月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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今回はあの人がある重大な事実を朝日に話します。
詳細は本編で。

獅子満月様、秋ウサギ様、三角関数様、えりのる様、烏瑠様、誤字報告ありがとうございました!


七月中旬(遊星side)9

side遊星

 

 一学期最後のHRが終わり、クラスの皆は雑談しながら教室を出て行く。

 本日は終業式で午前中で終わりだ。そう、終業式の日。

 ……僕がこっちの世界にやって来た日だ。そのせいなのか、今日は朝から余り調子が良くない。メイクで誤魔化しているが、りそなが言うには顔色が悪いらしい。覚悟は出来ていたつもりだったんだけど……やっぱり不安を感じてしまう。

 正体がバレる事だけじゃない。もしかしたら、僕の意思に反してまた世界を渡ってしまうかも知れない。りそなには元の世界に戻れないとは言ったけど……また別の世界に渡ってしまうんじゃないかという不安は感じる。

 ファンタジーみたいな話だが……僕は実際にそれを経験しているだけに、不安を覚えずにはいられないんだ。

 

「小倉様、大丈夫ですか?」

 

「……だ、大丈夫です」

 

 事情を知ってくれているカリンさんが横にいることに安堵した。

 僕は此処にいる。この世界にいる。帰りたい気持ちがない訳じゃないけど、此処からいなくなりたくない。

 そう……傍に……。

 

「えっ?」

 

「どうされました?」

 

「あっ、いえ、何でもありません。もう大丈夫です。心配をかけてすみませんでした、カリンさん」

 

 今……僕は何を考えたんだろうか?

 自分の考えだった筈なのに……思い出せない。

 

「あー、やっと終わった。カトリーヌー、アイス食べたいから早く帰るよ」

 

「夏の新作が出ているそうます。予約済みです」

 

「そう。黒い子も一緒に行かない? さっきのフィリコレの話もしたいし」

 

 気遣うようにジャスティーヌさんが声を掛けてくれた。

 隣に座っているから、僕が調子の悪い事に気づいていたようだ。もしかしたら、さっきの樅山さんへの質問も、僕を元気づけるつもりだったのかな?

 ……せっかく、ジャスティーヌさんが気遣ってくれているんだ。暗くなっていたらいけない。

 僕はジャスティーヌさんに返事を返そうと……。

 

「あっ、ジャス子待って。話があるから残ってよ。小倉さんも」

 

 する前に、梅宮さんが声を掛けて来た。

 ジャスティーヌさんの顔は明らかに嫌そうになった。この前、『いせたんに絡まれると話が長いよ』と愚痴を溢していた。

 

「私、早くアーモンドクラッチ珈琲バニラ食べたいよー」

 

「そんなの買って来てあげるからここに居て。大津賀さん、私はジャス子と小倉さんに話があるからお願いしていい?」

 

「じゃあ班員全員で8人分ですねー……」

 

「あ、9人分でひぎぃ!」

 

 エストさんの悲鳴が上がった。

 才華様が机の下で内腿をつねったようだ。余り良い事じゃないけど……エストさんの言葉は確かに失礼になりかねないから、此処は見逃そう。

 その後、才華様、大津賀さん、カトリーヌさん、カリンさんの4人は8人分のアイスを買って来てくれた。

 ……以前なら率先して僕が買いに行ったのに。気付かない内にお嬢様の生活に慣れてしまっていたようだ。男なのに。

 今度は別の意味で落ち込みながら、僕はカリンさんが渡してくれたアイスを食べる。アイスの冷たさに涙が浮かんでしまいそうだ。

 

「で、ふぁんのふぁふぁひ(なんの話)

 

ふぁふふぁふみふぉふぉへー(夏休みの予定)いまほうひひ(今のうちに)ひーへおひふぁふへ(聞いておきたくて)

 

 ……言いたいことは分かるから大丈夫だけど、余り食べながら話すのは良くないと思う。

 

「あ、もし明日の朝から帰るとすれば、話す機会は今日しかないんですね」

 

 エストさん、食べるの早い。まだ、他の皆は半分くらいなのにエストさんだけは完食していた。

 

「ところでこのアイスは美味しいですね。朝陽の分も一口いただいてしまいまひぎぃ!」

 

「難儀な方ですね」

 

 再び才華様につねられて痛がっているエストさんを見ながら、カリンさんはため息を吐いた。

 もう済んだ事だけど、エストさんって、調査員として優先的に見る予定の人だった。アーノッツ家の黒い噂もあったから、それなりにカリンさんは警戒していた。でも、警戒対象だったエストさんは本当に良い人だ。

 警戒する必要もなかったとカリンさんは思っているに違いない。

 

「私はロンドンへ帰らず、東京に残ります。朝陽が私の着る衣装をデザインしてくれたのですから、できる限り製作に参加しようと思います」

 

 ……今、エストさんは何と言っただろうか?

 私が着る衣装? それはつまり……。

 

「ん? エストさんの衣装? どういうこと?」

 

 僕と同じ疑問を梅宮さんも抱いたようだ。

 それに応えるように、才華様が説明を始めた。

 

「前回のミーティングで、上級生に負けない衣装にしたいと話し合いました」

 

「うん、話した。でもエストさんの衣装って決めてたっけ?」

 

「今の自分の最も描きたいものを突きつめた結果、自然と、お嬢様への感謝と憧れの気持ちを表したデザインになりました。ご覧ください、これです」

 

「あ、本当だ。凄く良い」

 

 才華様が机の上に出したデザイン画を見た梅宮さんは、素直に感心した声を出した。

 僕も見てみる。素晴らしいデザインだ。4月に初めて見たデザインよりも、今の見せられたデザイン画は本当に同じ人物が描いたとは思えないぐらいに、凄く上手くなっている。

 学生時代のルナ様に負けていない。ただ……少々今回は才華様に悪いところもある。

 梅宮さんの基準が『物の良し悪し>感情』だったから良かったけど、事前にエストさんをモデルにしたい事を班のリーダーである梅宮さんに話していなかったのは不味い。

 責任感が強い人だし、エストさんがモデルで良いなら、自分もやりたいと気持ちが湧いたかも知れない。

 僕らはチームだ。チームメイトの感情にも、今後は気を付けて欲しい。

 

「私もとても良いデザインだと思います。ただ、朝陽さん。モデルの話は、先に教えて貰いたかったですね」

 

「申し訳ありません。小倉お嬢様の仰る通り、事前に皆様には話を通しておくべきでした。特にリーダーである梅宮お嬢様には」

 

「別に良いよ。朝陽さんのデザイン画を使うんだから、モデルを選ぶのは好きにして良いと思っていたから」

 

「まあ、私はモデルが誰でも良いんだけどね。デザインも良いし。結構やる気も湧いたよ」

 

「あれ? ジャス子。かなりやる気なんだね? この前はあんまりやる気なさそうだったのに?」

 

「黒い子のおかげで、私に足りないものが少しだけ見えたの。それを確かめるつもりだから」

 

「それじゃあ、ジャス子は何日くらい参加出来るの?」

 

「黒い子しだい」

 

「えっ? 私次第と言うのは?」

 

「黒い子が衣装製作に参加する日は絶対に参加するよ。だって、黒い子の製作している時の姿って、本当に丁寧で綺麗なんだから」

 

 ……綺麗って言われるのは複雑だ。

 丁寧って誉められるのは素直に嬉しい。ルナ様も誉めてくれたところだから。

 

「小倉さんの作業って、そんなに綺麗なんだ……あれ? 小倉さんが来る日はって? え、もしかしてパリへ帰らないの?」

 

「帰らないよ。もう少しで掴めそうだし、伯母様もこの学院の文化祭に来るつもりみたいだから、変な衣装を出して恥ずかしい思いをするのは嫌だからね」

 

「ジャス子の伯母様も文化祭に来るの?」

 

「うん。来るって。この前の賞の雑誌を伯母様も見て、とても誉めてくれたの!」

 

 確かりそなの友人?だったよね、ジャスティーヌさんの伯母様は。

 僕も挨拶した方が良いかな? 大切な妹の兄としては、是非挨拶をしたい。

 

「そうなんだ……あんなにいつも得意気に話してるパリへ帰らないで、衣装製作するんだ……」

 

「ちなみにお嬢様は、8月の10日から17日まで実家へお戻りになられますー……」

 

「えっ!? あっ、いや、まだ帰るとは……言ったけど、でもちょっとどうしようか考えて……あ、帰らないわけじゃないけど、少し短くしようかな……どうしようかな……」

 

「いいんですかー……五山の送り火、16日がラストですよー……毎年見てますよねー」

 

「いやっ、だってジャス子も真面目にやるのに、リーダーの私が……あの、でもっ」

 

 責任感が強い人だから、ジャスティーヌさんがやる気なら自分もやる気を見せないといけないと梅宮さんは思っているようだ。

 ただ、今大津賀さんが言った日時は丁度……。

 

「あの、梅宮さん。まだ、話していませんでしたが、私は8月の15日から18日まで京都の方に行かないといけませんので、その3日間は衣装製作には参加出来ません」

 

「あ。そうなんだ!」

 

 嬉しそうに梅宮さんは声を上げた。

 

「毎年ご両親と過ごされているお祭りでしょうし、どうぞ楽しんで来て下さい」

 

「梅宮様。小倉お嬢様の申すように、せっかくご両親に会える機会なのですから、どうぞお気兼ねなく。休憩も良い衣装を作る為に必要なことです」

 

「ええ、帰れるなら帰った方が良いでしょう。お土産話を楽しみにしています」

 

「てゆうか私も普通に遊びに行くよ。グループ製作だから、黒い子が全部やる訳じゃないんだし。その時は日本の世界遺産を見に行くから、いせたんも好きにすればいいよ」

 

 製作出来なくても見ていたいんだけど……アトレさんに会ったりしたら不味いから毎日は来れないな。

 それに……才華様が製作する予定のルミネさんの衣装にも手を貸さないといけないし。その件も後で相談しないとね。

 

「日本の世界遺産……あ、それなら私の故郷にもあるよ。あ、そうだ! みんなで私の家へ来る? それなら私も心が痛まないし」

 

 それは不味い!

 才華様が梅宮家に行くのは大変危険だ。梅宮さんのお母様は、白い髪と赤い瞳を嫌悪しているそうだし。それに僕も行くのは危ないかも知れない。梅宮さんのお母様はともかく、お父様の方は桜小路遊星様と会った事があるそうだ。それに、もしかしたら桜小路本家の方々もやって来るかも知れない。

 僕の容姿を見て疑問に思われるのは困る。その迷惑がルナ様や桜小路遊星様に及ぶのは、絶対に嫌だ。

 才華様も同じことを考えているのか、顔色が悪くなっている。

 

「瞳孔ひらいてどしましたー」

 

「いえ、せっかくのご招待ですが、私はこの肌なもので外出が困難です。お断りするのが心苦しいと思っていました」

 

「夜でも駄目なんだっけ? お祭りも夜だよ?」

 

「昼間に皆様がお出かけしている中。ご実家に私が一人で残るのも、いかがなものかと考えてしまうのです」

 

「あ、そうだね、それは朝陽さんが気を使っちゃうよね。残念だけど、仕方がないか。じゃあ、小倉さんは?」

 

「私の方も外国から親戚や友人がやって来るので、其方のお迎えをしないといけませんから」

 

「ああ、大蔵家は夏は忙しいですからねー」

 

 補足してくれる大津賀さんには感謝したいけど、ごめんなさい。

 僕は今年の大蔵家の行事には参加しません。因みにりそなは大蔵家当主なので忙しいそうだ。手伝いたいんだけど、衣装製作の方を頑張ってくれと言われてしまった。

 もっとりそなの力になりたいのに。

 

「そうなんだ。それじゃあ仕方ないよね」

 

 梅宮さんが話の分かる人で良かった。

 

「もちろんお嬢様は私にお気遣いなく」

 

「うん、それなら。行って来ます」

 

 どうやらエストさんは行くつもりのようだ。教室内のエストさんは社交的だから、行った先で問題は起きないだろう。

 

「じゃあその時は私も行くよ。全部金で出来てるお寺見るの楽しみ」

 

 ……ジャスティーヌさん。そのお寺がある場所は、梅宮さんの実家がある地方とは違います。

 

「その代わり、私、気なんて使わないから、家の人にどう思われても知らないよ」

 

「いいよ別に。ジャス子が失礼な事をしたら、パリの貴族の品位が下がるだけだから」

 

「ふーん。言うようになったね」

 

 班の皆で旅行か。とても楽しそうだ。行き先が梅宮さんの実家でなければ……いや、下手にこのメンバーで旅行に行ったりしたら正体がバレかねないからやっぱり無理だ。

 

「じゃあ私の家へ来る日程もとるとして、夏休みの予定表にもなる工程表を作らなきゃ」

 

「え、まだ自分で作るつもりだったんだ……製作の一から十まで知り尽くしていないと駄目だって、あれほど言ったのに」

 

「それで、デザインが決まったら、次は何を始めればいいの?」

 

「この子大物だよ! 衣装製作のこと何一つわかってないのに、自分でスケジュール立てるつもりでいるよ!?」

 

 ジャスティーヌさんが驚くのも無理ないなと思いながら、僕はテーブルに用意して来た紙を載せて梅宮さんに説明する。

 

「デザインが決まれば、次は設計図となる型紙です。型紙が出来れば、仮の生地で縫い、実際にモデルの方に着せてサイズを確かめる『仮縫い』となります。仮縫いでサイズの微調整が終われば、実際の生地で切る『裁断』に入ります。其処まで出来て、漸く縫製に進みます。縫製にも順序があるので、此処で工程表が一番大切となります」

 

「じゃあ、先ずは型紙ね。私、型紙の成績はD゜だった」

 

「Dです」

 

「私はデザイナーだから、型紙なんて引かないよ。まあ、一応成績の方はCだった」

 

「私はA゜でした」

 

「私も小倉お嬢様と同じでA゜の評価を頂きました」

 

 やった! 才華様と同じ成績だ!

 こうして実力は確かに取り戻せているんだと実感出来て、凄く嬉しい!

 

「私はデザインも担当しているので、型紙の方は別の方にしていただいて構いません」

 

 梅宮さんとジャスティーヌさんの視線が僕に向けられた。

 才華様の本心では、エストさんの衣装の型紙は自分で引きたいのかも知れない。それでも他の人に機会を譲ってくれた。立候補しようかと思っていたら……エストさんが勢いよく手を上げた。

 

「私が型紙を担当してもいいでしょうか!」

 

「お嬢様が?」

 

「私の型紙の成績はB゜です。小倉さんに及ばないのは分かっています……でも、朝陽のデザインの型紙を引いてみたいんです!」

 

「エストさん……私は構いません。他の工程で頑張らせて貰います」

 

「ありがとう、小倉さん」

 

 才華様のデザインの型紙を引けないのは残念だが、主従揃っての作品。それがとても素晴らしいと感じた。

 それに僕はルミネさんの衣装の方で力を貸すんだから、此方ではエストさんの頑張りに期待させて貰います。

 

「てゆか、モデルの人が型紙を引くと、仮縫いでサイズの調整するのに手間かかるよ」

 

「すごいねジャス子、製作のことよく知ってるね!」

 

「いせたんは進行管理なんだから、このくらい知らなくちゃ駄目でしょ……」

 

「ボディがあれば大丈夫。コンクールで応募する時に、皆さん、そのくらいはやっていると思うの」

 

「黒い子は納得したけど、私はかなり不満。黒い子の本気の型紙って、本当に凄いんだから。作品のクオリティを上げるのなら、断然黒い子に型紙をやらせた方が良いよ」

 

「それは分かっています。でも、どうしても今回の朝陽の衣装だけは、私がやりたいんです。我儘なのは分かっています」

 

「朝陽さんはどうするの? 小倉さんに任せる? それともエストさんに任せる?」

 

「私は……」

 

 才華様は確かめるように僕に視線を向けて来た。

 無言で僕は頷いた。此処で選ばれるべきなのは僕じゃない。

 

「……お嬢様に型紙を引いていただけるのであれば光栄です。それが自ら望んでのことなら、私に断る理由はありません」

 

「じゃあ型紙はエストさんに任せるとして、期間はどのくらいあればいい?」

 

「私もう驚くのに疲れた……」

 

「では仮縫いまで合わせて5日! 5日いただきます!」

 

「じゃあそうしよう。私、製作の過程を勉強したいから、時々見学に行ってもいい?」

 

「もちろんです。学院ではなく、私の部屋のアトリエで作業をするつもりですから、何時でもいらしてください」

 

「部屋にアトリエがあるんだ、凄いね!」

 

 エストさんのアトリエ! 大変興味を覚えます!

 ただ……ジャスティーヌさんは余りお気に召さなかったようだ。口を尖らせている。

 以前からジャスティーヌさんは自分の部屋の狭さに不満を持っていた。地元では家の格が上になる自分が、エストさんよりも小さな部屋である事が不満に思ったようだ。

 だけど仕方がない事だというのは分かっているようで、口を尖らせているだけだった。この班は、まとまるのに、時間が掛かりそうだ。

 でも、この班の全員の心が一つになれば、きっと素晴らしい衣装が出来るに違いない。共同作業が楽しみだ!

 

「CADを使う時は言ってくださいね。学院に来ないと使えませんけど、私、慣れてるのでー……」

 

「えっ? 授業でまだやってないのに?」

 

「建築での必須の教科なのでー……服飾のものとは、また違うみたいですけどねー。機会があるなら、慣れておこうかと」

 

 意外にも大津賀さんは建築の勉強をしたことがあるようだ。でも、これで大体の役割は決まった。

 エストさんが型紙を引き受けてくれている間に、僕は才華様とルミネさんの衣装について相談しないと。

 

「それじゃ、今日のミーティングは此処までにしよう! 良かったら、私が昼食をごちそうするけど、皆一緒に行かない?」

 

 リーダー職に燃える梅宮さんは、さっそくリーダーシップを発揮していた。エストさんも喜んでいるし、ジャスティーヌさんも面倒くさそうにしつつ、美味しい店と言われて同行を希望した。

 

「あ。少々お待ち下さい。私は、このデザインを樅山先生に見せないといけませんので」

 

「うん。分かった」

 

 梅宮さんは頷くと、才華様はデザインを持って教室を出て行った。

 帰り支度をしていると、何かもどかしそうにしているカトリーヌさんに気がついた。様子が可笑しいし、声を掛けようとしたところで……。

 

「失礼するよ」

 

 ……ラフォーレさんがやって来た。

 

「そ、総学院長先生!」

 

 いきなりラフォーレさんに会った梅宮さんは驚いた声を上げた。

 

「こんにちは。此方に大蔵君の娘が残っていると聞きまして。会いに来ました」

 

「こんにちはラフォーレさん」

 

「まだ学院に残ってくれて良かった。これから少々時間はあるかね?」

 

 どうすべきだろうかと考える。

 この後、皆で食事に行く予定だったのに、まさかラフォーレさんに誘われてしまうなんて。此処は梅宮さんの顔を立てて断るべきだろうか?

 

「あ。小倉さん。大丈夫だよ。食事は今度一緒にしよう」

 

「ありがとうございます、梅宮さん。エストさん、帰りにお部屋に寄っても大丈夫でしょうか?」

 

「私は構いません。小倉さんが来るのを待っています」

 

 了承を貰えた僕はカリンさんを伴って、ラフォーレさんと共に教室を出て行った。

 皆に少し悪い事をしたかも知れない。エストさんの部屋に行く時に、何処かでスイーツを買っていこう。

 

「今日は周りに人がいませんからプライベートな事も存分に話せますね」

 

「そ、そうですね」

 

 ラフォーレさんの案内に従ってやって来たのは、まさかの特別食堂。

 本日は終業式で午前中までしかないから、一般食堂とは違い特別食堂は閉まっている。なのにラフォーレさんの案内で来てみると、三人分の食事が用意されていた。

 ……総学院長の権限を使ったのかなあ? でも、彼の立場なら出来る事ではあるし。どう判断すべきなのか調査員としては悩んでしまう。

 

「先に言っておきますが、この食事は一流の料理店から取り寄せたものです。本来ならば一緒に一流レストランにでも食事に行きたいところでしたが、あいにくと君と私は学生とその学院の総学院長という間柄にありますので、あらぬ噂が流れるのは良くないでしょう」

 

 以前才華様を誘おうとしていなかったかなと思いながら、僕とカリンさんは席に座った。

 

「先ずは食事の前にお祝いの言葉を贈らせて貰います。クワルツ賞の最優秀賞受賞おめでとう」

 

「ありがとうございます」

 

 素直に嬉しい! ラフォーレさんはジャンとお父様が認めている人だから、その人から誉められるのは自信がつく。

 

「私もパリの本社で雑誌を見ましたが、此処最近のクワルツ賞で受賞している作品の中では、君とラグランジェ嬢の作品が一番良かったと思っています。彼にも見せましたが、『良い衣装だ。愛が詰まっているのが雑誌からでも分かる』と誉めていました」

 

「えっ?」

 

 彼? もしかしてその人は!?

 

「ジャンですよ。彼に其処まで言わせる作品を作り上げたのは、私の知る限り、此処数年では君だけですよ」

 

 ……ジャンが僕の作った衣装を……誉めてくれた。

 自然と涙が零れてしまった。慌ててハンカチを取り出して、涙を拭う。

 

「す、すみません。急に泣いたりして」

 

「いえ、構いませんよ。彼の誉め言葉を聞いて涙を流すことは、恥ずかしがる事ではありません。寧ろ良い事だと私は思いますから」

 

 何処までジャンが気付いているかは分からない。僕の製作した衣装だと分かって誉めてくれたのか。

 それとも分からないで誉めてくれたのか。どちらにしても、嬉しい。胸が熱くなって来る。

 でも……もしも……桜小路遊星様の作品と比べられたりしていたら。そう考えてしまうと、熱くなっていた胸が凍えるように冷えていく。

 

「どうかしましたか?」

 

「い、いえ、何でもありません!」

 

「それなら良いのですが……とりあえず乾杯しましょう。勿論飲み物はジュースですが」

 

「はい。乾杯」

 

「乾杯」

 

 僕とラフォーレさん、そしてカリンさんはコップを当てた。

 そのまま食事を始める。あ。美味しい。この特別食堂の食事に負けないほどだ。

 

「そういえば、先ほど教室内にアーノッツ嬢はいましたが、彼女の従者は何処に行ったのですか?」

 

「朝陽さんなら文化祭のコンペに出す衣装を樅山先生に見せる為に、職員室に行きました」

 

「入れ違いになってしまった訳ですか。それは残念ですね。出来れば文化祭前に会って、コンペに期待していることを伝えたかったのですが」

 

 既に班の組み合わせは把握済みのようだ。

 

「審査には手心を加えるつもりはありませんが、君達の班の作品には大いに期待しています。勿論、他の班の作品もです。クワルツ賞受賞の影響もあって、今年の文化祭には多数の服飾関係者が来るという話が出ています。その影響なのか、例年と違って外部のコンクールに参加している生徒達も、学院内のイベントに力を入れている。彼を迎える年末のフィリア・クリスマス・コレクションが楽しみです」

 

「私も楽しみです。文化祭でのコンペに出す作品も精一杯頑張ります」

 

「やはり、型紙は君が?」

 

「いえ……今回は私ではなくエストさんが引く事になりました」

 

「アーノッツ嬢が?」

 

 訝しげにラフォーレさんの眉が動いた。

 デザイナーを目指しているエストさんが、型紙を引く事を疑問に思ったのかも知れない。

 

「……君が型紙を引かない事は残念ですが、それでも彼女の従者のデザインが使われ、君も作品の製作に関わるのですから、問題は無いでしょう」

 

 期待に応えられなくてすみません。でも、今回の衣装はきっと僕が引くよりもエストさんが型紙を引いた方が良い衣装になると思います。

 

「それに君は他にも衣装製作の依頼を受けているようですからね。其方も期待していますよ」

 

 ……ルミネさんの衣装の依頼も知られていたか。やっぱりラフォーレさんは油断出来ない人だ。

 

「そうそう……これはまだ正式に決まっていない事ですが、私は年末のショーで理事長の作品を出したいと思っています」

 

「……えっ?」

 

 ドクンっと、胸の奥で鼓動が大きくなったように感じた。

 理事長の作品? それはつまり……。

 

「身内の君なら知っているでしょうが、この学院の理事長である大蔵りそなさんは、パリ本校の卒業生で最優秀賞の受賞者です」

 

「は、はい。その事は知っています……ですが、りそなさんが最優秀賞の受賞者になったのは、もう十数年前の話ですよね?」

 

「おや? ……もしや知らないのですか?」

 

「何をでしょうか?」

 

「彼女が受賞した時のパリコレは特別な場所で行なわれましてね。その場所を使えたのは、ジャンの力があってこそなのですが……恥ずかしがったのですかね。彼女が受賞した時のパリコレの舞台になったのは、あの有名な凱旋門がある大通りをランウェイとして歩いたんですよ」

 

 ……はっ?

 はて? ラフォーレさんは今なんて言ったのだろうか?

 りそながパリ本校で最優秀賞を受賞した舞台が、あのパリで有名な凱旋門の大通り? ……えっ?

 

「えぇーーーっ!?」

 

 限界まで振り絞った声が出た。あ、危なかった素の声が出そうになってしまった。

 ……こんな驚愕の事実を知った時も、素の声が出ないなんて……じゃなくて!

 えっ? 何それ? 本当に何それ? 確かにりそながパリコレで最優秀賞を受賞したのは知っているよ。だけど、その規模が予想を遥かに超えているんだけどぉ!?

 

「つ、つ、つかぬ事をき、聞きますが? その時の観客は?」

 

「パリ市民数万人だったね」

 

 パリ市民数万!?

 

「ジャンの指名で当時の各国の著名人達も集っていたよ」

 

 各国の著名人!?

 

「そもそも、そのランウェイの許可が下りたのは、某国の王族の結婚パレードもあってね。王族の方々も、大変喜んでいた」

 

 某国の王族の結婚パレード!?

 

「……」

 

 口から魂が出てしまいそうなぐらいに衝撃を覚えた。

 う、うん……今なら何とか耐えられるけど……もしこれが1月の頃の僕だったら、りそなの凄さに負けていたかも。

 大蔵家の当主として立派なだけじゃなくて、本当に凄い事をしていたんだね、りそな。

 ……あれ? そう言えば、桜小路遊星様もパリ校に通っていたんだよね? ……他にも九千代さんが『小倉朝日』には、伝説と呼ばれるほどの功績を挙げたとか言っていたようなあ……まさか……。

 

「小倉様。小倉様のお母様が大蔵駿我様と初めて会われたのは、夏頃のパリだそうです。パリ本校のコレクション開催日は5月ですので、時期が一致しません」

 

 ……確かにカリンさんの言う通りだ。

 桜小路遊星様がパリ本校に『小倉朝日』として留学した期間は半年ほど。りそなが通い出してから従者としてパリに一緒に来たとすると、時期が合わない。

 言っては何だが、あの頃のりそなを単身で渡仏させるとは思えない。じゃあ、僕の勘違い?

 

「危ないところでした……総裁殿、衣遠様、駿我様に緊急メールを」

 

 カリンさんが携帯を取り出して、何処かにメールを送っている。

 もしかしたらりそなに確認のメールを送っているのかも知れない。あとで聞いてみよう。

 それにしても心から驚いた。りそなが最優秀賞を取った時のパリコレが、そんなに凄かったなんて。兄としては喜ばしいけど……複雑だなあ。

 

「あ、あの……それでりそなさんの作品を出すというのは、どのような形を考えているのでしょうか?」

 

「まだ決まっていないので何とも言えませんが、観客へのショーの流れの説明で使いたいと考えています。大蔵家総裁としてだけではなく、ストリート系のブランドでも有名な彼女の作品。来賓する観客の方々や生徒達の目を楽しませてくれると思っています。賞などの功績は得られませんが、誰よりも先に作品を見せる事が出来ます」

 

 なるほど……もしもこの話が正式に決まったら、絶対に応募しよう。

 身内だから選ばれたとか、陰口を言われたって構わない。りそなの作品は、僕が作りたい。いや、作るんだ!

 輝かしい功績を得た僕の妹を、支えられるようになる為に!




と言う訳で遂に朝日はりそなが最優秀賞を取ったパリコレの出来事を知りました。
ですが、カリンが機転を利かせて、桜小路遊星が通った時期を誤魔化したので地雷をギリギリセーフで回避。彼女はきっと三人から特別ボーナスを渡される事でしょう。
朝日の認識では、桜小路遊星がパリ本校に通ったのは9月から12月頃まで。半年の期間については、7月頃からパリにやって来て、りそなの準備を手伝っていたと今は認識しています。あの頃のりそなを単身で渡仏させたとは考えていません。これに関しては直前の大蔵家の動きを認識し切れていない事と、朝日にとっての大切な相手がりそなだからです。
因みに……何時まで誤魔化せるか分かりません。
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