月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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本編の更新です。
番外編の方は息抜きの合間に書いてあるので。一応エイプリルフールには必ず一話更新します。元々のネタが公式でエイプリルフールにやられたネタなので。

秋ウサギ様、えりのる様、烏瑠様、誤字報告ありがとうございました!


八月中旬(遊星side)9

side遊星

 

 瑞穂さんの案内で辿り着いた会場は、かなり大きかった。

 流石は日本で有名な着物デザイナーの瑞穂さんが出す衣装の場だと感心したいんだけど……今日僕はこの会場の舞台に立つ。観客が少数なのが本当に良かった。

 大勢の前で舞台に立つなんて。しかもそれが女装なんだから。

 日常生活を女装で過ごしているのは置いておこう。主に僕の精神の為に。

 そして僕は今、私服姿(女性物)で舞台の上に立ち、瑞穂さんに着物でのウォーキングを教えて貰っていた。

 

「先ずはこうね、朝日」

 

「こうですか?」

 

「うん! そうよ! 流石は朝日ね! じゃあ、次は腕の動きと合わせて」

 

 瑞穂さんの教えに従い、僕は着物での歩き方を覚えていく。

 

「……全く違和感がありませんわね」

 

「……ほんとだよね。いや、個人的には凄い思うところがあるんだけど……営業部長として朝日をモデルとしてショーに出演させたらどうかなって考える自分が、ちょっと複雑」

 

「流石は朝日ね。既に私と同じ領域に立ちながら、更なる成長の兆しを見せるなんて。やっぱり、アナタこそ私の後継者よ」

 

「実際、サーシャよりも女性に見えましてよ、朝日の方が。昔から」

 

「キィーッ!」

 

 観客席の方をチラッと見てみると、何故かサーシャさんが悔しそうにハンカチをギリギリと噛んでいた。

 そのまま観客席から走り去り、会場から外に出て行った。一体何が?

 

「駄目よ、朝日! もっと集中しないと!」

 

「は、はい!」

 

 そうだ。今はこっちに集中しないと。

 瑞穂さんの指導は30分ほど続き、動き方を大体覚えたところで休憩に入った。

 

「朝日。とても良かったわ」

 

「そ、そうですか? 自分ではぎこちなかったかなと思っているのですが」

 

 着物を着て歩くなんて今回が初めてだから、不安を感じる。

 今は私服だから良いけど、本番に着る衣装で失敗したら大変だ。

 ……まさか、こんな形で舞台にモデルとして立つ人の気持ちが分かるなんて思っても見なかった。桜小路遊星様はフィリア学院に入学してから三年間、良くモデルを務められたなと心から思う。

 因みに瑞穂さん達に確認したら、ちゃんと男性用の衣装だったそうだ。……羨ましい。

 

「私の目から見ても、問題無いと思う。君の動きに変なところはなかったよ。勿論、プロとしてではなく素人としてだがね」

 

 安堵して良いのか悪いのか。北斗さんの感想には複雑だ。

 良いとしたら着物を着た女性的な動きが出来ているという事だしなあ。

 複雑な気持ちで懊悩していたら、観客席の方からユーシェさん、湊、七愛さんがやって来た。

 

「初めてのウォーキングにしては見事でしたわよ、朝日」

 

「ユーシェさんからもそう言って貰えると安心出来ます」

 

 欧州方面でデザイナーとして活躍しているユーシェさんからのお墨付きまで貰ってしまった。

 

「一番最前列の席から見ても、違和感はなかったんだよね……朝日。ルナのブランドの営業部長として頼みたいんだけど……モデルを……」

 

「絶対にやらないから」

 

「だよねえ。冗談だから安心して」

 

 本当に冗談だったのかな? 目がかなり真剣だったようなあ。

 

「湊。それはズルいわ。私だって朝日には専属モデルになって貰いたいぐらいなのに」

 

「ですわね。朝日がモデルとして立つなら、ショーは成功したも同然でしょうから。私も頼みたいぐらいですわよ。勿論、メインとしてはパタンナーをやって欲しいところですけど」

 

「い、いえ、あの……お気持ちは大変嬉しいのですが……まだ服飾の勉強を続けたいので」

 

 ユーシェさんの現場で働くのは勉強になりそうだけど、今の僕だと他のスタッフの人の邪魔になってしまいそうだ。

 

「……残念ですわね。また振られてしまいましたわ」

 

「本当にすみません」

 

「良いんですのよ。駄目で元々でもありましたし。何よりも朝日に勉強が必要なのは分かっていますから」

 

「フフッ、何だかこのやり取り懐かしいわね」

 

 確かに懐かしさを感じる。

 あっちでもユルシュール様には勧誘されていたから。でも……ユーシェさんには悪いけど……コレクション系からは離れようと思っている。やっぱりどうしてもコレクション系には二の足を踏んでしまう。

 桜小路遊星様がメインでやっているのが、コレクション系だ。

 だから、コレクション系をやって桜小路遊星様の技術に似てしまう事が……とても怖い。

 

「さあ、朝日。そろそろメイクに入りましょう」

 

「メ、メイクですか。でも、まだ時間が……」

 

 本格的なメイクに時間が掛かるのは、もう嫌と言う程に分かっているが、やっぱり知り合いに見られるだけじゃなくてされるとなると……複雑だ。

 思わず、後ろに足が下がってしまうが、右肩を湊に、左肩をユーシェさんに掴まれてしまう。

 

「逃げたら駄目だよ、朝日」

 

「此処まで来たのですから、潔く瑞穂にメイクされてしまいなさい」

 

「……はい」

 

 控室に僕達は移動した。

 中に設置されている化粧台の方に、プロが使うような大きな黒いメイクボックスが置かれていた。確認したところ、瑞穂さんがこの日の為に用意した化粧品やメイクが入っているそうだ。

 他にも本日着る予定の衣装が置かれている。今は白い布が被さっていて、衣装そのものは見えない。

 

「お披露目は、メイクが終わった後にね。間違いなく私の人生の最高傑作だから、期待してね」

 

 瑞穂さんはボックスを開けて支度を始めた。チラッと見てみると、家で見た事がある、ルミネさんの会社の化粧品が幾つか入っていた。

 ……化粧品の種類が分かってしまう事は、もう諦めよう。うん。

 椅子に座る僕の顔を、瑞穂さんの柔らかな手が触れて来た。

 

「朝日は肌のきめが整っているわね」

 

「あら、そうなんですの? ちょっと私も触らせて貰いますわね」

 

「あっ、私も……って。本当に整ってる。これって毎日手入れしている肌触りなんだけど」

 

「あの、湊。ちょっと触り過ぎなんじゃないかな?」

 

 湊の背後に居る七愛さんの目が、危険域に達しそうだ。あっ、元からだ。

 

「いやだって! この肌触り! なにこのスベスベな肌!? どんな化粧水を使ってるの!?」

 

「えっ、化粧水? ルミネさんの会社のをって!?」

 

 不味い! うっかり、話さなくて良い事を口にしちゃった!

 案の定、湊、ユーシェさんは目を見開いて驚いている。……何故かこの話題に一番反応しそうな瑞穂さんが無反応なのは気になるが、それどころじゃない!?

 

「大蔵ルミネの会社と言えば、世界で一番有名な化粧品会社ではありませんの!?」

 

「何でそんな有名な会社の化粧水を使ってるわけ!?」

 

「うっ……実は……」

 

 僕は隠し切れないと思って、フィリア学院には本格的なメイクをして通っている事を湊とユーシェさんに話した。

 聞き終えた二人は、何とも言えない顔をして見合っている。

 

「……ゆうちょだって、本格的なメイクだけは断固として拒否していたのに」

 

「僕だってしたくなかったよ! でも、お父様がやれって命じて来て仕方なく……」

 

「朝日の正体がバレたら、自分の身も危ないですものね……そう言えば、瑞穂。朝日の話題に無反応なんて珍しいですわね」

 

「そう言えばそうだよね。何時もの瑞穂なら間違いなく反応して、目をキラキラさせてるのに」

 

「そ、そうかしら?」

 

「……その反応。瑞穂。貴女、最初から知ってましたわね?」

 

「……ごめんなさい。りそなさんから教えて貰ったの」

 

 ああ、それで見慣れた(見慣れたくなかった)化粧品がメイクボックスの中に入っているんですね。

 ……りそなが本格的なメイクをして学院に通っている事を話した事は見逃そう。正直知られたくない事だったけど、どうせこれから見られるんだから。うん。

 

「それじゃあ始めるわね、朝日。りそなさんから使っている化粧品とかは聞いているけど、一通り試してみるから。先ずはこの乳液と下地で……ファンデーションの方は教えて貰っているものよりも少し明るめを試してみようかしら」

 

 瑞穂さんはカラーパターンを見ながら、僕の肌に合う化粧品を選んでいく。

 プロの方に習ったというのは偽りは無いようだ。その動きはメイキャップアーティストみたいだ。

 

「朝日、髪を上げて貰って良い?」

 

 指示されたので前髪を恐る恐る上げていく。

 

「……やっぱりおでこを出しても可愛いわ、朝日」

 

「ええ、とても可愛らしいですわ」

 

「凄い複雑だけど……確かに可愛い」

 

 無言で僕は耐える。男として可愛いと言われるのは、凄い複雑だけど耐える。

 おでこを全開にしたまま、僕は瑞穂さんのするがままに任せる。最初に、彼女は下地を肌に塗り始めた。

 次はファンデーション……桜屋敷に行く前には自分がファンデーションをする日が来るなんて夢にも思っていなかった。

 今では学院や桜の園に行かない日ぐらいしか、ファンデーションをしない日はない。

 

「本当に綺麗な肌。やっぱり保湿はしているの?」

 

「……はい。毎日化粧水を浸したものでパックをやらされています」

 

 学院で正体がバレた日には、お父様から即モロッコ行きにされかねないとりそなに脅されて、あっちの桜屋敷にいた頃は、三日に一度ぐらいだったのに、今では毎日している。

 そう言えば、あっちのりそなにしなくても変わらないなんて言ったら、怒られたなあ。

 現実逃避気味にそんな事を考えている間にも、メイクは進んで行った。

 

「……えっ? ちょっと待って、瑞穂……」

 

「こ、これは……予想以上ですわね」

 

「二人とも静かにして……私も気付いているから」

 

「……あ、あの何が?」

 

 何だか三人の顔が凄く赤らんでいる。メイクをしている瑞穂さんに至っては、ぽーっとしている。

 それでいながら手の動きが止まらないのは、凄い集中力だと思う。

 

「朝日……目を閉じて……」

 

 言われたので無言で目を閉じた。

 目を開けていたらまぶたが塗れないから……言われなくても意味が分かってしまう事がちょっと悲しい。

 カリンさんに殆ど毎日メイクされているからなあ。自分では絶対に本格的なメイクを覚えない。それだけが唯一残された男としての矜持だ。

 でも、間近で瑞穂さんの吐息を感じるのは、何だかドキドキする。

 

「……まさか、こんなに凄いだなんて」

 

「何だか、見ている私もドキドキして来ました」

 

「……うん……赤信号。皆で渡れば怖くないよ」

 

 いや、それは違うと思うよ、湊。

 

「焦りで手が……」

 

「瑞穂。此処は冷静にですわ」

 

「うん。分かってるわ、ユーシェ。完璧に仕上げなきゃ……ね」

 

「うわわわっ! 何か凄く顔が熱くなって来た!」

 

 どのぐらいでメイクは終わるかな?

 カリンさんだったら30分ぐらいで終わらせてくれるんだけど……目を閉じた向こうから感じる気配からすると、2時間以上掛かりそうだ。

 優しく肌を滑るブラシがくすぐったく感じる。でも、もう慣れた感覚なので動かずにいられる。

 彫像のように動かない僕に、瑞穂さんはメイクを施して行く。

 ファンデーション、コンシーラーを塗った後には目尻にシャドーを、頬にはチークを入れられた。

 ブラシタイプのリップグロスで、唇も塗られた。

 

『………』

 

 何故か僕にメイクが施される度に、騒がしくなった三人の声が聞こえなくなっていった。

 ……一応、これまでのメイクの経験からすると全部終わったはずなんだけど……どうしたのかな?

 

「……あ、あの、もう目を開けても大丈夫でしょうか?」

 

 ずっとこうしている訳にもいかないので恐る恐る尋ねてみる。

 ……返事が来ないので、ゆっくりと目を開けてみた。すると……。

 

「……ふぁっ」

 

「ふ、ふあ……? あ、あの瑞穂さん?」

 

 正面にいた瑞穂さんにとりあえず尋ねてみた。

 

「……朝日」

 

「な、何でしょうか?」

 

 何か危ない気配を感じるが、取り敢えず尋ねてみた。

 

「……私はずっと考えていた事があったわ。『朝日』って、何なのだろう?って」

 

 いきなり意味が分からない哲学的な疑問を出された!?

 

「私のこれまでの人生の中で、『朝日』ほど女性らしい女性に私は会った事がないわ。一番可愛らしくて、一番愛らしくて、そして一番女の子らしい。なのに、その体は男性……」

 

「はい、男性です! 女装してますけど、僕は男性です!」

 

 何か危険な答えに至りそうになっている瑞穂さんに、全力で男性である事をアピールした。

 

「そ、その顔で言われても、非常に困りますわね」

 

 ユーシェさんまで!? しかも何故顔を赤らめて視線を逸らしているのでしょうか!?

 

「……朝日。真面目な話だけどね……うちのブランドでモデルを……」

 

「絶対にしないからね、湊! それに湊が働いているブランドって、ルナ様のだよね!」

 

「……そうだった。私が働いてるのルナのブランドだった……じゃあ無理だよね。今の朝日を見たら、ルナが暴走してゆうちょに本格的なメイクさせそうだし。そのまま二人並べてとか」

 

「止めてよ!」

 

 昨日の話もあるから本当にあり得そうで、怖いよ!

 

「朝日。ルナのブランドが駄目だったら、私のブランドでモデルをいたしませんこと? 私が描いたデザインで、最高の衣装を用意いたしますわ」

 

「ズルいわ、ユーシェ」

 

「いえ、あの……モデルは絶対にやりません。絶対にです」

 

 今回だけと思って頑張っているんだから。男としてならともかく、女装姿でモデルをやるなんて、ハードルが高すぎる。

 

「はぁー……思わず動揺してしまったわ。これも朝日が素晴らしすぎるから……それをこんな近くで見られるだけじゃなくて、私が製作した最高の衣装を着て貰える。本当に幸せね……北斗、そろそろお願い」

 

「了解しました、瑞穂様……皆様。此方が瑞穂様が朝日の為に製作した衣装となります」

 

 北斗さんは控室に置かれていた白い布を取り去った。

 取り去られた後に出て来た衣装に、僕は言葉が出なかった。いや、僕だけじゃなくて湊、ユーシェさん、七愛さんも言葉を失って立て掛けられている衣装に見入った。

 

『…………』

 

 5月に着た仮縫い用の衣装なんて比べものにならない。

 服飾の世界を歩む者なら、誰しもが思わず目を向けずにはいられない程の衣装。それが今、僕の目の前にあった。

 こんなに感動を覚えたのはりそなの衣装をショーで見た時以来だ。何だろう?

 何か懐かしい……いや、違う。棄てた筈の想いが戻って来るように感じる。

 目の前にある衣装が素晴らしいと感じるのは、使われている素材が違うとかじゃない。本当に瑞穂さんの心からの想いが籠もった衣装だからだ。

 

「……瑞穂さん。ありがとうございます。こんなに素晴らしい衣装を私の為に用意して貰って」

 

 女性物だとかそんな事は関係ない。本当に心から素晴らしいと思えるような衣装を製作してくれた。

 そんな感謝の気持ちで胸一杯だった。

 

「良いのよ。私が朝日に着て貰いたくて製作したんだから……ねえ、朝日」

 

「何でしょうか?」

 

「……こんなことを聞いたらいけないのかも知れないけど、朝日はアトレちゃんの衣装を製作した時に、遊星さんとの勝ち負けに拘った?」

 

「それは……」

 

 ……あの衣装に桜小路遊星様との勝ち負けは……持ち込まなかった。

 機会をくれたジャスティーヌさんへの感謝。モデルを了承してくれたアトレさんに輝いて貰いたいという思い……そして後押しをしてくれたりそなへの感謝の気持ちから製作した。

 

「……勝ち負けは……関係ありませんでした」

 

 僕が桜小路遊星様との勝ち負けに拘っているのは、個人的な事情だ。

 そんな気持ちをあの衣装に入れたらいけない。

 

「朝日が自分を許せないのは分かるけど、服飾への想いだけ変えても……」

 

 ……駄目。

 瑞穂さん。お願いだから、それ以上は言わないで……

 駄目なんです。もう……桜屋敷に勤めていた頃の思いで服飾だけは……。

 否定の言葉を口にしたくても、口が動かない。それが意味する事を僕が考える前に……突然控室の扉がバンっと音を立てて開いた。

 

「フフッ! お待たせしたわね。真打の登場よ!」

 

 サーシャさんだった。

 ただ服装が変わっていた。一緒に会場に来た時は男性服だったのに、今は桜屋敷にいた頃のようにウィッグを付けてメイクもして女装している。

 

「やはり私の方が美しいよねえ……! 幾ら後継者と認めても、この道に入って二年程度の朝日にはまだまだ負ける気はなくてよお! 更にこの美菩薩のポーズを取れば……」

 

 日本の菩薩のようなポーズを取ろうとしたところで、サーシャさんの顔が僕に向いた。

 そのままギリギリと顔を動かして瑞穂さんの衣装に目を向け、再び僕に向く。その動きを5回ぐらい繰り返したところで、サーシャさんは膝をついた。

 

「……フフフッ、今日のところは負けを認めて上げるわ」

 

「ですの!? あ、あのナルシストのサーシャが自分の負けを認めましたわ!」

 

「ええ、流石に今回ばかりは負けを認めざるを得ませんわ、ユルシュール様……個人の美貌ならともかく、瑞穂様の衣装まで加わるとなれば」

 

「……はっ? ……何を言っていますの。どう見てもサーシャよりも朝日の方が……」

 

「いや、其処までにしておこう、ユーシェ」

 

 湊がユーシェさんの肩に手を置いている間に、サーシャさんが僕に近づいてきた。

 

「朝日。ありがとう」

 

「……あのー、お礼を言われる意味が分かりません」

 

「何を言ってるの。アナタのおかげで、私は、私に足りない美が何なのかハッキリと分かったわ。まさか、こんな目と鼻の先にあった美を探すのを忘れていたなんて……女装男子の先輩として一生の不覚。自らの美を磨き抜き、そしてその美を最大限に発揮出来るポーズまで見つけていながら私は一番大切な事を見逃していたわ。そう! 私の美を輝かせる衣装を!」

 

「あ、あのー、サ、サーシャさん?」

 

「服飾をやっていながらなんて不覚。だって、私って、どんな服も似合ってしまうから!」

 

 駄目だ。僕の声が届いてない。サーシャさん絶好調だ。

 

「ところで朝日。メイクで長い時間椅子に座っていただろうから、少し歩いて身体を解して来たらどうかしら?」

 

「えっ?」

 

「それは良い考えですわね、サーシャ。本番前には身体を解しておくのは当然の事ですわよ、朝日」

 

「分かりました」

 

 プロの二人の意見なので僕は従って、控室から出て廊下を歩いて行った。

 会場にある自販機で飲み物でも買って来ようかなあ?

 

 

 

 

 自販機のある場所にはすぐに着いた。

 全員分の飲み物は買い終えたが、少し戻れる気にはなれずベンチに座っている。

 

「……」

 

 ……本当は自分でも分かっている。

 桜小路遊星様に勝ちたい。そして超えたい。この気持ちに偽りはない。だけど……その更に奥に別の気持ちがある。

 でも……その気持ちを認める事が出来ない。だって、その気持ちは……捨てた(・・・)筈の思いだから。

 もう一度その思いを胸に秘めて服飾をやる事だけは、どうしても無理だ。そんな資格が僕にあるはずが……無いんだから。

 

「……ごめんなさい、瑞穂さん」

 

 彼女の気持ちは、正直言って嬉しい。

 あっちの桜屋敷にいた頃のように服飾が出来たらと、心の何処かで僕は確かに願っている。憧れた夢に。その時に胸の灯った気持ちのままにまた前に進みたい。

 ……だけど……やっぱり無理だ。もう……前の気持ちで服飾が出来ない。その気持ちで進んだら、桜小路遊星様に勝てない。

 彼の衣装に勝つには、前の気持ちじゃ駄目だ。一から服飾を学び直せているんだ。このチャンスを逃したくない。今の気持ちで、そして新しく学び直した服飾の技術で彼に挑む。

 このチャンスを……僕は逃したくない。だから、ごめんなさい、瑞穂さん。やっぱり今の気持ちのままでいさせて貰います。

 

「そろそろ戻ろう」

 

 買った飲み物を抱えて立ち上がる。

 あっ、でも……湊と七愛さんはともかく、ユーシェさん、サーシャさん、瑞穂さん、北斗さんには缶ジュースは不味いかな?

 今日は貸し切りにしたせいで売店は多分やっていないだろうし……どうしようかなあ?

 

「おおっ!」

 

「えっ?」

 

 聞き覚えのない男性の声が聞こえて来たので振り向いた。

 白いシャツと赤いスーツをラフに来た金髪の男性が立っていた。誰?

 

「ま、まさか、こんな出会いがあるとは! 兄上に飲み物でも買って来ようとした先に、君がいるなんて!?」

 

「……あのー、どちら様でしょうか?」

 

 何か既視感を覚えるような気がするけど、初対面だと思うので質問した。

 

「なんと!? 俺の事を知らない!? 君の母上から聞いていないのかい!?」

 

「お母様から?」

 

 一瞬今は亡きお母様の顔が脳裏に浮かんだ。

 でも、すぐに勘違いだと気がついた。恐らく目の前にいる男性が言っている母親とは、『小倉朝日』の方に違いない。となると……大蔵家の関係者!?

 改めて男性の顔を良く見てみる。……うん、やっぱり既視感のようなものを感じる。

 金髪で碧眼……その特徴を持っている男性を僕は知っている。良く見ると顔立ちも良く似ている。と言う事は、この人は!?

 

「も、もしかして……ジュニアさんのお父様でしょうか?」

 

「いかにも! 改めて名を名乗られて貰おう。俺の名前は大蔵アンソニー。君も知っている大蔵駿我の弟で、ジュニアの父親だ。ハハッ!」

 

 やっぱりそうだったのか。

 でも……どうして此処にいるんだろう?

 

「アンソニー。何をしてる?」

 

「おおっ! 兄上! いや、なに。偶然にもあの『朝日』ちゃんの娘である小倉朝日ちゃんに会ったので、自己紹介をしていたところだ」

 

「何? すまない、小倉さん。先に会ってアンソニーが来てしまった事を話すつ……」

 

 何故か急に駿我さんの言葉が止まった。

 

「ハハッ! 流石の兄上も動揺してしまったようだ。その気持ちは分かる。『小倉朝日』ちゃんも凄い美少女だったが、その娘はそれ以上としか思えないぐらい美少女! 是非とも一晩ベッドの上で抱き合いたい!」

 

「アンソニー。もし彼女に手を出すようなら、お前を追いつめる事に容赦をするつもりは原子レベルの塵ほどもない」

 

「あれれ! 実の弟に厳しすぎる気がするよ」

 

「彼女の事情は衣遠から説明を聞かされたはずだぞ」

 

「ああ、そう言えばそうだった……えーと、朝日ちゃん。大蔵家が君に迷惑を掛けた。その件は本当に済まない」

 

「い、いえ、お気になさらず」

 

 お父様の説明は嘘なので。だけど、アンソニーさんは僕の正体は本当に知らないようだ。

 

「いいや。これは謝罪すべき事だ。大蔵家が君にした事は許されないことだから」

 

 うっ……真摯に謝ってくれるアンソニーさんに罪悪感を感じる。

 

「それと君には個人的に感謝している事もある。ジュニアがフィリア学院では世話になっているそうだからなあ。ああ、安心してくれ! 君の事は前当主殿には話していない。兄上の言う通り、前当主殿に知られるのは不味いだろう」

 

「と言う訳で、アンソニーは以前から君がフィリア学院に通っている事を息子から聞いて知っていたようだ」

 

 ……うっかりしていた。そうだ。ジュニアさんに僕の事を秘密にするように頼むのを忘れていた。

 

「弟の大瑛とジュニアの仲が良く、更に君との仲も良好なのは喜ばしい。次の大蔵家世代も俺達と同じぐらい仲良くなれそうで良かった。ハハッ!」

 

「はい。私もお二人とは仲良くして行きたいと思っています」

 

「それを聞けて安心だ……本当なら弟の大瑛とも仲良くしたいところだが、親父と前当主殿との事があるから迂闊に会いに行けないのが残念だ」

 

 心から残念そうな表情をアンソニーさんはしている。

 この様子だと……アンソニーさんは山県さんの事は嫌ってはいないようだ。

 

「大瑛に会いたい気持ちは分かるが、下手に近づくのは止めておけ、アンソニー。お前も、俺と親父、そして前当主が揉めた件は分かっている筈だ」

 

「う、うむ。だから、俺も遊星君も大瑛に会わないようにしている。ただジュニアが大瑛と仲良くするのは構わないだろう、兄上」

 

「其方は別に構わない。彼は大蔵を名乗っているが、独立するつもりのようだからな」

 

「息子が素晴らしい成長をしている事は喜ばしいが……寂しさを感じるよ、兄上」

 

「我慢しろ……いや、それよりも今は、小倉さんはどうして此処に? 花乃宮さん達と一緒に居たんじゃないのかい?」

 

「メイクが終わったので、ちょっと気分転換に会場を歩いていたところです。他の皆は控室の方にいます」

 

「なるほど……それでそんなに綺麗になっていたのか。良いものを見させて貰ったよ」

 

「ハハハッ……」

 

 乾いた笑い声が出てしまいます。

 あれ? でも、駿我さんとアンソニーさんが来ているという事は……。

 

「お二人が来たという事は、お父様とりそなさんも」

 

「もうすぐ来る筈だよ。衣遠とは一緒に来たくなかったから、俺とアンソニーは先に来させて貰った。後、衣遠とりそなさんだけじゃなくてメリルさんも一緒に来る筈だ」

 

「メ、メリルさんもですか!?」

 

 えっ!? 何でメリルさんまで!?

 

「君の着物姿を是非見たいそうだ」

 

「それは素晴らしい! 黒髪の君には着物姿はさぞ似合うだろう! 兄上に無理を言ってついて来て良かった!」

 

 な、何だか……思っていたよりも人数が増えてしまった。

 もうこれ以上増えないよね? 増えないで欲しい。そう願っていると、持っている携帯が震えた。

 

「あっ……」

 

「連絡かい?」

 

「はい、りそなさんからメールで今、会場に着いたそうです」

 

「それじゃあ、俺とアンソニーは会場の方に行ってるよ。行くぞ、アンソニー」

 

「朝日ちゃん。また後で会おう! 君の着物姿を楽しみにしてるよ!」

 

 出来れば楽しみにして欲しくないなあと思いながら、僕は控室への道を歩いて行った。




と言う訳でアンソニーの登場でした。
この後の展開を考えると彼を出せるタイミングが此処しかなかったので。山形先輩の件があるので、朝日の事をジュニアから教えて貰っても隠していました。

『朝日がいなくなった後の控室』

「瑞穂。焦り過ぎですわよ」

「……ごめんなさい。サーシャさんの話を聞いて、このままだと危ないと思ってしまって……少しでも切っ掛けになれたらと思ったの」

「気持ちは分かるけど……焦ったら駄目だよ……朝日。ううん。ゆうちょ。かなり危なさそうだから」

「実際、かなり瀬戸際にいるようです。良い方向に進めばそのまま進めるでしょうが」

「逆に悪い方向に行ったら、今度こそ終わりかも知れないわね」

「……相変わらずめんどくさい」

「……とにかく、今日朝日が寝たらりそなさん達と話し合うべきですわね。私達は余り朝日の傍に居られないのですから、傍にいるりそなさんに任せるしかありませんわ」

 その場にいる全員が無言で頷いた。
 彼女達の願いは一つ。朝日が本当の意味で前に向かって歩き出すこと。
 それだけを全員が願っていた。

「大蔵遊星。早く元気になって湊様を安心させろ。そうすれば、また湊様と私の幸せなライフが始まるから」

 ……七愛を除いて。
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