月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

141 / 235
投稿します。
今回は修正前と違って結構明るめの展開ですね。

秋ウサギ様、烏瑠様、誤字報告ありがとうございました!


九月上旬2

side遊星

 

「小倉お姉様! どうかお力を貸して下さい!」

 

「お姉様のお力が必要なんです!」

 

「あ、あの飯川さん、長さん。いきなりどうされたんでしょうか?」

 

 フィリア学院に到着して車を降りる(5分だけど歩いて通っていた頃が懐かしい)と、クラスメイトの飯川さんと長さんが駆け寄って来た。

 この2人は僕と同じで車登校なので、何時も途中までは一緒に教室に向かっているけど、今日はかなり慌てている。……何となくその理由が分かるような気がした。

 

「夏休みの課題が難しくて終わらないんです!」

 

「縫製が上手く出来なくて! 全然終わらなくて!」

 

 や、やっぱり!

 僕自身が才華さんに言った事だけど、予想した通り飯川さんと長さんの班は夏休みの課題を終わらせる事が出来なかったようだ。

 課題の提出期限は文化祭前の一週間だった筈だから猶予は残っている筈だが……泣きそうな2人の様子からすると間に合わなさそうだ。

 

「ど、どの辺りまで進める事は出来ていますか?」

 

 型紙さえ引き終わっていないって言われたらどうしよう。

 

「先生に協力して貰って、何とか縫製までは終わっています」

 

「でも、縫い間違いしたり、上手く縫う事が出来なくて。先生も他の班を見ないといけませんから、私達の班ばかりに教えて貰う事は出来なくて」

 

 それは仕方ない。僕らのクラスの班の数は全部で4つ。

 僕らの班を除いた3つの班を樅山さんは見ないといけないんだから、一つの班ばかりに集中する事は無理だ。でも、縫製まで作業が進んでいて良かった。それなら何とか僕も力を貸すことが出来る。

 ただ、学院の課題である以上どんなに難しい課題でも、学院が出した正式な夏休みの課題なんだから、直接僕の手を入れる事は出来ない。

 でもやれることはある。

 

「事情は分かりました。私が力に成れるのでしたら協力はします。ですが、直接課題に私の手が入るのは不味いので、今日の放課後に縫製のやり方を見せるという形で良いでしょうか?」

 

「はい! それで構いません!」

 

「ありがとうございます! 小倉お姉様!」

 

 これが僕が力を貸せる範囲だ。そうなると……。

 

「すみません、カリンさん。購買で生地と糸を買って来て下さい」

 

「分かりました。ですが、くれぐれもご自身の立場をお忘れないように」

 

 釘を刺されてしまった。大切な事だというのは分かってるので頷く。

 学生という立場だけじゃなくて、僕には調査員としての立場もあるんだから。

 購買に向かって行くカリンさんの背を見送ると、僕は飯川さんと長さんに振り返った。

 

「それじゃあ教室に向かいましょう」

 

「はい、途中までお付き合いさせて頂きます!」

 

「小倉お姉様と僅かな間だけでも一緒に歩ける登校時間は、私達にとって至福のお時間です」

 

 ……どうしてそうなるんだろうか?

 いや、僕も桜屋敷にいた頃は皆と一緒に登校する時間は密かな楽しみだったんだけど、どうして一緒に教室までいかないんだろうか?

 これまで何度も悩んだ疑問を頭の中に浮かべながら、僕は教室に向かった。

 

 

 

 

side才華

 

「良いですか。綺麗に縫いたい時は、こうして……」

 

「……凄い綺麗」

 

「流石です、小倉お姉様」

 

 放課後。教室に残って課題を進めようとしているクラスメイト達に、縫製のやり方をアドバイスしている小倉さんの様子を僕とエストは見ていた。

 本日は始業式なので午前中しか学院での授業はない筈だけど、教室内には僕らを含めてクラスメイト全員が残っている。そして全員が小倉さんから縫製のやり方を教えて貰っている。

 本来なら教える立場にある紅葉は、職員会議があるらしく、教室内にいなかった。

 僕もお願いされたけど、今日はどうしても外せない用事があるので明日からにして貰った。

 

「ねえ? アレって良いのかな?」

 

 同じ班で夏休みの課題を終わらせている梅宮伊瀬也が近寄って来ると、恐る恐る僕に質問して来た。

 

「直接課題の衣装には手を出していませんので。純粋にやり方をアドバイスしているだけのようですから、恐らくは大丈夫だと思います」

 

 ギリギリのラインだろうけど。

 しかし、覚悟はしていたが、小倉さんの言う通りクラス内で夏休みの課題を終わらせて来れたのは僕らの班だけだった。

 他の班は一応縫製まで進める事が出来ているようだけど、その縫製が上手く出来ずにいるようだ。

 紅葉が夏休みの間頑張って教えていたようだから、そのおかげで彼女達も此処まで進める事が出来たようだけど……最初のイメージを諦めて良かった。もしもあのイメージ通りに進めていたら、ただでさえ短い準備期間が更に短くなって、間違いなく間に合わなかった。

 クラスの皆で製作した32着の衣装を着て、舞台に立つのは夢があるけど、この現状を見ると叶えられそうにない。せめて小倉さんとジャスティーヌ嬢の協力があれば別だけど、2人とも協力してくれるか分からないし。

 

「えーと、カトリーヌさん。こんな感じで良いの?」

 

「はい、見せていただきます。はい、とても良います。良く出来てます」

 

 小倉さん以外にもカトリーヌさんが、クラスメイトに縫製を教えてる。

 主人であるジャスティーヌ嬢は……。

 

「……」

 

 日頃の不真面目さが感じられないほどに、真面目な顔をして机に座りデザインを描いていた。

 ただ何故だろうか? 何処となく今のジャスティーヌ嬢は不機嫌なような気がする。僕の気のせいかな?

 

「朝陽。そろそろ時間じゃないの?」

 

 言われて時計を見ていると、確かにそろそろ約束の時間だ。

 2人を待たせる訳にはいかないので、僕は行かないといけない。

 

「では、そろそろ行って参ります」

 

「アレ? 何処か行くの?」

 

「はい、少し人と会う約束があるんです」

 

 結果次第では後で君も大津賀かぐやと共に勧誘させて貰うよ、梅宮伊瀬也。

 

「頑張って来てね、朝陽」

 

 エストの応援を背に、僕は必要になるであろう物を持ちながら教室から出た。

 パル子さん達と待ち合わせしている場所は、『サロン』。本日は始業式が終わったばかりなのでサロンを使用する人はいないと判断した。

 と言うよりも、紅葉が言うには、特別編成クラス用の食堂が出来てからというもの、食堂で話をする生徒が多くなったそうでサロンを使う生徒は今では殆どいないそうだ。

 そういう訳で、内緒の話をする場としてサロンは持って来いの場所だ。

 待っていると、サロンの扉が開き、パル子さんとマルキューさんが入って来た。

 

「どうもー、メイドさん。夏休みの初日以来ですね」

 

「こんちはー。お久しぶりです」

 

「こんにちはパル子さん、マルキューさん」

 

 入って来た2人を僕は歓迎した。

 2人とも特別編成クラス用のサロンの内装に驚いたように見回している。

 

「わあ、きゅうたろう。このクッション触ってみろ。マジでフカフカ」

 

「うわっ! ほんとだ。こんなに柔らかなクッションはじめて……あっ、いや、驚いている場合じゃないか。それでメイドさん。今日はどうしたんですか? ギャラッハさんはいないようですけど。パル子が言うには、何か相談事があるとかメールが来たそうですけど」

 

「はい、実は……」

 

 僕はマルキューさんとパル子さんに、総合部門への参加に関して説明した。

 

「と言う訳で、私どもは総合部門に『ファッションショーを兼ねた舞台芸術』を出し物にして参加しようと考えています。そのメインデザイナーの一人としてどうかパル子さんに参加して頂けないでしょうか?」

 

「それ面白そうですね!」

 

 良かったあ! パル子さんは乗り気だ!

 彼女は僕と同じような気持ちを抱いている人だ。この提案に乗ってくれるに違いないと思っていた!

 ……いや、喜んではいられない。パル子さんよりも説得が難しい人が、この場にはもう一人いる。

 その人物であるマルキューさんは、僕の提案を吟味するように考え込むように目を閉じていた。やがて、考えが纏まったのか、目を開いて僕に顔を向けた。

 

「……幾つか質問良いですか?」

 

「はい。気になる事があれば言って貰えると此方も助かります」

 

「じゃあ聞きますけど……メイドさんが考えた総合部門の内容で製作する衣装は、全部で何着を予定してますか?」

 

 ……鋭い質問だ。

 

「予定では10着前後を考えています。多くても最大で15着ぐらいですね」

 

「15着……それじゃあ次の質問ですけど……気分を悪くしないで下さいね。確認しますが、メイドさんとギャラッハさんの服飾の技術はどれぐらいですか?」

 

 次の質問も鋭い。

 思えば、僕もエストもパル子さんの実力を見せて貰ったが、自分達の実力は2人に見せていなかった。

 マルキューさんから、もしかしたら自分達がメインで製作をやらされるのではないかと危惧しているに違いない。

 そしてこの質問が来るであろうことを予測していた僕は、用意して来たデザインと写真を2人に差し出した。

 

「此方が私のデザインになります。それと私達の班が夏休みの課題として製作した衣装の写真です」

 

「うわっ! メイドさんのデザイン凄く綺麗!」

 

「はわわわっ! きゅうたろう! 写真に写ってるメイドさん達の課題の衣装も凄いぞ!」

 

「どれどれ……ほ、ほんとだ! えっ? これ、本当に夏休みの課題で製作した衣装ですか?」

 

「はい。まだ学院には提出していないので、何でしたら今日お嬢様の部屋に見に来られても構いませんよ」

 

「い、いや……その必要は無いんで安心して下さい。とにかくメイドさんもギャラッハさんも凄い人だと改めて分かりました」

 

 大変気分が良い! あの衣装を誰かに誉められるのは、本当に嬉しいよ!

 

「失礼な質問をしてすみませんでした」

 

「いえ、相手の実力を知ろうとするのは当然の事ですからお気になさらないで下さい」

 

「いや、本当にすみません。メイドさんなら大丈夫だとは思ったんですけど、前に一般クラスの先輩から特別編成クラスの人は、作業の押し付けをやって来る人がいるって聞いていたんで」

 

 ……何処かで聞いた話だ。と言うか、そんな事をしていたのか僕らの先輩は。

 いや、マルキューさんに話した先輩が事実を言っているのか分からないから鵜呑みには出来ないけどね。

 少し気まずい空気になったけど、このまま時間を無駄にはしてられない。

 

「他にご質問はありますか?」

 

「あっ、それじゃあ……」

 

 それからマルキューさんは次々と僕に質問して来た。

 衣装を着るモデルになる人。製作する為の生地や糸の発注。舞台の準備に関して。

 そして何故パル子さんを総合部門に誘おうと思ったのか聞かれた。

 

「私が考えた総合部門の概要は、『1年生で才能あるデザイナー』が何よりも重要です。パル子さんは首席合格者でネット上でとは言え、既にブランドも開き雑誌にも作品が載っている方です。1年生で才能あるという点にこれ以上に無いほど一致されている方です」

 

「いやー、なんか照れます。私なんてそんな大したものじゃ」

 

「此処は素直に受け取っておけよ、パル子。メイドさん、本当に誉めてくれてるんだからさ」

 

 うん。本当にパル子さんが同時期に入学してくれて良かった。

 

「話の方は分かりました。ただすぐに返事の方はちょっと無理ですね。メイドさんが誘ってるのは、私達だけじゃなくてバイトの皆も含めてみたいなんで。先ずは皆に話を通してからってことで良いですか?」

 

 僕は頷いた。

 返事をすぐに出せる事では無いし、勝手に答えても良いレベルの話ではないから。

 

「ただ個人的には良い案だと思います。あっ、このデザイン。貰って良いですか? うちの子らに見せたら興味を持ってくれると思いますんで」

 

「どうぞ、受け取って下さい」

 

 僕のデザインを見てやる気を見せてくれたりしたら、凄い嬉しいよ!

 

「そう言えば、私やきゅうたろうの他には誰を誘うつもりなんですか?」

 

「お2人もお会いした事があるジャスティーヌ様をデザイナーとして誘うつもりでいます」

 

 2人ともなるほどと言うように頷いてくれた。

 どうやらこの2人も、ジャスティーヌ嬢がクワルツ賞を取った事は知っているようだ。

 

「他に参加される予定の方は、お2人が知っているか分かりませんが、美容科の大蔵アンソニーJrさんを誘う予定でいます」

 

「うわっ! 確かその人ってめっちゃメイクの腕が良い人ですよね? しかも美形だって話だし」

 

「うちらのバイトの子達。目の色変えそうだなあ」

 

「バイト代が良いから文句は言わないけど、かなり男に飢えてっからなぁ、あの子ら。いや、気持ちは分かるんだけどさ」

 

 何だか知らないけど、僕の予想もしていなかった効果がジュニア氏の参加で起きそうだ。彼との交渉も気合いを入れて行なわなければいけない。

 

「じゃあ、返事は何時ぐらいで良いですか?」

 

「文化祭後で結構です」

 

「えっ? そんなに長くて良いんですか?」

 

「はい。先ほどもご説明しましたが、総合部門で行なうファッションショーのコンセプトは『1年生で才能あるデザイナー』です。先ほどマルキューさんも心配されたように、私にはまだ明確な実績と言えるものがありませんので」

 

「ああ、それで文化祭後に……結構ギリギリかあ」

 

 流石に以前手痛い目にあっているだけに、マルキューさんはかなり慎重に判断してる。

 

「パル子。お前はどうする?」

 

「いやー、あたしとしてはメイドさんの提案は凄く良くて面白いと思うけど……ただ製作した衣装を着てモデルとして舞台やるのは……」

 

「いえ、必ずしも、モデルはやらなくて大丈夫です。あくまで優先してモデルをやれるという意味なので、無理やりモデルをして貰う訳ではありません」

 

「あっ! そうだったんですか! だったら結構やってみたいです。だって、メイドさんの提案ってすっごく夢ありますもんね。総合部門でファッションショーやるとか楽しみです!」

 

 そう言って貰えると嬉しいけど、ほんの少しだけ罪悪感を感じてしまうよ。

 僕の目標が総合部門での最優秀賞なだけに。

 

「……よし。パル子もそう言うんだったら、私も本気で他の班員の説得に力を入れる」

 

「きゅうたろう!」

 

「ありがとうございます! マルキューさん!」

 

「ただ参加するデザイナーがパル子とメイドさんだけだった場合は、パル子がメインでメイドさんはサブって事で良いんですよね?」

 

「はい。それは先ほど話した通り、構いません」

 

 元々僕の意見は急すぎる提案だ。

 エストにも説明した通り、実績を得られず、他の人の勧誘に失敗したら総合部門の企画内容を『ぱるぱるしるばーのファッションショー』で行く。

 宣伝になる上に、フィリア・クリスマス・コレクションの総合部門の舞台に立てるのはキャリアになるのでマルキューさんも納得してくれた。

 パル子さんも自分のデザインでファッションショーをやるというのは大いに心が惹かれている。

 後は彼女達のブランドのバイトの人達が頷いてくれるかどうかだ。

 

「じゃあ、今日のところは失礼します。皆の反応が良かったら、すぐに連絡しますんで」

 

「文化祭でメイドさん達の衣装が出て来るの楽しみにしてます」

 

「いや、楽しんでばかりいられないからなぁ。あたしら(・・・・)の文化祭の衣装も完成させないと不味いだろうが」

 

「そだったー」

 

 あれ? 今、何かマルキューさんが気になる事を言っていたような?

 気になったけど、既にマルキューさんとパル子さんはサロンを出て行ってしまった。追いかけて聞くのもなんなので、今度連絡が来た時にでも聞いて見ようと思いながらソファーに座った。

 

「思った以上に好感触で良かったあ!」

 

 思わず両腕を上げて万歳したくなるほどだ!

 パル子さんもマルキューさんも、かなり僕の提案に乗り気だ。確約こそ他の人達に聞いてからになってしまったが、あの様子なら説得にかなり力を入れてくれそうだ。

 幸先の良いスタートに喜んでいると……。

 

「あっ! やっぱりここに居たんですね、若」

 

 サロンの扉が開いたと思ったら、紅葉が入って来た。

 

「教室にいたエストさんからサロンにいると聞いて来たんです……あの、若? 何だか随分と嬉しそうにしていますが、何かあったのですか?」

 

「うん。実は……」

 

 僕は紅葉に総合部門の参加を目指している事を話した。

 

「青春ですね、若! それに内容も個人的にはとても興味が惹かれる話です」

 

「ありがとう、紅葉。そう言って貰えるのは嬉しいけど、今話した総合部門の内容は小倉さんとエストに相談したから思い浮かんだものなんだよ。最初に僕だけで考えていたのは、ちょっと無理があってね」

 

「其方はどんな内容だったんですか?」

 

「クラスの皆全員にデザインを描いて貰って、その衣装を製作してファッションショーをやるっていう内容だったんだけど」

 

 聞いた紅葉は眉根を寄せて困った様子だった。

 

「其方の提案としても、確かに悪くないと思います……ですが、若。今の提案は時間的に無理だと思います」

 

「やっぱり、そうだよね」

 

「若達の班は、本当に恵まれていたんです。他の班の皆は、夏休みなのにも関わらず、私に教えられながらやっているのが現状です」

 

 それは僕も教室でクラスメイトを見ていたので良く分かっている。

 あの様子を見る限り、確かに僕らの班と同じ働きを期待するのは難しそうだ。せめてもう少し準備期間があれば話は変わるんだけど。

 いや、何時までも最初の案に未練を持っていたら駄目だ。

 パル子さんとマルキューさんが協力的になってくれたんだから、今の案に集中しよう。

 

「えーと、やる気になられているのは大変良いんですけど……その若。此処に私が来たのは残念なお知らせをする為です」

 

 えっ? 残念なお知らせ?

 

「先ほど職員会議で、年末までの予定を確認していたのですが……11月に行なわれる修学旅行へ付き人の若が同行するには、パスポートの提出が必要です。そして若のパスポートは……」

 

「……桜小路才華としてのパスポート」

 

 もうこの時点で答えが分かった。

 つまり、僕は11月の修学旅行には……。

 

「外見は誤魔化すことは出来ても、公文書で嘘はつけません。学年主任にも一度は必ず提出しないといけないんですから……若は旅行には参加できません」

 

 僕は真横にソファーへ倒れた。何で今更気がつくんだろうか?

 そうだよね。公文書のパスポートには男性だと記されているんだから、海外になんて旅行にはいけないよね。

 正直言えば、修学旅行には凄い行きたい!

 コクラアサヒ倶楽部に所属している飯川さんと長さんの話だと、夏合宿は本当に楽しかったそうだ。部長のアトレも桜の園でのお茶会で大成功だったと言っていた。

 朝一番の空気を共に吸い、昼は観光を愉しみ、夜は花火大会などもしたらしい。

 その話を聞く前に、エスト達からは梅宮伊瀬也の実家への旅行の話を聞いていた僕の悲しみは深かった。

 しかも、修学旅行の行き先は芸術の都、パリだ!

 何時か行ってみたいと思っていた憧れの都。とても行きたかった!

 

「若の事ですから、楽しみにしているのではないかと思って、すぐに報告しに来ました」

 

「……うん。ありがとう……でも、元々修学旅行には参加しないつもりだったから」

 

「そうなんですか?」

 

「総合部門に参加が正式に決まったら、もう本当に寝る暇も無いだろうし。発案者の僕は、他の参加者の皆よりも頑張らないといけないから。それに……総合部門だけじゃなくて服飾部門の方も頑張らないといけない。だから、悲しいけど修学旅行への参加は止めて、その間の5日間で自分の衣装の製作を進めるつもりだったんだ」

 

 正直言えば、パリには凄い行きたい!

 芸術の都のパリで過ごせば、新しいデザインが山ほど浮かぶかも知れないんだから。でも、諦めるしかないよ。総合部門と服飾部門の参加だけじゃなくて、性別の問題まであるんだから。

 正体がバレて大変なことになるぐらいなら、諦めよう。

 ……凄く悲しいけど。

 僕の内心を知ってか知らずか、紅葉は笑顔を浮かべた。

 

「ご立派な考えです、若! 総合部門と服飾部門への参加も、修学旅行の集合写真で3人(・・)右上の丸の中に写るのも。それも青春ですよ、若!」

 

 どうしてそうドライな事を紅葉は言うかな。

 それは青春ではなくて、悲しみの歴史だよ。皆が笑顔で異国の地で集合している写真の中で 3人右上の丸の中に顔があるとか……うん? 3人?

 

「紅葉? 3人ってどういうこと? 僕以外にも修学旅行に行かない人がクラスの中にいるの?」

 

「あっ……はい。小倉さんとカリンさんが、既に保護者を通して修学旅行への不参加を表明しています」

 

「小倉さんとカリンが?」

 

 参加しない僕が言えた事じゃないけど、せっかくの修学旅行なんだから行けば良いのに。しかも行先は、僕が行きたい芸術の都パリだ。

 

「まあ、当然ですよね……だって、小倉さんも……とにかく若。気を落とさず、年末のショーに挑んで下さい。ファイトです、若! あっ、写真撮って来ますね」

 

 だからどうしてそう落ち込む事を言うんだろうか、紅葉は。

 

「それと若。先ほどから言っている総合部門参加の件ですが、参加の申し込みの期限は10月上旬までですからね。それまでに応募がなければ、総合部門の審査に入る事も出来ません」

 

 うっ! そうだ。応募期限の問題もあったんだ。

 でも、10月の上旬までが期限なら十分に間に合う筈だから問題は無い。

 ただそんなに勧誘に時間を掛けられる余裕がない事だけは覚えておこう。

 ……うん? そう言えば……

 

「そう言えば、紅葉。今小倉さんとカトリーヌさんが教室で縫製のやり方をアドバイスしているけど、それって大丈夫なのかな? 個人的にはギリギリ大丈夫だと思っているんだけど」

 

「仰る通りギリギリですがセーフです。あくまでアドバイスという形なので。それにこう言ってはなんですが、今回の夏休みの課題は少し特別編成クラスの1年生には難しすぎるのではないかという意見も教師達の間で出てるので、経験者がアドバイスするのは認める事にしてます。黙認という形ですが」

 

 ほっと少し安堵した。

 良かった。これで教えてる小倉さんが罰されるような事は無さそうだ。

 まあ、クラスメイトの中には服飾生なのに型紙が何のことか分からない子もいたから仕方ないよね。

 僕のような経験者からすれば、とても良い課題なんだけど。

 

「今更ですけど、若達の班に経験者ばかり集めてしまったのは私のミスだったかも知れません」

 

 確かに。僕としてはとても助かったけど、班という形では偏りが出来てしまったのは事実だ。

 でも、あのジャスティーヌ嬢が小倉さんと別の班で行動して問題を起こさないとは思えないんだよね。いや、この場合は僕とエストとは違う班にしたって事なんだろうが。

 

「そう言えば、若。先ほど一般クラスの生徒の方を誘っていたとお聞きしましたが、若の班員の方々の説得は終わっているんですか?」

 

「エスト以外は、まだ終わってないよ。先ずはやり遂げられる可能性から示さないと、ジャスティーヌ嬢は頷いてくれないし。一般クラスに少し偏見のようなものを持ってる梅宮伊瀬也も説得は難しいから」

 

「ああ……それは確かにありますね。余り良い事じゃないんですけど、私達教師もその事に関しては、学院の方針もあって強く注意出来ませんから」

 

 特別編成クラスと一般クラスの確執の原因の一つは、総学院長が対立を煽ったのがあるからね。

 

「……あれ? 小倉さんはどうしたんですか?」

 

「相談には乗ってくれるそうだけど、ハッキリと参加しないと言われてるからさ」

 

「えっ? 若……もしかして小倉さんは若の提案に参加を希望してないんですか?」

 

「だからそう言って……どうしたの、紅葉?」

 

 目を丸くして紅葉は驚いていた。

 

「驚きました……やっぱり……違うんですね」

 

「違うって何が?」

 

「い、いえ! 何でもありません、若! でも、若の提案は面白そうなのに、小倉さんが参加を希望しないなんて……」

 

「やりたい事が服飾部門の方であるんだって」

 

 その内容も知っているけど、教師の紅葉には話せない。

 小倉さんは僕らを信用して、まだ発表されていない総裁殿のデザインの衣装製作の話をしてくれたんだから。

 紅葉なら大丈夫だとは思うけど、一応ね。

 

「やりたい事……えっ? 小倉さんがそう言ったんですか!?」

 

「う、うん……」

 

 急にどうしたんだろうか?

 何だかとても紅葉は嬉しそうにしている。

 

「いよいよに話さないと! 今の話を聞いたら、きっといよいよも喜んでくれます!」

 

「そ、そんなに嬉しい事なの?」

 

「はい! だって、あの人がやりたい事を見つけられたんですから!」

 

 ……これはどういう事だろうか?

 紅葉の喜びように、違和感を感じる。確かにアレだけ落ち込んでいた小倉さんがやりたい事を見つけたのは、良い事に違いない。

 でも……それだけではない何かを僕は感じた。

 この様子だと紅葉も知っているに違いない。僕らが知らない小倉さんの事情を。

 その後、紅葉と共に僕は教室に戻った。課題を頑張っているクラスメイトの皆を手伝わないと。

 幸先の良いスタートになったが、寧ろこれからが本番だ。八日堂朔莉の勧誘も慎重に行なわないといけない。

 頑張るぞ! 小倉朝陽! やる気マンゴスチンだ!




と言う訳で修正前と違ってパル子とマルキューも乗り気です。
それなりにメリットは示し、才華も実力を示したので噂のような事はないと判断しました。
但しジャスティーヌに僅かな不穏な気配が出ています。その理由はアレです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。