月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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一歩一歩才華は進んでいますが、今回で。
詳細は本編で明らかになります。

獅子満月様、秋ウサギ様、防風林様、烏瑠様、えりのる様、誤字報告ありがとうございました!


九月上旬(才華side)3

side才華

 

「と言う訳で私どもは、今ご説明した内容の企画で総合部門を目指しています」

 

「…………」

 

 沈黙が痛い。

 約束通り部屋に訪れた僕は、八日堂朔莉を勧誘する為に総合部門の件を説明したんだけど……何故か八日堂朔莉は目を閉じて沈黙している。

 何時にない反応だ。こ、これはや、やっぱり……。

 やがて彼女の目が開かれた。

 

「……朝陽さん?」

 

「はい、何でしょうか、朔莉お嬢様?」

 

「どうしてその話をもっと早くしてくれなかったの!?」

 

 突然怒鳴られた。そのまま八日堂朔莉は、携帯を取り出した。

 

「あっ! もしもし畠山さん。実は相談し終えた文化祭後のスケジュールに関してだけど変更……出来ない。出来ないの? ほら、前と違って今度は時間もあるし。えっ? 年の後半はイベントが多くて他との打ち合わせが大変。あそう……どうしても無理? 無理なの。そう」

 

 電話を終えた八日堂朔莉は、心の底から悔しそうな顔をしていた。

 

「うぅ、本当に何で今の話をもっと早くしてくれなかったの?」

 

「申し訳ありません。思いついたのが八月の終わり頃でしたので」

 

「ああ、つまり突発の思い付きだったのね。しかもその頃は丁度私はロケで桜の園にいなかったから……でも、突発にしては結構考えられた案だとは思うわよ」

 

 八日堂朔莉にも、そう言って貰えて良かった。

 ……いや、喜んでばかりはいられないよ! だってこれって交渉失敗って事なんだから!?

 

「えーと、駄目なのでしょうか?」

 

「だから残念がっているの。個人的に凄く惹かれる企画よ。朝陽さんが考えただけじゃなくて、あの『ぱるぱるしるばー』の作品の演出を考えさせて貰えるなんて凄くやりたい!」

 

「そ、そんなにパル子さんの衣装を気に入っていたんですか?」

 

「ぶっちゃけ言うけど、彼女達のホームページの常連よ、私」

 

 八日堂朔莉は立ち上がると、奥の部屋に入っていった。

 何だろうかなと思って待っていると、可愛らしいキャミソールを着て戻って来た。

 

「ほら、これなんて可愛いでしょう?」

 

「はい。流石はパル子さんの作品ですね。常日頃の朔莉お嬢様の変態ぶりが消えて、可愛いお嬢様にしか見えません」

 

「誉めてくれていながらそのドS発言。そういうところも好き」

 

 しかし、こうして売り物として製作されたパル子さんの衣装を見たのは初めてだ。

 ……うん。僕とは方向性は違うけど、とても良い衣装だ。

 

「こんな良い服でファッションショーをやるとか。本当に心が惹かれる……でも、どうしてもスケジュールを変えるのは無理なの」

 

「一応聞きますが、何故駄目なのでしょうか?」

 

「入学式の前日にも言ったけど、私の目標は、フィリア・クリスマス・コレクションで自分のやりたい劇をやる事。その為には実績が必要なのは当たり前。だから、不満しかないあの台本でも劇をやる。そうやって実績を積んでいかないと、学院側も認めてくれないだろうし。だから、その実績の為に演劇部門の参加は必要なの」

 

 やっぱりその類の問題が出てしまったか。

 覚悟はしてたけど、こうして現実的な問題が来るともっと早くに思い浮かんでいたらと思ってしまう。

 

「……総合部門では?」

 

「総合部門の評価の高さは分かってる。だけど、一年目で他の部門の参加者がメインの総合部門に参加すると、自分の部門の生徒達は良い顔をしないでしょう。特に私は知名度が高いから、演劇部門は結局お遊びでやってると思われると致命的」

 

 これも納得できた。

 世界的女優の八日堂朔莉の学院内での知名度は、間違いなく一、二を争うほどに高い。それだけに注目度も否応なしに高い。

 しかし、今回はその注目度の高さが悪かった。演劇部門の方での八日堂朔莉の評価は知らないからなんとも言えないが、彼女の目指す目標の為には演劇としての評価が必要なのは良く分かる。

 実際僕も今服飾生としての実績が必要だからね。

 

「朝陽さんにならそんな事情がなくても力を貸してあげたいんだけど……もう年末に向けてのスケジュール調整が終わってるの。さっき聞いていた通り畠山さんと相談して決めたから、今更変えられないのよね。せめて6月頃に言ってくれていたら何とか出来たかも」

 

「……つまり、朔莉お嬢様が演出に協力出来ないのは」

 

「うん。朝陽さん達の予定表に合わせるのが無理なの。無理やり私が時間作って、この日なら大丈夫って言えても、朝陽さん達の方が合わせられないと思う。無理やり作る時間だから伝えられるのは前の日か、その日とかになると思うの」

 

 確かにそれは不味い。

 製作の方も急がないといけない段階で、急に八日堂朔莉が『この日に演出の練習をするから』なんて言ってきたら間違いなく不満が溜まる。

 しかも一度や二度じゃ済まないだろうから、尚更に不満が溜まって製作の方にも影響が出かねない。

 

「私が参加出来ない事情はこれで終わり。個人的には本当に参加したいイベントなんだけど、ごめんね」

 

「いえ……此方こそ急な話を持って来てしまい、申し訳ありませんでした」

 

 こればかりは八日堂朔莉を責める事はできない。

 元々彼女には目標があって、その目標の為にフィリア学院に入学したんだから。僕だってその類だし。

 

「でしたらモデルとしての参加はいかがでしょうか? 朔莉お嬢様には常日頃からお世話になっていますので、其方での参加をしていただいて構いません」

 

「パス」

 

 あっさり断られた。えっ? 何で?

 

「魅力的な提案だけど、他の人達が苦労する中で私だけモデル参加って言うのは何か気に入らないのよね。だって、この場合、知名度が高いからモデルに誘われたみたいじゃない。そういうのじゃなくて実力での実績が私は欲しいの」

 

 なるほどと僕は頷いた。

 八日堂朔莉は、どうしてもその知名度の高さから注目を集めてしまう。プライドが高いというだけかも知れないが、僕個人としては彼女の対応に好感を抱く。

 この部屋に来るまでは、その知名度の高さと演出の世界で活躍していた八日堂朔莉を期待して勧誘しようとしていた。でも、今は目の前にいる人に、僕が考えた企画の演出をして貰えない事が残念でならない。心の底から無念。

 その後簡単に別れの挨拶をして、僕は彼女の部屋を出てエレベーターに乗り込んだ。

 残念ながら八日堂朔莉の勧誘には失敗してしまった。

 

「……覚悟はしてたけど、やっぱりショックだ」

 

 自分でも分かっていた事だけど、こうしてみるとショックを受ける。

 しかし、困った。『1年生で才能ある』という点を踏まえると、上級生の力を借りる事は僕の企画では出来ない。いや、やろうと思えば出来るが、そうなった場合、上級生にあれやこれやと言われる可能性が出てしまう。

 最悪。他の部門の上級生から特別編成クラスの上級生に話が漏れて、僕の企画を奪われかねない。

 やらないと思いたいけど、パル子さんとマルキューさんの一件を知っているだけに、どうしても警戒心を抱いてしまう。

 取り敢えず自室に戻ろうと思ったら、携帯が鳴った。相手は……エスト?

 

「はい、朝陽です」

 

『あっ、朝陽。今大丈夫かな?』

 

「ええ、大丈夫です。これから自室に戻ろうとしていたところです。それで何か御用でしょうか、お嬢様?」

 

『今、私屋上の庭園に居るんだけど、丁度いせたんさんと大津賀さんが来ているの。それでパル子さん達の勧誘が成功したのだから、彼女達の事も勧誘してみたらと思って』

 

「分かりました。今すぐに其方にお伺いいたします」

 

 エレベーターのボタンを押して、僕は屋上庭園に向かった。

 着いてみると、既にエストは梅宮伊瀬也と大津賀かぐやと共に庭園に設置されている椅子に座っていた。

 

「あっ! 来た来た! 朝陽、こっち!」

 

「遅れてすみません、お嬢様。伊瀬也お嬢様と大津賀さんもお待たせして申し訳ありません」

 

「ううん、それは別に良いよ」

 

「私は、寧ろ待たされるのも良いですねー……」

 

 そうは言うけど、今回ばかりは時間が切迫しているので急がせて貰うよ。

 

「それで。エストンから何か話があるって聞いたんだけど、どんな話なの?」

 

「はい。伊瀬也お嬢様と大津賀さんにお聞きしますが、お2人は総合部門に興味はありますか?」

 

「えっ? 総合部門に興味?」

 

「実は私と朝陽は、総合部門に参加する為に今動いています。いせたんさんと大津賀さんも良かったら参加してみませんか?」

 

「……えーと、もしかしたら2人とも誰かに総合部門を誘われたの? それで私達の事を誘ってくれているってこと?」

 

 同じ質問をエストにもされたよ。やっぱり1年生で総合部門に参加するのはインパクトがある。

 おっと、此処からはエストじゃなくて僕が話さないといけない。この企画のリーダーは僕なんだから。

 

「いいえ、そうではありません。私とエストお嬢様は、総合部門に考えた企画で出場してみようと思っています」

 

「それって……総合部門にエントリーしようとしているって事?」

 

「はい。そうです。企画の内容はファッションショーをやるつもりでいます。総合部門では、昨年は動画作品、一昨年はアニメ作品が最優秀賞に選ばれたと聞いています。フィリア学院の創立時から存在した服飾部門は、現在では他の部門の裏方という扱いが当然になり、協力する側という認識になってしまっています。ですから、私達で誰もが認めるほどのステージを演出してみましょう」

 

「いや、だって、無理だよ。動画作品やアニメ作品なんかは凄いと思うけど、ファッションショーなんてやっても飽きられるだけだよ。先輩方だってそんなことしないよ」

 

 だからこそやる価値が今年はある。

 

「誰もがやらなかった事だからこそ、注目を集める事が出来ます。今年は伊瀬也お嬢様もご存じの通り、有名なデザイナーの方々がフィリア・クリスマス・コレクションに審査員として来られます。彼らが審査する部門は、『演劇』、『服飾』、『総合』の三部門です。今、伊瀬也お嬢様が仰った通り、彼らも自分達が審査する総合部門でファッションショーが行なわれるとは思ってもみないでしょう。注目を集める事は出来ます。一次審査を突破出来る可能性は高いと思っています」

 

「……可能性が高いのは分かったけど……どんなファッションショーをやるつもりでいるの?」

 

 此処からが重要だ。果たして彼女が持っている一般クラスへの不信感は、この数ヶ月でどう変わったのか。

 最悪、彼女との関係に亀裂が入ってしまうかも知れない。でも……もう既に動き出している。

 なら、怯えずに誠心誠意話そう。

 

「私が考えている企画の内容は、『1年生で才能あるデザイナー達による製作された衣装によるファッションショー』です」

 

「1年生で才能あるデザイナーって……朝陽さんとジャス子の事だよね?」

 

「いえ、もう一人います。その方の協力は得る事が出来て、今、他の方達の勧誘をしてくれています」

 

「もう一人って誰? クラスで一番デザインの成績が良かった温井さんのこと?」

 

 成績が良いイコール才能があると思ってしまうのは仕方がない。

 チラッとエストに視線を向けてみるが、何も言う様子はなかった。多分、僕の本気度を確かめているんだろう。

 なら、主人の前で恥をかかないためにも、堂々と教えよう。

 

「いいえ、温井さんではありません。私が勧誘に成功した御方は一般クラスのお方です」

 

「一般クラス!?」

 

 梅宮伊瀬也は目を見開いて驚いた。

 これは仕方がない。学院では特別編成クラスと一般クラスの仲は悪い。その仲の悪いクラスの生徒と一緒に、特別編成クラスの生徒である僕とエストは総合部門に参加しようとしているんだから。

 彼女の反応は可笑しくない。

 

「先に述べておきますが、誘った方々は以前からの私達の知り合いです。入学式で総代を務めた方です」

 

「……あの急に歌い出した子のこと?」

 

 ちょっと紹介の仕方を間違えたかも。

 いや、パル子さんの入学式での挨拶は僕も驚かされたけどね。そう言えば、あの後に不満を梅宮伊瀬也は教室で漏らしていたような気がする。

 とにかく此処はパル子さんの実力を示さないと。すぐに携帯を取り出して操作し、『ぱるぱるしるばー』のホームページにアクセスした。

 

「入学式では確かに驚かされましたが、彼女には間違いなく才能があります。その証拠が此方になります」

 

「あっ……可愛い」

 

 商品として表示されている衣装を見た梅宮伊瀬也は、興味を覚えたのか画像を見つめた。

 大津賀かぐやも視線を向けたが、此方は感心しているだけのようだ。パル子さんの衣装は可愛いもの系のストリートファッションだから、彼女の趣味に合わなかったのかも知れない。

 だけど、今重要なのは一般クラスの生徒達にも実力がある人がいる事を知って貰う事だ。

 

「この衣装を製作しているのは銀条春心さんです。他にも雑誌に掲載されたりなどもされています。クワルツ賞を取ったジャスティーヌ様と並ぶほどのデザイナーです」

 

「あれ? 朝陽さんは違うの?」

 

「残念ながら、お2人と違い、私は学院内ではクラス以外ではデザイナーとしての実績がありません。今度の文化祭でその実績を得るつもりではいますが……もし実績が得られなかった場合は、サブデザイナーとして総合部門に参加する事になります。メインのデザイナーは春心さんです」

 

「えええっ!? そんなのズルいんじゃ!? だって、朝陽さんが考えた企画なのに!?」

 

「そう言って頂けるのは嬉しいと思います。ですが、元々私の提案には幾つか問題があるのです」

 

「問題って?」

 

「一番の問題は準備期間です。文化祭で実績を得るという必要性が私にある以上、本格的な製作に入るのは文化祭後になります。この場合残された準備期間は3ヵ月半程です。ファッションショーという事で最低でも10着、多くて15着製作しないといけません」

 

「その期間では経験者の私と朝陽を加えたとしても、衣装製作はかなり未知の領域です。それに加えてファッションショーの練習もしないといけませんから、此方が不利な条件を持つのは仕方ないと思います」

 

「……うん、製作の大変さは素人だから私も分かるよ。今日クラスメイトの皆が小倉さんに縫製のやり方を教わっているのも見たし……分かった。別に相手から不利な条件を言われた訳じゃないんだよね? そうだよね?」

 

 僕とエストは同時に頷いた。最初から不利な条件を僕らが飲む事で参加して貰うのだから、これは仕方がないことだ。

 寧ろ厳しい条件があるのに応じてくれたパル子さんとマルキューさんには感謝しかないよ。本当に。

 

「……一般クラスか……」

 

 かなり思い悩むような表情を梅宮伊瀬也は浮かべて考え込んでいる。

 特別編成クラスの上級生から一般クラスの生徒達の良くない噂を聞いているだけに、協力を頼むのは二の足を踏むのだろう。しかも、僕が実績を得られず、加えてジャスティーヌ嬢が不参加を表明した場合、企画の内容が『ぱるぱるしるばーのファッションショー』となってしまう。

 それに上級生からの目もある。だけど、この点に関しては完全ではないかも知れないけど、対処できる。

 僕らのクラスには調査員である小倉さんとカリンがいる。あの二人がすぐ近くで学院にとって問題がある行為を見逃すはずがない。この点に関しては、小倉さんが参加するしないは関係ない。事前に説明して話を通しても構わない。

 問題があるとすれば……。

 

「一般クラスの子か」

 

 梅宮伊瀬也のような一般クラスに不信を抱いている人の心情だ。

 パル子さんは口調こそ独特だけど、人格に関しては問題は無いどころか大変良い人だ。だけど、これは僕達がパル子さん達と知り合いだからであって、梅宮伊瀬也からすればこれまで話した事もない相手に関わる訳だから警戒心を持ってしまうのは仕方がない。

 学院が造ってしまったシステムのせいで、特別編成クラスと一般クラスの対立は根深いものになってしまっている。それこそ、システムを造り上げた総学院長でさえ制御し切れない程に。

 やがて考えが纏まったのか梅宮伊瀬也は顔を上げて、僕とエストを見つめた。

 

「……これね。エストンと朝陽さんだから話すんだけど……私、最初は一般クラスって悪い人達の集まりなんじゃないかなって思ってたの。学院に入る前に服飾の勉強を見てくれていた卒業生や、今の先輩達からそう教えて貰っていたから……でもね。今は少し違うかなって思ってる部分があるの」

 

 ん? 思っていたよりも嫌悪感が薄い。

 確か以前、小倉さんと僕が一般クラスの生徒であるパル子さんやマルキューさんと話していただけでも心配というか不安そうにしていたのに。

 それにジャスティーヌ嬢がパル子さんとマルキューさんを特別編成クラス用の食堂に連れて来た時も、良い顔をしていなかった筈だけど?

 

「どうして印象が変わったのですか? 差し支えなければ教えて貰いたいのですが?」

 

「うん……あんまり人を悪くは言いたくないんだけど……2人は覚えてる? 6月頃に急に学院を辞めた先輩がいた事」

 

 僕もエストも頷いた。

 エストには話していないが、僕はその先輩がパル子さんとマルキューさんの映画の衣装の製作を邪魔した先輩だという事を知っている。

 

「結構良くしてくれた先輩だったの。その人からも一般クラスの悪い噂を聞いていたし……それで……そのね。その先輩から、自分の会社が出資している映画会社に一般クラスの子が衣装を持ち込んで来て……身体で依頼を得たなんて話を聞いてたの」

 

 エストの表情が険しいものに変化した。

 どうやら梅宮伊瀬也の話は、パル子さん達の映画の衣装の件と繋がりがある事が分かったようだ。でも、今は梅宮伊瀬也の話を聞かなければいけない。

 視線で押しとめると、エストは無言で頷いた。

 

「教えて貰った時は、そんな事許せないって思った……だけどね。その後すぐに先輩は学院を辞めたの。一体何があったのかなって、ちょっと調べてみたの……そしたら……先輩の話の方が嘘だった」

 

 深く落ち込んでいる。それなりに信頼していた先輩だったのかも知れない。

 

「邪魔をしたのは先輩の方。一般クラスの人が身体を使ったなんて事実もなくて……その事を学院の理事長が知って、動かれる前に自分から辞めたんだって……私、それを知ってショックだった……先輩に嘘をつかれた事もだけど、偏見で一般クラスを見ていた事も……だから、今度は自分の目で確かめてみたいの」

 

「栄光ある決断」

 

 エストは以前梅宮伊瀬也を評した言葉を再び口にした。

 

「今のいせたんさんの意見は、従者なのに朝陽のデザインを使えるように先生に進言した時に勝るとも劣らないと思います」

 

「そ、そうかな?」

 

「はい、私もお嬢様の意見に賛成です」

 

「ありがとう……あっ、でも参加するとしたら製作だけなの?」

 

「いえ、違います。実は伊瀬也お嬢様を誘ったのは、今回の総合部門で衣装を着るモデルは、製作した班員の方々が主になるからです」

 

 梅宮伊瀬也の目が輝いて、我知らずに少し前のめりになっている。

 彼女は僕がモデルをエストに指名した時に、自分も、モデルをやりたそうにしていたから。加えて言えば、自分達で製作したあの衣装を見ているだけに、尚更にモデルに興味を覚えているのかも知れない。

 

「文化祭の衣装を製作する前は、エストお嬢様をモデルにする事を勝手に決めてしまい、申し訳ありませんでした。ですから、この機会に総合部門という大舞台でモデルをやってみたらいかがでしょうか?」

 

「うーん……でも、クラスの皆に悪いよ。私達だけ総合部門に参加するとかね」

 

「確かにクラスの皆様には申し訳ない面はありますが、伊瀬也お嬢様も今日お目にした筈です。夏休みの課題が終わらずに苦労しているクラスの皆様の姿を」

 

 この為に僕は、梅宮伊瀬也を勧誘するのを遅らせていた。

 クラスの委員長なだけに梅宮伊瀬也は責任感が強い。だからこそクラスの皆と出来ないかと考える筈だ。

 僕も最初はそう思っていた。でも、課題が終わらずに苦労している彼女達に更なる苦労を背負わせるのは酷だ。

 

「朝陽の言う通り、クラスの皆さんを誘うのは残念ながら諦めるしかありません。それにクラス全員の衣装を製作するとなると32着になってしまいます」

 

「それって……やっぱり無理なのかな?」

 

 無理だ。せめて製作期間が4ヵ月あれば可能だと思うけど、それだって僕やエストだけじゃなくて、カトリーヌさん、ジャスティーヌ嬢、そして小倉さんの協力が必要だ。

 しかも、服飾部門に目標を持っている小倉さんとジャスティーヌ嬢に、その目標を諦めて貰う事が前提でだ。

 そんな事を進言すれば、小倉さんはともかく、ジャスティーヌ嬢と僕らの関係は破綻する。

 今実行しようとしている企画だって、頷いて貰える可能性が半分あるかないかぐらいなんだから。

 僕とエストが同時に頷くと、梅宮伊瀬也は残念そうに溜め息を吐いた。

 

「伊瀬也お嬢様のお気持ちは分かります。ですが、急に一般クラスの方と合同でやるというのも、問題があります。先ほどお話になった先輩の方がしてしまった事を、誰かにお話になりましたか?」

 

「してないよ。確かに先輩が悪い事をしたのは間違いないけど、言い触らしたりするのは嫌だったから」

 

 やっぱりか。

 

「そうなるとクラス内には、事実を知る前の伊瀬也お嬢様のように、一般クラスの方々に不信を抱いている方もいるかも知れません」

 

「それは……あると思う……色々な事を教えてくれる先輩だと思ってたから」

 

「誰もが伊瀬也お嬢様のような決断が出来る訳ではありません。誰かが最初の一歩を踏み出す必要があると思います」

 

 その一歩を僕らが踏み出そう。

 特別編成クラスと一般クラスの間に出来てしまった深い溝を、ほんの僅かでも減らす為の一歩を。

 

「……うん。分かった。私も朝陽さんの考えている総合部門に参加するよ」

 

「お嬢様が参加するならー……私も参加させて貰いますー……ただ出来るなら着る衣装は、朝陽さんのデザインが良いですねー」

 

「お2人ともありがとうございます」

 

 僕は深々と梅宮伊瀬也と大津賀かぐやに頭を下げた。

 八日堂朔莉の勧誘には失敗してしまったが、一緒に夏休みの課題を行なった梅宮伊瀬也と大津賀かぐやの協力は得られた。

 演出関係は一先ずおいておくとして、次の勧誘には気合いを入れなければならない。

 だって、次の相手は、一番手強いであろう小倉さんの次に勧誘するのが困難な相手。

 フランス貴族でパリからやって来た天才。ジャスティーヌ嬢なんだから。

 

 その後、僕らは夜も遅いという事で自分達の部屋に戻った。具体的な役割分担に関しては、パル子さん達を交えて決めないといけない。

 部屋に戻った僕は、製作していたルミねえの衣装を確認する。遂に衣装が完成した。

 夏休みの時に小倉さんにも確認して貰ったが、エストの部屋に置いてある衣装に劣らないほどの出来栄えだ。

 この衣装を着たルミねえが舞台に上がる瞬間を見たいけど……。

 

「まさか、服飾部門でのショーの開催時間のほんの少し前にルミねえの演奏が始まるなんて」

 

 最後の微調整の為にルミねえの部屋に訪れた時に、聞いたから間違いない。

 どうやらルミねえが一番手に演奏するらしい。その時間、僕は恐らくエストの方に集中しないといけない筈だ。

 直接この目で衣装を着たルミねえを見たかったけど、主人であるエストが舞台に立つ時に従者の僕が会場にいないのは不味い。

 他にも音楽部門棟のホールで行なわれるピアノの演奏会には、大蔵家一同が揃う。忙しい筈の大蔵一族だが、前当主であるひいお祖父様が集まるように集合(強制)を掛けたらしい。ルミねえが呆れながら教えてくれたから間違いない。その中にはお父様もいる。

 ……お父様がルミねえの衣装を見てどう判断するのか知りたいが、ひいお祖父様に僕の事がバレるのは不味いので諦めるしかない。

 残念に思いながら、僕は小倉さんの携帯に衣装が完成した事を伝えるメールを送った。




梅宮伊瀬也と大津賀かぐやの勧誘には成功しましたが、肝心の朔莉は失敗しました。
原作では衣装の点検の為に運んでくれたりした彼女ですが、演出と言う大切な部分に本格的な部分に参加出来る余裕はこの時点ではないと判断して断りました。
まさか、担任が仕事をボイコットするとは、この時点では朔莉も夢にも思ってないでしょうからね。
序でにこの作品では、朔莉の担任は……詳細は本編をお待ちください。
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