月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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七月中の才華sideの話を幾つか加筆修正しました。
次回の遊星sideで七月は終わりです。

秋ウサギ様、えりのる様、烏瑠様、誤字報告ありがとうございました!


七月中旬(才華side)11

side才華

 

「というわけで、夏休みは製作に専念することで埋まってしまいそうです」

 

 時刻は午後9時過ぎ。僕は屋上庭園で八日堂朔莉、ルミねえ、アトレ……そして小倉さんとカリンを加えたメンバーでお茶会をしていた。

 

「いかがでしょうか、小倉お姉様?」

 

「とても美味しいです、アトレさん」

 

「ああ、その微笑みを見るだけで胸が熱くなってしまいます」

 

 ……うん。明らかに距離が近すぎるよ、アトレ。

 そんなに身を寄せたら小倉さんが困るじゃないか。ほら、事情を知らないルミねえと八日堂朔莉は、どういう事? と困惑しながら僕に質問の視線を向けて来ているよ。

 ごめん。非常に言いたくないので質問を黙殺させて貰う。アトレがスイーツを持って来た時に見せた二人の笑顔が懐かしく感じてしまうよ。いや、本気で。

 だけど、まだ小倉さんに帰って貰うのは困る。この後、ルミねえの衣装の事で話し合わないといけない。

 迷惑をかけてしまって申し訳ない。結局、小倉さんはあの後ずっと梅宮伊瀬也とジャスティーヌ嬢の相手をしてくれた。おかげでエストの作業は捗った。

 ただ今後も、梅宮伊瀬也は毎日来そうな気がするし、ジャスティーヌ嬢に来ると我儘を言われそうだし、かといって僕はメイドだから人が来ているのに居ないわけにはいかない。ルミねえの衣装製作を少しでも進めたいのに。

 ……余り使いたくない手段だが、エストに泣きついて『型紙に集中したい』を理由にあの二組が来るのを5日……いや、3日に一度にして貰おう。小倉さんは出来れば毎日来て貰いたい。

 

「と、ところで製作は普段通りに登校して、学院でするの?」

 

 話を変えようと話題を出してくれた八日堂朔莉に心から感謝する。

 

「作業に必要な時はそうなると思いますが、今のところお嬢様の部屋へ集まって作業を進めています」

 

 因みに僕らの班は、小倉さんとジャスティーヌ嬢のおかげで学院での作業はフリーパス扱いだ。

 何でもクワルツ賞の衣装製作をしている時に、ラフォーレ氏が訪ねに来て、貴重な作業時間を30分も小倉さんから頂いたので、そのお礼にと言う事だ。製作に掛かる者にとっては、30分と言う時間は非常に大きい。

 このぐらいのお礼は貰って当然だと思った。ましてや製作時間も通常より小倉さんは少なかったんだから。

 おかげで、僕らの班は一々学院側に使用許可を貰わなくて済む。小倉さんとジャスティーヌ嬢と一緒の班になれて良かった。梅宮伊瀬也は『たったの30分で!?』と驚いていたけどね。

 

「今もエストお嬢様は、ご自分の部屋にあるアトリエで作業を進めています」

 

「あ、それで今日はエストさんがいないんだ」

 

「お姉様。宜しければエストさんにお土産として、スイーツを持ち帰ってはいかがでしょうか?」

 

 アトレの提案は丁重にお断りした。幾ら体形が変わらない体質だとは言え、モデルのエストが甘い物ばかり食べるのは宜しくない。

 

「時間は? 集まる時間は決まっているの? 大体いつも通りに待ち伏せしていれば朝陽さんに会える?」

 

「出来るだけ時間を散らそうと思います。時に早起き、時に昼頃のランダムで。諦めるのが先か、夏休みが終わるのが先か持久戦ですね」

 

 こっちはエストとルミねえの衣装の製作で忙しい。幾ら借りが沢山あるからと言って、八日堂朔莉に合わせている暇はない。

 

「夏休みいっぱいですか……それだと一緒にお出かけは難しそうですね。小倉お姉さまとは是非一緒にお買い物などご一緒したかったのですが…京都でご一緒した時のように、二人でペアルックのような服を着たり」

 

「製作に私も集中したいので、ご遠慮させて貰います」

 

「滅法残念」

 

「……何だか、凄くアトレさんの目から危険な気配を感じたんだけど」

 

 気のせいじゃないと思うよ、ルミねえ。

 

「え? まさか、ガチ? ガチなの!?」

 

 流石は変態。どうやらアトレの気持ちに気がついたようだ。……気づかないで欲しかった。

 

「そういえばご報告をするのを忘れていましたが、この度めでたく『コクラアサヒ倶楽部』の部員数が、1500名を突破いたしました」

 

 ドンっと、小倉さんがテーブルに額をぶつける音が響いた。余程ショックだったようだ。

 ルミねえも呆然と口を開け、八日堂朔莉は……何故か悔しがっている。

 

「くっ! このタイミングで部員数増加は間違いなく小倉朝日さんのおかげね。朝陽さんのファンとしては悔しさを感じてしまうわ。朝陽さん。本当に頑張ってね!」

 

「はい。以前にも申しましたが、小倉お嬢様に負けないように励むつもりです」

 

「い、いえ……あ、あの……わ、私なんて……そんなに大層な相手ではないので……挑まれても……困ります」

 

 いえ、貴女は間違いなく僕の学院における型紙のライバルです。

 

「それと漸く『コクラアサヒ倶楽部』の今年の夏合宿先が決まりました。4泊5日の北海道です。海外も考えていたのですけど、発足一年目なので、パスポートを持っていない部員もいて、今回は国内の避暑地を選びました。宿泊先は当家所有のホテルを提供します」

 

 よくお母様が許可をと思ったけど、既にアトレはお母様から認められているから許可が下りたのだろう。

 学院での活動の為なら、お母様もお父様も許してくれるだろうし。ただ……部活名が『コクラアサヒ倶楽部』だと知られていない事を願いたい。

 

「ア、アトレさん? ル……ではなくて桜小路の御当主様には何と仰って御許可を?」

 

「ご安心して下さい、小倉お姉様。部活名は秘密にして、部の集まりの為とご説明しておきましたから」

 

「よ、よかったあ……知られたらどんなことになっていた事か」

 

 心から小倉さんは安堵の息を漏らしていた。僕も安堵する。

 フィリア学院に『コクラアサヒ』の名前があると知れたら、本格的にお母様が調べる為に動き出しかねない。

 

「話を続けますが、交通費は実費負担になりますが、飛行機は高額と言う方の為に、桜小路家の関連会社である旅行会社にバスを出して貰う事になりました」

 

「アレ? 大蔵家の関連会社じゃないの? 伯父の衣遠さんに頼めば……」

 

「ルミねえ様。忘れてはいけません。私はまだ、叔母様とは喧嘩中です」

 

「……そうだったね」

 

 そう。僕とアトレはまだ総裁殿と喧嘩中だ。

 大蔵家総裁と喧嘩中なのに、その秘書である伯父様の力を借りるのは、反省の色が無いとみられるに決まっている。

 これ以上総裁殿の機嫌を悪くしない為にも、アトレの判断は間違っていない。

 

「バスの方は札幌まで往復5千円という、格安のお値段です。飛行機組よりも一日早く出発して、岩手の雫石、北海道の函館でそれぞれ一泊して、2日目から合流します」

 

「それも楽しそうですね。札幌の美しい街並み、小樽の情緒ある夜景、知床の雄大な大地……文芸活動には持ってこいですね」

 

「グウゥゥゥ……い、い、行きたい。い、い、い、イキたい! グギギギギギどうして私には一日たりとも空いている時間がないの……!」

 

「朔莉お嬢様も夏休みは忙しいのですか?」

 

「うん。ドラマの撮影や文化祭で行なわれる演劇の練習とかでね。その撮影現場も日本全国に広がっていて」

 

「それは大変そうですね。身体の方は大丈夫でしょうか?」

 

「まあ、大丈夫。アメリカに居た頃は、もっと忙しかった時もあったし」

 

 本当に色々経験しているな、この人。

 

「来られないなんて残念です。八日堂様なら、小樽の街にきっと映えるはずなのに……いずれプライベートでご一緒しましょうね?」

 

「え、なにこの子。今更だけど小倉朝日さんに負けないぐらいめっちゃ良い子。それなのに……何故この2人と血の繋がっているという判決王女はこんなに捻くれて」

 

「出来の悪い弟のせいで」

 

「ルミねえ様も来られませんか?」

 

 個人的には行ってきて貰いたい。女子だけの集まりなら、過保護なひいお祖父様も何も言わないだろうし。

 

「文化祭の演奏者に選ばれたから。朔莉さんじゃないけど、夏休みは一日も休まずに練習するつもり。今年は実家へも帰らないと思う」

 

「え、ご実家へ帰らないの……ですか?」

 

「流石に夏の『晩餐会』とお墓参りの時は帰るけど、泊まるか泊まらないかだね。それで今、お父様に泣きつかれてる」

 

 ひいお祖父様の事だから、夏休みは40日間まるまる本家の屋敷にルミねえは帰ってくるものだと信じて疑ってなかっただろうからなあ。愛娘に会える日が40分の2に減ったと知って、いまどんな気持ちでいるのだろう?

 ……気の毒とは思えない。寧ろ山県先輩にしている事を知った今では、いい気味だと思っている。

 そのぐらいあの人は酷い事をしているんだから。たとえ血の繋がったひいお祖父様だとしても、この件を赦す事は出来ない。

 あっ! そう言えば夏に山県先輩がリサイタルをまた開くって言っていったっけ! それって何時かなあ?

 

「……」

 

 チラッとルミねえの顔を見るが、すぐに諦めた。ルミねえは山県先輩の演奏を嫌っている。

 そのルミねえが山県先輩の夏のリサイタルの日を知っている筈が無い。

 小倉さんに後で尋ねてみよう。日にちが合えば、エストも誘って内緒でリサイタルを聴きに行くのも良い。

 そんな事を考えていたら、八日堂朔莉が質問して来た。

 

「ところで話の流れに出た『晩餐会』って何?」

 

「あ。八日堂さんはアメリカに住んでいたんだっけ? それじゃ知らないのも無理はないね」

 

「『晩餐会』と言うのは、年始と夏頃に大蔵家で行なわれている行事の事です」

 

「忙しい大蔵家の一族が集まって、業績報告や近況報告をしあったり、家族全員で食事をしたりする大蔵家の行事なんです」

 

「そんな行事が大蔵家にはあったのね。私、幼い頃にアメリカに渡ったから知らなかった……あれ? 大蔵家の一族が集まるって事は、小倉朝日さんも」

 

「あ、いえ……私は夏の『晩餐会』には参加しません」

 

「小倉さんは現在療養中という事になっているので、正式に一族として迎えられるのは年始の『晩餐会』になっているんです」

 

 それもひいお祖父様次第になるかも知れないんだよね。

 お父様は大丈夫だと言っていたが、山県先輩に対する仕打ちを知った今ではやはり心配してしまう。

 

「アトレさんはどうなの? 家は違うけど、親戚なんでしょう?」

 

「私も小倉お姉様と同じように参加いたしません。先ほども言いましたが、今は大蔵家の総裁である叔母様と喧嘩中でして」

 

「ああ、それは確かに行き辛いわね」

 

「それに大蔵家の血筋であるお父様も、今年の夏は参加されないそうなので」

 

「えっ!? そ、そうなんですか、アトレさん?」

 

「はい。先日お母様から連絡が来ました。『夫が日本に行ったりしたら、お前達はまた甘えかねない。夫も甘やかしかねないから、今年の夏は日本に行かせない』と仰っていました」

 

 僕の方にも同じ連絡がお母様から届いている。

 お父様が日本に来ないのを心から残念に思ったよ。流石に今やっている事は話せないが、ルミねえの衣装で意見を聞いておきたいから。一応、デザインの方は画像で送って見て貰った。

 問題はないと思うと返信は返って来たけど、やっぱり製作途中での意見も聞きたいなあ。

 ……以前の僕だったら、お父様が日本に来ると聞いたら邪険にしていた。やっぱり変わったなあと自分でも自覚する。

 

「小倉朝日さんは何か夏休みに予定はあるの?」

 

「私も朝陽さんと同じで製作を頑張るつもりです。ただ8月に京都に行く予定はあります」

 

「京都に行くんだ。やっぱり、観光か何かで?」

 

「友人に会いに行きます」

 

 友人? 京都には小倉さんの友達がいるんだ。どんな人かなあ?

 と思っていたら、急にアトレが目を輝かせて小倉さんに迫った。

 

「小倉お姉様! もしかして京都に行かれるのは、5月に花乃宮家に訪れた件でしょうか!?」

 

「……ええ、まあ」

 

「ああ、私も京都に行きたくなりました! いえ、どうか私も是非同行させて頂きたいです!」

 

「急にどうしたのアトレさん?」

 

 本当にどうしたんだろうか? いや待てよ。そういえば、5月にアトレは小倉さんを追いかけて京都に行ったんだった。

 ……その時に追いかけた理由は考えないようにして。其処でアトレは確か瑞穂さんに会ったと言っていた。

 ……九千代から後で改めて話を聞かせて貰ったが、瑞穂さんは僕らの事情を知ってしまったらしい。幸いにも此方の事情を理解してくれて、表ざたにはしないでくれる上に、僕がフィリア・クリスマス・コレクションにモデルとして参加するのも許してくれたそうだ。

 これだけなら最高の結果だが、桜小路才華としての僕の印象は瑞穂さんの中で地に落ちてしまったそうだ。

 従者の北斗さんの方も、僕に対しては厳しい意見を言っていたと教えて貰った。

 うん、それだけの事をしている自覚はあるので何も言い返せないよ。

 

「あ、あの……実は……友人である瑞穂さんに、来年の『晩餐会』での衣装を依頼していまして」

 

「衣装を花乃宮瑞穂さんに?」

 

「はい。その試着の為に京都に行くんです」

 

「花乃宮さんって、確か着物デザイナーで有名な人よね。私の実家も時々着物を依頼しているそうよ」

 

「八日堂さんも知っているんだ」

 

「彼女、着物デザイナーとしての方面で一番有名だけど、他にも舞台での衣装やアイドルの衣装も製作しているの。その関係で私も聞いた事があって」

 

「ふぅーん。そっちの方は知らなかった」

 

「小倉お姉様。どうかご同行の許可を!」

 

「りそなさんも来るので」

 

 すごすごとアトレは小倉さんから離れて暗く落ち込んだ顔をして俯いた。

 

「滅法……無理ですね」

 

 うん。無理だよ。

 いや、それよりも僕も小倉さんが来年の『晩餐会』で着るという衣装を見たかったなあ。

 瑞穂さんの作品だから、きっと素晴らしい衣装に違いない。洋風ではなく、和風の衣装にも興味はあるし。だけど、総裁殿が同行するんじゃ僕もアトレも無理だ。

 

「仕方ありません。夏休みはやっぱり『コクラアサヒ倶楽部』の活動と、お菓子作りの勉強を頑張ります」

 

「私もピアノの勉強と会社の方を頑張らないと」

 

「皆文化祭に向けてのやる気があって良いわね」

 

 おや? 八日堂朔莉の顔が僅かに渋そうになっている。

 先ほどは文化祭でやる演劇の台本を読んでいると言っていたのに。

 

「どうかされたのですか、朔莉お嬢様? 何か文化祭に向けての不安でもあるのでしょうか?」

 

「不安と言うか……不満ね。その文化祭でやる予定の演劇の台本がちょっと。勿論やるからには全力を尽くすつもりなんだけど……」

 

「何かその演劇で不満があるんだね」

 

「どんな不満なのでしょうか?」

 

 小倉さんが八日堂朔莉に質問した。

 もしかしたら調査する必要がある件かも知れないと思ったようだ。

 八日堂朔莉は、小倉さんに演劇の台本を渡し、カリンと共に台本を読んで行く。

 

「……こ、これは……」

 

「はぁー……非常に難儀です」

 

 台本を読んだ小倉さんとカリンは、揃って不味いものを見たというように顔を顰めた。

 

「気がついた?」

 

「……は、はい。流石にこれをやるとしたら」

 

「非難が間違いなく起きるでしょう」

 

「えっ? そんなに不味いの?」

 

 興味を覚えたのか、小倉さんから台本をルミねえは受け取った。

 そして三人と同じように顔を顰める。

 

「……ちょっと酷すぎるね。演劇には余り詳しくないけど、これは酷いと思う。一体誰が書いたの? この台本?」

 

「うちのクラスの担任」

 

 疲れ切ったような声で、八日堂朔莉は告げた。

 ルミねえの次に台本を読んだアトレも顔を顰め、最後に僕の番になった。

 どれどれ……なんだコレは? いや、本気でなんだコレ?

 メジャーリーガー? シンガーソングライター? 果ては横綱? どんな演劇なのだろうか?

 逆にどんな舞台になるのか見たくなってしまったよ。そして辛口のコメントを言ってしまいそうだ。

 きっと今の僕の顔も、台本を読んだ全員と同じ表情になっていると思う。もう一度思う。本当になにこれ?

 

「しかもこの台本を自信満々に渡して来たから、ほんとにどんなリアクションをすれば良かったのか悩んでしまった」

 

 それは悩むよね。一体件の台本を書いたという教師は、何を以て自信を持っていたのだろうか?

 だけど、大丈夫だ。この場には学院の調査員である小倉さんとカリンがいる。きっと二人が総裁殿に報告してなんとかしてくれるに……ん?

 

「……」

 

 申し訳なさそうに小倉さんは顔を伏せていた。

 隣にいるカリンも視線を八日堂朔莉に向けられずにいる。これはどういう事だろうか?

 

 

 

 

 お茶会が終わった後、僕は足早に自分の部屋に向かっていた。

 先に退席した小倉さんとカリンを待たせては行けない。そろそろ時間は10時近くになってしまう。

 余り桜の園に小倉さんが残っていると総裁殿が心配してしまう。……その心配の原因が何なのかはとりあえずおいておくとして。

 自分の部屋の前に辿り着くと、手に持つ用紙を眺めている小倉さんと、無表情で立つカリンが待っていた。

 

「お待たせしました」

 

「そんなに待っていませんから、安心して下さい」

 

 小倉さんはそう言うと、手に持っていた用紙を鞄の中にしまった。

 今、チラッと見えたがデザイン画のようだった。一体誰のデザインかな?

 疑問に思うけど、今はそれよりも小倉さんとカリンに部屋の中に入って貰わないと。誰かに見られるのは不味いからね。

 

「これが、ルミねえに着て貰う衣装のデザインです」

 

「拝見させて頂きます」

 

 真剣な眼差しで小倉さんが僕の描いたデザインを見てくれている。

 な、何だか嬉しさと恥ずかしさを同時に感じてしまう。か、顔が赤くなっていないかなあ?

 

「……とても良いデザインだと心から思います。デザインからだけでも、ルミネさんに着て貰いたいという気持ちが伝わって来ます」

 

 このルミねえの衣装のデザインを描くのは大変だっただけに、評価が良いのは本当に嬉しい!

 夜のお茶会でそれとなく、今のルミねえの趣味の話題を出したり。グチを良く聞いたり聞かされたりしている八日堂朔莉に質問したりした。

 ……代償として唇に触れる権利を今度は一分も支払う事になってしまったが、ルミねえの為なら安いものだ。

 恍惚とした表情で僕を見ていた八日堂朔莉には、何時か借りを返したい。

 他にもパリに住んでいるメリルさんに電話して、これまでルミねえの為に製作したピアノの演奏用の衣装に関しても聞いたりした。文化祭の時に、ルミねえに衣装を贈りたいと言ったら快く教えてくれた。ひいお祖父様にも内緒にしてくれるそうだから、メリルさんには感謝だ。

 

「袖が無い分、製作はエストさんの衣装よりも楽そうですね」

 

 僕は無言で頷く。

 ルミねえの衣装には腕の動きを邪魔しないように、肩口からの部分が無い。この衣装の最大の目的は、ルミねえに楽しい気持ちでピアノを演奏して貰いたいという事だ。

 衣装がピアノの演奏の邪魔をするなんて、その時点で論外。

 今、小倉さんが見ているデザインを描いている時、僕の脳裏にはずっと子供の頃、僕やアトレ、お父様、お母様、そして当時桜屋敷にいた皆の前で誇らしげに、でも楽しくピアノを弾いていたルミねえの姿が浮かんでいた。

 その想いが籠もった衣装を、僕はルミねえに贈りたい。

 

「小倉さん。改めてお願いします。どうかこの衣装をルミねえに贈る為に、協力して下さい」

 

「……頭を上げて下さい、才華様。お気持ちは良く分かりました。私でお力になれるのなら、ならせて頂きます」

 

「ありがとう……ございます」

 

 深々と僕は小倉さんに頭を下げた。

 この人、小倉さんに出会えて本当に良かった。今は、心からそう思える。

 

「それで、私はどの部分の製作に関わった方が宜しいでしょうか?」

 

 これに関しては既に決めている。なので焦る事無く答える。

 

「型紙の方をどうかお願いします」

 

「えっ? わ、私が型紙を引いて良いんですか?」

 

「はい。小倉さんの腕なら信用できます。代わりにその他の工程作業は、全部僕がやらせて貰います」

 

 特にその中でも縫製は絶対にやらせて貰いたい。

 僕の想いを衣装に込めたいから。

 

「……決心は堅いんですね。本当にご立派です。分かりました、型紙を全力でやらせて頂きます」

 

 よし! 小倉さんとの共同作業だ!

 班での衣装製作もやる気マンゴスチンだけど、こっちもやる気マッターホルンだ!

 ……そうだ! 今なら……。

 

「あ、あの、こ、小倉さん!」

 

「ど、どうかされましたか? いきなり緊張した声になりましたけど?」

 

 それは緊張します。これから言う言葉は、かなり決心が必要だから。

 

「え、えーと……こ、これからは……僕のこ、事も……様付けじゃなくて……ア、アトレと同じように……さん付けで呼んで……も、貰って、か、構いません」

 

 キョトンとした顔を小倉さんはした。だけど、すぐにクスリと微笑んでくれた。

 

「分かりました。一緒にルミネさんの衣装製作と班の共同作業を頑張りましょう、才華さん」

 

 やった!! 遂に小倉さんにさん付けで呼んで貰えるようになった! 大変気分が良い!!

 

「型紙の方は4日ほどお待ちください」

 

 エストが5日だから、班の方の製作に影響が出ないように4日にするようだ。

 5日でも構わないんだけど、他の人に迷惑が掛かるのを嫌う小倉さんだから仕方がない。

 それから軽い打ち合わせをして、小倉さんとカリンは桜の園を出て行った。エントランスまでついて行った僕は二人を見送り、エレベーターに乗り込む。

 このまま自分の部屋に戻って年末のテーマのデザインでも描こうと思ったが、その前にエストの部屋に寄って行こう。まだ、型紙を引いているのなら一息入れる為に飲み物を差し入れするのも悪くない。

 

「失礼します、お嬢様。お飲み物をお持ちしました」

 

 案の定、エストは型紙に熱中していた。

 

「ありがとう……わ、もうこんな時間になってる。デザインを描いている時よりも、型紙を引いている方が時間が過ぎるのが早いね」

 

 用意した紅茶を口に含みながら、固まった筋肉を解すようにエストは身体を震わせた。

 夏だから気を利かせたつもりだったが、アトリエの中は少し寒く感じる。空調に気を使えないほどに、エストは作業に集中していたみたいだ。

 空調の設定を直しつつ、僕はエストに質問してみた。

 

「お嬢様は型紙を引くのがお好きですか?」

 

「ん? うーん……頭を使うからかな? やっぱり疲れる」

 

 それは仕方がない。デザインと型紙では、求められる方向性が大きく違う。

 デザインは自分の芸術性が試されるが、型紙の方は数字を計算して、定規で線を引き、生地を縫い合わせて検証しないといけない。しかも縫い合わせの良し悪しは感覚で判断するしかない。綿密かつ難儀な作業が型紙だ。

 それだけ大変な作業なのにも拘わらず、パタンナーは殆どの人に注目されないという報われない職業だ。

 本来なら従者である僕が型紙を引く立場で、エストがデザインを描くべきだ。

 それなのに、エストは自分から申し出て、小倉さんにも頼んだ。僕個人としては大変嬉しいが、エストがデザイナーを目指すなら、型紙に当てた時間を使って一枚でも多くのデザイン画を描くべきだ。

 本人がやる気なのだから、任せきりにすれば良いと思わなくもないが、エストを支えたいと思っている僕としては、力になりたい。

 

「何かお手伝いできることはありませんか?」

 

「ん? 朝陽に手伝って貰う事?」

 

「従者として、懸命になっている主人を見て、何かお力になれればと思いまして」

 

「……気持ちは嬉しいけれど、今回は一人でやらせて」

 

 エストは首を横に振って、作業途中の型紙に目を向けた。

 

「朝陽が描いてくれたデザインを見ながら型紙を引いて形にしようとしていたら、朝陽が何を考えながら描いていたのか想像しているみたいで、楽しくなってきたから」

 

「私の考えですか?」

 

 興味深い話だ。僕は誰かのデザインから型紙を引いた事なんてないから、エストの話には興味が惹かれてしまう。

 

「朝陽は頭がいいから、私では何を考えているのか、分からない時があるの。でもこのデザインは、私の話を聞いて、その内側にあるものを考えながら朝陽が創造したものでしょう? 外見に似合う形で、私の内面を表に出そうとしてくれている。見た目と心の調和。この衣装は私にしか着られない。そんなとても素敵な衣装だと思うの」

 

 大変気分が良い! 主人であるエストに僕のデザインが理解されている! 小倉さんにさん付けで呼んで貰えるようになれた事と同じぐらい嬉しいよ、エスト!

 

「朝陽が私の話をこんな風に受け止めてくれていたのかなって、想像すると、少し恥ずかしいくらいに胸がときめくの」

 

 やる気……ナイアガラ……。

 気持ちは嬉しいが、その告白みたいな言い方は止めて欲しい。今の僕は女性だと思われている筈だ。百合関係の話題は、本当に今は辛いよ。

 ……いや、まさか、実はエストはあのプールの日から僕が男だと気がついているのでは?

 だけどそれなら流石に生活は共にしないだろうし、この前の時のように足をくすぐったりしないはずだ。なら、やっぱりエストは同性愛者?

 それだけは止めて貰いたい……ん?

 どうしたんだろうか? エストが驚いた顔をして僕を見ている?

 

「朝陽の顔が仄かに赤い……これって、もしかして照れてくれているの?」

 

「ち、違います!」

 

 うわあ! 何でそんな動揺した声を上げているんだ僕!

 これじゃあまるで照れているみたいじゃないか! 照れている訳じゃない!

 急にエストが告白みたいなことを言ったから……それじゃあ照れてるって事じゃないか!?

 違う、違う。照れてない。照れてないぞ、僕。今すぐ直した空調を戻したくなった。この火照った肌を寒さで戻したい。

 

「手伝う事が無いのならば、ここに私がいる必要はありませんね。失礼いたします」

 

「うん、紅茶ありがとう。また明日ね」

 

 何時もなら続けてからかって来そうだが、今日は型紙の方を優先するようだ。

 仕方がない。部屋に戻って年末の衣装のテーマのデザインを描こう。しかし……よくよく考えてみるとこれは思ったよりも難しいぞ。だって、年末の時に僕が製作した衣装を着るのは僕なんだから。『大切な人』と言うテーマで考えると、ルミねえやエストに描いたデザインの方が合っている。

 とりあえず身近な相手を中心に想像してみよう。




次回で七月が終わり、漸く八月。
つり乙やおとめ理論のキャラ達が出て来ます。流して書いてしまった彼女もちゃんと出ますのでお待ちください。
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