月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~ 作:ヘソカン
そしてアンケートにご協力して下さった皆様。本当にありがとうございました!
アンケート結果、エイプリルフールで投稿するのは。
『小倉りそなとの対談』
に決定しました!
どうか本編共々お待ちください
秋ウサギ様、獅子満月様、烏瑠様、えりのる様、障子から見ているメアリー様、kusari様、誤字報告ありがとうございました!
side遊星
「それでは皆さん。失礼します」
翌日。皆で旅館で食べ終えた後、ロビーでパリに帰るメリルさんと別れの挨拶をしていた。
「花乃宮さん。改めてお礼を。急に来てしまったのに部屋をご用意して下さって本当に感謝しています」
「お気になさらないで。メリルさんと久しぶりにお会いして話せたのは、私も嬉しかったから」
「また機会があれば来てみたいです。その時には瑞穂さんの個展の方も見てみたいです」
「メリルさんならいつ来ても構わないから、お待ちしています」
仲良く会話している2人の姿を見ていると……少し寂しさを感じる。
改めて、この時代が僕がいた時代からすると十数年経過している事が分かる。僕はあっちではメリルさんと会っていないから尚更にそう感じてしまう。
だけど、以前に比べたら寂しさは薄れている気がする。寧ろ皆ともっと仲良くなりたいとさえ思えて来るから不思議だ。
そんな事を考えていたら、一人一人に挨拶をしていたメリルさんが僕の所にやってきた。
「朝日さんもお元気で」
「はい。メリルさんも身体には気を付けて」
「フフッ、でも朝日さんとはまた来月に会うかも知れませんけどね」
「はい、その時に会えるのを楽しみにしています」
来月のフィリア学院の文化祭にメリルさんは来る。
と言うか、大蔵家総出でルミネさんのピアノの演奏会を見に来るそうだ。その機会を利用して僕も桜小路遊星様と話をするつもりだ。
フィリア学院の広さを考えると、もしかしたら会えないかも知れないけど、出来るだけ会えるように時間を作ろう……出来る事なら桜小路遊星様との会話の前に会いたい。
……会話した後だと多分……僕は倒れる事になりそうだから。いや、本当に。
「アンソニー。メリルさんをちゃんと空港まで送るんだぞ」
「勿論さ、兄上! メリルちゃんは送るからさあ。ハハッ! 小倉朝日ちゃんも元気で! 今後とも学院ではジュニアを宜しく頼む」
「いえ、ジュニアさんは私が何かする必要がない確りした方ですから、安心して下さい」
「それは父親として嬉しい報告だ。しかし……一抹の寂しさを覚えてしまうなあ。これが子を想う親としての心なのだろうか、兄上」
「父親としての自覚があるだけ、親父よりもお前の方はマシだから安心しろ、アンソニー」
「いや、比較対象が酷過ぎる気がするのだが、兄上」
肩をしょんぼりとさせながらアンソニーさんはメリルさんと共に旅館を出て、停まっていた車に乗って去って行った。また2人に会いたいなあ。
「では今後に関しての話し合いをするとしよう」
……はい。此処からが僕らの本番ですよね、お父様。
旅館の中に僕らは戻る。瑞穂さんの計らいで、僕らが借りている旅館の一角には一般客は入れないようになっている。旅館の仲居さんにも、呼ぶまでは誰も入って来たら駄目だと指示を出したそうなので、これから話す内容を部外者に聞かれる事はない。
でも、万が一の可能性があるかも知れないから部屋の入口の外にはサーシャさん、七愛さん、北斗さんが待機してくれている。3人ともユーシェさん、湊、瑞穂さんの決定に従うそうだ。
ありがたい事なんだけど……女装が関わっていると思うと泣きたくなってしまうよ。
そんな複雑な気持ちを内心で抱えていると、ユーシェさんが口を開いた。
「朝日から大体の事情は聞かせて貰いましたわ。朝日が再びフィリア学院に通っている……そしてそれには同じように女装して通っている才華君が関わっている事も……そしてそれに因って起きてしまった事も全て」
「全て事実だ。才華はフィリア学院に通っている。それによって、前当主が動き、事と次第に依っては大蔵家内が荒れる事になるやもしれん。そして事の発端である才華の家である桜小路家も巻き込まれるだろうよ」
「……改めて肯定されると複雑ですわね……学生時代に大蔵家で起きた出来事を知っているだけに」
大蔵家で起きた事か。
……きっと、それがりそなが大蔵家当主になれて、桜小路遊星様が大蔵家全体で認められる事になった出来事に違いない。
詳しく聞きたい。でも……まだ、僕にその資格はない。
資格を得た時、お父様が話してくれるに違いないから。だから、その時を信じて待ちます、お父様。
「えーと……確認なんですけど、衣遠さんは知らなかったんですか? 才華君がエスト・ギャラッハ・アーノッツを主人にしようとしていたって事を?」
「……自らの過ちを認めるのはシャクだが、此度ばかりは認めるしかあるまい。最早言い訳にしかならないが、ルミネ殿が才華の為に見つけて来た主人がアーノッツ家の人間だと知ったのは一月以上経った後だった。1月頃にルミネ殿はデータ上でフィリア学院に通うつもりの者達を確認し、エスト・ギャラッハ・アーノッツを見つけた」
「1月頃って……」
湊の視線が僕とりそなに向いた。
1月頃、お父様はりそなに命じられて仕事を頑張っていた。その為に……才華さん達と話す機会を失ってしまった。
その為にルミネさんが接触した家が、裏社会に関わりのある家だと気づくのが遅れてしまった。
「だが、この日本までにはアーノッツ家の黒い噂は流れておらず、結果、ルミネ殿は何も知らずに裏社会と関わりがあるアーノッツ家と接触……その事実を過保護な前当主が知った訳だ……俺がその事実を知った時は、既にりそなにまで指示が出ていた」
「いや、本当に連絡が来た時は驚かされました。あの規則主義のルミネさんがまさか裏社会と関わりがある家の人間と接触したなんて言われたんですから……で、その事実を下の兄に話して追求して出て来たのが……」
「才華君がフィリア学院に女装して通おうとしていたという事ですのね……まさか、パリに朝日がいた時からそのような事態になっているとは思ってもいませんでしたわ」
「だよね。本当に驚きで言葉もないよ……駿我さんもアメリカに朝日が来た時から知っていたんですか?」
「一応言っておくけど、俺が全ての事実を知ったのは小倉さんが日本に帰国してからだ。まあ、才華君がフィリア学院に通おうとしているのは知っていたが、まさか、此処までの状況になっているとは思っても見なかったよ」
ですよね。僕もこっちの事を詳しく知る度に頭を抱えたくなりましたから。
「事は既に才華君を辞めさせる辞めさせないでは済まないという状況ですのね。ですが、一応危難は何とか乗り越える事が出来たのですよね?」
「ええ、まあ。お爺様にはルミネさんがアーノッツ家に接触したのは、アメリカでの甘ったれの賞の件が原因だと話しましたので。それで納得してくれました。ルミネさんが前々から態々海外の雑誌を取り寄せて、甘ったれの功績を確認していたのはお爺様も知っていましたから……尤も、甘ったれはお爺様に絶対好かれなくなってしまいましたが」
「ふぅ……政財界でも大蔵家前当主の娘への過保護ぶりは噂になっていましたけど、これは予想以上の過保護ぶりのようですわね」
「私も。親が子を大切に想う事は良いかも知れないけど、朝日から話を聞いて驚いたわ」
「ゆうちょの才華君への過保護ぶりなんて目じゃないよ」
家族を大切に想う事は本当に素晴らしい事だと僕も思う。
でも……陰でお爺様が山県さんにしている事を考えると……素直に頷く事は出来なかった。
「それで……衣遠さん達は何をしていますの? まさか、ただ才華君の結果を待つだけではありませんのでしょう?」
「無論だ。爺が何よりも問題視しているのは、アーノッツ家が裏社会と関わりがあるからだ。ならば、その裏社会との繋がりを切れば良い。現在、俺と駿我が裏から手を回してアーノッツ家の正常化を行なっている。直接手を下せば簡単に済む事だが、それでは爺に気づかれる。だから裏で動いている。今年の年末にはその作業も終わり、アーノッツ家も正常に立ち戻れる」
「同じ貴族の家柄の者としては複雑ではありますけど……仕方ありませんわね」
ユーシェさんは複雑そうに溜め息を吐いた。同じ貴族の家柄として裏社会と関わりのあるアーノッツ家に思うところはあるが、今回は見逃してくれるようだ。良かった。
「その事を才華君達は知っているんですか?」
「この件に関して才華達には何も話していない。話せば、最後には俺達が助けてくれると安堵して気が緩むだろうからな。そうなれば、才華の行く末を決める事になる年末のフィリア・クリスマス・コレクションで最優秀賞を2つ取る事など不可能になるだろう。それと賞の審査の結果はアーノッツ家とは関わりがない。安心して、審査するが良い、柳ヶ瀬」
「い、いや……安心してって言われても……まあ、元々審査には手を抜くつもりはないんで」
「同感ですわね。才華君達の事情は分かりましたけど……審査は審査。他の頑張っている生徒達もいるのですから、手心を加えるつもりはありませんわ」
「湊、ユーシェさん……ありがとうございます」
深々と僕は頭を下げた。
2人とも、瑞穂さんと同じように才華さんのフィリア・クリスマス・コレクションへの参加を認めてくれた。勿論、やってしまった事が事なだけに、他の生徒達よりも厳しい審査を受けるに違いない。
それでも本当なら審査して貰えない事をしているんだから、認めて貰えるだけで感謝だ。
「では、次に……いえ、寧ろ此処からが本題になりますわね」
……そう、此処からが本題だ。
「私と湊は、元々ルナに日本で何か起きていないか調べて来てくれと頼まれています。その件から考えて……」
「聞くまでもない。桜小路に事情を話すか話さないかに関してだな?」
「ゆうちょの方はどうします?」
「其方に関しては、来月の文化祭で我が子が直接話すそうだ」
僕は湊達に向かって頷いた。
この件だけは、どうしても自分で話したいし……話を聞きたい。どちらにしても……土下座はするけどね。『コクラアサヒ倶楽部』とか、本格的なメイクをしている事とか……謝る事が多くて土下座を何回すれば良いのかな?
「となれば、やはりルナですわね」
「湊だけじゃなくて、ユーシェにまで調査を頼んで来たから……もう誤魔化しは利かないと思う」
「やっぱりさあ……話すしかないよね」
「桜小路に関してはそうするしかあるまい。寧ろ部外者に調査を依頼されて、外部に漏れるぐらいならば話すしかあるまい」
「幸いと言うべきなのか……個人的には複雑すぎるんですが……ルナちょむと……アメリカの下の兄の弱みが……分かりましたからね」
分かりたくなかったなあ。
でも……そうだとしたら色々と辻褄が合うから……もう間違いはないだろうし……泣きたい。いや、寧ろまた自殺したくなりそう。
「それに関しては、この俺も直々アメリカの我が弟に問いただしたいところだが……その権利はジャンメールと柳ヶ瀬に譲るとしよう」
「ルナの弱みが分かったのは嬉しいと思いますが……素直に喜べませんわね」
「ほんとだよね。って言うか、ゆうちょが女装を続けているのは正直信じたくないよ。一応聞くけど、朝日はさあ」
「今すぐ女装を止めたいよ!」
もう個人的な問題じゃ済まない。場合に依っては……現状だとあり得るのか自分でも疑問に思うけど、僕の子供が男の子なのに……女装に目覚めたら本気で落ち込む。その原因が僕の女装姿を見たからだとかだったら……自殺したい。
本当なら今着ている女性物の普段着じゃなくて、男性物の普段着にすぐに着替えたかった。でも……。
「爺が亡くなるまでは続けさせる」
お父様が許してくれない!
「まあ、朝日の場合は仕方ありませんわね。ですが……ルナと遊星さんはともかくとして、もう一人絶対にバレたら不味い相手がいますわ」
部屋の空気が一気に重くなったように感じた。
そう……ユーシェさんの言う通り、ルナ様や桜小路遊星様以上に日本の現状を知られたら不味い人がいる。
あの人が知ったら……すぐに日本にやって来る。尋常じゃない程の怒りを抱いて。
身体が震える。覚悟は出来ているけど、そんな事は関係ないぐらいに僕は怖い。
お父様も流石にあの人を説得するのは難しいと思っているのか、僅かに顔を顰めていた。
「山吹にだけはまだ知られるのは駄目だ。奴の桜小路分家への想いは、家を興した桜小路以上に強い。日本にラフォーレがいたとしても、事実を知れば間違いなく日本に来るだろう。才華が結果を出せば受け入れるだろうが、結果を出していない現状では認める事はあるまい」
そうだ……八千代さんのルナ様が興した桜小路分家への思いは……ルナ様や桜小路遊星様に負けないどころか、間違いなく上だ。その思いの強さを僕は知っている。
「山吹が此方の現状を知れば、才華を引きずってでもアメリカに連れて帰るだろう。そうなれば才華の目的は果たされる事はない」
「アトレちゃんの方は日本に残すんですか?」
「残すだろうよ、花乃宮。それが一番アトレにとって辛い事だ。我が子のおかげでアトレの問題は解決の兆しを見せている。寧ろ才華と一緒にアメリカに連れて帰る方が、折角の解決の機会を失う事になる。アメリカの我が弟の話では、山吹もアトレの問題を後回しにしていた事を後悔しているそうだからな。才華はともかく、アトレは日本に置いて行くだろう」
「となると、やはり八千代に事実を知られるのだけは不味いですわね……そう言えば朝日は……」
「覚悟は出来ています」
凄い怖いけど……それが嘘をついてしまった僕への罰だ。
……やっぱり怖い。八千代さんの怒りの表情を思い出すだけで、身体の震えが抑えられない。
「うわぁっ……朝日が身体を震わせて怯えてる……何か顔が熱くなって来るけど……これって完全にトラウマになってるよね?」
「時々寝言であのメイド長に謝ってますよ、下の兄は」
えっ? そうなの?
……そうかも知れない。寝起きの時に着ているパジャマが湿っぽいように感じた事はあったけど……まさか、寝ている間にも八千代さんに謝っていたんだ。
自分でも知らなかった事実に目を丸くしてしまう。
「山吹には話を聞かれないように注意しておけ」
「分かりました」
「分かりましたわ。湊、報告する時は事前にルナに連絡を入れて八千代と遊星さんがいない事を確認いたしましょう」
「う、うん。仕方ないよね」
面倒をかけてごめんなさい、湊、ユーシェさん。
「じゃあ、方針も決まったところで」
「その前に柳ヶ瀬。確認するが、お前は才華のところに行くのか?」
あっ! そうだ。元々湊はルナ様に才華さんの様子を見るように頼まれていた筈だ。
質問された湊は思い悩んだ顔を浮かべた。
「うーん……正直に言って、今才華君と直接会って冷静でいられる自信はないかなあ。日本に来る前は、久々に才華君に会えることにちょっと喜んでいたんだけどね……こっちの話を聞いた後だと……少し許せないかなって気持ちが強くて。私さ、朝日がルナに話していた叱った内容は叱られても仕方がないことだって思ってたんだよ。学生時代にゆうちょとルナがどれだけ頑張っていたのかさ。すぐ近くで見ていたから……でもね、身勝手なのかも知れない。だけど、私は傷ついている朝日の目の前でよりにもよってあんな提案を出したのがね……才華君が朝日の事情を知らなかったから仕方がないんだけど」
うぅ……これは……ますます湊には、才華さんに少し事情を話していた事は教えられないよ。
「そんなところだから……ルナとゆうちょには悪いですけど、才華君には会わない事にします」
「分かった。後で連絡をしておこう」
「ミナトンの気持ちは分かります。私も正直言って、下の兄から話を聞いた時はあの甘ったれをどうしてやろうかと思いましたよ」
「俺も流石に動揺させられた。衣遠。才華君を甘やかすのは今後は控えておけ」
「ああ、分かっている」
どうかお願いします、お父様。
流石に僕も甥姪コンが行き過ぎていると思いますので。
「朝日は後で才華君とアトレちゃんへのお土産を渡すから渡して貰って良いかな?」
「うん。良いよ。才華さんとは一緒にグループ製作をしているから渡すのに時間は取られないし」
「良かったあ。じゃあ、次ね。朝日。約束した事をして貰うからね」
「約束?」
はて? 何かあっただろうか?
約束していた瑞穂さんの衣装の写真は……昨日数えきれない程撮られた筈だ。特に瑞穂さんに。
「ほら。今月の初め頃に電話で約束したでしょう? バーベナ学院の制服を着た写真を撮らせて貰う約束」
「えっ? で、でも、アレは……」
もう通っている事が嘘だとバレたんだから、無効なんじゃ?
「朝日がバーベナ学院に通っていないのは分かってるよ。でも、用意はして来たんだよね?」
「う、うん。一応制服は持って来てるよ」
「だったら撮らせてよ。ルナのモチベーションの為にもね」
ル、ルナ様のモチベーション。ず、ズルい。
そう言われてしまったら断りたくても……断れない。
「ズ、ズルいわ、湊! 朝日の別学院の制服姿の写真なんて、私だって撮りたい!」
瑞穂さんまで!?
「……もうなんて言うか、複雑を通り越して諦観の域に至りましたね」
「小倉さんの別学院の制服姿か」
「ちょっ! 何で貴方までカメラを用意しているんですか!? 止めて下さい、気持ち悪い。第一写真だったらムグッ!」
あっ。りそながお父様に口を塞がれた。つまり、止める気はないという事ですね、お父様。
「ククッ。我が子の人気ぶりにはこの俺も驚かされる」
「全く呆れて言葉もないですわね……ところで、衣遠さん。来年の年始の大蔵家の『晩餐会』は瑞穂の衣装が選ばれましたけど、その年の夏の『晩餐会』での朝日の衣装のデザインは、是非ともこのユルシュール・フルール・ジャンメールのデザインをお願いいたしますわ」
「ククッ。ならば花乃宮のようにこの俺を納得させるデザインを描いてくる事だな。デザインの出来が良ければ考えておこう」
「オホホッ! 必ず貴方を納得させられるデザインを描いて見せますわ」
嬉しそうですね、ユーシェさん。
……デザインを描いて頂けるのは大変嬉しく思います。でも……どうか……どうかフリルとかは控えめでお願いします。
「つ、疲れた」
「ご苦労様でした、下の兄」
旅館のベッドに倒れている僕に、りそなが慰めの言葉を掛けてくれた。
時刻は既に夜。お父様と駿我さんは旅館を去って仕事に戻り、ユーシェさんと湊は自分達の部屋に戻って行った。
本当なら湊は今日の内に東京に向かう予定だったそうだけど、才華さんに会う必要がなくなったのでもう一泊するそうだ。旅館を提供してくれる瑞穂さんには感謝しかない。
でも……お礼を言ったらまた写真を撮られそうなので、明日旅館を去る時に改めてお礼を言おう。
「でも、なんだかんだと言って下の兄は楽しそうですね」
「うん……楽しいよ」
複雑なところはあるけど、皆と過ごすのが楽しいのは事実だ。
ルナ様がいないのは寂しいが、まるで桜屋敷で過ごしていた時のような気持ちになれるからだと思う。
「妹も複雑ですが、下の兄が楽しく笑顔で毎日を過ごしてくれるのは嬉しいです」
……妹。ベッドに押し付けていた顔を動かして、りそなの顔を見る。
改めて見る此方のりそなの顔。僕が知っているりそなよりも大人びている。美人でとても綺麗に。
「!……」
「えっ? どうしました?」
「ううん、何でもないよ。何でも」
……一度蓋が開いてしまったせいだろうか。
蓋が開きやすくなってしまっている。気を付けないといけない。
僕の妹であるりそなじゃなくても、こっちのりそなも僕の妹なんだから。りそなは妹。妹。
自己暗示をかけ終えた僕は起き上がる。
「それでりそな。明日は何処に行こうか?」
「そうですね……下の兄と歩けるなら何処でも良いんですけど……とりあえず清水寺だけは止めておきましょう」
「うん。そうだね」
衝動的に清水寺から飛び降りたくなりそうだから。
「やっぱり、りそなもショックだよね?」
「当たり前ですよ。こっちの下の兄は事情があって女装を止められないから納得していますが、アメリカの下の兄はもう女装する必要なんてないじゃないですか。なのに、女装を続けてるかも知れない……まさか妹の提案が巡り巡ってこの事態を引き起こしてしまったと考えるだけで頭が痛くなりそうですよ」
「……凄く気持ちはわかるよ。いや……今もこうして女装している僕が言える事じゃないんだけどね」
と言うよりも、どんな理由で女装する必要があるんだろうか?
アメリカの桜小路家のメイドの人達の中で、桜小路遊星様が女装していた事を知っているのは、八千代さんだけだ。家事とかも桜小路遊星様は時々趣味としてやらせて貰っているようだが、その時はちゃんと男性姿だそうだし。
まさかルナ様が見る為だけに女装を?
うーん、それならあり得そうだ。
「もしかして偶然ルナ様が昔を懐かしむ為に、桜小路遊星様に女装をさせた時に才華さんが見たのかな?」
それはそれでショックだけど。昔を懐かしむ為だったら仕方がない。
「そうだったら良いですね……妹の頭の中には最悪な可能性が過ぎっています……あの義姉ならやりかねない」
「何を?」
心なしか、りそなの顔が青ざめているような?
「いや、これは流石に妹の口からは言えません。間違っていたら、アメリカの下の兄の名誉が傷つくので……妹は信じていますよ、アメリカの下の兄」
心から祈るように目を閉じて、りそなは両手を合わせて握っていた。
僕も倣ってりそなの隣で祈る。どうか桜小路遊星様が女装を続けているのには、ちゃんと理由がありますように。そう僕とりそなは一緒に願いあった。
因みにりそなが考えた可能性は、ルナ様が遊星のお尻をチョメチョメした可能性です。
ルナ様の性格ならやりかねないと思っています。
それを口にしたら自分もショックですが、朝日が一番ショックを受けるので黙りました。2人の祈りは残念ながら通じません。残念ながら。
と言う訳で、ルナ様は事情を知る事になります。これ以上隠し続けると、最悪の場合外部の人間に依頼されかねないので。桜小路遊星は文化祭で真実を知ります。
文化祭のイベントが待ち遠しい。
次回のりそなとのデートイベントで中旬は終わりです。