月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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アンケートにお答えしてくれている皆様、ありがとうございます!
現在一位は『小倉りそなとの対談』ですが、まだアンケートに期間は残っていますので。と言う訳で本編更新です。

秋ウサギ様、獅子満月様、百面相様、烏瑠様、誤字報告ありがとうございました!


八月中旬(遊星side)10

side遊星

 

 両手で抱き締めるように買った飲み物を持ちながら、控室に急ぐ。

 自販機の飲み物を持って行って良いのか悩んだけど、とにかく買って行こうと思い、お父様とメリルさん、そしてりそなの分も追加で買った。

 駿我さんとアンソニーさんにも渡せばよかったなあと若干後悔しながら、控室に辿り着いた。

 飲み物を落とさないように気を付けながら扉を開けてと……。

 

「ただいま戻りまし……」

 

「朝日。しっ」

 

 控室を開けたと共に湊に注意された。何で? と控室の中を見渡す。

 ……理由はすぐに分かった。お父様が真剣な表情で、瑞穂さんが用意した衣装を見ていた。

 緊張感が凄い。衣装を見つめるお父様の鋭い視線は、抜身の刃を思わせる。

 製作した瑞穂さんも、緊張した面持ちでお父様を見ている。今日此処であの衣装を着る事は変わらないけど、『晩餐会』で着るかどうかはお父様の合否に掛かっている。

 個人的にはあの衣装を着たいと思って……。

 

「ど、どうしたの? 急に俯いたりして?」

 

「……自然にあの衣装を着たいと思ってしまう自分が悲しくて……」

 

「ま、まあ、瑞穂の衣装は素敵だからね。あ、朝日がそう思うのも仕方ないよ、はははは……ごめん。慰めの言葉が思い浮かばない」

 

 僕自身が何とも言えない気持ちだから仕方ないよ、湊。

 とにかく! 僕が参加する『晩餐会』まで時間があるから新しい衣装を用意する時間はある。

 ……やっぱりあの衣装のままが良いかも。だって、もしあの衣装が駄目だったらユーシェさんが自分がデザインを描くと言いそうだし。瑞穂さんも自分も新しいデザインをと言うに違いない。以前瑞穂さんが言っていたようにお父様自身で僕の衣装をデザインするかも知れない……女性物の。

 もしかしたら、話を聞いたルナ様まで参加する可能性もありそう。

 そうなったら衣装合わせで……またあの悪夢の着せ替えの日々が戻って来そうだ。

 それだけは絶対嫌なのでどうか認めて欲しい!

 僕を嫌っている神様仏様! そして彼方のルナ様! どうか今だけは御慈悲を下さい!

 そして……僕の祈りが届いたのか。慎重に衣装の縫い目を確認していたお父様の手が離れ……。

 

「花乃宮」

 

「はい」

 

「素晴らしい作品だ。認めよう。この衣装の出来は、この俺の予想を超える出来栄えだ」

 

 最高の賛辞が瑞穂さんに贈られた。

 

「ありがとうございます、衣遠さん。嘗て貴方の下で学んだ身としては、これ以上に無いほどに嬉しいお言葉です」

 

 瑞穂さんもとても嬉しそうだ。お父様の厳しさを知っているだけに、贈られた言葉には偽りはないと分かっているに違いない。

 

「しかし、これほどの衣装の下になったデザインを世に出さずにいた事。それだけは減点とすべきだ。もしもそのデザインを学生の頃に世に出していれば、桜小路の三年連続の最優秀受賞を阻めていたかもしれんぞ?」

 

「いいえ。この衣装は朝日が着てこそ、最大の魅力が発揮出来ます。衣遠さんの言う通り、学生時代に製作する事は出来ました。でも……私はやっぱりこの衣装を製作するなら朝日に着て貰いたいとずっと思っていましたから」

 

「前言を撤回しよう。半端な作品となるのなら出さない事は正解だ……さて、我が子の方も準備は出来ているようだな」

 

 お父様の顔が僕に向いた。

 うぅ……もう何度も見られているけど、本格的なメイク姿を見られるのは辛い。お兄様だったら、絶対にふざけた格好をするなって怒っていただろうから。

 本当に何があったのか? とても気になるが、今はそれよりも……。

 

「あのお父様。メリルさんとりそなはどうされたのでしょうか?」

 

 駿我さんの話だと、お父様と一緒に二人は来る筈なのに、控室にはいなかった。

 

「りそなとメリル・リンチは会場の方に向かった。メリル・リンチは控室ではなく、会場で衣装を見たいそうだからな」

 

 なるほど。メリルさんの気持ちは良く分かる。

 僕だってショーを見るなら事前にどんな衣装が出るか分かるよりも、分からない方が期待感でワクワクするから。

 

「りそなの方は先に駿我と一緒に来たアンソニーが何かやらかさないか心配だそうで、会場に向かった」

 

 ちょっと安堵。りそなには会いたいけど、会うなら事前に心の準備が今は必要だから。

 昨日の件で蓋が開きやすくなっていないか心配だ。気を付けないと。

 

「アンソニーさんがですか?」

 

「ん? ……もしや既に会ったのか?」

 

「はい。先ほど自販機のある場所で。あっ、お父様どうぞ」

 

 抱えていた飲み物の中からコーヒーをお父様に渡した。

 そのまま控室にいる皆に飲み物を渡して行く。

 

「はい、湊にも」

 

「ありがとう、朝日! いやぁ、丁度飲み物が欲しいかなって思っていたところだったから」

 

「ずっとメイクされていく朝日を皆で眺めていましたものね」

 

「あのー、ユーシェさん、すみません。今日は貸し切りなもので売店とかは休みでしたので、缶ジュースしか無くて」

 

「構いませんわ。たまには庶民の味を知るのも良いものですし」

 

「そういう訳で私も構わないわ。さっ、ユルシュール様」

 

「ありがとう? サーシャ」

 

 アレ? 僕、炭酸飲料の缶ジュースなんて買ってない筈だけど?

 疑問を口にする前に、ユーシェさんは缶を開けて。

 

「ですのおおおー!?」

 

 思いっきり中身が顔に掛かった。

 

「フフッ、ありがとう、朝日。ユルシュール様って、昔の事があって私が買った缶の飲み物は絶対に警戒して受け取ってくれないのよね。おかげで十数年ぶりにこの光景を見られたわ」

 

「いえ、あのお礼を言われる事じゃありません」

 

「サーシャぁぁぁぁぁ……なんてことしてくれますの!?」

 

 ユーシェさんとサーシャさんは狭い控室の中を駆け回った。

 完全にサーシャさんに遊ばれている。でも、二人とも絶対に衣装の傍には近づかないのは流石だ。

 止めた方が良いかなと思うけど、それよりも瑞穂さんと北斗さんに渡さないと。

 

「北斗さん。此方が瑞穂さんと北斗さんの飲み物です」

 

「ありがとう、朝日……うん、これなら問題ないから安心してくれ」

 

 良かった。前にあっちの北斗さんが瑞穂さんは家の方針で甘味料などの食品添加物は口にしたらいけないって教えて貰っていたから、飲み物を買う時は注意した。

 あの時は湊が持っていたじゃが的なお菓子だったけど、その後に弾かれたのも目にしている。せっかく買った飲み物が駄目で弾かれるのを目にするのは悲しい。

 

「ありがとう、朝日。あんな些細な出来事も覚えていてくれるなんて、私、嬉しいわ」

 

「その後にサーシャと北斗の剣戟がありましたわね」

 

 あっ、ユーシェさんが戻って来た。

 顔はちゃんと拭かれて綺麗になっている。

 

「あら、でも何で剣戟を交わす事になったのでしたっけ?」

 

「そう言えば……何でだったかしら?」

 

「私も覚えてない。何かの話題でだったとは思うんだけど……七愛は覚えてる?」

 

「申し訳ありません、湊様。その時の私は、どうすれば湊様と間接キスを出来るか。考えていたので覚えていません」

 

 言われてみると、あの時七愛さんだけが話題に参加してなかった。

 ……思えば、あの時の七愛さんはユーシェさんが手に持っていたじゃが的なお菓子をジッと見ていた気がする。

 

「朝日は覚えてない?瑞穂の小さな話題を覚えていたんだから」

 

「ご、ごめん、湊。僕もその後の事は北斗さんとサーシャさんの事があって良く覚えてないんだよ。あ、あははは」

 

 嘘だ。本当は剣戟を交し合った原因の話題を覚えてる。

 で、でも、その話題を男の僕が言う訳にはいかない。だって……剣戟を交し合う事になってしまったのは……当時日本語の意味を深く理解していなかったユーシェさんが、瑞穂さんの事を……『デブ』と言ってしまった事だから。

 死んでもこの内容は言えないよ。今度は僕が北斗さんのトマホークの餌食になりそうだから!

 その前に瑞穂さんに向かって『デブ』なんて言えるわけないよぉ!

 僕の願いが通じたのか、皆は残念そうな顔をして下がった。

 

「朝日も覚えてないんじゃ仕方ありませんわ……あら、今思ったのですけど、やっぱり朝日の方でも同じ事は起きているのですわね」

 

「そうね……言われてみると不思議かも。2つの世界の一番の違いが何かは分かっているけど」

 

 ……僕がお風呂場で居眠りしてしまった事ですね。

 

「他にも何か違いがあるのか気になるよね?」

 

「気になるのは分かるが、柳ヶ瀬。そろそろ我が子を着替えさせろ。りそな達が会場で待っているぞ」

 

「ああ、ごめんなさい」

 

 ……確かに待たせる訳にはいかないよね。

 いよいよ僕も覚悟を決めないと。

 

「じゃ、朝日。私達は先に会場に行ってるね」

 

「この衣装を着た朝日を最初に目にする栄光は、製作者の瑞穂と北斗のものですものね。私とサーシャも会場で待ってますわ。それに……オホホッ! どうやっても衣装を着た朝日を最後に目にするのはルナに違いありませんもの! きっと今頃は時計を見ながら、私達が衣装姿の朝日を見ている事を悔しがっているに違いありませんわ!」

 

 ユーシェさんは上機嫌のまま湊達を伴って控室を出て行った。

 どうやら本気でルナ様を悔しがらせる事が嬉しいようだ。年末の時、大丈夫かな?

 ルナ様から逆襲されない事を願います、ユーシェさん。

 

「桜小路にはしてやられたか」

 

「はい。まさか、湊と七愛さんだけではなく、ユーシェさんとサーシャさんまで来るとは思っていませんでした」

 

「其方に関しては可能性はあった」

 

 ……あったんですね。僕は無いと思っていました。

 

「俺が言っているのは桜小路がライバルとして見ている相手に依頼し、わざわざ気付かれないように手を打った事だ。それでジャンメールと柳ヶ瀬の二人の説得の方はどうなっている?」

 

「そ、それに関しては……旅館に戻ってからお話します。色々と……知りたくもない事が分かってしまったので」

 

「……本来ならば今すぐに聞きたいところだが、多少なりとも俺自身も花乃宮の衣装の完成に興味を持っている。その事も踏まえて、お前の考えに従うとしよう」

 

 ありがとうございます、お父様。旅館に戻ったらお話します。

 ……きっと流石のお父様でも言葉を失うと思います。

 控室からお父様も出て行った。この場に残っているのは、僕、瑞穂さん、北斗さんの三人だけ。つまり……。

 

「さあ、朝日! 着付けをしましょう!」

 

「……はい」

 

 女性物の下着を身に着けているところを見られるのは辛いと感じながら、僕は瑞穂さんと北斗さんに手伝って貰って衣装を着た。

 直後……瑞穂さんの歓声と北斗さんの感嘆の息が控室に広がった。

 

 

 

 

「やはりドキドキしますわね」

 

「うん……あの衣装を着た朝日を見られるなんて、本当に夢みたいだよね。いや、まあ心から喜べない部分は勿論あるんだけどさ」

 

「湊様。カメラの準備は万全です……本当はオカマ野郎じゃなくて、ドレスを着た湊様を撮りたい」

 

「ユルシュール様。此方も写真撮影の準備は万全なのでご安心を」

 

「サーシャ。必ず最高の写真を撮りなさい。ルナがこの場に来れなかった事を心から悔しがる姿を見る為にも」

 

「ウィ」

 

「……ああ、何だか色々と複雑ですね。これが女性物の衣装でなければ、心から喜べたんですけど」

 

「どうかしたんですか、りそなさん? せっかくの朝日さんの晴れ姿なんですから、そんな複雑そうな顔をしたらいけませんよ」

 

「ハハハッ! メリルちゃんの言う通りだぜ、総裁殿! 衣遠の娘の小倉朝日ちゃんが舞台に立つんだ! これを喜んで見ないでどうする!」

 

「こっちはこっちで相変わらず勘違いしていますし。まあ、このまま勘違いしたままで居てくれた方が助かりますけどね」

 

「勘違い? 一体何の事だ?」

 

「アンソニー、静かにしろ。それと小倉さんが舞台に立つ時は、絶対に喋るな。気が散るからな」

 

「ククッ、何時になく真剣だな、駿我。随分と真新しいカメラを構えているじゃないか」

 

「お前こそ。その手に持つカメラは、確かお前のところの会社が売り出している最新鋭のカメラだった筈だ」

 

「ええぇ……何ですか? この懐かしくも感じたくなかった疎外感は。っと言うか、どんだけ朝日が衣装を着た姿を見たいんですか? いや、もう言わなくても分かっているんですけどね」

 

 ……舞台の袖までやって来た僕の耳に、会場にいる皆の声が聞こえて来た。

 どうやら全員が最前列の席に座っているようだ。

 ……き、緊張で眩暈がしそう。だけど、これから舞台に向かう僕よりも不味い状態になってしまった人がすぐ傍にいるから。

 

「瑞穂様。本当に大丈夫ですか? やはり観客席の方に行かれては?」

 

「だ、大丈夫よ、北斗……後少し……あと少しで朝日が私が製作した衣装を着て舞台に立つのだから……興奮で気絶なんてしていられない」

 

 目をキラキラどころかギラギラさせた瑞穂さんが、真っ赤に顔を染めながら、決意に満ちた声を発した。

 控室で衣装の着替えを終えた後から、ずっとこの状態だ。もう発する気配からして、鬼気迫るという雰囲気だ。

 本当なら着付けを終えた後は、北斗さんは客席の方に移動する予定だったそうだけど、此処まで瑞穂さんを支えて来た。

 僕が手を貸しても良かったんだけど、瑞穂さん本人に、今の僕に手を触れられたら気絶すると言われたので、北斗さんも舞台の袖まで来る事になった。

 

「北斗……私はもう良いから貴女は観客席の方に」

 

「ですが、瑞穂様!」

 

「もし此処で観客席からの朝日の写真を撮れなかったら、私は一生後悔してしまう。だからお願い、北斗」

 

「瑞穂様……分かりました。この杉村北斗。身命に誓って瑞穂様の願いを叶えて見せます!」

 

「あ、あのー、北斗さん? 瑞穂さん? 何故そんなに真剣なのでしょうか? 写真でしたら、もう覚悟は決めていますので、後で幾らでも撮って貰って構いません」

 

「本当! 嬉しい! また朝日を着せ替え出来るのね!?」

 

「み、瑞穂さん。あくまで、あくまでこの衣装の写真です。他の衣装の写真は控えて貰いたいです」

 

 あ、危なかった!

 今着ている衣装の写真ならもう覚悟は決めているから大丈夫だけど、また5月の時のように着せ替えされて写真を撮られるのは困る。

 本気でカメラを向けられるのがトラウマになりかけたから。

 瑞穂さんは少し冷静さが戻ったのか、残念そうに息を吐く。

 

「残念。でも、その衣装の写真を撮れるのだから今日は我慢するわね。ああ、やっぱり、今の朝日を見ると惚れ惚れしてしまうぐらい綺麗」

 

 因みに僕は今の自分の姿を確認していない。

 確認して綺麗や可愛いなんて自分でも思ってしまったら……舞台に立つ前に再起不能になってしまいそうだから。

 

「さて、では瑞穂様も落ち着かれたようなので私は客席の方に移動させて貰うよ」

 

 北斗さんは頭を軽く下げ終えると、すぐさま客席の方に移動して行った。

 

「それじゃあ朝日。打ち合わせ通り、私が挨拶を終えたら、本当のショーみたいに一度照明が消えるから。その後にまた点いたら出て来て」

 

「はい」

 

 流れは分かっている。

 まさか、人生初の舞台に立つ衣装が女装になるとは、夢にも思っていなかった。だけど、この衣装を着た今では、瑞穂さんが心を込めて製作してくれた衣装のお披露目を頑張ろう。

 女性物とか関係ない。本当に素敵な衣装を作ってくれた瑞穂さんの気持ちに、今は応えたい。そんな気持ちで胸一杯だった。

 

「大蔵家の皆さん。そして掛け替えのない友人の皆。今日は集まってくれてありがとう」

 

 挨拶が始まった。深呼吸を一度して胸を落ち着かせる。

 

「私の長年の思い続けていた衣装を……親友の娘が着る事になるなんて夢にも思っていませんでした」

 

 ……事情を知らないメリルさんとアンソニーさんがいるから仕方がない。うん。

 

「でも、その事だけじゃなくて、私は彼女に思い出して欲しいと心からの願いを込めてあの衣装を製作しました。今はまだ傷ついている彼女……だけど、私は信じてる。私の新しい掛け替えのない友人は、前を向いて進んで行けると、心から信じています」

 

 ………ありがとうございます……瑞穂さん。

 

「挨拶は此処までにして……私の人生最高の衣装。そしてそのモデルを務めてくれた彼女に出て来て貰います」

 

 照明が消えた。

 同時に音楽が流れる。練習の時に聞いた音楽だ。

 再び照明が点くと共に、僕は舞台袖から足を一歩踏み出した。

 

『……!』

 

 自分が今他の誰かにどう見られてるのかなんて関係ない。

 ただ瑞穂さんと北斗さんから教えて貰った歩き方と身体の動きを、忠実に再現しながらウォーキングして行く。

 一歩、一歩と前に進んで行く。この動き方は日本舞踏。

 知っていても習った事はない。付け焼刃でしかないが、今着ている衣装は着物をベースにしている。

 和を感じさせる所作が、この衣装をもっとも映えさせる。

 こんな事だったら、もっと練習時間が欲しかったと後悔しながら舞台の一番先まで僕は移動し……微笑んだ。

 

『……ッ!?』

 

 ……何だか席に座る皆に息を呑まれたが、気にしてはいられない。

 背を向けて来た道を、静々と戻って行く。最後に舞台袖に引き込む直前に、肩越しで見るように客席を見て僕は戻った。

 ……流れていた音楽が終わる。

 静寂だけが広がっていた。……も、もしかして僕、失敗した!?

 そう思っていたら……パンっと拍手が響いた。それに続くように拍手が聞こえて来る。

 人数が少ないから、拍手の音は小さいけど、会場にいる皆が力を込めて拍手をしてくれていた。

 

「Bravo! 朝日最高でしたわ! 貴方のおかげで今なら最高のデザインを描けそうですわ! サーシャ! 泣いてないですぐに用紙を準備しなさい!」

 

「うぅ、朝日をモデルに使えない事が本当に悔しい! 最高の舞台を用意できそうなのに!?」

 

「……まあ、ショーとしては良かったと思う……でも、やっぱり七愛はお前が嫌い」

 

「無理を言って来させて貰って本当に良かった……日本の伝統衣装を着た朝日さん……本当に素敵でした。私も描いて見たくなりました」

 

「おおおおっ! まさか、あの時に近い感動をまた覚える日が来るなんて……そう、この感動はあのパリでの総裁殿と……」

 

「少し黙れ、アンソニー。お前の大きな声で感動が薄れそうだ。これ以上何かを言うなら追いつめて飛び降りさせるぞ」

 

「あれれ? 兄上。何故か厳しすぎる気が……」

 

「駿我の言う通りだ。少しお前は黙って居ろ。我が娘の晴れ姿を目にした感動と興奮が薄れる。潰して埋めるぞ」

 

「衣遠まで!?」

 

「余計な事を言わずに黙ってなさい。じゃないと除名して放逐しますよ」

 

「……何なんだ? 何故感動するべき場面なのに、俺の周りだけ急に殺気だっている!?」

 

「懺悔しましょう」

 

 ……舞台袖から覗く限り、どうやら問題はなかったようだ。

 バクバクと今更鳴り出した心臓が落ち着くのを待っていると……涙を浮かべた瑞穂さんが近づいて来た。

 

「朝日……本当に素敵だったわ」

 

「此方こそありがとうございました。あっ、これハンカチです」

 

「ありがとう……とても嬉しくて涙が止まらなくて……最高のショーだったわ。きっと私が着物を製作する道を進んだのは、今日この日の為だったと思うの」

 

「いえ、それは絶対に違うと思います。はい、心の底から断言させて貰います」

 

 女装する男子の為に、着物の道を進んだと言わないで下さい。

 あっ、でも、今着ている衣装は『小倉朝日』と出会ったからこそデザインが浮かんだ訳で……深く考えるのは止めよう。主に僕の精神安定の為に。

 そんな事を考えていたら瑞穂さんに手を握られた。

 

「さあ、朝日! ショーも終わったから皆の所に行きましょう! 待っているから」

 

「……はい!」

 

 瑞穂さんに手を引かれて、僕は皆の下に一緒に歩いて行った。

 

 

 

 

 その後、何事も無く今日一日が終われたら本当に嬉しかった。

 だけど、今、僕の目の前で……。

 

「何やらかしてるんですかあぁぁぁぁぁっ!? 義姉とアメリカの下の兄はあぁぁぁぁぁっ!」

 

 りそなが大絶叫を上げていた。

 その隣に座っているお父様は、気持ちを落ち着けようとしているのかお茶を飲んでいる。因みに既に5杯目。

 飲み過ぎてしまわないか心配だ。

 

「……なるほど。遊星君の過去を知らないのに、才華君が女装して学院に通うなんて発想を出して来たのは、そういう訳だったのか」

 

 駿我さんは冷静に報告を受け止めてくれた。だけど、その視線はやっぱり泳いでいる。

 ショーが終わり、約束していた写真を撮り終えた後、僕達は旅館に戻って来た。アンソニーさんだけは、着物美人に興味が湧いたと言って京都の街に遊びに行ったけど。

 今、この部屋には僕、りそな、お父様、駿我さんの4人がいる。

 他の皆は今日のショーに関して別室で話している。メリルさんも一緒だ。

 此方としては助かった。おかげで今後の対応に関する話をする前に、情報を共有するという事で……昨日判明した……判明して欲しくなかった事実を僕は報告出来るから。

 即ち、桜小路遊星様が女装を続けているかも知れない可能性と、そのせいで才華さんが女装に目覚めていた事に関してだ。

 ……やっぱり知りたくなかったよ。

 

「いや、本当にそうなんですか? だって、学生時代の終わり頃に女装を止める止めないで、ルナちょむと言い争いをしていたんですよ。アメリカの下の兄は」

 

「……僕だって信じたくないよ……でも、本職のサーシャさんが断言したし……僕も才華さんが初めて見せた女性の動きは、似合っていると……思ったから」

 

 思い出したら泣きそう。

 

「衣遠。お前はどうだ? その場にお前も居たんだろう?」

 

「……確かに才華は自信ありげだった。今思えば、才華も両親を説得出来る材料を持っていたのだろう……その話が、今遊星が言った話だったとすれば」

 

「うわー……ちょっ、止めて下さいよ……えっ? じゃあ、つまりですよ……今の状況は巡りに巡ったら、私が女装して学院に通うなんて提案を出した事が原因じゃないですか!? ……何で女装を続けているんですか、アメリカの下の兄は。幾ら似合うからと言って年齢を考えて下さいよ、本当に」

 

「似合うって言わないで」

 

 それは今でも桜小路遊星様は女性よりの顔立ちだよ。

 でも、だからと言って女装が似合うなんて事は……。

 

「何を落ち込んでいる?」

 

「……聞かないで下さい、お父様」

 

 脳裏で女性物服と桜小路遊星様を組み合わせてみたら……似合いそうだったので。

 えっ? もしかしてこのまま進んだら、僕も同じ容姿に?

 

「今日から筋トレします!」

 

「最低限の筋トレにしておけ。下手に男性よりの容姿になれば、正体がバレてしまうからな。尤もそうなったら、貴様を即日モロッコに送るとしよう」

 

「お父様っ……」

 

 酷い。でも、正体がバレるのは確かに不味い。

 ……せめて腹筋を少しだけはしよう。

 

「しかし……ズルいな、桜小路さん……こっちの『小倉さん』に内緒で会っていたなんて」

 

「いえ、あの、駿我さん。同一人物ですからね?」

 

「冗談さ」

 

 笑えません。

 

「今はそんな事よりも今後に関する話だ。ジャンメールと柳ヶ瀬、その二人の従者には事情は話したのか?」

 

「はい。ご説明しました。ですが、先ほどの才華さんの一件もあって、事情を知っている全員が集まってから改めて話し合う事になっています」

 

「その意見は間違ってないだろうね。桜小路さんに事情を説明する事になるにしてもならないにしても。先ずは現状を一度整理しておいた方がいい……そう言えば、アメリカの遊星君には来月に君から話すと衣遠から聞いたけど」

 

「そのつもりです」

 

 状況は変わってしまったが、桜小路遊星様には僕から話したい。

 ……土下座する事には変わりないけど……話し合いの結果次第では旅立ちたくなってしまうかも知れない。この世から。

 

「はぁー……とにかく下の兄の言う通り、一度スイスの人、京都の人、ミナトンと話をしましょう。今日はメリルさんがいますから話の方は明日にして」

 

「メリルさんは明日にはパリに?」

 

「えぇ、そうです。下の兄には事後承諾になってしまってすみませんでしたが、明日の午前中にはメリルさんは帰ります」

 

「俺は夜の便を手配してあるから、話し合いはその前で済ませて欲しい」

 

「俺もだ」

 

 駿我さんもお父様も本当なら忙しい人達だから仕方がない。

 りそなの方は事前にもう一泊分余裕が……。

 

「あれ? どうしました、下の兄? 何だか顔が赤くなって来てますよ」

 

「うぅん! 何でも無いから安心して!」

 

 い、いけない!?

 一度開いたから、蓋が開きやすくなっているのかも。落ち着け、僕。

 元々予定していた事なんだから慌てる事はないよ。うん。

 それに僕が言い出した事なんだから。

 

「……とりあえず今日は休むとしよう」

 

「同感だ。それじゃあ小倉さん、りそなさん。また明日」

 

 お父様と駿我さんは部屋を出て行った。

 

「じゃあ、私達も浴衣に着替えましょうか」

 

「うん。そうだね。あっ、じゃあ僕は外で待ってるよ。着替えが終わったら呼んでね?」

 

 座っていた椅子から立ち上がり、僕は部屋の外に出た。

 

「……プハアー……ど、どうしよう?」

 

 りそなが着替えるなんて家では普通の事なのに……胸がドキドキしてしまう。

 僕は……どうしてしまったんだろう? りそなは妹。妹。

 

「……そうじゃないと駄目なんだよ」




『朝日が眠った後の話し合い』

りそなside

 ゆっくりと目を開ける。
 目の前にあるのは、下の兄の寝顔。
 こうして眠っている下の兄の寝顔を間近で見るのが、密かな私の楽しみだ。でも、今は寝顔を堪能している場合でも、下の兄の温もりを感じている場合でもない。
 非常に残念だが、下の兄を起こさないようにソッと腕の中から抜け出して起き上がる。
 音を立てないように慎重に歩きながら、私は部屋を出た。そのまま足早に宴会場の席がある場所に急ぐ。

「遅くなりました」

 宴会場に着くと、其処にはメリルさんとト兄様を除いた全員。
 下の兄の事情を知っている者達が集まっていた。

「来たか」

 衣遠兄様に促されて、私も用意されていた座布団に座った。
 最初に口を開いたのは……オカマの人だった。

「衣遠……その様子だとアンタも、もう気付いているようね」

「……遊星の技術の件か」

「ええ、そうよ」

 顔を思わず俯けてしまった。昨日、『晩餐会』が終わった後、衣遠兄様は教えてくれた。
 ……私がしてしまった重大なミスを。下の兄を……よりにもよってアメリカの下の兄から服飾の技術を学んだ樅山紅葉が担任をしているデザイナー科に通わせてしまっていた。

「りそなさんが朝日をフィリア学院に通わせた事を責めるつもりはありませんわ。状況的に朝日が通うしかないことも分かりますもの……でも、せめて型紙科に朝日を通わせる事は出来ませんでしたの?」

「……無理でした……お爺様の事もあって、調査員を入れるならデザイナー科しかなかったんです」

 そうでなければ、私だってデザイナー科じゃなくて下の兄の実力を伸ばせる型紙科に通わせていた。

「だけど! このままじゃ不味いよ! 今はゆうちょは気がついていないけど、気付いたら今度こそ」

「立ち上がれなくなりますわね……りそなさん達が来る前に瑞穂が少し強めに迫ったのですけど……あの様子では事実を知った時に受け入れるなんて出来そうにありませんわ」

「そのりそなさん……今からでも貴女の力で朝日を無理やりでも型紙科に移動出来ない? 調査員としてという理由を使って?」

 京都の人の提案には心から乗りたい。それこそ今すぐでも役員達に連絡して実行したい。でも……出来ない。

「……無理です」

「ルミネ殿が派手に入学式の次の日にやらかしてくれたのでな……今、現在りそなは理事長の立場にいながら、フィリア学院内で強権を振るうのは不可能になっている」

「そんな!?」

 京都の人、スイスの人、ミナトンが悲痛な表情を浮かべた。
 下の兄の為なら理事長の立場なんて今すぐにでも捨てて実行したい。でも、実行して下の兄に気づかれたら終わりだ。

「衣遠。何か手はあるんだろう?」

「……本来ならば使わずに済めばと思っていたが、遊星には課題を出してある。その課題に合格出来なければ、即座にフィリア学院を退学させると言っておいた」

「うわっ。相変わらず酷い男。朝日が可愛そうね。こんな男が父親なんて」

「黙れ、サーシャ。最早この手だけが奴に気づかれずにフィリア学院から引き離す方法だ。とは言ったが、次の課題に関してはそれは使えん」

「……どのような課題を出していますの?」

「グループ製作関係だ」

 そう上の兄が告げると、ミナトン達は難しい顔をした。
 グループでの製作となれば、当然他に製作する班員がいる。下の兄だけを責める事は出来ないし、更に言えば下の兄なら何らかの方法で他の班員のミスをフォローする筈だ。
 エスト・ギャラッハ・アーノッツのミスに関しては悩んでいたが、そのミスだって旅行明けには問題なくフォローしてしまうに違いない。下の兄はそういう点でミスをする事はないだろう。
 私個人としても、せっかく皆で製作したい衣装に手を出すようなやり方はしたくない。

「つまり、遊星君を学院から気付かせずに辞めさせられるとしたら、10月の課題からと言う事だな、衣遠」

「それまでは奴の従者に、今まで以上に警戒するように命じるしかない。なに、九月の衣装の結果次第では、奴の心が我々の予想を超えて回復する可能性もある。そうなれば、奴にある程度の事実は伝えられるだろう」

「その可能性に賭けるしかないか」

 上の兄も従兄弟も、口ではそう言っているが内心では不安で一杯に違いない。
 思い出したくもないのに、脳裏にあの下の兄を初めて見た時の顔が浮かんだ。
 あんな顔は2度とさせない。させたりしない。
 例え私が大蔵家の当主の座を失うことになったとしても、下の兄には……笑顔でいて貰いたいから。
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