月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~ 作:ヘソカン
烏瑠様、エーテルはりねずみ様、秋ウサギ様、笹ノ葉様、百面相様、えりのる様、一般通過一般人様、誤字報告ありがとうございました!
side才華
「聞いた? 昨日会った先輩。急に学院を転校する事になったそうよ?」
「えっ? それ本当?」
「二時限目ぐらいに、先輩のお父様がやって来て理事長に転校する旨を伝えたそうなの。食堂で他の先輩方が話していたから、おそらく間違いない」
「ガッカリ。優しい先輩だったのに」
そんな話を昼の休憩時間が終わる頃に、教室内で交わされていた。
昨日教えて貰った八日堂朔莉の情報から考えて、彼女達が件のパル子さん達の映画の衣装の件を話していた人達と見て間違いない。
隣に座っているエストに気づかれないように注意しながら、横目で彼女達を確認する。
……非常に残念な事に、僕と好意的な関係を結んでいる人達の姿もあった。その中には……梅宮伊瀬也の姿もあった。
「優しい先輩だったから残念だなあ。でも、家の事情だから仕方がないよね」
何せ、伯父様がスポンサーを務めることになった『ぱるぱるしるばー』に手を出したからね。
しかもフィリア学院の理事長を務めるのは、その伯父様が秘書をしている総裁殿だから逃げ出すのは仕方がない。でも、思ったよりも行動が早かった。
てっきり、映画が完成するまではパル子さん達の衣装が使われる事は隠されていると思っていたから。
もしかしたら映画会社の方から件のスポンサー会社の方に話が行ったのかもしれない。この手の事は、時間を置けば置くほど危なそうだから。とは言っても、既に伯父様と総裁殿が動き出しているとなれば手遅れだ。
今後、特別編成クラスの上級生が一般クラスの生徒達に手を出す頻度は少なくなるに違いない。
このことに関しては安堵している。もしかしたら上級生に下級生の誰かが、実行部隊として使われてしまうかも知れないからだ。
家の繋がりもあるだろうけど、女性同士の縦社会の怖さもある。現に入学式の次の日にこの教室に訪れたピアノ科の先輩方が、服飾部門の先輩の件を出された時に梅宮伊瀬也を含めた誰もが怯んだ。このクラスの中で上級生からの要求を真っ向から跳ね除けられるのは、小倉さんとジャスティーヌ嬢ぐらいだ。僕の主人であるエストも、日本に親しい家や知り合いがいないから大丈夫かも知れないが、日本に知り合いがいない分、影響力は低い。
……いや、ルミねえの知り合いだと言えば別かもしれないけれど、個人的にそれはして貰いたくない。ますますルミねえの評判が悪くなってしまうかも知れないから。
とは言え、今年は大丈夫かも知れないけれど、もしかしたら、来年からまた同じことが起きる可能性はあると思う。既にそういうシステムが学院内に出来てしまっているんだから、理事長である総裁殿の力でも簡単には直せない。
何よりもこのシステムを造り上げた総学院長であるラフォーレ氏が、今回の件をどう判断するかだ。
彼は確かに特別編成クラスと一般クラスとの間で対立を煽ったが、伯父様の話では競争心を高める為だと言う事だ。今回の件は彼の予想通りなのか、それとも予想外だったのか。一体どちらなのだろうか?
……今月も彼はやって来る。その時に分かるに違いない。
「うぅ……やっぱりE評価」
そして僕の主人はと言うと、相変わらず学院では全く実力を発揮せずに、全然ダメなデザインの評価を見ながら隣で嘆いていた。
そんなに嘆くんだったら、本来のデザインを描けば良いのに。幾ら特別編成クラスだとは言え、成績だって大切なんだから。でも、今だけは嘆いて構わないと少し思う。
嘆いているおかげで、エストが梅宮伊瀬也達の会話に気がついていない。パル子さん達に起きた裏事情をエストは知らないが、それを話されたと思わしき梅宮伊瀬也達の会話から気がつく恐れがあるから。
それにしても……どうやって小倉さんに写真を撮らせて貰うように頼んだら良いんだ!?
「……」
黙々と今日習った事を自分の机で予習している小倉さんを、チラリと見る。
相変わらず凄い集中力だ。見ているだけで、必死になって勉強しているのが分かってしまう。本当に学院に居る時の小倉さんは、一分一秒も学ぶ時間を無駄にしないようだ。
……その隣に座っているカリンが、険しい瞳を梅宮伊瀬也達に向けているのは置いておこう。
改めて小倉さんに目を向け……うん? 良く見てみると、ノートに書いているのは……もしかして型紙?
と言う事は、クワルツ賞のモデルが決まったのかな? アトレとルミねえの二人が候補のようだけど、果たしてどちらを小倉さんは選んだのか。非常に気になるけれど、教室内で聞く事は出来ない。
いや、其方も大事だけど、僕にとって今、何よりも重要なのはどうやって小倉さんに写真を撮らせて貰うように頼むかだ。いっそのこと写真は無理でしたとお母様にメールを送ってみようか?
……無理だ。どういう訳か分からないが、お母様は写真をかなり望んでいる。メールで、『必ず写真を送れ』とわざわざ伝えて来るほどだ。もしも小倉さんの写真を送らなかったら、催促してくるに違いない。
つまり、僕には逃げ道がない。この件に関して、僕の主人であるエストは全く頼りにならないことは今朝の一件で明らかだ。かと言って、流石にこの件まで八日堂朔莉に相談出来る訳が無い。
僕自身で何とかしないといけないんだけど……此処は、やはり無難に服を渡した時に頼むのが一番だろうか?
『小倉さん! どうかこの服を受け取って下さい! これまでのお詫びになるか分かりませんが、僕が作った服です! 後これからは様付けじゃなくて、アトレと同じようにさん付けで呼んで下さい!』
『わあ~! ありがとうございます! 才華さん!』
おおっ! 良い感じだ! 後はこの後で……。
『それと記念に写真を撮らせて貰って構いませんか?』
『えっ? ……しゃ、写真ですか……そ、それはご遠慮しても良いでしょうか?』
……そうなるよね。
九千代からの話だと、本当に小倉さんは写真を撮られるのが苦手らしい。先月京都から一緒に帰って来た時(凄く羨ましい)の小倉さんは、疲弊し切っていたというので、本当に苦手なのだろう。
それに服を渡した時に写真を撮らせてなんて言ったら、写真目当てで服を製作したんじゃないかと疑われてしまうかも知れない。それは心の底から嫌だ。
あくまであの服は、小倉さんへのこれまでしてしまった事へのお詫びの気持ちと、僕の製作した服を着て貰いたいという気持ちで作った服だ。写真を撮るなんて、お母様に言われるまで考えてもいなかった。
……本当にどうしたら良いのか。何とかごく自然に……そう。誰かが記念にと思って写真を……撮るような……事が……うん? 誰かが写真を撮る?
……そうだ! これなら! 素早く携帯を取り出す。
急がないと行けない。そろそろ午後の授業が始まる時間だ。紅葉が来る前に、送らないと!
「皆! 午後の授業を始めるよ! 席に着いてね!」
間に合った! 後は返事を待つしかない。
どうか旨く行ってくれと願いながら、僕も授業の準備を急ぐ。勉強も頑張らないといけないから、うん。
side遊星
一日の授業が終わった後、僕とカリンさんは昨日と同じように桜の園に向かっていた。
それにしても驚いた。りそなからメールで、件のパル子さんの映画の衣装の依頼を邪魔した上級生が、本日を以て自主退学したと送られてきた。表向きは家庭の事情で転校という事になっているが、間違いなくパル子さん達の一件が理由だ。
お父様の話では、パル子さんとマルキューさんが映画の衣装を完成させるまで黙っておくという話だったけど、どうやら映画会社の方から連絡が届いて、慌てて今日その映画会社の社長がりそなに頭を下げに来たそうだ。
下手をしなくても、今回の件が外部に漏れたら学院の評判に傷がつく。ルミネさんが卒業したら辞めるつもりでも、まだりそなはフィリア学院の理事長で経営者だ。
事が露見しなければともかく、今回の一件にお父様が関わっていると知った件のスポンサーは、りそなにも話が行くと考えたに違いない。個人的に複雑な気持ちはやっぱりあるけど、パル子さん達は裏の事情を知らないし、これ以上事を荒立てたりしたら、ますます特別編成クラスと一般クラスの対立を招きかねない。
この件はりそなと、近日中に帰国するラフォーレさんに一先ずは預けよう。ラフォーレさんも、今回のような一件は望んでいないに違いないから。
「こんばんは、八十島さん」
エントランスに来ると、昨日と同じように八十島さんがいたので挨拶した。
「こんばんは、小倉お嬢様。本日もアトレお嬢様のお部屋に?」
「はい。クワルツ賞のモデルの件で」
「と言う事は……もしかしてアトレお嬢様をモデルに!?」
驚く八十島さんに僕は無言で頷いた。
「これは嬉しい報告です! あのアトレお嬢様がクワルツ賞のような大きなコンクールに参加なされるなんて!」
八十島さんは、アトレさんが産まれる前から桜小路家に仕えている人だ。
だから、アメリカに行く前に桜屋敷で過ごしていた頃のアトレさんを、八十島さんを始めとしたメイドの方々は娘のように想っていたそうだ。昨日会った鍋島さんや百武さんもだ。
そんなアトレさんが輝かしい舞台に立てる事を、八十島さんは心から喜んでいた。
「本当ならすぐにでも旦那様や奥様にお伝えしたいところですが……」
「……すみません。私がフィリア学院に通っている事は、まだ知られる訳にはいきませんから」
「ですね」
下手に話がアメリカにいる、ルナ様や桜小路遊星様に知られてしまうのは危険だ。
特にルナ様は怪しんでいるようだし。コレクション時期だから、日本に注意を向けられないけど、時期がズレていたら瑞穂さんに頼む以外に何かして来たかも知れない。
鍋島さんと百武さんには、昨日の内にある程度の事情は話しておいた。もしかしたら、桜屋敷でのメイドの先輩方に頼むかも知れないからだ。
……二人に話した時は、『やっぱり親子だ』と言うような視線を向けられて、凄く辛かった。うん、本当に親子揃って何しているんだろうか? 才華様は僕の子じゃないが、同じように女装してフィリア学院に通っているから何も言えないよ。
「それでは私とカリンさんは行きますね」
「小倉お嬢様。これから製作で大変でしょうが、どうか頑張って下さい。アトレお嬢様が輝かれる姿を、私も楽しみにしています」
僕もその瞬間を見たいです、八十島さん。必ずアトレさんが輝ける衣装を製作してみせます。
エレベーターに乗り、桜の園の最上階にあるアトレさんの部屋へと向かう。
インターホンを押す前に、一度深呼吸をした。思えば、僕が誰かにモデルを依頼するのはこれが初めてだ。
ルナ様のクワルツ賞の時は、既にルナ様が瑞穂さんにモデルを依頼していたし。今更ながら少し緊張を感じながら、僕はインターホンを押す。
「お待ちしていました、小倉お姉様!」
……昨日と同じように押すと同時に部屋の扉が開いて、アトレさんが出て来た。
やっぱり、扉の前で待っていたのだろうか? 気になるけれど、今はそれよりもモデルの件を話さないといけない。
案内されて部屋の中に入ると、九千代さんがお茶の用意をしていた。
「こんばんは、九千代さん!」
「あっ! はいっ! こんばんは! 小倉お嬢様!」
あれ? 何だか僕の顔を見たら、急に慌て出したような気が?
「立ったままではなんなので、とりあえずお座りください、小倉お姉様」
「そ、そうですね」
アトレさんに促されて僕とカリンさんは、用意されていた座布団に座った。
その対面にアトレさんと九千代さんは座った。……九千代さんの様子に可笑しなところは無い。やっぱり、僕の気のせいだったようだ。
「それで本日のご用は?」
「はい……改めてお願いさせて頂きます。アトレさん。どうか、私が製作する予定のクワルツ賞の衣装のモデルになって頂けませんか?」
「ほ、ほほほほほっ! 本当に!? わ、私で良いんですか!?」
「一晩悩みましたが、私はアトレさんに製作する予定の衣装を着て貰いたいと思いました」
「ああああっ! い、今にも天に昇りそうな程に心が震えています! わ、私のような者が、こ、小倉お姉様のせ、製作した衣装を!」
「アトレさん。とりあえず、落ち着きましょう」
興奮して身体まで震わせているアトレさんを落ち着かせた。
「このような大役を任される事は大変恐縮ですが、ルミネ様の代わりを務めさせて頂きます」
「それは違います、アトレさん」
「えっ? 違うと仰いますと?」
昨日、ルミネさんがモデル候補に挙がっていると説明してしまったので、どうやらアトレさんは勘違いしているようだ。
「私がアトレさんの衣装を製作したいと思った事に、ルミネさんは関係ありません。確かにルミネさんはモデルの候補に挙がっていました。そのルミネさんに才華様が文化祭で衣装を製作しようとしているお話もお聞きしましたが、それとアトレさんをモデルに選んだ理由とは関係ありません」
「では……何故私をモデルに選んだのですか?」
「この衣装を着たアトレさんを見たい。誰かに見て貰いたいと思えたから、私はアトレさんを選びました。それと……出来れば記念になって貰えないかなとも思ったんです。新しい自分を始めようとしているアトレさんの」
もしかしたら大きなお世話だと思われかねないけど、これが僕の本心だ。
クワルツ賞の審査は、フィリア・クリスマス・コレクションのように大勢の観客がいる訳じゃないけど、結果次第ではフィリア・クリスマス・コレクション以上に大勢の人に姿を見て貰える。
僕の勝手な気持ちなのかもしれないが、それでも新しい自分を始めようとしているアトレさんの門出になって欲しい。
「……ふぇっ」
急にアトレさんの瞳から涙が零れた。
「あああっ! アトレさん!? や、やっぱり失礼な考えでしたか!?」
「い、いいえ! う、嬉しくて! ほ、本当に嬉しいんです!」
「は、はい! この山吹九千代! 心から小倉お嬢様のお言葉に感動しています!」
「えっ? か、感動ですか?」
「は、はい……私も九千代と同じように、感動と嬉しさで涙が出てしまい……驚かせてすみませんでした……改めて私からも言わせて頂きます。クワルツ賞のモデルの件。どうか宜しくお願いします」
「此方こそ。一緒に頑張りましょう」
「はい! 小倉お姉様!」
僕とアトレさんは手を握り合った。
「うぅ……若……正直今の話を聞いた後だと……凄く罪悪感が」
何だか九千代さんが凄く悩んだ顔をしている。どうしたんだろうか?
気になるけど、今はやらないといけない事がある。ジャスティーヌさんにアトレさんをモデルにする事を、報告しないと。
「ふぅ~ん。その子を選んだんだ」
「よ、宜しくお願いします、ジャスティーヌさん!」
「うん。宜しく」
アトレさんと九千代さんを伴って、僕達はジャスティーヌさんの部屋がある11階にやって来た。
モデルにアトレさんを選んだことを報告すると、ジャスティーヌさんはアトレさんの全身を確かめるように眺めている。
「……かなり大変だよ。この子をモデルにするとしたら」
「分かっています。それでも私はアトレさんにモデルになって貰いたいと思いました。クワルツ賞のモデルはアトレさんで行きます」
「まあ、このデザインはもう黒い子に任せたものだから、私は別に良いよ。賞にも興味はないし。それに……寧ろこっちの方が私にとっては良いかも。黒い子の実力がハッキリと分かるし」
「ご期待に応えられるか分かりませんが、精一杯やらせて頂きます」
「じゃあ、先ずは測定だね。カトリーヌ、メジャーを持って来て」
えっ?
「はっ!? そ、そう言えばそうでした! こ、九千代! 最近私のサイズを測ったのは、何時だったでしょうか?」
「え~と、最近ですと……日本に帰って来てからは測った覚えがありません」
「じゃあ、尚更正確な計測が必要だね。はい、黒い子」
呆然と固まっていた僕の手に、ジャスティーヌさんがメジャーを乗せた。
……つまり……僕に測れと言う事だろうか? いや、メジャーを渡されたんだからそうに違いないんだけど。
「こ、小倉お姉様に下着姿を見られて、しかもサイズを測られる!? い、いえ、以前一緒に露天風呂に入った仲ではありますが、さ、最近はお菓子の味見の為に良く食べていて、ウエストに不安が!?」
「アトレお嬢様! 落ち着いて下さい!」
何だかアトレさんが慌てているけど、僕の正体はバレていない筈だよね?
「良いから早く脱ぎなよ。言っておくけど、本当に時間が無いんだからね」
「……そ、そうですね。これも小倉お姉様の為! アトレは脱ぎます!」
決意を固めるように叫ぶと、アトレさんは着ていた服を脱いで下着姿になった。
……もう、これって今からカトリーヌさんやカリンさんに頼めないよね。僕が測る流れになっているよ。
これは必要な事。必要な事。
「んっ、くっ……」
恥ずかしいのか鼻から熱い息を漏らしていた。でも、今の僕はアトレさんに女性だと思われている筈だよね?
女性に測って貰えると思っている筈なのに、何で恥ずかしがっているのだろうか? 僕の正体がバレているとは思えないし。もしもバレていたら、ジャスティーヌさんの提案を拒否しているだろうから。
「ほら、黒い子も急ぎなよ。部屋の温度は大丈夫だけど、何時までも下着姿のままでいたら可哀そうだから」
「わ、分かりました。アトレさん。ちょっと失礼します」
「ああ、小倉お姉様に肌を触られている!? こ、こんなことになるならもっと良い下着で!」
「ウエスト55、と」
カトリーヌさんが用意してくれた測定表に測ったサイズを記入していく。
顔が真っ赤になっているアトレさんと違い、僕は冷静なまま測っていく。正直に言えば、僕自身は医者に近い心情と言うか、特になんとも思っていない。以前フィリア女学院で授業の為に、瑞穂さんのサイズを測った時があったけれど、その時も同じ心境だった。
……男としてどうかなとは思わなくはないけど、今はそんな事を言ってはいられない。申し訳ない気持ちと罪悪感は確かにあるが、今はそれを抑え込んで無心にサイズを測っていく。
「うぅぅっ……恥ずかしがっている自分に疑問が……アメリカに居た時に、お父様に測って貰ってもなんとも思わなかったのに……同じ女性であるはずの小倉お姉様に測って貰うと恥ずかしさを感じるのでしょうか? ……味見の為とは言え、甘い物ばかりに触れていることにも……今日も授業で作ったスイーツを食べましたし……パティシェ科に入っていることに、初めて恨めしさを感じます……うう……」
「次はヒップを測りますので、真っ直ぐ立って下さい」
「下半身!」
僕の手がアトレさんのお尻を一周すると、彼女は今までよりも、その顔を更に赤くした。
「……っ!」
目に見えて腿や膝が力んでいる。
アトレさんはスタイル的には問題ないと思う。少なくとも、同い年だったルナ様よりも発育が良い。
……何故か僕の脳裏にアメリカに居る、ルナ様と、僕の主人だったルナ様の二人が不機嫌さに満ちた目をしながら睨んでくる姿が浮かんだ。
申し訳ありません、二人のルナ様。ですが、お二人はとても美しいと思います。
「ヒップ80」
「あああ、私のサイズが次々と小倉お姉様に知られていく! もうこうなったら責任を取って貰って……フランスでは同性愛も認められていますし……うぅ……伯父様と総裁殿とは喧嘩中でした……」
何だか危険な発言が聞こえてくる。責任って、何の責任なのだろうか?
いや、僕の性別がバレたら、間違いなく社会的な責任を取らないといけないかもしれないから間違っていないかもしれないが。
今はそれよりも、このままだと恥ずかしさでアトレさんが気絶しかねない。早急に終わらせよう。
「アトレさん。ぱぱっとやってしまいますから、そのままでいてください」
「えっ?」
時間をかけたらいけないと思い、猛スピードでアトレさんの腿まわり、股下、股上、その他、着丈、裄丈、全て測っていった。
「うわっ、早いね。黒い子」
「慣れていますから……アトレさん。終わりましたから、服を着ても大丈夫ですよ」
因みに急いでやったので、気を遣う事は一切出来なかった。腿にも触れたし、へそにも触れた。
「あああっ! あんなに触れられてしまうなんて!?」
「アトレお嬢様! お、落ち着いて下さい。さあ、服を着ましょう」
「難儀ですね……この件も報告しないといけないのでしょうか?」
アトレさんには悪い事をしたかも知れないけど、これで正確なサイズが分かった。
「これで始められますね」
「始めるのは良いけど、この部屋で良いの?」
「ええと、明日からは放課後に学院で作業をやるつもりです。今日のところはもう学院が終わっていますので……駄目でしょうか?」
「別段私は構わないんだけど、この部屋って作業をやるには狭いんだよね。ペットのハリネズミもいるから毛が付いたら困るし」
「あっ、そ、それでしたら私の部屋はいかがでしょうか?」
服を着直したアトレさんに声を掛けられた。
まだ、ちょっと顔が赤い。あんまり人にサイズを測って貰うのに慣れてないのかな? でも、桜小路遊星様に測って貰ったとは言っていたし。
一体どうしたんだろうか? 疑問に思うけど、今はそれよりも、アトレさんの発言が重要だ。
ジャスティーヌさんも疑問に思ったのか、アトレさんに質問する。
「貴女の部屋?」
「はい。私の部屋は広いので作業をする分には申し分ないと思います。流石にアトリエのように色々な服飾道具が揃っている訳ではありませんが、広い場所だけは提供出来ます」
「広い場所があるだけでも助かるね。うん。今日はともかく、明日からは使わせて貰うね。黒い子も良いよね?」
「私も広い場所を借りられるのなら、それは助かります」
元々の約束で、作業は出来るだけジャスティーヌさんの前ですることになっている。
広い場所で出来るなら、それはそれで助かるのでアトレさんの提案は嬉しい。……なし崩し的にそのまま泊まってしまうような事態は回避しないとね、うん。
「それじゃあ先ずは型紙だね。これが一番楽しみにしているところだから」
「ジャスティーヌさんは、随分と小倉お姉様に期待を寄せておられますのね」
「うん。だって、つまんない型紙授業を聞いているのも、黒い子の型紙が本当に良いものだから。間違いなく、才能があるよ。もし今回のクワルツ賞だったっけ? それで今回の衣装の出来次第では、年末のショーに出すつもりの衣装の型紙を任せるつもりだから」
「えっ? そ、それは小倉お姉様も了承しているんですか!?」
「まだだよ。ただ私がそのつもりなだけ」
出来れば断りたいけど、ジャスティーヌさんは素敵なデザインを描くから興味を惹かれてしまうかも知れない。
「こ、これはお姉さまにとって強力過ぎるライバルが!?」
「ま、不味いですよね、アトレお嬢様! 小倉お嬢様とジャスティーヌお嬢様が手を組んでしまったら、幾ら今のわ、じゃなくて朝陽さんでも!?」
「うぅ、せめて小倉お姉様の協力だけは……」
「何だか慌てているけど、どうしたの?」
「い、いえ! 何でもありませんよ、ジャスティーヌさん! さっ、早く作業を始めて下さい」
「……まあ、いいや。始めよう、黒い子」
「わ、分かりました。それでは先ず型紙を引きますね」
置かれているテーブルの上に、用意して来た製図用紙を広げて僕は作業を開始した。
年末に行なわれるフィリア・クリスマス・コレクションも大切だが、今は何よりもクワルツ賞だ。最優秀賞を取れなければ、僕には来月がない。
アトレさんの新しい門出になって貰う為にも、全力で作業に打ち込もう。
「ああっ……これが作業に打ち込む小倉お姉様の横顔……なんて凛々しいお姿……」
「……若……正直申しまして……頼まれごとは叶えられないかも知れません」
「はぁ~……難儀ですね」
因みに今回退場した上級生ですが、才華と遊星のどちらのパル子ルートでも学院に残ります。
後、ジャスティーヌは本気で朝日を狙い出しています。叔母である真心の人の言葉もありますが、隣に座っているので朝日の型紙の才能を見抜いていますから。
それでは次回も宜しくお願いします。次回は遂に才華のプレゼントが渡される予定です。