月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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予告通り大きく内容が変わっています。

秋ウサギ様、誤字報告ありがとうございました。


八月下旬(才華side)14

side才華

 

「フィリア・クリスマス・コレクションですか?」

 

「はい、以前他の方には学院での目標という形でお聞きしたのですが、やはりその方々も学院の最大のイベントであるフィリア・クリスマス・コレクションを目標とされていました。皆様はどうなのかなと思いまして」

 

 僕の脳裏に漠然と浮かび上がった一つのイメージ。

 それを形にする為に必要なのは先ず第一に情報だ。本当に何よりも情報が必要だ。

 認識の甘さから僕は散々な目にあったんだから、情報を集めて認識を確りしないといけない。

 その最初の一歩がこれだ。

 

「えっ? 急に聞かれても……うーん、とりあえず私はやっぱり授業で作った製作物を出すと思う。今回の皆との経験で服を作るのがどれだけ大変な事なのか分かったから。流石に皆で作ったあの衣装と同じレベルのは製作出来ないと思うから、今年はそれで頑張ってみようかなって思ってる」

 

「私はー……まあー、お嬢様の手伝いになると思いますー……メイドも参加を希望すれば参加出来るそうですがー、お嬢様の手伝いを優先するつもりですー……」

 

「大津賀さん、ありがとうね」

 

 梅宮主従の方針はハッキリした。

 グループ作業が好きな梅宮伊瀬也なら、僕の考えに乗ってくれるかもしれないが、先ずは形として提案できる段階になってからだ。

 

「私は勿論フィリア・クリスマス・コレクションに参加するよ。だって、ジャン・ピエール・スタンレーやジャンメールが来るんだし、ミズホって着物デザイナーも来るんでしょう。それだけ有名なデザイナーが来るコンクールなんてパリでも滅多にないんだから、本気でやるつもり」

 

 何時ものやる気の無さが今のジャスティーヌ嬢からは感じられない。彼女は本気でフィリア・クリスマス・コレクションでの最優秀賞を目指していると改めて実感させられた。

 となると……僕の提案には参加してくれないかも知れない。ジャン・ピエール・スタンレー達も総合部門の審査には参加するが、服飾生ならやっぱり服飾部門の方で評価を受けたいと思うから。

 

「確か、ジャス子は小倉さんと組んで参加するつもりなんだっけ?」

 

「……それ断られたからやらないよ」

 

「あっ、そうだったんだ、ごめん」

 

 おや、小倉さんはジャスティーヌ嬢の提案を断ったんだ。ちょっと朗報。

 小倉さんとジャスティーヌ嬢が組んで、ライバルになったら流石に不利だったから。

 ……いや、素直に喜べないかも知れない。

 ジャスティーヌ嬢はかなり本気で小倉さんを誘っていた。その誘いを小倉さんが断ったことをジャスティーヌ嬢が了承しているという事は、それだけの目標が小倉さんにあるという事だ。

 脳裏に浮かんでいた漠然としたイメージが一気に揺らいでしまった。浮かんでいたイメージでは、小倉さんとジャスティーヌ嬢の協力が必要だったから。

 

「わ、私はジャスティーヌ様の手伝いを行ないながら自分の作品を出してみるつもります」

 

「まあ、私の方を優先するなら良いよ」

 

 ふむ、カトリーヌさんもフィリア・クリスマス・コレクションに参加するつもりなんだ。

 どうやらジャスティーヌ嬢もそれを止めろと言うつもりはないみたいだし。

 ……そう言えば、今更ながらエストと僕の契約はどうしよう? 小倉さんと再会する前は、自分の衣装を優先して良いと言ってくれたが、フィリア・クリスマス・コレクション前に小倉さんとは仲直りできた。

 もしエストが自分の方の衣装を優先してくれと頼って来たら、応じるつもりではいる。後で2人だけになった時にでも確認して見よう。

 さて、もしかしたら最大の難関になりそうな小倉さんはどうだろうか?

 

「私もフィリア・クリスマス・コレクションに本気で参加するつもりです。ただ、皆さんとは違う形での参加になるかも知れません」

 

「違う形って?」

 

「……まだ学院から正式に発表はされていませんが、私は身内の理事長からフィリア・クリスマス・コレクションで自分のデザインを使った衣装の製作を学生に依頼するという案が出される事を聞いたんです」

 

 な、何だって!? 総裁殿のデザインを使った衣装がフィリア・クリスマス・コレクションに出される!?

 その事実に僕は驚愕し、エストも梅宮伊瀬也も目を見開いて驚いている。

 これは当然だ。フィリア学院の理事長である大蔵りそながブランドを開いているプロのデザイナーであることは、学院に服飾部門の生徒なら大半は知っている筈だ。

 ジャンルこそゴスロリではあるが、その筋では人気があるし、アトレだって結構総裁殿の服は着たりしていたから。

 ……でも、これでは不公平になってしまわないだろうか?

 既にプロとして活躍している総裁殿のデザインと、学生の僕らのデザインでは大きな差が出てしまう。

 無論、負けるつもりはないけど、はたから見たら不公平さは明らかだ。

 

「ねえ、小倉さん。それ良いのかな? 理事長ってプロでしょう? そんな人のデザインを使って良いの?」

 

「伊瀬也さんの疑問は尤もです。ですが、このデザインで作られた衣装は審査を受ける事はありません。フィリア・クリスマス・コレクションの会場に来た一般客の方々に、服飾部門でのショーの流れを説明する為に使われる衣装なんです」

 

「あっ、そういう事なんだ」

 

 な、なるほど。

 そういうイベントに使う衣装なんだ。確かに一般で来客する人全員が服飾に明るい訳じゃない。

 そんな人達にショーの流れを説明する為に製作する衣装なら、小倉さんの言う通り審査を受ける事はないので学生達は安心して自分達の衣装に専念できる。

 それにこのイベントはデザインに自信がなくても、型紙や縫製に自信がある生徒にとっては、選ばれれば大きなメリットを得られるかも知れない。何せ総裁殿はプロとしてブランドを開いている御方だ。

 そんな人のデザインを形にして賞賛されれば、もしかしたらそのまま総裁殿のブランドで雇って貰えるかもしれない。入選や最優秀賞などとは無縁だが、希望があるイベントだ。

 このイベントは例年のフィリア・クリスマス・コレクションでは行なわれた事はない筈だから、今年に向けて考えられたイベントに違いない。審査員の豪華さだけじゃなくて、こんなイベントまで組み込まれるなんて今年のフィリア・クリスマス・コレクションが今から楽しみだ。

 小倉さんが参加しようと思ってもおかしくないし、ジャスティーヌ嬢が服飾部門へのグループでの参加を諦めるのも納得出来た。

 

「でも、小倉さん。それって応募で選ばれるんだよね?」

 

「はい、そうなります。正式に学院側から発表された後、応募が始まり、それから審査がされて選ばれる事になります。私はその応募に参加するつもりでいます。そして選ばれた場合は、本来は製作者の名前も発表されるそうなんですけど、それは辞退して構わないと思っています。私は、どうしても理事長の描いたデザインを作品にしたい。身内だから選ばれたとか思われるかも知れませんが、それでもやって見たいんです」

 

 凄い力強い意志だ。

 これはジャスティーヌ嬢が諦めたのも頷ける。でも、僕の頭の中に浮かんでいたイメージがますます形にならなくなってしまった。

 小倉さんとジャスティーヌ嬢。この2人は今回のグループでの製作でも貢献してくれた。その実力は間違いなく、学院内でも高い。以前の僕ならともかく、今の僕はそれを素直に認める事が出来る。

 彼女達の協力無くして、頭の中に浮かんだイメージを形にする事は出来ないよ。

 

「そういう白い子はどうなの?」

 

「私も服飾部門の最優秀賞を目指して頑張るつもりです」

 

「ふーん。じゃあ、ライバルだね。やっぱり審査員以外でも張り合いがないと面白くないし」

 

 よし! ジャスティーヌ嬢は僕をライバルと見てくれている!

 大変気分が良い! やっぱり僕はお母様と同じで誰かと競い合いたいという気持ちを持っている! ライバルがいるなら尚更に負けられないという気持ちを燃やす事が出来る。

 服飾部門のショーにやる気を更に滾らせながら、まだ答えていないエストに顔を向けた。

 ある意味では丁度良かった。前にルミねえ達に目標を教えて貰った時も、エストだけは何も答えずに皆の答えを聞くだけだった。従者の立場では、答えを要求出来ないし、ルミねえ達も聞いてはくれなかった。

 だけど、今の流れならエストも答えてくれる筈だ。もしかしたら、エストが本当のデザインを学院で隠している訳を知る事が出来るかも知れない。いや、寧ろ知りたい。

 半年以上エストに従者として仕えて来たが、未だに何故僕の時だけしか本来のデザインを描かないのか。その理由が分からない。

 アメリカ時代は互いに競い合い、竜虎相打つの関係だった。その頃のエストは僕と同じで負けず嫌いだった筈だ。そして今では僕の方がデザインでは勝っている。それなのにだ。

 エストは素直に負けを認めている。明らかにおかしい。

 ライバルの相手が桜小路才華から小倉朝陽に変わっただけで、彼女の負けず嫌いが変わるとは思えない。

 何か理由があるに違いないけど、その理由が見えて来ない。だけど、今の流れなら、エストも自分の目標を話してくれる筈だ。

 

「エストお嬢様はどうでしょうか? 確か以前他の方々が話していた時には、お嬢様は教えてくれませんでしたので」

 

「えっ? 私の目標?」

 

「はい。やはり、他の方々と同じようにフィリア・クリスマス・コレクションで最優秀賞を取る事が目標なのでしょうか?」

 

 結構直球に聞いて見た。

 これまでの経験から、間違いなくエストはこの手の話題に関して意図的に避けている。

 従者の立場で主人の意図を深く聞こうとするのは、アウトだが、この流れなら不思議な事では無い。何気ない形で質問したんだから。

 

「う~ん、わ、私はとりあえず今の自分のデザインでどうプロの人達から評価を受けるのか確かめて見るつもり」

 

 ……はっ? エスト、君は何を言っているんだい?

 

「……エストン、本気で言ってるの? あのデザインじゃ評価なんてされる事ないよ」

 

 ジャスティーヌ嬢の意見は正しいと思ってしまった。

 エストの学院で描いているデザインの評価は『E』。最低の成績だ。

 本来のエストのデザインなら間違いなく僕と同じで『A゜』評価を貰える。フィリア・クリスマス・コレクションまで残り3ヵ月。

 そろそろ本当のデザインを描き始めると思ったのに……エストは今のデザインで参加すると宣言した。

 明らかに変だ。今までは最後には必ず本当のデザインでフィリア・クリスマス・コレクションに参加すると思っていたのに、そうじゃない事が明らかになった。

 チラッと小倉さんに視線を向けてみると、やはり訝し気な顔をしてエストを見ていた。

 この中でエストの本来のデザインを知っているのは、僕と小倉さんにカリンの3人だ。

 これが普通のフィリア・クリスマス・コレクションなら物は試しと言う事で、あのデザインを使ってもおかしくない。

 でも、今年のフィリア・クリスマス・コレクションは違う。それこそ今年のフィリア・クリスマス・コレクションで最優秀賞を受賞することが出来れば、それだけで有名になれる。

 服飾業界の頂点に立つジャン・ピエール・スタンレーを始めとした審査員の方々の評価には、それだけの価値があるからだ。

 エストの故郷はロンドン。将来欧州方面でデザイナーとして活躍するなら、この機会を逃さない筈だ。

 なのにせっかくのチャンスを逃そうとしている。

 ……どうやらエストが学院で描いているあのデザインには、何か大きな意味が隠されているようだ。それが分かっただけでも、収穫だ。

 

「お答え頂きありがとうございました、お嬢様」

 

「別にお礼を言われるような事じゃないよ」

 

「……まあ、別に良いけどね。エストンが何をしようと、私には関係ない事だし」

 

 この場はこれで一先ず終わりにしてと。

 それにしても、浮かびかけていたイメージがかなりあやふやになってしまった。でも、これは仕方ない事だと思って諦めるしかない。皆、それぞれ事情があるんだから。

 

「あ、皆さんお集まりで……あれ? いつもと違う顔ぶれで、ああ、小倉お姉様!」

 

「こ、こんにちはアトレさん」

 

 やって来たのは、僕の妹だった。

 手に持つお菓子から見るところ、いつも通り、エストや八日堂朔莉にでも食べさせようと思い、作って来てくれたのだろう。

 ……ただ小倉さんを見たら、すぐに目を輝かせて近づかないようにね。小倉さん、凄く困った顔をしているから。

 

「お会いしたかったです! 夏休みになってからというもの、小倉お姉様のお顔を目にする機会が減ってしまって、アトレは! アトレは一日千秋の思いでした!」

 

「落ち着きましょう、アトレさん。はい、深呼吸をどうかして下さい」

 

「……えっ? あの桜小路の子って、まさか、小倉さんの事を……」

 

 余り知られたくない相手に、アトレの想い人がバレてしまった事に頭を抱えたい。

 ジャスティーヌ嬢は、別に気にした様子も見せずに、アトレが持って来たスフレを食べて嬉しそうにしている。

 フランスはそういう関係に大らかな国らしいからね。

 

「こ、このスフレ! スッ。スッ、スフレ、フッフウゥゥー!」

 

 そして君は何意味の分からない事を叫んでいるんだ、エスト。

 

「そんなに気に入って貰えるなんて光栄です! さっ、梅宮さんもいかがですか?」

 

「え? あ、うん。ありがと。でもごめんね、私、これから部屋へ戻ろうとしていたから。今日の作業はもう良いよね、小倉さん?」

 

「えっ……はい、後は最後の微調整だけですから、それは別の日にやる予定ですし」

 

 本来それを言うのは、リーダーの梅宮伊瀬也なんだけど。

 アトレが持って来た香りの良いスフレを食べていかないだなんて、梅宮伊瀬也からすると(お母様の)桜小路家は、まだ仲良く出来る対象ではないらしい。

 

「ではお持ち帰りなさいますか? 文化祭に向けて作った自信作なんです」

 

「あ、うーん……いまケーキを食べたばかりだから。ごめんね、本当にごめん! エストンに食べさせてあげて」

 

「神に匹敵するほどの感謝をしますよ!?」

 

 主人の意地汚さに頭が痛い。後で注意しないと駄目だ。

 

「それじゃあまたね」

 

「はい、またお会いできるのを楽しみにしています」

 

 梅宮伊瀬也は大津賀かぐやと共に去って行った。

 

「振られてしまいました」

 

「アトレさん。その、別に伊瀬也さんはアトレさんを嫌っている訳ではないと思います。ただ少し距離感をどうすれば良いのか分からないだけです」

 

「大丈夫です、小倉お姉様。家の関係の事は分かっていますので」

 

 健気な妹の姿に嬉しさを感じる。

 ……だけど、その微笑みは僕には向けられず小倉さんにだけ向けられているのは、少しショックだ。

 

「あっ、そうだ。後で話があるから、アトレの部屋に行っていい?」

 

「はい。何時でも来てくれて構いませんよ、ジャス子さん」

 

 ジャスティーヌ嬢がアトレに話?

 気にはなるけど、妹とその友人のプライベートに入り込む訳にはいかないので諦めよう。

 その後は、皆でお茶会をして楽しく過ごした。何時か梅宮伊瀬也と大津賀かぐやも、この中に加わって欲しいな。

 

 

 

 

「今日はとても楽しかったね!」

 

「はい、お嬢様」

 

 皆と別れた後、僕らはエストの部屋に戻り、デザインを一緒に描いて、今は夕食を食べ終えた。

 

「あの衣装を文化祭で着るのがとても楽しみウフフ」

 

 エストはとても上機嫌だ。

 それだけあの衣装に対して深い思い入れがあるのだろう。その気持ちはとても嬉しい。

 僕の描いたデザインを真摯に製作してくれた事には、本当に嬉しさと感謝しかない。だけど……やっぱり、話さないといけない。上機嫌なエストを落ち込ませてしまう事には申し訳なさを感じるが、このまま気付かずにいれば、ジャスティーヌ嬢との関係に何時か大きな亀裂が出来てしまうかも知れない。

 既に小さな亀裂は入ってしまっている。エストには気付いて貰わないと駄目だ。

 

「……お嬢様。その衣装の事なのですが」

 

「うん? どうしたの朝陽?」

 

「申し訳ありません! 私はお嬢様にミスをさせてしまいました!」

 

 深々と僕は頭を下げた。エストはきょとんとした顔で僕を見ている。

 

「えっ? ……ミスって朝陽が私に?」

 

「はい。とても大きなミスです。お嬢様が私の衣装の為を思って入れてくれた刺繍……あの刺繍を入れる過程で、私達は大きなミスをしていたのです」

 

「……どんなミスを私達はしてしまったの?」

 

 怒らずに話を聞いてくれるようだ。

 僕はデザインを描いてある間に描いた2枚の絵をエストに見えるように差し出した。受け取ったエストは、2枚の絵を見比べる。

 

「……これって?」

 

「はい。片方が小倉お嬢様が指摘する前に、お嬢様が刺繍を入れた場合の衣装の完成図。そしてもう片方が今の衣装の完成図です。どちらの方が良い出来だと思いますか?」

 

「……小倉さんが指摘してくれた後の方が良いと思う。その……私が最初に入れた刺繍だけで、衣装が完成すると、その一か所だけが目立って、他の部分に何で刺繍を入れなかったのって疑問に思ってしまう」

 

 まさにその通りだ。エストが入れてくれた刺繍は本当に綺麗だ。

 こんなにも綺麗な刺繍を手間をかけて入れてくれた事には、深く感謝していた。だけど、その刺繍の綺麗さが今回の場合は逆にマイナスの評価を与えかねなかった。

 仮に最初にエストが入れた部分しか刺繍がなかった場合で衣装が完成していたら、その部分だけが目立ってしまって全体のバランスが悪くなっている。普通の刺繍なら此処まで全体のバランスに影響を出す事はなかった。

 

 エストの刺繍の出来が良すぎるから、起きてしまった。

 

 僕もエストもこれまでグループでの製作を経験したことがない。だから、今回楽しみにしていた。

 だけど、やっぱり心の何処かで個人で製作しているような気持ちを持ってしまっていた。その結果、班員全員に確認する前に刺繍を入れてしまった。

 

「お嬢様。小倉お嬢様か伊瀬也お嬢様を通じて、お嬢様が他の衣装のパーツ部分に刺繍を入れる時に問題なく刺繍を入れる事が出来ませんでしたか?」

 

「……うん。そうだったかも知れない。ううん、そうだったよ。旅行明けに言われたのに、衣装の作り直しとかせずに刺繍を入れられた」

 

「それは小倉お嬢様とカトリーヌさんが、後からお嬢様が担当していないパーツの部分に刺繍をいれても、問題無いように調整してくれていたからなのです」

 

 エストが入れてくれた刺繍はオリジナルだ。エスト以外に入れる事は出来ない。

 その事が分かっていたから、小倉さんとカトリーヌさんは刺繍を入れられるように他のパーツ部分を調整してくれていた。頭が下がる。

 僕とエストが誇らしそうに他の皆に刺繍を入れた衣装を見せている中で、小倉さんとカトリーヌさんは陰で僕らのサポートをしてくれていたんだから。

 

「言ってくれれば」

 

「いえ、お嬢様。その気持ちは分かりますが、元々は私達が班員の方々を気にせずに勝手にしてしまった事なのです。しかも皆様に御見せしたのは刺繍を入れてしまった後でした」

 

「あっ……」

 

「加えて言えば、本来ならそのような勝手な事をした班員を注意するのはリーダーの役目です。私達の班のリーダーである伊瀬也お嬢様は、刺繍に関して感心なされていました。もしも一班員でしかない小倉お嬢様が注意なされてしまったら」

 

「……いせたんさんが落ち込むよね」

 

「……はい」

 

 リーダーに選ばれた事を喜んでいた梅宮伊瀬也の事だ。

 責任感もあるから、落ち込むのは間違いない。悪いのはグループ製作なのに勝手な事をした僕らだけど、リーダーという役割を担う梅宮伊瀬也にも責任が出てしまう。

 こうして考えると、僕とエストはグループ製作を失敗していたと言うしかない。

 

「そしてお嬢様に大変申し上げ難いのですが」

 

「良いよ。言ってくれて。私も自分が何をしたのかちゃんと知りたいから」

 

「……ジャスティーヌ様の事です。小倉お嬢様とカトリーヌさんはフォローしてくれて、そしてジャスティーヌ様は我慢してくれていました。ですが、やはり不満を感じているのは間違いないと思います」

 

「でも、ジャスティーヌさんからは何も言われてないよ?」

 

「それはお嬢様の刺繍が良いものだったからです。ジャスティーヌ様は常日頃から、良いものは認めると言っています。お嬢様の刺繍が認められた事は大変喜ばしいのですが、それも小倉お嬢様とカトリーヌさんのフォローがあったからこそなのです」

 

 エストは落ち込みながら、僕が描いた2枚の衣装の完成図を見比べる。

 どちらの方が良いものなのかは、ハッキリしているし、今その衣装が完成している。

 今回のグループ製作は本当に楽しかった。でも、僕とエストは大きなミスをしていたんだと改めて理解させられた。

 そのフォローを小倉さんとカトリーヌさんがしてくれていて、ジャスティーヌ嬢は我慢してくれていた。でも、我慢してくれたのはあくまで僕のデザインだったからだ。

 これがジャスティーヌ嬢の本人のデザインだったら許してくれないと思う。

 というよりも、エストだから僕も嬉しかったけど、これが他のクラスメイトでこうしたら良いと思ったので勝手にやりましたなんて言われたら、怒るに決まってる。

 

「今でこそ、あだ名で呼んでくれるような関係になりましたが、元々お嬢様は余りジャスティーヌ様から好かれていません。実際、お嬢様はお気づきになられていませんでしたが、来年の班の話をしていた時、ジャスティーヌ様はお嬢様の名前を呼んではくれませんでした」

 

「うっ……そう言えば、そうだったかも。どうしよう、朝陽」

 

「謝るしか私達に出来る事はありません。明日は最後の微調整の日です。その時に謝りましょう……それとお嬢様」

 

「何? もしかしてまだ私達はしているの?」

 

「いえ、そうではありません。お嬢様本来のデザインを、せめて班員の皆様には話してはどうでしょうか?」

 

 ジャスティーヌ嬢がエストの本来のデザインを見れば、問題は解決できる。

 エストには輝かんばかりのデザインの才能がある。伯父様と同じで『才能主義』の面も持っているジャスティーヌ嬢なら、認めてくれる筈だし、何よりもこれまでの不満だって吹き飛ぶ。

 だけど……。

 

「それは駄目」

 

 僕の主人は、頑なに自分の本当の実力を隠そうとする。

 

「それは何故なのでしょうか? ジャスティーヌ様達なら説明すれば、秘密にしてくれると思います」

 

「……だって……ジャス子さんは……フランス人だから」

 

「はぁっ?」

 

 訳が分からない。フランス人だから話せない?

 エストは本当に何を言っているんだろうか?

 

「とにかく駄目なものは駄目なの!」

 

「……お嬢様がそう仰るなら、これ以上は何も申しません。従者の身で過ぎた事を申してしまい、大変失礼しました」

 

 僕は頭を下げてエストに謝罪した。

 その後は会話もなく、就寝時間がやって来たので自分の部屋に戻った。

 

「……明らかにおかしい」

 

 部屋のソファーに座り込んで、エストとのやり取りを思い出す。

 エストは頭が悪い訳じゃない。自分のしてしまったミスだって認められる。なのに、異常と言えるレベルで自分本来のデザインを学院では隠している。

 年末には必ず本来のデザインで勝負するつもりだと思っていたが、今日の話で本気であの駄目なデザインでフィリア・クリスマス・コレクションに挑もうとしている事が明らかになった。これが例年のフィリア・クリスマス・コレクションなら、此処まで違和感を感じなかったかも知れない。

 例年と違うフィリア・クリスマス・コレクションを開催してくれて、ありがとうございます、総裁殿。おかげで主人の異常に気がつく事が出来ました。

 

「これまで集めた情報から推測すると、エストには何か理由があって本来のデザインを人目に、触れられたくない事情があるのは間違いない」

 

 それは一体何だろうか? ニューヨークで僕とデザインを競い合って、幾つかの賞を取っている実績がある。

 容姿こそニューヨークにいた頃は出していなかったが、デザインを見ればすぐに分かる。これは恐らく僕だけじゃなくて、一定レベルの見る目のある人なら分かる事なんだろうけどね。

 

「……駄目だ。さっぱり分からない」

 

 もう半年ほどエストとは一緒に過ごしているのに、本来のデザインを学院で使わない理由が分からない。

 まあ、エストの基本的な家族構成さえも、伯父様から教えて貰わないと分からなかったんだから仕方ないかも知れないが。

 

「……あっ、浮かんでいたイメージ。どうしよう?」

 

 何時の間にかエストの事ばかり考えてしまっていたが、そもそもは頭に浮かんだイメージを固める為にあの話題を出したんだ。いけない、いけない。幾ら気になるからって、当初の目的を忘れるなんて。

 これじゃまるで僕がエストの事を気になって仕方ないみたいじゃないか。

 他にも考えないといけないことがあるのに。だけど、浮かんでいたイメージはかなりあやふやになってしまっている。

 やっぱり小倉さんとジャスティーヌ嬢という強力な味方が、揃って参加してくれそうにないのが痛い。

 それにジャスティーヌ嬢が参加しないとなれば、カトリーヌさんも参加出来ないかも知れない。この3人が揃って参加出来ないとなると、僕の頭の中に浮かんだイメージが形になることはない。

 本当ならエストに相談したかったけど、それよりも気になる事が出来てしまったからそっちを優先してしまった。となると……。

 

「……やっぱり、あの人に頼るしかないか」

 

 情けないと思いながら、あの人の携帯にメールを送る。

 序でにルミねえの衣装の出来も見て貰おう。……何時になったら、小倉さんと僕は対等の関係になれるだろうか?




『その日の深夜のチャット会話8』

難儀『本日で衣装の方は完成いたしました。まだ、最後の微調整こそ残っていますが、とても良い衣装が製作されたと思います。素人の意見ですが』

蛇『流石は我が子だ」

蜘蛛『お前と同じ意見と言うのは複雑だが、同感だ。流石は小倉さん。気配りも確りしている』

蝶『下の兄ですからね。でも、これでハッキリしてしまいました……下の兄の服飾の技術は』

蛇『アメリカの我が弟に近づいてしまっている。その事実を奴が知った時、恐らくは……今の奴には耐えられまい』

蜘蛛『最悪の事態だ。だが、それ以外にも最悪な事がある』

蝶『……お爺様ですか。もう本当に何やっているんですか、あの人は!?』

難儀『調べた限りでも、フィリア学院の音楽部門、特にピアノ科の教師達にはかなり干渉を行なわれています。他にもルミネお嬢様が文化祭で着る衣装の製作者を知ろうと、服飾部門の教師達に干渉されようとしています。今のところは事前に理事長がピアノ科の件は、大層ご立腹されているという噂が教師の間で流れているので応じるつもりはないみたいですが』

蝶『あのお爺様は……身内がやっている学院だからと言って好き勝手な事を。いい加減私キレますよ』

蛇『気持ちは分かるが、今は落ち着け。他にも爺は我々一族だけではなく、ルミネ殿の会社関係、他にも大蔵家傘下の会社に文化祭での演奏会に来るように呼び掛けている』

蝶『それ、世間一般でサクラと言うんですけど、その自覚あるんですかね?」

蜘蛛『無いに決まっているさ。しかし、今更ながらに後悔するしかないな。こんな事態になるなら、爺の力を強引でも排除しておくべきだった』

蛇『遊星とメリル・リンチを除いた我々の世代の最大の汚点だ……後悔するしかあるまい。しかし、追及するとしても』

蝶『フィリア学院の音楽部門の教師全員は賄賂を受け取っているので、全員辞めさせ、ルミネさんがこれまで通った学院の教師も不正にお金を受け取っていますし、更に参加していたピアノコンクールの審査員にまで……祖父で高齢で無ければ本気で一族追放しているところですよ。本当になんてことをしてくれているんですか』

蜘蛛『追求しようものなら、日本が大騒ぎになるだろうね。俺も大瑛の件で睨まれていたからとは言え、爺を放置していたのは後悔してる』

蛇『来年の『晩餐会』で議題に上げたいところだ。だが、問題は我が子だけではなく、叔母殿だ』

蝶『……多分、そろそろ気がつくと思いますよ』

難儀『ピアノ科の生徒達は、期末試験後に以前よりもルミネお嬢様に強い視線を……いえ、最早アレは敵意ですね。殆どの生徒が実力ではなく、後ろ盾で選ばれたと思っているようです。ルミネお嬢様も自分が良く思われていない事に気づいているでしょう。その理由までは気づかれていないようです』

蝶『……私、もう護れませんよ。それが出来るんだったら、今すぐ下の兄が通う学科を型紙科にしてますからね』

蛇『分かっている。予定通り爺に関しては、フィリア学院の理事であるりそなが文化祭後に追及するとしよう』

蜘蛛『今更遅いが、もっと早くにやっておくべきだった』

蛇『フン……確かにそうだ』
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