月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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やはり以前よりも長くなってしまっていますが、次回で恐らく八月は終わると思います。

百面相様、秋ウサギ様、一般通過一般人様、誤字報告ありがとうございました!


八月下旬16

side才華

 

 穴があったら入りたいという心境は、今の状態みたいな事を言うのかも知れない。

 まだ総合部門の企画に関してはイメージ段階だけど、小倉さんやカリンに指摘された事は、尤もだと頷くしかない事ばかりだった。そうだよ。

 僕らの班が、こんなにも早く衣装を完成出来たのは、皆のやる気だけじゃなくて経験者が殆どだったからだ。対して他の班はカリンのように全員素人だ。クラス内での成績が良いからと言ったって、それが実力に直結している訳じゃない。

 カトリーヌさんのような経験者の従者だっていない。僕らの班のように、夏休み明けで課題が終わっている保証はなかった。というよりも、終わっていない可能性の方が高いよ。

 

「本当に相談して良かった」

 

 自作したメイド服に着替えながら、僕は安堵の息を深々と吐いた。

 もしも何も考えずに、イメージ段階でしかないのに班の皆に提案なんてしていたら取り返しのつかないことになってしまいそうなぐらい僕の考えは穴だらけだった。

 準備期間だって9月の頭から始めれば、4ヵ月はあると思っていた。でも、そうじゃなかった。

 クラスの皆と総合部門に参加するのは諦めるしかない。

 カリンが言った通り、まだクラスの皆は服飾を習い始めて数ヶ月しか経っていない。

 夏休みの課題で苦労している彼女達に、これ以上負担を背負わせるのは申し訳ないし、更に言ってしまえば一緒に総合部門に参加してフォローに専念する事になったら、服飾部門の方にも影響が出てしまう。

 僕は2つの部門で最優秀賞を取らないといけない。

 片方に専念して、もう片方が疎かになってしまうのは駄目だ。服飾部門の方も、今年は総合部門に負けないぐらいにフィリア・クリスマス・コレクションのメインイベントなんだから。

 

「でも、どうしたものか」

 

 エストの部屋に向かう為に乗ったエレベーターの中で考える。

 少なくとも『ファッションショーを兼ねた舞台芸術』という企画は悪くないと思う。

 

「問題はその中身だ」

 

 これが何よりも重要だ。

 総合部門に参加する為に準備を始めるという部分に関しては、僕はかなり出遅れている。

 残された準備期間は最大で4ヵ月。いや、交渉から始めるとしたらもっと短くなると思う。

 となると、どうやってもクラスの皆とやるのは無理だったかも知れない。僕のクラスの生徒数はメイドを含めて32人だから。

 ……うん? 何だか今の考えに似たような話を、何処かで聞いたようなあ?

 何処だったかなと考え込んでいる内に、エストの部屋がある65階にエレベーターが到着した。

 ……一先ず総合部門に関しては後回しだ。他にも気になる事はある。

 何時もと同じように部屋に入ると、既にエストは起きていた。

 

「おはよう、朝陽」

 

「おはようございます、お嬢様」

 

 普通に挨拶をしてくれた。

 どうやら昨日の事を怒っている様子はないようだ。昨日は話が終わってから別れの挨拶をするまで、一言も口を利かなかったから少し心配していた。

 

「その、朝陽」

 

「何でしょうか?」

 

「……昨日はごめんね。朝陽は私と皆の事を考えて言ってくれたのに」

 

「いえ、私の方こそ急に話をしてしまって申し訳ありませんでした。お嬢様には新しいデザインに挑戦中だという事を忘れて、解決を急がせるような事を言ってしまった事は深くお詫びします」

 

「ううん。私の我が儘が原因だから……でも、デザインの事はやっぱり内緒でお願い」

 

「はい、お嬢様」

 

 ……この場では納得しておくことにしよう。

 それにしても、エストがまさか2つ目のデザインを描こうとしていたなんて思ってもみなかった。

 恐らく僕には話さず、小倉さんに話したのは立場の違いがあるからだ。僕の今の立場はエストの従者。

 対して小倉さんは、エストと同じお嬢様という立場だけど、家の大きさではエストの実家のアーノッツ家とは比べものにならないほど強大な大蔵家だ。それなりに事情を話さないと納得して貰えないと思って、僕にも話していなかった事実を口にしていたんだろう。

 少々複雑な気持ちはあるけど、おかげで何故エストがあんな駄目なデザインを学院で描いていたのか分かった。

 だけど、何故その2つ目のデザインに拘って、本来のデザインを使わないのかが分からない。

 言っては何だが、学院でのエストのデザインは……ジャスティーヌ嬢が評したようにゴミだ。

 これから頑張っても、正直言って可能性が出て来るとは思えない。そのぐらいあのデザインは酷い。

 

「でも、朝陽の言う通り、今日、皆が来たら謝罪はするつもりだよ。勝手な事をしたのは事実だし、それをフォローしてくれた小倉さんやカトリーヌさんに、我慢してくれたジャス子さんにも。そしていせたんさんと大津賀さんにも謝らないと」

 

「私もご一緒させて貰います。今回の件は私も従者として止められないどころか、寧ろ嬉しくてやって欲しいと思ってしまいましたので」

 

 刺繍の件はエストだけの責任じゃない。謝罪しないといけないのは僕も同じだ。

 

「今日やるべき事は決まりましたので、朝食をお作りしますね」

 

「うん。お願い!」

 

 嬉しそうにエストは笑っている。

 キッチンの方に移動して、朝食を作る準備をしながらチラリとエストに視線を向ける。

 

「今日は何かな」

 

 僕が作ろうとしている朝食を楽しみにしている姿からは何の不審も感じられない。何時ものエストだ。

 だけど、その内には何かを隠しているのは明らか。

 知りたいという気持ちは強い。でも、桜小路才華でも小倉朝陽としてもその心の内を聞く事は出来ない。

 ああ、今の自分の立場が恨めしく思ってしまう。

 アメリカに居た頃のようにただのライバルだったら、何の問題もなくただ一言。

 

『どうして日本ではコンクールに参加しないんだい?』

 

 そう聞く事が出来るのに!?

 本当に今の自分の立場が恨めしいよ! いや、こうなったのは全部僕が望んだことだから恨めしく思っても意味がない。

 重要なのはこれからどうするかという事だ。とは言っても、現状僕に出来るのはエストの様子を窺う事ぐらいだ。歯痒く思って、下手な事は出来ない。

 今の僕は小倉朝陽で、エストの従者だ。主人の意向に従うしかない。それに考える事は他にもある。

 

「お嬢様は、朝食の準備が出来ました」

 

「わーい! 頂きます!」

 

 美味しそうに笑顔で朝食を食べてくれるエストを見ながら、僕はルミねえの現状に関して考える。

 ある程度予想はしていたけど、ルミねえの現状は良くなるどころか悪化の一途を辿っているようだ。調査員として学院の内部事情を調べているカリンの言だから、間違いはないだろう。

 6月に音楽部門棟に行った時から覚悟はしていた。でも、期末試験の結果が良くて、文化祭の演奏会の演奏者に選ばれれば或いはと思っていたんだけど……どうやら悪い方ばかりにルミねえの現状は進んでしまったようだ。

 ひいお祖父様には怒りを覚えてしまう。

 幾ら気に入らないからといったって、山県先輩にしている仕打ちはあんまりだ。いや、ルミねえがまさかフィリア学院に通おうとしているとはひいお祖父様も考えていなかったのかも知れない。

 それでもひいお祖父様がした事は許せないけどね。

 

「悩みがあるの?」

 

 気が付けば箸が止まっていた。エストが心配そうに僕を見ている。

 

「あっ、申し訳ありません」

 

「ううん。良いの。朝陽の悩みって、私のデザインの事?」

 

「いえ、それは違います。お嬢様のデザインに関しては、お嬢様のご意思でお決めになった事なのですから。従者の私が口出ししてはいけない事ですので。悩んでいるのは別の事です」

 

「どんな悩みなの? 朝陽が私の事を想って言ってくれたことを拒否したから、代わりに何か悩みがあるんだったら相談に乗るよ」

 

 そうは言うけど、エスト。

 小倉さんに写真を撮らせて貰える方法はないかと相談した時に、一秒でなかった事にされた事を僕は忘れてないよ。

 それにルミねえの事をエストに相談する訳にはいかない。事情を知る前だったら相談出来たけど、今はある程度事情を知ってしまった。ハッキリ言ってひいお祖父様がしている事が明らかになったら、大蔵家どころか様々な方面を巻き込んだ大問題になってしまう。

 なのでエストにはこれ以上ルミねえの事情は話せない。

 勿論、デザインに関しても言及は出来ない。となると残るのは……。

 

「……実は総合部門に参加出来ないかと考えています」

 

「総合部門に!? えっ? 朝陽、私の知らない所で誰か総合部門に参加する人に誘われたの?」

 

 小倉さんと同じ事を聞かれた。

 それは仕方ない。まさか、一年生で総合部門に参加しようとは思わない。

 僕だってふとイメージが浮かばなければ、自分達で総合部門を目指せないかなんて考えもしなかった。

 

「いいえ、お嬢様。私は誰かに誘われて総合部門に参加しようと思っている訳ではありません。私自身が考えた企画で総合部門に参加出来ないかと考えています」

 

 目を見開かれて驚かれた。

 

「ど、どんな企画を朝陽は考えているの?」

 

「まだ大部分がイメージでしかないのですけど、大筋の企画としては『ファッションショーを兼ねた舞台芸術』が出来ないかと考えています。総合部門では、昨年は動画作品、一昨年はアニメ作品が最優秀賞に選ばれたと聞いています。フィリア学院の創立時から存在した服飾部門は、現在では他の部門の裏方という扱いが当然になり、協力する側という認識になってしまっています。ですから、総合部門で『ファッションショーを兼ねた舞台芸術』を行なえば、審査員の方々も観客も驚くでしょう」

 

「うん。そうかも知れない。ううん、きっと驚くよ。私も朝陽が言うまで、総合部門でファッションショーをやろうなんて考えても見なかったから」

 

 更に言えば、此処数年は服飾部門単体での参加はなかった。

 時間的に他の部門の生徒にも協力を頼まないといけないから、本当の意味で単体での参加ではないけど、メインが服飾部門の生徒と言うだけで目を引くはずだ。

 ジャスティーヌ嬢と小倉さんがクワルツ賞を取って服飾部門の期待が高まっている今年なら、尚更に。

 

「でも、総合部門のステージに参加するには審査があって、枠をとるだけでも厳しいみたいだよ?」

 

「他の参加者の方々のように長い時間はいりません。10分、いえ5分で構いません。その時間で充分に映える演出をするのです」

 

 これを思いついたのは、僕自身が過去にお母様が着たあの衣装姿を写真で見た時に衝撃を受けた経験と、総裁殿がパリで最優秀賞を取った時の話を聞いていたからだ。

 長い時間ではなくても、ごく短い時間で人の心に残せるような作品を魅せる。これが僕が思いついた総合部門での演目。つまり、『ファッションショーを兼ねた舞台芸術』だ。

 此処までは良いんだけど……浮かんでいたイメージが最早あやふやになってしまっている。

 

「っと、色々と言いましたが、その肝心の演目の中身が決まっていないのです」

 

「えっ? そうなの? 私は朝陽の意見は良い内容だと思ったけど? 総合部門でファッションショーをやるとか夢があって楽しそう」

 

 うん。僕も楽しそうに思えるけど、現実がそれを否定してしまうんだよ。

 

「お嬢様の言うとおり、私も楽しそうだから思い浮かびました。当初のイメージでは私達の班とクラスの皆様で出来ないかと思いました。ですが、それは不可能だと気づいたのです」

 

「……続けて」

 

「最初に私の頭に浮かんでいたイメージでは、夏休み明けにはすぐにでも製作を開始しないといけませんでした。幾ら総合部門への参加は短時間とは言え、準備期間はそれなりに必要です」

 

「うん。それは分かるよ。夏休み明けから始めるとしたら4ヵ月ぐらいだよね」

 

「はい。4ヵ月もあれば、ギリギリ間に合うのではないかと思っていました。ですが、私は思い違いに気づきました」

 

「思い違い?」

 

「……クラスの皆様が私達の班のように、夏休み明けに課題を終わらせているとは限らないという事です」

 

 ハッとしたようにエストは目を見開いた。どうやら最大の問題点に気がついたようだ。

 

「お嬢様もお気づきになったようですが、クラスメイトの皆様と総合部門に参加しようとした場合、先ずは皆様の夏休みの課題を終わらせる必要がでてきてしまいます。そうなると、ギリギリ間に合うところの準備期間が少なくなってしまい……」

 

「肝心の総合部門への参加が出来なくなってしまうかも知れないね」

 

「その通りです。準備自体は服飾部門の方への参加に使えるので、無駄とはなりませんが、総合部門の方は絶望的になってしまいます。私達を含めたクラスの人数はメイドの方々を含めて32人。これを3ヵ月で製作するのはかなり難しく、経験者の私達も未知の領域です。それを僅か数ヶ月服飾を習ったクラスメイトの皆様に参加して貰うのは……厳しいと言うしかありません」

 

「……私も同意見。朝陽の考えた『ファッションショーを兼ねた舞台芸術』という提案は素晴らしいと思うけど、状況的に蛮勇としか言えないと思う」

 

 その通りだ。だから、クラスの皆との参加は諦めるしかない。残念だけど。

 

「3ヵ月で32着の衣装か……前にハルコさんとマルキューさんが、映画の衣装を2ヵ月で製作しないといけないとかあった話よりも厳しそうだね」

 

 ……今、エストはなんて言っただろうか?

 

「あの、お嬢様。今なんて仰いましたか?」

 

「えっ? ……ほら、朝陽も覚えているでしょう? ハルコさんとマルキューさんの映画の衣装の話を。最終的には10着の製作になったけど、ハルコさんとマルキューさんが短期間で20着を製作しようとしていたでしょう? その時よりも厳しそうだなって」

 

 思い出した。確かにパル子さんとマルキューさんが、そんな話を僕らにしてくれた。

 脳裏に浮かんでいたあやふやなイメージが、新しい形を得ていく。

 ……そうだ。もしもパル子さんとマルキューさんの力を借りる事が出来れば、今脳裏に浮かんでいるイメージを総合部門の企画として出来るかも知れない。

 だけど、この新しい提案にはインパクトが何よりも必要だ。

 9月に行なわれる文化祭。その舞台は、もしかしたら僕の予想以上に今後の方針に影響を及ぼす舞台になるかも知れない。

 

 

 

 

side遊星

 

 地下カフェに辿り着いた僕らは、飲み物を注文し終えた後、奥の方の席に移動した。

 周囲に他の人が座っていないのを確認する。アトレさんの様子からだと、かなり重大な内容の相談事だと思う。

 場所を此方が選んで良いと言ってくれた事からすると、才華さんの女装に関する事じゃない。

 ……僕への好意的な話だったら、凄く困るけどね。

 

「それで、相談事というのはどのような事でしょうか?」

 

「……実は昨日、皆様とお茶会を終えた後、ジャス子さんと一緒に私の部屋に行きました。其処でジャス子さんに……フィリア・クリスマス・コレクションでモデルとして参加して貰いたいと頼まれました」

 

 どうやらジャスティーヌさんも本格的に動き出したようだ。今までは、あの衣装に真剣に集中していたから、行動しなかったようだけど、製作が微調整を残すのみとなった今、ジャスティーヌさんが動かない理由はない。

 

「何故私なのかとジャス子さんには聞きました。クワルツ賞の時は小倉お姉様が選んでくれました。ですが、フィリア・クリスマス・コレクションにまでモデルに選ばれる理由はありません。いえ、クワルツ賞の審査会場で誘われはしましたけど、あの時のは冗談だと心の何処かで思っていました……私は背が低く、モデルが出来るような体型でもありませんし」

 

「……ジャスティーヌさんは、アトレさんになんと言いましたか?」

 

「……『フィリア・クリスマス・コレクションでのテーマに一番合う相手が、アトレだから』と仰ってくれました」

 

 今年の服飾部門のフィリア・クリスマス・コレクションでのデザインのテーマは、『大切な人』。

 ジャスティーヌさんは、大切な友人に贈る服をイメージしてデザインを描くつもりみたいだ。その相手がアトレさん。

 個人的にはとても素晴らしく良い事だと思う。

 ……特殊な事情がアトレさん側に無ければ。

 

「ジャス子さんが私の事をそう思ってくれている事は、大変嬉しいです。ですが……お受けした場合、私はお姉様のライバルになってしまいます」

 

 アトレさんもりそなが才華さんに出した課題は知っている。

 だから、ジャスティーヌさんの提案を受けて良いのか悩んでしまう。

 ジャスティーヌさんは、間違いなく天才だ。それこそ学生時代のルナ様に勝るとも劣らない程の。

 型紙こそ、才華さん、エストさん、パル子さんに劣っているけど、デザインのセンスに関しては4人の中で一番かも知れない。勿論、他の3人だって負けている訳じゃない。

 でも、絶対にジャスティーヌさんに他の3人が勝てるという保証はない。それぐらい4人の実力は高い。

 ……エストさんに関しては、本当のデザインだったらがついてしまうけど。

 

「確かに難しい問題ですね」

 

 才華さんの事情さえなければ、アトレさんもジャスティーヌさんの誘いに乗れた。

 でも、事情があるだけに、もしフィリア・クリスマス・コレクションでジャスティーヌさんが服飾部門で最優秀賞を取ってしまったら、才華さんはりそなの課題を達成できなかったとして、アメリカに強制帰国させられる。

 先ほどの話だと才華さんは服飾部門と総合部門の2つで最優秀賞を目指しているようだから。

 ……兄思いのアトレさんとしては、才華さんを強制帰国はさせたくない。

 だけど、ジャスティーヌさんとの友情にも応えたいという気持ちもあるようだ。

 

「以前の私でしたら、悩むことなくお兄様の為だと思ってジャスティーヌさんの誘いを断れました……でも、今はそれが正しいとは思えません。ジャスティーヌさんは真摯で、そして本気で私にモデルになって欲しいと言ってくれたのですから」

 

 うっ。その気持ちを拒否した僕としては耳が痛い。

 でも、これは確かに悩んでしまう。アトレさんは才華さんの事情を知っているだけに、尚更に深く考えてしまう。

 ……だけど、やっぱりこの問題で一番大事な事は……。

 

「事情は分かりました。アトレさんが悩むのは良く分かります……ですが、この問題で一番大切な事は、アトレさんがフィリア・クリスマス・コレクションに参加したいのかという事だと思います」

 

「私が参加したいかですか?」

 

「はい。この場合、才華さんの事情が頭に過ぎってしまうのは仕方ない事かも知れませんが、一番大切な事はやはりアトレさんがフィリア・クリスマス・コレクションに参加したいのかどうかです。もしかしたらジャスティーヌさんから聞いているかも知れませんが、私はジャスティーヌさんのフィリア・クリスマス・コレクションでの勧誘を断りました」

 

 アトレさんと九千代さんが同時に頷いた。話は聞いているようだ。

 

「その勧誘を断ってしまったことは大変申し訳なく思います。ですが、私はどうしてもフィリア・クリスマス・コレクションでやりたい事がありました。その気持ちにジャスティーヌさんは頷いてくれました。だから、アトレさんが才華さんの事情とか関係なく、モデルをやりたくないというのならお伝えすべきです……ですが、少しでもやって見たいという気持ちがあるなら、やって見るのも良いかも知れません」

 

「そ、それは!?」

 

「小倉お嬢様!? もしそれで若がラグランジェ様に負けたりしたら、アトレお嬢様にも責任が!?」

 

「勝負の世界とは時に厳しいものです。それに負けたとしてもアメリカに強制帰国させられるだけですし、元々才華さんがフィリア学院に通えるのはフィリア・クリスマス・コレクションまでという話だったのではないでしょうか?」

 

『あっ』

 

 忘れてはいけない。フィリア・クリスマス・コレクションでのりそなが出した課題は、今回の件を赦すかどうかで、たとえ課題を乗り越えたとしてもフィリア学院に通い続けられるかどうかは主人のエストさん次第だ。

 エストさんが『従者を続けて』と言ってくれれば、りそなも大きな問題に巻き込んでしまったから認める。

 フィリア・クリスマス・コレクションでの課題を乗り越えたとしても、才華さんが従者を続けられるかどうかの判断はエストさんがする事だ。

 

「お2人からすれば、才華さんにはこのまま日本に居て貰いたいと思うのは家族として間違っていません。ですが、それとフィリア学院に通い続けられるかどうかは別です。その判断をするのは、私達でもりそなさんでもありません。小倉朝陽の主人であるエストさんです」

 

「……そ、その通りですね。私はお姉様が最優秀賞を2つ取れば、そのままフィリア学院に通い続けられるものだと思ってしまっていました」

 

「私もです……判断するのはエストさんでした」

 

 どうやら2人とも思い違いをしていたようだ。まあ、りそなもそういう風に思わせるように言っていたから仕方ない。

 

「……お姉様の最優秀賞に関しては分かりました……ですが、私なんかがフィリア・クリスマス・コレクションの舞台でモデルをして良いのでしょうか?」

 

「アトレさん。それは違います。モデルをして良いのかではなく、モデルをしたいかが重要です」

 

 大切なのは何よりも其処だ。いやいやで舞台に立っても、評価されることはないし、楽しくない。

 せっかく舞台に立つならやっぱり楽しい気持ちで参加しないと。

 

「それに今回の服飾部門でのテーマは『大切な人』です。ジャスティーヌさんは、そのイメージに合う相手をアトレさんだと思ったからこそ誘ったに違いありません。最終的に決めるのはアトレさんですが、舞台に立ってみるのも悪くはないと思います」

 

「……分かりました。もう少し考えてから答えを出そうと思います」

 

 良い事だ。僕に言われたからじゃなくて、アトレさん自身で答えを見つける事が何よりも大切だから。

 でも、アトレさんがフィリア・クリスマス・コレクションの舞台にモデルとして立つ。きっと、ルナ様も桜小路遊星様も喜ぶに違いない。僕も楽しみだ

 ……才華様が舞台に立つ事の方は……考えないようにしよう。男性モデルとしてならともかく……女装してのモデルの参加だから別の意味で言葉を2人とも失ってしまいそうだなあ。本当に何でこんな事に……。

 

「相談に乗ってくれてありがとうございました。後悔しない自分自身の答えをジャス子さんにはお伝えします」

 

「はい、もし参加されるときは知らせて下さい」

 

 そうなるとはまだ決まっていないけど、フィリア・クリスマス・コレクションの舞台に立つアトレさんの姿を見るのが、楽しみだなあ。

 

「……今戻りました」

 

 カリンさんも戻って来た。その後はエストさんの部屋に行く時間が来るまで、地下カフェで談笑しながら4人でお茶会をした。




修正前はエストへの怒りとジャスティーヌの気持ちに共感して、フィリア・クリスマス・コレクションへの参加を決めたアトレですが、修正後の話では問題は起きていないので朝日が相談に乗る事になりました。
作中でも明らかにしていますが、才華のフィリア学院残留はエストの判断次第です。
2つの最優秀賞獲得は、あくまでりそなが才華達のした事を許すことに関してですので。

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