月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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遅れて申し訳ありません。
色々と駄目な部分がある作品ですが、今後も頑張ります。

烏瑠様、秋ウサギ様、獅子満月様、えりのる様、ゼロ(レプリロイド)様、誤字報告ありがとうございました!


九月編『りそな&エストルート』
九月上旬1


side才華

 

「岡山名物ままかりから。北海道産のメロンまで。全国津々浦々のお土産を貴女に。貴女だけに」

 

「ありがとうございます、お優しい朔莉お嬢様。エストお嬢様と2人で頂きますね」

 

 こうして早朝に八日堂朔莉の制服姿を見ると、今日からまた学院へ通う生活に戻るのだと実感する。

 差し出されたお土産を受け取る。僕だけにとか言いながら、渡されたお土産は2人分だ。

 こういう気配りは流石というしかない。エストはメロンが好きだから、きっとこのお土産を見れば喜んでくれるだろう。

 

「ところで、私が日本全国廻っている間に何かあった?」

 

 相変わらず鋭い人だ。実際僕は八日堂朔莉に会えるのを心待ちにしていた。

 

「朔莉お嬢様に相談……いえ、勧誘したいのですが」

 

「勧誘? 私を?」

 

 目を丸くして驚かれた。

 

「かなり重要なお話なので、本日の夜に其方にお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

「……分かったわ。今日部屋で待ってるから、なるべく早く来てね」

 

 「今日こそは」と不穏な言葉を言っている八日堂朔莉と別れて、僕はエストの部屋に向かった。

 鍵を開けて部屋に足を踏み入れると、なんだか何時もと違う空気を感じた。

 もしやと思って、彼女の寝室へ向かって見ると。

 

「やっぱり」

 

 エストはまだ夢を見ている最中だった。つまり……久々の寝坊だ。

 夏休みの間も、登校時とさほど変わらないリズムで生活していたから油断していた。

 

「……しかも相変わらず裸で寝てる」

 

 エストの肌が露出しているのが不覚にもドキリとしてしまった。

 以前なら『この裸族は』と呆れるだけだったのに。

 本来はあってはならないことだ。一時の気の迷いで彼女に邪な感情を抱いたりしたら、僕は従者をやめなければいけない。

 伯父様から空想的な話を聞かされたために、少し気が動転してしまっているようだ。今後は注意しないと。

 だからと言って、気の迷いはすぐに消せるものではなく、自らの尊厳を守るために、そっと主人の身体をタオルケットで隠した。

 

「じゃまぅい……」

 

 謎の声と共に振り払われかけた。だけど僕はタオルケットをしっかりと押さえつけて振り払うのを防ぐ。

 

「お嬢様、おはようございます。今日から学院が再開されます。さあ起きましょう」

 

「一人くらい、夏休みの終わりを一日伸ばしたところで、誰も怒らないと思うの……」

 

「怒られます。それに、ジャスティーヌ様にお嬢様は以前登校しなさいと言ったではありませんか。そのお嬢様が登校されずに寝ていたら、説得力がなくなってしまいます」

 

「そんな正論に私は屈しない」

 

 駄目だ。まだ寝ぼけてる。

 

「お嬢様、起きて下さい。朔莉お嬢様からメロンを頂きましたよ。朝食には、これをデザートにします。さ、起きて下さい」

 

「おしりメロン」

 

 低俗な主人は、タオルケットの脇から生尻を出した。

 普段なら叱り飛ばして体罰を与えたくなるところだが、今は彼女の肌を直視するのは避けたい。なので即座にタオルケットを掛け直し、背後を向く。

 

「分かりました。では、あと10分ほど待ちましょう。それで起きなければ優しくバスルームまで運んであげますね、お嬢様」

 

「ヒィッ! すぐに起きるね!」

 

 相変わらず僕に優しくされるのは苦手なようだ。

 起き上がるのもしんどそうにしながらエストは立ち上がって、シャワー室に向かって行った。

 ……起き上がった時にエストの全裸が見えてしまった。動揺してない。僕は動揺してないぞ。

 やはり、この気持ちに関しては引きずらないようにしないと。これではまるで、僕がエストに女性として興味を持っているみたいじゃないか。今後はもう少し寝ぼけているエストに対する対応を考えないといけない。

 だけど完全に目が覚めてみれば、今度はエストの方が恥ずかしがり始めた。

 

「はしたない真似をしてごめんなしゃい……」

 

「いえ、今日は夏休み明けの初日ですから。今後は気を付けましょう」

 

「ほんと、どうしてあんなことを……死にたい。もう生きていたくない」

 

「お嬢様、今は深く気になさらず。此処で死なれては私の責任問題となります。どうか死ぬのならロンドンで」

 

「後半は仮面が剥がれてしまっているよ……うぅ、いつものように調子がでない。いっそ言いたい放題して貰った方が楽な気さえする」

 

 これは思ったよりも重症だ。いじればいつもの調子が出て、元気が出るかと思ったけど、今はそんな元気さえもないみたいだ。

 しかし、此処までエストが裸を見られて落ち込むのは初めてだ。以前と言うか、4月の初め頃まではそれこそ毎日僕に裸を見られていた。なのに、今は気にしてる。

 エストも成長しているという事だろうか?

 

「あ、あにょね。朝陽」

 

「はい、なんでしょう。ままかりがありますから、どうぞ召し上がって下さい。今夜は岡山名物ばら寿司にしましょう。デザートには岡山のぶどう、北海道のメロンもありますよ」

 

「う、うん、嬉しい。そして……怖いけど朝陽優しい。その優しさに甘えたい事があるの」

 

「なんでしょう。大抵のことならお応えしますが」

 

「今朝のことだけどね………桜小路才華さんには内緒にして欲しいの……」

 

「なんですかそれ、惚れてませんよね!?」

 

 思わず椅子から勢いよく立ち上がってしまった。

 

「惚れてないよ! 違うの! ただ、あの、だって、おしり出したなんて知られたら……そのうえ、お……お…しり……メロンなんて事を言った事が知られたら、恥ずかしくて死んじゃう!」

 

 もう知ってるよ。でも死なないで。

 

「そんな行動は誰に知られても恥ずかしいでしょう。ルミネお嬢様でも恥ずかしいですし、伊瀬也お嬢様相手でも恥ずかしいです。朔莉お嬢様は……同レベルなので良いですが、何故才華様限定なのですか?」

 

「だって彼は男性じゃない」

 

 まあ、もっともか。以前からエストは男性に裸を見られるのを嫌がっていたからね。

 それを考えれば確かにエストの言葉は可笑しくない。

 ……あれ? でも、エストは今……。

 

「というよりも、いつの間に呼び方が桜小路才華『さん』になっていたのですか?」

 

「この前にも言ったけど、ゴーストの件はもう怒っていないし、許すつもりになっているからね。あれは本心から朝陽の為だったと思えるようになってきたって言ったでしょう?」

 

 言ってたね。でも、個人的には複雑だ。

 だって……。

 

「その件に関しては……今更ながらゴーストの件に関しては自分でも思うところが少しあります」

 

「えっ?」

 

「その話をした時にお嬢様に申しましたが、私は日本に来てからコンクールなどに応募していません。以前は才華様が共にいてくれましたので気にもしませんでしたが、こうして離れてデザインしてみると、自分の作品を世に出せない歯痒いものを感じるようになりました」

 

「あっ……」

 

 エストも気がついたようだ。

 今の僕のデザインを桜小路才華の作品として世に出す事は出来ない。エストに怪しまれる事もそうだが、小倉朝陽の作品としてコンクールに出せる筈がないんだから。

 ……ん?

 

「やっぱり……そうなるんだよね……」

 

 やけにエストは深刻そうな顔をしている。一体どうしたんだろうか?

 気になって質問しようと口を開こうとしたところで……。

 

「ねえ、朝陽。実際のところどうなの? 桜小路才華は私の事を少しでも意識してるの? 恋愛的な意味じゃなくて、人間としての興味ね」

 

 はぐらかすように質問して来た。

 その事に無念さを感じながらも、取り敢えずエストの質問に答える。

 

「人間としては……大いに認めているのではないでしょうか。デザインを評価したというメールの文面に、嘘はないと思います。メールを作る際に、私は意見を求められていませんから」

 

「私のデザインを評価してくれている……」

 

 エストの箸使いが急にお淑やかなものへ変化した。本当に惚れてないよね?

 正直、今は此方も僅かながら意識があるので困る。今だけは怖いけど伯父様を恨もう。でも僕はやっぱり伯父様が大好きです。

 気まずい空気が漂って、会話が途絶えた。このままだと、一方的に気まずい思いをするので、何か話題はないかと頭の中を探す。

 だけど、僕が話題を見つける前に、エストが口を開いた。

 

「そういえば、パル子さんとマルキューさんとは会う約束は出来たの?」

 

 エストから話題を出して貰えて助かった。

 

「……はい。パル子さんとマルキューさんとは本日の放課後に会う約束をしています」

 

 アドレスを交換しておいて本当に良かった。

 欲を言えば、夏休み中に会いたかったけど、彼方も文化祭に向けての衣装製作やブランドに出す衣装の製作があるらしく、夏休み中には会えないとマルキューさんから連絡が来てしまった。

 準備期間最長の4ヵ月は諦めるしかない。

 まあ、僕がメインデザイナーの一人になれるかどうかは文化祭まで待つしかなかったんだから、どの道諦めるしかなかった。それにだ。

 

「他の方々の勧誘もありますので、やはり準備期間は3ヵ月で見積もるしかありません」

 

 だからまず、僕が考えた総合部門の企画に最も必要な人であるパル子さんを勧誘する。

 彼女が参加すると言ってくれなければ、今考えた企画も諦めるしかない。後は演出に関しての意見を聞くために八日堂朔莉も勧誘予定だ。

 

「確か八日堂さんも勧誘するんだったね。朝陽が話したら引き受けてくれると思うよ」

 

「……いえ、そうとは限りません、お嬢様」

 

「えっ? 何で?」

 

 心底分からないというようにエストは目をぱちくりさせている。

 確かに常日頃から僕に好意的な感情を向けてくれている八日堂朔莉なら、あっさり引き受けてくれるように思える。

 だけど、忘れてはいけない。彼女も彼女でフィリア・クリスマス・コレクションに関しては目標があるという事を。

 

「お嬢様。入学する前に朔莉お嬢様達とお話になったではありませんか? 学院での目標に関して」

 

「あっ……」

 

 どうやら思い出してくれたようだ。

 まあ、あの時はエストだけが目標に関して話していなかったから仕方がない。

 

「朔莉お嬢様にはご自身の目標がフィリア・クリスマス・コレクションにあります。加えて言えば、私の総合部門に関する提案は急に思いついたものです。その為に準備期間が少ないのですから。最初からフィリア・クリスマス・コレクションに関して目標を抱いている方々は、早めに準備を始めています」

 

 フィリア・クリスマス・コレクションに於けるテーマこそは夏休み前に発表されるけど、テーマを知らなくても準備する事は出来る。

 

「……そう……だよね……皆で……やるなら……やっぱり……そう……なるんだよね」

 

 ん? やけにエストの声が暗くないだろうか?

 

「どうされました、お嬢様? 声が暗いように感じましたが?」

 

「ううん!? 何でもないから安心して朝陽!」

 

 いや、その様子で何でもないと言うのはないよ、エスト。

 だけど、どうやら僕の発言がエストの心の内に隠している琴線に触れたようだ。

 今の会話を思い出す限り、グループでの製作に何か思うところがあるのかも知れない。

 ……でも、僕らはほんの少し前にグループ製作で失敗しているから、確実ではない。それでもこの事は覚えておこう。

 

「でも、朝陽。八日堂さんがそうだったら、メイクを頼もうとしているジュニアさんも駄目なんじゃないのかな? 彼ってかっこいいし、メイクの腕の評判が良いんでしょう? 彼は有名だから他の人に勧誘されているかもしれないんじゃないかな?」

 

「いえ、ジュニア氏に関しては大丈夫です。5月に彼に髪を整えて貰った時に勧誘はしておきましたので」

 

「……そうなんだ。まあ、彼はかっこいいから朝陽がコロリと靡いてしまうのも……」

 

「純粋に実力を見て勧誘しただけで、男女の恋愛感情はありません」

 

 なんてことを言うんだ君は?

 僕と彼の間に恋愛なんて発生する筈が無い。その結果待っているのは不毛な結末なんだから。

 とにかく、メイクに関してはジュニア氏だ。

 彼はアメリカで有名だとしても、フィリア学院の1年生。

 僕が考えた企画のテーマである『1年生で才能ある』という部分にも一致する。

 一つ問題があるとすれば、服飾部門の方は僕一人のメイクで済むけど、総合部門では他の大勢のモデルのメイクもして貰う事になるから、彼を伝って他の美容科の生徒も手伝って貰う事になるかも知れないぐらいだ。

 ……音楽に関しては……ルミねえに意見を聞きたいけど、こういうショーなどの音楽に詳しそうじゃないんだよね、ルミねえは。

 となると他に脳裏に浮かぶのは、昨年総合部門に参加して最優秀賞を獲得したピアノ科の山県先輩だが……きっと彼は他の総合部門参加者に勧誘されてしまっている。

 残念ながら音楽に関しては、自分達で決めるしかなさそうだ。

 

「パル子さんの勧誘が成功したら、先ずは伊瀬也お嬢様を勧誘しようと思います」

 

 実力はともかく、彼女のやる気とリーダーシップは力になる筈だから。

 最大の問題は梅宮伊瀬也が、今一般クラスにどんな印象を持っているのかだが、これに関しては誠心誠意話して納得して貰うしかない。

 

「後は……小倉さんと……ジャス子さんだね」

 

「………」

 

 総合部門での最優秀賞を目指すなら、絶対に戦力として欲しい2人。

 だけど、揃って、服飾部門に集中するつもりでいる。

 更に言えば、ジャスティーヌ嬢は服飾部門の最優秀賞を本気で目指している。

 強力なライバルが本気になる事は、僕の心にも熱がこもるけど、それでもやっぱり総合部門に参加して欲しい。

 

「ジャスティーヌ様には先ず私の考えた企画に興味を持っていただく事が必要です。『1年生で才能あるデザイナーの衣装』という点には興味を持ってくれると思いますが、それだけではやはり難しいでしょう」

 

 服飾生なら服飾部門で最優秀賞を取りたいと思うのは、当然の事だ。

 僕だって事情がなくても、今年のフィリア・クリスマス・コレクションに参加する審査員の方々から最優秀賞の名誉は貰いたいし。

 どうしてもパル子さんの参加が必要だ。僕だけが参加を表明しても、ジャスティーヌ嬢は頷いてくれないだろうから。

 それに……ジャスティーヌ嬢よりも小倉さんの方が説得は難しいと僕は思っている。

 小倉さんの目標は、名誉とかは関係ない。総裁殿のデザインを自分が作品にしたいという気持ちで、あの人は動いている。周囲の評価も気にしないだろうから、評価というメリットは小倉さんには意味がない。

 序でに言えば、小倉さんはジャスティーヌ嬢の誘いを断っているので、尚更にジャスティーヌ嬢が参加しない総合部門に参加するのはあの人の性格上しないと思う。

 

「とにかく先ずはパル子さんの説得に専念します」

 

「うん、頑張ってね、朝陽」

 

 総合部門の企画のリーダーになると僕はエストに誓った。

 その第一歩となるパル子さんとマルキューさんの説得に、僕の心は燃え上がっている。必ず成功させよう!

 

 

 

 

side遊星

 

「今日から新学期ですね、下の兄」

 

「うん。そうだね。よっと……」

 

 フライパンを動かしながらりそなに、僕は答えた。

 今日から新学期。久々に着る制服の着慣れた感触に……悲しさを覚えずにはいられない。だって……女子の制服なんだから。

 

「男性物の……制服って着ると……どんな感じなのかな?」

 

「うわー……朝から答え難い質問を……いや、そう質問したい気持ちは分かるんですけどね」

 

 生まれてから初めて僕が袖を通した制服は……フィリア女学院の女子制服。

 ジャンがデザインした制服を着られる栄誉を与えてくれたルナ様には感謝しかないけど……やっぱり、男子制服を着て通いたいなあ。

 ……お父様が怒るから絶対に無理だけど。

 男子制服を着てフィリア学院に通っていた桜小路遊星様に、少し嫉妬を感じてしまう。

 

「相変わらず、会話を聞くだけでも難儀な人生を歩んで来たと分かりますね」

 

 はい、難儀な人生を歩んでいます、カリンさん。

 作り終えた朝食を手早く並べて、エプロンを外して席に着く。

 

「こうして再び学院に通う下の兄と朝食を取る日が来ましたね……出来る事なら……ずっと続いて欲しいです」

 

「うん、そうだね」

 

「……それで課題の衣装の方は完成したんですよね?」

 

「完成したよ。衣装の方はエストさんの部屋においてあるから」

 

 直接エストさんに着て貰って、最後の微調整も終えた。

 衣装を着たエストさんは本当に綺麗だった。アレなら文化祭のショーで観客の注目が集まるに違いないよ。

 

「……妹も……期待してますよ」

 

「何だか暗いけど、どうかしたの?」

 

「ああ、いえ……今日から学院が始まると思うと……また他の役員達から嫌味が始まるんだと思いまして……かなり妹は憂鬱です」

 

「あっ……」

 

 そう言えば、その事がりそなにはあった。

 学院の理事長を務めているりそなだけど……その力はもう殆ど残されていない状況になっている。

 他の役員達の方が権限が上なぐらいだ。その原因は……身内の学院への介入。

 つい先日も僕はお爺様が、また学院に対して何らかの介入をしている事をりそなから聞いた。

 

「っ!……」

 

 何も出来ない自分に怒りを感じた。

 大切な妹が、家族が困っているのに僕には何もしてあげられない。

 ただ傍にいて話を聞いて上げる事しか出来ない。何か出来ないだろうか?

 僕にだってりそなの……大切な人(・・・・)の力に……。

 

「……えっ?」

 

「うん? どうかしましたか、下の兄?」

 

「ううん……な、何でもないよ? 本当に何でもないから」

 

 首を横に振って脳裏に浮かんだ考えを振り払った。

 ……蓋が緩んでしまっている。そう感じてしまった。

 目の前にいる人に、絶対に向けてはいけない感情なのに緩んでしまった心の奥の蓋から漏れてしまっている。

 テーブルに置いてある紅茶を飲んで、心を落ち着ける。

 

「ああ、そういえば昨夜ルナちょむからチャットが届きましたよ」

 

「えっ! ルナ様から!?」

 

 今度は違う意味で動揺してしまった。慌ててカップを置いて、りそなを見つめる。

 

「ええ、まあ……当人も流石に話をミナトンやスイスの人から聞いて、言葉も無いほどに驚いたそうです」

 

 それは驚くよね……実の息子が女装して学院に通っているんだから。

 ……しかも『親子2代』でという嫌すぎる事がついて。

 

「色々と会話しましたが、とりあえず下の兄には『息子と娘が迷惑をかけてすまない』と伝えてくれと言われました」

 

「迷惑だなんて……ルナ様、怒ってなかった?」

 

 仕方ない面も在るとはいえ、僕は此方のルナ様にまで嘘をついてしまった。

 ……とても重い罪悪感を感じてしまう。

 

「怒っていませんよ。寧ろルナちょむの方も、かなり落ち込んでました。ああ、それと下の兄が気になっているアメリカの下の兄の女装の件ですが」

 

「してるの? してないの? どっち」

 

 もう8割以上答えが分かっているけど……残された2割の可能性を僕は信じたい。

 ……信じたいよ、本当に。

 

「『私が答えると夫の名誉に関わるから……文化祭で日本に行くから、その時に当人に聞いてくれ』だそうです」

 

 コロンと手から持っていたお箸がテーブルに落ちた。

 ……うん。もう覚悟はしてたよ。してたよ。

 あのルナ様が答えを濁した。もう……この時点で分かってしまった。

 ……分かってしまった事に涙が出そう。

 

「……富士の樹海に今から行きたいんだけど」

 

「止めて下さいよ。その顔で言われたら冗談に聞こえないんですから」

 

 冗談は言ってないんだけど。

 ああ、本当に何があったの!? 何で女装を止めてないの!? 桜小路遊星様は!?

 

「僕と違って止められるよね?」

 

「ルナちょむが言うには……デザインの為らしいです」

 

 ……デザインの為。しかもルナ様のデザインの為。

 うん……それなら分かるかも知れない。ルナ様の素晴らしいデザインの為なら、僕だって身体を張れるから。

 でも……やっぱり女装は止めて欲しかった。しかもそれが才華さんに影響を与えてしまったと思うと……。

 

「女装って……怖いね」

 

「落ち込みたい気持ちは良く分かります。妹も、流石にこれはアメリカの下の兄を庇えません……何をやらかしてくれてるんでしょうね、アメリカの下の兄とあの義姉は」

 

 出来る事なら一生知りたくなかった。

 桜小路遊星様には文化祭で直接尋ねよう。それまでは考えないようにしよう。主に僕の精神の為に。

 りそなも気を使ってくれたのか。この話題は一先ず終わりという事になった。

 

「そう言えばですよ。下の兄は私のデザインのモデルをどうするんですか?」

 

「えっ?」

 

「いや、だからモデルですよ、モデル。私のデザインの衣装を製作してくれようとする気持ちは嬉しいですけど、この歳で流石にモデルは無理ですよ? 私」

 

 ……考えてもいなかった!?

 りそなの衣装を製作することばかり考えていて、衣装を着て貰うモデルになってくれる人の事を忘れてたよ!

 でも……。

 

「どうしました?」

 

 改めてりそなの顔を見てみる。

 実年齢で言えば三十後半の筈だけど……二十代後半ぐらいにりそなは見える。

 こっちに来てから会った皆も、実年齢よりも若く見えるんだよね。お父様も、ルナ様も、そして……桜小路遊星様も。

 いや、今はそれよりもりそなだ。僕が知っているりそなよりも大人びていて、凛々しく感じる。それでいて僕と一緒にいる時に見せる無邪気な笑顔は、とても愛らしく感じ……って!?

 な、何を考えているんだろうか僕は!?

 さっきと言い、今といい! 京都から帰って来てから……どうにも僕は可笑しい……りそなを見ていると、時々ドキッとする事が多くなった。

 アトリエでデザインを描いているりそなの横顔をぼぉっと見てしまう事もあるし……一緒にベッドに入るとドキドキして眠るのが大変になっている。

 ……本当にどうしてしまったんだろうか、僕は?

 

「下の兄? 下の兄? 聞こえてますか!」

 

「ワッ! ご、ごめん……聞いてなかった」

 

「確りして下さいよ。今日から学院が始まるんですから」

 

「う、うん……気を付けるよ」

 

 本当に気を付けないと。

 

「それでモデルはどうするんですか?」

 

「うーん……先ずは審査が通って、りそなが描いたデザインを見てからにするよ」

 

 先にモデルになる人を決めてから描いて貰うよりも、りそなが自由に描いたデザインから衣装を製作したい。

 それに審査には受かるつもりでいるけど、必ず受かるという保証はない。

 りそなは学院での審査関係には、どれも参加しない事になっているそうだから、この審査だって審査員は他の人がやるだろうし。

 ただテーマ自体は、服飾部門で決まっている『大切な人』になるそうだ。どんなデザインをりそなが描いてくれるのか、今からとても楽しみ。

 

「じゃあ、僕とカリンさんはそろそろ行くね」

 

 朝食の後片付けを手早く終えた僕は、学院に行く準備をする。

 

「ええ、気を付けて行って来て下さい。まあ、私も理事長ですから、後から行くんですが」

 

「学院じゃ用が無いと会えないからね」

 

 辞めるつもりでいるとしても、理事長として頑張っているりそなは偉い。

 そんなりそなを輝かせられる衣装を……僕は何時か製作したい。これはりそなにも話していない。桜小路遊星様に挑むという気持ち以外に自然と芽生えた僕の気持ち。

 その気持ちを心の中に宿して、僕はカリンさんと共にマンションから出てフィリア学院に向かった。




次回は交渉に入ります。
後、修正前と違って遊星sideも入れていこうかと思っています。
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