氷川紗夜と氷川日菜の関係を説明する事は簡単じゃない
二人のことを何も知らない人は名字から双子とか姉妹とか言うことが出来るかもしれない
確かに出来る、事実双子の姉妹だからね
この二人の事を少しでも知っている人ならただの双子と言うことはまずない
なぜならこの二人は対称的、いや対称的すぎるからだ
双子の癖してお互い全く似ていない
俺もその『ただの双子』と言えない人のひとり
それは小学校の体育祭
当時では運動会と呼んでいたけど
その日の最終種目にクラスリレーで
日菜先輩と紗夜さんは毎年アンカーだった
トラックのスタートライン上に並んで立ち、二人はクラスメイトが走ってくるのを待つ
走り出すのは多少の差ではあるが紗夜さんの方が早い
それはそうだろう
紗夜さんは運動会の一週間前から毎日放課後にクラスリレーのバトンパスの練習を強いていたんだから
それでも
それでも紗夜さんは
一度も
本当に一度も
六年間のあいだ
ゴールの手前で日菜先輩は紗夜さんの横から颯爽と走り抜けテープを切る
毎年
毎年
毎年だ
ゴールすぎでクラスメイトと笑っているのは日菜先輩で紗夜さんはいつも下を向く
紗夜さんは一緒に走った仲間に謝り、今日一日頑張ったクラスメイトを慰め、俺の方を向いて優しく微笑むんだ
俺はそれをみているだけ
そしてその後誰もいない体育館の影で誰にも気づかれないようにすすり泣く
また俺はそれを後ろから聞いてるだけ
毎年
毎年
毎年だ
それは俺が中三、氷川姉妹が高校一年生の夏
高校受験が本格化した時いつもの様に部屋で勉強していたら隣の家から初めて聞くような音が聞こえた
知識はなかったけど直感的に楽器の音、恐らくはギターの音だと悟った
その音はお世辞にもいい音とは呼べないようなものだった。だからこの音を鳴らしているのは紗夜さんだと思った
日菜先輩なら初めからこっちからもっと聞きたいと思うような音を鳴らすからだ
紗夜さんのギターはその後も毎日聞こえてきて、着実に上手くなっているのに気がついたのは正月が過ぎた頃だった
うちのオカンからの話を聞いて、バンドを組んだりしているのを聞くがあまり長続きはしてないみたいだった
当然の事だと俺は思っていた
氷川紗夜は氷川日菜とは全く反対方向に異常だったからだ
氷川紗夜は俺の『
リレーだったら一位になるために走りそして学ぶ
テストなら一位になるために計画を立てて実行する
その計画がどんなに無謀なものでもそれをやってのけるのが
だけど
自分に出来ることを全て出し尽くして、文字通り粉骨砕身する
それでも
気がつけば簡単な話なんだ。『一位になるための努力』では『天才』には勝てないだけだった
『天才』に勝つには『天才になるための努力』が必要なだけだった
しかしそれが出来るなら人類みんな困ってない
生きてきて遅かれ早かれ、俺を含めて凡人は諦めるのだ
「俺は天才じゃない」って言って
見て見ぬフリをして過ごすのだ
氷川紗夜はそれに気がついても努力を辞めないから異常なんだ
何度負けても、何度理解出来なくても、何度後ろから追い越されても
だとしても
何度現実に打ちひしがれても、何度高い壁を簡単に通り抜ける様を見せつけられても
氷川紗夜は努力を辞めなかった
挫けずに追いかけるその姿に俺は惚れたのだ
そして見たかった
いつか、遠い日に
なんでもいいから
その努力が無駄にならない、努力が才能に勝つ瞬間を
紗夜さんが笑顔でゴールテープを切る瞬間を
この目で見届けたいとそう強く思っていた
けどこの瞬間
俺の理想の人がいなくなる錯覚をした
スタートラインに並んでいたのは日菜先輩だけだった
「え?!それ本当!!」
「・・・・・・・・・はい」
「・・・・・・・・・・・・」
今井さんの驚く声が映画館に響いて、周りの人から注目を浴びたしかしそれは全然気にならない。これ以上ない虚無感と裏切られた気分でいっぱいだった
日菜先輩はベンチの上で体育座りをして顔を隠している
「そんな紗夜が・・・」
今井さんにも日菜先輩の質問の意味と落ち込んでいるワケを言葉を濁しながらも説明した
今井さんはその見た目通り友人が多く、空気を読む能力に長けていたので最後まで説明しなくても察してくれた
まぁ、これだけ情報があれば嫌でも気がつくものだけどさ。気が付かないのはよっぽどの
紗夜さんは嘘をついたんだ
簡単に言えば紗夜さんは日菜先輩から逃げたのだ
一緒にいたくないとそう思った
今朝の我が家のテーブルでのやり取りはまやかしだったという事だ
昔のように三人笑って過ごしていたわけではなかった
「・・・・・・グスッ」
「・・・日菜」
今井さんは日菜先輩の隣に座って肩をさすって落ち着かせようとしている
俺は日菜先輩に何もできない
紗夜さんが何を考えて何を思ったのかは分からない
自分の中で途方もない葛藤があったんだと思う
自分が拒否すれば日菜先輩が傷つくとしっかり理解していただろう
その上で拒否したんだ
やっぱり分からない
俺には紗夜さんが考えていることも
日菜先輩に何を伝えればいいのかも
どうすれば二人が笑っていてくれるのかも
どうして
なんにも分からない
全く・・・・・・・・・・・・・・・・・・分からない
「ホクサイくん」
「な、なんですか今井さん?」
「紗夜が今どこにいるか分かる?」
「・・・・・・・・・え?」
「連れてきて欲しいの」
今井さんは硬い意思をその目に宿して俺を見つめていた
「む、無理ですよ!紗夜さんの場所なんて聞いてないし。見つかるわけないですよ!」
「それでも連れてきて欲しい。二人は話し合うべきだよ、ホクサイくんの方が良く分かるでしょ!」
「い、いやそうかもしれないですけど・・・でも帰ってからでも」
住んでる家が同じなんだからわざわざ今、連れてきる意味は無い
「ううんそれはダメ。それで解決するなら日菜はとっくにやっているもの」
「・・・ぁ」
今井さんの言う通りだ。この人が目の前の解決出来る問題をほっとくわけない
けどどこにいるかなんて分かるわけない。俺はなんでも分かる
俺は分からないんだよ!
「ホクサイ」
俺の名前が聞こえる・・・・・・しかも涙声で
元気な時とは程遠いけどよく聞いていた声
「お願い」
「・・・・・・・・・俺には無理だよ」
そうだ、わかるわけが無い
この街にどれだけ広くてどれだけ人がいると思っているんだよ
その中で特定のたった一人を探し出すなんて名探偵でもない限り不可能だ
「ホクサイなら大丈夫」
日菜先輩のその言葉に俺は頭に血が登った
本気で何を言っているんだ!
「何を根拠に言ってんだよ!無理だよ!無理に決まってる!!俺は
そう、ただの人だ。変に期待しても意味なんてない。俺は何も分からないんだ
「大丈夫」
「ふざけんな、いい加減にしろ!!何を根拠に言ってんだよ!!」
俺は声を荒らげて日菜先輩に突っかかる
日菜先輩は俯いた顔を上げてその水晶の瞳に涙をためながら
「その方が『るんっ』てするから」
ゆっくり笑ってそう言った
久しぶりに聞いたその言葉
「私のホクサイならきっと大丈夫だよ」
日菜先輩は大丈夫ともう一度言ってきやがった
まったく
いつから俺がアンタのものになったんだよ
ふざけんなちくしょうめ
はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
まぁこれでも天文部の部長からの命令だからな。これを断ったら後が怖いし!またおもちゃにされるかもしれない。なかなか見れない幼なじみの泣き顔を見てしまったしな、それにいい加減周りの人からの視線が痛いし!
あとはまぁ・・・・・・・・・
本当にしょうがねぇなぁ!頑張ってやるよ!!