月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

144 / 234
更新が遅れて申し訳ありません。
原作でもあったイベントですが、修正前と違い入れる事にしました。

烏瑠様、秋ウサギ様、獅子満月様、誤字報告ありがとうございました!


九月上旬(才華side)5

side才華

 

「朝陽お姉様。縫ってみたのですが、これで大丈夫でしょうか?」

 

「確認させて頂きます……はい、問題はありませんのでこのまま進めて大丈夫ですよ」

 

「良かった。じゃあ続けますね」

 

「あの朝陽さん。此方も見て貰って良いですか?」

 

「はい、すぐ行きます」

 

 教えている班の別の人に呼ばれた僕は、すぐに移動して点検した。

 昨日と同じように放課後は、大忙しだ。何せ僕らの班以外の3つの班が課題に難航している。

 課題が終わっている僕らが確認作業を行なったり、分からないところを実演して見せている。

 

「エストさん。これで良いのかな?」

 

「厚い生地ですから、こんな風に縫った方が良いと思います」

 

 珍しく縫製が出来るという事で、エストも別の班の人達に頑張って教えている。

 しかし、やっぱり皆素人だから実演を見せていても失敗する事の方が多い。思わず手を出したくなるような事もあったけど、別の班の僕らが直接手を出す事は出来ないので歯痒く感じてしまう。

 尤も昨日よりは僕らは楽かもしれない。なにせ昨日の最初の方は、エストやカトリーヌさんの縫製の実力が皆が分かるまでは、小倉さん一人で残りの3つの班全部の縫製を点検したり実演したりしていたから。

 その小倉さんは完成したルミねえの衣装を桜の園に取りに行って、今教室にはいない。なので、僕らが頑張って皆に教えているんだけど、直接手を出せれば早く終わるのにと、何度も思ってしまう。

 やっぱり、最初の総合部門の案は諦めて良かったと思いながらミシンを動かしていると。

 

「カトリーヌさん、こっちのまつり縫いがうまく縫えないそうなんだけど」

 

「はい……この生地の厚さなら一目で掬おうせずに、二目で掬ってもいいます。この生地なら、表から見ても縫い目はそれほど目立たないます」

 

 的確な教え方だ。

 縫製の教師としては、カトリーヌさんは僕だけじゃなくて小倉さん以上だ。と言うのも、昨日僕も小倉さんの縫製の教え方を見ていたけど、以前ジャスティーヌ嬢が指摘した通り、小倉さんのやり方には所々古いところがあった。

 尤も素人のクラスメイト達からすれば古いやり方でも縫製自体には問題ないから、それを実演している。ただ僕達経験者からすれば、少し古いなと感じてしまう。

 対してカトリーヌさんは、流石は本場のパリで服飾をやっていたと思える程に縫製の腕は確かだ。これに関しては年数差があるんだから、当然だけど。

 何せ中には僕も知らないテクニックもあって、夏休みの時には小倉さんがカトリーヌさんに縫製を教えて貰っている時もあった。あの人は服飾の技術を学ぶ事に関しては、かなり貪欲だから。因みに僕も教えて貰った。

 他にも彼女がパリで学生時代を過ごしたアパートの大家が、フィリア学院の創設者であるジャン・ピエール・スタンレーの元縫製チーフを務めていたという話も聞かせて貰った。

 この話題が出た時の小倉さんの反応は凄かった。是非会ってみたいと言って、カトリーヌさんはそのアパートの名前を教えたんだけど……何故か小倉さんは暗くなった。

 ……もしかしたらアレは、小倉さんのお母様である『小倉朝日』さんがパリで過ごしたアパートが偶然にもカトリーヌさんが教えたアパートだったからなのかも知れない。あくまで可能性だけどね。

 

「それと、糸が長いと、一つ掬う度に糸を通す時間が掛かってしまいます。玉止めや、針に糸を通す手間を省こうとしたのだと思いますが、1m……感覚として、この程度の長さで縫った方がいいます」

 

「わあ、カトリーヌさんは小倉お姉様が言われた通り、縫製のやり方に詳しいですね」

 

「流石は本場のパリのお方。もうずっと衣装製作をしているのでしょう?」

 

「はい。それしか出来なかったんます」

 

 カトリーヌさんの評価がどんどんクラスの中で上がっていく。とても良い事だ。

 ……ただ肝心の彼女の主人の方はと言えば……。

 

「…………」

 

 はい、途轍もない程に不機嫌だと言わんばかりの顔をしている。

 昨日はデザインを描いていたけど、今日は描く様子も見せずにまなじりを吊り上げて席に座っている。

 誰も関わりたくないというように、ジャスティーヌ嬢からはクラスメイトの皆は距離を取っているよ。唯一カリンだけがジャスティーヌ嬢のすぐ傍の席に座っているけど、此方も何もせずに席に座っているだけだ。ジャスティーヌ嬢を小倉さんみたいに宥めたりはするようなことは期待しない方が良い。

 ……でも……どうしてこんなにジャスティーヌ嬢は不機嫌なんだろうか?

 昨日もデザインを描きながらも、不機嫌そうに感じたけど、今日はもうデザインも描くつもりもないのか椅子に座ってまなじりを吊り上げている。

 いや、本当になんで? カトリーヌさんの評価がクラスの中で上がるのは良い事なのに。

 この様子だと総合部門への参加の交渉が成功する望みは薄いよ。一体どうしたんだろうか?

 

「ごめんカトリーヌさん。こっちの話を聞いて。糸がこんがらがちゃったみたい。それだと私分からないから教えてあげて」

 

 梅宮伊瀬也も僕らと同じように頑張ってくれているのは分かるんだけど、残念ながら努力とやる気に実力が伴っていない。同じ班の指導をしているカトリーヌさんに手を貸して貰う事が多い。

 

「ごめんなさい、教わったばかりなのに。何度も教えて貰ってありがとうございます」

 

「いえ、いいんます。私でお役に立てるのなら、なんでも聞いて下さい」

 

「本当にごめんね。でも、カトリーヌさんがいてくれて良かったよ。昨日も小倉さんと一緒に頑張ってくれていたし、課題が終わったら感謝しないといけないね、ありがとう」

 

 礼の言葉を梅宮伊瀬也が言い終えると共に、がたりと席を立つ音が聞こえた。

 少し荒っぽい音に、僕だけじゃなくてエストも視線を向けている。

 立ち上がったジャスティーヌ嬢は、ゆっくりと歩き出した。

 

「邪魔しないで」

 

「はぁ……難儀ですね」

 

 ジャスティーヌ嬢が背後を通ると、カリンは大きなため息を吐いた。

 一体何が? 嫌な予感を感じて視線でジャスティーヌ嬢の後を追う。だけど、ジャスティーヌ嬢が向かう先の班は、どうやら気付いていないようだ。

 だから、突然やって来たジャスティーヌ嬢に、梅宮伊瀬也は驚いた。

 

「ジャス子? どうしたの、もしかして手伝ってくれるの?」

 

「……いい加減に謝りなよ」

 

 梅宮伊瀬也が質問すると共に、ジャスティーヌ嬢は彼女達の中心にあった机を思いきり蹴飛ばした。

 小柄な彼女の脚力では大したことないのだろうけど、椅子を巻き込んで倒れた机は、思った以上の音を立てながら床へ転がった。

 

「え……」

 

 突然の事に梅宮伊瀬也は目を丸くした。

 

「だからさっさと謝りなよ」

 

 行動に反してジャスティーヌ嬢の声は冷静なものだった。だけど、その声には一切の親しみが感じられなかった。

 

「謝る? えーと、ジャス子に何か私したっけ?」

 

「私にじゃないよ。カトリーヌにだよ」

 

「カトリーヌさんに?」

 

 名指しされた本人であるカトリーヌさんが一番驚いていた。特徴的な大きくて丸い目を、さらに広げながら彼女は主人を見つめていた。

 

「……あ、もしかして、私達色々押し付けすぎてた? それはもっともかもしれないね。ごめん、謝るよ」

 

 確かに出来るからってカトリーヌさんに押し付け過ぎてたかもしれないな。

 そう僕も思ったが、ジャスティーヌ嬢のまなじりは再び吊り上がった。

 

「そんなのカトリーヌが好きでやってるんだから、好きにやらせればいいよ。出来ないなら出来ないって本人が言うでしょ。言わないで無理してるなら本人の責任だよ。そんなのどうでもいいよ。私が謝罪しろって言ってるのは、カトリーヌをバカにしてたことだよ」

 

「馬鹿にしてる? そんなつもりない。今だって凄くお世話になってるし」

 

「だって、陰でカトリーヌのことを『お母さん』って呼んでたでしょ」

 

 その言葉に教室内にいた僕を含めた全員が驚いた。いや、カリンだけは驚いた様子がない。

 誰もが思わず肩を震わせる中で、彼女だけが冷静に状況を見定めようとしている。

 

「カトリーヌが日本語下手だから、聞き取りも出来ないと思ってた? 分かるよ、そのくらい。最初の頃に一回だけ、カトリーヌが困った顔で私に言ったから。黒い子がその事を貴女達に注意して助けてくれたこともね。別にキョーミもなかったけど。でも自分達が必要になったら、そんな事を忘れて、謝りもせずにものを教わるってプライドないの?」

 

 今度こそ全員の肩がハッキリと震えた。何人かの生徒は誰かを探しているかのように視線を彷徨わせている。

 その相手が誰かなんて分かる。ジャスティーヌ嬢に教室内で唯一ハッキリと言葉を言える人。

 

 小倉さんだ。

 

 だけど、小倉さんは教室にはいない。ジャスティーヌ嬢もその事が分かっているから、今動いたに違いない。

 

「カトリーヌが勝手にやっている事だし、昨日は黒い子もいたから見逃したよ。だって、カトリーヌが手伝ってなかったら、私達の班以外の全部の班を黒い子が見ないといけなかったんだから」

 

 ……確かにそうだ。

 昨日、僕はパル子さん達に会いに行かないといけなかったし、紅葉も職員会議で教室に戻って来るのが遅れていた。小倉さんやカトリーヌさん以外に、経験者のエストも教室には残っていたけど……経験者である事をエストは隠していた。

 漸く昨日でエストには縫製の技術があると教室内の皆が分かったから、今日は普通に一つの班を担当する事が出来たけど、分からなかったら小倉さん1人で班全員を見ないといけなかった。

 小倉さんは気にしないだろう。困っている人を見過ごせない優しい人だから。

 

「私もカトリーヌも黒い子には何度も助けられてるから、黒い子の頼みなら大抵の事は聞いて上げても良いと思ってるよ。負担が掛かりそうだったら助けるし。でも、貴女達は私達に何もしてくれてないよね? カトリーヌの事は陰でバカにしてたし。陰で言ってたのだって、黒い子が注意したから。注意しなかったら、表立ってもっと言ってたでしょう。『お母さん』って」

 

 カトリーヌさんが、ぎゅっと唇を噛んだ。

 年齢の事なんて、気にしてないと思ってた。だけど、それは間違いだった。

 そうだ。カトリーヌさんとクラスの子達とでは倍以上の年齢差がある。メイドの人達でだって、カリンを除けば全員二十歳前半ぐらいだ。

 気後れしない方がおかしいと、今更ながらに気がついた。

 

「カトリーヌはバカにされるのを受け入れているけど、貴女達は、バカにした相手に物を教わって、開き直れる図太さないでしょ? 単に自分達のしていた事を都合よく忘れて、困ったから都合よく頼ってるだけだよね。さっきから、ありがとうとか感謝してるとか、それも口だけにしか聞こえないよ。だって日本語でしょ。この子が日本語下手なの分かってて、聞こえないと思ってた言葉で礼を言ってるんだよね?」

 

「それは、その、だって私達、フランス語なんて分からないよ」

 

「だったら聞けば良いでしょう。私達にじゃなくて、フランス語が出来る黒い子か、其処にいる黒い子のメイドに」

 

 今度こそ梅宮伊瀬也は何も言えずに口ごもった。

 小倉さんがフランス語を話せるのは、クラス中で知らない生徒はいない。カリンにしても、明らかに外国人だし、カトリーヌさんと違って日本語も下手な日本人よりも上手に話してる。

 それに2人ともフランス語でカトリーヌさんに話しかけているのを、僕を含めたクラスメイト達は見聞きしている。梅宮伊瀬也が言った分からないという言い訳は通用しない。

 そして服飾のように小倉さんなら、簡単な挨拶ぐらいは教えてくれるだろう。

 

「勝手に日本へ来たのは私達だから、貴女達はフランス語を喋れなくて良いよ。でも本気で感謝してるって言うなら、お礼の言葉ぐらいは、私達の母国語のフランス語を辞書で調べても良いんじゃないの? 或いはさっき言ったみたいに黒い子か其処にいるメイドに聞くとかね」

 

 ……迂闊だった。僕自身アメリカにいた頃は留学生であるジャスティーヌ嬢やエストと同じ立場だったのに、故郷である日本に戻ってからは、留学生の気持ちを想像することもなかった。

 今朝だって、似たようなことがあったし、日本に戻って来る前は日本語が不慣れになって勉強し直してたのに!

 ジャスティーヌ嬢が怒るのも当然だ。

 

「昨日は黒い子がいたから我慢できたけど、いいかげんムカつきが治まらなくなった。貴女達って、陰で笑っているって知った後に『困ってるから手伝って』って言われたから協力するんだ? それが日本で言う『義理人情』? 日本人って……日本人だと黒い子も入るから違うか。貴女達って不思議だね!」

 

 言いたい放題のジャスティーヌ嬢だが、今回ばかりは言い返せる人間はカリンを除いて1人もいなかった。

 そのカリンにしても、事前に釘を刺されていて、しかも非が明らかに僕ら側にあるから口を出す気はないようだ。

 ……僕は思い違いをしていた。まさか、ジャスティーヌ嬢が此処までカトリーヌさんの事を気にかけていたなんて。以前ジャスティーヌ嬢がカトリーヌさんの評価を口にした時は、かなり辛辣な評価を……いや、待てよ。

 もしかしたら其処でも僕は思い違いをしていたのかも知れない。あの時のジャスティーヌ嬢が口にした言葉は、日本語だ。

 『便利』。この言葉は、基本的に物を評価する時の言葉であって、人に言うのは余り良くない言葉だ。

 日本人なら人の評価を表す言葉では使う人はいない。だけど……外国人だったら?

 ジャスティーヌ嬢はペラペラと日本語を話せる人だが、もしかしたら深く意味まで理解し切れていないとしたら? 現にカトリーヌさんの評価を口にした時は、何時になく饒舌だった。

 今更ながらに後悔する。

 クラスメイトの誰もが口を開けず、どうしたら良いのか分からないというように視線を彷徨わせている。

 その中で梅宮伊瀬也だけは、わかりやすく目に涙を滲ませながら、何か言いたげに口をもごつかせている。

 ……教えてあげよう。今この場で最も必要な言葉を。

 小倉さんとカリン以外で、フランス語を話せるのは僕しかいないから。

 

Desolee(ごめんなさい)

 

 今、口にした単語の意味が分かるのは、ジャスティーヌ嬢とカトリーヌさん、そしてカリンの3人だけだろう。

 だから行動で意味を示す。深々と頭を僕が下げるのを見て、先ほどの言葉が何を意味するのか梅宮伊瀬也は理解したみたいだ。

 

「デゾレ!」

 

 日本語ばりばりのフランス語だけど、梅宮伊瀬也は僕と同じように深々と頭を下げた。

 我が強くて、その為に間違いもするけど、相手が正しいと分かれば、悔しさを感じても頭を下げられる。梅宮伊瀬也はそれが出来る人だ。

 

「デゾレ」

 

「デゾレ」

 

 彼女の従者である大津賀かぐやと、僕の主人であるエストも続いて頭を下げた。

 

「言ってないエストンは謝らなくてもいいんじゃないの?」

 

「陰でカトリーヌさんがなんて言われてるか知りながら、カトリーヌさんは全く気にしていないものだと思ってたの。良く助けていた小倉さんも口にしなかったから、時間をかけて、ゆっくり和解すればいいものだと……でもそれは、私の勝手な思惑だったから」

 

 僕もエストと同じ考えだった。だけど、ジャスティーヌ嬢の言う通り、手を借りたいのなら礼儀は尽くさないといけない。

 小倉さんが口に出さなかったのは、僕達自身で気づいて貰いたかったからだと思う。それにあくまで小倉さんはカトリーヌさんの同級生であって主人ではない。

 助け過ぎてジャスティーヌ嬢に恥をかかせない為にも、口には出さなかった。

 まだまだあの人とは差があるのだと実感させられる。

 

「いえ、そんな、大丈夫ます。私こそ、文句のようになってしまって、そんなつもりでジャスティーヌ様に話したのではなくて……」

 

 四人に頭を下げられたカトリーヌさんは、慌てて僕らの頭を上げさせようとするけど……。

 

「でぞれ」

 

「でぞれ」

 

 次々と彼女に前に謝罪の言葉と共に頭の頂点は増えていった。

 酷い発音だが、クラスにいた全員が謝罪した。

 

「ジャ、ジャスティーヌ様。私、どうすればいいますか?……」

 

「あはははははははは!」

 

 従者であるカトリーヌさんの目の前に広がる後頭部の海を見て、面白そうにジャスティーヌ嬢は笑った。

 もしかしたら普段は自分が見上げる側だから、今の見下ろすような光景を彼女は見た事がなかったのかも知れない。だから、笑い声はとても楽しそうだった。

 

「あー……貴女達って、バカだねー。あんまり見られないものを見た気分……あ、カトリーヌ。たぶんこの子達、貴女が許さないと、ずっと頭下げたままだよ。言いたい事があるなら、今言えば?」

 

「いっ、いえ、もういいます! 皆さん、謝らないでくださいます!」

 

 カトリーヌさんは僕らの下へ駆け寄り、一人一人に声を掛けていった。

 その許しの声を聞き、漸く皆が頭を上げる。一先ずは仲直りだ。と言うよりも、カトリーヌさんとクラスの皆との関係は今始まったという事だろう。

 

「ジャス子」

 

「なに?」

 

「……デゾレ。私、ジャス子の事を我儘ばっかり言う子だと思ってた」

 

 それは間違っていないと思う。実際、入学した頃のジャスティーヌ嬢は我儘で教室にも来なかったから。

 

「でも、今はちゃんと見るところは見ていたんだって思う」

 

「まあ、いせたんの評価なんてどうでも良いけど」

 

 ジャスティーヌ嬢はそう言いながら、自分が蹴り倒した机と椅子を直し、床に落ちていた衣装も拾い上げて埃を払って机に載せた。

 そのまま適当な椅子に乗って、ジャスティーヌ嬢はぐるりと周囲を見回した。

 

「いせたん。あといま頭下げたひと全員ー……ご・め・ん・な・さ・い」

 

 頭を下げてジャスティーヌ嬢は謝罪した。彼女もまた、頭を下げられる時は下げられるフランスの貴族だ。

 

「はいこれで良いでしょう? 日本で言う誠意? 調べても意味が分からなかったけど、こんな感じでしょう?」

 

「あ、うん。凄く良かったと思う」

 

「あそ。じゃあさっさと作業に戻ったら。私も手伝ってあげるから」

 

「手伝ってくれるの!?」

 

「だって、デザインを描きたいのに、放課後が騒がしかったら煩くて集中出来ないから。それに今は気分が良いし、タダでやって上げるよ」

 

「ありがとう、ジャス子!」

 

 一時はどうなることかと思ったけど、どうやら無事に事が済んだようだ。

 嬉しい気持ちでウキウキしながら、僕も作業に戻ろうとすると、教室の後ろのドアから覗いている2つの瞳に気がついた。

 

「これこそ青春!」

 

「あのー、樅山さん。そろそろ入りませんか?」

 

「小倉さん、もう少し待って下さい! こうして小倉さんが関わらなくてクラスの皆に連帯感が出来ている貴重な光景なんですから!」

 

 紅葉は相変わらずだった。と言うか、小倉さんが戻って来るのが遅いと思ったら、教室の前で紅葉に引き留められていたのか。

 

 

 

 

 夜。僕は1人でジャスティーヌ嬢の部屋を訪ねに来た。

 勿論、訪問の理由はジャスティーヌ嬢への総合部門参加への交渉だ。

 エストは『自分も行こうか』と言ってくれたが、今日の件でジャスティーヌ嬢の交渉には発案者であり、企画のリーダーである僕一人で挑むべきだ。

 それに……失敗した時に評価が下がるのは僕一人だけで済むから。そう決意を固めて、ジャスティーヌ嬢の部屋がある11階にやって来たんだけど……。

 

「すみませんます。ジャスティーヌ様は今、シャワーを浴びている最中ます」

 

 タイミングが悪かったようだ。

 流石にシャワーを浴びているのを中断して貰うのは不味いので、終わるまで待つ事にした。その間にカトリーヌさんと話をしてみた。

 今日は彼女も色々あったので、誰かと話したかったのか、頷いてくれた。

 

「やはり、最初はこの国が怖かったのですか?」

 

「怖かったです。その……最初の頃にジャスティーヌ様が教室を出て行った時は、混乱もしていましたます」

 

 今更だが、僕もカトリーヌさんの気持ちが分かる。

 そもそも僕がフィリア学院に通いたいと願ったのも、幼い頃に幼稚園に通った時の苦い思い出があるからだ。

 

「そんな時に隣に座っていた小倉お嬢様がフランス語で話しかけてくれた時は、心から安堵しました」

 

 苦手な日本語が使われている中で、母国の言葉を聞けたのだから当然だ。

 僕もフランス語が出来るんだから、カトリーヌさんにはフランス語で話しかけるべきだった。流石は小倉さんというしかない。

 

「それからカリンさんとも親しくなれて、余り不安を教室で感じる事はありませんました。まさか、私も友人と同じように助けられるなんて思っても見ませんでした」

 

 ん?

 

「あの、どういう意味でしょうか?」

 

「あっ、すみませんます。えーと、私の友人を助けてくれた日本人の人が、小倉お嬢様のお母様だったらしいます」

 

「それは驚きですね」

 

 本当に驚きだ。もしカトリーヌさんが目の前にいなかったら、大口を開けて驚きの声を上げていたと思う程の奇跡だ。

 確かに以前小倉さんのお母様である『小倉朝日』さんが、パリのフィリア学院に通っていたという話は聞いた事はあるけど、まさかカトリーヌさんの友人を『小倉朝日』さんが助けていて、カトリーヌさんをその娘である小倉さんが助ける。

 世代を超えた縁に感心するしかないよ。

 

「では、その友人の方も話を聞いて驚かれたでしょうね?」

 

「はい。かなり驚いていました。新しい家族が出来たと喜んでいたのは知ってましたけど、まさかその人が同じ学院に通って、隣の席に座ってくれるなんて」

 

 ……今、とても聞き捨てならない事を言わなかっただろうか??

 新しい家族? それって小倉さんの事だよね? えっ? まさか、カトリーヌさんの友人って……。

 

「あの……不躾かも知れませんが、そのご友人の方のお名前は?」

 

「『メリル・リンチ』です」

 

 …………僕が思っているよりも、世間って狭いんだ。

 ええええええええっ!? 嘘!? カトリーヌさんの友人って、メリルさんなの!? 僕の親戚だよ!?

 

「知ってるか分かりませんが、一時期パリでメリルはブランドを開いてました」

 

「はい。メリル……リンチさんのお噂は聞いた事があります。確かブランドこそは閉めましたが、今でも世界的デザイナーの一人として活躍されている御方ですよね?」

 

「ええ、そうます。メリルは本当に凄かったます。私は、彼女に憧れて服飾の道に入りました。でも……私には残念ながら彼女ほどの才能はなくて、彼女がブランドを開いていた頃は其処で働かせて貰いました」

 

 やっぱりカトリーヌさんは服飾の現場を知っている人だった。

 

「メリルが話す日本人の話は、何時も印象が良い話ばかりでした。だから、怖くても行ってみようと思いました。ラグランジェ家で立候補したメイドが私だけだったのもありますけど」

 

 国粋主義者の家だ。其処で働くメイドも少なからず影響を受けているだろう。

 

「ですが、私はカトリーヌさんに会えて良かったと思っています。とても良い衣装が製作出来ましたし、知らない技術も教えて頂きました。私も心から楽しかったです。それにカトリーヌさんのおかげで私とお嬢様も、大きなミスにならずに済ませる事が出来ました。改めてお礼を言わせて頂きます。Merci(どうも) beaucoup(ありがとう)

 

 カトリーヌさんは目を見開いて驚いたけど、すぐに微笑んでくれた。

 

「カトリーヌ。白い子が来てるんだって?」

 

 部屋の扉が開くと、私服姿のジャスティーヌ嬢が出て来た。

 僕はジャスティーヌ嬢に向き直り、深々と頭を下げた。

 

「夜分遅くにお訪ねして申し訳ありません。ですが、どうしてもジャスティーヌ様に聞いて貰いたい話があります」

 

「話? それってなに?」

 

「少々長いお話になります。もし駄目でしたら、日を改めても構いません」

 

「……カトリーヌ。何か飲み物を買って来て」

 

「は、はい!」

 

「それと持って来る場所は屋上の庭園にお願い。私の部屋だと白い子は不味いだろうから」

 

 肌の事情があるので、どうしてもペットを飼っているジャスティーヌ嬢の部屋には僕は入れない。

 気遣ってくれるジャスティーヌ嬢に感謝しながら、僕らは屋上の庭園に向かった。




次回が終わって、遂に文化祭編に突入します。
修正前と同じで先ずは才華sideから始まり、遊星sideに入る予定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。