月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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最新話を急に消して申し訳ありませんでした。
修正版を投稿いたします。

秋ウサギ様、烏瑠様、えりのる様、誤字報告ありがとうございました!


八月上旬(才華side)2

side才華

 

「皆様、どうぞお茶のお供に。『ピエラナイ・エルメ』のマカロンです」

 

 何時もの屋上庭園でのお茶会の席に、僕は買って来た有名店のスイーツを出した。本日はアトレは桜の園にいない。九千代から教えて貰ったところ、『コクラアサヒ倶楽部』の夏合宿の最終の打ち合わせの為に、他の幹部のお嬢様の屋敷に泊まりに行ったそうだ。

 友人の家へ泊まりに行くなんて羨ましいと思わなくもないが、妹の成長の方が喜ばしい。夏合宿、楽しんで来てね、アトレ。

 

「夜なのは分かるけど、一人で大丈夫だった?」

 

「行きの時は、小倉お嬢様に送って頂きましたので」

 

 本日の製作作業が終わった後に、僕がスイーツを買いに行こうとしたところで、帰ろうとしていた小倉さんが外に買い物に行くなら送っていくと言ってくれたので車に乗せて貰った。

 壱与に頼まなくて良かった。おかげで小倉さんと夜に一緒に買い物ができたんだから。

 まあ、小倉朝陽としてではあるが、青山の街での小倉さんとの買い物は楽しかったなあ。……カリンもいたけどね。

 

「帰りはタクシーに乗って帰って来ました」

 

 本当は久々の外だから歩いて帰って来たかったけど、予想外の出来事に襲われて歩いて帰る気力を失ってしまった。

 ……本当に……アレはショックを受けた。出来れば思い出したくない。

 

「この時間でも人通りが多いのですね。海外の方も多くて、小倉お嬢様やクロンメリンさんと一緒に歩いていたら声を掛けられてしまいました」

 

「小倉さんやクロンメリンさんはともかく、朝陽の事だから、少しお喋りしてしまったのでしょう? 私も呼んでくれれば良かったのに」

 

 呼ばなくて良かったよ。思わず素が出てしまいそうなぐらいのショックを受けたから。

 

「その綺麗な髪は目立つでしょうね。それに小倉朝日さんも一緒だったら、私でもナンパすると思う」

 

「い、いえ、声を掛けて来た方は、ナンパ目的ではありませんでした」

 

 そう、ナンパなんて軽いものじゃなかった。

 声を掛けて来た相手の目的は……求婚だった。しかも相手は言うまでもなく男性だった。その記憶は僕の歴史から消去するつもりだ。それと、僕だけじゃなくて小倉さんも別の人に求婚されていた。

 流石にいきなりの求婚には小倉さんも驚いたのか、茫然と固まってしまっていたよ。前に外で会った時もナンパされていたから、僕よりも慣れてるかなあと思っていたけど、そうではなかったようだ。

 カリンが声を掛けて漸く立ち直っていたし。勿論、僕も小倉さんも求婚の方は断った。

 流石に買い物を続けられる空気じゃなくなってしまったから、スイーツを買い終わったら桜の園に戻って来たよ。アレさえなければ、小倉さんともう少し買い物を続けられたのに!

 

「と言うよりも、そのメイドの格好を続けていることに、今でも驚く……まさかと思うけど、小倉さんと買い物した時もメイド服でいたんじゃないでしょうね?」

 

「流石に買い物に行く時は、私服に着替えましたからご安心下さい。今着ているのは、改めて着替え直したからです。そういえば、未だに他家のメイドの方と外で出会ったりしませんね。同級生の方くらいでしょうか」

 

「たまには遠出した方がいいかもね。少し世間というものを見て来なさい」

 

 まるで自分は世間を知っているかのような口調のルミねえは、マカロンを一つ口にして『あ、新作の味、美味しい』と呟いた。

 ……新作とは言っていないのに、それに気付いたという事は、結構ルミねえはあのお店に通っているのだろうか?

 

「美味しい……けど、なんだか余所の味って感じよね。このお茶会をする時は大体桜小路さんが何時もスイーツを用意してくれていたから……夏合宿……私も参加したかった」

 

 それほど僕らはアトレのスイーツに馴染んでしまったという事だ。

 実際、日に日にアトレの技術は上がって来ている。……九千代がこのままだとアトレに負けてしまうと騒いでいると壱与が言っていた。応援しか出来ないけど、頑張って九千代。

 

「合宿に行けない私は来週に実家に帰省。その後はロケで、やっぱり暫くの間は此処には戻って来れない。何よりも朝陽さんと会えないことが生き地獄みたい」

 

「朔莉お嬢様は死後、確実に地獄へ堕ちるのですし。生きている間に体験しておいた方が良いかと思います」

 

「電話するから顔を見せてね」

 

「動画にされそうなのでお断りします。声も録音されそうなので、お相手はメールのみでご容赦下さい」

 

「流石は愛しの朝陽さん。私の考えを全て把握して……愛がなければ出来ない事だと思うの。好き」

 

「私も好きです、ままかりが。お土産をお待ちしています」

 

 止めてくれ。ままかりだったら、君の部屋に沢山まだあるじゃないか。部屋にやって来た小倉さん達が、棚の一角を制圧しているままかりの瓶に驚いていたのを覚えてないのか、君は?

 

「え、勇気をだして告白したのに横槍? ままかりは用意するけど。ルミネさんにも山ほど」

 

「ありがとう。いつもいただいてばかりだからお返しをしたいけど、私の実家、東京だからお土産を用意できないの。ごめんね」

 

 うん、今の発言。もしかして。

 

「結局、実家に帰ることになったの?」

 

「『帰らざるを得ない』が正しいけどね。電話で話したら桜の園まで来そうな口ぶりだったから」

 

 非常にそれは困る。ひいお祖父様が此処に来るのも困るが、それ以上にエストと仲良さそうにしている、ルミねえを見たらどう反応するのか、考えただけで恐ろしく感じる。

 

「それにアトレさんのお父様が今年の『晩餐会』に参加しない事で、気落ちしているそうだから」

 

「家族仲が良いわね、大蔵家は」

 

 一歩間違えたら破滅しかねないけどね、その家族仲。その一歩を間違える切っ掛けを僕はやりかけてしまったから……胃が痛いよ。

 僕らの為もあるだろうから、実家に帰る事を決めてくれたルミねえには感謝だ。ありがとう、ルミねえ。

 

「『晩餐会』もあるから来週から留守にする……今年の夏の『仕切り』はアンソニーさんだから、どんな料理が出て来るか心配」

 

 それは……大変そうだ。

 アメリカに居た頃にお父様から聞いた話だと、アンソニーさんが『晩餐会』の『仕切り』を行なう時は、とにかくステーキなどの肉料理が中心だそうだ。しかも、デザートも焼き菓子というとんでもないラインナップ。聞くだけで胸焼けしてしまいそう。

 その影響もあって総裁殿もアンソニーさんに、『晩餐会』の『仕切り』を任せることは滅多にないと聞いた事がある。それなのに何故?

 ……少し考えて分かった。多分……小倉さんが関係しているに違いない。

 あの行動力だけは、大蔵家随一のアンソニーさんの事だ。総裁殿が本家を出て、別の場所で暮らしていると知れば、間違いなく日本にやって来てすぐに総裁殿を訪ねに行くに違いない。そうなれば小倉さんに会ってしまう。

 以前ジュニア氏が言っていたが……小倉さんはアンソニーさんの好みのドストライクだそうだから。

 会って即座にベッドに行こうとか……うん。普通に想像できた。それを避けるために、『仕切り』を命じたとなれば話は分かる。

 ご苦労様です、総裁殿。必ず全てが終わった後に、土下座させて貰います。それで許して貰えるか分かりませんが。

 

「結構長く居ることになりそうだから、エストさんが旅行に行っている間も戻って来れないと思う。そうなると桜の園へ残るのは朝陽さんだけになっちゃうね」

 

「それほんと!?」

 

 叫ぶと共に携帯を八日堂朔莉は取り出して、電話を掛けた。

 

「もしもし畠山さん? 確認なんだけど、再来週からのロケのスケジュールを変更……出来ない。出来ないの。あそう。どうしても出来ない? 出来ないの。そう」

 

 エストの旅行には梅宮伊瀬也もジャスティーヌ嬢も一緒だ。アトレも合宿だし、小倉さんも京都に行くから、本当に僕しかいなくなる。

 この期間を大いに活用しなければ。何よりも優先してやるのは、ルミねえの衣装製作だ。

 ……あっ、どうせだったら桜屋敷で製作するのも良いかも知れない。子供の頃にルミねえがピアノを弾いてくれた部屋で製作すれば、より想いを込めて製作出来そうだ。それなら急に戻って来た時に、僕が桜の園に居なかった時の伏線を張っておこう。

 

「私も、日本でお世話になった方の下へ、日頃の挨拶に行こうと思います。お嬢様のお供を出来ずに出歩くのは、心苦しいのですが」

 

「あ、いいの。身体の事情があるし、こっちはこっちで楽しんでくるから。ただちょっと尋ねたいことが出来たから、後で私の部屋へ来て貰える?」

 

「はい」

 

 なんだろう。僕は何かミスをしていないか?

 才華の正体に繋がるようなことは口にしていないつもりだけど、エストの部屋で話す時に、警戒はしよう。

 

「エストさんの部屋へ行った後は、私の寝室にも来てもらえる?」

 

「お断りします」

 

 部屋ならともかく、寝室限定なんてされたら行く訳が無い。

 

「残念……そう言えば、私の行くロケ地が北海道なの」

 

「北海道? それなら合宿に合流できるではありませんか?」

 

 偶然だけど、短い時間かも知れないが、参加出来ないと嘆いていた合宿に参加出来るなら喜ばしい事だ。

 

「今回はお仕事だから。止めておこうと思って」

 

 なるほど、集中したいと。部活動も遊びではないけど、学院関係はプライベートとして割り切っているみたいだ。そういうところはやはりちゃんとしてるなあ彼女は。

 

「文化祭の稽古もしたいから、時間の確保に困っているくらいだしね」

 

「文化祭の準備ですか。調子はいかがですか?」

 

「もう。酷い。やる気は確かにあるんだけど、あのね……やっぱ、言うのは止めておく。気持ちを安らげる為に此処に来ているのに、愚痴を溢したんじゃ自分が最低」

 

 おや? ……これはどういう事だろうか?

 確か調査員である小倉さんとカリンも、八日堂朔莉のクラスの担任の台本の事は知っている筈なのに。二人の性格から考えて、総裁殿に報告していないとは思えないし。

 

「ルミネさんの方はどう?」

 

「私は日々の個人練習を繰り返すだけ。衣装もある人に依頼したから出来上がるのが楽しみ」

 

 最高の衣装を製作して贈るよ、ルミねえ。

 

「二人の方は、どう……な……」

 

 僕とエストの顔に気づいたのだろう。顔を向けたルミねえは、初めて犬を見る猫のような表情をしていた。

 

「どうして嬉しそうな顔をしてるのこの二人……そんなに製作は順調?」

 

「製作も順調なんですけどね」

 

「それ以上にグループ製作が楽しくて」

 

「ああ。二人とも共同作業が大好きで仕方ない人達だっけ。いいんじゃない?」

 

「くっ。同じ共同作業をしている私は、これほど苦しんでいるのに」

 

 ごめん。八日堂朔莉。でも……。

 

「とても楽しいですねえー」

 

「苦労も多いですが、人と何かを為すという事がこれほど幸福だと思いませんでしたー」

 

 本当に楽しくて仕方がない。今、エストの部屋で作業している僕らは何時も笑顔だ。

 

「やだだらしない顔の小倉さん素敵。出来ればトロ顔見せて。それだけで数週間くらいは離れても耐えられそう」

 

 トロ顔だったら、鏡を見ればすぐに見られると思うよ。自分のだけど。

 

「とろがおってなに?」

 

 うん。ルミねえは知らなくて良い事だよ。

 そう思っていたら、意地悪そうな笑顔を浮かべた八日堂朔莉がそっとルミねえの背後に移動した。

 

「絶対に動かないでね」

 

「え? うん」

 

「ふぅー」

 

「ひあっ。ちょ、やめて」

 

 耳に息を吹きかけられて、嫌がらないルミねえは真面目なんだと思う。

 これが同じMである梅宮伊瀬也だったら、恐らく指を入れられても動かないに違いない。

 

「今のがトロ顔。一歩手前くらい」

 

「は? 良く分からなかった。二人は分かった?」

 

 僕とエストは同時に頷いた。だけど、ルミねえ本人は分からなかったのか小首を傾げている。

 

「周りから見てると分かるのかな? 鏡見ているからもう一回やって」

 

 うん、やっぱりルミねえはMだ。凄い。どうして自ら駄目な方向へ進んで行くんだろう。

 Sっ気が疼いて、携帯で撮りたくなってしまったが、此処は我慢我慢。

 

「じゃ、行くわね。ふぅー」

 

「はっ……ふあっ……」

 

「耳弱いのかもね。ふぅーふぅー」

 

「やっ……ひあっ……」

 

「黒髪は好みじゃないけど、ルミネさんって朝陽さんに何処となく似ているから、何だか興奮して来た。という訳で、ふぅーふぅーふぅー」

 

「んっ……ふああっ……やっ……ひあっ! もう止めて!」

 

 興奮して調子に乗った八日堂朔莉が舌を入れそうになったところで、漸くルミねえは顔を真っ赤にして慌てて立ち上がって拒否した。其処まで行く前に危険を察知しようよ。

 その後、自分が僕やエストの前でどんな顔をしていたのか理解したのか、ルミねえは恥ずかしがりながら自分の部屋に戻って行った。

 やらかした八日堂朔莉も、恍惚とした顔をしながら去って行き、僕とエストも続いて部屋に戻った。

 

「ごめんね、デザインの時間を奪ってしまって」

 

「いえ、お嬢様のお世話をすることが私の役目ですから」

 

 それに部屋に戻ってするのはデザインじゃなくて、ルミねえの衣装製作だ。其方を何よりも優先する。デザインの時間が無くなっても構わない。ルミねえの衣装は何としても完成させないといけないんだから。

 取り敢えず、夏だけど、先ほどまでいた屋上庭園も部屋も程よい空調が効いているから、この後でエストが良く眠れるように温かい紅茶を用意した。

 

「それで御用の方は何でしょうか?」

 

「一つ……ううん、二つ尋ねたいことがあるだけなの。それに答えて貰ったら、いつでも部屋へ戻っていいからね」

 

「ではこの紅茶を飲み終えるまでの時間にしましょう。お菓子も出しますから、寝る前に必ず歯を磨いて下さい」

 

「イエッサ。あのね、先ず最初に尋ねる事だけど、さっき屋上庭園で、皆が居ない間に、日本でお世話になった人の下へ挨拶に行くと言っていたけど」

 

 明らかにエストの顔が変わったあの話か。もしかしたら迂闊な発言を僕はしていたかもしれない。質問の内容によるが、充分に気を付けなければいけない。

 

「お世話になった人って言うけど、今まで朝陽から聞いた話で該当する人って、一人しかいないよね。もしかして……桜小路才華のところへ行くのかなと思って」

 

「才華様のところに」

 

 そういう事か。

 あの場での話は八日堂朔莉の行動を牽制する為と、桜屋敷でルミねえの衣装を製作する為の嘘だ。

 ルミねえの衣装の件は、事情があるから話したくないし……いや、待てよ。これは降って湧いたチャンスではないか? 会いに行く相手を才華という事にすれば、僕に対するエストの今の気持ちが聞けそうだ。

 今朝のメールの内容もあるし。ズルいかも知れないが、今のエストの才華に対する意見は是非聞いておきたい。

 それに、他の相手だと色々不都合が出て来そうだ。

 それならばエストの考えに便乗させて貰うとしよう。

 

「はい。場所は教えられませんが、才華様と久しぶりにお会いして来ます。長らくお会いしておりませんでしたので」

 

「そう……」

 

 ……あれ?

 てっきり、居場所を知っているなら教えてと言って来ると思ったのに。怒るでもなく、興味深そうにするわけでもなく、ましてや不機嫌になる様子も見せずに、ただ目を逸らした。

 それも、時々困ったように僕の顔を窺っている。と言うよりも、ほんのりと頬が……赤くなってる? これは。

 

「あの、ね……ま、先ず最初に尋ねたい事なんだけど」

 

「はい、何でしょうか?」

 

 一体なんだろうか? やけにソワソワしてるなあ。

 一先ず紅茶を一口……。

 

「その、ね……桜小路才華さんって、小倉さんの事をどう想っているのかな?」

 

 ブウゥッ! と余りの衝撃に紅茶を噴き出してしまった。

 

「わわわっ! あ、朝陽どうしたの!?」

 

「も、申し訳、あ、ありません……で、ですが、少し驚きまして」

 

 本当は少しどころじゃないよ!

 な、なんて質問をして来るんだ、君は!? 僕がと言うか、才華が小倉さんをどう思っているかだって!?

 

「お、お、お、おおお嬢様!? ななななな何故そのような事を尋ねて来たのですか!?」

 

「か、勘違いしないでね。ほ、ほら!? あ、朝陽には悪いけど、前に貴女と桜小路才華さんが、小倉さんを傷つけたって言ってたよね!?」

 

 一瞬にして頭が冷えて、冷静になった。

 ……そうだよね。色々助けてくれているけど、僕はあの小倉さんの心を傷つけたんだよね。

 

「その……ごめんね。朝陽が後悔していることを言ってしまって」

 

 僕の顔を見て、不味い事を言ってしまったと悟ったのか、エストは謝罪して来た。

 

「……いえ、お嬢様。その件は全面的に私と才華様が悪いので……それで何故このような話題を?」

 

「うん。朝陽が小倉さんに謝罪したことは聞いたけど、桜小路才華さんの方はどうなのかなって思って」

 

 ああ、そういえば才華の方は話してなかったね。

 

「才華様も小倉お嬢様には別の日になりましたが、謝罪したそうです」

 

「そう……だったら、入学式の日に此処を訪ねたのは、小倉さんに会うためだったのかな?」

 

 ああ、なるほど。そういう考えもありだ。

 あの時は結局、桜小路才華が何故桜の園を訪ねに来たのか理由を説明出来なかったが、小倉さんへの謝罪の為なら納得出来る話になる。

 とは言え、エストの勘違いをそのまま肯定するのは怪しまれかねないので、取り敢えず小倉さんへの謝罪は才華も終えている事にしないと。

 ハンカチで口を拭きながら、話を再開する。

 

「先ほども述べましたが、私とは別の日になりましたが、才華様も間違いなく小倉お嬢様には謝罪なさっています。その連絡は届いております」

 

「そっか……良かった。その事が少し気になっていたの。部外者の私が口に出したらいけない話のようだし……それで朝陽から見て才華さんは小倉さんに好意を寄せていると思う?」

 

 だからなんで、そんな質問をして来るんだ君は? あれか? 女性特有の他人の恋愛に興味があるという事か? 選りにもよって、それを僕と小倉さんの関係に適用しないでくれ!

 正直、これ以上に無いほどに答え難い。

 ……小倉さんに好意を抱いているかと聞かれれば……抱いている。だけど、この感情が恋愛感情なのかと聞かれれば、分からないだ。

 僕は幼少期にあった一件で、女装したお父様以外に性的な欲求を抱けない。性的な欲求を抱ける可能性があるとしたら、あの一件が起きる前までに関わっていた女性。主にルミねえだが……ひいお祖父様の恐ろしさがあって、ルミねえにそんな感情を向けられそうにない。

 他には、恥ずかしい話だがお父様に似ている妹のアトレも候補にいたが、5月の一件の時からアトレには全く性的欲求を抱けない。冷静な目でアトレを血の繋がった妹として見られるようになった。

 そして小倉さんだが……全てにおいて僕の好みドストライクだ、あの人は。今では僕が性的欲求を感じる唯一の女性だ。

 だが……僕とあの人は対等な立場にいるのだろうか?

 今、フィリア学院に通えているのも、遠く離れたところで事情を知った小倉さんが助けてくれたおかげだ。他にも学院内での行動を注意してくれたり、陰ながら助けて貰ったりしている。何よりも、時間を置くしかないと思っていた妹の心の問題を解決に導いてくれた。

 小倉さんと僕は……対等じゃない。

 

「……そうですね。好意は寄せていると思います」

 

 エストの身体がビクっと、明らかに震えた。その反応に気づかないふりをしながら話を続ける。

 

「ですが、それが恋愛感情かまでは私には分かりません」

 

「そうなんだ……ありがとう。こんな質問に答えてくれて」

 

「いえ、お気になさらないで下さい」

 

 本当は内心ではかなり心が乱された。

 半分になってしまった紅茶を飲んで、次の質問に備えよう。

 

「それで次の頼みなんだけど……才華さんと会った時に私に頼まれた訳ではないように装いつつ、彼がいま私の事をどう思っているのか、確かめて来て欲しいの」

 

 ブゥゥゥッ!! と本日二度目の噴き出しを行なってしまった。

 一生の不覚。じゃなくて! ま、待ってくれ。

 さ、さっきの小倉さんに関する才華の気持ちを聞いて来たり。今の言葉と言い、ま、ままままるでエストが!

 

「才華様の事がお好きなのですか!?」

 

「違うの!」

 

 お互いに絶叫を上げてしまった。このマンションは防音に自信があるけど、夜中に余り誉められたものじゃない。

 だけど大声を出しても仕方がないと思う。いや、寧ろ今は許されるべきだ。だって、エストが、そんな僕を。

 

「違うからね! ちがうからねえええ! ちがうからNEeeee!」

 

「ちっ、違うと仰られましても! お、お嬢様の質問は、あ、明らかに……」

 

「違う違う! だって才華さんとは一度も会った事のない、顔も知らない人なのに! そんな! 恋愛なんてものではないからね!?」

 

「でででですがお嬢様、頬が、少し、赤いです」

 

「ここここれはいま焦っているからだからね!?」

 

 いや、最初から頬は赤かったよ。

 それよりもほんとに何で? 心当たりが無い……どころか、つい最近まで心の奥底から嫌われていたよね? 桜小路才華は、君に。

 

「で、では、あの、以前お怒りになられていたゴーストの件はもう、お許しになられたのですか?」

 

 桜小路才華が一番最初に嫌われる事になった一件だ。ハンカチで再び口を拭いながらエストの返答を待つ。

 

「それはそのまた別の問題として、やっぱりゴーストの件は許してはいけないと思うけど」

 

 御尤もです。エストに仕える為に仕方がなかったが、ゴーストの件はもう少し重く考えておくべきだったと、今更ながらに後悔している。

 

「まあ、朝陽の為ではあったみたいだし、其処は考慮しようかなと思うの。それと、メールの方も回答するまでが遅いけれど、人の尋ねたことに対しての、返事の内容に誠意が見えるから」

 

 ……もしかして文化祭の件で相談に乗ったから? いや、それだけで? こんなに180度も気持ちが変わるものだろうか?

 ああ予想外の事で動揺する。だけど、当たり前だが男性から恋愛感情を向けられた時のように嫌な気持ちじゃない。でも……余裕もある訳ではない。

 一先ず落ち着こう。落ち着け。冷静に考えろ。幾らなんでも、メールでのやり取りだけで人を好きになるわけないじゃないか。

 ……そうか、分かった。エストは普段、男性と接する機会が無い。桜の園で、女装している僕以外に男性と話したところなんて見た事は一度も無い。ロンドンに友人はいたみたいだけど、それもアメリカへ渡る前までの話だから、相当だ。

 アメリカに居た頃に通っていた学院も、今のフィリア学院と同じで女子しかいないクラスだったと聞いた。それなら男性に対する免疫がだいぶ薄まっている筈。

 余り関わる機会の無かった『同年代の男性』という相手に、エストは年頃の女性として、純粋な興味を抱いたのではないだろうか。

 冷静になって頭が冷えて来た。あくまでエストは同年代の男性として、桜小路才華を意識しているだけだ。単純に恋愛感情を抱いたなんて、考え過ぎだ。

 それでも、桜小路才華が男性として意識されているのは事実だから光栄な事だけど、何だか……照れてしまう。

 

「か、勘違いしないでね! 本当に、これは、彼の事を尋ねたのは、私がその、ゴーストの件で、以前かなりきつい言葉のメールを送ってしまったから」

 

 うん、確かにあの内容はきつかった。きついを通り越して、酷かったよ。まあ、それだけの事を僕は君にしてたから当然だけどね。

 

「だから嫌われているのではというか、嫌な女だと思われていないか……メールの返事をくれるのも、対応に困っているのではないかと思って、確かめて欲しいだけなの」

 

 嫌っていないことくらい、これまで送ったメールの文面を見れば分かるだろう。

 確かにあのメールは酷かったが、言われて当然だ。あ、でも、そういえばエストは、大雑把なようで、相手の気持ちを量るのに臆病な一面があったっけ。

 此処で朝陽として僕が、『才華様は気にしていませんよ』と言ったところで、従者として気を使ったと思われるだけだ。それなら、後日、誠意ある返答を才華としてエストに送ろう。

 才華としての気持ちを伝えるのは、エストが旅行に行く前が良いかな? エストには安心して旅行して来て貰いたいし。

 

「分かりました」

 

「ふぇ?」

 

 やや涙目になっていたエストは、冷静になって頷いた僕を見て、不思議な声を漏らした。何だか、ちょっと可愛く感じて……って違う! 違う! 何を意識し始めているんだ、僕は!?

 

「お嬢様の頼みをお聞きし、才華様とお会いした時に、お嬢様の事をどう思っているか尋ねておきます。それでよろしいですね?」

 

「うん。ありがとう」

 

 答えなんて決まり切っている。……寧ろ、真実をエストが知った時に、この好意も消えてしまうと思うと胸に痛みを感じてしまう。

 

「取り敢えず、才華様にお会いした時は、私から見たお嬢様の良い部分を伝えておきますね」

 

「わあ、朝陽が私を誉めてくれるなんて珍しい。全裸で寝たり、歩いたりしている食いしん坊だなんてことは、言わなくて良いからねウフフ」

 

 いや、それはもう知っている。しかも会った2日目からね。

 

「はい。美しく、立派で聡明な方だと伝えておきます」

 

 ついでにちょっと仕返しを。散々翻弄してくれたお礼をしたい。

 

「ですがそれで、才華様がお嬢様に興味を持ってしまったらどういたしますか? 例えば、恋愛的な意味で」

 

 今のところ、万が一にも無いけどね。そんな事を思いながら質問したら……。

 

「え?」

 

 分かりやすいほどに頬を染めて、エストは可愛らしい声を上げた。

 

「ちょ、直接会った事も無いから……そ、その先ずは面と向かって話したい……」

 

「承りました。その時は、そのようにお伝えします」

 

 尤も、その時が訪れれば、君はきっと朝陽と桜小路才華を心の底から嫌うよ。僕が桜小路才華としてエストに会う時。それは自分のしてしまった事を、エストに全て話す時なんだから。

 それにしても……はあ、驚かされた。いや、それよりもナルシストでマザコンの僕が、まさか、恋愛の可能性で動揺させられるなんて驚きだ。

 これまで恋愛関係の話は好まない……いや、待て。最近の僕にやって来る恋愛関係での話題は全て男性からのものばかりだった。しかも、今日は求婚までされてしまった。なるほど、だから今の話には全く嫌悪感を感じなかったのか。

 突然に女性との健全な恋愛話がやって来てしまったから、此処まで動揺した訳か。

 ……だけど、エストとの恋愛は間違いなく無理だ。動揺したのはほんの僅かな気の迷いだ。そして、二度とその気持ちを起こさない。

 そろそろ、話は終わりにしよう。

 

「お嬢様のお話はこれで終わりですか?」

 

「え? うん、そう。私が尋ねたかったのは、今の二つだけ」

 

「では今度は私からも質問して良いでしょうか? 衣装製作の事です」

 

「製作の事? それなら、忘れない内に聞いておいて。今メモを用意するね」

 

「あ、いえ、作業上の事ではありません。そのお気持ちの事です。お嬢様は、今回のグループでの製作を楽しんでいるように見受けられます」

 

「うん、楽しいよ」

 

 僕もだ。

 

「私も同じ気持ちです。ただ、私の場合、今まではゴーストを務め、他人と製作する機会はありませんでした。グループ製作は、今回が初めての経験になります。ですが、お嬢様は、以前から人と交わっていた筈です。前の学校や、その更に前のロンドンにおいて、今回のような複数人でのグループ作業をした経験はなかったのですか?」

 

「その機会はなかったなあ。そういう授業もなかったし、コンクールで関わったのは、モデルの方だけなの。だから今は、とても新鮮な気分だよ。いせたんさん達も好きだし、ジャス子さんとも仲良くできているし、小倉さんには……学ばせて貰っているから」

 

 うん、落ち込む気持ちは分かる。

 本当にあの人。一度服飾を捨てようとしたのかとさえ疑問に思うぐらいに、服飾が上手くなっているからね。……デザイン以外はだけど。

 

「良く分かりました。お嬢様が過去にひとりぼっちだったのではないかと、要らぬ心配をしてしまいました」

 

「本当に要らない心配だったね。寂しい子扱いしないでねウフフ……あ、でも、お姉ちゃんとは、子供の頃に二人でデザインを描いたりしたかな?」

 

「それは素敵ですね」

 

 僕もアトレとは、昔は一緒にデザインを描いたりしていたなあ。

 ……あの頃にもっと、いや、今でもアトレの事に気を付けていたら、あんなことは起こらなかったのに。

 ……流石にそろそろ時間も遅い。カップの中身も空になってるし……入れたのに一切飲んでいない事は気にしないでおこう。

 一杯飲む間なんて、とうに過ぎているよ。

 

「もう23時ですね。明日も、今日と同じ時間に皆様がいらっしゃるでしょうから、お休みの準備をして下さい。お嬢様が入浴している間に、私は食器を洗って部屋へ戻ろうと思います」

 

「あ、良いよ。私はこれからアトリエに入るつもりなの」

 

「これから? デザインを描くのですか?」

 

「ううん、もう少し衣装を縫っておこうと思うの」

 

「ですが、まだ文化祭まで、一ヵ月以上も余裕があります」

 

 しかも製作は順調すぎるほどだ。わざわざ夜遅くまでやる必要は、今のところは無いのに。

 

「うん。でも、みんな頑張っていてくれるから。せっかく朝陽が私の為に描いてくれたデザインなのだから、私が一番多く針を通しておきたいの。オリジナルの模様も入れなくてはいけないしね」

 

 その気持ちは大変嬉しいが……オリジナルの模様?

 

「私、刺繍がとても好きで、得意なの。楽しみにしていてね」

 

「刺繍……ですが、舞台と観客席の間には距離もありますから、見え難い裾の部分にまで気を配る事は」

 

「え? どうして?」

 

「デザインの柄を表現するだけなら、切り返しなどで表現したり、少々値は張りますが、皆様に相談すれば、生地そのものに柄を入れる事が出来るかも知れません。もう裁断までは済んでいますが、縫い合わせる前なら生地を変える事が出来ます。逆に一度縫い合わせてしまえば、もう刺繍は入れられません」

 

 刺繍を生地に入れる時は、必ず裁断前にしておかなくてはいけない。

 エストの気持ちは嬉しいが、刺繍をすると、糸を何度も通す為に生地が縮んでしまう。つまり、完成品に対して行なうサイズが変わるし、見た目が悪くなる。

 そして言うまでもなく、刺繍は手作業で行うから手間と時間がかかる。細い糸を何度も通して、一つの柄を作り上げるには、気が遠くなるほどの単純作業を必要とする。

 機械で良いものを入れることは出来るけど、手作業の刺繍は見た目が柔らかくなるし、何より見る人の心を打つ。やれるとしたら、まだ全体の工程の初期となる今のタイミングでしか出来ない。

 エストはそれをやろうとしている。衣装の見た目を良くするために、苦労を厭わないと言ってくれている。

 その考えは間違っていない。現に小倉さんがアトレに贈った衣装は、気付かれるか気付かれないかもわからない場所まで手間暇をかけて制作されていたんだから。

 

「せめて従者である私が」

 

「刺繍をすれば、私が一番多く針を入れる事になるから。ちょっとズルだけどね。見た目を良くするために時間を掛けるのは、どのジャンルのどの作品でも同じ。私がアメリカのコンクールで賞を取った時の決め手は、刺繍にあったと思ってるよ。だから私がやりたいの」

 

 確かに……エストがアメリカで賞を取った衣装には、必ず刺繍が入っていた。僕の衣装に、其処まで真剣に。

 いや、僕とエストの衣装だ(・・・・・・・・・)。彼女のために作ったのだから、二人のもので当然だ。

 そのエストが、より強い想いを込めてくれるという。なら、僕が抱く気持ちは一つだけだ。

 

「感謝いたします」

 

 偽りでしか接する事が出来ない事を悔やむ。それでも、心から僕はエストに感謝した。

 互いに微笑み合い、食器を片付けると僕は最後に挨拶をして、部屋を出た。




修正版前と同じで才華とエストの重大なミスは変わっていません。
この話でのミスが、後々に大変な出来事を引き起こします。詳細は本編をお待ち下さい。
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