こちらはにじさんじさん、当時のにじさんじseedsさんによる声劇『憂う少女のアルカディア』の非公式二次創作となります。二次創作が苦手な方、また理解の無い方の閲覧は御遠慮ください。
原作の登場人物はほぼ全員出ますが、登場人物及び世界観の設定に大幅な追加、改変がされております。そちらも合わせてご了承ください。
『憂う少女のアルカディア』のネタバレを含んでおります。
過激な描写が予定されていますがVliverさんたちは「生きて」いますので、誹謗、中傷等には極力配慮していきたいと思います。しかし私自身のライバーさんたちへの解釈が入っているのでご注意ください。
この作品は過激な描写を含みます。苦手な方はご注意ください。
「何かお役に立てることがあると思いますよ」
神田笑一と名乗った青年は勝たちにそう話しかけた。
神田の見た目はどこにでもいそうな学生だ。
唯一糸目であるのが特徴だろうか。
だが見た目が普通の一般人に見えても、いきなり声をかけられて手伝おうだなんてあまりにも怪しすぎた。
何よりさっきの力一とは違い、誰もこの青年のことを知らない。
緑仙は胡散臭そうな目を向ける。
「情報屋?神田なんて名前聞いたことないけどな?」
「ああ、このあたりに来たのは最近なので仕方がないですね。これでもちょっとは名が知られているんですよ。緑仙さん」
「……へえ。僕の名前も把握済みか」
緑仙の声色が一段下がる。
殺気がこもった目は視線が向けられていない勝でさえ少し悪寒を感じるものだったが、神田は全く気にならない様子で、むしろニッコリと笑顔を浮かべていた。
「もちろん。私は情報屋ですから。ファイアードレイクのドーラさんに、そちらは鈴木勝くんですね。ええ、もちろん把握していますとも」
「お、俺のことまで知ってんのか……」
自分が知らない人に自分の名前を知られているというよく分からない不安と嫌悪感で勝は思わず嫌な顔をする。
「もちろんですよ。情報を取り扱うことを生業としているのですから。仕事を行おうとしている街の情報、特に商売相手の情報は揃えておくものです」
神田は勝を安心させようと笑いかけた。
その笑顔自体はさわやかな笑顔だったのだが、神田の素性を考えると素直に気を許すことのできない笑顔だった。
怪しんでいて返答を返さなかった勝の代わりに緑仙が神田に質問をする。
「それで?僕たちのことを商売相手だと言ったか?」
「ええ。その通りです」
「何を売るってんだ?」
「それはもちろん情報ですよ。私は情報屋ですからね」
「残念だが、お前に払う金は一円もない」
取り合おうとしない緑仙だったが、神田は緑仙の言葉に首を振った。
「お金は一円もいりませんよ。何度も言いますが私は情報屋。私が売るのが情報なら、あなた方から買うのも情報です。きっとお役に立てると思いますよ。なんていったって私が売ろうと思っているのは出雲霞さんの情報ですから」
「えっ!?」
「何じゃと……?」
勝が驚きの声を上げ、ドーラも信じられないような顔をする。
逆に緑仙は面白そうに言った。
「へえ。僕たちの目的も把握済みか。しかも僕たちが探しに探し回って尻尾もつかめない出雲霞の情報だって?」
「あー、その前にさっきのピエロさんが言っていたことについて解説しましょうか。本当は情報を教えるのには対価が必要なんですが、調べればわかることですし?初回サービスということで特別にお教えいたしましょう」
試すような態度の緑仙に神田はのらりくらりとマイペースに会話を進めていく。
「ブージャムというのは『不思議の国のアリス』で有名なルイス・キャロルの作品に出てくる怪物の名前です。そのお話の登場人物はブージャムに返り討ちにあってしまうのですが、あのピエロさんはブージャムでは『ない』とおっしゃっていたんですよね?ならジャバウォックでしょう」
「ジャバウォック?」
「こちらも怪物の名前です。ジャバウォックは凶悪ですが剣があれば倒せると言われています。ヴォーパルの剣と呼ばれる特別な剣です。ピエロさんが言っていた剣とはヴォーパルの剣のことでしょう」
神田が解説してくれるものの、勝たちは全く理解できていない様子で全員首を傾げている。
うーん、と唸りながらドーラが質問した。
「よく分からんなあ。そんなファンタジーの用語解説されてもイマイチというかピンと来んのじゃが。要するに何が言いたいんじゃ?」
「剣になるものを準備しろ、という比喩じゃないですか?何か大変なことが起きるからそれ相応の備えをしておけという警告だと思いますよ」
「何じゃ?大変なことって?」
「さあ?」
ドーラの質問に答えていた神田がここに来てとぼけた。
「……おい、ふざけておるのか?何が起こるのか分からんかった準備も何もないじゃろう」
詰め寄るドーラに神田がまあまあ、と相手を制するように両手を前に出す。
「いや無理言わないでくださいよ。私は既に起こったことに対して情報を提供することはできますが、これから起こることの予想なんてできません。占い師じゃあるまいし」
「……むう」
どことなく納得していない表情であったが、ドーラは渋々引き下がる。
ドーラが離れたことで神田はふう、とため息をついた。
「じゃあこれで初回サービスは終了ですね。じゃあさっそく本題に入るとしましょうか。出雲霞さんについての情報」
「っ!そうだよ!霞はどこにいるんだ!?」
食い気味になって今度は勝に詰め寄る。
「その前にそちらの情報を教えて欲しいんですよ」
「情報?俺らに渡せる情報なんて何が……?」
「いえ、勝さんではなくそちらのお二人にお伺いしたいんですよね」
「ワシら……?」
ドーラが首を傾げる。
「ええ、あなた方の教会にペットがいるでしょう?あのペットはいつごろ飼い始めたのか、それが聞きたいんです」
「ペット……?ペットならクレアが捨て犬やら捨て猫やら沢山拾ってきてしまうからどのペットなのか分からんなあ……」
「いや、私が知りたいのは一体だけですよ。とびきり大きくて力の強いペットがいるじゃないですか」
「!まさか……『もち』か……?」
「お前……なんでもちを知っているんだ?」
勝だけがピンと来ていなかったが『もち』の名前が出た瞬間、緑仙もドーラも少し腰を落として身構えた。
さすがの神田も戦闘態勢に入ろうとしている二人を見て慌てて後ずさる。
「ちょっ!お二人ともそんなに怖い顔をしないで!別にどうこうするつもりはありません。私は情報屋で戦闘員ではないんですからお二人相手ではいくらやり合っても……、いやそもそもこちらがやろうとする前にやられてしまいます!だから落ち着いて!」
「それはお前の返答次第じゃな」
ドーラは神田の言葉に答えてはいるが、いつでも神田を襲ってもおかしくない状態だ。
神田が少し冷や汗をかき始めながら弁明する。
「ええっと、こんなこと言っても信じてもらえないかもしれないですが、実は私は依頼されてあなたたちに接触したんです」
「頼まれたじゃと?誰に?」
「残念ですが依頼人についてはお話しすることはできません。仕事の契約上そこについてはご了承ください。ただ、その依頼人はあなたたちに味方したいのだとか。私個人の見解ですが、味方なら心強い方だと思いますよ。なので私を仲介役として皆さんと私の依頼人で協力関係を結んでおいた方が良いかと思います」
「んー……。どうする緑仙?」
ドーラが緑仙の方を向いてたずねた。
意見を求められた緑仙も少し考えるそぶりを見せる。
「……。こいつは、こいつ自身が言う通りただの情報屋だ。あくまでビジネスライクな関係ならいいんじゃないか?むしろ出雲霞の情報を持っているってんなら、それは今の僕たちにとってなにより重要で必要なものだ。……癪に障るけどな」
「あくまでビジネスだというのは私も賛成ですよ。というより、元からそのつもりで来ていますから」
神田がそう言うとドーラはまたもう少し考えてから、質問を重ねる。
「……。もちについてはいつから教会に来たのか、それだけ知りたいんじゃな?」
「ええ。私が知りたいのはそれだけです」
「……わかった。教えよう。……4年前じゃ」
勝は神田が4年前、という単語を聞いた瞬間の顔が心なしか嬉しそうな表情になった様な気がしたが特に言及することはなかった。
だがよく見るとさっきより細い目が若干見開いている。
やはり多少は興奮しているみたいだった。
「なるほど、なるほど……。4年前ですか。ありがとうございます。対価としては十分です。それでは出雲霞さんについての情報を教えますね」
「本当か!?」
やっと手がかりが得られたことで嬉しくなった勝を見て、神田も笑いかける。
「ええ。と言っても私の情報は出雲霞さんが最後に目撃された場所です。そこからまた行方が分からなくなってしまったらしいですが。ただ時間にしてまだ30分も経っていないようなのでそこまで遠くには逃げていないと思いますよ」
「じゃあさっそくそこに行こう!」
「いや、ダメじゃ」
神田の情報を聞いて舞い上がっていた勝に水を差したのはドーラだった。
ダメだしされて、当然のように勝は食ってかかる。
「なんでだよ!?せっかく情報をもらえたんだ!早くその場所に向かわなきゃ!」
「ダメじゃ。最初に言ったと思うが、そもそも勝を連れて捜し歩こうとは思っておらんかったからな。ここからは別行動じゃ」
「でも、……っ!」
なおも食ってかかる勝をドーラが睨みつける。
先ほど緑仙に睨まれたよりも鋭い眼光と重い重圧に勝は口ごもってしまう。
「……」
背中から一気に汗が噴き出るのを感じる。
勝はその時ファイアードレイクというものを身を持って理解した。
ヘビに睨まれたカエルという言葉があるように絶対的な強者、種としての上位者がファイアードレイクであり、捕食者に睨まれてしまえば人間なんて簡単に身がすくんでしまうのだ。
最初はたった二人で大丈夫なのだろうかと思っていた勝だが、今は少なくともドーラの方は人間が百人かかっていったところでどうにもならないだろうと自信を持って言える。
「勝よ。はやる気持ちは分からんでもないが、もう日も暮れた。子供は家に帰る時間じゃ。ここはワシと緑仙に任せておけ」
「……わかった」
素直に勝がうなずくとドーラはさっきまで溢れんばかり漏れ出ていた殺気が嘘のように引っ込んで、にっこりと優しい笑顔になった。
「うん。それで良い。霞を探すのはワシらの役目じゃ。勝は大船に乗ったつもりで待っていれば良い。あのマフィアたちもうろついているだろうから、ワシが勝もしっかり守ってやるからの」
「俺も……力があればな……」
「力なんて望んで手に入れるものではないぞ。大抵、余計なしがらみがどんどん絡みついてくるだけじゃ。もう一度言うが、そういうのはワシらの役目じゃ。勝が無理をすることは無い。勝がやるべきことは霞が帰って来た時にちゃんと「おかえり」と言ってあげることじゃ」
小さく呟いた勝の言葉をドーラは否定する。
言葉自体は叱っているようで厳しいものだが、先ほどからその表情は優しいものだ。
「……わかった」
「うむ!任せておれ」
彼女は本来、人に干渉する必要はない。
それでもドーラが人間社会に関わっているのは、それが彼女本人の意思だから、人間の上位種として人を捕食対象ではなく庇護の対象で見ているから。
だから勝の様に必死にあがいている人を見ていると、その意思を守ってあげたいと思ってしまう。
願いをかなえるのに人間はあまりにも脆い。
ならばその願いを代わりに引き受けるまで。
ドーラが暗殺者という屈折した関わり方でありながらも人間と関わろうとした切っ掛けは何となくの思いつきだったが、今でははっきりと自分の考えを述べることができる。
お節介焼きのシスターや、親友のために一生懸命になっている勝の助けになってやりたい。
そんな人間たちが大好きだから。
ドーラと勝のやり取りを見ていた神田は「では」とお辞儀をした。
「情報はこの紙に書いてある住所です。ドーラさんに渡しておきましょう。それでは私はこのくらいで失礼します。私の情報が役に立つことを祈っていますよ」
「おう、お前のことは全く信用できんが情報提供は感謝する」
「お礼なんて必要ありませんよ。それが仕事ですから」
そういって神田はどこかへ去って行った。
ドーラは今度は緑仙の方を向く。
「では緑は勝を家まで送ってくれ。そのまま勝の家の警護と周辺の警戒を頼む。ワシは神田の情報から霞を捜索する」
「わかった。ドーラは油断して返り討ちにならないようにね」
「緑ぃ?ワシがそんな簡単にやられるわけないじゃろう?」
とドーラは緑仙と軽口を叩き合いながら別れる。
勝は当然緑仙の方に付いて行った。
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神田は勝たちと別れた後、携帯電話を取り出し誰かへ電話をかけはじめた。
数回のコールで相手と連絡が繋がる。
「はい。こちら神田です。……ええ、ご依頼通り情報は確かに伝えましたよ」
「……」
「え?ああ、確かにもちさんについての情報を貰いましたけど……。やだなあ、これは私の興味本位で聞いただけですよ。っていうか、どこかで見ていたんですか?怖いなあ」
「……」
「そうですね。それについては私も人のこと言えませんでした。……ですから本当にただの興味本位です。他意はありません」
「……」
「はい。それでは後ほど報酬を頂きに参りますのでよろしくお願いします」
最後に2、3の定例な挨拶の言葉を述べた後、神田は電話を切った。
スマホの電源ボタンを押す前に画面を見て時間を確認する。
少し時間が押していることに気づいたが、特に急ごうという様子もなく待ち合わせ場所へ向かった。
そこは待ち合わせている場所は勝たちと別れた場所からそこまで離れてはいない、何でもない街角だった。
「すみません。お待たせしてしまいました。桜さん」
そこで待っていたのは桜凛月という少女だった。
凛月は桜の妖精だ。
いろいろと訳があって人間社会に溶け込もうとしている彼女は、取りあえずの働き口として神田の情報屋の手伝いをしている。
取りあえず働こうとした先が情報屋というのは何だか不自然すぎるが、そこはまあ……、いろいろあったのだ。
もう一度言うが桜の妖精である。
らしいのだが桜色の髪を除けば見た目は完全に人間の少女だ。
かなりの美少女で人目は惹くが、髪は染めていると誤魔化していしまえば人に簡単に溶け込んでしまえた。
神田も女性なら手に入れやすい情報を集めるのに凛月は重要だと最近感じ始めて情報収集の一部を凛月に任せている。
まだそれほど長い付き合いではないが仕事においてはパートナーと言ってもいい関係になっていた。
「あ、神田さーん!待ちくたびれましたよー」
待たせてしまったしどこか店の中に入った方が良いのかもしれないが、待ち合わせはこれ一件ではない。
これから待ち合わせた人と一緒に今度は別の人物と合流するため、どこかでゆっくりと腰を落ち着かせるわけにはいかなかったのだ。
「予想以上に有意義な時間だったので長居してしまいました」
「ワタシだけならいいですけど、もう一人待たせちゃっているんでしょう?だったら急ぎましょう!」
もう一人待ち人がいることはすでに凛月には伝えていた。
神田も「そうですね」と頷くともう一人との待ち合わせ場所に向かおうとする。
その時だった。
「あ。どもども~。こんちわ……もうこんばんは、かな?」
不意に神田を呼び止めた者がいた。
その人は神田の知らない人、ではなく。
しかし初対面の相手。
神田は情報だけならその人物を知っている。
「さっき、変な奴らと一緒にいたよね?たまたま会話が聞こえちゃったんだけどさ。「出雲霞」の居場所がどうこうとか言ってたよね?あたしもその人のこと探してるんだぁ」
スーツを着た二十代の女性。
その手にあるのはチェーンソー。
「……ウソぉ」
ウィィィィィイイイイイイイイイイイィィィィィンッッッッッ!!!!!
神田のつぶやきも獣の唸り声のようなエンジン音がかき消してしまう。
マフィア『サイコパスのアズマ』こと名伽尾アズマがそこに立っていた。
「うわわっ!ど、どうしましょう神田さん!?」
いきなりの事態に混乱しきった凛月がそう聞いてくる。
どうするか?
どうするかだと?
そんなものは決まっている。
「逃げますっ!」
「ま、待ってくださいー!?」
アズマとまともに戦うなんて狂気の沙汰じゃない。
全速力で逃げ始めた神田と慌てて追いかける凛月。
そんな二人を見てアズマは可愛い獲物を見るような目でニタリと笑う。
「いきなり追いかけっこ始めちゃうの?……まあ良いけど。だってあたし……追いかけっこ超好きだし!超得意だからっ!」
ウィィィィィイイイイイイイイイイイィィィィィンッッッッッ!!!!!
「アハハッ!アハハハハハハッ!!!」
けたましいエンジン音と狂気的な甲高い笑い声が神田たちの背中を追いかける。
「神田さん、神田さん!何だかチェーンソーと笑い声のオーケストラみたいですねっ!」
「歩く殺人オーケストラですか!こんな状況じゃなければ大いに笑っていましたよ!」
軽口を叩き合ってはいるが二人とも必死だ。
必死になって軽口を言い合わないと恐怖に身がすくみそうなのだ。
「どうしましょう!?二手に分かれますか!?」
「いや、このまま次の合流地点まで走ります!」
「ええっ!?でもそれじゃあ次に待ち合わせている人も巻き添えになってしまいますよ!?」
必死に走っているというのもあるが普通の声では後ろのエンジン音にかき消されてしまうため互いに大声を出しながら走り続ける。
「ああ!そういえば桜さんは誰と待ち合わせているか知りませんでしたね!……大丈夫です!そこまで行けば助かります!」
「アハハハハハハハっ!」
相変わらず聞こえてくるアズマの笑い声に二人とも悲鳴を出したくなるのを堪える。
「桜さん!あなた妖精なんでしょう!?何かこの場を潜り抜けられるような魔法とか持ってないんですか!?」
「わ、私にできるのなんて桜を満開に咲かせる魔法と、人を笑顔にする魔法しかありませーん!」
嘆く凛月。
だが、その言葉を聞いた神田は何かを思いついたのか嬉しそうな表情になった。
「それですよ!人を笑顔にする魔法!その魔法を使ってあの殺人演奏家の心を浄化してあげて下さい!」
しかし神田の提案に凛月は顔を曇らせる。
「実は、最初は私もそう思ってもう試してみたんですけどー!」
そう言って凛月が後ろを振り返ったので神田も釣られて後ろを見ると……
「アハハハハハハハっ!」
「既に満面の笑みなんですよねえ!」
「なるほどっ!納得してしまいました!」
二人は路地裏へ方向転換する。
狭い道でアズマを巻こうとしているのではなく、この路地裏の奥が待ち合わせ場所なのだ。
いよいよ目的地が近づき、そこに待ち合わせていた人物が見えたことに神田は心の底から感謝する。
「早速ですがっ!お願いします!月見さん!!!」
凛月が神田の叫んだ方を見ると、そこに見えたのは大きなウサ耳のゴスロリ少女だった。
「え?……女の子?」
白い髪とウサ耳に黒のゴスロリ服が良く似合っていたが、凛月はそれよりも彼女が背中に担いだ大きな布にくるまれた物が気になっていた。
担いでいるものは彼女の身長よりも高く、コントラバスみたいな大きな楽器でも入っているのかと思ってしまう。
「んぇっ?神田さん?」
月見と呼ばれた少女は神田の方を見ると、そこで繰り広げられている追いかけっこを見てキョトンとしていた。
「何でもいいからとにかくあのチェーンソーを止めて下さい!」
「あ、はーい」
そんな呑気な返事をして神田と入違ったウサ耳少女はアズマの前に立つ。
「ちょっ!ええっ!?か、神田さん!あの子が危ないですよ!?」
「大丈夫、大丈夫。あの人が私たちと待ち合わせていた月見しずくさんです。彼女がいればもう安心ですよ」
神田は「ふぅ、助かった」とその場で地面に腰を落とした。
凛月も膝を手で押さえ肩で息をするも、振り返るとアズマがしずくにチェーンソーを振り下ろそうとする瞬間が見えて思わず叫んだ。
「あ!危ないです!」
ウィィィィィイイイイイイイイイイイィィィィィンッッッッッ!!!!!
「アハハッ!追いかけっこはもう終わり?」
「えーと……。怪我しちゃったらごめんなさいだぴょん。……ふんっ」
「え?」
凛月が思わず気の抜けた声を出したのも無理はない。
ウサ耳少女は背中に担いでいたものを地面に突き立てるように置くと、思い切り布をはぎ取った。
布の間から出てきた柄を片手で掴むとそれをアズマが振り下ろしてきたチェーンソーに合わせて打ち付けた。
金属と金属がぶつかり合う独特な高音が響きわたる。
「何それ何それ!面っ白ぉい!超でっかい斧だぁ!」
アズマの言う通り、しずくが手にしていたのは巨大な斧だった。
その大きさと重量感はとても特徴的だ。
布でくるまれていた時もそうだったが、長さがしずくの身長を越えている。
刃は左右両側につけられ、その間から伸びている柄も何かの金属でできていて手で握る部分だけ皮が巻き付かれていた。
鋭さよりも厚さと重量を重視した刃は相手を斬るためではなく、叩き潰すことを念頭に置いたつくりになっている。
ジャリジャリジャリジャリッ!
金属がこすり合う不快な音を鳴らして、斧とチェーンソーのつばぜり合いは拮抗していた。
「わっ。この人結構強い……!」
「えー、そんなことないよぉ。ウサ耳ちゃんこそすっごいパワーだねえ!」
そう言いながら続けざまにチェーンソーを振り下ろすアズマ。
しずくはチェーンソーの刃を斧の刃の部分で受け止めた後、柄でチェーンソーの刃を横から叩く。
正確にチェーンソーの設計が弱い所をついたことで、アズマのチェーンソーは簡単に壊れてしまった。
「うおっと」
アズマが少し驚いた表情になる。
そのまま呆然と壊れたチェーンソーを見つめていた。
しばらく俯いていたのでチェーンソーが壊されたことに激怒したか、とも思われたが勢いよく顔を上げるとその表情は笑顔だ。
「本当にすごいよ!ウサ耳ちゃん可愛いし、おまけに強いなんて最高!」
心底楽しいといった様子で興奮するアズマ。
「こんなに楽しめそうならもう少し取っておいても良いかもね?ウサ耳ちゃん、うちのボス好みだろうし。チェーンソーも壊れちゃったし。……名前はなんていうの?」
「あ、月見しずく……」
「しずくちゃんかぁ。またどこかで会えるといいな。じゃあまたね!」
意外にもアズマはあっさりと引き下がる。
まるで友達と別れる小学生のように大きく手を振りながらどこかへ行ってしまった。
神田は九死に一生を得たことに安堵し、座り込んだまま大きくため息をつく。
「好きなだけ暴れて、気が済むと帰ってしまうとは……。本当台風みたいな人ですね。それにしても月見さん、助けて下さってありがとうございました」
「いえいえ。それにしても珍しいですね。神田さんが誰かから追われるなんて。いつも恨みは買わないように細心の注意を払っているじゃないですか」
珍しいものを見たようにしずくが笑ったのに対し、天を仰いで大きくため息をついた。
「だから台風にあたってしまったんですよ。予想できず、理不尽に見舞われる。まさに天災です」
「あ、神田さん。えーっと……」
しずくが凛月の方を見て首を傾げた。
そういえば凛月の方は神田から説明を受けていたが相手はそうではないのだった。
「私は桜凛月といいます!神田さんのところで見習いやってます!」
「ど、どうも!私は月見しずくです。最近は別行動をとっていたんですが、今回また神田さんの護衛を担当することになりました」
「これで全員揃いましたね」
神田が二人を順に見渡すとよし、と頷いた。
「取りあえず今夜の宿を探しましょう。明日もまた忙しくなりそうですから」
まだ、騒動は始まったばかりだ。
「明日が楽しみですねえ」
これから起こることに思いを馳せ、神田は一人呟いた。