月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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八月編は今回に終了です。
次回からは九月編に漸く入ります。

秋ウサギ様、獅子満月様、烏瑠様、佐藤浩様、誤字報告ありがとうございました!


八月下旬17

side才華

 

『この度は誠に申し訳ありませんでした』

 

 予定した時間が来て、皆が部屋に来ると共に、僕とエストは深々と頭を下げて謝罪した。

 いきなり謝罪された梅宮伊瀬也と大津賀かぐやは困惑したように目を瞬かせ、カトリーヌさんも困惑している。

 ジャスティーヌ嬢の方は目を細めて僕とエストを窺っている。

 事前に僕と話した小倉さんとカリンは驚いていなかったけど、真剣な眼差しを向けていた。

 謝罪の仕方次第では相手に不快感を与えてしまう。気を付けないといけない。

 

「……えっ? 急にどうしたの? 何か私達に謝るような事をしたの? もしかして衣装を汚したとか?」

 

「いえ、衣装に関してなのは確かですが、汚したりとかではありません」

 

「だったら何で謝罪を?」

 

 事情が分からない梅宮伊瀬也は困惑している。

 その説明をするのは僕……ではなくエストだ。

 

「謝罪の内容は、勝手に私が衣装に刺繍を入れてしまった事です」

 

「あの刺繍? 何で謝罪する必要があるの? エストンが入れてくれた刺繍。本当に綺麗だよ」

 

 その評価は間違っていない。エストの刺繍は綺麗で衣装を良くしている。

 問題は……その入れた経緯だ。

 

「ふーん、気がついたんだ」

 

「えっ? ジャス子。分かるの?」

 

「この2人。私達に刺繍を入れるの説明する前に、勝手に刺繍を入れてたでしょう? 教えたのは刺繍を入れた衣装を見せてからだったよね?」

 

「……あっ」

 

 どうやら梅宮伊瀬也も気がついたようだ。

 服飾は素人だけど、グループでの作業の経験はした事があると大津賀かぐやが教えてくれたから。

 エストは2人の前に、僕が昨日描いて見せた2枚の衣装の完成図を差し出した。

 

「これは朝陽が描いてくれたあの衣装の完成図です。片方は私が最初に刺繍を入れた箇所だけで完成した場合で……次は今の完成図です」

 

 渡された2枚の絵を梅宮伊瀬也は見比べる。

 ジャスティーヌ嬢の方は分かっているのか、椅子に座って既に寛いでいた。

 以前ならその姿を見て暴君のようだと思えたが、ジャスティーヌ嬢は服飾に関しては誠実だ。絵で見るまでもなく、頭の中に浮かんでいるに違いない。

 

「いせたんさん……その2枚を見比べてどっちの方が綺麗だと思いますか?」

 

「えーと、今の完成している衣装の方かな。パッと見た感じだとそう思う。ジャス子も見る?」

 

「私は良いよ。見なくてもどっちの方が良いかなんて分かるもの」

 

「これが失敗なの?」

 

「はい……元々あの刺繍は私が皆さんに話さずに入れてしまった予定になかった刺繍です。予定になかった刺繍が入ってしまった事で、全体のバランスが悪くなってしまいました」

 

「……言われるとそうかも。こっちの最初にエストンが入れた刺繍だけで衣装が完成していたら、この刺繍が入っている場所だけ目立っているよね。そうだよね?」

 

 僕とエストは揃って頷いた。梅宮伊瀬也は恐る恐るジャスティーヌ嬢と小倉さんに顔を向けた。

 

「ジャス子と小倉さんは気づいてたの?」

 

「気付いてたっていうよりも、審査の時に減点されないか心配だった。エストンの刺繍は綺麗過ぎて、全体のバランスを悪くしてたから」

 

「私もその事を心配してました」

 

「えっ? ええっ!? じゃあ私だけ気付いてなかったの!?」

 

「いせたんさんは悪くありません。勿論ジャス子さんも小倉さんもです。私が皆に相談せずに刺繍を入れてしまった事がそもそもの過ちでした。皆で製作している衣装なら、刺繍を入れる前に相談しないといけませんでした」

 

「……あっ!」

 

 梅宮伊瀬也も気がついたようだ。彼女はグループ製作が好きだから、グループで製作する事での注意点は分かっている筈だ。それを僕とエストは破ってしまっていた。

 

「だから改めて謝罪します。皆さんと相談せずに刺繍を勝手に入れてしまい、本当にごめんなさい!」

 

「私も謝罪させて頂きます。お嬢様をお止めしないといけない立場にいながら、止めるどころか寧ろ嬉しさの余り刺繍を入れる事を進めてしまいました。本当に申し訳ありませんでした!」

 

 僕らの謝罪を皆が受け入れてくれるか分からない。

 失敗したら僕らの関係は此処で終わりだ。緊張しながら答えを待っていると、梅宮伊瀬也が声を掛けて来た。

 

「……2人とも、もう良いよ。私にも責任があることだし」

 

「いえ、いせたんさんは何も悪く……」

 

「ううん。私がリーダーとしてエストさんの刺繍を認めたんだから。ジャス子と小倉さんはそれに従ってくれたんだよね?」

 

「不満には思ったけど、エストンの刺繍は良いモノだったから認めただけだよ。黒い子とカトリーヌがちゃんとフォローしていたし。だけど、私のデザインでの衣装で今回みたいな事をやられたら許さなかったよ」

 

 厳しい眼差しをジャスティーヌ嬢は僕とエストに向けた。

 やっぱり不満に思っていたようだ。僕とエストは深々とジャスティーヌ嬢に頭を下げた。

 

「今回は白い子のデザインだったから許すよ。でも、黒い子とカトリーヌにはちゃんとお礼を言いなよ。2人のフォローがなかったら最悪一から作り直しになっていたかもしれないんだから」

 

 ジャスティーヌ嬢の意見は正しい。

 小倉さんとカトリーヌさんが、エストが担当していなかった衣装の部分に刺繍を入れられる余裕を用意してくれてなかったら、完成した時に衣装に違和感を感じていただろうから。

 そうなっていたら、本当に危なかった。

 

「小倉さん、それにカトリーヌさん、今回の事はありがとうございました。それとすみませんでした」

 

 エストが小倉さんとカトリーヌさんに頭を下げる。

 続いて僕も頭を下げると、カトリーヌさんは慌てている。僕はともかく、お嬢様の立場にいるエストまで頭を従者である自分に下げられるとは思ってもいなかったようだ。

 

「だ、大丈夫ます! こういうのは慣れてますから」

 

 ……慣れているか。もしかしたらカトリーヌさんは、経験者と言うだけじゃなくて、服飾の現場で働いていた事があるのかも知れない。

 そうなると、彼女の評価は僕の中で大きく変わる。本当の服飾の現場を知らない僕と、服飾の現場を知っているカトリーヌさんでは大きな差があるんだから。

 

「……私も今回の刺繍の件に関しては何も言うつもりはありません。ただ次に私達や他の誰かとグループ製作をする時は、気を付けて欲しいとは思います」

 

 小倉さんの言葉が胸に沁み込んで来るようだ。

 大津賀かぐやとカリンからは、文句は何もなかった。この2人は従者だから主人の意向に従うという事なのかも知れない。

 

「さっ! 今日は最後の微調整をやるんでしょう? 私、早くあの衣装を着たエストンを見たいから始めようよ」

 

「まっ、私も見逃した訳だから今更文句は言わないよ。いせたんの言う通り、さっさと微調整を終わらせよ」

 

「じゃあ、衣装を取って来ますから、アトリエの方に入らせて貰いますね」

 

 うぅ、皆の優しさが凄く嬉しい!

 此処でエストの本当のデザインを見せられれば良かったのに。肝心のエストは、皆の許しに感激の涙を溢してる。

 それほど喜んでいるんだったら、本当のデザインを見せても良いじゃないかと思うけど、エストが了承してくれないので諦めるしかない。

 

「それじゃあエストさん、朝陽さん。始めますね」

 

『はい!』

 

 僕とエストは頷き、皆と共に最後の工程である微調整を行なった。

 

 

 

 

「皆が許してくれて良かったあ!」

 

 微調整が終わり、本当の意味で衣装を完成し、班の皆も帰宅して二人っきりになったところで、エストは笑顔を浮かべて喜んでいた。

 本当に良かった。一歩間違っていたら、これまで築いた関係が壊れかねなかったから。

 僕も心から安堵して胸を撫で下ろす。

 

「本当に良かったですね、お嬢様。良い人達ばかりで」

 

「うん。私達は本当に恵まれているね……そんな人達に勝手な事をして、今は申し訳なく感じるよ」

 

 それは僕もだ。小倉さんとカリンを始めとして、梅宮伊瀬也、大津賀かぐや、ジャスティーヌ嬢、カトリーヌさんも、良い人達ばかりだ。

 これが他の人達だったら、今回のミスで険悪な関係になっていたかも知れないから。

 ……それにしても微調整も終えた衣装を着たエストは本当に綺麗だった。

 メイクこそしていなかったが、それでもエスト自身の美しさと衣装の美しさが相乗効果を引き起こし、梅宮伊瀬也と大津賀かぐやは感嘆の息しか出せず、ジャスティーヌ嬢も心から満足そうにしていた。

 小倉さんも心から嬉しそうにしていたし、今回のグループ製作は成功と言って良い。

 ……僕らのせいで危ないところがあった事実は忘れないようにしないと。

 

「これが誰かと一緒に製作するって事なんだね」

 

 ……やけに重みを感じる声だ。

 もしかして今、エストは隙を見せているのだろうか? 踏み込むチャンスと思わないでもないが……まだ、エストの事情を把握できていない。

 何事も情報が必要なのは、これまでの経験で理解している。何よりも僕が知らなければならないのは、『エストが何故2つ目のデザインに固執している』のか。

 この理由が分からない限り、僕はエストの問題に踏み込めない。

 

「ところで朝陽。総合部門の方は結局どうする事にしたの? 皆には相談しないの?」

 

 ほらね。すぐに隙を覆い隠す。

 エストの問題に踏み込む為には、鍵のようなものが必要なんだ。その鍵を見つけなければ。

 おっと、僕の考えに気づかれる訳にはいかない。エストの質問に答えないと。

 

「総合部門への参加は目指しますが、班員の皆様に話す前に参加をお願いしないといけないお方がいます」

 

「誰なの?」

 

「パル子さんです」

 

「パル子さん?」

 

 エストは首を傾げた。そう。僕の思い浮かんだ新しい総合部門のイメージを現実にする為には、何よりもパル子さんの協力が必要不可欠だ。彼女の協力なくして、この頭に浮かんでいるイメージを実現する事は出来ない。

 

「……もしかしてパル子さんに衣装製作を手伝って貰うの?」

 

「確かに衣装製作には参加して貰いますが、もしかしたらメインデザイナーとして参加する事になるかも知れません」

 

「……聞かせて、朝陽。貴女は何を考えているの?」

 

「はい。先ず総合部門に参加する為の一次審査の突破の為には、それなりのインパクトが必要です」

 

「うん。それは分かってるよ。でも、それは朝陽が考えた『ファッションショーを兼ねた舞台芸術』をやる事で充分じゃないかな?」

 

「いいえ、そうとは限りません。最初はそれで私も充分ではないかと思っていましたが、大切な事を私は見逃していました」

 

「大切な事?」

 

「ええ……私がデザイナーとして学園内では無名に近い状況にあることです」

 

「へっ?」

 

 面を食らったようにエストは目を丸くした。

 

「えっ? ええっ? 何言っているの、朝陽? 学院内で朝陽は有名だよね? アトレさんが部長の『コクラアサヒ倶楽部』で人気者でしょう?」

 

「お嬢様の言う通り、私は学園内では有名です。ですが、それはこの美しさのおかげです」

 

「さらりと自分の事を美しいって言ったね」

 

 うん、あの両親から生まれた僕は美しい。

 

「話は戻しますが、確かに私は学院内で小倉お嬢様と同じで人気者です。ですが、デザイナーとして有名な訳ではありません。実際日本に来てからはコンクールにも参加していませんので、実績と呼べるものはありません」

 

 学院での成績は実績と呼べるものでは無いしね。

 

「……言われてみるとそうだよね。どうして日本ではコンクールに参加しなかったの?」

 

「お忘れですか? 私はアメリカでは才華様のゴーストを務めていました。お嬢様が私のデザインに気付いたように、他の方も気付かれる方がいるかも知れません。ですので、下手にはコンクールに参加出来ません」

 

 本当に自分で決めた事だけど、このゴーストという立場が凄く恨めしく思える。

 実力を確かめる為にコンクールに参加する事も出来ないから。

 ……うん、そう言えば?

 

「少し話は変わりますが、お嬢様は才華様のゴーストの件をどうお考えになっていますか? やはり以前のようにお怒りのままですか?」

 

「ううん。以前はゴーストなんて絶対に認めないつもりだったけど、本心から朝陽の為だったと最近は思えるようになってきたから」

 

 嬉しい言葉だ。エストと付き合い始めた頃に、今の言葉を聞いたら内心で歓喜の声を上げていたかもしれない。でも、今は……胸が痛い。

 ……最大の秘密を知ったら、間違いなく嫌うよ、桜小路才華を。

 

「総合部門に参加するなら、やはりある程度名を知られている方が良い筈です。クワルツ賞を取ったジャスティーヌ様や既に小規模ながらブランドを開いているパル子さんは、学院内で教師からも目を向けられている筈です。対して私は残念ながら、成績こそ良いですが、明確な実績はありません」

 

 総学院長から目は向けられているだろうが、彼の目は怖い面があるのであまり向けられたくない。

 

「最終的な私の考えた新しい総合部門の内容をご説明します。私は『一年生で有名な服飾デザイナー達の作品でファッションショーを兼ねた舞台芸術』を目指しています」

 

「一年で有名なデザイナーって言ったら……パル子さんとジャス子さんだよね?」

 

「はい。最終的にはジャスティーヌ様も誘うつもりではいます。ですが、今はまだイメージが固まり切れていない部分もありますし。何よりもパル子さんが参加に応じてくれるかも分かりません」

 

 この新しい総合部門の内容を実現する為には、パル子さんの協力が必要だ。

 

「パル子さんの力が必要なのは分かったけど、それでも製作は大変だよ。朝陽も言っていたでしょう?」

 

「それは分かっています」

 

 勿論製作の大変さは知っている。

 それがあったから一番最初に浮かんでいたイメージを諦めた。しかし、この新しいイメージなら幾つか可能性がある。例えば。

 

「もしジャスティーヌ様が参加を拒否されたり、実績不足でメインに私が立てなくても、この新しい総合部門の内容はもう一つの形。『ぱるぱるしるばーのファッションショー』を行なう事が出来るのです」

 

「あっ!」

 

 そう。前のイメージと違い、この新しい総合部門の内容のイメージなら、パル子さん達のブランドであるぱるぱるしるばーの宣伝としても使える。

 マルキューさんも頷いてくれる可能性がある。勿論目指すのは『一年生で有名な服飾デザイナー達の作品でファッションショーを兼ねた舞台芸術』だ。

 やっぱり僕もメインとして参加したい。

 

「私がパル子さんとジャスティーヌ様と並ぶには、文化祭でのファッションショーで上位の結果を取る必要があります。噂ですが、今年の服飾部門に興味を覚えて服飾の専門家の方々が見に来るという話もあります」

 

「本当なのそれ!?」

 

 かなり驚かれた。まあ、幾ら有名な学院とは言え、文化祭のイベントの一つをわざわざ見に来る専門家はいない。

 だけど、今年だけは例外だ。

 

「年末に有名な方々が来られるのは、既に学院外でも知られています。そしてジャスティーヌ様がクワルツ賞を取った事で、更に服飾部門に関して興味を覚える方は多いでしょう。どのぐらい来るのかまでは分かりませんが、将来的に影響が出る可能性はあると思われます」

 

 目を丸くしてエストは驚いている。

 ただの文化祭だと思っていたのに、まさか将来にまで影響を及ぼす可能性が出るイベントになっているとは夢にも思ってなかったのだろう。

 あんまり凄いと言い過ぎて、緊張されてしまうのも困るから。

 

「うぅ……朝陽はこうなるって知ってたの?」

 

「いえ、流石にお嬢様にモデルを依頼した時は期待が高まっているとは思っていませんでした」

 

 情報の出所はパル子さんとマルキューさんだし。

 

「プレッシャー!」

 

 緊張で舞台上で足を踏み間違ったりしないで欲しい。

 

「そんな期待が高まっている文化祭で好成績を得る事が出来れば、私も晴れて総合部門のデザイナーとして参加出来るようになれます。モデルをされるお嬢様には申し訳ない気持ちがありますが」

 

「いいよ、朝陽。私がモデルをするって決めたんだから。それに皆が製作してくれたあの衣装で、今は舞台に立ちたいと思う。最優秀賞を取れるかは分からないけど、精一杯頑張るね」

 

「ありがとうございます、お嬢様」

 

 少しだけ気が楽になった。本当にありがとう、エスト。

 

「それで総合部門のモデルの方はどうするつもりなの? やっぱり誰かに依頼するの?」

 

「状況次第ではそうなるかも知れません。仮にもファッションショーを行うなら最低でも10着以上は製作しないといけませんので。考えとしては総合部門に参加される方々が衣装を着て舞台に立って貰うつもりでいます」

 

「舞台に立ってみたいって子はいると思うから、良い案だと思う」

 

「誘う順番としては先ずパル子さん達が優先です。彼女達の協力なくして、この新しい総合部門の案は実現する事が出来ません。その後に班員の皆様も説得するつもりです」

 

「班員の皆って事は、いせたんさんやジャス子さん、そして小倉さんも? だけど、いせたんさんはともかくジャス子さんと小倉さんは難しいと思うよ?」

 

 エストの言う通り、梅宮伊瀬也も難しい面はあるけど……小倉さんとジャスティーヌ嬢は難関だ。

 特に小倉さんには既に参加を拒否されてしまっている。相談にのって貰った案と今の案は全然違うけど、どちらにしても服飾部門の参加への影響は出てしまう。

 本気で服飾部門のフィリア・クリスマス・コレクションを頑張ろうとしている小倉さんとジャスティーヌ嬢に、参加を了承して貰うのは大変だ。

 

「仰る通り、小倉お嬢様とジャスティーヌ様の説得は困難を極めるでしょう」

 

 加えて言えば、梅宮伊瀬也の説得も難しいかも知れない。

 以前彼女は明らかに一般クラスに対して警戒に近い感情を教室内で示した。その時から数ヶ月以上経過しているとはいえ、今、一般クラスに彼女がどんな気持ちを持っているか僕は分からない。

 嫌悪感のままだったら、残念ながら彼女の参加は諦めるしかない。

 

「元々私が考えた総合部門は急に思いついたものです。他の総合部門の参加を目指している方々とは違い、準備期間も少ないです」

 

 それでも……可能性は確かにある。

 なら、その可能性を現実のものとする為に一歩ずつ足場を固めて行く事が大切だ。

 

「それなら朝陽、この総合部門の件は貴女が責任を持ちなさい」

 

「責任ですか? もちろん発案者ですから、もしこの試みが失敗に終われば責められる覚悟はあります」

 

「そういう事じゃないの。参加する人は、自分の意思において参加するのだから、総合部門へ挑むのは参加者全員の責任。それが失敗しても誰か一人が責められる謂れはないと思うの。この企画のリーダーを務めなさい」

 

 顔を窺ってみると、何かを試すように僕を見ていた。じゃあこれは……僕の気持ちがどの程度の物なのか確かめている?

 勿論、リーダーを務めたい。幸いにも優先的に誘おうとしている相手は、一般クラスのパル子さん達だ。

 彼女達なら特別編成クラスで起きそうな使用人の分際でリーダーをとかはないと思う。

 真剣な眼差しを向けているエストの目を、真っ直ぐに僕も見返して口を開く。

 

「……私はリーダーになりたいです。使用人の分際でと思われるかも知れませんが、総合部門へ参加したいという気持ちは本当です。ただし、その為には、エストお嬢様の協力が必要不可欠です。どうかお力をお貸し願えないでしょうか?」

 

「うん……分かった。私も精一杯協力するね」

 

 エストが協力を約束してくれた事に、内心で喝采を上げたかった。

 この企画が全て旨く行けば、エストもデザイナーとして参加出来る可能性がある。最大の問題はエスト自身が了承してくれるかだが。

 その事を悟られないようにしながら、僕はエストと共に総合部門に関して夜遅くまで話し合った。

 

 

 

 

side遊星

 

「ほう、総合部門ですか」

 

「うん、才華さんは服飾部門の他に総合部門の方を目指すつもりでいるみたいだよ」

 

 桜の園から帰宅し、仕事から帰って来たりそなとお茶をしながら、僕は今日あった事を話していた。

 

「甘ったれから急に相談があると、下の兄に連絡が来た時は、また何かしたんじゃないかと心配してましたが、そういう類の心配事じゃなくて助かりました」

 

「いや、幾ら何でもそれは酷いよ。才華さんだって、そんなに問題ばかり起こしている訳じゃないんだからさ」

 

「ああ、まあ、確かにちょっと言い過ぎましたかね……もう身内がやらかし過ぎて頭が痛くて」

 

 それって、つまり……。

 

「も、もしかしてまた何かあったの?」

 

「あったどころの騒ぎじゃありませんよ! あのお爺様は、本当になんて事をしようとしているんですか!? もう本気で頭が痛い事ばかりやらかしてくれて! ああ、今更ながら過去の自分に後悔しています! 本気であのお爺様から、権力を徹底的に奪ってなかった事を!」

 

 この様子。……どうやらお爺様がまた何かをしているようだ。

 それが山県さん関連なのか、ルミネさんに関する事なのかは分からないけど、りそなが頭を抱えるような事はしてしまっているようだ。

 

「一応聞くけど、止める事は出来ないの?」

 

「もう実行された後でした。しかも規模が大きすぎて、下手な事したら大蔵家だけじゃ済まないような事です」

 

 お爺様。一体貴方は今度は何をされたのでしょうか?

 聞くのが凄く怖いです。

 

「もう妹、腹くくりました。文化祭が終わった後にお爺様には徹底的に追及してやります。二度とフィリア学院内には介入させません」

 

 本気だ。これは本気でりそなもお爺様に対処するつもりのようだ。

 少し申し訳ない気持ちはあるけど、僕もお爺様が山県さんにした事を知っているだけに擁護することは出来ない。

 本当になんであんなことをお爺様は……。

 

「それで甘ったれが企画した総合部門の内容は、どんなものなんですか?」

 

「うーん、才華さんが言うには『ファッションショーを兼ねた舞台芸術』を目指しているみたいだよ」

 

「『ファッションショーを兼ねた舞台芸術』ですか……なるほど。確かに最近のフィリア学院での総合部門にはない企画ですね。それで具体的な内容は?」

 

「まだイメージとしてらしいから、本格的な内容は決まってないそうだよ」

 

「……まあ、この時期に総合部門に挑もうと、思いついた訳ですから仕方ないかも知れませんね。早い生徒だと5月や6月上旬から勧誘を始めたりしてますから」

 

 やっぱりそうだよね。

 これは僕が才華さんから聞いた内容は話さない方が良さそう。それに新しい内容を考えるつもりでいるようだし。

 

「一応聞くけど、企画自体はどうなのかな? 審査の方は突破出来そう?」

 

「可能性はあると思いますよ。私はその類の審査にも関われませんが、もし審査が出来ていたら興味は惹いたと思います」

 

 良かった! 可能性は確かにあるみたいだ。

 

「そう言えば、内容的に下の兄は誘われなかったんですか?」

 

「昨日の内に、フィリア・クリスマス・コレクションでやりたい事があるって伝えておいたからね」

 

 相談が終わった後にちゃんと断ってもおいたし。幾ら才華さんの考える総合部門が魅力的でも、時期的に僕の方でも忙しくなる筈だから協力は出来ない。

 確か総合部門への参加の申し込みの最終日は10月上旬。りそなのデザインの衣装製作の申し込みが始まるのは、文化祭が終わった後。多分、締め切りは同じぐらいになると思う。

 フッと、顔を向けてみると、何故か難しい顔をりそなは浮かべていた。

 

「……上の兄は、私の作品の製作者に選ばれる事を課題にしようかと言ってましたが、このやる気だとあっさり乗り越えかねませんね。いや、個人的には凄く嬉しいんですけど、下の兄の事情を考えると素直に喜ぶ事が……」

 

 嬉しそうに顔を綻ばせたと思ったら、すぐに悩んだりと、りそなは表情を変化させている。どうかしたんだろうか?

 

「何か悩みでもあるの?」

 

「まあ、色々とありますよ……差し当たって一番の悩みは、アメリカの下の兄が女装を続けてたらどうしたら良いのかですね」

 

「はぅっ!」

 

 出来るだけ考えないようにしていた事を言われて、思わず胸を押さえた。

 

「と言うよりもですね。京都で事実関係こそ確認していませんが、様々な状況証拠を知ったのにですよ……何で貴方はメイド服を着るのを止めてないんですか!」

 

 グサッと胸にりそなの言葉が突き刺さった。

 

「うぅっ……だって、これを着ていると服飾をやっているぞって感じに成れて……」

 

「下の兄……貴方は忘れているようですけど、そのメイド服を着て服飾の勉強していた時間よりも、女装に使っていた時間の方が多いですよ」

 

「……あっ」

 

 い、言われてみるとそうだった!

 ルナ様のところでメイド服を着て服飾をやっていた時よりも……こっちに来てこの服を着てメイドとして過ごした時間の方が多いよね!?

 

「……桜小路遊星様が止められなくても仕方ないね……ハハハハッ……」

 

「う、虚ろな笑い……下の兄がそんな笑いをするのを目にする日が来るとは思っていませんでした」

 

 ……僕もしたくなかったなあ。

 桜小路遊星様が女装を続けていても……僕だけは責められそうにない。

 でも……どうか続けていないで下さいね! アメリカにいる桜小路遊星様に強く願いながら、その後もりそなと会話を続け、何時も通り一緒に寝て一日を終えた。




新しい総合部門の内容は概ね作中で明らかになったような形になります。
此処から更に色々メンバーが増えたりしますが、其処に至るまでにはまだまだ苦難が増えて行きます。
原作と違って文化祭での成績にも重みを与えました。アレを実行させないために。
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