月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~ 作:ヘソカン
百面相様、秋ウサギ様、一般通過一般人様、三角関数様、獅子満月様、えりのる様、ちよ祖父様、烏瑠様、誤字報告ありがとうございました!
side才華
これまで沢山迷惑をエストには掛けて来た。
やって来た事を考えれば、身勝手なのは分かっている。それでもエストの背を押す……いや、違う。
もしかしたらかもしれないが……今、エストは僕に手を引く事を求めているのかも知れない。
改めてエストが僕に送って来たメールを読んでみる。やっぱりそうだ。エストが『理由』だったり『もう決めました』なんて言うから、勘違いするところだった。
エストは僕というか朝陽の衣装を着たいんだ。だけど思い悩むだけの理由があるから、自分に対する言い訳として、嫌がる振りをしているだけだ。
取り繕った文章の裏側では、思い切り手を引いて欲しい。それがエストの本当の願いに違いない。
思いついてみれば簡単だった。本当に断ると決めているのなら、僕に相談もしないし、感想なんて求めない。『がっかりした』なんて言われるためにメールを送って来る人はいない。
だからといって、僕が『良いんだよ、理由があるなら仕方がないよ』と言うとは思っていないだろう。何度も言い争いをしたんだ。そんな馴れ合いを期待するなら、最初から暴言なんて吐かない。
現実的な部分は無視して『いいから私を引っ張って!』。そんな声がメールから聞こえて来る。
そして僕もエストに衣装を着て貰いたいと思っている。
この想いの出処は……きっとアレだ。小倉さんが製作した衣装を着たアトレを間接的にとは言え、見たからだ。
ルミねえの衣装を製作しようとしているのも、お父様のお言葉である『着る服一つで世界が変わる』。
それを体現した小倉さんが製作した衣装。ルミねえだけじゃなくて、エストも何か悩みを抱えているのは、もう間違いない。
僕が製作した衣装で、そのエストの悩みをはらう事が出来たらどんなに嬉しい事か。これまで迷惑を掛け続けた借りを、ほんの少しでも返すことが出来る。
よし! 今の気持ちをそのまま打ち込もう。
『君に言われた通り、メールを見た直後の気持ちをそのまま書くよ。本当に思ったまま入力するから、言葉が少し乱暴かも知れないけれど許して欲しい。僕は全てを読んだ直後に『それでも朝陽の衣装を着て欲しい』と思った。だって嬉しかったとも、有難いとも言っているのだから、着た方が良いに決まってる。君は自分が傲慢だと言うけど、僕はそう思わなかった。それと、残念だと言ったり、逃げるなと叱ったりもしない。モデルが出来ない『理由』も、今は聞かない』
本当なら僕には聞く資格はない。それだけの迷惑をエストに掛けてしまったし、今だって騙しているようなものなんだから。それでも……。
『ただ一つ、後になって『やっぱり着れば良かった』なんて思う事のないようにして欲しい。もしどうしても着られない事情が出来たら、サイズを直して、他の誰かに着せればいい。服なんだから誰も着られないなんて事はないよ』
これは……ちょっと嘘が混じってる。エストに着て貰いたいと願って製作された衣装は、他の誰が着てもエストが着た時以上の輝きを見せないだろうから。
『文化祭じゃなくても良いんだ。取り敢えず作って、着てみればいい。それだけでも朝陽は満足するよ。もし文化祭で着られれば思い切り喜べばいい。僕も見に行く。約束する。事情があって会えないけど、それでも感想は送る。君が見られたくないのなら黙って行く。何も言わない。でもこっそり行く』
我ながら可笑しな文章だと思う。でも、心のままに書いているから仕方がない。
『まとまりのない文章になってすまない。でも、君に言われた通り、思ったことをそのまま書いたんだ。この文章は偽らざる僕の本音だ。君はもう『クワルツ・ド・ロッシュ』を見ただろうか? 素晴らしい衣装を着た僕の妹が輝く姿。あんな風に輝く君を……僕は見てみたい』
その続きをお決まりな挨拶で締めて、エストにメールを送った。
送った後で何度か見返した。やっぱりこう書けば良かったかな、何てことは何度も考えた。
そして時計を見て驚いた。時間は4時。今からでは2時間しか寝られない。
幾ら夢中になっていたからって……僕は馬鹿か。
明日は早く起きてルミねえに会いに行かないといけないのに。でも寝るしかないからベッドへ入った。それでも目が冴えて、中々眠れなかった。誰か助けて。このままじゃ明日ルミねえに会えない。
目覚めてみれば、頭の中はスッキリしていた。
これなら一日程度はなんとかなりそうだ。後は緊張感と集中力でカバーだ。授業中に居眠りしたら、エストの評判にも関わるから気を付けなければ。
少し髪の調子が悪い事だけは残念だったけど、支度は済ませて出撃した。
「昨日あんまり寝てないでしょう? あなたがその美しい白髪の持ち主じゃなければ、この場で怒りの叫びを上げているところ」
案の定、部屋の前で待機していた八日堂朔莉に突っ込まれた。
「申し訳ありません。昨晩は文化祭での衣装に関して悩んで、中々寝付けずにいました」
「寝不足は髪にダメージを与えるんだから、気を付けて!」
「はい!」
「返事良し! それじゃあ痛んだ髪を私がペロペロして癒やしてあげる」
舌なめずりしながら近寄って来た八日堂朔莉を振り払い、僕はエレベーターに乗り込んで逃げ去った。
流石にこのお母様譲りの髪を、それなりに付き合いがあるとは言え、他人に舐められるのは許容出来ない。第一、今日はエストの部屋に行く前に行かないといけない場所があるんだから。
エレベーターが64階に到着し、扉が開いた。
「あれ?」
困惑したように立つルミねえがいた。
どうやら丁度良い時間帯だったようだ。
「おはようございます、ルミネお嬢様」
「おはよう? ……このやり取りって昨日もしたよね?」
「はい、しました……ですが、今日は偶然ではなく意図的にこの階にやって来ました」
「何かあったの?」
「実は……」
僕はルミねえにデザイナー科の夏休みの宿題が変更になってしまい、このままでは約束した衣装を贈る事が出来ない事を話した。
事情を聞いたルミねえは寂しそうな顔をしたが、すぐに小倉さんが教えてくれた打開策を説明した。
「……話は分かった。私が小倉さんに直接衣装製作の依頼を持って行けばいいんだね?」
「うん。面倒な形になっちゃうけど、学院で従者の立場に僕はいるから」
「才華さんの事情は分かっているから安心して。あっ、でも小倉さんの方にも話は通っているの?」
「小倉さんの方は安心して良いよ。この提案は小倉さんの方から教えてくれたことだし。話もついているから」
「そう分かった。あっ、でも、それだったら、もしかして小倉さんも才華さんが製作する予定の衣装に手を入れるのかな?」
それに関しては少し悩んでいる。本当は僕一人でルミねえの衣装を製作するつもりだったが、体面上小倉さんの名前を使う訳だから少し力を借りる必要が出てしまう。
小倉さんのパタンナーとしての腕前はもう十分に分かっているから、僕がルミねえに贈る予定の衣装のイメージを間違うとは思えない。エストの衣装の方もあるから、やはり小倉さんの力は借りる事になりそうだ。
「大半は僕が頑張って製作するよ。ただ少しだけ小倉さんの力を借りるかもしれない」
「うん。分かった。小倉さんが良い衣装を作れるのは知っているから、安心して任せられる」
少し嬉し気な様子でルミねえは言った。
この様子……もしかしてルミねえは小倉さんが製作する衣装のファンになりかけているのかも知れない。アトレの衣装は本当に良かったから……仕方がない。
もしも……クワルツ賞の衣装のモデルがアトレじゃなくてルミねえだったら、僕はデザインだけを渡して小倉さんに全てを託していたかもなんて一瞬だけ考えた。まあ、もうあり得ないことなんだけどね。
それから軽い別れの挨拶を交わして、ルミねえは学院へ。僕はエストの部屋に訪れた。
彼女は既に起きていて、支度も済ませて落ち着いていて……。
「おはよう、朝陽」
「おはようございます、お嬢様。今朝はなんだか楽し気ですね?」
「うん。ちょっと面白いメールが届いたの。それが、読んでみたら思ったより頭の悪そうなメールだったから、面白くて」
頭を叩いてやりたくなったけど、僕は品性のある人間だから我慢した。
「あ、それでね。朝陽にお願いがあるの。昨日話した、文化祭の衣装の件なのだけど」
「はい」
「私の為にデザインを描いてくれると言ってくれたけどね」
「はい」
「お願いします」
主に頭を下げられた。従者が張り切る理由として充分過ぎるほどだ。
「朝陽のデザインしたとっておきの衣装で、私を着飾って下さい」
「かしこまりました。誇り高きエストの為に、今私が作れる最高の衣装を仕上げて貴女を飾って見せます」
「良き従者」
いつになく嬉しい声が出てしまった僕に向けて、エストは貴族らしい優雅な微笑みで応えた。僕の主人には勿体ないぐらいの主人だ。
これで文化祭で開催されるコンペの問題は解決した。それにしても……改めて思うと僕らの班はクラス内で最高のメンバーが揃っている。欧州方面のコンクールで最高の成績を上げて来たジャスティーヌ嬢。
そのジャスティーヌ嬢のデザインのパタンナーを務めて、新たな可能性を見せた小倉さん。
アメリカに居た頃からの僕のライバルで、現在は主人のエスト。そしてこの僕。
梅宮伊瀬也は素人の域だが、それでもこのメンバーを揃える事が出来た功績は大きい。これだけの豪華メンバーで製作される衣装をコンペに出せば、最優秀賞も夢ではない。
いや、必ず最優秀賞を取れるように頑張ろう。その最優秀賞の喜びをエストが知れば、彼女も漸く本来のデザインを学院で見せてくれるようになるに違いない。その為にもルミねえに贈る予定の衣装に負けない、最高のデザインを描かなければ。
エストを見つめあいながら僕は誓った。やがてお互いに照れたのか、どちらからともなく目を逸らして、朝の準備に入った。
「今日からデザインに取り掛かりますのでご期待下さい。やる気マンゴスチンです」
「うん楽しみにしてる。見る人全てが私を称えてしまうくらいの衣装を作って。あのアトレさんが着た衣装に負けないぐらいの。特に一人、ぎゃふんと言わせたい人が観に来るから。ウフフ」
僕の事か。当日に贈る予定のメールの感想で『ぎゃふん』と言ってあげた方が良いのかも知れない。
舞台の上で転ばなければ、だけどね。衣装に見合う素晴らしいウォーキングを期待しているよ、誇り高きエスト。
side遊星
『アトレの部屋に暫く行くことは許さん』
「わ、分かりました、お父様」
朝早く、アトリエで勉強していたら昨日と同じようにお父様から電話が掛かって来た。
掛かって来た理由は言うまでもなく、アトレさんが……女装した姿の僕。つまり、小倉朝日に好意を持ち始めている件だ。りそなからも言われたが、本当に暫くはアトレさんの部屋に行くつもりはない。
時間を置けば、落ち着いてくれる筈だ。……落ち着いてくれると良いなあ。切実に。
『間違いなく桜小路の血が原因だ。アメリカの我が弟が女装を止めて良かったと今は心から思う。もしも幼き日に女装した奴の姿を目にでもしていたら、どれほど才華とアトレに悪影響が出ていた事か』
「お、お父様。どうかその話はお止めください。本当にしないで下さい。私も桜小路遊星様が女装を止めたと知った時は、本当に嬉しかったので」
『安心しろ。流石にこの件に関してお前を責めるつもりはない。アトレにお前がしたことは、あの姪の殻を破る切っ掛けとなった事だ。この功績は大きい。桜小路にもアメリカの我が弟にも出来なかった事なのだから……悪いのは桜小路の血だ』
「あ、あの……一体何があったのでしょうか?」
此処までお父様が断言するという事は、此方のルナ様が何かをやらかしたという証拠だ。一体何が?
『あの女は、自分がアメリカの我が弟の女装を続けさせるようにしていながら、いざ駿我とアンソニーの奴が、『小倉朝日』としてのアメリカの我が弟に会いに来ると話したら、『変態』などと我が大蔵家を罵った。同じことを己がしている事を省みずに、他人を罵っていた』
……ルナ様。どんどん僕の中で此方のルナ様と彼方のルナ様の像が離れていきます。
だからといって、ルナ様と更に距離を取るような事はいたしません。八千代さんが許可してくれた範囲で関係を続けたいと思っています。あっ、でも年末に桜屋敷でメイド姿で出迎える約束をしてしまった。
その時だけは……小倉朝日の距離に戻ろう。
『……とにかくアトレに関しては暫く距離を置くようにしろ』
「分かりました。暫くはアトレさんの部屋には参りません」
『それと才華がお前にルミネ殿の衣装の仲介を依頼した件だが、此方でも爺には知られないように手は打っておく』
「ありがとうございます! お父様!」
『爺とお前が接触するのはまだ危険だ。特に下手な事になって、ルミネ殿の功績が傷ついたりでもすれば、あの爺は何をするか分からん。その事に関してはお前も理解して来ている筈だ』
「……はい。此処数か月の学院での調査やりそなからの話で、その辺りに関しては充分に理解しました。お父様の指示に従います」
お爺様がルミネさんを大切に想っているのは間違いない。
それに山県さんの事だって正直酷いとしか思えない。でも、それを解決しようとしたら途轍もないほど大事になる。だから、現在の大蔵家当主であるりそなでもどうする事も出来ない。
りそながどれほど煮え湯を飲まされているのかは、カリンさんの報告を聞いている僕も理解している。
出来る事ならお爺様には今している事を止めて貰いたい。だって、こんな事実を知った時に一番悲しむのは……きっとルミネさんだから。
『それとこれは別件だが、例の文化祭でのコンペには才華のデザインが使われることになったそうだな?』
「はい。同じクラスの梅宮さんが才華様を推薦なされて、デザインを使える事になりました」
『梅宮伊瀬也か。どうやら母親とは違い、外見に拘らずに、また立場など関係なく相手の才能を認められる器は持っているようだ。その名前は覚えておこう』
八千代さんから聞いたところによると、ルナ様の姉で梅宮さんのお母様である伯母様は、本当にルナ様への当たりが強いらしい。
梅宮さんは才華様の正体は知らないが、容姿や立場で相手を判断するような人ではない。とは言っても、流石に才華様の正体がバレたらどうなるか分からないから今後も気を付けておかないと。
『しかし、才華が文化祭のコンペに自分のデザインから製作した衣装を出すというのは嬉しい報告だ。今の才華の実力をこの目にすることが出来る』
「きっと素晴らしいデザインを才華様は描いてくれると思います。私が見る限り、間違いなく才華様のデザインの実力は上がっています。お父様もきっと驚かれるに違いありません」
『クククッ、お前が其処まで誉めるとは楽しみが増えた。これならば文化祭でのコンペは熾烈を極める争いが見れそうだ』
ん? 今のお言葉はどういう意味だろうか?
『昨日の内に、例のこの俺がスポンサーを務めることになった『ぱるぱるしるばー』というブランドの二人を焚きつけておいた』
「えっ? 銀条さんと一丸さんをですか?」
『ライバルがいた方が才華も更にやる気を見せる。何よりもこの俺がスポンサーを務めているのだから、更なる評価を期待してのことだ。まだ正式に学院外には発表されていないようだが、お前とラグランジェ家の娘が功績を挙げたことによって、服飾関係者の目がフィリア学院に向けられつつある。そんな時に文化祭でコンペが開催されるとなれば、否応なしに見に来る者も出て来るだろう。学院の評判を上げたこともお前の功績だ』
「ありがとうございます、お父様。ですが、私だけの功績ではありません。デザインを貸してくれたジャスティーヌさん。縫製を手伝ってくれたカトリーヌさん。食事の用意などしてくれた九千代さんとカリンさん。モデルを務めてくれたアトレさん。皆の力があってこその結果です」
『ククッ、相変わらず殊勝な事だ。お前らしいと言えば其処までだが、この俺の娘なのだからもう少し自分の功績を理解出来るようにしろ』
「娘ではなく、息子です」
僕とお父様は電話越しに笑いあった。
ああ……最初の頃はこの人と話すのが怖くて胸が痛くなっていたのに、今は全然そう感じない。それは僕の心にも変化が生まれてきているからだろう。
やっぱり、お父様に迷惑はかけたくない。今年はりそなに言ったように絶対にやらない。
「あっ、それでなんですが、お父様。実は文化祭で私は桜小路遊星様に事情を話そうかと思っています」
『アメリカの我が弟に此方の事情をか?』
「はい。色々と理由はありますが……年末に一斉に事情を把握したりしたら、流石に許容量を超えて最悪ショック死しかねないと思うので」
もう本当に一体何度土下座したら良いのか分からないぐらいの事態になっているからなあ。僕だったら、ショック死しかねない程の衝撃を受けると思う。
『……確かにそうだな。才華だけならともかく、お前の事もある……分かった。文化祭でその機会を設けるようにしよう』
「ご了承を頂けてありがとうございます。是非とも桜小路遊星様には才華様に怒って欲しい事があるので」
『……珍しいこともあるものだ。お前が誰かを叱る事を望むなど』
「この件に関しては一切妥協はいたしません。桜小路遊星様には強く叱って欲しいと願っています」
『叱る内容は一応聞いておきたい』
「……才華様はジャンを利用して、ラフォーレさんの本性を暴きました」
電話の向こう側でお父様が何かを飲む音が聞こえた。
『……どうやら才華には先人に対する配慮が欠けているようだ。桜小路や俺に対する態度なら問題はないと思っていたが……忠告を無視してラフォーレを挑発した件といい。少々今後も厳しい態度で接した方が良さそうだ』
八千代さんが今の言葉を聞いたら喜ぶだろうなあ。
個人的にもやり過ぎだとしか思えない甥姪コンっぷりだったし。本当に八千代さんも悩んでいたから。
『お前の言う通り、流石にこの件に関しては父親であるアメリカの我が弟が叱った方が良いだろう。この件を知れば奴も流石に甘やかし過ぎたと判断せざるを得まい』
「私もそう思います」
僕も叱ったが、桜小路遊星様が叱った方がもっと効果がある筈だ。というよりも、叱ってくれなければ、僕が桜小路遊星様を叱りそう。
自分で別の自分を叱るというのは変な感じだが、ジャンの件だけは別だ。本来なら逆に何を言われても可笑しくない事を、現在進行形でしているんだけどね、僕。
『では、そろそろ失礼する。それと来月に行なわれる花乃宮家でのお前の晴れ姿は、俺も見に行く予定だ。そのつもりでいろ』
「えっ!?」
驚いて僕は声を上げたが、既に電話は切れていた。
……何で皆、僕の女装姿を見に来るんだろうか? 男性が女装しているなんて、本来なら気色の悪い事なのに。本当になんで?
疑問に思うが、そろそろ朝食の時間なので、メイド服から制服に着替えて……。
「……また、着ていた」
どうしてもこの桜小路家のメイド服を着るのを止める事が出来ない。
でも、捨てる事なんて出来ないし。そういえば……。
「……うん。ちゃんとある」
メイド服の内側にあるポケットの中に納まっているルナ様への手紙を確認した。
以前は肌身離さず家にいる時は持っているようにしていたが、一度無くしかけた事があったから、今はこのメイド服の内側のポケットに入れるようにしていた。
洗濯する時は流石に別の場所に置くようにしているが、その時以外はずっと此処に入っている。
「……さて、そろそろ行かないと」
今日の朝食は何にしようかなと他愛無い事を考えながら、僕はキッチンに向かった。
「それじゃ今日はルミネさんに会いに行くつもりなんですね?」
「うん。才華様が話を通してくれているとは思うけど、やっぱり依頼を受けるんだから直接話を通すのが筋だと思うんだ」
「……まあ、確かにそうですね。そういうところはちゃんとしているのも下の兄の良いところですから……ただアトレの部屋に行くのは絶対に駄目ですからね。カリンさんも気を付けるようにしていて下さい」
「了解しました、総裁様。流石にこの件は難儀過ぎますので」
昨日は流石にカリンさんも固まっていたからなあ。
「親子二代で本当に何をやっているんでしょうね? まあ、下の兄を渡すつもりはありませんが」
「……此方側でも難儀な関係が見えかけているのは気のせいでしょうか?」
「気のせいです。考えないようにしてください」
本当になんでこんな事になってしまったのだろうか?
……うん。全部僕がりそなの提案に乗ってしまった事が始まりだ。どうしたら良いんだろう?
何か方法はないだろうかと考えながら、りそなに挨拶をして僕とカリンさんは学院に向かった。
『八千代の報告を聞いた桜小路遊星』
「と言う事がありました」
……八千代さんの報告を聞いた僕は言葉を失って固まっていた。
考えられる可能性ではあったけど……こうして現実となってしまうと本当に言葉を失うしかないよ。
「一応壱与には連絡して、暫くはアトレお嬢様を小倉さんの傍に近づかせないようにするように指示しておきました」
「……そ、その……いよいよは……どうでしたか?」
「言葉を失っていました」
ですよね。ああ、本当に何でこんなことに!?
でも、あっちの僕を責める事は出来ない。彼がアトレの事を本当に想ってしてくれたことだという事が分かる。八千代さんが持ってきてくれた『クワルツ・ド・ロッシュ』に載っているアトレの姿は、本当に綺麗だったから。
衣装も素晴らしかった。同時に目が覚めるような衝撃を受けた。
僕は才華の件があった時から、出来るだけ二人の意に沿わないような事はしないようしていた。その事が原因でアトレの問題を甘くみてしまっていた。
めぐりめぐってそれが彼に爆発してしまったと聞いた時は、本当に申し訳ない気持ちで一杯だった。そんな彼がアトレの問題を解決に導いてくれたことは、感謝してもしたりないほどに感謝している。
だけど……何でこんなことになってしまったんだろう?
「正直言って、今更ながら旦那様が奥様の御卒業後に小倉さんになるのを、奥様に逆らってまで辞めた事は英断だったと思います。もしも続けていたら、どれほど才華様とアトレお嬢様に悪影響を及ぼしていた事か」
はうっ! ……す、すみません、八千代さん。
実は言えない所で時々というか……ルナが望んだ時にしています。あっちの僕には死んでも言えないけど。
「精神的に追い込まれていた小倉さんに、女装しないで欲しかったとは流石に言えませんし。というよりも、この歳になって問題が無い旦那様が女装していたりなんてしていたら、流石に引きます」
……ごめんなさい、八千代さん。実はしています。
でも、才華とアトレにだけは絶対にバレないようにしていますから許して下さい!
あっちの僕が知ったりした日には……最悪自殺されるかも知れない。僕が女装を辞めたと知った時は、本当に嬉しそうにしていたから……言う機会がなかった。
精神的に色々と追い込まれていた彼に言える筈がないんだけど。
「とにかく旦那様。次にアトレお嬢様とお会いした時は、何時ものように過保護にならず、断固として同性愛には反対だと言って下さいね」
「分かりました。絶対に言います」
「本当にお願いします……では、私は部屋に戻って休ませて貰います……はぁ~、小倉病の特効薬が欲しい」
相当疲れているのか、八千代さんはため息を吐きながら部屋を出て行った。
……どうしよう。あの姿を見たらますます本当の事は言えないよ。いや、こんな事実を誰にも言えるわけが無い。特にあっちの僕には。
このままバレないように頑張ろう。それと日本に行った時に才華とアトレに会ったらちゃんと話そう。アトレには同性愛なんて絶対に認めないように言わないと。
……本当にどうしてこんなことに?