月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~ 作:ヘソカン
今回は短めですが、これからも頑張らせて頂きます!
獅子満月様、えりのる様、秋ウサギ様、笹ノ葉様、烏瑠様、ライム酒様、誤字報告ありがとうございました!
選択肢
【アトレをモデルに選ぶ】←決定!
【ルミネをモデルに選ぶ】
才華side
「……出来た」
間違いなく渾身の出来だ!
これまでもコンクールに出す為に衣装を製作して来たけど、今、僕は感じた事がない充実感に包まれていた。
なるほど。この充実感が誰かの為に服を作った時に感じるものなんだ。大変気分が良い!
そしてこの充実感が、お父様が感じている気持ちなのだと思うと、また一つお父様の事が分かって更に気分が良い!
「そうだ! エストに見せないと!」
衣装が完成したら見せるという約束をしていた。早く見せてあげよう!
手早く制服への着替えを済ませ、小倉さんに贈る予定の服を丁寧に畳む。本当はすぐにでも箱に仕舞ってプレゼント用に包装したいところだが、約束は約束だ。
早く見せて、小倉さんに贈る準備をしよう!
「おはようって……何があったの? 昨日はちょっと落ち込んでいる雰囲気だったのに、今日はもう見るだけでご機嫌だと分かるぐらいに、雰囲気が明るくなっているわよ?」
入口を開けると、何時も通り八日堂朔莉が待ち構えていた。
昨日とは違う僕の様子に困惑しているようだ。だけど、今の僕はそんな事が気にならないぐらいに上機嫌だった。
「おはようございます、朔莉お嬢様! 実は先月から製作していた服が、漸く完成したんです! その出来栄えをお嬢様に見て欲しくて!」
「へえ~、そう言えば何時かの屋上の庭園でのお茶会の時に、エストさんが言っていたっけ。朝陽さんが、小倉朝日さんに贈る為に服を製作しているって。そんなに喜んでいるんじゃ、本当に良い服が出来たのね」
「はい。渾身の出来だと自信を持って言えます」
「其処まで言うんじゃ本当に良い服が出来たのね。見てみたいけれど、先にエストさんが約束しているようだし、またの機会にさせて貰うわ」
「機会があれば、朔莉お嬢様にも服を作って差し上げます」
「ありがとう。その時が来るのを願ってる……うん。身嗜みに問題は無し! 行って良し!」
……何だか八日堂朔莉に身嗜みをチェックされるのも日課になって来ているような?
一度たるんでしまった時に注意されただけに、反論する事が出来ない。う~ん。何だか、このまま彼女に強い言葉が言えなくなるような危機感を感じてしまう。
とは言っても、何度も頼り続けているだけに、反論なんてほんとに言えないし。
何処かでこれまでの借りを返済できるような切っ掛けが来ないかなと思いながら、僕はエレベーターに乗って65階のエストの部屋に向かった。
「いい! この服! とても良い!」
「良いですか! 私も良い出来だと思っています! 良いですよね! 良い!」
服飾生としてあるまじき語彙の貧しさで、僕達はハンガーにかけた小倉さんへのプレゼントの服の前で誉め称えていた。
「これが朝陽が製作した服なんだよね」
「はい、私が丹精と真心を込め製作した服です」
「製作しているところを見ていた時から、凄く良い服になると思っていたけれど。こうして完成した服を見ると、本当に良い服だと思う。私、コレクション系の衣装しか製作して来なかったけれど、誰かに贈る普段着られるような服を作るのも良いものなんだね……もしかしたら……」
「お嬢様?」
急に何かを思い悩むような顔をエストはした。
この顔……数か月、一緒に過ごしているが、此処まで深く悩んだ顔をするエストを見たのは、初めてだ。いや、近しい顔なら見た気がする。
そう。僕がエストに何故本当のデザインを学院で見せないのかと、質問した時に見せる思い悩む表情に近い。でも、今見せている顔は、その時よりもより深刻そうな……。
「あっ! ごめんなさい! せっかく頑張って朝陽が作った服の前だったのに」
「い、いえ、それは構いません」
しまった。もしかしたら今だったら朝陽として、エストが何故本来のデザインを学院で描かないのか聞けるチャンスだったかも知れない。
千載一遇の機会を逃してしまった事に、悔しさを感じながら朝食の準備に取り掛かる。
……服の方はもう暫くハンガーにかけておこう。もう一度チャンスが来るかも知れないから。
だけど、僕の願いは空しくも叶わなかった。朝食を食べるエストは、何時も通り美味しそうに食べるだけで、先ほど見せた隙のようなものはもう見えなかった。
「うーん! 美味しいぃぃ!! やっぱり、朝陽のご飯は美味しいね!」
「喜んで貰えて大変嬉しいです」
食べる量は気になるけど、嬉しそうに食べて貰えるのは素直に嬉しい。
だからと言って、手掴みで食べようとするのは見過ごせない。ペシっとエストの手を叩く。
「うぅ、痛い」
「朝の朝食は一日の資本になるので、食べないでとは言いませんが、手掴みは駄目です」
「は、はい……そう言えば今日で三日目だね」
「何がでしょうか?」
「小倉さんがジャス子さんの衣装を制作するのが決まってからだよ」
どうやら、エストも小倉さんの事は気にかけていたようだ。
まあ、あの状況だと小倉さんはエストとジャスティーヌ嬢の争いに巻き込まれたような形だから、気に掛けるのは無理もない。
「今日辺りでモデルを決めないと、今後の製作に影響が出てしまうよね。新しいモデルの人、決まったのかな?」
さて、どうしたものだろうか?
僕は昨日小倉さんに会えたおかげで、クワルツ賞のモデル候補がルミねえとアトレの二人に決まった事を知っている。
エストが小倉さんを巻き込んでしまった事を気に病んでいるのも分かっている。だけど、エストはクワルツ賞の件には部外者だ。僕が小倉さんに教えて貰えたのは、衣装のモデル候補の中に、ルミねえがいたからだ。
幾らエストの従者とはいえ、他の誰かのプライベートに関わる事を軽はずみに言ってはならない。なので、此処は……。
「エストお嬢様。実は、昨日の夜に別れた後で、私は小倉お嬢様に会いました」
「えっ? 小倉さん、昨日此処に来ていたの!?」
「はい。どうやら桜小路のお嬢様にお会いになられていたようです」
「アトレさんに……だから、昨日、アトレさん、屋上の庭園に来なかったんだ」
アトレが来なかったのをとても残念がっていたからね。まあ、それはエストだけじゃなくてルミねえや八日堂朔莉もだけど。
「昨日の様子ですと、今日もこのマンションに来そうでした」
「このマンションに……もしかしてモデルになる人が、このマンションにいるのかなあ?」
正解。でも、そのモデル候補の中にアトレがいるとは思っていないようだ。
実際、僕とアトレだと容姿がかなり違うし、何よりもアトレとは身長差がある。クワルツ賞の製作期間は、約一ヵ月。その短い期間で製作しなければならない。だから、大抵の人はデザインを描く時点でモデルを決める。
ジャスティーヌ嬢のように気まぐれで、応募するような人は本当に稀だ。しかも、一次審査を通過した後に、肝心のモデル(僕)が出られないとなったんだから。
そんな状況になったとすれば、普通は元々のモデルに近い容姿や体形をした人を新しいモデルに選ぶ。
でも、小倉さんはアトレをモデルの候補に選んだ。それがどれだけ大変な事なのかは、服飾を学んでいる僕には良く分かる。もしも、小倉さんがアトレじゃなくてルミねえをモデルに選んでも、僕はそれを受け入れるつもりだ。
……文化祭の時に製作する、ルミねえの衣装の難易度が上がってしまうけれど。
「ああ、だから、朝陽は服を今日までに完成させたんだね」
「ええ。これからクワルツ賞の衣装を製作しないといけない小倉お嬢様には、余り時間的余裕は無いと思いましたので、急いで完成させました」
序でに言えば、お母様から僕が製作した服を着た小倉さんの写真を撮ってくれとも頼まれているし……あれ?
「あ、朝陽。どうしたの? 何だか急に冷や汗が流れ出して来ているよ? 大丈夫?」
心配そうにエストは僕に声をかけてくれたが、僕には答える余裕がない。
ああああっ! 何でこんな大変な事を忘れていたんだろうか! そうだよ! 僕はお母様に頼まれて、小倉さんの写真を撮らないといけないじゃないか!?
先月、沢山の写真を撮って疲れ切っていた小倉さんに写真を撮らせてくれと頼む。普通に考えれば、嫌がられてしまいそうだ。うぅ、お母様の頼みとは言え、写真を撮るのは止めた方が……いや、今更やっぱり写真は無理でしたなんて返事を送ったら、お母様のお怒りに触れてしまいそうだ。
デザインの審査結果のメールの時も、かなり楽しみにしていたから。ど、どうしよう。
「ほ、本当にどうしたの、朝陽?」
「い、いえ……その……」
「悩みが出来たんだったら教えて。力に成れるか分からないけれど」
「……で、では、エストお嬢様にお聞きします」
「うん。何かな」
頼りにされた事に笑顔を浮かべているエストに、僕は意を決して質問する。
「……写真を撮られるのが苦手な方に、写真を撮らせて欲しいと頼める方法はご存じですか?」
「早く食べないと学院に遅れてしまうから、食事の続きをしようか」
side遊星
緊張感を感じてしまう。
一口、一口、運ばれるたびに思わず息を呑んでしまいそうな緊張感を僕は感じる。
「お、お味の方は、い、いかがでしょうか、お父様?」
「悪くはないが、この俺が求める味には程遠い。先月も言ったが、俺は本来は泥臭い味を好む。来月は更に濃い味のものを出せ。無論俺の年齢を考慮に入れたものだ」
「か、かしこまりました!」
「……何で朝一番から、こんなやり取りを妹は目の前で見ているんですかね?」
うぅ、まだお父様が求めている味には遠いみたいだ。
朝も早い時間帯に、お父様は訪ねてこられた。今日で、お父様はまた外国に戻らなければならない。
その前にクワルツ賞のモデルの件を確認に来られたのだ。ルミネさんをモデルにするなら、お父様のお力は大変心強いのでとても嬉しい。
「例の『ぱるぱるしるばー』の方は、日本にいる部下に任せる手筈は整えておいた。最早、学院の特別編成クラスの者達がおいそれと手を出す事は無いだろう」
「ありがとうございます、お優しいお父様!」
「……まあ、私もこの件に関しては感謝しています。ルミネさんが卒業したら辞めるつもりとはいえ、私はフィリア学院の理事長ですから」
「ラフォーレには伝えたのか?」
「昨日の内にパリの会社の方に連絡しました。電話越しでしたが、かなり慌てていたようでしたよ」
やっぱりラフォーレさんにとっても、今回の件は予想外だったようだ。
「実際、この俺がフィリア学院の学院長を務めていた頃に、柳ヶ瀬に行なわれていた事が成功でもされていれば、学院長としての能力を疑われた程の事態だ。学生のお遊びで済ませられる問題では無い」
お父様の言う通りだ。パル子さんとマルキューさんは、映画の衣装の制作依頼を邪魔されただけだったようだが、湊は実家の柳ヶ瀬運輸まで手を伸ばされたそうだから。
そしてカリンさんが件の上級生の会話を盗み聞きしたところ、今回の映画の衣装製作依頼が『ぱるぱるしるばー』に来たのは、マルキューさんが身体を差し出したからだと同級生や下級生に言い触らしていたそうだ。
聞いた時は、言葉を失った。だって、余りにも酷い風評を流している。
一般クラスとの接点がない特別編成クラスの人達では、その言葉を信じてしまうだろう。
「この件に関しては他の役員達も重く見ています。幾らお嬢様達が通う特別編成クラスだからといったって、やって良い事と悪い事がありますからね。第一、学院の評判にも影響が出ますし」
「うん。流石にね」
学院の経営者なだけに、りそなが見逃せないのも分かる。
「クククッ、問題はあるまい。この俺が『ぱるぱるしるばー』のスポンサーになっていることを知れば、相手は逃げ出すだろうからな」
「まあ、確かにそうですね。上の兄に挑む勇気があるのなら、そもそも今回みたいな嫌がらせはしないでしょう」
「……」
複雑な気持ちは少しはあるけれど、今回は相手側の方が場外乱闘を仕掛けてきた。
なので、何も言う気にはなれない。ただ、どうしてこんなことを? とは思ってしまう。
パル子さんとマルキューさんが、フィリア学院に入学したのは学ぶ為だ。決して特別編成クラスの人達と争う為じゃない。誰かの邪魔をしたって、何かを学べる訳では無い。
夢を見る権利は誰にだってある。それを奪うことは出来ない。傷つけられて、傷つけて……その先に待っているのは、きっと皆が笑う事が出来ない未来だ。
「遊星。今回の件をお前が気に病む事はない。手を出してきたのは、相手だ。お前は調査員として危機感を感じ、りそなにその事を報告し、この俺が動いた。無論、この俺が動くだけの才能を銀条という小娘が魅せたからこその結果だ」
「下の兄が気に病む事はありませんよ」
「……うん。ありがとう、りそな。それにお父様も、ありがとうございます」
二人の気遣いが嬉しい。
「この話は此処までだ。後は学院の理事長であるりそなに任せろ。今はそれよりも、お前の今月の課題であるクワルツ賞の件に関してだ。やはりモデルはルミネ殿以外に見つからなかったのか?」
「その事に関してですが……」
一晩考えた。ルミネさんとアトレさん。
この二人のどちらにクワルツ賞のモデルを依頼するか。一晩悩んだ末に僕が選んだのは……。
クワルツ賞のモデルは、アトレさんにしよう。
本当に、モデルをルミネさんとアトレさんのどちらにしようかは悩まされた。
ルミネさんにすれば、元々のデザインのイメージを反映させて衣装を製作出来て、製作時間を短縮する事が出来る。その代わりお爺様の問題とかがあるから、お父様とりそなの協力は必要だけれど。
アトレさんの方は、大きくデザインのイメージを変えて製作しないといけないから、製作時間ギリギリまで頑張らないといけない。此方に関しては僕とカトリーヌさんの苦労が増える。
そして、悩み抜いた末に僕はアトレさんを選んだ。
「モデルはルミネさんではなく、アトレさんにしようと思います」
「アトレだと?」
「……はあっ!? 下の兄! それがどういう事か分かって言っているんですか!? いや、アトレを選んだのも驚きですけど、アトレとあの甘ったれじゃ全然体形や背も違うんですよ!」
「うん。勿論、それは分かっているよ。それでも、僕はアトレさんをモデルに選んだんだよ、りそな」
「……お前の事だ。自棄を起こしたという事はあるまいが、何故アトレをモデルに選んだ?」
「その理由はお話しします、お父様。僕がアトレさんを選んだ理由は、新しい門出の始まりになって欲しいと思ったからです」
「……続けろ」
才華様と同じようにお父様はアトレさんを大切に想っている。僕の意見は聞く価値があると思ってくれたようだ。
「アトレさんは、才華様と同じように変わろうと努力しています。それでもやっぱり、幼い頃から思っていた考えからは完全に解き放たれていないと思うんです」
「まあ、そうでしょうね。何せ3つの頃からの考えですから。妹が下の兄を想うようになる前からの考えなんですから、そう簡単には変えられないでしょう。下の兄と一緒に京都から帰って来た時の様子だと、本人も変わろうとしているのは間違いないようでしたが」
「うん。だから、クワルツ賞のモデルとして参加すれば、アトレさんの鎖はもっと解れると思ったんだよ」
「……確かにアトレは才華を優先する余り、常に陰にいるようにしていた。モデルのような華やかな舞台に立つのは、無意識の内に控えていたのだろう……なるほど、お前がアトレをモデルに選んだ理由は分かった。だが、アトレは了承しているのか?」
「昨日、桜の園に行った時に確認しました。アトレさんは良いそうです。ジャスティーヌさんにも確認しましたが、此方もデザインのイメージを大きく変えても問題ないそうです。後は……僕の実力次第です」
ジャスティーヌさんのデザインは、応募期間を過ぎていても選ばれた時点で認められている。
クワルツ賞の審査員の方々は、きっとそのデザインにあったモデルが出て来ると思っているに違いない。だけど、出て来るのが元々のデザインのイメージと大きく違う人。アトレさんが出て来たとなれば、審査員の方々の目は厳しくなる。
パタンナーである僕の実力が試される。なら、望むところだ。
「……アトレも了承しているならば、俺が何も言う事はあるまい。だが、遊星。俺は課題の内容を変えるつもりはない。最優秀賞という結果を出せなければ、お前をフィリア学院から退学させる。それが分かっていても、尚、モデルはアトレで良いのだな?」
「もう決めました。クワルツ賞のモデルは、アトレさんで行きます」
「……あ~、何だか複雑な気持ちはありますが、下の兄が決めたのなら、もう何も言いません。妹が出来るのは応援だけです。それと衣装に使う布と糸が正式に決まったら教えて下さいね。大蔵家総裁の力を使って、すぐに準備しますから」
「ありがとう、りそな」
先ずは仮縫いからだけど、本格的に製作するのに準備が整っているだけで安心出来る。
ルナ様もクワルツ賞の衣装を製作する時は、工場に直接依頼したりしていたしね。
「お前が作る衣装を楽しみにしているぞ、遊星」
「はい! お父様!」
今の言葉を頂けただけで、心の奥から勇気が湧き上がってきます、お父様。
「そろそろ学院に行く時間だ。お前は調査員の立場だが、学院に通っている学生だ。その事を忘れるな」
「分かっています。それじゃ、りそな。僕は先に行くね」
「気を付けて行ってきてくださいね。それと妹は今日も遅くなりそうですから、夕食は昨日と同じように先に取ってくれて構いません」
……ちょっと残念かな。昨日のように、アトレさんや九千代さん、それにカリンさんと一緒に夕食を作るのは楽しかったけれど、やっぱりりそなに食事を作るのも好きだから。
「あっ、でもですよ。桜の園に泊まるのは許可しませんからね」
「元々、そのつもりはないから安心してよ」
もしも桜の園に泊まるとしたら、アトレさんの部屋になってしまう。
そうなったら、僕の性別がバレてしまう可能性が高い。才華様だけじゃなくて僕の正体もバレる訳には行かないんだから。
どんなに製作のせいで夜遅くなっても、必ず家に帰るようにしよう。
と言うわけで、クアルツ賞のモデルはアトレに決定しました。
これによって残る遊星のヒロインは二人となりました。
才華は三人。果たして最初のヒロインは誰になるのか。お楽しみ下さい。