月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~ 作:ヘソカン
ちよ祖父様、秋ウサギ様、百面相様、笹ノ葉様、烏瑠様、イヌ2様、一般通過一般人様、誤字報告ありがとうございました!
六月上旬1
side才華
今日から6月。この時期になれば、学生達に訪れる変化があった。
夏の暑さに備えて、制服が薄手の夏制服に変わる。フィリア学院でも、それは例外ではなく、僕も夏制服に着替えなければいけない。ただフィリア学院の夏制服は……半袖なのだ。
正体が男である事や、肌への紫外線の悪影響を考えれば、出来れば長袖を着たい。だけど、僕はフィリア学院の学生で、メイドの立場だから文句を言う事は出来ない。
本日から夏制服という事で、何時も通り朝から待ち構えていた八日堂朔莉からは散々視姦された。挙句の果てには、『その腕を大勢の人に見せてしまうのが残念』とまで言われた。
……何とか彼女への借りを少しでも返さなければならない。真面目にそろそろ僕が彼女に支払えるものがなくなってきているし、このままだと身体で借りを本格的に返さないといけない時が来かねない。
複雑な想いを抱きながら、エストと共に学院にやって来てみると。
「ヘイ、ハニー。君のヘアはGWに触れさせて貰って以来だけど、きちんとお手入れしているかい?」
僕の親戚のジュニア氏に声を掛けられた。
「あ、はい。お陰様で髪の調子がとても良いんです。感謝しています」
実際、ジュニア氏に整えて貰える前と比べたら今の方がずっと調子が良い。
……整えて貰えなかったら、ストレスでお母様譲りのこの美しい白い髪が駄目になっていたかもしれないから、彼には感謝しかない。
「そりゃよかった。ペースは自分で決めていい。だけど君のヘアの長さなら、定期的な専門のケアは必須だよ。ハニー、俺は君のヘアに魂を捧げた男だ。その美しさをどうか大切にしてくれ」
「心強いですね。今後とも、宜しくお願いします」
彼は僕の髪を愛し、慈しんでくれる。今年限りの関係になってしまうかも知れないが、本当に良いパートナーを見つけられた。髪に関してだけど。
「まあ大切にしてくれと言っても、後生大事に部屋にしまわれちゃ困るぜ? それなら氷の中へ冷凍保存して、お茶の間へ飾っておきなって話だHAHAHA!
一見すれば少し軽くて頭の緩さが見える人だが、この人は確りしている人だという事はもう分かっている。
父親のアンソニーさんも面白い人だが、あっちは本当に考えなしの人だからなあ。その辺りが遺伝してなくてよかった。
と思っていたら、それを認められない少女達が肩を怒らせながら駆けつけて来た。
「またお姉様に声を掛けているんですか! 髪の毛に関わる目的以外で近づかないで下さい!」
「そうですそうです!」
駆け付けて来たのは、アトレをリーダーとしたコクラアサヒ倶楽部の面々だ。因みに飯川さんと長さんは、小倉さんの出迎えに向かったのか姿は見えない。
「ベイビーたち。廊下を走っちゃいけないよ? それと今日は用足しがあって、偶然出会ったハニーに定期的なケアを勧めていただけさ」
「ぐぬぬ」
文句を言いたいが、僕の髪に関わる事だけにアトレたちは何も言えないようだ。
「あ、それと『コクラアサヒ倶楽部』だっけ? 姉御とハニーを称える倶楽部活動って、個人的に興味があってさ。俺も入れてくれない?」
「男子禁制です!」
「そうですそうです!」
「マイガッ! そんな意地悪言うなよベイビーたち。ハニーを愛する同じ仲間じゃないか」
コクラアサヒ倶楽部が愛でている対象には、僕以外に小倉さんも入っているんだけど、ジュニア氏は最初の宣言通り、小倉さんには手を出さないようだ。
まあ、あの人に迂闊に手を出しようものなら、伯父様と総裁殿の怒りが降り注ぎかねないが。
「愛する気持ちは同じですけど志は違います。私達はお二人のお姉様を愛でることを目的としているんです。ジュニアさんはお姉様と付き合いたくて近づいているんですよね?」
「いやいや、そいつは誤解だぜ。俺がハニーに近づいているのは、職人としてだ。俺はハニーのヘアの美しさに惚れたんだ。不純な目的なんて持っていない」
確かに。五月の時にカットして貰った時や毎朝会った時も、この人は髪とのバランスを取る以外の目的で、僕の顔や身体を余り見ていない。二人っきりになった時だって、僕の悩みを聞くだけだったし。
「自分の客を相手に、美容師が恋愛感情を見せちゃいけない。髪型を変えて、新しい自分になろうとしている気持ちに水を差す。それは数時間後の明るい未来を預かる人間として失格だ。デザイナーやパティシェだって同じ気持ちの筈だ。自分の技術を選んでくれた相手を喜ばせたい。それ以外の気持ちは持たないよ」
「それではお姉様を恋人にしたい気持ちは全くないということですか? これほど美しいお姉様を男性が放っておくとは思えません。勿論小倉お姉様もですが」
「フィリアの夏制服もとてもお似合い……素敵です!」
「普段は見られない朝陽お姉様の腕が眩しくて……クラクラしてしまいます。小倉お姉様の夏制服姿も早く見たい!」
……とりあえず、違和感を持たれていない事に安堵しよう。男としては非常に複雑なんだけど。
後、僕も小倉さんの夏制服姿は見てみたい! 早く来ないかなあ?
「どうなんですか? これほど美しいお姉様を相手に、恋愛感情は少しもないんですか?」
「美容師としてはね。こっちから誘ったりしないよ。でもハニーが俺を好きになってくれたなら、その時はまた話が別さ。プライベートを求められたら、俺だって最高の美人を相手に遠慮はしないHAHAHAHA!」
とんでもないことを言うな。僕が男を好きになるわけが無い。
「因みに姉御の方は安心してくれ。確かにハニーに勝るとも劣らない最高の美人だが、俺の中では既にハニーの髪に身を捧げる事にしているからね。何よりも姉御は綺麗すぎて高嶺の花としか言えない人だから。まあ、俺の親父が見たらヤバイかも知れないけど。姉御は親父の好みのドストライクなんだ」
「グヌヌッ! やはり、警戒は必要なようですね! 小倉お姉様がそう簡単に堕ちる方ではないのは分かっていますが……それでもそのお気持ちが一人の男性に向けられると考えるだけで! ……小倉お姉様! アトレは、信じています!」
まだこの場には来ていない小倉さんにアトレは祈った。
……兄としては今のアトレの方が心配だよ。明らかにジュニア氏が僕の話をしていた時よりも、警戒しているし。
大丈夫だよね? 本当に百合に目覚めていないよね?
正直言ってこの空気は耐えられない。とにかく恋愛からは話題を遠ざけよう。
「私も彼を疑っていません。GWの時に試させて貰いましたが、その実力はまさに職人と呼ぶに相応しいものです。その技術のおかげで、自分の髪に、より自信が持てました」
悩みの相談にも乗ってくれたしね。
「お嬢様方は、私が彼への思慕の念を抱くのを警戒していますが、尊敬の念はあっても、それ以外の感情は一切ありません」
「サンキュー、ハニー。シンプルだけど心に響くよ」
「朝陽が其処まで言うなら、私も髪の毛を切って貰おうかな?」
「オッケー、レディ・エストなら構わない。何時でも連絡してくれ」
ふむ。個人的にはジュニア氏にエストの髪の毛も整えて貰うという提案は確かに嬉しいが、従者として立場を考えると、嫁入り前の貴族令嬢であるエストに男性が触れるのは不味い。なので。
「申し訳ありません。お嬢様の肌を男性に触れさせるわけにはいかないため、それは私が認めません」
ジュニア氏には悪いが、此処は立ち塞がらせて貰おう。
何故か毅然として立ち塞がったら、関係のないアトレたちが感動していた。
「お、おねえさまうづくじい……従者でありながらまさに貴族! 溢れ出るオーラが、美しき男装の麗人のようです……!」
……これが演技なんだから、我が妹ながら恐ろしい。
少し前の兄妹喧嘩がなければ、アトレが演技しているとは思えなかったかも知れない程に演技が上手い。
この真に迫るほどの演技力は誰から受け継いだんだろうか? 少なくともお母様ではないと思う。なら、お父様だろうか?
「朝陽に護って貰えた。嬉しい。せっかくだから背中に隠れてみましょう」
貴族の令嬢として男性に触れてはいけません。何よりも君はジュニア氏が髪の毛を整えている時に、寝てしまいそうじゃないか。
「私は朝陽の働きを評価します。欲しいものがあれば言ってね。部屋へ戻ったら今回の褒美として与えます」
「光栄です、誇り高きエスト。貴女から感謝を与えられることに喜びを覚えます」
「わあ素敵。こんなに素敵な人が私の従者なんて、もっと素敵ウフフ。朝陽、私を護りなさい」
『ぐぬぬ』
何故か僕とエストのやり取りに、コクラアサヒ倶楽部の面々は悔しそうにしていた。
「どうしてベイビーたちは、レディも綺麗だと認めて憧れているのに、ハニーとレディが親しくすると悔しそうなんだ?」
「そこは非常に難解な乙女心……いえ、百合乙女心なんです。エストさんはお姉様の相手役として申し分ないので認めてはいるのですが、それでもお姉様の一番でありたいと願ってしまうお年頃なんです……因みに私は小倉お姉様の一番を狙っています」
今の小声のアトレの発言も……演技に違いない。
うん。何だか決意を固めたような表情して、右手を強く握っているけれど、それも演技に違いない。
「エストさんは立ちはだかるライバル的存在……とでも申しましょうか。ライバルが最後の壁に相応しくない相手では味気ないですもんね」
「エストさんだからこそ、打倒し甲斐があるというものです。卒業までに彼女を完膚無きにまで叩きのめしてこそ、お姉様を手に入れられると言うものです」
「私、朝陽を手に入れる為に最後に倒されなくちゃいけない存在なんだ……」
エストは最後の壁というか、立派なのは外見だけの薄っぺらい板なんだ。時々は確りした壁になってくれるが、油断するとボロが出てしまう。
もっと内面も鍛えて貰いたい。……僕が言えたことじゃないんだけど。
「なるほどなあ……けどな、ベイビー達。相手を格上だと思い込んで、天井を見上げてばかりじゃ駄目だ。自分と向き合って、そう、自分を成長させなくちゃいけない。その為には、もっと汚い人間にならなきゃな。憎っくき敵は罵れよ。汚い言葉を浴びせろよ。思いっきり馬鹿にしてやれよ」
「それは貴方の言葉とは思えません。相手を罵るなどという行為が、何故己の成長に繋がるのですか?」
「知りたいかい? これは大切な問題だ、ハニー。少し真面目に考えてみてくれ。レディ・エストもベイビー達も一緒に考えるんだ。この場から逃げちゃいけない、ミュージック・スタート!」
ジュニア氏は歌を歌いながら艶めかしく腰を振った。
でも、5秒で止めた。
「ジュ、ジュニアさん。こ、こんな目立つ場所で何してるんですか?」
小倉さんが従者のカリンと飯川さん、長さんを伴ってやって来たからだ。
事情が分かっていない小倉さんは、明らかに頬を引き攣らせている。親戚がこんな目立つ場所で踊りだしていたら、困るよね。
「す、すまない、姉御」
流石のジュニア氏も、小倉さんの前では恥ずかしかったのか、顔が少し赤くなっている。
「事情は分かりませんが、流石にこんな場所で踊るのはどうかと思います」
「姉御の言う通りだな。ちょっとした冗談のつもりだったが、確かに不味い」
ジュニア氏は反省したようだ。
空気が悪くなってしまったのを感じたのか、小倉さんが咳ばらいをする。
「ゴホン。それでジュニアさん。お待たせしてしまったようですね」
ん? 今の小倉さんの言葉。もしかしてジュニア氏は小倉さんに用事があったのだろうか?
視界の端でアトレが驚愕している顔が見える。そんなアトレの様子に構わず、小倉さんはカリンに視線を向けた。
「此方が頼まれていた物です」
「サンキュー、姉御に従者のお嬢さん」
「私は四十代です」
カリンの年齢を知っている僕やエスト、そして小倉さんを除いたこの場にいた全員が目を見開いて驚愕した。
ジュニア氏なんて、『え? マジ!?』って顔をしながら、渡された物を手に持って固まってしまっている。
気持ちは凄く分かる。僕もカリンの年齢を知った時は、紅葉の事を知っていても驚いたからね。エストも驚いていたし。
ところでジュニア氏が持っている物は、映像ディスクのようだが、中には何が記録されているのだろうか?
ちょっと気になる。
「そ、それは済まなかった。まさか、ご婦人だったとは……まあ、とりあえず姉御。このディスクありがとうなあ」
「約束していたものですから。寧ろ来るのが遅れてすみません」
「いや、そっちは構わないよ。ハニーやベイビー達と楽しい時を過ごせたからね」
「あ、あの!」
アトレが小倉さんとジュニア氏の会話に割り込んだ。
……何だか、凄く慌てている……うん、仲良くなった小倉さんがジュニア氏に渡した物が気になっただけだよね。そうに違いない。
「どうしました、アトレさん?」
「こ、小倉お姉様。ジュ、ジュニアさんに渡した物には、何が記録されているのでしょうか? も、もしや小倉お姉様の映像とかでは!?」
「ち、違います! ジュニアさんに渡したディスクに記録されているのは……」
「5月に大瑛君が開いたリサイタルさ。俺も気になっていたんだが、リサイタルをやった日は用事があって行けなくてね。それで姉御が、リサイタルを撮っていたって教えて貰って大瑛君からも許可を貰ったから今日持って来て貰ったって訳さ」
そう言えば、確かに山県先輩のリサイタルの時にカリンがリサイタルの様子を撮っていたっけ。
色々あって忘れてしまっていた。僕ももう一度あのリサイタルは見てみたかったし、エストにも見せてあげたいと思っていた。なので。
「小倉お嬢様。大変不躾なお願いなのですが、私にも山県先輩のリサイタルの映像を頂けないでしょうか?」
「えっ? あ、朝陽さんにもですか?」
「はい。私もあのリサイタルはとても楽しかったので、また聴きたいと思っていました。主人であるエストにも是非来て貰いたかったと思いましたから。従者の立場で失礼かもしれませんが、どうかお願いします」
「……ジュニアさんに渡せたのは、山県さんに許可を頂いてですから。渡せるのは彼から許可を貰ってからですので」
「それだったら、俺が大瑛君に確認しても良いぜ。彼とは友達だからね。とは言ってもハニーがリサイタルの映像を欲しがっていると知ったら、彼が出す答えは決まっているだろうが」
ジュニア氏は制服のポケットから携帯を取り出し、山県先輩にメールを送ったようだ。
連絡先を交換し合うほどに仲良くなっているなんて。親戚として負けているように感じてしまう。
いや、山県先輩は桜小路才華としての僕の存在も知らないだろうから仕方がないんだけどさあ。
「返事が返って来たぜ。構わないそうだよ」
早ッ!? メールを送ってすぐに返って来るなんて!?
ホームルームが始まる前で暇だったのかな?
「まさか……山県さんはお姉様の事が!?」
アトレが何故か身体を震わせていた。
「分かりました。ですが、今日用意してきたのはジュニアさんの分だけですから、渡すのは明日になってしまいますが構いませんか?」
「はい。構いません。寧ろ従者の立場で頼んでしまい、申し訳ありませんでした」
「いいえ、気にしていませんから大丈夫です」
小倉さんは優しく微笑んでくれた。
うっ! 久々に顔が熱くなって来た。やっぱりこの人の笑顔は……素敵だ。特に今は夏制服姿もあって、新鮮さを感じる。……それにしても綺麗な腕だ。何時も見えないから、此方でも別の新鮮さを……って不味い!
このままだとまた恥ずかしくなって固まってしまいそうだから、情けないがエストの後ろに隠れよう。
「わ、私の従者が魅了されている! で、でも、小倉さんに勝てそうにない!」
エストも小倉さんを相手にしそうな状況に困っていた。
因みにコクラアサヒ倶楽部の面々は、僕と小倉さんのやり取りに顔を赤くして見ている。
「ああ、二人のお姉様のやり取りは、本当に素晴らしい!」
「本当。これからも続けて欲しい」
幾ら僕でもその期待には応えられない。心身を削って、小倉さんを見ても恥ずかしくなくなったんだから。
「おっと、流石にそろそろ時間か」
腕時計を見たジュニア氏が呟いた。
言われて僕も確認してみると、流石にそろそろジュニア氏は美容部門棟に向かわないといけない。服飾部門棟から美容部門棟まではやや距離があるから。
「アンサー・タイム! 時間が無いから手短に済ませるが、何故相手を馬鹿にする事が成長になるかって? 『成長する』は英語でグロウ。そう、愚弄することで人は成長するってことさHAHAHA! 馬鹿じゃないかって? そうして俺を愚弄することで、君たちは大人の階段を一つ上がった。君達の成長に繋がるなら本望さHAHAHA! YES! オゥ、YES!
言い終えた後、ジュニア氏は急ぎ足で僕達の前から去って行った。それでも走らないのは少しカッコいい。
「一体何だったんでしょうか、小倉お姉様?」
「すみません。私にもちょっと」
「難儀ですね」
流石に途中から話に入って来た飯川さん、長さん、カリン、小倉さんには分からなかったようだ。
「あ、調理部門棟も離れているので、これで失礼します。皆さん、ごきげんよう」
「ごきげんよう、アトレさん! エストさん、お姉様、それに小倉お姉様もまた後で!」
彼女達『コクラアサヒ倶楽部』の部員には、僕やエスト、そして小倉さんの登校の邪魔をしてはいけないという決まりがあるらしい。
同じ教室に向かうのに、何故か此処で飯川さんと長さんも、僕とエスト、それに小倉さんと別れた。ただ別れる前に最後にアトレが小倉さんに。
「小倉お姉様! クワルツ賞の衣装制作頑張って下さいね! 何時でも桜の園に泊まれるように、私の部屋にお部屋をご用意しましたから!」
「あ、ありがとうございます、アトレさん」
……どうやら先日の屋上でのアトレの発言は冗談ではなかったようだ。九千代に眠る時は、ちゃんと別室で寝るように頼んでおこう。
「それじゃあ、エストさん、朝陽さん。私達も失礼します」
カリンを伴って小倉さんも歩いて行った。
一緒に行きたいが、何故かエストが立ち止まっているので僕も待つしかない。
「なんだか私、どんどんコクラアサヒ倶楽部の方々からのイメージが悪役の方へ向かっている気がする。本当の腹黒い子は正体を隠しているのに……あれ、朝陽? どうしたの?」
いや、君を待っていたんだよ。何を考え込んでいるのかと思ったら、そんな事を考えていたのか。
「いえ、先ほどのジュニア氏の言葉を考えていて。人を愚弄する事が成長に繋がる……そういう考え方もあるのですね」
「ううんないと思う。あれはただのダジャレだと思うの。深みや含蓄のようなものは、全くなかったと思うの」
「果たしてそうでしょうか。ただ、ダジャレはともかく、彼は時々面白い事を言いますね。良いセンスをしていると思います」
「私ね、朝陽は大体において完璧だと思うけれど、笑いのセンスだけは壊滅的だと思っているの」
僕は傷ついた。グス! そんなに僕には笑いのセンスがないの?
でもいいんだ。この愚弄がエストの成長に繋がるなら。いや、本当は成らない事は分かっているんだけどね。
side遊星
午前中の授業が終わり、教室内にいた同級生達は特別食堂の方に向かう為教室を出ていった。
僕とカリンさんは、教室内に留まっている。今日は恐らく、食堂に行くことは出来ないからだ。だから、お弁当は用意して来たが、サロンにも今日は行けない。
そんな事を考えながら席に座っていると、梅宮さんの声が聞こえてきた。
「制服も夏服になったね……大津賀さんも涼しそう。部屋の中にいる時は、メイド服だもんね」
それは……暑そうだなあ。
いや、桜屋敷に勤めていた頃に長袖のメイド服を着続けていた僕が言えた事じゃないけどね。
それにしても半袖か。正体がバレる事を考えたら、長袖が良いんだけど、学院で決まっている事だし、長袖でいたら逆に怪しまれてしまう。
才華様も肌の事があっても半袖の夏制服にしているんだから、僕も我慢しないと。そう思っていたら、才華様が近づいてきた。
「……小倉お嬢様」
「……連絡がありましたか?」
「はい……パル子さんから授業中に連絡が……ご存じだったのですか?」
「昨晩、お父様から連絡が届きました」
昨日の夜に、お父様からパル子さんとマルキューさんの映画の衣装に関する顛末に関する連絡が来た。
内容は残念ながら余り良いものでは無かった。今日あたりにその話が来るんじゃないかと思っていたので、教室に留まっていた。
カリンさんもその話は、学院に来る前にマンションで聞いていたので動揺はしていない。寧ろ要注意人物のグループが明らかになった。今回のパル子さんとマルキューさんの映画の衣装の顛末。
それには少なからず……服飾部門の上級生が関わっていた。
「ふぅ~ん。何かあったみたいだね、あの二人の事で」
僕の隣に座っていたジャスティーヌさんが、興味深そうな顔をしていた。
「ジャスティーヌ様も一緒に来ますか?」
「う~ん。どうしようかなあ? 今日の特別食堂に出るスイーツって凄く美味しいって聞いているし」
「でしたら、私の従者に取ってきて貰うようにお願いしましょうか?」
「へっ? 良いの?」
「はい」
僕はカリンさんに頼んだ。カリンさんは無言で静かに一礼して、椅子から立ち上がり教室から出て行こうとする。
「あ、あのカリンさん。頼むのは大変心苦しいのですが、エストお嬢様の分もどうかお願いします」
「……分かりました。難儀ですね」
今度こそカリンさんは、教室を出ていった。
これで怪しまれる事なく、カリンさんを特別食堂に行かせられた。ジャスティーヌさんやエストさんを利用するような形になってしまったのは、大変心苦しく、申し訳ないが……きっと件の上級生の生徒は誇らしげに語るだろう。
フィリア女学院に通っていた頃に、ルナ様と湊の悪口を陰で言っていた『龍造寺』さんと『円城寺』さんのように。だけど、その上級生は知らない。決して怒らせたらいけない人が、動きだしてしまった事を。
でも、今はパル子さんとマルキューさんに会いに行こう。二人からも話を聞かないといけない。個人としてだけじゃなくて、フィリア学院の調査をしている調査員としても二人からの話を。
次回はパル子とマルキューの映画の衣装に関する顛末をお届けします!
そして遊星sideでのルート選択肢発生です!
選択肢
【桜の園に向かう】(特別編成クラス在籍確定! パル子(遊星side)ルートフラグ消滅!)
【少し教室に残って様子を見る】(一般クラス移動確定! パル子(遊星side)ルートフラグゲット!)