月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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何とかギリギリ25日への投稿に間に合いました。
予告通り七月は今回を持って終わりです。
年始に向けてのアンケートを実地しています。宜しければ投票をお願いします。
期限は書き忘れましたが、30日の0時までです。

のえる様、ライム酒様、秋ウサギ様、獅子満月様、烏瑠様、えりのる様、誤字報告ありがとうございました!


七月中旬(遊星side)12(終)

side遊星

 

「りそな。今日ラフォーレさんから教えて貰ったよ」

 

「えっ? な、何のことですか?」

 

 動揺してる。この様子だとカリンさんから報告が届いてるようだ。

 

「パリでりそなが取ったっていう最優秀賞のこと」

 

「ああ、や、やっぱり、その事ですか……あの男、本当に余計な話をしてくれて……下の兄に知られないようにこっちがどれだけ気を使ってきたと思って……」

 

 僕から視線を逸らして、りそなは小声で何かを呟いている。良く聞きとる事が出来ない。

 

「別に怒っていないよ……実際、1月頃の僕だと、そんな事実を知っていたら自信を更に無くしていただろうから」

 

「あの頃は本当にギリギリでしたからね」

 

 うん。本当にギリギリのラインに僕は立っていた。

 立ち上がれたとは言え、服飾の技術の衰え具合に酷く落ち込む事も多かった。そんな状態でりそなが参加して最優秀賞を取ったというパリコレの規模や経緯を聞いていたら、自信を更に失っていたのは間違いない。

 僕の事を考えてしてくれた事なんだから、りそなやお父様達を怒る気はないよ。ただ、こうして知ったのだから詳しく知りたいと思うのは、兄として当然だ。

 

「どんな衣装を製作したの?」

 

「うわー、明らかに目が輝いていますね。そ、そんなに知りたいですか?」

 

「うん! 知りたい!」

 

 りそなが製作した衣装だから、間違いなくゴスロリの類なんだろうけど、あの頃のパリでは余りゴスロリ系の衣装は評価されていなかったはずだ。

 そんな中でパリ市民数万人を魅了して、著名な方々や王族の方々にまで認められた衣装。一体どんな衣装なのか? しかもその衣装のデザイナーは僕の妹。気にならない方が可笑しいよ。

 

「……分かりました。教えますんで、貴方に渡したファイルを持って来て下さい」

 

「えっ? 写真とかは無いの?」

 

 ルナ様のように写真ぐらい撮っていても可笑しくないのに。

 

「妹の性格を考えて下さい。称賛されたとしても若い頃の写真なんて、この家に持って来ると思いますか? 芋虫のように引き篭もっていた頃でもあるんですよ、あの頃は」

 

 言われてみれば、この部屋に住むようになってから一度もりそなの昔の写真を見た事が無い。

 僕も、うっかり見てしまって、桜小路遊星様に嫉妬しないようにする為に探そうともしなかった。確かにりそなの言う通り、若い頃の自分を見たくはないかな。

 でも、パリでの最優秀賞の時ぐらいの写真は持って来ても可笑しくないのにと思いながら、僕はアトリエからりそなのデザイン画が入っているファイルを持って来た。

 

「それで、どれ?」

 

「ちょっ、落ち着いて下さいよ! えーと……コレです」

 

 りそなが示したデザイン画は、僕も見せて貰った時にとても良いと思っていたデザインだった。

 色合いは黒と紫の配色だが、その色はりそなに合っている。一番特徴的なのは腰部分に備わっている蝶のような羽。その羽が広がった時は、さぞかし綺麗なんだろうなと思っていた。

 このデザインが……りそながパリコレで最優秀賞を取った衣装。

 

「……このデザインだったんだ。僕は、てっきりこっちかなと思っていたよ」

 

「ああ、そっちのデザインは後から考えたものです。ただ考えたのは良いんですが、製作出来るパタンナーが見つからず、加えて言えば生地の値段が馬鹿高くなってしまいそうでしたので」

 

「えっ? どういう事?」

 

「このデザインはですね……」

 

 説明を聞いて納得出来た。

 確かにそういう事情があるんだったら仕方がない。僕の時代でも難しい技術だったし、この時代でも使用したという話は聞いた事がないから。

 でも、ちょっと興味が出たので後でネットで調べてみよう。

 

「……そういえば、メリルさんもパリ本校に通っていたんだよね?」

 

「ええ、そうですよ。私が最優秀賞を取った時にも参加して、準優秀賞を取りました」

 

「メリルさんを抜いて最優秀賞を取るなんて、やっぱり、りそなは凄いね!」

 

「まあ、あの頃のメリルさんですからね。今だと勝てる気はしませんけど」

 

「ん? どういう事? それは?」

 

「以前にも言いましたが、妹は半年ほど日本校のフィリア学院に通っていました。だから、妹が本格的にパリ本校に通い出したのは2年目からです」

 

「……今更なんだけど、どうして本校よりも早く日本校が開校したのかなあ?」

 

 そっちの事を知っていたら、留学してでも通おうとしたのに。

 あっ! でも、それだとルナ様や皆がいる桜屋敷での日々を過ごせなかった。……究極の二択だ。

 ルナ様や皆との出会いを無くしたくない。だけど、パリ本校なら、直接ジャンに会える機会があったかも知れないからなあ。

 本当に悩ましい選択だ。

 

「何を考えているか分かりますけど、パリ本校も当時は女学院でしたよ」

 

 ……どっちにしても女装しないといけなかった……んだね。何で女装から離れられないかなあ、僕は…。

 

「それと、さっきの質問の答えも簡単です。あの上の兄ですよ。当時のフィリア学院の学院長は」

 

 ああ、つまりジャンよりもお兄様の方が行動が早かったという事か。

 美化してしまっている部分もあるけど、そもそもジャンはかなりと言うか……殆ど適当な人だった。

 対してお兄様は真面目だから。そんな二人がどういう経緯で友人になれたのか気になるけど、お父様は簡単には話してくれないと思う。

 

「……今の話を聞いて思ったんだけど……お兄様、フィリア学院に関してはかなり真剣だったんだね」

 

 そんなところに女装して僕と桜小路遊星様は通ってしまっていた。

 自分の大切な場所に、女装して不出来な弟が通っていたと知った時に、お兄様が抱いたであろう怒りの感情を思うと……正直言って恐怖しかない。

 

「……良く見つかった時に無事だったね。僕と桜小路遊星様」

 

「貴方はともかく、アメリカの下の兄はかなりやられましたよ。事前に妹も動けない状況にされていましたから」

 

 つまり、逃げ場のない状況をお兄様は準備する為に、僕を一時見逃していた訳なんだ。徹底的に僕の心を折る為に。

 そんな状況で打開策を見つけて、見事にお父様から認められるようになった桜小路遊星様には尊敬の念を感じると共に、僕も負けていられないという気持ちになってくる。

 以前だったら勝てないという考えしかなかったのに。自分の変化に嬉しさを感じながら、僕はりそなとの話を続ける。

 

「それで当時のメリルさんには、何か問題があったの?」

 

 大蔵家の一員だから、パリ本校に通う余裕はあっただろうから、一体何に問題があったんだろう?

 

「その件を話す為には、メリルさんの生い立ちから軽く話すことになりますね。序でに言うと、この話をすれば、何故お爺様が裏社会に関して過剰に反応するのかもわかりますので」

 

 そう言えば、僕はどうして此処までお爺様が裏社会に関して過剰に反応するのかを知らなかった。

 今のりそなの言葉通りだと、どうやらルミネさんに対して過保護なばかりなのが理由では無いようだ。

 

「実はメリルさん。妹が学生時代だった頃は、大蔵家の一員じゃなかったんですよ」

 

「そうなの!?」

 

「まあ、大蔵家の家族構成なんて知らない下の兄じゃ、その反応は仕方ありませんね。メリルさんの父親の名前は、大蔵山弌(やまいち)。家族構成的に言えば、お父様と富士夫叔父様の下になります」

 

 全く知らない。と言うよりも、本当のお父様に二人も兄弟がいること自体、知らなかった。

 ……いや、ルミネさんも含めると三人か。

 

「ああ、やっぱりその顔をしますよね。アメリカの下の兄も、最初に名前を聞いた時は、同じ顔をしていましたよ。はあー、改めて考えると、あの頃の大蔵家は本当に酷かったですよね……今も一部が酷くて、妹は散々苦労していますが」

 

 頭を差し出されたので、優しく撫でてあげた。

 嬉しそうなりそなの笑顔に、心が温かくなって来る。

 

「それでメリルさんの父親である山弌叔父様ですが、妹も面識はありません。何せ私が生まれる前にお亡くなりになっていますから。と言うよりも、娘であるメリルさん本人も顔は写真でしか知りません。何せメリルさんが産まれてすぐに亡くなっていますので」

 

「……」

 

「貴方からすれば、血の繋がった相手の死に関する事は気分の良い話では無いでしょうけど、山弌叔父様が無くなった件は、多分に自業自得があります。何せこの山弌叔父様が死んだ理由は……自分の借金のせいです」

 

「借金?」

 

 世界に名だたる大蔵家の一員なのに。

 

「この山弌叔父様。メリルさんの父親である事も含めて、故人に対してこういう事を言うのもなんですが、あまり良い人ではなかったみたいです。寧ろ妹だったら、すぐに一族から追放するレベルでやらかしまくっています」

 

「えーと……僕が言えた事じゃないけど、さ、才能がなかった人なの?」

 

「いえ、聞いた話ですが、才能もあり、実力もあって、大蔵家の一員ですから当然良い大学を出たみたいです。写真で見た限り、背も高くてイケメンでしたね。妹の好みでは全くありませんでしたが。ただ経営の才能はなかったみたいです。大学を出た後は海外で活動していましたが、先物取引で大失敗し、個人で、うん千万の借金を負ってしまいました」

 

 うわあ。それは凄い。

 

「この借金は結局、御爺様に泣きついて、全額肩代わりをしてもらいました。因みにこの時、御爺様は多少叱ったぐらいで、許したそうです。妹だったら、もうこの時点で一族追放を宣言しますがね」

 

 ……言葉も無いな。親戚だからフォローしたい気持ちはあるんだけど。

 

「それから一年ほどして、山弌叔父様は不動産業に手を出しました。当然お爺様にも、兄弟二人にも相談せずに個人で。それでまた数千万の借金をし、かつ、ギャンブルのような取引にのめり込んだ挙句の放漫経営の結果、お爺様から預けられていた大蔵グループ内の企業を幾つか潰したそうです。この借金や負債も結局はお爺様が肩代わりすることで解決しました」

 

「ええと……優秀だったんだよね?」

 

「能力はありましたよ。ただ能力を生かし切れず、下の兄を除いた大蔵家男子の負けず嫌いな部分が悪い方にばかり前に出てしまったようです。ト兄様の方がまだマシだと思えるぐらいの人です。あっちはアホですが、部下の人生に悪影響を及ぼす事だけは絶対にしませんし、自分の能力も把握していますからね。しかし、此処で更に驚愕の事実ですが、山弌叔父様は三度目のやらかしをやりました。今度は、外国為替で借金を抱え込みました」

 

 すみません、今は亡きメリルさんのお父様である山弌叔父様。フォローできる言葉が一言も出て来ません。

 

「二度目の借金をお爺様が肩代わりした時点で、私と貴方の実の父親である真星お父様と富士夫叔父様は、山弌叔父様を大蔵グループの経営から手を引かせました」

 

 ん? ……何か今のりそなの話の中に違和感を感じた気がする。気のせいかな?

 

「何とか大蔵家内で認められたかった山弌叔父様は、お爺様から受け取っていた生活費を使って、個人事業家として成功しようとしました。ですが、結局失敗に終わり、数百万単位の借金を作りました」

 

「……それでまたお爺様に?」

 

「いえ、今度はプライドが邪魔をしてお爺様に中々言い出せず、様々な場所から借金を重ねたようです。そしてこの一件が、私と上の兄が、お爺様が裏社会と関わりがある家を認めないと確信していることに繋がっています」

 

「……まさか、山弌叔父様がお金を借りた中に……」

 

「ええ、お父様が言うにはあったそうです。アーノッツ家なんて目じゃないぐらいに裏社会にどっぷりと浸かっている家が。そしてある日のこと、山弌叔父様は何者かに拉致、誘拐され、遺体で発見されました」

 

「……!」

 

「お爺様が全てを知った時には、既に手遅れでした」

 

 ……漸く理解できた。りそなやお父様が、裏社会と関わりとある家の出であるエストさんが、ルミネさんに関わりを持つのをお爺様が認めないのか。

 自業自得は多分にあるけど、お爺様は大切に想っていた息子を奪われていたんだ。裏社会と関わりのある場所に。

 

「この一件は他にも影響がありましたが、其方は一先ずおいておくとして、メリルさんの話に戻ります。山弌叔父様の娘であるメリルさんは、母親と共に九死に一生を得て、母方の故郷であるフランスのサヴォワに帰国しました。ですが、故郷に帰れたのは良かったんですけど、既にサヴォワには親類縁者はおらず、メリルさんの母親は、修道院にメリルさんを預けました」

 

「それで、お母さんの方は?」

 

「……崖に身投げしたそうです」

 

「っ!」

 

 あの……パリで良くしてくれたメリルさんに、そんな重い過去があったなんて。

 今でも思い出せる。仕事で忙しい中、僕に気をかけてくれて、空いた時間には服飾を教えてくれたり、お茶を用意してくれたメリルさんの事を。

 本当に嬉しそうに、そして楽しそうに笑顔を浮かべて、僕の事を家族の一員だと言ってくれたメリルさん。

 ごめんなさい。何時か本当の事を話せるようになったら、誠心誠意謝罪させて頂きます。

 

「修道院に預けられたメリルさんは、其処で健やかに育ちました。上の従兄弟曰く、『悪いのは大蔵の血じゃなくて、育った環境だ』。と言うぐらいの健やかさですよ。妹も心から同意します。で、サヴォワで暮らしていたメリルさんでしたが、服飾の才能を見抜いた幼馴染のプランケット家の娘に誘われて、パリにやって来ました。そしてそんなメリルさんが通ったのが……」

 

「パリ本校なんだね」

 

「ええ……ですが、一年目はかなり酷かったそうです。間違いなく才能はあったんですけど、メリルさんって理論派じゃなくて感覚派の方でして……」

 

「つまり、これまで感覚でやって来たのに、急に枠に嵌められたから実力が発揮出来なかった。そういう事だよね?」

 

「そうです。誰かに事前に教わっていれば別だったんでしょうけど、残念ながらメリルさんが通っていたのは特別編成クラス。その侍女だったんで、教室内の誰からも教えて貰えなかったそうなんです。一緒に入学したプランケット家の令嬢も、残念ながら服飾には明るくなくて」

 

 それは確かに大変だ。僕もルナ様のメイドだったのに、陰で色々と言われていたから良く分かる。

 

「……まあ、そんなメリルさんでしたが、ある時、転機が訪れました。下宿していたアパートの隣の部屋に、黒髪の日本人の女性が下宿して来たんです」

 

 ん? 黒髪の日本人の女性?

 ま、まさか、そ、その人って!? ブワッと冷や汗が背中から出たのを感じた。

 現に、りそなが意地悪な笑顔を浮かべてニヤニヤしている

 

「気がついたようですね。その女性の名前は『小倉朝日』。女装したアメリカの下の兄です」

 

「や、やっぱり……」

 

 そうだよね。パリでメリルさんが言っていたもんね。

 『小倉朝日』に会った事があるって。

 

「因みに、その下宿先に案内しなかったのは、意地悪とかじゃありませんから。其処の大家は、あの上の兄も頭が上がらない数少ない人でして。下宿していた頃は、アメリカの下の兄も大変お世話になっていたんです。そんな大家に、実は『小倉朝日』は死んでいて、その娘が大変不幸な人生を歩んでいた事が知られたら、上の兄の下に怒鳴り込み、妹も怒鳴られるでしょう。あの大家に怒鳴られてしまう事を考えると、身体が震えてしまいます。フルリ」

 

「そ、そんなに凄い人なの?」

 

「あの野心満々だった頃の上の兄に、真っ向から物を申して立ち向かえると言えば良く分かると思います」

 

 うん。良く分かった。そんな凄い人がパリにいたんだ。

 会ってみたいけど、何だか会うのが怖くなってきたよ。と言うよりも、僕が会ったら不味いそうだから会えないか。ちょっと残念。

 

「話は戻しますが、アメリカの下の兄にメリルさんは型紙を習い、見事私に次いで準優秀賞を大舞台で獲得しました」

 

「それでも、やっぱり、りそなは凄いよ。あのメリルさんに勝てたんだから」

 

「今だと分かりませんけどね」

 

 それは仕方がない。服飾だけに専念しているメリルさんと、大蔵家の当主の座にいるりそなじゃ、服飾に関わっている時間に差が出てしまうのは当然だ。

 

「とりあえず、昔話はもう終わりにして良いですか?」

 

「うん。良いよ」

 

 充分過ぎるほど分かったし。何よりも僕は夏休みだが、りそなには仕事がある。

 明日からは、ルミネさんの衣装の型紙を製作しないといけないからね。今日はもう寝ないと。

 

「あ、そうだ」

 

 寝室に行く前に、僕は鞄の中から四枚(・・)のデザイン画を取り出した。

 一枚は才華さんから預かったルミネさんの衣装のデザインコピー。残り三枚は、ラフォーレさんから貰ったデザインだ。

 大切なものだから、クリアファイルに仕舞っておかないといけない。皺や折り曲げが付かないように注意しながら、僕はデザイン画を丁寧にファイルに収める。

 

「アレ? そのデザイン画は誰のですか?」

 

 寝間着に着替えたりそなが質問して来た。

 因みにりそなの寝間着は、普通の寝間着だ。夏だからとネグリジェ姿で一度寝室にやって来た時があったが、すぐさま着替えて貰った。

 幾ら兄妹でも、肌が透けて見えるような姿で一緒に寝るのは断固として拒否する。

 ……そもそも一緒に寝なければ良い話なんだけど……何だか人の温もりがないと僕も落ち着かなくなってきてしまっている。いけないことなんだけどなあと内心で思いながら、りそなの質問に答える。

 

「このデザイン。こっちが才華さんのデザインで……」

 

「ちょっ! 待って下さい! 貴方、昨日まであの甘ったれのこと様付けで呼んでいたじゃないですか!?」

 

「今日才華さんにデザインを受け取った時に、これからはさん付けで呼んでくれって言われたからさあ。ルナ様や桜小路遊星様は無理だけど、才華さんならアトレさんと同じで大丈夫だから」

 

「ま、まあそうですね。確かに何時までも様付けであの甘ったれの事を呼んでいるのは、色々と可笑しいですし……アトレの事があったからとは言え、流石に考え過ぎですかね? い、いえ、上の従兄弟と言う例もありますし……まさかねえ」

 

「? 急に慌てて、どうかしたのりそな?」

 

「な、何でもありません。妹の考えすぎでした。今はそれよりも、そのデザインを妹にも見せて下さい」

 

「いいよ、はい」

 

 才華さんのデザイン画が収まっている個所を開けて、りそなに差し出した。

 

「……随分とあの甘ったれも変わりましたね。以前の独りよがりな面が無くなって来ているようです」

 

 独りよがり? どういう事なんだろう?

 

「アメリカの下の兄から聞いたんですけど、以前の甘ったれのデザインは、確かに綺麗で芸術性はあったそうなんですが、誰に着せたら良いのか分からない衣装だったそうです」

 

「あ……言われてみれば、僕もアメリカの雑誌に載っていた才華さんのデザインを見た時、そんな印象を感じたかも」

 

 ずっと何か足りないなあと感じていた答えが、今漸く分かった。でも、今の才華さんのデザインからはそんな印象は感じない。それは、つまり……。

 

「下の兄にあの甘ったれが贈った普段着を見た時から分かっていましたが、どうやら本当に甘ったれは成長したようです。やはり、子供はただ甘やかすのは駄目なんですね。妹。自分に子供が出来たら、厳しさもちゃんと与えるようにします」

 

 本当に良い人を見つけてね、りそな。僕は応援しているから。

 

「くっ! この程度じゃやっぱり駄目ですか……で、こっちのデザインは誰が描いたんですか?」

 

「ラフォーレさんだよ」

 

「……はっ? ……あの総学院長のデザインですか?」

 

 マジマジとりそなはファイルに収まった三枚のデザインを見つめた。

 今日のお昼時に、ラフォーレさんは先月の約束通り、僕にデザインをくれた。しかも三枚もだ。一枚で良いと言っていたんだけど、『それでは私の気がすまない』と告げて三枚も描いてくれた。

 それぞれ普段着、外出着、そしてコレクション系の三種類のデザインだ。しかもどのデザインも、ブランドの商品に出されても可笑しくないほどの出来栄えだった。

 ……僕をモデルとしてイメージして描いてくれたと聞いた時は、心から喜んだ。ラフォーレさんが去った直後に、女性物のデザインのモデルに選ばれた事を自覚して泣きたくなったけどね!

 でも、渡してくれた三枚のデザインは、本当に良かった。

 

「……これで売れてなかったんですか? 彼のデザインは?」

 

 りそなも真剣な眼差しをデザインに向けていた。

 

「僕もそう思ったけど、もしかしたらこれが本来のラフォーレさんのデザインなんじゃないかな? お父様が言うようなジャンを真似ている印象を感じないし」

 

「ああ、なるほど……確かにこれは上の兄が嘆きたくなりますね。本当の自分のデザインのやり方を続けていればと、妹も思います」

 

 僕もそう思う。

 ラフォーレさんの本来のデザインは、本当に素晴らしい。だけど、ラフォーレさんはジャンに拘ってしまっている。その拘りを捨てられれば、彼はお父様がライバルと認めるほどのデザインが描けるのに残念だ。

 偉そうな事を僕は言えないけど、本当に残念だなあと思ってしまう。こんなにも素晴らしいデザインの衣装が、世に出ないなんて。

 

「この問題は、私や下の兄がどうにかする事が出来ない問題なんですから、介入したりしないで下さいよ?」

 

 釘を刺されてしまった。

 

「うん。分かってるよ」

 

 お父様やジャンが解決出来なかった問題を、僕なんかがどうにか出来るとは思えないし。

 でも、残念だなあと思いながら、僕はファイルを片付けてベッドに入った。

 続いてりそなもベッドに入り込み、二人で横になった。そして電気を消して、何時も通り、手を繋ごうとしたところで、りそなが抱き着いて来た。

 

「っ!」

 

 注意しようとしたところで気がついた。

 りそなの身体は……震えていた。

 

「……いますよね……此処に……下の兄はいますよね」

 

 ……。

 震えながらりそなが発した声を聞いて。今更気がついた。不安だったのは、僕だけじゃなかった。

 りそなも不安に思っていたんだ。僕が……いなくなってしまう事に。

 

「……いるよ。僕は此処に居るから」

 

 震えるりそなを安心させるように、僕は抱き締めた。

 

「……ごめんね……自分の事ばかり考えていて……」

 

「……良いんです。貴方が罪悪感ばかりを考えなくなった事だけでも、妹は本当に嬉しいんです……下の兄」

 

「なに?」

 

「少し貴方には辛いかも知れない話をして良いですか?」

 

「……良いよ」

 

 それでりそなの不安が無くなるなら、僕は頑張れるから。

 

「以前にも言いましたが、妹はずっと空虚な日々を過ごしていました。他人からすれば、大蔵家の当主の座に若くして就いた私は、『最も華やかな人生を歩いている女性』に見えるでしょう……でも、違うんです。私がずっと望んでいたのは、今のような下の兄と過ごせる日常です。アメリカの下の兄が幸せになれたことは、本当に良かったと今も思っています……でも……妹はずっと寂しかった」

 

「……」

 

「それでも耐えて来ました。でも……こうして下の兄と新しく過ごせる日々を得られて、改めて実感しました……私は、やっぱり下の兄が好きです。一人の女性として」

 

「……僕は桜小路遊星様にはなれないよ」

 

「分かっています。ならなくて良いです。下の兄は下の兄のままで……私の二度目の恋の相手ですから」

 

 ……二度目の恋。

 その言葉の意味は分かる。りそなが桜小路遊星様を通さずに、僕を見てくれている。

 心から嬉しさと温かさを感じる。でも……。

 

「……何時か……僕が本当に……自分に自信が持てるようになるまで、返事は待って貰って良いかな?」

 

 弱った今の自分じゃない。

 本当の意味で自分が犯してしまった罪と向き合えて……そして前に進めるようになった時に……りそなに返事を返したい。

 以前一緒に食事をした時のような冗談で終わらせられてしまう返事じゃなくて。僕の心の底からの返事を。

 

「……分かりました……妹、その時を待っています」

 

 ごめんね、りそな。

 弱い兄で。少しでも不安を消せる事を願いながら、僕はりそなを強く抱き締めた。

 やがて意識が遠退いて行き、僕達は眠りについた。

 

 そしてこの日以降……僕があの幸せと悲しさを感じていた桜屋敷での日々を、夢で見ることは二度と無かった。




次回より八月になります。
そして年始にアンケートの結果次第では、特別編か本編を。それぞれ内容を改めて説明しておきます。

1.才華が1.1のように朝日の世界の桜屋敷にやって来ます。
2.原作世界(本編終了後。時期は一月頃)に、この作品の才華がやっぱり1.1のように転移。
3.続、りそなの日記です。四月の上旬。正確に言えばアトレの爆弾発言まです。
4.特別編は無しで本編の更新です。

『その日の深夜のチャット会話7』

難儀『と言う訳で。本日は蝶はチャットに参加しないとの事です』

蜘蛛『事情は分かった。この時間になっても何の問題も起きていないという事は、どうやら彼女は無事に此方に残ったようだな。もしかしたら居なくなってしまうのかと不安を感じてた。だから、安心した……最も問題が無い訳ではないようだが」

蛇『……』

蜘蛛『蛇……そろそろ隠し通すのには限界が近いぞ』

蛇『分かっている。だが、まだ早い。あと少し。後少しで奴は完全な自信を得られる。そうなれば、奴にこの世界で起きた事や俺との本来の関係も話せる』

蜘蛛『だが、余り余裕がないのも事実だ。現に今回、危うく事実を彼女は知りかけた』

蛇『お前に言われるまでもない……ラフォーレがまさか、あの事実を奴に話すとは考えていなかった。どうやら、我が子との会話で奴にも何らかの変化が起きているようだ』

難儀『今後はいかがしましょうか?』

蛇『……今まで通り、お前は奴と共に行動していろ。最悪の事態になりかけたら、強硬手段も使っても構わない。此処まで回復できたのを無駄にする気はない』

蜘蛛『同感だ……とりあえず、俺は来月彼女に会うから、その時にそれとなく遊星君と出会った時の事を話して、今回の話に信憑性を付け加えておくとしよう』

蛇『ククッ、その必要は無い。父親であるこの俺が会った時に直々に話しておくからな』

蜘蛛『来るンじゃねえよ。せっかくの彼女の晴れ姿を見られる舞台で、気分が悪くなるだろうが』

蛇『貴様こそ、何故我が娘の衣装を見に来る?』

蜘蛛『俺は発案者だ。発案者として責任を持つのは当然の事だ。柳ヶ瀬さんはともかく、お前が知ったのは後なんだから必要はない筈だ』

蛇『クク、父親として娘の着る衣装を見に行くのは当然の事だ。花乃宮の方にも了解を取っている』

蜘蛛『花乃宮の当主に、こいつの了解など取らなくて良いと言っておくべきだった。まあ、良いさ。お前はりそなさんの秘書として、京都には長く滞在出来ないだろうからな』

蛇『その代わり、りそなには京都に行く前日に部屋に泊まる了解を貰っている』

蜘蛛『蛇め。あんまり自慢していると追い詰めるぞ』

蛇『蜘蛛が。不埒な目的で俺の子に近づくなら潰すぞ』

難儀『……非常に気持ち悪い会話ですね。はあー、此方は此方で難儀です』
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