瑞鶴ちゃん。折角私たちが朝から頑張って集めてきたのになー。ねぇ風雲?」
「えっ? あっはい! そうですね飛龍さん!」
突然同意を求められて、慌てたように同意する風雲。ほら、困ってますよ。そして風雲の隣に、もう一人の影。あれは……。
「そういえば、瑞鶴ちゃんにはまだ紹介してなかったね。こっちは巻雲」
まあ、知ってるとは思うけれど。そんな飛龍の声を聞きながら、俺はその艦娘を見る。風雲とお揃いの制服を着て、クリーム色の髪の毛と眼鏡が特徴の巻雲。無印の
「あ、どうも」
私が会釈すると、向こうも無言で頭を下げる。もっとガツガツくるかと思ったけれど、以外と礼儀正しいのだろうか……? そんなことを考えていると、彼女はぷいと眼を逸らして飛龍の背中に回った。
「ぁあ、気にしないで。この子、ちょっと人見知りなだけだから」
なるほど。艦娘にも個体差がある。
そんなことよりも問題なのは……。
「それで先輩。これは何なんですか」
「いやだから、朝食。あさごはん、ブレックファースト。わかる?」
そう言って飛龍が指し示すのは、黒い山。それもただの山ではない。積み上げられたイ級の山。
まさか、これを喰えと?? この不気味でグロテスクな、未知の
「よし、じゃあ始めるぞー。はい瑞鶴ちゃん、これ!」
もちろん、先輩面の飛龍は俺の考えていることを慮ることもなく話を進めていく。手渡されたのは、一振りの
「え? スプラッター映画の撮影ですか??」
「あはは、面白いこというね。違うよ」
興味もなさそうにバッサリ斬り捨てる飛龍。いや扱い雑じゃありません? 気に掛ける様子もなく飛龍は手に持った鉈をイ級めがけて振り下ろす。ぶしゃっと変な音がして、すぅと下腹部が切り開かれていく。するとそこから、ドサドサと黒いモノが流れ出てきた。
「うわ……」
「うーん。今日のは微妙だなぁ」
腕を組みながら飛龍がそんなことを言う。微妙? 今日のは? つまり、飛龍たちはいつもこんなことをしているのか。
「ゲームではどうだが知らないけれど、深海棲艦は船やらなんやらを襲ってるみたいなんだよね。で、たまにお腹から缶詰とかが出てくる」
「へ、へぇ……え、じゃあ朝食って?」
飛龍の顔を見つめると、ご名答と言わんばかりにニコリとする飛龍。マジか。
「飛龍さーん! こっちに魚がいますよ、しかも生きてます!」
「お! 大当たりじゃん!」
やったねとばかりに駆け寄っていく飛龍。駆逐イ級なんて、
それに対してここはどうだ。黙々と鉈を振るう巻雲、魚を選別する風雲。そしてイ級の装甲を引き剥がす飛龍。
「ここではね、敵も等しく資源なのよ。
ほら手伝って! そんなことを言う飛龍。自給自足という言葉に、私はもう一つの事実を受け入れざるを得ないのだと。
「飛龍さん」
「ん?」
ようやく気付いた…………というか、諦めがついたのだ。私が受け入れないといけないのは、何も自分の身体のだけではなかったのだと、そう、諦めたのだ。
「ここって、本国から孤立しているんですね」
「それどころか、
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