※少しホラー要素が入るため、後に「R-15」をタグにつけました。
ある日のこと。私は曜ちゃん、梨子ちゃん、善子ちゃんと都市伝説の話をすることにした。まずは曜ちゃんから。
「イギリスにはバズビーズチェアというものがあります。なんとこの椅子は1989年までに61人の人を呪い殺しているのであります。まずは歴史から説明しましょう」
ゴクリ。私たち3人は息を呑んだ。
「この椅子の所有者だったトーマス・バズビーという人が義理の父を殺害した罪により逮捕され、死刑になりました。前述の通り、それ以来1989年までに61人がこの椅子に座って亡くなったのであります。
それ以降も死者は出続けました。
1990年にはこの椅子に座った記者のジョナサン・シムスという人が2時間後にバスタブにぶつかって死亡しました。
1992年には同じくこの椅子に座った家具修理工のカーロ・パニーニが1時間後に自動車事故を起こして死亡しました。
1995年には同じ椅子に座った簿記のアン・コネレターが30分もしないうちにエレベーターから転落して死亡しました。
2000年には同じ椅子に座ったアメリカ人留学生のメリッサ・ドロニーがその後野犬に襲われて死亡しました。
このように65人の人を呪い殺し続けたとされる椅子は二度と座られないように、また壊して呪われないように今は吊るされているのであります」
本当に怖い。そんな椅子には絶対に座りたくないね。次は梨子ちゃん。
「富山県魚津市には坪野鉱泉という場所があります。この場所は立入禁止になっていますが、かつては肝試しスポットになっていました。
1996年5月5日、富山県氷見市の女性2人が家族に『肝試しに行く』と告げて外出し、友人のポケットベルに『今魚津市にいる』とメッセージを送ったのを最後に消息を絶つという事件が発生しました。富山県警は、『肝試し』『魚津市にいる』というキーワードから、2人は魚津市にある廃墟となった坪野鉱泉旅館跡に出向き、その後失踪した、という結論に至り、事件・事故の両面から捜査を行いました。しかし事件から1年後である1997年(平成9年)5月4日時点で手がかりが何もないことが『読売新聞地方版・富山よみうり』にて、『少女不明から1年』と題して2日間に渡って地域ニュースの特集記事として報じられたのです」
怖い。でも気になるなぁ。次は善子ちゃん。
「アメリカのルイジアナ州のとある場所に悪魔のおもちゃ箱と呼ばれる小屋が存在します。小屋の中は床から天井まで鏡張りとなっており、中にいる人間を全て写しだすといいます。ここに長時間いると魂を悪魔に抜かれると言われています。とある超常現象研究チームがそこで調査を行ったところ『この場所に5分以上いたら、誰もが平常心を保てなくなる』と語ったといいます。実際に4分間、小屋の中に閉じ込められた男性は、それ以降ふさぎ込んで何もしゃべらなくなったという話があります。また、小屋の中に入った女性が心臓発作に苦しめられたり、中に入った子供が突然泣き叫び、2週間後には亡くなったという話もあります」
怖いから絶対に入りたくないね。最後は私。中部高速鉄道の山部仲喜さんから取り寄せたとっておきの都市伝説を語ろう。
「愛知県名古屋市瑞穂区にある東海道本線の姥子踏切は通称『絶望の踏切』と呼ばれています。2017年7月14日の夕方に自転車に乗っていた中部高速鉄道社員の加藤水生さんがこの踏切で電車に轢かれて右目の視力を失いました。それ以降、この踏切を渡った愛知県外出身の人に次々と不吉な災難が降りかかったのです」
ゴクリ。曜ちゃんたち3人は息を呑んだ。
「2018年4月4日のことでした。この踏切を渡った水島武雄という伊豆箱根新聞の記者が2時間後に終電を逃しました。
2018年7月14日には同じ踏切を渡った藤川諸介という群馬県の小説家が1時間後に心臓発作を起こして死亡しました。
2018年12月15日には同じ踏切を渡った木下三郎というテレビサンシャインの記者が1時間後に中部高速鉄道東阪本線松田橋駅のホームから転落、頭を強く打ち、一命は取りとめましたが、短気で怒りっぽくなってしまいました。
このようにこの踏切を渡って不吉な災難が降りかかった県外の人は44人にのぼります。
一方、名古屋市内出身で中部高速鉄道社員の青山由美さんも2018年5月12日にその踏切を渡りましたが何の災難も降りかからなかったそうです。
現在もその踏切は地元住民の足として残されています」
話しているだけで足がガクガクした。
その後、この4つの都市伝説のうちこの週末にどれを見るか決めることにした。曜ちゃん曰く、
「イギリスやアメリカは遠いから魚津か名古屋にしよう」
梨子ちゃん曰く、
「電車で行ける名古屋にしようよ」
善子ちゃん曰く、
「私も名古屋は賛成よ」
ということで、名古屋の絶望の踏切に行くことになった。他のメンバーにも今週末に誘ってみたが、ルビィちゃん、花丸ちゃん、果南ちゃんは、
「都市伝説なんて怖いから嫌だよ!」
ダイヤさん、鞠莉ちゃんは、
「果南(さん)が行かないなら行かないわ(行きませんわ)」
と断られた。
また、山部仲喜さんとはLINEのアドレスを交換していたから電話をしてみた。
【通話開始】
「もしもし、仲喜さんでしょうか。Aqoursの高海千歌です」
『あ、もしもし?千歌さん?何の用でしょうか』
「今度名古屋市の絶望の踏切に行こうと思うんですけど、道案内をお願いしたくて」
『別に構わないよ。ところで何人来る?』
「善子ちゃん、曜ちゃん、梨子ちゃん、私の4人だよ」
『じゃあ今度の土曜日に名鉄堀田駅17時集合でどうかな?』
「りょーかい!」
『じゃあね』
【通話終了】
「どうだった?」
「名鉄堀田駅17時集合だって」
「了解であります!」
この日はこの後練習があったのでそれが終わってからの解散となった。
〜※〜
土曜日の13時に私たち4人は十千万に集合した。そこからバスで沼津駅へ、そこから普通列車で三島駅へ、さらにそこから新幹線こだま号で名古屋駅へ、そしてさらにそこから名鉄で堀田駅へと向かった。堀田駅では山部仲喜さんが待っていた。
「ようこそ名古屋へ!よく来たね!」
「仲喜さん!お久しぶりです!」
「この人…誰?」
梨子ちゃんが言う。
「この人は中部高速鉄道社員且つ西白壁生の山部仲喜さん。この前記者会見のときにお世話になったんだ」
「はじめまして、仲喜さん。私、桜内梨子といいます」
「はじめまして、梨子さん」
曜ちゃんも善子ちゃんも彼に会うのは初めてだった。
「そういえばあのプレゼントについてだけど、善子ちゃんが全部食べたよ」
「すごい…参考にします」
「千歌ったらもう!恥ずかしいわよ!てかヨハネ!」
「よっちゃん、すごいよ!あの宣治火鍋ラーメンの完食者は君が初めてなんだから!」
「もうやめてよ!」
「「「「「あはははは…」」」」」
さて、本題に入る。
「絶望の踏切と呼ばれるあの場所は本当に恐ろしい場所で渡った後に死ぬかもしれないんだ!それでも行くの?」
「ここはヨハネの名にかけて…渡る!」
「やっぱり不安だけど…全速前進ヨーソローで渡ります!」
「曜ちゃん、善子ちゃんが行くなら私も行く!千歌ちゃん、どうする?」
「私は…リーダーの名にかけて渡るよ!」
「じゃあみんな、覚悟はいい?」
「「「「うん!」」」」
歩くこと10分、まずは近くのカー●ホームセンターに到着。ここで私は待機。
それから3人は新開橋へ。この場所で梨子ちゃんは待機。
▲新開橋。
さらにそこから2人はついに絶望の踏切へと向かった!まず善子ちゃんが渡る!
その直後に善子ちゃんから電話がかかってくる。
「もしもし、千歌だけど」
『普通の踏切だったからそのまま渡ってらっしゃい』
「りょーかい!」
カー●ホームセンターから歩いてまず梨子ちゃんに新開橋で出会う。
「どうしたの?」
「私が呼ばれたんだ」
「あの踏切はどうだって?」
「普通の踏切だったらしいよ」
そう言って絶望の踏切へと向かう。やっぱり緊張するよね。
着いた途端に踏切が鳴り出した。しかも両方から電車が来るんですけど!!曜ちゃんは言う。
「ここの路線は本数多いからね」
「へえー」
踏切が上がって私は渡る。渡ったところで写真を撮影。
▲/▲▲絶望の踏切と呼ばれている姥子踏切。
その後、善子ちゃんは言う。
「次はリリーを呼んで」
「いいよ」
私はそう言って梨子ちゃんに電話する。
「もしもし、梨子ちゃん?」
『もしもし、今から行くからね』
「はーい」
5分後、梨子ちゃんはやってきた。
「普通の踏切だね」
「「でしょ?」」
最後は曜ちゃん。向こう側で待機していたので、
「曜ちゃーん、おいでー!」
の一言ですぐにやってきた。
「普通の踏切だけど」
「「「だよねぇ」」」
すると、仲喜さんは言った。
「大事な話があるからとりあえず中部高速鉄道の松田橋駅に向かおう」
〜※〜
松田橋駅にて。仲喜さんは語り出した。
「大事な話とは今から言う3つのこと。
まずあの踏切はご存知、普通の踏切ではない。あの踏切を渡ったのだから、君たちには災難が降りかかるはずだよ。
次に、この都市伝説は私が広めたものだからタイキックされる覚悟でいる。タイキック関連のビデオレターを送っても私は問題ない。
最後に災難というものは必ず降りかかってくるということを覚えておいて欲しい。大事なのは災難が降りかかるのを如何に防ぐかではなく、災難が降りかかったときにどう対処するかだよ。
私からは以上」
「ためになる話をありがとう!参考にします!」
私はお礼を言った。
その後快速列車で新居町へとみんなで向かう。そこで夕食をとる。さらにその後駅前広場に向かいそれぞれでコンサートを開いた。
気がつくと夜の10時になっていた。
「どうやら時間が来たようだね。では千歌さん、曜さん、梨子さん、よっちゃん、またいつかどこかで会おう」
「またねー!そして今日はありがとうございました!」
そう言って仲喜さんは快速名古屋南行に乗って帰って行った。
「私たちも帰ろう…って沼津港行の列車がもうない!!」
なんと!この後の列車は快速東京行・箱根湯本行が各2本、特別快速上野行が2本、快速急行箱根湯本行が1本、普通列車静岡行が2本しかなかったのだった!
「千歌、大丈夫よ。沼津市駅で乗り換えればいいから」
「善子ちゃん、そうするよ。ありがとう」
「いえいえ、てかヨハネ!」
それはさておき、直後に来る快速箱根湯本行に私たちは乗るのだった。
なんで快速かって?
沼津市駅には残りの列車のうち快速しか停車しないからなんだ。
〜※〜
沼津市到着後、なんと次の沼津港行がないことがわかった。
私たちに災難が降りかかった。終電を逃してしまった。そんなとき、仲喜さんのあの言葉を思い出した。
「災難というものは必ず降りかかってくるということを覚えておいて欲しい。大事なのは災難が降りかかるのを如何に防ぐかではなく、災難が降りかかったときにどう対処するかだよ」
とりあえず私たち4人は家とメンバーに電話した。そして沼津市駅の駅員に頼んで1泊させてもらった(*1)。
〜※〜
次の日。ダイヤさんから電話がかかってきた。
「もしもし、千歌ですけど」
『千歌さん、今日は部室に来てください』
なんか怖い。これは怒られるぞ…。
〜※〜
普通列車で沼津駅に出てそこからバスで浦の星女学院に到着。部室に行くとダイヤさんが待っていた。
「何なんですのあの絶望の踏切という都市伝説は!?」
「実は…山部仲喜さんが流したものなんです…」
「へ?」
「山部仲喜さんが流したものなんです…」
するとダイヤさんはカメラの方向に向かってこう言った。
「…やっぱり仲喜さん!あなたでしたのね!?あなたはタイキックですわ!!」
デデーン!仲喜、タイキック〜!
その効果音が流れたあと、同じく部室にいたルビィちゃんがカメラを止めた。
その後、果南ちゃんが涙を流して言う。
「千歌…心配したよ」
「果南ちゃん…ごめんね、こんな時に」
花丸ちゃんも涙を流して善子ちゃんに言う。
「善子ちゃん…心配したずらよ…」
「うるさいわよズラ丸!…でも心配かけてごめんね…」
こうして全員が夕方まで涙を流した。
〜※〜
翌日に分かったことだが仲喜さんはその日の電車を3本も乗り逃して学校に遅刻したとのこと。仲喜さんも北海道出身ということで災難が降りかかったことになる。こうして私たち4人が45〜48番目の都市伝説の被害者、仲喜さんが49番目の被害者となった。
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※この踏切の都市伝説はデマです。信用しないでください。