月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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お待たせしてしまった上に、短くてすみません。
代わりに予告します。エイプリルフールは2話更新です。
そして後書きの部分にも話があります。

夢見屋様、秋ウサギ様、三角関数様、烏瑠様、障子から見ているメアリー様、誤字報告ありがとうございました!


八月中旬(遊星side)12

side遊星

 

「この四日間。本当にお世話になりました、瑞穂さん、北斗さん」

 

「とても良い旅館でした。仕事や他の気苦労で溜まっていた疲れが癒されましたよ」

 

「2人に喜んで貰えてとても嬉しい。また、何時でも来てね?」

 

「はい、機会がありましたら」

 

「今度は純粋な観光で来たいと思っていますので。その時はこの旅館で予約をとらせて貰います」

 

 色々とあった京都での日々も今日で終わり。

 朝食を食べ終えた僕とりそなは帰宅の準備を済ませて、瑞穂さんと北斗さんに別れの挨拶をしていた。

 それと帰るのは僕とりそなだけじゃなくて、ユーシェさんとサーシャさん、湊と七愛さんもだ。

 

「ふぅー、色々あり過ぎまして日本の古都である京都を歩けなかった事だけは心残りですわね」

 

「確かにそうかも。京都って訳じゃなくて、昔みたいに皆で街を歩いて散策はしたかったね。そう言えば、朝日がゆうちょだって皆にバレる前にさ。プール行った事があったよね?」

 

 うっ……ふ、複雑な話題だ。

 プールに行ったのは良いけど、全然泳げなかったし。泳ぐよりも女性物の水着を着て正体がバレないかどうかの心配と不安が強かったから。

 ……腰にパレオを巻いて、胸のパットを瞬間接着剤で張り付けただけでバレなかったんだよね。今思うと、本当に泳がなくて良かった。流石にパレオが濡れて身体のラインが出ていたら性別がバレていただろうし。

 ……バレてたよね? 身体のラインが出ていたら、流石にバレるよね?

 あの時はバレない事が超嬉しかったけど……もし泳いでもバレずにいたら……超ヘコむ。

 

「ありましたわね。今思えばあの時此方の『朝日』がプールへの誘いを断った理由は納得出来ますわね」

 

「そうなんだよね。いや、私さ、後から気付いたんだけど、プールにゆうちょ誘ったら駄目なのに浮かれて忘れてたんだよ」

 

 ……あれ?

 

「うーん、でも、水着姿の『朝日』は見たかったかも。来てくれていたら、私が水着を選ぶつもりだったから」

 

「いやいや、何怖い事を言ってるんですか? 水着ですよ。肌を晒すんですよ? そんな事したらバレるに決まって」

 

「いや、バレなかったけど」

 

「ほら、下の兄だってこういっ……はああああああっ!?」

 

 心から驚かれた。他の皆も驚いて僕を見ている。

 

「い、いやちょっと待って下さい? ……えっ? 水着を着たんですか?」

 

「うん。着た」

 

「……男性物を?」

 

「女性物」

 

「……胸は?」

 

「パットを瞬間接着剤で胸にくっ付けて」

 

「……腰から下は?」

 

「長めのパレオを巻いてた。流石にプールには入らなかったけど」

 

「………そ、その水着はどうしたんですか?」

 

「家のタンスの中にあるよ。あっちの瑞穂さんがせっかく選んでくれた物だから、捨てられないよ」

 

 全員が言葉もなく僕を見ていた。……瑞穂さんが何故か恍惚とした表情をしているのは、見なかった事にしよう。

 やがて考えが纏まったのか。深々とりそなは溜め息を吐いて僕を見た。

 

「何をやってるんですか? 性別バレたらアウトなんですよ?」

 

「だって……ルナ様がどんどん逃げ道を奪っていって……どうする事も出来なかったんだよ……命令までされたら逆らえないよ」

 

「ミナトンは!?」

 

「寧ろ行きたがっていたよね?」

 

「うぅ……そうなんだよね。あの時は皆とゆうちょとプールに行けるかもって舞い上がっていて……じゃなくて!? えっ? 朝日は行ったの!? そっちの私達とプールに!?」

 

「こっちは違うの?」

 

「違う。結局ルナの指示にゆうちょは従わなくて、そのまま七愛とサーシャさんに同行して貰っていたの」

 

 驚いた。どうやら僕がお風呂場で居眠りした事以外にも、彼方と此方で違いがあったようだ。

 でも……凄いなあ、桜小路遊星様。ルナ様のご命令に逆らえるなんて。

 と思っていたら、瑞穂さんが僕の手を掴んで来た。

 

「朝日! お願い! 朝日の水着姿を私に見せて!?」

 

「いえ、あの、瑞穂さん? 私の性別は知っていますよね?」

 

 あの時はバレなかったけど、改めて男性だと分かっていたら変態にしか見えないと思う。

 

「胸の部分が固定されていて、そのまま水着で覆い隠し、更に腰辺りにパレオを巻く……全然違和感がありませんわね」

 

 ユーシェさんは僕を見て、水着姿を想像したのか……キツイ言葉を口にした。

 

「うぅ、確かに違和感ないかも。そもそも私と瑞穂って、身体にタオル巻いた朝日を見ても性別に気付けなかったんだよね。全然違和感も感じなかったし、素で疑えもしなかった」

 

「あれ? じゃあ何でミナトンは気付けたんですか?」

 

「いや、それがさあ……ちょっと落ち込む事があってね。誰かに相談したくなったから、朝日がお風呂に入っている時に乱入したんだよね」

 

「ああ、それで流石に下の兄の性別に気がついて……」

 

「うぅん。其処でも全然。寧ろお風呂から出て行く朝日の背中が綺麗すぎてドキッとしたぐらい」

 

 あっ……こっちでも同じことを言われたという事は……あの時の湊の言葉は冗談じゃなかったんだ。落ち込む。

 

「湊様とお風呂に入った? 七愛だってあの頃は滅多に一緒に入れなかったのに。嫉妬が高まって小倉さんの背中を刺してしまいそう」

 

 そして背後から感じる殺意に冷や汗が背中を流れていくよ。

 

「じゃあ、何で下の兄に疑いを持ったんですか?」

 

「疑いを持ったのはね。朝日が出て行った後の脱衣所に、パッドが詰められていたブラジャーが置きっ放しになっていて」

 

「何してるんですかああああっ!?」

 

「痛い!? ぼ、暴力反対……」

 

 額に思いっきりチョップを叩き込まれた。強めだったのでちょっと痛い。

 

「妹。言いましたよね? アレだけ行動には注意しろって? それなのに居眠りの前に何をやらかしていたんですか、貴方は!?」

 

「だ、だって、湊に性別バレたらいけないと思って慌てて着替えたから」

 

「パッド付きのブラジャーを脱衣所に忘れた時点でアウトでしょうが! しかもその後結局正体バレてしまいましたし」

 

 御尤もです。でも……言い訳にしかならないけど、あの時は本当に精神的にくたくただったんだよ。

 お風呂に入って肉体的な疲れは取れたよ。だけど、正体がバレたらいけないと慌てて……いや、忘れた僕が一番悪いんだけどね。

 

「いや、りそな。そう責めないでよ。あの時に朝日がブラジャー忘れたから、その後に私が木から落ちるのを助けて貰えたんだからさ」

 

「木から落ちるって……はあー、ミナトンの行動力が高いのは知っていますけど、良くそんな危ない事が出来ましたね。あのメイド長が怒りませんでしたか?」

 

「怒られたって言うよりも、あの時は私も柳ヶ瀬から預かってるお嬢様だったから注意で済んだよ」

 

 思いっきり噴き出して表情固まっていたけどね、その時の八千代さん。

 でも、本当にあの時は助かった。もしあそこで湊が助けてくれなかったら、あの時点で追い出されていたに違いないよ。

 ……そんな湊の協力を僕は結局……。

 

「やっぱり……私なんて……」

 

 膝を抱えて廊下の隅で丸くなった。

 

「あ、相変わらず暗い」

 

「ここ数日起きませんから安心していましたけど。これでは迂闊に昔話はやはり出来ませんわね。ですが、やはり平行世界と言うのは実在していますのね。朝日が追い出された以外では全部同じかと思っていましたが、今の話を聞くと細かな部分では違うところはあるようですわ」

 

「朝日の水着姿……しかもあっちの私が選んだ水着……見たい」

 

「瑞穂は相変わらず……いえ、以前にもまして朝日を着飾る事に興味津々ですのね」

 

 興味を持たないで欲しいです。もう着せ替え人形になるのは嫌なので。

 暗くなっている僕をりそなが手慣れた動きで立ち上がらせてくれていると、腕時計を見ていたサーシャさんが声を掛けて来た。因みにサーシャさんは、瑞穂さんの衣装を着た次の日からずっと女装で過ごしている。女装の先輩としてプライドがあるそうだ。

 

「ユルシュール様と湊様。そろそろ旅館を出ませんと、飛行機の時間に遅れてしまいますわ」

 

「あら、もうそんな時間ですのね。それじゃあ瑞穂。失礼しますわ」

 

「年末に桜屋敷で会えるのを楽しみにしてるわね、ユーシェ」

 

「ええ、その時を私も楽しみにいたしてますわ……それと朝日」

 

「は、はい、何でしょうか、ユーシェさん?」

 

 呼びかけられて僕は顔を向けた。

 ユーシェさんは真剣な眼差しで僕を見ていた。知らず知らずの内に息を呑んでしまう。

 何を言われるんだろうか?

 

「アメリカに行く前に一つ言っておきますわ。貴方が製作したアトレちゃんの衣装ですが」

 

「はい」

 

「あの衣装は、絶対に遊星さんでは製作出来ませんでしたわ」

 

 ……えっ?

 

「あ、あの、それはどういう意味なのでしょうか?」

 

「言った言葉通りの意味ですわ。あの衣装は朝日だからこそ製作出来た。私はそう思ってますの」

 

「ですけど、桜小路遊星様ならアトレさんには服をプレゼントすると思います。今回のはたまたま私に機会が巡って来ただけですよ」

 

 実の親である桜小路遊星様なら、アトレさんの服の趣味は僕よりも理解しているに決まってる。

 だから、桜小路遊星様なら悔しいけど、あの衣装のデザインをもっとアトレさんに合わせる事が出来るに違いない。

 僕の返答に、ユーシェさんは厳しい視線を向けた。

 

「朝日。私は偽りは言っていませんわ。あの衣装は貴方だからこそ製作出来た。この事実は覆せませんわ」

 

「そんな事は……」

 

「いや、朝日。私もユーシェの意見に同感かな」

 

「湊まで……」

 

「ゆうちょじゃ無理だったと思うよ、あの衣装は……今の朝日には納得出来ないと思うけどさ。多分来月ゆうちょに会えばお礼を言われると思うから、その時にでも本人から聞いてよ」

 

「う、うん」

 

 納得出来ないけど、言われた通り桜小路遊星様に直接聞いてみよう。

 その後、湊達とも別れの挨拶をして、僕とりそなは『鳳翔』を出て京都の町に向かった。

 

 

 

 

「今更だけど、りそなと東京以外の街を歩くのは初めてだね」

 

「ですね。アメリカの下の兄とも日本では東京以外では一緒に歩いたことはありませんし」

 

「でも、パリの街は歩いたんだよね?」

 

 そう思うと……少し嫉妬心が出てしまいそう。

 僕はあっちのりそなとは東京以外の街を歩いた事がないから。あっ、でも、よくよく考えてみると1月はずっとパリで過ごしていたから嫉妬する事でもないよね。意味ない嫉妬を抱いてごめんなさい、桜小路遊星様。

 それに……。

 

「……」

 

 隣を歩くりそなの事で、僕が嫉妬するのは可笑しい。

 だって、彼女は……厳密には僕の妹だったりそなじゃないんだから。

 それはもう分かってるのに……何だろう? 胸の奥で何かがざわついていて落ち着かない。

 

「それで先ずはどうします? やっぱりお土産から買いましょうか?」

 

「そ、そうだね」

 

 うぅ、どうにも気が落ち着かないよ。

 買い物をしている間に落ち着ければ良いんだけど。

 

「瑞穂さんから教えて貰った幾つかのお勧めの店に行こうか?」

 

「高級店ですね。下の兄もそういう店でお土産を買うようになりましたか?」

 

「一応そういうお店には行った事があるよ。ルナ様のご命令でスイーツ店に行ったりとか、八千代さんの指示で買い物を頼まれた時とか」

 

「全部桜屋敷での事じゃないですか。今更ながらあの頃の大蔵家はもう……」

 

 言われてみるとそうだ。基本的に日本にお兄様に連れて来て貰ってからも、許可のない外出は出来なかったから仕方ない。

 

「前の時はお香だったから、今回はお菓子とかの方が良いかな?」

 

「そうですね。同じ物を買って行くよりも、別の物の方が良いですね。ただ日数的に日もありますから、今回のお土産は貴方のグループだけで良いでしょう」

 

「うん、そうするよ。カリンさんにも何か買って行こう」

 

 日頃お世話になっているから、今回みたいな機会で少しでもお礼をしよう。

 

「一応あの人下の兄の付き人なんですが、まあ貴方の性格じゃ仕方ありませんか」

 

 幾つか店を回り、りそなのアドバイスを聞いてお土産を買って行く。

 こういうお嬢様が買うお土産などは、僕よりもりそなの方が得意だと思うから意見を聞いて買った。

 

「りそながお店に入ったら、すぐに店員さんどころか店長さんが挨拶に来るなんて凄いね。瑞穂さんから貰った紹介状が必要なかったよ」

 

「ふふん。私一応大蔵家の当主ですから、当然です……身内の不始末ばかり最近解決してますが」

 

 不機嫌そうになったので、頭を撫でて上げた。

 気持ちよさそうに笑みを浮かべてくれて、嬉しい。

 

「取り敢えずお土産はコレぐらいで良いですね。帰りのヘリに乗る時間までまだありますし、食事でもしましょう」

 

「そうしようか」

 

 瑞穂さんに勧められた食堂に行ってみた。

 流石は瑞穂さんが教えてくれた食堂だっただけあって、とても美味しかった。

 

「やっぱり今度来る時は、何の不安も無い本当の観光気分で来たいですね」

 

「うん、また必ず来ようね」

 

 その時は今のように女性物の服じゃなくて男性物の服を着て観光したい。

 

「あっ、公園があるね」

 

「ああ、少し歩き疲れましたから休みましょうか」

 

「じゃあ、自販機で『なっつぁん』がないか探して来るね」

 

「お願いします。無駄に身分が高いせいで、こういう気軽に歩いている時か、家でしか飲めませんから」

 

 立場がついて来ると周囲の目も気にしないといけないからね。

 幸いにも見つけた自販機には『なっつぁん』があった。僕も同じ物を買って、りそなが待っているベンチに向かう。

 

「はい」

 

「ありがとうございます。くぅー、やっぱりこの味は良いです」

 

「パーティーとかに参加して飲む高級なワインやお酒よりも?」

 

「当たり前です。そういう場で飲むお酒なんて全然楽しめませんよ。やっぱり気心の知れた相手や好きな人と食事をするのが一番です」

 

 ドクンっと胸が高鳴ってしまった。

 好きな人。今まで何度もそう言われていたのに、こんなに胸が高鳴ってしまったのは初めてだ。

 気付かれないように僕も『なっつぁん』を飲んで、心を落ち着ける。

 

「『晩餐会』での食事は?」

 

「いや、もう……覚悟していましたが、予想通り肉がメインの食事ばかりでした。食事に参加していた誰もがゲンナリしてました。唯一上の兄だけは、機嫌良さそうにしてましたよ。まあ、最後のデザートが杏仁豆腐だったのは評価しましょう。其処だけは評価して上げます」

 

「でも、アンソニーさんには感謝しないとね。僕の事を隠してくれていたから」

 

「ええ、妹も油断してました。ト兄様の息子は大蔵家と距離を取っていますけど、親子関係はそれなりに良いようですね。其処は安心しました……これ以上身内で不祥事が起きるなら、もう大蔵家当主の座を上の兄に押し付けてやるところですよ」

 

「気持ちは分かるけど、落ち着こうね……あっ、でも、今更かもしれないけど、どうしてお父様じゃなくてりそなが当主になったの?」

 

 桜小路遊星様が当主に成れないのは分かってる。ルナ様の桜小路家に婿入りしたんだし。

 僕だって、正直言って大蔵家当主をやれなんて言われたら無理だと言うしかない。でも、お父様だったら当主になれた筈だ。

 それだけ凄い人なのは分かってるし、当主の座を目指していたのも知っている。何よりも大蔵長男家長男なのに、此方ではお父様はりそなの秘書をやっている。

 それが悪い事だとは思わない。だって、お父様自身がそれを認めているし、寧ろ当主の座にいるりそなを喜んでいるんだから。

 僕の質問に、りそなは迷うような表情を見せた。

 

「ああ、それに関してですが……もう少し……もう少し話すのは待って貰って良いですか? 上の兄は文化祭の後で話すつもりなので」

 

「う、うん。良いよ」

 

 どうやら何か深い事情があるようだ。

 もしかしたら、其処に僕が知りたいと思っているお兄様が何故大蔵家当主を目指していたのかが関わっているのかも知れない。文化祭の後で話してくれるのなら、その時を待とう。

 

「……まだ、この下の兄に言えませんよ……下の兄と上の兄が……実は……だなんて……」

 

 深刻そうに、りそなは顔を俯かせている。

 やっぱり、まだ僕が知ったらいけない事だったようだ。

 

「ごめんね。変な質問したりして」

 

「いやいや、貴方の疑問は尤もな事なので。と言うか、あの傍若無人で野心満々な上の兄だった頃の時代から来た貴方からすれば当然の疑問ですよ。妹だって、あの頃だったら絶対にあり得ないと思いますし。天変地異でも起きたんじゃないかと不安になりますので」

 

 うん。僕も思う。

 実際、りそなが大蔵家の当主になっているって教えられた時は、お父様が目の前にいたから口には出さなかったけど、心から驚かされた。

 

「それと……今更ですが、妹も先ほど旅館でのスイスの人の意見には心から同意です」

 

「ユーシェさんの意見って……桜小路遊星様じゃアトレさんの衣装を製作出来なかったこと?」

 

「ええ、そうです。貴方は無意識の内にアメリカの下の兄を美化してますよ」

 

「美化って……実際、桜小路遊星様は凄い事しかしてないよ。お父様に才能が認められて、人前に出るのを嫌がっていたルナ様をフィリア・クリスマス・コレクションに参加させて、これ以上に無いほどに輝かせてみせた。今だって世界的デザイナーのルナ様を支えるパタンナーなんだから。自業自得で追い出された僕なんかとは比べものに……」

 

「その輝かしい功績の全ては、未だに女装を続けていて、それを実の子供に見られて反抗期になっていたとなれば地に堕ちますけどね」

 

「それを言わないで!」

 

 うぅ、それだけは言わないで貰いたい。

 女装している僕にも言える事だし……もし真実だとしたら自殺したくなるから。家に帰ったら、ネットで『富士の樹海』に最短で行けるルートを検索しよう。

 

「話は逸れましたが、アメリカの下の兄では間違いなくアトレを輝かせられませんでしたよ。もしあの時、ルミネさんを選んでいたとしても、アメリカの下の兄ではその2人を候補に挙げる事もなかったと思います」

 

「そ、そうなのかな?」

 

「そうですよ。多分、貴方が製作した衣装を着たアトレの姿を見て、目から鱗が落ちたような気分でいますよ、アメリカの下の兄は。来月会った時に、間違いなくお礼を言われると思います」

 

 お礼か。ルナ様にも言われたけど、桜小路遊星様にも言われるのかな?

 

「信じれない気持ちはあるでしょうが、妹は断言します」

 

「う、うん。分かった。取り敢えず納得しておくね」

 

 あくまで取り敢えずだ。りそなやユーシェさんの意見を心から受け入れる事は出来ない。

 これがりそなの言う通り美化しているという事なのかも知れない。だとしても……今の僕にはどうしても受け入れる事が出来なかった。

 製作中は気にならなかったのに、終わった今だと考えてしまう。

 桜小路遊星様だったら、あの衣装をどう製作するのかを。

 

「そろそろ行きましょうか」

 

「うん……ねえ、りそな。手を繋いで良いかな?」

 

「良いですよ。私も下の兄と手を繋いで歩きたいです。まあ、この歳で手を繋ぐのは少し恥ずかしい気持ちはありますけど」

 

「僕は全然恥ずかしくないかな。行こうか」

 

「はい、下の兄」

 

 繋いだ手から伝わって来るりそなの温かさ。

 出来るなら……ずっとこの手と繋がっていたい。そんな気持ちを……僕は胸に抱いた。




『知ってしまった事実』

「2人とも良く来てくれた!」

 アメリカの桜小路家のルナの執務室。
 其処には家の主である桜小路ルナの他に、ユルシュールと湊の姿があった。事前に連絡されていたのか、八千代と夫である桜小路遊星の姿はなかった。

「オホホッ、直接会うのは久しぶりですわね、ルナ」

「そうだな、ユーシェ。それで頼んだ事は調べて来てくれたか?」

「ええ、調べて参りましたわ」

「うん……で、結果から言うとね。朝日はバーベナ学院に通ってなかった。通っているのは……フィリア学院だった」

「やはりか!」

 ドンっと怒りと焦りからか、ルナは執務机を叩いた。

「理由は何だ!? いや、それよりもりそなと大蔵衣遠は何を考えてる!? フィリア学院にだけは朝日は通わせては危険だ! 性別だけの問題では無く、心情的に不可能な筈だ! そんな状態で通わせたりしたら……」

「ええ、ルナの考え通り、罪悪感が膨れ上がっていますわ。それこそ何時破裂しても可笑しくない程に」

「くっ! すぐにりそなに連絡をする! 朝日が壊れる前に何とかしなければ」

「出来ませんわよ」

「うん、無理。って言うか、ルナとゆうちょは朝日に感謝しないといけないからね。朝日が動いて無かったら、今頃、コレクションをやってる余裕なんてなかったんだから」

「……なに? それはどう言う事だ?」

「朝日がフィリア学院に通わざる得なかった理由は……これですわ、ルナ!」

 ユルシュールは執務机に一枚の写真を差し出した。
 一体なんだと思ってルナが写真を手に持ち、次の瞬間固まった。
 すかさずユルシュールはスマホを取り出して固まっている、ルナの写真を撮った。

「ホホホッ! やりましたわ! ルナの間抜け面を撮ってやりましたわ!」

「……お、おい待て……ま、まさか……この写真に写っている……フィリア学院の女子制服を着た……相手は……」

「ええ、そうですわ。ルナと遊星さんの血の繋がった実の息子」

「桜小路才華君の女装した姿だよ、ルナ。因みにフィリア学院での名前は『小倉朝陽』だってさ」

 今度こそルナは目を丸くして食い入るように『小倉朝陽』としての実の息子が写っている写真を見ながら固まった。
 そんなルナにユルシュールと湊は、日本での現状を説明していく。

「……あの息子と娘はあああああっ!?」

「いや、怒りたい気持ちは分かるけど」

「原因はそもそもルナと遊星さんにありそうですわよね」

「な、何のことだ? わ、私と夫が才華が女装する原因にな、なったなど、あ、あり得る筈が」

「普通ならあり得ないと思いますわ。学生時代の卒業前に、アレだけ遊星さんが『朝日』を止める止めないで騒いだことを知っている私達からすれば」

「だけどさ……朝日が教えてくれたんだけどね。才華君と初めて会った時に呼ばれたそうだよ。『お父様』って」

「うわっ……」

「因みにね……朝日この事実に気が付いたら、富士の樹海に行きそうになったからね」

「朝日からすれば遊星さんは女装を止められる可能性でもあったようですし。彼方と違って此方は止めれる筈ですもの……それで聞きますわよ? 遊星さんは今でも『朝日』になってますの?」

「……ってる」

「ハッキリと口にしないのは、ルナらしくありませんわ。まあ、私としましてはこのような打ちひしがれたルナの姿を見られて大変嬉しく思いますわ! オホホホホホッ!」

「してると言ってる! 仕方ないじゃないか! 夫は今でも女性みたいに見えるのだから! その姿の『朝日』を見たいのは妻として当然だ!」

「そのせいで息子に悪影響を与えて良いと思っていますの!?」

「おーぅっ……ま、待て……もしも本当に才華が見たとしたら何時の事だ? ……アメリカに越して来てからは、部屋も離れているし……まさか、日本に住んでいた時に? ……しかも夫が『朝日』になっていた時だとしたら…………さ、最悪だ……大変……不味い……」

 見られた可能性が高い場面に思い至ったのか。ルナは頭を抱えた。

「その様子だと……サーシャの考えは当たってそうですわね」

「これさ。朝日が知ったら……」

「今度こそ本当に自殺の名所に行きかねませんから、その辺りの事は誤魔化すように衣遠さんとりそなさんに頼みましょう」

「うん。で、何で朝日と瑞穂が嘘ついたかもう分かったよね、ルナ」

「……ああ……充分過ぎる程に理解した……この件で朝日と瑞穂を責めるつもりはない。寧ろ、本当に感謝と申し訳なさしかない……瑞穂にしても、流石に誤魔化すしかないのは分かる」

「後ね。ちゃんと才華君は叱った方が良いよ。例の大蔵ルミネさんとの結婚話も、本当に言った事だそうだから」

「息子ッ! 何処まで私を追いつめる……もう少し厳しく世間を教えておくべきだった」

「とにかく、ルナ。この件は絶対に八千代にだけは知られてはいけませんわよ。遊星さんの方は来月の文化祭で朝日が直接伝えるそうだから」

「言われなくても……八千代に話せるわけが無い……話したらどうなるのかは分かっている」

「じゃあ、これでこっちの話は終わり。それでルナ。頼まれていた朝日の写真ね」

 湊は執務机に顔を伏せる、ルナの前に朝日の写真を並べた。
 本来なら反省として渡さない方が良いのだが、それだと他のスタッフにも迷惑がかかるので営業部長の判断で渡すことにしたのだ。
 ゆっくりと顔を上げたルナは、朝日の写真を見て、食い入るように見つめた。
 其処には夫の桜小路遊星が頑なに拒否してやりたがらなかった本格的なメイクをした朝日が写っていたからだ。

「……朝日……なんて綺麗な姿に……直に見られなかったのが、悔しくてならない。この写真は秘蔵して大切にしなければ。デザインが脳裏に浮かんで来る」

「あっさり何時ものルナに復活しましたわ」

「やっぱり朝日効果凄いね」

「いえ、寧ろこれはもう不治の病以外に無いような気がいたしますわ」

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