月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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遅れてすいませんでした。
次話でクアルツ賞の結果が出ます。果たして朝日は学院に残れるのか?

獅子満月様、秋ウサギ様、烏瑠様、えりのる様、一般通過一般人様、笹ノ葉様、誤字報告ありがとうございました!


六月中旬(遊星side)10

side遊星

 

「……素晴らしい」

 

 放課後、樅山先生の許可を貰って教室でクワルツ賞の衣装の製作を進めていた僕の耳に、聞き覚えのある声が聞こえて来た。

 作業を止めて振り返ってみると、やっぱりラフォーレさんが教室の入口に立っていた。

 

「……これが君の作品。なんと素晴らしい」

 

 日本語ではなく、彼が活動しているフランス語を口に出している。

 どうやら相当興奮しているようだ。だから、僕もフランス語を口にする。

 

「こんにちはラフォーレさん。一ヵ月ぶりですね」

 

「その通りだね。今月は戻って来るのが遅れてすまなかった」

 

「コレクション時期が近づいていますから、仕方がない事です。寧ろパリでブランドの経営を為されながらも、こうして毎月日本に戻って来られているラフォーレさんを尊敬します」

 

「君ほどの才能を持つ者に、そう言われるのはとても喜ばしい……実を言えば少々気落ちしてしまう出来事があったので落ち込んでいたが」

 

 パル子さんの一件か。でも、表情に出すわけにはいかない。

 ラフォーレさんは調査員の存在は知っていても、それが僕とカリンさんだとは知らないんだから。

 

「今日は此処に来てよかった。久々に心が震える作品を見ることが出来たのだから」

 

 お父様と憧れの人であるジャンと、同じ場所に立っているラフォーレさんから褒められるのは心から嬉しさを感じる。

 

「話終わった? 黒い子、進めなよ」

 

「あっ、はい」

 

 作業を見ていたジャスティーヌさんに声を掛けられ、僕は作業に戻った。

 ラフォーレさんと話したい気持ちもあるが、製作に余裕がないのは事実だ。残り半月ほどしか製作期間は残っていない。既に仮縫いの段階は終えて、本格的な製作に入っている。

 

「君は作業を手伝わないのかね、ラグランジェ嬢?」

 

「私が手伝うと、黒い子がイメージしている衣装と違っちゃうもの。はい、これが私がクワルツ賞に出したデザイン」

 

「……なるほど。確かに彼女が製作している衣装とのイメージが違っている。元々のモデルに考えていた相手に何かあったのかい?」

 

 流石はラフォーレさんだ。

 僕が製作している衣装とジャスティーヌさんのデザインとのイメージの違いを、一目見ただけで見抜いている。

 この人は間違いなく、狂信者と呼ばれている人だとしても、ジャンを成功に導いた『伝説の七人』の筆頭とされている人だと分かる。

 

「本当はそのデザインのモデルには白い子をイメージしてたの」

 

「白い子? 君のクラスは特別編成クラスだったね……そのクラスで白い子と言うと……なるほど、彼女か」

 

「知ってるの?」

 

「勿論。私は服飾部門の生徒達の顔は全員知っているからね。特に君の言う白い子。エスト・ギャラッハ・アーノッツの従者である彼女には大変興味を抱いていてね。出来れば、私の下で学んで欲しいと思っている程だ。それで彼女にモデルを拒否されたのかい?」

 

「拒否されたっていうか……アーノッツの子が邪魔をして来て……それで黒い子にこの衣装を任せる事にしたの。黒い子の型紙を授業で見ていたし、実際今も凄く良い衣装を作っているから」

 

「その点に関しては同意しよう。彼女は確かに良い衣装を製作している。モデルに合わせたデザインで、そのモデルが違う相手になれば、当然製作する段階でイメージが崩れてしまう。にも関わらず彼女が製作している衣装は輝いている。これはそう……愛だ」

 

「痛っ!」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「は、はい、大丈夫です」

 

 うっかり指を針で刺してしまった。

 心配してくれるカトリーヌさんにフランス語で返事を返しながら、絆創膏を刺した指に巻いた。製作している衣装の方は……うん、血は付いていないから大丈夫だ。

 いきなり、愛なんて言われて驚いた。ラフォーレさんが真顔で愛なんて言うから本当に驚いたよ。ああ、でもジャンなら。

 

『愛だよ愛! この世は愛で満ちてるんだ! 俺達を動かすのはいつだって人を愛するエネルギー』

 

 うん、普通に言いそうだ。

 

「ちょっと、変な事言うから黒い子がミスしたじゃない」

 

「失礼。見た印象をそのまま口にしただけだったのだがね。だが、私は偽りは述べていない。彼女が製作している衣装には愛を感じられる」

 

「……愛か」

 

「どうかしたのかね、ラグランジェ嬢?」

 

「……別に何でもない。ただ黒い子が私がデザインした衣装を製作しているのを見てみると……何か埋まっていくような感じを受けるんだよね」

 

「埋まっていく?」

 

「そ、……何か分からないんだけど、足らなかった何かが埋まっていくような感じを黒い子が製作しているのを見ていると感じるの……それが何か分からないんだけど」

 

「ふむ……興味深い話だ。出来れば、私も暫く見ていたいのだが構わないかね?」

 

「別に良いけど、貴方この学院の総学院長でしょう? 仕事良いの?」

 

「彼女が日本で有名なクワルツ賞に出す衣装を、放課後に製作していると聞いて今日の分の片付けなければならない仕事は終えて来たから問題はないよ」

 

 相当僕が製作している衣装に興味がラフォーレさんはあるようだ。

 既にラフォーレさんに自分が目をつけられているのは分かっている。だからといって、製作に手を抜く事なんて僕には出来ない。この衣装の製作を任せてくれたジャスティーヌさんに失礼だし、何よりもこの衣装を着るアトレさんには最高の衣装を着て貰いたい。

 僕はまだ以前の実力を取り戻し切れていない。だからこそ、手を抜くなんてことは出来ない。自分の全身全霊と心を込めて衣装を製作していく。

 

「……本当に凄い。これがメリルが言っていた」

 

「……あの大蔵衣遠が養子にするほどの人物ならば、相応の才能を持っているとは思っていたが、まさかこれほどとは。私の見立ては間違っていなかった。彼女こそ私が探していた片方の才能を宿す人物。君こそ『支える者』。ますます君に興味を抱きました」

 

「……叔母様が言っていた私に足りないものって……もしかして……」

 

 耳に声が届いて来るけど、それを気にしていられる余裕は僕にはない。

 今、製作している衣装をクワルツ賞の二次審査までに必ず完成させて、アトレさんに着て貰う。その想いを込めて、僕は衣装製作を続ける。

 桜屋敷でルナ様のクワルツ賞の衣装を製作していた時は、三時や四時まで作業をすることが出来た。でも、今回の製作するための条件としてジャスティーヌさんの前で製作しなければならない。それに桜の園に泊まる事なんて出来ないんだから、必然的に製作時間はルナ様の時よりも少ない。なら、限られた時間で、それでいて妥協は一切しない。

 

「待ちたまえ、その縫い方は時間が」

 

「黒い子がそうしたいって聞かないの。ギリギリまでは私の前で製作するって言ってくれたんだけど、本当に間に合わないと思ったら、家に帰ってもやらせて欲しいって言われてる……ちょっと残念だけど、私も了承したから」

 

「だが、それでも……いや、そうか。完成度のクオリティを上げる為ではなく、着る相手の事を考えての事か」

 

「そ。今回モデルに選んだ子は、モデルをやった事なんて一度も無いんだって。慣れている子や練習した事がある子なら、緊張とかしないだろうけど、初めての子だからね。その子の事を考えたら、黒い子の作業は間違っていないよ」

 

「……其処まで考えて衣装を製作しているとは……今日だけしか製作過程を見れない事を悔しく思ってしまう」

 

 今の僕の状況は、あの方よりも恵まれている。

 あの方。桜小路遊星様がルナ様の衣装を製作した時は、満足な道具がなく、ロックミシンや家庭用のアイロンしか手元にはなく、足りない部分は手縫いで製作していたとりそなが教えてくれた。

 対して今の僕の状況は、充分過ぎるほどの道具が手元に在り、邪魔をされかねないお兄様の監視の類も無い。

 糸や生地もりそなが手配してくれたから、足りなくてもすぐに届く。製作期間以外の何から何まで、あの方が置かれた状況に比べて、今僕は恵まれている。だったら、後は全力を尽くして製作するだけだ。

 それに……やっぱり僕は衣装を製作するのに手を抜いたり、妥協したりなんてする事が出来ない。

 だって、手を抜いたり妥協したりなんてしたら……僕の製作を褒めてくれたルナ様に申し訳ない。これが桜小路遊星様に近づいてしまう事も分かっているけど……でも、無理だ。どうしてもこのやり方を変える事だけは出来ない。

 ……その先に絶望が待っていると心の奥底で感じながらも、僕は製作を進めた。

 

「小倉さん、ジャスティーヌさん。今日もそろそろ教員が帰る時間だから、作業の方は……総学院長!?」

 

「ん? ……ああ、もうこんな時間になっていたのか。何時以来だろうね。こうして誰かが製作するのを時間も忘れて見ていたのは」

 

 樅山さんとラフォーレさんの声に、僕も作業をする手を止めた。

 また、時間を忘れて作業に没頭してしまっていた。カトリーヌさんに手を貸して貰って、道具や製作途中の衣装を片付ける。この後は桜の園のアトレさんの部屋で作業だ。

 夕食の方はアトレさんと九千代さんが準備してくれている。りそなと夕食を一緒に取れなくなったのは残念だが、こればかりは仕方がない。その分、クワルツ賞の衣装製作を頑張ろう。

 結果はどうなるか分からないけれど、どんな結果が出ても終わった後に一緒に食事を取る約束はしたし、その時に喜び合うのか、それとも慰められてしまうのか分からないが、今は製作を全力でやるだけだ。

 カトリーヌさんに手伝って貰って製作途中の衣装を片付け終えて、ラフォーレさんに挨拶しようとする。

 

「済まないが、30分ほど君の時間を貰えないかね?」

 

「えっ?」

 

「ちょっと、なに言ってるの? 製作時間の大切さは貴方なら分かるでしょう?」

 

「勿論だとも。貴重な時間を30分貰うのだから、その礼はさせて貰うつもりだ……そうだね。今年のフィリア・クリスマス・コレクションまで君とラグランジェ嬢は、総学院長権限を使って放課後や休日で作業するための許可を渡そう。今は一々樅山教諭の許可を貰っているのだろう?」

 

「あっ、はいそうです」

 

 樅山さんも総学院長の言葉に頷いている。

 う~ん、確かにラフォーレさんの提案はとてもありがたい。この許可を貰えれば、休日に学院で作業も出来るようになるし、アトレさんの部屋にお邪魔する時間も少なくて済む。

 ジャスティーヌさんもラフォーレさんの提案には、心が惹かれたようだ。文化祭とかのイベントは分からないけど、ジャンが来るフィリア・クリスマス・コレクションは全力で衣装を製作するつもりのようだから。

 どうするべきなのかと考えていると、カリンさんが僕の服の袖を軽く引っ張って来た。

 顔を向けてみると、真剣な目で僕を見ていた。これは……ラフォーレさんの提案に乗った方が良さそうだ。

 学院内部の調査員として。それに……パル子さんの件のラフォーレさんの考えを聞けるかもしれない。

 

「分かりました。ただ従者のカリンさんは一緒にいても構いませんよね?」

 

「構わないとも。こんな夜更けに君のような美しい女生徒と二人っきりでいたなどと噂が流れたりしたら、少々困るからね」

 

 いえ、別に問題はありません。だって、僕は男だから。

 ラフォーレさんの背後で樅山さんが苦笑いを浮かべているが、出来るだけ意識の外に追いやった。

 

「それではジャスティーヌさん。ちょっと総学院長と話をして来ます」

 

「……まあ、黒い子が良いって言うなら良いよ。カトリーヌ。製作途中の衣装は丁寧に運んでね」

 

「はい、ジャスティーヌ様! この衣装を落としたりなんて絶対にしません!」

 

 其処まで力を込めて声を出さなくてもと思うけど、それだけ衣装を大切にしてくれていると思うと嬉しかった。

 ジャスティーヌさん達と一先ず別れて、学院内に設置されている自販機がある場所にラフォーレさんと一緒に移動した。

 

「この時間は流石に学食が閉まっている。お嬢様である君には失礼かもしれないが、自販機の飲み物で我慢して貰いたい」

 

「大丈夫ですので安心して下さい」

 

 ルナ様のメイドだった時は、自販機で良く飲み物を買っていたから別に気にならない。

 当時は、今のように特別編成クラス用の食堂なんてなかったからなあと思いながら、取り敢えずカリンさんと一緒にコーヒーを買って貰った。

 ……どうにも違和感を感じる。ラフォーレさんにじゃなくて、学院にだ。昼間の賑やかな雰囲気を知っているだけに、こうして夜の学院にいると静謐さを感じてしまう。今僕らがいる自販機の前も、昼間は一般クラスの生徒達や飲み物を買いに来たメイドの人達がいたりする場所だ。

 でも、今いるのは僕とカリンさん、そしてラフォーレさんだけだ。

 

「さて、時間は貴重だ。話をさせて貰って良いかね?」

 

「はい、それで何の御用でしょうか?」

 

「……君なら大体の事情は把握していると思うのだが……少しショックな事があってね。『ぱるぱるしるばー』というブランドを知っているかい?」

 

 やっぱり、パル子さんの件だったか。

 

「知っています。一般クラスの銀条春心さんが学生ながらにやっている小規模なブランドですよね?」

 

「加えて言えば、つい先日君の養父である大蔵君がスポンサーを務めることになったブランドでもある」

 

「……ご不快に思いましたか?」

 

「いや……確かに私が直接管理している服飾部門の生徒に手を出された事に関しては思うところが無い訳ではないが……今回ばかりはほんの僅かだが感謝しているよ。ほんの僅かだがね」

 

 そう言いながらのラフォーレさんの顔には、不愉快さが出ていない。少なくともパル子さんとマルキューさんのブランドである『ぱるぱるしるばー』のスポンサーに、お父様がなったことを不愉快には思っていないようだ。

 

「既に君も知っているだろうが、私はこの学院で特別編成クラスと一般クラスの対立を煽っている。それは互いの競争率を高め、より良い衣装を製作する為だ。それは成功し、此処数年は服飾部門の評価を向上させる事に成功していた……しかし、それはあくまで衣装製作の向上という点を望んでの事だ」

 

「……でも、今回総学院長が望まない形で妨害が起きてしまった」

 

「……その通りだ」

 

 心から残念だというようにラフォーレさんは顔を俯かせた。

 

「銀条春心。私が望む方向とは違うとは言え、彼女には入学時点から光るものがあると分かっていた。既に小規模ながらもブランドを経営していると知った時は、彼女の存在は間違いなく学院内の意識の向上を呼ぶと思っていた。特別編成クラスの生徒達も上級生や下級生を含めて、負けてはいられないとより向上心を強めると思っていたのだが……残念ながらそうはならなかった」

 

 ラフォーレさんの言いたいことは分かる。

 服飾に関してパル子さんは間違いなく、ルナ様と同等……いや、少し悔しい気持ちはあるけれど、デザインだけじゃなくて型紙を含めたら間違いなくパル子さんは学生時代のルナ様を超えるほどの天才だ。

 勿論、当時から会社経営をしていて、其方にも意識を向けないといけなかったルナ様と、服飾の勉強をする時間があったパル子さんでは、本当の意味で比べる事は出来ないかも知れない。

 ただ、ハッキリしているのは服飾の天才であるパル子さんは、良い意味でも悪い意味でも競争意識が高まり過ぎてしまった今のフィリア学院では起爆剤になってしまった。

 

「理事長から連絡を貰った時は、まさかと思ったよ……だが、証拠も突き付けられ、その妨害をした生徒が自主退学をしたと言われてしまえば、真実だと判断するしかなかった。私は……自分の方針は間違っていないと思っているが……このような結果が出てしまったとなれば……」

 

「……私も少なくとも総学院長の方針は全て間違っているとは思いません。お父様が教えてくれました。学生時代のお父様と総学院長は、互いに切磋琢磨した間柄だったと。私もある尊敬するお方とその方がライバルと認めているお方が、お互いに良い影響を与えているのを見た事があります」

 

 ルナ様とユルシュール様は間違いなく、お互いに認め合うライバルだった。

 それは時には喧嘩したり言い合いをしたりしていたが、でも競争意識を高め合って良い影響を及ぼしていたのは間違いない。だから、ラフォーレさんの方針自体は間違っていないけど、あくまでそれはお互いを知っているからだ。

 件の上級生とパル子さんは何の接点もない。お互いを知らないという事は、それだけで何か悪影響を及ぼしてしまう。今回のことはそれも原因の一つに違いない。

 

「今回の事は個人的に残念ですが、お互いを知って行く事も大切だと私は思います」

 

「……お互いを知るか……なるほど、確かに特別編成クラスと一般クラスとの間には、それが少なくなって来ていたのかも知れない。やはり、君に話をして良かった」

 

「私も総学院長が今回の件を、どう思っていたのか分かって嬉しかったです」

 

「嬉しい?」

 

「はい。その……偉そうだと思われるかも知れませんが、私は今回の銀条さんに起きたことはラフォーレさんが望んでいなかった事だと思っていたんです」

 

「何故そう思ったのだい? 私は間違いなく、特別編成クラスと一般クラスの対立を煽り、競争意識を高める為とはいえ、両方のクラスの扱いに差を作った。互いに嫌悪しあうような状況を作ったのは間違いなく私だ」

 

「いいえ、私はそう思いません。ラフォーレさんはきっと、自分の学生時代の頃のような生活を私達生徒に過ごして貰いたいと思っていたのではないでしょうか? ……先月話して貰えたジャンの学生時代の頃を話していたラフォーレさんは、とても楽しそうでしたから」

 

「彼の事を語る事に、私が楽しさを覚えない事はないよ」

 

「でも、その話の中にはお父様を含めた他の皆さんの話もありましたよね? その時も本当に懐かしそうに話していました」

 

「……彼らの事も含めたのは、彼の話を正確に伝える為に必要な事だったに過ぎない」

 

「だとしても、お父様が学生時代の日々を大切に想っているように、ラフォーレさんも自分がジャンを含めた皆さんとの日々を大切に想っていることは間違ってはいないと思います。そんな日々をこのフィリア学院に通っている生徒達にも経験して貰いたかった」

 

「……確かにそのような想いがあったことは間違ってはいない」

 

 溜息を吐きながら、ラフォーレさんは僕の考えを認めてくれた。

 

「今回の件は私も残念です。こんなことをしたって意味がないとも思います。妬んで、そして憎しみ合った先には……誰も笑い合えるような未来はないと心から思っています」

 

「……その通りだね。ありがとう。君に相談したのは間違っていなかった。やはり君は『支える者』だ」

 

 ゆっくりとラフォーレさんは僕に顔を向けた。

 その顔は、少しだけど迷いが晴れたような顔をしている。良かった。元気が戻ったようだ。

 

「このお礼を何かしたいのだが、何かあるかね?」

 

「いえ、お礼なんて良いです」

 

 実際、お礼が貰いたくて話をしたわけじゃない。

 それにフィリア・クリスマス・コレクションまで放課後や休日に学院に作業をして良いようにして貰っただけで充分だ。

 

「それでは私の気が済まない。何かないかね?」

 

 そう言われても……ぱっと思いつくものが……そうだ!

 

「あの……もしよかったらですけど、ラフォーレさんのデザインを一枚頂けないでしょうか?」

 

「私のデザイン?」

 

「はい。お父様から聞きました。ラフォーレさんのデザインは、革新的で、色彩の組み合わせの時は緻密な理論の下に計算を行なっている素晴らしいものだと」

 

「……一枚で良いのかね?」

 

「はい! ラフォーレさんほどの有名な方から一枚でもデザインを頂けるのは名誉な事ですから!」

 

「謙虚だね、君は。分かった。最高のデザインを渡す事を約束しよう。では、クワルツ賞の衣装が見られる日を楽しみにしているよ、オ・ルヴォワール!」

 

 最後に別れの言葉を告げ、華麗にラフォーレさんは去って行った。

 ラフォーレさんのデザイン…楽しみだなあ! これで何かが変わるとは思えないけど、ジャンの事を抜きにしたラフォーレさんのデザインを是非見てみたい! お父様が褒めるほどなんだから、きっと凄いデザインに違いないよ!

 

「小倉様は本当に天然の人たらしですね」

 

 ……喜んでいたら、何故かカリンさんに辛辣に感じるような言葉を言われた。

 

「あ、あの……何か不味かったですか?」

 

「いえ……あの総裁殿が手を焼くほどの総学院長の胸の内を読み取った小倉様に、本心からの意見を伝えただけです」

 

「でも、人たらしって」

 

「そう表現する以外に言葉が見つかりませんでした。かく言う私も、興味がない服飾の授業はつまらないと感じていましたが……貴方と過ごす日々は悪くないと思っています」

 

「カリンさん……ありがとうございます。出来れば、私もカリンさんと一緒にフィリア学院に通っていたいと思っています」

 

「その為にもクワルツ賞という賞を頑張って下さい。服飾に関しては何も手伝えませんが、応援はしています」

 

 僕とカリンさんは笑い合い、学院を出て桜の園に向かった。

 

「離しなさい九千代! こんな夜遅い時間に学院に総学院長と小倉お姉様が二人っきりでいるなんて、何か間違いがあったら!」

 

「アトレお嬢様! 落ち着いて下さい! 二人っきりじゃなくてクロンメリンさんも一緒にいるんですから!」

 

 何故かアトレさんの部屋の扉を開けてみると、背後から九千代さんに羽交い絞めにされているアトレさんの姿があった。

 

「あ、あの……アトレさん? どうされました?」

 

「ああ、小倉お姉様。良くご無事で……小倉お姉様が総学院長と二人っきりで話をしているとジャスティーヌさんからお聞きして」

 

「私、付き人も一緒にいるってちゃんと言ったよ」

 

 食堂の方から顔を出したジャスティーヌさんの言葉に、アトレさんは顔を真っ赤にして俯いた。自分の早とちりに気がついたようだ。

 

「アトレさん。私は大丈夫ですから、安心して下さい」

 

「ですが、小倉お姉様ほどの美しさを前にして襲い掛からない方がいらっしゃるでしょうか?」

 

「これまでの生きてきた中で、誰かに襲われかけた事なんて……」

 

 あった。アメリカでルナ様にメイド服を手に迫られた事が!

 

「ああ! やはり襲われた事があるんですね! その方は誰ですか!? お母様と総裁殿にもお伝えして、それ相応の報いを!」

 

 無理です。だって、貴女のお母さんですから……なんて言えるわけがない。

 

「ち、違います! ちょっとよく思い出していただけです! 襲われたことなんてありません!」

 

「……そうですか。それは本当に良かった」

 

 信じて貰えたようだ。実際、ルナ様に迫られたこと以外で襲われた事は本当に無い。

 ……何で僕は男なのに、女性のルナ様に襲われかけたんだろうか? 桜小路遊星様もこの話題が出た時に変な顔をしていたし、本当になんで?

 

「良いから、黒い子も早く夕食を食べなよ。食べ終わったらまた作業しないといけないんだからさ」

 

「は、はい。そうですね。じゃあ、カリンさんも食べましょう」

 

「分かりました……それにしてもやっぱり難儀ですね」

 

 何処か呆れたようにカリンさんは呟いていた。

 どうしたのかなと疑問に思ったが、今はそれよりもジャスティーヌさんの言う通り食事をして、クワルツ賞の衣装を製作しないと。残り時間は少なくなって来ている。

 自分の為だけじゃなくて、モデルを了承してくれたアトレさんにも、そして今回の機会をくれたジャスティーヌさんの為に頑張って最高の衣装を製作しよう。




次回で六月は終わると思います。
そして……遂に最後の遊星sideでの選択肢です!

選択肢
【りそなと食事する】(りそなルート確定! ジャスティーヌルート消失!)
【アトレとジャスティーヌと食事をする】(ジャスティーヌルート確定! りそなルート消失!)

『八千代の不安』

「………」

「あれ? 八千代さん。どうしたんですか?」

「あっ、旦那様。いえ、この写真を改めて見ていたら少し不安になってしまって」

「この写真って……あ、あの八千代さん。出来ればこんな他のメイドも来そうな場所で……あ、朝日が写っている写真を見るのは止めて下さい」

「その点に関しては申し訳ありません。ですが、どうしても不安を感じて」

「そ、その不安って何ですか? まさか……あ、朝日が写真を撮る事に慣れるとかじゃないですよね?」

「違います。寧ろそんな事になったら私も不安になります。それこそ奥様がどんな行動を取るかと思うと眩暈を覚えそうです」

「よ、良かったあ……それじゃあ八千代さんの不安って何ですか?」

「この写真に小倉さんと一緒に写っているアトレお嬢様の方です」

「アトレが? ……僕には良い笑顔を浮かべているようにしか見えませんけど。何だか晴れやかな様子ですし」

「その晴れやかな笑顔が問題なんです……この笑顔はまるで学生時代の奥様を想い起させるようで」

「学生時代のルナですか?」

「そうです。……このアトレお嬢様の心からの笑顔は仕えている者にとって、何よりも喜ぶべき事。桜小路家という家柄の事もあり、アトレお嬢様の心の問題を疎かにしていました。その問題を解決してくれた小倉さんには感謝すべきなのですが……この笑顔が余りにも学生時代の奥様を思い出させて不安を感じるんです」

「……え~と、も、もしかして八千代さんが不安に思っていることって……まさか、アトレが」

「……小倉さんを好きになってしまわないか、不安なのです」

『……』

 二人の脳裏に在り得ないという考えは浮かばなかった。何故ならアトレの母親である桜小路ルナは、学生時代に女装して『小倉朝日』となっていた桜小路遊星を好きになった過去があるからだ。

「……か、か、考え過ぎなんじゃ」

「アトレお嬢様は、あの未だに小倉病を患っている奥様と、女装して学院に通うまでの覚悟を決めた旦那様のお子様ですよ」

「はぅっ! ……だ、大丈夫です。もしも八千代さんの不安が……あ、当たっていたとしても……朝日の方が断ると思いますから」

「……そうですね。旦那様は近親婚に反対なされていますし、小倉さんも弱っていてもその辺りは確りしているでしょうから」

「そうですよ! だから、大丈夫です!」

「……変な事を言って申し訳ありませんでした。部屋に戻って少し休ませて貰います」

「僕もアトリエに戻りますね」

 八千代と桜小路遊星は、その場から去った。
 そして物陰から二人の話を聞いていた桜小路ルナが呟く。

「アトレが朝日をだと? そんな事は絶対に許さんが、朝日の天然の人たらしを甘く見るな。私が惚れ込む程だぞ。きっと私達が知らない所でも朝日はアトレを優しくしている筈だ……湊だけでは不安だ……こうなったら、腹立たしいがあの女にも確認して貰うしかあるまい。私にわざわざメールで自分も夏に日本に行くと伝えて来て、悔しがらされたが致し方ない。本気で業腹だがな……この礼は朝日と夫に支払って貰おう。メイド服を着た二人のツーショット写真。ああ、楽しみだ」

 この時、桜小路遊星はアトリエで、朝日はアトレの部屋でクワルツ賞の衣装を製作している時に、背筋が凍えるほどの悪寒を感じたが、それに桜小路ルナの考えが影響しているかは謎である。

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