月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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今回は久々のあの二人の登場。
ただこのルートで今後出番があるとすれば、ラスト辺りになりそうです。

秋ウサギ様、えりのる様、獅子満月様、烏瑠様、黒うさみん様、誤字報告ありがとうございました!


七月中旬(才華side)10

side才華

 

 職員室で紅葉の点検を終えた後、足早に教室に戻って来て見れば、小倉さんとカリンの姿がなかった。

 どうしたのかとエストに尋ねてみると、総学院長であるラフォーレ氏が会いに来て一緒に行ってしまったらしい。せっかくの班の皆での食事を邪魔されたと思ったが……相手が総学院長では諦めるしかない。

 しかし、こうして終業式の日だというのに訪ねに来たという事は、やはり総学院長も小倉さんの衣装に興味を覚えているという事だ。今後も彼の動向には注意しよう。

 そして昼食を終えた僕らは桜の園に戻って来たのだが……。

 

「アトレの部屋と同じぐらいひっろーい。そのわりにあっちと違って家具がへっちょいのは、やっぱり部屋代が高くて内装までお金回らなかったのかな? まあ、ソファーは気持ちいいけどー」

 

 私服に着替えたジャスティーヌ嬢が、久々に暴君ぶりを発揮していた。

 最近、小倉さんと一緒にいたから忘れかけていたが、彼女の本質はやっぱり暴君だ。

 

「ジャスティーヌ様、横になっては駄目ます。服が皺だらけになってしまいます」

 

「私がアイロンかける訳じゃないからいいよ。ねー、白い子。飲み物とお菓子をちょーだーいー!」

 

「はい、ただいま。ダージリンのセカンドフラッシュです。この季節にマスカテルフレーバーはぴったりかと。くるみのタルトを用意しましたので、ご一緒にどうぞ」

 

「あぐっ。おいし」

 

 僕渾身のタルトを一口か。もっと味わって食べて欲しかった。

 

「でも、アトレの方が美味しいね」

 

 更にアトレと比較されてしまった。良いんだ。僕はデザイナーなんだから、お菓子作りで妹に負けるのは仕方がない。だから、悔しくなんて全然ない。本当に。

 しかし、やっぱりアトレの事は名前でジャスティーヌ嬢は呼んでいるんだなあ。それだけ仲が良くなったのは喜ばしい事だ。

 

「あと冷たいのもいま飲みたい。みどりのぶどうのジュースちょうだい」

 

「はい、ただいま、ご用意いたします」

 

 とは言っても、困った。ジュースはあるにはあるが、ジャスティーヌ嬢が要求したみどりのぶどうはない。地下街のカフェで買って来ないと。

 

「ご、ごめんなさい、私が行きます。今から地下街へ行って買って来ます」

 

「いいよ、カトリーヌ。アーノッツ家にしては生意気な部屋だから、従者の白い子をこき使ってやればいいんだよ。私達お客様だもん」

 

 どうやらジャスティーヌ嬢は、エストの部屋が自分より上層階である事を相当不満に思っているご様子。不機嫌ではないものの、当たりが厳しい。早く小倉さんに来てもらいたい。

 横目で時計を確認する。……結構時間が経っている…何かあったのでは? と不安になってしまう。大丈夫かな? 小倉さん。

 心配で胸が一杯になりそうだが、今はエストの従者としてジャスティーヌ嬢の相手を優先しないと。

 

「地下街なら私でも買いに行けます、ジャスティーヌ様の仰る通り、お二人はお客様なのですから、どうぞごゆっくりお部屋でお寛ぎ下さい」

 

「そうだよ、ラグランジェ家の使用人が、アーノッツ家の使用人に遠慮する理由なんてないよ。カトリーヌも好きなジュースを注文しなよ」

 

「い、いえ、私は大丈夫ます」

 

「おもてなしとして、コンシェルジュに頼むのではなく、私が行ってまいります。カトリーヌさんには、グレープフルーツのフレッシュジュースをご用意いたします」

 

 少し苦みがあって、ジャスティーヌ嬢のジュースよりも大人向けだ。さりげないこの心配りに気づいて貰いたい。

 他の三人からもジュースの注文を聞いて、地下街のカフェで買い、再びエストの部屋へ。ついでにお菓子も用意した。本当なら小倉さんとカリンの分も用意しておきたいところだが、何時部屋に来るか分からないから諦めよう。

 それにしても、まさか初日から、二組とも遊びに上がり込んで来るとは思わなかった。いや、後から小倉さんとカリンも来るから三組か。梅宮伊瀬也は製作の過程を見に来たから、遊びに来たのはジャスティーヌ嬢だけだ。

 彼女達は自分のデザインに勤しんだりしなくて良いのかな? ジャスティーヌ嬢は何か目的があるようだけど、その為に来たのだろうか?

 梅宮伊瀬也は、自分のデザインでは敵わないと諦めているのかも知れない。負けず嫌い(でもドMだ)なのだから、果敢に挑んでみればいいのに。

 こうして共同作業だと、とても張り切るのに……ん? そうか、共同作業に興味があるのか。

 

「あれ、メイドさん?」

 

「ほんとだ、メイドさんだ。相変わらずメイド服の上に、ジュースいっぱい持ってる」

 

「あ、パル子さん、マルキューさん。こんばんは」

 

 二人に会うのは久しぶりだ。元気そうで何よりだ。

 

「いやあ暑いからすみませんね。グレープフルーツ超好きです」

 

「おまえ仲良くして貰えてるからって調子に乗ると、いい加減怒られるからな? あ、ジブンぶどういいスか」

 

「どうぞ、お好きなものをお取りください」

 

「あ、いえその、冗談のつもりでしたすみません」

 

「だからおまえ、そういうわかりにくい冗談やめろっていつも言ってんのに。そんで乗っかった私もごめんなさい」

 

「じゃあお詫びにバナナのジュースで良いです」

 

「うはあー」

 

 お二人に笑って貰えた。僕のギャグは面白いからね。

 

「そんなバナナ。ふふっ?」

 

「あところでこの地下涼しいですね」

 

 あれ、僕のギャグは? もう一度言った方が良い? そんなバナナって面白いよね?

 

「いやあー、買い物があって外にいたんですけど地上マジやばいです。そら誰もが地下へ逃げこむわって感じです」

 

「マジでな。死ぬかと思ったよな。暑いとかじゃなくて辛いだったもんな。気温とかじゃなくて熱だったもんな。そんな中買い物に行くことになったのは、私らがジャンケンで負けたからなんだけどな」

 

「そだったー。あそこでパーを出したばかりに」

 

 言われて気がついたが、パル子さんとマルキューさんの両手には飲み物やお菓子が入った袋が握られている。

 見た感じでは、どう考えても二人で飲食するには数が多すぎる。先ほどのマルキューさんの発言から考えると、二人は買い出しに来たのだろうか?

 

「随分と買いこまれているようですね」

 

「あ。そういえば最近会ってなかったからメイドさんは知らなかったんですよね。実はうちのブランド。アルバイトを雇うようになったんです」

 

「アルバイトの方をですか?」

 

「ええ、まあ。スポンサーになってくれた大蔵衣遠さんから、例の映画が上映されたら依頼が多くなるだろうから、その前にアルバイトを何人か雇っておけって言われまして」

 

 ああ、なるほど。確かに八日堂朔莉が出演する事もあって、件の映画の注目度は確かに高い。

 その映画の衣装を手掛けたパル子さんとマルキューさんのブランドである『ぱるぱるしるばー』を知ったら、今よりも依頼が多くなるのは確実だ。これまでも結構ギリギリな様子だったし、その前に手は打っておくべきだ。

 流石です、伯父様。あれ? でも、確か……。

 

「以前お伺いした時は、パル子さんのお部屋で衣装製作をされているとお聞きしましたが、大人数が集まっても大丈夫なのですか?」

 

 小倉さんが手伝いを申し出た時、そんな事を言っていた筈だ。

 

「いやー、それが今製作してる場所、あたしの部屋じゃないんです」

 

「衣遠さんの部下の人が用意してくれた広いマンションの一室でやってます」

 

「案内された時は驚いたなきゅうたろう」

 

「だな。マジであの部屋汚したら不味いんじゃって思うぐらい高そうな部屋で。慣れるまではおっかなびっくりだった」

 

 どうやら伯父様は二人にアトリエとして使える場所を提供したようだ。

 これなら確かにアルバイトを何人か雇っても、場所には困らなそうだ。ただ……。

 

「しかし、雇い主のマルキューさんとパル子さんが買い出しに行くというのはどうなのでしょうか?」

 

「ああ、コレですか? コレぐらいなら問題無いですよ。だって」

 

「バイトの皆は私のクラスの子達なんで、仲良くしながら楽しくやってますんで。これだってちょっとした息抜きの罰ゲームみたいなもんです」

 

「パル子の目から見て、この子なら大丈夫だと思った人達で。実際、私よりも戦力になってくれています」

 

 これは盲点だった。高額の学費さえ支払えば通える特別編成クラスと違って、一般クラスの方は受験を受けて入学して来ている。

 その分だけ服飾の知識や技術を持っている相手はいる。目の前にいるパル子さんもそうだ。この点も流石伯父様としか思えない。外部から雇うよりも、知っている相手の方が楽しく作業出来る。問題があるとすれば、友達同士でやっているから怠けてしまいそうなところだが、その点は厳しいマルキューさんがカバーしているんだろう。

 或いは伯父様が用意した部下の人とか。

 

「あ、ところで今日から夏休みですね」

 

「はい。お二人は先ほど仰られていたアルバイトの方々と何処かへ行かれたりはしますか?」

 

「そんな、遠出とかはしないですね。今の予定だと。普通に街中をぶらぶらとかはすると思います……製作の過程次第では、それも無理になるかも」

 

 ん? 急にマルキューさんの顔色が変わったような?

 疑問に思って質問しようとすると、その前にパル子さんが話しかけて来た。

 

「メイドさんはやはりロンドンあたりの海外へ帰りますか? ギャラッハさんの実家、ロンドンですよね?」

 

「いえ、お嬢様はご実家にはお帰りになりません。文化祭の衣装製作に専念されるそうです」

 

「あそちらも文化祭でのコンペにでますか」

 

「はい。8人で一つの班を作ります。デザインは、私のものを選んでいただきました。製作がとても楽しみなんです」

 

「私もです。衣装作るの楽しみっすね。因みにうちの班は4人です」

 

 素晴らしいじゃないか。課題としてだけではなく、パル子さんは服作りが楽しくて仕方がないといった様子だ。そんな様子を見せて貰ったおかげで此方もやる気が増して行く。

 色々と悩まされたが、学院側は良い課題を与えてくれた。何よりもモデルとして参加はしないが、フィリア・クリスマス・コレクションの流れを理解出来る良い機会だ。

 ただ機会はやって来ないかも知れないが、パル子さんとも一緒に製作してみたいよ。

 ……ん?

 

「下手な衣装出したらどうなるんだろう? ……やっぱりスポンサー打ち切り? そうなったら、あの部屋汚した賠償金を支払ったりするのかな? お、お腹痛い」

 

 何だか本当に顔色が悪い。一体どうしたんだろうか、マルキューさんは?

 

「あ、あのマルキューさん。どうされました?」

 

「い、いや……実は大蔵衣遠さんから文化祭のコンペには見に行くって言われてて」

 

「お、……ではなくて、衣遠様が見に来られるのですか?」

 

「ええらしいです。わざわざ電話が掛かって来たって事は、審査されるんじゃないかと思って」

 

 僕の方には連絡は来ていないが、マルキューさんに連絡して来たところを見ると伯父様が来るのは確定だ。

 と言うよりも、ルミねえが文化祭でのピアノの演奏者に選ばれたんだから、あの過保護なひいお祖父様が大蔵家一同を呼び出さない筈が無い。

 ……伯父様がコンペを見に来るのか。これはますます気が抜けなくなったな。

 

「いやきゅうたろう。大丈夫だって。ただ見に行くって言われただけなんだろう?」

 

「お前はあの衣遠さんと顔を合わせた事が無いから言えるんだよ。もうほんと怖いんだからな。まあ、班員の皆もスポンサーが見に来るって事でやる気だしてくれたから助かったけど」

 

「もしやパル子さんの班員の方々は?」

 

「アルバイトの子達っす」

 

 それは思っていたよりも強力なライバルになりそうだ。

 二人の様子から見て、アルバイトの人達を雇ってからそれなりに経っているようだ。その時間分だけ連携という点で差が出来てしまう。

 技術においては負けないつもりだが、連携分の差は僕らの班では覆すのは無理かもしれない。やはりパル子さん達はコンペでの一番のライバルだ。

 

「あと私の聞いた話だと、何だか上級生もやる気だしてるそうですよ。服飾系の関係者が結構やって来るって噂が流れてて。何時もなら殆ど一人に押し付けるそうなのに、今年は違うらしいです」

 

 服飾部門全体でやる気がマンゴスチンなのは良い事だ。……個人的には年末にライバルが増えそうな事に危機感を感じなくもないが、その点を抜いてもやる気があるのは良い事だ。

 現に僕のクラスでも梅宮伊瀬也だけじゃなくて、遊佐嬢や温井嬢もやる気を見せていた。今年の一年生にそれだけのやる気があるのがまとめ役の賜物なら、やるじゃないか梅宮伊瀬也。

 せっかくやる気があるのなら、班なんて言わずに、全員で共同製作するのも良いかもしれない。そんな機会があるといいけれど……。

 

「てか、そろそろジュースやばくないですか? 私らは部屋に氷があるから入れなかったですけど、それ誰かに持ってく感じですよね? 引き止めちゃってすみません」

 

「あ、そう……ですね。これではお客様にお出しできませんね。少しぬるくなってしまいましたが、もし良ければ皆様で召し上がっていただけませんか?」

 

「いや、タダで貰うのは気が引けるっす……」

 

「でもこのままでは捨ててしまうので。それに対価でしたら、情報と言う事で充分に頂けました」

 

 二人は涙ながらに感動して受け取ってくれた。こんなに美味しそうなジュースを得られた事に感動しながら去って行った。飲んでもらう甲斐のある人達で良かった。

 さて、新しくジュースを買い直さないと。

 

「こんなところでどうされたんですか、朝陽さん?」

 

 慌てて振り向いてみると、制服姿の小倉さんとメイド姿のカリンが立っていた。

 

「こ、小倉お嬢様! いえ、飲み物の買い出しに」

 

「そうでしたか」

 

「また面倒な事が起きてなくて良かったです」

 

 相変わらずカリンは僕に辛辣だ。いや、それだけの事をしているから当然なんだけどさ。

 

「飲み物の買い出しでしたらお手伝いしましょうか?」

 

「い、いえ、お招きするお嬢様方へご用意する飲み物ですから。他家のお嬢様やメイドの方にお手伝い頂くのは……」

 

「昼食をご一緒できなかったお詫びに、スイーツや飲み物を買っていこうと思っていたところですから問題はありません。一緒に買い物をしましょう」

 

 うぅ……こ、小倉さんの優しさに胸が熱くなりそうだ。

 

「良家のお嬢様達が暮らしているマンションですから、小倉様に荷物は持たせられませんね。私も持ちますが、ちゃんと貴方にも持って頂きます」

 

 そしてカリンの辛辣さに涙が零れそう。

 手早く買い物を済ませて、僕らはエストの部屋に今度こそ向かった。

 

「おそいよ、もー! 何時まで待たせるのー!」

 

 叱られるのはもっともな時間なので、申し訳ありませんと謝罪した。すると、小倉さんがジャスティーヌさんに話しかけた。

 

「すみません、ジャスティーヌさん。私も買い物をしていて待たせてしまったんです。お詫びと言ってはなんですが、ジャスティーヌさんの好きなスイーツを買って来ました」

 

「あ。黒い子も一緒だったんだ。うん、貰うね」

 

 小倉さんからスイーツを受け取ると、ジャスティーヌ嬢は嬉しそうにスイーツを食べた。

 ……随分とジャスティーヌ嬢の扱いに慣れてるな小倉さん。そう思ったが、よくよく考えてみれば小倉さんは先月は殆どジャスティーヌ嬢と過ごしていたんだから、手慣れるのも仕方がない。

 おっと、感心している場合じゃない。小倉さんがジャスティーヌ嬢の相手をしてくれている間に、エスト達にもジュースを渡さないと。

 アトリエに入る前にカトリーヌさんから申し訳ありませんと謝られた。遅れたのは事実なので気にしていないとだけ答え、アトリエのドアを開ける。

 

「エストお嬢様、梅宮様、大津賀さん、ジュースをお持ちしました。それと小倉お嬢様とクロンメリンさんが参りました」

 

 アトリエの中では、エストが型紙を引いていた。それを梅宮主従が見守っている状態だ。

 梅宮主従は真剣な面持ちで、部屋へ来た時からエストの作業風景を見ている。勉強熱心なのは良い事だ。

 

「ねえ? このカーブの線はどうして必要なの? どこと繋がるの? どんな計算で、この角度になるの?」

 

 いや、勉強熱心すぎるのも考えものだ。エストの手が止まっているじゃないか。

 エストも親切だから、質問を受ける都度、答えている。これは時間が掛かりそうだ。

 

「お嬢様、邪魔かもー……」

 

「えっ!? 私、邪魔になってる? なってたらごめんね!? 遠慮せず邪魔なら邪魔って言ってね?」

 

「邪魔ー」

 

「大津賀さんじゃなくてね!?」

 

「邪魔ではなく新鮮さを感じますね」

 

 良く言ったエスト。真実をオブラートに包む優しさ、誇り高き貴族らしい配慮だ。

 

「教室では朝陽や小倉さんがよく質問を受けていますけど、私は二人ほど優秀ではありませんから、人に教える機会がありません。感心して貰えると嬉しいものですね。手本にしていただければ光栄です」

 

 素晴らしいよ、エスト。君は服飾に関わる事での受け答えは、外見そのもののまさに貴族だ。

 もう一生、デザインをしているか、型紙を引いているか、服を縫っていればいい。

 

「集団の先頭に立てそうだね、エストさんは」

 

 これは……! 漸く、漸く僕の今までのエストに対する貴族教育が実ったのではないか? 民衆を導く貴族そのもののエストの姿を想像して、従者心に涙がちょちょ切れそうになった。

 ……以前の僕だったら従者心なんて、自分に宿るなんて考えても見なかっただろうなあ。

 

「資源の無駄としか思えないデザイン描くけどね」

 

「ジャ、ジャスティーヌさん」

 

 それは……違うのにと言いたいが、エストから禁じられている。本当のエストのデザインは素晴らしいんだから。

 このメンバーの中で僕の他に、唯一エストのデザインを知っている小倉さんは、困ったような顔をしている。でも、エストから頼まれているので言わないでくれるようだ。

 ありがとうございます、小倉さん。

 

「あ。小倉さんも来たんだ」

 

「はい。これがエストさんの型紙ですか?」

 

 興味深そうに小倉さんは、エストが引いた型紙を見ている。

 でも、自分からは意見は言わないようだ。今回は本気でエストに型紙を任せてくれるみたいだ。この点でも小倉さんには感謝だ。

 

「エストさんなりに頑張った結果なんだから、無駄なんて言ったら酷いよジャス子。万が一にも花開くことはあるかもしれないでしょ」

 

 何気に君も酷い事を言ってるよ梅宮伊瀬也。エストが涙目で震えているから止めてあげて欲しい。

 

「今のままじゃ万が一ってことはないよ。ただなんか、基礎は出来てる感じはするから、タッチと絵柄を変えれば大化けするかもね」

 

「ジャス子さん、アイラビュー!」

 

「まあ現状ゴミだけど」

 

「打たれ強いのが自慢だけれど、一度上げてから落とされるのは辛いので、できれば最初の位置から落としてねウフフ」

 

「あの~、エストさん。非常に言い難いのですが、此処の計算が少しずれてしまっています」

 

「嘘ッ! あ……ほんとだ」

 

 流石に小倉さんも計算の間違いは見逃せなかったのか指摘されたエストは愕然とした顔をした。

 

「そう言えば一日に何枚も描いてるって言ってたね。でも枚数だけ描いても駄目って事が良く分かった。考えながらデザインは描かないと!」

 

 お願い! 流石にもう止めて上げて! エストが手で顔を覆ってるから!

 そうだ! このアトリエにはエストの真のデザイン画があるはずだ!

 彼女は、学院でそれを見せたくないと言っている。本来ならば隠さなければ……と思うと同時に。もしこの場にいる誰かに見つけられて、エストの実力が明らかになれば、実力を見直して貰えるという期待が湧いて来る。

 だけど良く見れば、普段アトリエに散らばっているエストのデザイン画が一枚も無い。見掛けるのは、僕が描いたものばかり。

 エストが事前に片づけたのか。つまり隠したという事だね。こういうところは本当に手が早い。一枚ぐらい何時ものぐうたらで落ちて無いかなと見回していると……。

 

「すごい……」

 

 僕のデザインを見ていたカトリーヌさんが感嘆の声を洩らした。

 

「え?」

 

「あ、ごめんなさい。勝手にデザイン画を見てしまいました」

 

「構いませんよ」

 

 出来れば見て意見を言って貰いたい。エストと違って僕は隠したりしないから。

 

「いい、カス、いい、いい、ゴミ、いい、いい、いい、カス、いい」

 

 ジャスティーヌ嬢は何枚も積み重なった僕のデザインを、お眼鏡に適うものと、そうじゃないものに寄り分けていた。指摘されたデザインは僕もちょっとどうかなと思うものだけど、いま初めてエストの気持ちが分かった。これは確かに泣いてしまいそう。

 

「とても良いデザインですね。私なんかとは比べものになりません」

 

 小倉さんに感心されるのは心から嬉しい!

 

「すごい、どれもこれも線が汚くない。凝ってるし、一つとして同じポーズがない」

 

「才能あるドS……凄く良い……」

 

 そして君達も本当に気持ちのいい主従だ。大変に気分が良い。

 

「才能……あります」

 

「本当ですか? ありがとうございます」

 

「あ、いえ、ごめんなさい。あるとかないとか、私が言う事ではありません。素晴らしいます。ただそれだけます」

 

「嬉しいます」

 

 昼食を皆で食べた時に聞いたカトリーヌさんの型紙の成績はB゜だった。

 エストと同じ……と言えば大したものだし、教室内では優秀な部類だ。だけど彼女の年齢は、僕達の一回りよりも更に上だ。

 年齢を加味して、残酷な言い方をしてしまえば極めて普通。素地があれば、趣味で衣装製作をしている人の方が優れているかもしれない。

 型紙の技術は、錬磨によって才能をカバーする事が出来る、それでも限界がある。九割が経験だとしても、最後にものを言うのは感覚。つまり、一割のセンスだ。

 カトリーヌさんにそれが恐らく無い。普段の学院での行動や、性格を考えても、努力は間違いなくしている。それでも、学生の中の小倉さんや僕を除いて優秀者であるエストと同じ評価で、プロとして仕事に就けなかったということは……。

 だけど才能が無い事が分かっていてもカトリーヌさんは、この世界へしがみつきたいのだろう。年下の同級生の中へ、彼女達と同じ制服を着せられてもだ。

 しがみつくという部分は、僕に似ている。僕もどうしてもフィリア学院に通いたいから、主人であるエストや同級生達を騙して女装までしているんだから。だから手を差し伸べたいけれど、実力のある世界である以上、彼女を中心に据える訳にはいかない。

 ……そういえば……。

 

「このカーブの線が必要なのはですね」

 

「あ、そういう事だったんだ」

 

「分かりやすくて助かりますー……」

 

「私の型紙なのに完璧に把握されてる!? 小倉さんってやっぱり凄い!」

 

 一度この残酷な世界に背を向けた人。だけど、今の小倉さんの姿にはそんな様子は見えない。

 これほど凄い才能を宿しているのに、何故小倉さんは服飾の世界から離れようとしたのだろうか? 以前は、前の主人との関係や母親である『小倉朝日』さんの功績が関係していると思っていたが、それだけではない気がする。

 ……待てよ。前にラフォーレ氏との会談の時に、小倉さんは確か……。

 

『私は……たとえ自分の完成図があっても、その完成図にはなりません。私は……私になりたい。誰でもない。私になりたいです』

 

 そんな事を言っていた。一体あの言葉にはどんな意味が隠されているのだろうか?

 

「ふう。とりあえず、本当に出だしの入口までは進んだ。此処から先は長そうだし、休憩にしましょう」

 

 どうやら一度休憩をエストは挟むようだ。

 ん、なかなか悪くない。小倉さんに指摘された計算間違いの部分も修正されている。とはいえ基礎部分しか書けてないから、これからどう化けるかは分からない。

 

「小倉さん。私はすごいなあとしか言えないけど、これは今どの程度の状態なの?」

 

「まだまだこれからですね。エストさんが仰っていたとおり、本当に出だしの入口までしか到達していません」

 

「えっ! その程度しか進んでいないの!?」

 

「あー、もう授業で習っている範囲を超えていますねー」

 

「此処から本当に先は長いよ。だから質問するなら黒い子にして、アーノッツの子に質問するのは控えた方が良いよ」

 

 おや? ジャスティーヌ嬢が的確な事を指摘してくれた。

 その点は僕も思っていたので助かる。先ほど小倉さんが指摘してくれたエストのミスも、梅宮主従の疑問に答えていたから起きたのかも知れないし。

 

「うん。分かったそうする。けど、小倉さんは大丈夫?」

 

「エストさんが満足出来る型紙を完成させてくれるなら、問題はありません」

 

「プレッシャー!!」

 

 頑張れエスト。でも、これで梅宮主従とジャスティーヌ嬢の相手は小倉さんに任せておいて良さそうだ。僕はメイドとしてエストの補佐をしないといけないし。

 

「このデザインなら、こういう引き方の方が良いですね」

 

「そんな引き方もあるんだ。凄いね」

 

「黒い子って、ほんと型紙が上手いよね」

 

「ところでジャス子は型紙の成績はどうだったの?」

 

「私、ぜんぜん本気出してないからDだったよ」

 

「なんだ。私でもジャス子に勝てる部分があった」

 

「は!? 本気出したらいせたんより凄いからね、私!」

 

「じゃあ引いてみてよ」

 

「……」

 

 ……隣の部屋から聞こえてくる声に心が惹かれるが、我慢、我慢。まあ、ジャスティーヌ嬢の性格上、こつこつと勉強しなくてはいけない型紙の技術は、厳しいだろう。

 でも、型紙の良し悪しを見抜く目は小倉さんの才能を見抜いた点から見て、持っていると思う。

 おっと、いけない。今は主人が頑張って僕のデザインの型紙を引いているん……。

 

「朝陽。スイーツお代わり」

 

 お黙り!




と言う訳で、パル子とマルキューは順調に成功の道を歩んでいます。
アルバイトとして雇ったクラスメイト達は、原作の才華やエストまでいきませんが、マルキューよりも戦力になっています。
因みに衣遠とパル子はまだ直接会っていません。マルキューがパル子の事情を説明しているので、直接会うのは危ないと判断しています。後マルキューのサポート役の部下の人は、仕事には厳しいけど、それ以外では優しい人が選ばれています。本編に出て来る事はありませんが。

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