「何故紗夜さんの場所が分かったの?」って、それはさっき気づいた条件に当てはまるのが俺の部屋以外にないと思ったからだ
俺の家は氷川家の隣だし、防音設備がある訳じゃないけど紗夜さんが毎日部屋で練習するみたいなことは出来る。しかも俺の両親とも仲が良いから部屋に入るのも簡単
でもぶっちゃければ本当にいるとは思わなかった。一応候補にあがったから来てみただけで確実な保証があった訳じゃない。半分以上は勘だ
それでも、見つかって良かった
もうこれ以上日菜先輩の泣く姿を想像しなくてすむから
「本気であの娘を騙せると思っていたわけじゃないけど、やっぱりバレたのね。」
「ええ、日菜先輩が気が付いたみたいです」
「斎くんも気づいたんでしょう」
「俺がしたことなんて大したことではないですよ。ほとんど日菜先輩のおかげです」
そんなことないわと紗夜さんは俺に労いの言葉をくれる
「斎くんが来ている時点で何となく分かっていたのだけど、どうやってバレたのかしら?」
「偶然、デパートで今井さんにあって、今日はバンドの練習がないと聞きました」
「そう、後で今井さんに謝って置かないと。なんの事か分からなかったでしょうし」
紗夜さんは窓の向こうにある沈み掛けの太陽を見ながらため息をつく
「・・・・・・・・・・・・紗夜さん、どうして日菜先輩に嘘をついたんですか?なんで日菜先輩を避けようとしたんですか?」
一言目から確信をつく。この人相手に前座なんて要らない
赤い夕日をバックに反対色の髪の毛を揺らしながら紗夜さんは少し悲しげな顔を俺に抜ける。そしてうっすらと笑いながらゆっくりと口を開く
「・・・・・・どうして?・・・・・・あなたなら分かると思うけど」
そうだ、分かっている。紗夜さんが日菜先輩から逃げる理由なんてとっくに理解している
「ずっと私たちの傍にいたあなたなら分かるでしょう」
「・・・・・・」
「私はもう日菜に追い抜かれるのは嫌なの。耐えられないのよ。」
わかっている。ずっと昔から見てきたんだ。この二人のことならこんな俺でもわかることがある。
「日菜がギターを始めたのに気付いてから不安にならない日はなかったわ。日菜にとってギターは遊びでも私にとって“これ”はもう最後の頼みだったから」
紗夜さんは目頭に力を込めながらギターを握りしめ、自身の底にあるもの全てを吐き出す
「はぁ・・・でももう無理ね、日菜はもう私を追い抜いている。自分で聴き比べても分かってしまう程に演奏に差があるの」
窓の外は赤から黒に変わり部屋の電灯の白色光が目立ってくる。
「笑ってしまうわよね。あれほど悔しい思いをして、あれほど悲しいと感じて、あれほど勝ちたいと願ったのにそれでも
紗夜さんの目尻から頬にかけて一筋の光が流れ落ちる
「どうしてかしらね。いつになったら私は日菜に勝てるのかしらね。」
紗夜さんは自虐的に笑ってこちらを見る
紗夜さんはずっと日菜先輩に勝ちたかったんだ。今までの努力はそのためにあったんだ。俺はまた勘違いをしていたんだ。紗夜さんは一番になるための努力じゃなくて、日菜先輩に勝つための努力をし続けていたんだ。
でも、勝てたことが無い
「私はずっとそのために努力をしてきた。日菜に勝つために、いつもいつも遊んでるあの娘じゃなくて頑張っている私が正しいんだと。それを確かめたくて、証明したかった。私が今まで積み上げたものを無駄にしたくなかった。だって馬鹿らしいじゃない。私が必死になっている事があの娘にとってはただのお遊びになるのよ。そんなの信じたくないじゃない。認めたくないじゃない・・・」
紗夜さんのその翡翠のような目にはさっきとは比べるまでもなく大量の涙が溜まっていた。
窓の外はもう暗く、夜空には星と月が見えた
「だから私は日菜から逃げたの。
グズグズと鼻を鳴らしながら紗夜さんは言葉を紡いだ
紗夜さんの気持ちはわかる気がするんだ。自分が汗水垂らして頑張っているそばで笑いながら通り過ぎる姿を
16年も隣で見続けたら嫌にもなるんだろう。そしてそれを追いかけ続けるのも苦しいし、辛いんだと思う。日菜先輩と知り合ってから俺は早々に自分の可能性を見限ってしまった。
でも
でも
「・・・・・・でも紗夜さんは違うじゃないか」
「・・・・・・え?」
「紗夜さんは俺とは違ったじゃないか!紗夜さんは自分を信じられなくなった俺とは違って、自分を信じて貫いたじゃないか!」
そうだ。この人は常に頑張っていた。俺に努力をし続ける価値を教えてくれたのはこの人だ。
「俺は紗夜さんが努力を続ける所に憧れた!いつもいつも頑張って、本番に備えて、当日に最高のものを引き出す。でも日菜先輩には勝てなくて!体育館の裏で泣いて落ち込んでうずくまって!それでもまた立って努力を続けた紗夜さんの姿に俺は憧れたんだ!」
俺は自分の可能性なんて信じられない。どんなに頑張ってもどうせ本物には到底叶わないと自分自身を見限った。何をしても何を積み重ねても決して
けど
「でも紗夜さんは違う!紗夜さんは自分を信じて、信じ続けたじゃないか!!自分には可能性があるんだと、いつか必ず日菜先輩に勝つんだとそう言い続けて来たじゃないか!」
「斎くん・・・でも私はもう・・・日菜には・・・」
もう自分で何を言っているか分からないほど俺は叫んだ。紗夜さんの気持ちも日菜先輩のことも何も考えずただひたすら叫んだ
「紗夜さんが努力を否定するなよ!」
これが俺の本音だ。ただこれだけ。
紗夜さんだけには努力をやめて欲しくない。これは100%俺のエゴだ。分かってるさ。でもその事を自覚していても紗夜さんにはやめて欲しくない。だって、
「だって・・・紗夜さんが今、努力をやめたら・・・今まで努力してきた紗夜さんが可哀想じゃないか!!」
「っ!・・・・・・」
今は絶望しているかもしれない。絶対に追い抜くことはないと絶望しているかもしれない。けど確かにあの頃は日菜先輩に勝とうと頑張っていた時はあるんだ。その頃の自分の為に今ここで辞めてはいけない!
紗夜さんはだまって、俺の話を聞いてくれた。その顔には涙は止まっていてこちらを真っ直ぐに見つめているのが分かった。
「紗夜さんがさっき言った通りだよ。俺は紗夜さんも日菜先輩もずっと見てきました。紗夜さんが頑張ってるのも知ってます。だから今ここで諦めて欲しくない!ここでやめたら今までの努力が無駄になってしまうから」
俺は気がつけば目が熱くなって、一息吸うたび喉がいたんできて、自身の頬が濡れているのに気が付いた。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・グスッ」
一気に喋りすぎたせいで息が苦しいし、喉が痛い。涙が流れて止まらない
「・・・・・・・・・・・・・・・っくそ、カッコ悪い」
思い切って叫んだと思ったのに自分が泣くとかほんとにカッコ悪すぎる。
「そんなことないわ」
「斎くん。ありがとう。君がそんなふうに言ってくれるなんて思わなかったわ。本当にありがとう。」
紗夜さんは俺の方を見て柔らかく微笑んでくれた。その姿は、いつも見ている自分の部屋が一面草原に見えるほど綺麗な笑みだった。
「・・・・・・」
「どうしたの?」
「え?!・・・あ、いや!・・・その!・・・」
「・・・どうかしたの?」
「あ、・・・その。・・・・・・紗夜さんがびっくりするぐらい綺麗だったから」
「本当に?・・・ありがとう。」
紗夜さんはその笑みのまま平然と返事をくれた
紗夜さん、もう少しぐらい照れたりしてくれてもいいと思うんだけど?これは俺は全く男として意識されてないって事なのかな?また泣いちゃいそうだよ
「やっと、あの娘が好きになった理由が分かった気がするわ」
「え?何か言いましたか」
「いいえ、なんでもないわ」
紗夜さんはその笑みを引っ込めて、真剣な顔を俺に向けてきた
「斎くん、私はまだ日菜の事を認める事が出来ないわ」
「そ、そうですか。」
「えぇ。ごめんなさい。けど、日菜の事を認める努力をしてみようと思うわ。あなたに言われた通りね」
「・・・・・・・・・え?紗夜さん、それは本当ですか?」
「えぇ、私も頑張るから」
「はい!・・・って
「あなたに言ったわけじゃないわ」
紗夜さんはその後クスクスと笑うだけで何も言ってくれなかった。俺は日菜先輩に電話をかけて家に帰るように伝え、紗夜さんは家に帰って行った。そのあとのことは俺は分からない。やっぱり俺には分からないことだらけなんだ。分かるまで考えようとしたけど結局時間切れで、問題自身が問題を解決してしまった。それで良かったのかはやっぱり俺には分からない。
分からない、分からないけど。その日の晩に隣の家の