月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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更新が遅れて申し訳ありませんでした。
予告通り遊星sideで、つり乙1と乙りろのキャラ達が出て来ます。

秋ウサギ様、烏瑠様、Lelouch様、誤字報告ありがとうございました!


八月中旬(遊星side)6

side遊星

 

 本日からグループ製作の作業は一時中断。伊瀬也さんの実家にエストさん、ジャスティーヌさん、カトリーヌさんは旅行に行った。

 僕も今日の午前中には瑞穂さんが待つ京都に行くことになっているんだけど……。

 

「一体どうしたんですか? 何だか此処最近思い悩むような顔をしてますよ。あんなにグループ製作を楽しみにしていたのに」

 

「う、うん。ちょっとね」

 

 りそなの言う通り、僕は此処最近悩んでいる事がある。

 悩みの種はグループで製作している衣装の事だ。指摘した方が良いのか。それとも指摘せずにこのまま作業を続けるべきなのか。悩まされている。

 

「悩みがあるんだったら、妹に話して下さい。悩んでいる理由は多分、グループ製作に関してですよね? 直接的に力は貸せないかも知れませんが、話すだけでも気が楽になりますよ」

 

 尤もな指摘だけど、りそなに言われると何だか自分に情けなさを感じてしまう。

 出来る事なら、今言われた言葉は僕の方が言いたかった。とは言え、指摘された事は正しいので、僕は此処数日悩んでいた事を話すことにした。

 

「実はグループで製作している衣装なんだけど……エストさんが担当しているパーツに刺繍が施されていたんだよ」

 

「刺繍ですか。もしかしてその刺繍が酷くて、裁断からやり直さないといけなくなったとかで悩んでいるんですか?」

 

「ううん。違うよ。刺繍自体はとても綺麗だった」

 

 エストさんが、自分が担当しているパーツの部分に施した刺繍はオリジナルの刺繍だったけど、とても綺麗に縫われていた。

 刺繍だから遠目からは見え難いかも知れないけど、審査員や近場で見られる人達の目を引くほどの出来だと思う。ただ……。

 

「問題なのは、予定になかった刺繍が入った事なんだよ」

 

「はあ? ……えっ? つまり、下の兄を含めた他の班員に相談もなく予定になかった刺繍を入れられていたんですか?」

 

「うん。そう」

 

 刺繍が入れられたパーツを目にした時は驚いた。伊瀬也さんや大津賀さんは綺麗だとエストさんを誉めていたけど……。

 

「ジャスティーヌさんは、『エストンが勝手な事をするのは、仕方ないよ』って溜め息を吐きながら言っていたよ」

 

 刺繍自体がとても綺麗だったからその場で怒りはしなかったけど、もしかしたら内心では怒っていたかも知れない。あの衣装の製作は本当にジャスティーヌさんも頑張っていたから。

 カトリーヌさんの方は、すぐに他のパーツとのバランスの調整を行なってくれていた。僕もすぐに手伝った。

 エストさんが担当した部分だけ刺繍が入っていたら、全体のバランスが可笑しくなってしまうから、作業は急いだ方が良い。

 幸いにも、その時の製作状況は、全体の工程の初期。微調整すれば、すぐにバランスは直せた。だけど……。

 

「グループ製作で、相談もせずに勝手に刺繍を入れるのは不味いじゃないですか。これが人任せのグループ製作ならともかく、下の兄の班は全員やる気になっているんでしょう?」

 

「うん」

 

 僕らの班は誰もがやる気を持って製作に携わっている。服を製作するなんて初めての経験なのにも拘わらず、伊瀬也さんも大津賀さんも頑張って製作している。

 何時もは授業でもやる気を見せないジャスティーヌさんも、真剣に製作を頑張っている。カトリーヌさんだってそうだ。勿論才華さんもエストさんもだ。あの衣装は皆で製作している衣装。

 だからこそ、エストさんが相談もせずに勝手に刺繍を入れた事は注意しないといけない。

 だけど……。

 

「注意しないといけない事なんだけど、班のリーダーの伊瀬也さんが何も言わないから注意して良いのか分からなくて……」

 

「ああ、それはそうですね。そういう場合、率先して注意しないといけないのは製作班のリーダーですから……下の兄は実力はあるとしても、今の班では班員の一人でしかありませんし。確かに注意し難い立場ですね」

 

「うん。だから悩んじゃって」

 

 これが本当に困っている。

 せっかく良い雰囲気で製作しているのに、僕の注意で空気を悪くしてしまうのも辛い。でも、注意しておかないといけない事でもあるから……どうしたら良いんだろうか

 

「あの甘ったれは何も言わないんですか?」

 

「才華さんは何も言ってないよ。寧ろ嬉しそうだったかな。あの様子だと、事前にエストさんから刺繍を入れる話を聞いていたんだと思う」

 

 気持ちは分からなくもない。

 僕だって、ルナ様が僕が描いたデザインの衣装を真剣になって製作に取り組んでくれたら、その時は天に昇ってしまうような嬉しさを感じていただろうから。

 エストさんは間違いなく、才華様が描いたデザインから製作されている衣装に対して真摯な気持ちを持って製作に取り組んでいる。だからこそ、手間が掛かる刺繍を入れた。

 その気持ちも良く分かる。……だけど、やっぱり刺繍を入れる前に、他の班員で僕達にも相談して欲しかったという気持ちを捨てきれなかった。これは僕の我儘なのかな?

 

「……作品としてはどうなんですか? 刺繍を入れたら、作品の質が落ちてしまったとかは」

 

「そっちの方は大丈夫だから安心して。刺繍自体はエストさんのオリジナルだったけど、とても良い刺繍だと思えたから。寧ろ刺繍を入れたおかげで、仮縫いの時の衣装よりも間違いなく良くなってると感じたよ」

 

 エストさんの入れた刺繍は本当に良い柄だった。だからこそ、注意すべきなのか悩んでいるんだけど。

 今回のような件は、本当なら班のリーダーである伊瀬也さんが注意しないといけない。でも、その伊瀬也さんはエストさんが入れた刺繍を感心してしまっている。

 ジャスティーヌさんも衣装が良くなるのならと、見逃すつもりのようだ。大津賀さん、カトリーヌさん、カリンさんは従者だから主人の判断を優先するしかない。

 僕だけが悩んでしまっている。本当にどうしたら……。

 

「……今回は見逃したら良いんじゃないですか?」

 

「良いのかな?」

 

「個人的には下の兄の言っている事の方が正しいと思います。彼女や甘ったれがしたことは、ハッキリ言ってチームとして製作するならアウトです。私だって、一緒に製作してくれた相手には感謝しますよ。上の兄なら良い物を作るのなら多少の事は見逃すでしょう。ですが、上の兄だって一緒に製作してくれている相手への感謝は抱きます。エスト・ギャラッハ・アーノッツや甘ったれには、その感謝が下の兄の話を聞く限り見えて来ません。刺繍を勝手に入れてしまった事を謝罪して来ましたか?」

 

「……何も言われてないかな。気付いて漸く教えて貰ったから」

 

「悪いところで甘ったれの主人もお嬢様的なところを見せますね」

 

 うん、それはそうかも。

 以前、エストさんはジャスティーヌさんを授業に参加させようと大使館に勤めている叔父のところにわざわざ行った。それ自体は立派な事だと思う。

 だけど、僕が注意しなかったらその前からジャスティーヌさんを授業に参加させようと努力していた伊瀬也さんや樅山先生に連絡を取ろうとはしなかった。注意した時に驚かれていたから、その発想自体がエストさんには思い浮かばなかったのだろう。

 立派な事ではあるけど、少しエストさんには周囲に対する配慮が欠けてしまっている部分があるのかも知れない。それを才華さんが補ってくれたら良かったんだけどなあ。

 

「まあ、取り敢えず下の兄も良い刺繍だったと思っているんだったら今回は見逃すべきでしょう。まだ、一年生ですし。今度同じような事があったら注意するようにしたら良いんですよ」

 

「うん。分かった。ありがとう、りそな。相談に乗ってくれて」

 

「これぐらいは何でもありません……それに、今の下の兄に下手に泥を被って貰う役はさせられませんから」

 

 何か小声でりそなが呟いた気がする。

 でも、今はそれよりも少しだけ悩んでいた事が晴れて清々しい気持ちになれた。

 この気持ちのまま京都に……行ったら、其処で本格的なメイクを瑞穂さんや北斗さん、そして七愛さんと湊に見られるんだよね。

 

「うぉっ! いきなり暗くなりましたけど、今度はどうしました?」

 

「……知り合いに本格的なメイク姿の女装を見られると思うと……どうしても辛くて」

 

 しかもその姿を写真に撮られてしまう。

 ……落ち込まずにはいられないよ。

 

「……それに湊に本当の事を話すと思うと」

 

 また、女装して、しかもフィリア学院に通っている事を話す。才華さん達の事情がなくても、話したくない。

 

「た、確かに辛いですね。いや、フィリア学院に通いませんかと誘った私が言えた事じゃありませんが」

 

 しかも湊が来るなら、間違いなくあの人。七愛さんも来るに決まってる。

 今の現状を七愛さんが知ったら、辛辣な言葉を散々言われる。その事を考えると更に気が重くなる。

 せめて『親子揃って何を』と言われない事を願っていると、インターホンの音が聞こえて来た。

 

「誰か来たようですね」

 

「そうだね。僕が出て来るよ。りそなは本家に戻る準備をしていて良いから」

 

 椅子から立ち上がり、僕は玄関に向かった。

 

「やあ、久しぶりだね」

 

「こんにちは朝日さん」

 

「駿我さん! それにメリルさんも!?」

 

 玄関の扉を開けてみると、其処には駿我さんとメリルさんが立っていた。

 

「お二人ともどうして此方に? 今日は本邸の方で『晩餐会』があるとりそなさんにお聞きしていましたが」

 

 メリルさんもいるので、僕は朝日として話した。

 

「何。日本に帰国して本邸に行ったら、総裁であるりそなさんがまだ戻って来ていないと聞いてね。秘書の衣遠の奴は、才華君とアトレさんに会う為に桜屋敷に行くそうだから、代わりに迎えに来たのさ」

 

「私は昨日から本邸の方に泊まっていたら、駿我さんがりそなさんの所に行くとお聞きしたので、ご一緒させて貰ったんです。朝日さんにもお会いしたかったので」

 

「そうでしたか。あ、どうぞお入り下さい」

 

「失礼するよ。それと相変わらず何を着ても君は似合うね」

 

 うっ! 久々に会えたのに相変わらず駿我さんは意地悪だ。

 

「本当ですね。メイド服姿の朝日さんも素敵でしたが、こうして普段着姿の朝日さんもやっぱり素敵です」

 

 ……そしてメリルさんの偽りのない気持ちが籠もった言葉に、心の中で涙を流しそう。

 絶対に今は振り返らない。二人の顔を見る勇気が今は湧いて来ないから。

 

「いや、何で迎えに来るんですか? 『晩餐会』が行なわれるのは夜ですよね? まだ、午前中なんですから、もう少しこっちでゆっくりさせて下さいよ」

 

「アンソニーの奴が、総裁殿がいないと騒ぎだしてね」

 

「良く来てくれました。ト兄様がこの家に来るぐらいなら、貴方が来てくれた方が断然良いです」

 

 アンソニーさんか。駿我さんの弟で、山県さんの兄で、そしてジュニアさんのお父様だ。桜小路遊星様の話だと、とても良い人らしいから僕は会ってみたかったなあ。

 

「朝日さん。カトリーヌの事、本当にありがとうございます」

 

「いえ、私は大した事はしていませんから、お礼を言われる必要は……」

 

「いいえ。朝日さんには本当に感謝しているんです。朝日さんがいなければ、カトリーヌは、今よりずっと大変だった筈です。見知らぬ土地。見知らぬ人々。それに私の時と違い、あの子は言葉さえも不慣れな場所に行きました。そんな環境の中で、朝日さんがいてくれた事は本当に心から良かったと思います。これも神の思し召しですね」

 

「ハハハハッ」

 

 乾いた笑い声が出てしまった。

 ……すみません、メリルさん。僕はその神様に嫌われているので、思し召しはないと思います。

 

「あの子が日本のフィリア学院に行くと知った時は、嬉しい気持ちもありましたが、同時に不安も感じていました。そんな中、カトリーヌから電話で朝日さんに助けて貰っていると教えられた時は、運命のようなものを感じたんです。私も……貴女のお母様には助けられましたから」

 

「……」

 

 心から感謝を述べて来るメリルさんに、罪悪感が募る。

 ごめんなさい、メリルさん。実は、貴女の知っている『小倉朝日』は今も生きて、幸せに過ごしていますと伝えたくなる。

 ……でも、それを伝えるという事は、桜小路遊星様の過去を話すことになってしまうし、僕の正体も話さないといけない。

 

「あ……ごめんなさい。朝日さんがお母様に複雑な気持ちを抱いているのを忘れてしまって」

 

「い、いえ! お気になさらないで下さい! そ、それよりもメリルさんは以前、ブランドをやっていたとお聞きしたのですが!」

 

 落ち込んだ様子を見せるメリルさんに、僕は話題を変える意味もあって気になっていた事を質問した。

 

「はい。以前は確かにブランドをやっていました」

 

「どうしてブランドをお辞めになったんですか? りそなさんのお話では、かなり有名なブランドにまでなったという話だったのに」

 

「私は元々服を作るのが好きでした。それを見た親友であるエッテに才能があるからと言われて勧められて、パリのフィリア学院に通いました。最初の頃は苦労しましたが、今では楽しい日々を過ごせたと心から思います。卒業した後、エッテや家族の皆に勧められて開いたブランドでの日々も素晴らしい日々でした」

 

 だったら、何故辞めてしまったんだろう?

 

「ブランドを辞める切っ掛けになったのは、私の親友であるエッテがモデルを続ける事が出来なくなってしまったからです」

 

「一応お聞きしますが、モデルを続けられなくなったのは?」

 

「家を継がないといけなくなってしまって。エッテはプランケット家の長女なんです」

 

 ああ、それなら仕方がない。

 プランケット家と言えば、ジャスティーヌさんの家であるラグランジェ家と同じ、フランスでも有数の旧貴族。

 その家の名前は、この時代ではずっと昔になるが、僕がマンチェスターで過ごしていた頃から知っていた。大蔵家に縁のある家だからだ。

 血筋や格式で言えば、同じ欧州貴族であるユルシュール様のご実家のジャンメール家よりも上にあたる。

 この時代ではどうだかわからないけど、僕の時代では確かプランケット家は地主として古き貴族のまま地元でのんびりと過ごしていた家だった筈だ。

 でも……メリルさんの言う通り当主を継いだとなると、モデルを続ける余裕はないかも知れない。他にも年齢的な理由もあるだろうし。

 

「私がブランドを開いたのは、家族の皆から勧められたのもありましたが、エッテに私が製作した衣装を着て貰いたいというのもありました。そのエッテがモデルを続けられなくなって……勿論、エッテ以外のブランドに協力してくれた方々も大切な人達でした。でも、一緒に働いていたカトリーヌもブランドを辞めてしまい……私は自分がやりたかった事は何なのか思い直したんです。それで気付いたんです。別にブランドじゃなくても服に関われる事に」

 

「それであの仕立て屋を開いたんですね」

 

「はい! 皆からブランドを辞める事は惜しまれましたけど、今の方が楽しいと感じています。訪れてくれるお客さんの笑顔も、直接見る事が出来ますから」

 

「それはとても嬉しい気持ちになれますね」

 

 常連になってくれた人でも、初めて訪れる見知らぬ人でも、自分が製作した服を着て貰ったり、仕立て直した服を着て笑顔を浮かべてくれたら心が温かくなるに違いない。

 メリルさんがブランドを辞めた理由に納得出来た。そうだ。別にブランドに拘らなくても服は……。

 

「朝日さん?」

 

 ……何を考えているんだ、僕は。

 駄目なんだ。この気持ちで僕はもう服飾をしちゃ駄目なんだ。

 僕が服飾に戻ったのは、あの人に、桜小路遊星様に勝ちたい。そして超えたいと思ったからだ。ただ自分が服飾をやりたいからなんて気持ちで、もう僕は服飾をしたら駄目なんだ。

 そんな気持ちで服飾をやる資格は……もう僕にはないんだから。

 

「どうかされました? もしかして私の話でお気に障ったことでも」

 

「い、いえ! ……メリルさんの話は、本当に為になる話でした。と、ところで、カトリーヌさんにはお会いになられたのですか?」

 

 怪しまれるかも知れないが、話題を無理やり変えさせて貰った。ごめんなさい、メリルさん。

 だけど、メリルさんは気分を害した様子もなく、話を続けてくれた。

 

「いいえ。丁度私が日本に帰国した日に、カトリーヌは主人の方と旅行に行ってしまったので、会えませんでした。丁度私が日本に滞在する間は旅行中らしくて。無理に会うのも悪いので、来月のフィリア学院の文化祭で会う約束をしています。会えないのは少し寂しいですけど、電話でのやり取りは何時もしていますから」

 

「あ、そうなんですか」

 

 タイミングが合わなかったのか。

 幾ら幼馴染の間柄とは言え、カトリーヌさんは今はラグランジェ家に仕えるメイドだ。主人の用を優先するのは仕方がない。

 

「旅行が終わって帰って来たカトリーヌさんに会ったら、メリルさんは元気そうだったとお伝えしておきますね」

 

「お願いします」

 

「二人とも仲が良いね」

 

 振り向いてみると、駿我さんが何処となく懐かしそうに僕とメリルさんを見ていた。

 

「そうした二人の姿を見ていると、あの頃を思い出してしまうなあ……おっと、懐かしんでばかりはいられないか。小倉さん。雑誌に載っていた君が製作した衣装を見せて貰ったよ。素人だから専門的な意見は言えないが、とても良い衣装だったよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 素人とか関係ありません。僕が製作した服が認められる。

 それが心から嬉しいです。

 

「えっ? 朝日さんが製作した衣装が雑誌に載ったんですか? それはどの雑誌ですか!?」

 

「メリルさんも知っている雑誌だと思うけど、『クワルツ・ド・ロッシュ』という雑誌さ」

 

「『クワルツ・ド・ロッシュ』……もしかして表紙に載っていたアトレさんが着ていた衣装を朝日さんが!?」

 

「は、はい……私が製作しました」

 

「凄いです! パリで一緒に服飾の勉強をしていた時からは考えられないぐらいの上達ぶりじゃないですか! 私もアトレさんが着ていた衣装は素晴らしいと心から思っていました。あの衣装を製作したのが朝日さんだったなんて」

 

「いえ、確かに私が主に製作した衣装ですが、クワルツ賞に参加出来たのはジャスティーヌさんが機会をくれたからです。それに最後の方では、縫製にカトリーヌさんのお力も少し貸して貰いました」

 

「ですが、良い衣装には変わりありません。朝日さんは凄いです」

 

 そう言って貰えて嬉しいです、メリルさん。自信が湧いてきます。

 話を聞いていたりそなも、我が事のように嬉し気な笑みを浮かべている。ありがとう、りそな。

 こうして自信がつく切っ掛けを作ってくれて。あの時、背を押して貰えて良かった。

 

「遊星さんは、やっぱり教えるのが上手ですね」

 

 ……えっ?

 

「あ、あの、メリルさん? 今なんて?」

 

「えっ? 朝日さん、遊星さんに服飾を教わったんじゃないんですか? アメリカに行った時に私と同じように教わったのではと思ったんですけど」

 

 あ、なるほど。そういう意味だったんだ。

 

「はい、桜小路遊星様と桜小路家に仕えている山吹メイド長から教わりました」

 

「やっぱりそうでしたか。短期間で朝日さんの失われた実力を取り戻させられるなんて、遊星さんと山吹さんは凄いですね」

 

 うぅ、メリルさんの尊敬の気持ちが心に痛い。

 確かに僕が実力を取り戻せた要因には、桜小路遊星様が大きく関わっている。僕の理想形という形を、直接目にし、学ぶ事が出来たから僕は自分でも驚くぐらいに早く実力を取り戻せた。

 ……それでも、悔しさを心の中で少し感じてしまう。

 

「朝日。そろそろ貴女も準備しないと、電車に間に合わなくなりますよ?」

 

「あ、はい! すぐに支度します!」

 

「どちらにお出かけになるんですか?」

 

「いや、朝日は今回の『晩餐会』には参加しませんから、その間京都の方に旅行に行くことになってるんですよ」

 

「日本の京都にですか! 私も以前お邪魔した事があります。ですが、朝日さんお一人でですか?」

 

「行くのは朝日一人になりますが、京都の方では、花乃宮家の当主が待っていますので安心して下さい」

 

「花乃宮……瑞穂さんのところにですね! それでしたら安心ですね」

 

 今の聞こえて来た会話だと、メリルさんも瑞穂さんに会った事があるんだ。

 ……分かっている事だけど、やっぱり何処か寂しいと思ってしまった。僕は彼方ではメリルさんや駿我さんに会えなかったから。

 

「小倉さん。君の従者は元気にやっているかな?」

 

「はい! カリンさんには何時も助けられています」

 

 メリルさんがいる場所で、調査員関係の話は出来ない。

 

「そう言えば、カリンさんは元々は駿我さんのところで働いていたそうですけど、お仕事の方に支障とかはありませんでしたか?」

 

「気にしなくて大丈夫だよ。容姿のせいで侮られてしまう事もあったけど、部下の育成の方はちゃんとしていてくれたからね。後任も問題なく仕事をしてくれている。だから、君は気にしないで大丈夫だ……ああ、それと京都に行くんだったら、俺が駅まで送るよ」

 

「ありがとうございます」

 

 せっかくの好意だ。駿我さんに送って貰おう。

 

「それと……大瑛の奴は元気にしていたかい?」

 

「はい! 直接挨拶したのは5月になってしまいましたが、山県さんは元気にリサイタルを開いたりしていました。同じ学院に通っているジュニアさんとも仲が良いようです」

 

「アンソニーの息子か……やれやれ、やっぱり育った環境で大きく影響があるようだ」

 

「はっ?」

 

「気にしないでくれ。今のは独り言さ」

 

 意味は分からなかったけど……何だか駿我さんは少し嬉しそうだった。

 詳しく聞きたい気持ちもあったが、そろそろ準備を急がないと電車の時間に間に合わなくなってしまう。

 急いで京都に向かう準備をしないと。

 

 

 

 

 3ヶ月ぶりに京都駅に着いた。

 この先で待っていることを思うと、色々と気が重くなってしまうが、何時までもくよくよしている訳には行かない。

 荷物を持ちながら、駅のロビーで待っていると。

 

「朝日!」

 

「あ、北斗さん!」

 

 以前と同じように北斗さんが迎えに来てくれた。

 

「お久しぶりです、北斗さん」

 

「此方こそ、久しぶりだね。瑞穂様が今か今かと君の事を待っているよ」

 

「そ、そうですか」

 

 待ってくれているのは嬉しい。でも、其処で僕に待っているのは瑞穂さんだけじゃなくて、5月に仮縫いで着た衣装の完成形も待っている。

 その事を思うと……及び腰になってしまう。ああ、衣装を着るのは明日だから、それまでに改めて覚悟を決めないと。

 

「それじゃあ行こうか。柳ヶ瀬様と七愛さんは、別の花乃宮の者が迎えに行っているよ」

 

「あ、湊達も来るんですね」

 

 よ、良かったあ! 才華さん達の方に行くんじゃないかと心配していたけど、僕の方に来てくれるんだ。

 本当に良かったあ! ……ますます覚悟を決めないと。

 

「……その様子だとやっぱり、柳ヶ瀬様……いや、桜小路ルナ様は?」

 

「……はい。アレから色々とありまして、疑われてしまいました」

 

「その切っ掛けになったのは、もしや、アトレお嬢様が載っていた『クワルツ・ド・ロッシュ』が原因なのかい?」

 

「それもあります……アレ? 北斗さんも見たんですか? 『クワルツ・ド・ロッシュ』を?」

 

「瑞穂様の付き合いでね。瑞穂様が製作するのは着物がメインだけど、他にも芸能関係の衣装も時々製作されているから、流行のチェックの一環としてね」

 

 そう言えば、瑞穂さんが手がけているのは着物だけじゃなかった。

 北斗さんは芸能関係って言ったけど、瑞穂さんが主に手を出してるのは……アイドル系の衣装。それがあったから、フリルが服についていないか心配だった。

 それを考えたら『クワルツ・ド・ロッシュ』の雑誌を、瑞穂さんや北斗さんが見ても可笑しくない。それに表紙にはアトレさんが載っているし。

 

「それと実は君には秘密にしていたが、柳ヶ瀬様以外にも他に二人。旅館の方に既に来られている」

 

「……えっ?」

 

 湊や七愛さん以外に、二人来ている? 誰の事だろうか?

 

「あ、あの……それは一体どなたでしょうか?」

 

 まさか、ルナ様と桜小路遊星様なんじゃ。

 僕の質問に北斗さんは、申し訳なさそうな顔をする。

 

「すまない。こうして話しているのも、実は駄目な事でね。先方の二人は、君を驚かせたいようだ」

 

 僕を驚かせたい? 一体、誰が?

 疑問に思いながらも北斗さんに連れられて車に乗り込み、以前来た時に泊まった花乃宮家御用達の旅館である『鳳翔』に向かった。

 そして辿り着いたその場所で待っていた御方を見て、僕は悟ってしまった。

 

「オホッ……!」

 

 ……年貢の納め時か。お久しぶりです。

 

「オーッホッホッホッホッホッホ!」

 

 ユルシュール様!?




ユルシュール様の自己紹介は次回で書きます。
色々とあって更新が遅れてしまうかもしれませんが、完結まで頑張ります!
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