月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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書いてしまった影響で、りそなに救いを与えたいと思ってしまったので救います。
ただどうなるかは分かりません。取り敢えず前回の後書きの続き。前回の後書きの内容は削除します。
色々と無理もありますが、既に朝日の平行世界行きをやっているんだから、これぐらいは大丈夫だと思って書きました。
本編をお待ちしていた皆様、申し訳ありません。

『心から愛する兄はいなくなった。だが、彼女自身が気がついていない。不満を言い合っていた唯一の友がいる』

くららん様、笹ノ葉様、烏瑠様、dist様、エーテルはりねずみ様、獅子満月様、lukoa様、誤字報告ありがとうございました!


番外編
りそなの日記 前編


『大蔵りそなの日記』

 

【七月中旬】

上の兄がいきなり部屋に飛び込んで来た。

どうやら下の兄が桜小路家に居る事が知られてしまったらしい。

最悪の事態だ。でも、何故上の兄はあんな事を聞いて来たのだろう?

『遊星は帰っていないか』

何故彼はそんな事を聞いて来たのだろうか?

 

 

【七月下旬】

上の兄を通して、桜屋敷のメイド長に会った。

下の兄の正体を知って追い出した相手だが、謝罪しなければならない。

私がした事は下の兄の為とは言え、本来は許されない事だ。下の兄も謝罪したいと思っているに違いない。だから、申し訳なさに溢れながら謝罪をした。

ただ、どうしても気になったので下の兄の行方について聞いてみた。

『桜屋敷を追い出してから知らない』と言われた。

……下の兄。何処に行ったんですか?

 

 

【八月上旬】

下の兄の行方が分からない。この三週間全く音信不通だ。下の兄とメイド長のやり取りを知らないルナちょむや、ミナトンを含めた桜屋敷に居る下の兄と仲が良かった人達も捜索隊を出したと、チャットでルナちょむが言っていた。

上の兄も捜索しているようだが、行方が全く分からない。

……嫌な予感がしてならない。もう二度と下の兄に会えない予感が。

………そんな訳が無い。下の兄は何処かにきっと居る。

 

 

【八月中旬】

大蔵家の『晩餐会』が開催されると上の兄が帰国して来たと同時に、家にやって来て告げた。

そんな事よりも下の兄の方が心配だが、今彼の機嫌を悪くする訳にはいかない。もしも機嫌を悪くされて下の兄の捜索が打ち切られたら、大変だ。下の兄何処にいるんですか?

 

 

【八月下旬】

『晩餐会』は最悪だった。あの権力を求めている人間達と血の繋がりがあるだけで、嫌悪を感じてならない。心が潰れそうだ。

ただ予想外の事が起きた。下の兄を認めなかったお爺様が、急に下の兄に会いたいと言い出したのだ。血の繋がった母は怒っていたが、そんな事は気にならなかった。これで今まで以上に上の兄は、いや、大蔵次男家も下の兄の捜索に乗り出すに違いない。

下の兄が見つかる可能性が高くなった。

……そうだ。きっと見つかる下の兄は。

 

 

【九月上旬】

見つからない見つからない見つからない見つからない見つからない見つからない!!!

どうして、どうして見つからないんですか!? 下の兄は何処かにきっと居るはずなのに!? 何で見つからないんですか!?

……まさか……違う。そうあり得ません。きっと下の兄は……

 

 

【九月中旬】

……見つからない。

 

 

【九月下旬】

……もしかしたら下の兄はもう(この後は、自分の考えを否定するようなめちゃくちゃな文字が書かれている)。

 

 

【十一月上旬】

……パソコンを起動させるのは久しぶりだ。今日大蔵次男家の上の従兄弟が訪ねて来た。

私の顔を見て驚いていた。そんなに酷い顔していたのだろうか? 確かに連日街を歩いて下の兄を捜索していて気にもならなかった。

街を歩いて気がつけば、部屋に戻されているのが私の日常になっていた。戻しているのは上の兄の部下の馬場だ。

上の従兄弟は私に聞いてきた『大蔵家が憎くないか』と。

……下の兄……早く帰って来て下さい。私はもう……限界です。

 

 

【十一月中旬】

 上の従兄弟の提案には心が惹かれた。

 『大蔵家が憎くないか』。そんなの決まっている。

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。憎くて仕方がない!

 あの一族と血が繋がっているだけで嫌悪感が沸き上がって仕方がない! これまでは下の兄と血が繋がっているという事実のおかげで目を逸らしている事が出来ていた。でも下の兄はもう(この部分は意味のない文字が書かれている)。

 だけど、もう目を逸らす事が出来ない。上の従兄弟が言うには、どうやら上の兄は独立に向けて動き出しているらしい。そしてあの血の繋がった母……いや、あの女は私を見限ったようだ。

 笑ってしまった。上の従兄弟の前だと言うのに大声で涙を流しながら、私は笑った。

 気がつくべきだった。上の従兄弟が、この部屋に簡単にやって来れた時点で。あの女は、上の兄が大蔵家当主に就く事を願い、私に自分の理想を押し付けていた。歪んではいたけれど愛してくれていた。

 ……下の兄が言っていた通りだ。私は血の繋がった母と呼びながらも、あの女を……母として心の奥で大切に思っていた。その相手を失ってしまった。

 大蔵家内で敵対関係にあって、上の兄と当主の座を争っている上の従兄弟があっさり私に会いに来れた時点で、上の兄もあの女も私なんてもうどうでも良いのだろう。これまで馬場がこの部屋に運んでいたのは、下手なところで死なれたら大蔵家の名に傷が付くから。

 もう私は彼らにとってその程度の存在。

 上の従兄弟は、自分が大蔵家の当主になった時にやる事を私に話した。

 

『一族の人間、父親も含めて大蔵家から除名する』

 

 ……心が惹かれた。大蔵家の一族全員から、大蔵の名を奪う。これほどまでに面白そうな事は無いと思った。

 でも、私は……上の従兄弟に協力しない。大蔵の名を奪うという事は、その相手の中には下の兄も入っている。

 下の兄は大蔵という名字に想い入れはないだろう。私も無い。

 何よりきっと、下の兄が居たら彼の提案には乗らなかった。下の兄は、私と同じように上の兄に畏怖と恐怖を覚えていたけれど、同時に尊敬もしていた。何時か認められたいと……いつも、いつも思っているのを私は見ていた。

 だから、どれだけ憎いと思っても……下の兄が望んでいない事だけは私には出来ない。

 上の従兄弟は『残念だ』と言って、帰っていった。後、『出来れば、それほど追い込まれていても君が想っている屋根裏王子に会ってみたかった』とも言っていた。

 帰る前に上の従兄弟に一つだけ願った。『もしも貴方の望みが叶ったら、私の名字だけは『小倉』にして下さい』と。

 ……この部屋から出よう。久々にオンゲをやって、オンライン上の友達だった皆と遊んで、別れの挨拶をして……下の兄を探しに行こう。

 

 

【十一月下旬】

 ……さようなら、大蔵りそな。

 下の兄を探しに行きます。

 

 

 

 

 

 

 

【十一月下旬】

 私は今、『桜屋敷』に……下の兄が『小倉朝日』として過ごしていた部屋にいる。

 あの日、住んでいた部屋から出た私は、上の従兄弟と上の兄の部下達に追いかけられた。どうやら二人とも、もう何の役にも立たないのにも関わらず、私を逃がす気はなかったようだ。上の従兄弟は自分の最終的な目的を私が知っていたから。

 上の兄は、私が捕まれば独立の準備に支障が出るからだろう。まだ、私にはお爺様への人質という価値はあったようだ。誰一人味方が居ない私は、上の従兄弟か上の兄の部下に捕まる未来しか待っていなかった。

 下の兄が駆け付けてくれないかと願ったけれど……彼はやっぱり居ない。

 追いつめられて、もう終わりだと思った瞬間、助けが来た。

 レイピアを持った覆面とトマホークを持った覆面。後遠くから投擲を行なっていた覆面の三人に。

 いきなりの事態に驚いていた私を三人の覆面は攫い、そのまま車に乗せられて上の従兄弟や上の兄の部下から逃げ回った。

 そして逃げ切った後、私が連れて来られたのは『桜屋敷』だった。

 夏にあのメイド長に謝罪してから来た事がなかったその場所に、私は連れて来られた。

 屋敷に入ると共にミナトンに抱き締められた。

 突然の事態に呆然としている私を、ミナトンは本当に大切そうに抱き締め無事で良かったと涙を流しながら言ってくれた。

 その後、ルナちょむもやって来て無事で良かったと私に言った。他にも、金髪の人と黒髪の人もやって来て、『朝日の妹ですのね。無事で良かったですわ』や『朝日の妹。やっぱり可愛い! 無事で良かったわ』と言ってきた。どういう事なのかと呆然としながら聞いてみると、ルナちょむが教えてくれた。

 久々にオンゲに現れて、いきなりこれまで溜め込んでいたアイテムの数々をばら撒いて、別れの挨拶をした私の行動を不審に思い、ルナちょむが『桜屋敷』に居た他のお嬢様達の付き人に頼んで護衛を陰ながら依頼していたらしい。

 何故そんな事を。私はルナちょむを騙した。女性と偽って、下の兄の為に付き人にさせたのに。

 ……その事をルナちょむは知らないと思って、私は……全部話した。桜屋敷にメイド長から口外しないように言われていたが、構わなかった。私に助けられる価値なんてない。

 だけど、ルナちょむは……全部知っていた。私が語る前から、下の兄の正体を。それだけじゃなくて金髪の人も、黒髪の人も、『桜屋敷』の全員が下の兄の事を知っていた。そして……全員が下の兄がした事を赦してくれていた。

 ミナトンが下の兄の素性も話していたみたいだ。

 だとしても、私がした事は許されないと言ったら。

 

『君は私の数少ない友人じゃないか』

 

 ……泣いた。耐え切れなくなって、私は泣いた。

 味方など居ないと思っていた。下の兄が居なくなった今、私には本当の意味で心を出せる相手がいないと思っていた。でも、違った。

 ミナトンはそんな私を抱き締めてくれた。

 泣き止んだ私に、ルナちょむは『暫らくはこの屋敷に隠れていろ』と言ってくれた。あまり好意に甘えるのは不味いと思ったが、今日だけはと思い、私は部屋を借りた。何処の部屋が良いかとルナちょむが言っていたので、厚かましいかも知れないが、下の兄が使っていた部屋を頼んだ。

 やって来たメイド長が、あの部屋はと言う顔をしていたけれど、もうすぐ大蔵家は大変な事になると話した。その場に居る全員が驚いたが、取り敢えず今日はという事になって部屋を貸して貰った。

 日記を書いていたら、ミナトンがやって来た。

 

『一緒に寝よう!』

 

 と言ってきたので、取り敢えず受け入れた。

 『りそながデレた!』と目を見開いて驚かされた。まあ、これまでの私の行動から考えて当然の反応ですが。

 複雑な気持ちになりながら、ベッドに入る。

 このベッドで、そしてこの部屋で下の兄は過ごしていた。彼がこの部屋を出てから随分と経つ。それでも、居なくなるまで過ごしていた事に変わりはない。

 せめて夢の中でぐらい、下の兄に会いたいと思いながら、ミナトンに抱き締められながら、私は眠った。

 

 

【十二月上旬】

 悪夢と言うべきなのか、嫌な夢を見た。

 私が大蔵家当主となっている夢だ。誰が好き好んで、あの家の当主になんてなるものか。しかも下の兄が側にいない。

 この時点で私にとっては悪夢だ。夢とは見る者の潜在意識が望んで見るものとネットで書かれていた。

 つまり、私には大蔵家当主になりたいという願望があるという事になる。冗談じゃない。すぐに忘れたいと思った。でも、何故かハッキリと夢を覚えている。しかも、時間が経っても夢の内容を忘れる事が出来ない。どういう事なのかと考えていると、ミナトンが起きた。

 何だか起きたら複雑そうな顔で考え込んでいたので、気になって聞いてみたら、『アメリカでルナがやっているブランドで営業部長として働いている自分の夢を見た』と答えてくれた。

 中々いい夢じゃないかと思った。少なくとも、なりたくもない大蔵家当主になっている私が見た夢よりは。

 

『ゆうちょがルナの旦那になっていた』

 

 ……悪夢だ。これ以上に無いほどの悪夢。

 会いたくて仕方がない相手が、知り合いの旦那になっているとか。ミナトンの気持ちが良く分かった私は、肩に手を置いて慰めた。

 朝食の席で恨みがましい視線を、私とミナトンに向けられたルナちょむは戸惑った。

 どうしたのかと聞かれたら、悪夢を見たとミナトンと一緒に答えた。夢の事で困らされるのは困ると言われたので、取り敢えず止めた。

 で、昨日私が言った大蔵家の事を話した。

 朝食の席に居た全員がまさかと言う顔をしたが、事実だ。上の兄は大蔵家からの独立を目指している。

 このままいけば、確実に大蔵家内で争いが発生する。そうなれば経済界や政財界が確実に荒れてしまう。

 家の規模を考えれば、その影響は想像を絶する。事前にこの情報を知ったルナちょむ達は対処出来るだろう。知らない家がどうなるかまでは私は知らない。

 下の兄と違って、私は優しくないから。

 ルナちょむ達は学院に行かないといけないので、私は残された。

 帰って来るまで待つ事になった私は……デザインを描く事にした。夢の中で、大蔵家当主になっていた私は、デザインを描いていた。ジャンルはゴスロリ。

 ゴスロリは好きなので、気晴らし代わりに描いてみよう。下の兄と一緒に学院に通う為に服飾の勉強もしていたから、デザインの描き方は知っている。だから、描いた。

 描いたデザインを、学院から戻って来たルナちょむ達に見せたら、初めてにしては上手いと言われた。

 気晴らしだったのだが、思ったよりも好評だった。

 その後、また今後の私に関して話す事になった。迷惑になるから出て行くと言ったけれど、ルナちょむ達は私を逃がす気はないようだ。

 出ていかれて野垂れ死にされるのは困るという事だ。

 ……ルナちょむ達の優しさを感じる。

 ……下の兄が、此処に居られる事を喜んでいた理由が分かった。此処は大蔵家に比べて、優しい場所だ。

 この場所に下の兄は戻れるかもしれない。見つかりさえすれば。

 下の兄……何処に行ったんですか?

 

 

【十二月中旬】

 桜屋敷に来てから、悪夢を見続けている。

 悪夢は変わらず、私が大蔵家当主になっている夢だ。しかも悪夢の内容は日によって変わる。

 『大蔵ルミネ』? 私の叔母? つまり、お爺様の娘という事になる。

 冗談ではない。お爺様はもう90歳以上だ。夢の中で出て来たルミネという女性は、夢の中の私よりも一回り若い。つまり、もしも大蔵ルミネという人物が産まれるとしたら、これからだ。

 いや、無理でしょう。お爺様の年齢で、子供が出来る筈が無い。

 ただ、この夢に関して不思議なところがある。ルミネという女性はハッキリと顔が見えるのだが、母親の方はぼやけて見えるし、名前も聞こえない。言っている時に、その部分だけが途切れて聞こえるのだ。

 私だけじゃなくて、ミナトンも同じで、付き人のヤンデレな人と一緒に働いていたり、ルナちょむやメイド長……そして下の兄の顔だけはハッキリと見えるのだが、一緒に働いている者達はぼやけて見える。後……想像もしたくないが、ルナちょむと下の兄の二人の子供の顔はぼやけて見えるらしい。

 子供が二人いると知った時は、また二人で恨みがましい視線をルナちょむに向けてしまった。

 いい加減にしろと怒られた。

 後、他にも気になる事がある。ミナトン以外にも、黒髪の人が部屋で寝た日も夢を見たと言っていた。内容は『京都で個展を開いている』とのこと。しかもハッキリと覚えている。

 ……変だ。この夢は明らかに可笑しい。

 ミナトンもそう思ったのか。別の部屋で寝てみようと、提案してきたのでその提案に乗った。

 夢はどうなるのだろうか?

 

 

【十二月下旬】

 別の部屋で眠ったら、あの悪夢は見なかった。ミナトンも黒髪の人も同じだ。

 気にはなるが、ルナちょむ達はフィリア・クリスマス・コレクションがあるので、取り敢えずこの件は保留という事になった。

 フィリア・クリスマス・コレクション。下の兄も参加したかった筈のイベント。もしかしたらと思って、ミナトンに会場の捜索を頼んだ。ミナトンも同じ事を考えていたのか、頷いてくれた。

 結果は……駄目だった。下の兄の事だけじゃない。ルナちょむ達は、フィリア・クリスマス・コレクションで準優秀賞という結果に終わった。最優秀賞ではない。

 下の兄の代わりにルナちょむの付き人になった樅山紅葉という背の低い人も落ち込んでいる。制作の段階でルナちょむは気がついていたようだ。背の低い人が付き人になった時には、型紙が終わっていた。

 敗因は型紙。下の兄が最も得意な分野だ。

 もしも下の兄が居ればと私は思った。勝手な考えだと分かる。でも、下の兄が居れば絶対に最優秀賞を取っていた。そう私は断言出来る。

 上の兄から散々な評価を貰ったと、ルナちょむが不機嫌そうに言ってきた。

 この不機嫌さを晴らす為に、朝日の部屋で私も寝てみると言い出した。どうも、私やミナトン、黒髪の人が言っていた事が気になっていたらしい。

 指示を受けたメイド長が、下の兄の部屋のカーテンを日が当たらないように厚手のカーテンに替えた。結構、日が当たるから、肌が弱いルナちょむが寝るには必要な処置だ。

 私は……あの悪夢を見たくないから、ミナトンの部屋で寝る事にする。ルナちょむも悪夢を見ればいいと、これまでのミナトンから聞いた夢の内容で思わず思ってしまった。

 

 

【一月上旬】

 フィリア・クリスマス・コレクションが終わった後、ルナちょむはずっと頭を抱えている。

 どうやら、夢の内容は彼女にとってかなり衝撃を受けたようだ。

 詳しく聞こうとしても、顔を赤くして首を横に高速で何度もブンブンと振って話してくれない。

 ただ。

 

『あんな事をわ、私が、あ、朝日にする筈が! い、いや、やってみたいと思わず考えて! って、ち、違う! こ、これ以上は聞かないでくれ。頼む!』

 

 あのルナちょむが顔を真っ赤にして動揺するような出来事が、夢の中で起きたらしい。

 後、どうでも良いどころか、聞きたくもなかったけれど、ルナちょむと下の兄の二人の子供の名前が分かった。息子の名前が『才華』。娘の名前が『アトレ』と言うらしい。

 ……本当に聞きたくもなかった。因みに顔も分かった。あの変な夢は、起きた後もハッキリと内容を覚えているので、ルナちょむが描いてくれた。

 息子の方はルナちょむと同じで白髪に緋色の瞳をして、下の兄に似た面影がある。娘の方は黒髪で日本人的な容姿をしていた。因みにこの話を聞いたメイド長は倒れた。

 どうやらもしかしたら自分は、ルナ様の男性の縁を潰したのかも知れないと思ったようだ。ルナちょむが寝るなら、下の兄の部屋で寝かせてやれと言って、巨人のメイドに運ばれて行った。果たして彼女はどんな夢を見るのだろうか?

 ……と言うよりも、そんな縁は潰れて欲しい。下の兄を想う気持ちは負けない。ミナトンにだって、私は負けるつもりはない。

 そう言えば時期的に『晩餐会』の時期だが、参加するつもりはない。上の兄や上の従兄弟が何もしてこないところを見ると、両者とも私に参加して欲しくないのだろう。

 もうどうでも良い。上の兄が勝とうと、上の従兄弟が勝とうと、私には関係ない。個人的には上の従兄弟に勝って欲しい。彼が勝てば、私の名字は『小倉』になるのだから。

 ……そう言えば、あの夢の中でも『晩餐会』はあるのだろうか? 気になる。

 久しぶりに下の兄が使っていた部屋で見てみよう。

 ……ああ、私は可笑しくなっている気がする。夢に過ぎないのに、夢の中が気になるなんて。

 気が狂っているのかも知れない。

 

 

【一月中旬】

 ……何だあれは?

 アレが大蔵家の『晩餐会』? 全然私が知っている『晩餐会』と違っていた。

 そう、アレは……家族の集まりだ。家族が集まって、楽しく過ごす団欒。あの上の従兄弟も兄も、私が知っている二人と全然違っていた。ト兄様は……あんまり変わっていなかった。

 でも、その『晩餐会』には……下の兄が居た。私が知っている下の兄よりも歳を経ているが、すぐに分かった。

 ……夢の中の下の兄は、幸せそうだった。望んでいた光景を見た筈なのに、胸が苦しかった。だってそうだ。

 所詮夢は夢。現実の下の兄はずっと行方不明のまま。本当に下の兄は何処に行ってしまったのだろう?

 大蔵家の方は分からないが、依然下の兄の捜索を黒髪の人とスイスの人が付き人に頼んで捜索している。

 なのに、居なくなった日以降の行方が分からない。可笑しいとしか思えない。

 考えたくはないが、事故にあったとしても、こんなに情報が集まらないのは可笑しい。

 可笑しいと言えば、この夢もだ。何故下の兄が使っていた部屋でだけ、こんな夢を見るのだろうか?

 内容は起きているのに、ハッキリと覚えている。

 私だけじゃない。あの部屋で見た誰もが同じだ。見た夢の内容を覚えていて、その内容が十数年以上経過していると思われる未来。いや、未来ではない。

 じゃあ、アレは何なのだろうか? デザインを描くのは一先ず止めて、ルナちょむにパソコンでも借りて調べて見よう。

 ……大分参っている。下の兄……夢ではなく、現実で会いたいです。

 

 

【一月下旬】

 分かっていた事だが、調べた意味はなかった。

 と言うかふざけているとしか思えない事があった。『バナナで滑ったら、過去に行った』なんて、ふざけている。

 そんな事で過去に行ったら、タイムトラベラーだらけだ。

 ……冗談は此処までにしよう。今日、上の兄から手紙が来た。

 手紙を持って来たのは、ルナちょむだった。私が居る場所なんて、やっぱり彼には知られていた。

 ただ内容は。

 

『愚かなる妹。いや、大蔵家から逃げた貴様は最早妹ではない。『晩餐会』に参加しなかった事で、爺の関心も薄れた。あの女も貴様を完全に見限ったようだ。そのまま二度と俺に顔を見せず、世間にも顔を出すな。もし出て来るならば、この俺の全てを以て貴様だけではなく、貴様を匿っている者共の家を潰してやる。良いか、最早貴様は大蔵の名を名乗る事は許さん。あの愚かなる弟同様に、このまま誰とも知られずに朽ち果てるがいい』

 

 ……戻って来いという内容ではなかった。

 手紙を見たルナちょむ達は、余りの内容に怒ってくれた。でも、ある意味では私は解放されたという事だ。

 大蔵家から。そして上の兄から。

 ただ行く当てが本当になくなったと思ったら、ルナちょむが。

 

『何時か私が開くブランドを一緒にやろう。何、りそなのデザインは中々のものだ。このまま練習を続ければ、必ずものになる。なに、あの夢の中で君はブランドを開いているんだろう? 夢だとしても、こうして描かれているデザインは良いものだ。朝日も見つけて、三人でやるのも良いな』

 

 ルナちょむの言葉に、ミナトンが『私は営業部長をやる!』と叫んで、黒髪の人とスイスの人を羨ましがらせた。

 ……涙が零れた。此処に居ても……優しいこの場所に居ても良いと分かって泣いた。

 下の兄……貴方は本当に良い場所に居たんですね。だから、早く帰って来て下さい。

 

 

【二月上旬】

 上の兄の警告もあったので、今年に服飾関係の学院に通うのは無理となった。

 取り敢えず、デザインを描いていよう。

 

 

【三月上旬】

 あの夢に関して検証を進める事になった。

 先ず第一に下の兄が使っていた部屋で寝る事が条件。他の部屋では見ない。

 第二に夢で見た内容は、起きてもハッキリ覚えている。

 第三に、夢の中で顔がハッキリ見えるのは会った事がある相手か、夢を見ている者の血縁者だけ。それと夢の中で見た相手の顔を、現実で描いてハッキリと分かるようになれば認識出来るようになる。ミナトンで試して、才華とアトレと言うルナちょむと……下の兄の子供が認識出来るようになったので間違いない。

 最後にあくまで見る事が出来るだけ。夢だから当然だ。

 ルナちょむは、『何時から私の屋敷の、あの部屋は怪奇現象を起こす部屋になった』と嘆いていた。

 今後も検証を進めていく為に、屋敷内の全員があの部屋で一度眠ってみる事になった。どんな結果が出るのだろうか?

 

 

【三月中旬】

 検証をしたが、やっぱり原因が分からない。

 何故あの部屋でだけこんな現象が起きているのだろうか?

 少なくとも未来の出来事ではない。下の兄が夢の中に居るからだ。その時点で、この現実とリンクしていない。

 だから、ルナちょむと下の兄が結ばれる事なんて絶対に無い!

 屋敷内の全員が変な夢を見たが、以前の条件以外に何も分からなかった。ただ、巨人のメイドの話だけは、ちょっと可哀想だった。本人と顔が分からないメイドと一緒に、この広い桜屋敷を管理していたとか。話を聞いた時は、思わず全員でルナちょむに厳しい視線を向けてしまった。

 本人は、『私じゃない! 夢の中の私の責任だ!』と言っていた。

 まあ、やってもいない事を責めるのは酷だ。しかし、巨人のメイドと働いているメイドとは誰なのだろうか?

 条件から考えて顔が見えないという事は、会った事がない相手。

 ……何故、その相手を私は気にしているのか分からない。でも、もし下の兄が巨人のメイドと同じ状況になっていたら、きっと桜屋敷を大切にしていたと思う。此処は優しい場所だから。

 

 

 

【四月上旬】

 今月からルナちょむ達は二年生。私は……場所は変わったが引き篭もりのままだ。

 下の兄の行方は未だに分からない。捜索をしてくれている黒髪の人とスイスの人が、実家に無駄な捜索をしている事を怒られたらしい。だけど、止めさせる気はないと言ってくれた。

 必ず下の兄は見つけると言ってくれた。嬉しかった。

 下の兄。貴方はこんなにも想われているんです。皆、桜屋敷に居る皆が、貴方を追い出したメイド長も心配しています。だから、帰って来て下さい。

 

 

【五月上旬】

 大蔵家の争いが激化しているという情報がネットで上げられた。

 どうやら、上の兄は遂に独立の道を歩み出したらしい。だが、相手はお爺様に従兄弟だ。

 事前準備はかなりしていたようだが、勝てるとは思えない。上の兄は大蔵家内で一人だ。

 あの女は役に立たないだろう。それが彼が選んだ道だから。今更私が出ても遅い。

 彼自身が望んでいないし、才能が無い妹の力なんて必要がないに違いない。

 ルナちょむ達も大蔵家の動向はかなり気にしている。経済や政財に関わる者にとって、この事態は見過ごす事が出来ない。

 

 

【六月上旬】

 年内で上の兄がフィリア女学院の学院長を辞めるという話が出たようだ。

 教師をしているメイド長の話だ。ただ代わりの学院長となる相手の名が出た時は、オカマの人が悲鳴を上げた。

 メイド長も心なしかげんなりとした顔をしている。一体どんな人物なのだろうか?

 大蔵家の争いがどれだけ続くか分からないが、私も早く通いたい。考えたのだ。

 私がデザインで有名なれば、きっと下の兄は見に来てくれる。彼は服飾が大好きだ。

 捨てるなんて考えられない。私の事を知っていて、それも有名になったら、どんな状況でも来てくれる。

 だから、デザインを頑張ろう。

 

 

【七月上旬】

 ……もうすぐ下の兄が居なくなってから一年。まだ、下の兄は見つからない。

 下の兄が居なくなった日が近づいて来ている今、その日に下の兄がした行動と同じ事をしてみるべきなのかも知れない。

 だけど、私は外に出られない。外に出たりすれば、上の従兄弟や兄が何かしてきそうだ。

 やりたい気持ちがあるが、それでルナちょむ達に迷惑を掛けたくはない。今回は見逃そう。

 ああ、だけど、久しぶりにあの部屋で寝よう。怪奇現象が起きるという事で、立ち入り禁止になった下の兄が使っていた部屋で。

 明日、ルナちょむに許可を貰わなければ。

 

 

【七月中旬】

 ……居た。

 下の兄が居た。何で何で何で何で、何でえええええええええ!?




因みに最後の【七月中旬】で、りそなが朝日の行動を真似るを選択していた場合……朝日の元に移動してりそな(朝日世界)ルートが完全確定していました。
最早他の誰にも割って入る事が出来ないルートです。

後、実は【一月上旬】の時点で衣遠は本格的に独立に向いて動いていて、金子は発狂しています。メリルルート、エッテルート同様に病院に入院しています。
上の従兄弟は、取り敢えずりそなが絶対に衣遠の味方にならない事を確信していたので基本放置。但し衣遠の下に行きそうになったら邪魔をします。
現当主の爺は、一月と五月の『晩餐会』にりそなが来なかった事で好感度降下しています。
大蔵家崩壊は確実に終わりの道に進んでいます。

序でに朝日が使っていた部屋で見る夢に関しては、本編に書かれている通りです。
会った事がある相手や、顔を知っている相手なら夢の中で顔と名前を認識出来るようになります。だから、朝日と面識がない八十島は夢の中で認識出来ませんでした。

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