月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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また少し遅れてしまい、申し訳ありません。
そして予告通り次回から文化祭が始まります。
それと後書きの部分に小話が2本あります。

秋ウサギ様、烏瑠様、誤字報告ありがとうございました!


九月上旬(才華side)6

side才華

 

「それで、話ってなに?」

 

 屋上庭園に置かれている椅子に座ると共に、ジャスティーヌ嬢は質問して来た。

 表情を見る限り、不機嫌な様子はない。寧ろ少し機嫌は良さそうだ。

 僕にとっては運が良い事に、今日の放課後の一件でジャスティーヌ嬢が溜め込んでいた不満を吐き出した事で機嫌が良いのだろう。

 だけど、油断をするつもりはない。相手はジャスティーヌ嬢だ。

 これから僕が話す内容に依っては機嫌が一瞬で悪くなってしまいかねない。出来るなら飲み物を買いに行っているカトリーヌさんも加えて話したかったけど、先ずはジャスティーヌ嬢に話そう。

 

「実は私は、フィリア・クリスマス・コレクションで行なわれる総合部門に自分達で考えた企画で参加しようと思っています」

 

「へえー、総合部門に……じゃあ、服飾部門の方は諦めるの?」

 

「いえ、服飾部門の方も全力で頑張るつもりでいます」

 

「……良いんじゃないの。別に私、総合部門の方には興味ないしね」

 

 やっぱりか。覚悟はしていたが、ジャスティーヌ嬢がフィリア・クリスマス・コレクションで興味を持っているのは服飾部門だけ。

 正確に言えば、服飾部門を審査するジャン・ピエール・スタンレーを始めとした有名なデザイナー達だ。

 ジャン・ピエール・スタンレー、ユルシュールさん、瑞穂さん、湊さんの4人が参加する審査は、『演劇部門』、『服飾部門』、『総合部門』の3つあるけど、あくまでジャスティーヌ嬢の狙いは『服飾部門』のみ。

 他の2つの部門には興味も無いに違いない。

 その考えが間違っているとは思わない。何故なら僕らは服飾生だ。

 演劇や総合の2つの部門にも、服飾は関わっているけど、メインじゃない。

 服飾がメインである服飾部門で評価を受けたいと思うのは当然だ。常日頃、日本の賞の評価なんて興味もないジャスティーヌ嬢がやる気を見せている。

 今から僕が言う言葉は、そのやる気に水を差すような言葉だ。

 ……怒鳴られるのも覚悟しよう。

 

「ジャスティーヌ・アメリ・ラグランジェ様」

 

「なに、急に改まって?」

 

「私と一緒に総合部門に参加していただけませんでしょうか?」

 

「……はっ?」

 

 言っている意味が分からないというように、ジャスティーヌ嬢は目を見開いた。

 だけど、徐々に理解してきたのか、何時になく厳しい目で僕を見て……いや、睨んでいる。

 この目に近い目を僕は知っている。コレクション前にお母様が見せる、プロデザイナーの人間が持つ目だ。

 

「自分が何を言ってるのか分かってる?」

 

「はい。ジャスティーヌ様が今年の服飾部門の最優秀賞を本気で目指されているのは、以前お聞きいたしました」

 

「それなのに、私に貴女が考えている総合部門の企画に参加しろっていうの? これって貴女の考え? それともエストンの……」

 

「私自身の考えです。お嬢様は寧ろ提案した私を応援してくれている班員の1人という立場です。企画の発案者は私でリーダーも務めさせて頂いています」

 

 勘違いだけはさせてはいけない。エストは参加する人の自己責任だと言ってくれたが、急な提案をした僕にも責任がある。

 

「白い子って、それなりに経験あると思ってたけど、私の勘違いだった? 服飾部門1つに集中するのと、2つの部門に労力を向けるの。どっちが集中できるか分からない訳じゃないよね?」

 

「分かっています。ですが、どうか私の考えた総合部門の内容を聞いて頂けませんでしょうか? それを聞いてご不快に思われたのなら、改めて謝罪させて頂きます」

 

 土下座をする覚悟は決めている。

 ジャスティーヌ嬢は、興味なさげに僕を見ている。既に彼女の中では僕の好感度が下がってきているのかも知れない。

 

「……まあ、聞くだけならいいよ。で、どんな内容なの?」

 

「はい。大筋の形としては『ファッションショーを兼ねた舞台芸術』。その中身の題材は『1年生で才能あるデザイナー達の作品に拠る舞台芸術』です」

 

「っ……」

 

 今僅かだけどジャスティーヌ嬢の肩がピクリと震えた。どうやら僕の話に興味が湧いたようだ。

 

「ジャスティーヌ様。飲み物を買ってきましたます」

 

 丁度カトリーヌさんも飲み物を持ってやって来てくれた。

 このチャンスは逃せないと思った僕は、2人に総合部門の内容を詳しく説明する。因みに説明に使う言葉はフランス語だ。カトリーヌさんも勧誘対象だから、ちゃんと知って貰いたい。

 

「カトリーヌさんも来られたので、改めてご説明しますが、現在私は総合部門に参加する為の勧誘を行なっています。企画の内容は『1年生で才能あるデザイナー達の作品によるファッションショーを兼ねた舞台芸術』となります。この企画なら総合部門に参加する為の最初の難関である一次審査も突破出来る可能性は高いと思っています」

 

「その根拠は何? 確信があって言ってるの?」

 

「勿論確信あっての事です。今年はジャスティーヌ様もご存じの通り、ジャン・ピエール・スタンレーを始めとした有名な服飾関係の方々が審査員として来られます。彼らもまさか、此処数年は動画やアニメが主になっている総合部門で、ファッションショーが行なわれるとは思っていない筈です」

 

「まあ、思ってないよね」

 

 ジャスティーヌ嬢は僕の考えを肯定し、カトリーヌさんも同意するように頷いてくれた。

 

「予想もしていなかった企画の内容があれば、間違いなく審査する方々も興味を抱かれるでしょう。これが一次審査を突破出来る根拠となります」

 

 本当は他にも小倉さんからの情報があるけど、ここで下手に小倉さんの名前を出したらジャスティーヌ嬢があらぬ疑いを持ちかねないので秘密にしておく。

 吟味するようにジャスティーヌ嬢は考え込む。やがて、考えが纏まったのか質問してきた。

 

「才能あるデザイナーって白い子の他に誰? そして何人なの?」

 

「才能あるデザイナーの方は全員で3名。1人は私です。もう1人は今、私の目の前にいるジャスティーヌ様。そして最後の1人はパル子さんです」

 

「パル子? ……パル子が参加するの?」

 

 良し! やっぱりパル子さんの事はジャスティーヌ嬢は認めていた。

 

「はい。パル子さんの方は勧誘に成功して、現在班員の方々の勧誘をしてくれています」

 

「何でパル子の班員の子達も誘っているの?」

 

「それは、パル子さんの班の方々は、『ぱるぱるしるばー』のアルバイトを為されている方々だからです。その方々はパル子さん自身が実力を判断して雇い、マネージメントをされているマルキューさんも実力を認められている方々です」

 

「ふーん」

 

 余り興味が無さそうな声だけど、先ほどまで僕に向けていた厳しい眼差しが薄れている。どうやら少しは興味を覚えてくれたようだ。

 

「他に勧誘が成功しているのは、私の主人であるエストお嬢様。伊瀬也お嬢様に大津賀かぐやさんです」

 

「……黒い子は勧誘してないの?」

 

「小倉お嬢様はまだ勧誘していません。何れは勧誘するつもりですが、小倉お嬢様はジャスティーヌ様の勧誘を断っています。小倉お嬢様の性格上、ジャスティーヌ様のお誘いを断ったのに、私を含めた他の方の勧誘をお受けするとは思えませんので」

 

「黒い子ならそうするだろうね」

 

 うん。間違いなく小倉さんならそうする。

 ジャスティーヌ嬢も本気で小倉さんの事は勧誘したはずだ。それを断った小倉さんが、僕の勧誘を引き受けてくれるとは思えない。

 小倉さんを勧誘するなら、ジャスティーヌ嬢を含めた全員一丸で挑むしかない。

 

「それで……いかがでしょうか? 絶対とは言えませんが、出来るだけジャスティーヌ様の服飾部門の作品に影響が出ないように頑張るつもりでいます」

 

「……全部で何着製作するつもりなの?」

 

「ファッションショーなので最低でも10着は予定しています。最大で15着ほどで、衣装を着るモデルの方は班員の方々が優先です」

 

「最大で15着か……つまり、1人最大で5枚のデザインの作品が出せるんだね?」

 

「計算ではそうなりますが、マルキューさんとの交渉の結果、文化祭で私達が製作した衣装が高評価を受けられなかったら、私はサブとなります。勿論あの衣装なら高評価は得られると確信していますが、実績のない私が勧誘する為に必要な事でしたので」

 

「まあ、実績は必要なのは分かるよ。日本での評価とかは、別に興味はないけど……少し考えさせて貰って良い?」

 

 やった!

 ジャスティーヌ嬢が考えてくれるといってくれた! 最悪、僕のこれまでの評価が全部消えかねなかったけど、総合部門の参加の可能性があるだけでも今は十分だ。

 でも、一応確認させて貰わないと。

 

「それはつまり、参加していただけるかも知れないという事で良いんでしょうか?」

 

「前向きには考えてあげる。パル子と組むのは面白そうだし、何よりも才能あるデザイナーが集まってならね。これがクラスの子達と組んでだったら怒るけど、それなりの実力のある子達が集まるんでしょう? もしかしたら黒い子も参加する気になって、私の作品の型紙を引いて貰えるかもしれないし」

 

 ……そう来たか。どうやらジャスティーヌ嬢は相当小倉さんに型紙を引いて貰いたいようだ。

 実際、僕もルミねえの衣装の型紙を引いて貰ったけど、小倉さんは本当に良い型紙を引いてくれたから気持ちは少なからず分かる。

 

「それで返事に期限とかあるの?」

 

「私の実績の件もありますので、文化祭が終わってから改めてお返事を聞かせて頂きます」

 

「うん。分かった。カトリーヌ。行くよ」

 

「はい、ます!」

 

 ジャスティーヌ嬢はカトリーヌさんを連れ立って庭園から去って行った。

 それを確認すると同時に僕はガッツポーズをする。

 

「やった!」

 

 庭園に誰もいない事を確認してから、素で歓喜の声を上げてしまった。

 最悪、これまで築いたジャスティーヌ嬢の関係が壊れかねなかったが、前向きな返事を貰える事には成功した。

 尤も気分屋な面があるジャスティーヌ嬢だから、文化祭後にやっぱり止めると言われかねないから参加申込書に名前を書いてくれるまで安心は出来ない。

 ……だけど、今は、この喜びに浸ろう。この感情のままにデザインを描きたい気持ちはあるが、手が興奮で震えてペン先がブレてしまいそうだ。少し熱を冷まそう。

 一度部屋に戻って、メイド服から女性物の私服に着替えて、エントランスに向かう。

 

「あら朝陽さん、お出かけ?」

 

 エントランスに着くと、壱与と会った。

 

「はい。少し夜風を浴びてこようと思います。私が外出できるのは、この時間だけですから」

 

「先ほど、エストお嬢様もお出かけになられましたね。すぐにお戻りになられたようですが」

 

「お嬢様が?」

 

「はい。まっすぐ下りてきて、出ていったと思ったら、何か買い物を手に持っているわけでもなく、5分程度で戻って来ました。そのあとは、真っ直ぐ自分の部屋へ向かわれたようです」

 

「私と同じく、夜風でも浴びたかったのでしょうか? 教えていただき、ありがとうございます」

 

 エストも僕と同じように夜風に当たりたくなったんだろう。

 それに今日は朝から家族と喧嘩したとかで落ち込んでいたから、僕のように気分転換に外に出てもおかしくない。明日はエストの好きなものでも作って元気になって貰おう。

 

 桜の園を出た僕は、とりあえず周囲を散策するような気持ちで道を歩く。

 流石に夜のこの付近は、表街道や渋谷の方と違って人の通りが少ない。あんまり賑やかな場所に行く気分でもないしね。せっかく気分が良いのに、うっかり、ナンパや求婚なんてされたくもないし。

 うーん、でも当てもなく歩くのも寂しいな。

 ……そうだ! せっかくジャスティーヌ嬢が前向きに参加を考えてくれているんだから、1人で乾杯用のケーキでも探そう!

 売っている店がなかったら諦めれば良いんだし。そう思いながら、僕が歩いていると。

 

「あ、メイドさん発見ずどーん」

 

「パル子さんとマルキューさん……それに?」

 

 覚えのある声が聞こえたので振り向いてみると、パル子さんとマルキューさんが、見知らぬ3人の女性と一緒に歩いていた。

 

「えっ? パル子とマルキューの知り合い? めっちゃ綺麗じゃん」

 

「白い髪と赤い瞳とか、妖精みたい」

 

「顔が広いパル子と一緒に行動するようになってから会った人達の中でも、別格なんだけど。なに、どんな知り合い?」

 

 大変気分が良い! やっぱりこうして自分の容姿を誉めて貰えるのは嬉しいなあ。

 

「どうもです。このへん歩いてるの珍しいですね?」

 

「はい、少し散歩を。皆様はどうされたのですか?」

 

「いやー、その打ち上げを皆でやってた帰りなんですよ」

 

 どうやら見知らぬ3人の女性は、以前から聞いていたぱるぱるしるばーに入ったスタッフで、パル子さんの班員の人達のようだ。

 

「パル子、マルキュー、紹介してよ」

 

「この人は色々と相談に乗ってくれた人で、特別編成クラスでメイドをやっている小倉朝陽さん」

 

「特別編成クラス」

 

 少し空気が硬くなったように感じた。発しているのは、3人の女性だ。

 

「学院に入る前から知り合いだからさ。結構学院で会った時も話したりしてるから」

 

 マルキューさんの説明に、硬くなっていた空気が元に戻るのを感じる。フォローありがとうございます、マルキューさん。

 

「メイドさんは良い人だよ。あと主人のギャラッハさんも。ほら、夏にあたしときゅうたろうが美味しいジュース持って帰って来たろ。アレ、メイドさんがくれたんだよ」

 

「えっ? あの美味しいジュースくれたのって、この人だったの!?」

 

「そう言えば、小倉朝陽って名前……それって、私らがバイトしてるマルキューとパル子のブランドのスポンサーになった人の娘って、もしかして……」

 

「あっ、いえ。その方と私は別人です。偶然ですが、同姓同名なんです」

 

「そうそう。あたしらの方のスポンサーの娘さんは黒髪の人だから」

 

「そうなんだ。あっ、すみません。警戒したりして」

 

「いえ、お気になさらなくて大丈夫です。ですが、皆さん。何か特別編成クラスの方とあるのでしょうか?」

 

 良い機会なので、彼女達から特別編成クラスに対する印象を聞いて見よう。

 

「あー……なんていうか特別編成クラスの人達に、うちらことごとく見下されてるって感じでー」

 

「な。前にもエレベーターの前で一緒になったら、うちらを先に行かせて隣のやつ使ってたもんな。あからさまにばい菌扱いかっつの」

 

 ……これは想像以上に根深い。

 視界の端でマルキューさんが首を縦に振っている。つまり、一般クラスの生徒達が特別編成クラスの生徒達に抱いている印象は、今のが大体同じという事なのだろう。

 少なくとも、話した印象では彼女達が悪い人物には思えない。マルキューさんとパル子さんが仲良くしているんだから、当たり前なんだろうけど。そんな彼女達でさえ、特別編成クラスの生徒達というだけで警戒している。

 やっぱり特別編成クラスと一般クラスの間には、深い溝があるんだと改めて実感させられた。

 

「まあ、前からマルキューやパル子からスポンサーの娘さんの話とかは聞いたりしてるんで、特別編成クラスの生徒全員がそんな感じじゃないのは分かってるんですけど」

 

「初対面だと警戒しちゃうんだよね」

 

 なるほど。付き合っていけば、互いの良さが分かって行くのは当然な事だ。

 僕だってエストの良さを、付き合いが長くなっていくことで知る事が出来ているんだし。

 

「それで皆。このメイドさんが昨日話した総合部門の企画を持って来てくれた人だから」

 

「えっ!? そうなの!? じゃあ、パル子とマルキューが見せてくれたあの綺麗なデザインを描いたのも!?」

 

「はい、私です」

 

 頷く僕に、3人の女性から警戒の気配は消えて、代わりに感心と尊敬が混じった視線を向けてくれた。

 

「パル子とマルキューが見せてくれたデザイン。凄く良かったからどんな人が描いたのか気になっていたけど」

 

「こんな美人が描いていたんだ」

 

「いや、本当に驚きで……えーと、それで、パル子とマルキューから私らも総合部門への参加を誘っているとか聞かれているんだけど」

 

「はい、パル子さんとマルキューさんを経由していますが、皆様を勧誘しています」

 

 偶然だけど、こうして直接会う機会がやって来た。

 それに、パル子さんとマルキューさんも一緒にいるおかげで、僕が特別編成クラスに所属する生徒だと知っても、そんなに警戒されずに済んでいる。

 この機会を逃せない。パル子さんとマルキューさんに頼るだけじゃなくて、僕自身も話して勧誘しよう。

 

「急な話を持って来てしまい、申し訳ない気持ちがありますが、どうか総合部門に参加して頂けないでしょうか?」

 

「うーん……パル子とマルキューの説明を聞く限り、こっちに良い条件なのは分かるけど……一応聞くけど、本当に製作に参加した人がモデルとして舞台に立てるの?」

 

「はい。その事は此処にいない参加者の方々にもご説明して了承して頂いています」

 

 質問して来た方は、僕の言葉に嘘はないと判断したのか頷いて下がってくれた。そして今度は別の人が質問してくる。

 

「じゃあ、その人達は貴女が文化祭で結果を出せなかったらパル子の衣装をメインにするって話にも納得してるの?」

 

「あっ、その事ですが、先ほどメインデザイナーと候補に挙がった3人目の方が、前向きに参加を考えてくれると言ってくれました」

 

「って事は、ラグランジェさんの方は参加希望って事になったって事ですか?」

 

 話を聞いていたマルキューさんが質問して来た。

 しまった。最初に会った時に、この件は話しておくべきだった。

 

「其処まではハッキリと答えてくれませんでしたが、少なくとも前向きに考えてくれるそうです。パル子さんとマルキューさんには、こうして偶然会えるとは思ってなかったので、明日連絡を入れようと思っていました」

 

「あっ、気にしなくて良いですよ。あたしも打ち上げやっていて気付かなかったと思うんで。それでラグランジェさんの返事は、あたしらと同じで文化祭後ですか」

 

「はい。私の実績の問題もありますから、やはり作業の開始はどうやっても文化祭後になるでしょう」

 

「分かりました。じゃあ、こっちも作業を開始できるように準備を進めておきます」

 

「ラグランジェさんも参加するとか、すっごく楽しみ!」

 

「つうか。その……ラグランジェって誰? 凄いの?」

 

「凄いぞ。なんたって……えーと、アメリカ人っぽい名前の賞を取って有名だから」

 

「はっ? アメリカ人っぽい名前の賞?」

 

 パル子さんの説明に、3人の女性は首を傾げた。前にもこんなやり取りあったっけ。

 その時と同じように見かねたマルキューさんが説明する。

 

「クワルツ賞な」

 

「そそっ、そんな名前の賞だったっけ」

 

「いや、待って……クワルツ賞って凄い賞じゃん!? そんな凄い賞に入選した人が参加するの!?」

 

「正確に言えば、最優秀受賞者です」

 

 勘違いされないように僕は正確な情報を教えた。

 聞いた3人は、心の底から驚いたという表情をしている。どうやらパル子さんと違って、3人とも有名なコンクールだという事を知っているようだ。

 

「もっとすっげー!」

 

「うわー、そんな凄い人とうちのパル子が総合部門に参加するの?」

 

「えっ? 良いの? って言うか、あたしらもモデルとして参加して良いの? 本当に?」

 

「本当です。寧ろラグランジェ様は、パル子さんが参加するという事で興味を覚えたみたいです」

 

「いやいや! 私なんてそんな大したものじゃないですよ! ほんとに!」

 

 そんなに謙遜しなくても良いのに。

 何せ今の総合部門の企画実行には、パル子さんの力が必要不可欠なんだから。本当にパル子さんとマルキューさんと知り合えて良かったと心から思う。

 おっと、いけない。ジャスティーヌ嬢の参加の件は正確に話を伝えておかないと。

 僕はマルキューさんに顔を向けた。

 

「前向きに参加を考えているジャスティーヌ様が仰るには、文化祭に出されるパル子さんの班の衣装を見てから正式な参加のお返事は頂けるそうです」

 

「じゃあ、私達と同じで文化祭後に返事って事ですね? ただかなり前向きになっていると……分かりました。皆、今の話を聞いてどう思う?」

 

 マルキューさんは、パル子さんとバイトの人達に顔を向けて質問した。

 パル子さんは以前と同じようにやる気があるという表情をしてくれている。残りの3人も興味ありそうにしている。

 

「まぁ、やっても良いかなって気にはなってるよ」

 

「パル子の作品が有名になったら、それはそれで嬉しいしさ」

 

「うん。それはあるよ。ああ、でもさ。確認し忘れてた事があるんだけど、質問して良い?」

 

「はい。構いませんよ」

 

 3人の女性は互いに頷きあうと、1人が代表として僕に質問して来た。

 

「美容科の大蔵アンソニーJrがメイクを担当してくれるって本当?」

 

「はい。本当です。ただ人数が人数ですので、彼一人では手が足りないでしょうから、彼を経由して他の美容科の生徒にも依頼する事になると思います」

 

 この手の質問は、前回のパル子さんとマルキューさんとの会話で来ると予測出来ていたので迷う事無く答えた。

 僕の答えに3人は両手でガッツポーズした。えっ? 何で?

 

「よっしゃあー! この機会を絶対にものにするー!」

 

「バイト代は良いんだけど、男との付き合いがないのがねー」

 

「美容科の生徒ってイケメン揃いらしいからさ。やっぱ、こういう機会逃せないよ」

 

 ……マルキューさんの言う通り、ジュニア氏の話を出したら彼女達の目は凄く輝いた。

 やる気を出して貰えるのは嬉しいけど……これはジュニア氏の勧誘は必ず成功させないといけない。九分九厘成功するだろうけど、それに安心せずに全力で挑もう。

 

「メイドさん。うちの子らがすみません」

 

「いえ、お気になさらないで下さい……ところで先ほど打ち上げの帰りだと言っていましたが、なんの打ち上げだったのですか?」

 

「文化祭の衣装と注文が来てた衣装が完成したことです」

 

「皆で頑張った衣装なんで、盛り上がろうって事になって」

 

「楽しかったよね。何時もは課題なんて適当にやってるけどさ。今回は注目が集まってるとかで、良い衣装製作したら学院だけじゃなくて他のところからも評価されるとか言われたらやる気になるよね」

 

「もしかしたら、雑誌にあたしらの事も載るかも知れないし」

 

「ああ、舞台に立つマルキューが羨ましい」

 

「余計な事を言うなって!?」

 

「マルキューさんが、舞台に立つんですか?」

 

 ちょっと驚いた。パル子さん達も文化祭に参加するんだから、当然舞台に立つモデルの人を決めていると思っていたが、まさかそれがマルキューさんだったなんて。

 ……いや、そう言えば、昨日別れた時に、マルキューさんが『あたしらの文化祭の衣装』と言ってたっけ。

 マネージメント科のマルキューさんが、どうしてデザイナー科の課題に関わっているのかと疑問に思っていたが、なるほど。モデルとして関わるなら確かにそれはマルキューさんの衣装でもある。

 そのマルキューさんは、僕の質問に照れ臭そうに笑った。

 

「ええ、まあ……最初は断ったんですけど……班員全員から勧められて仕方なく」

 

「パル子はかなり張り切ったもんね。マルキューに恩返しするんだって言って。あたしらもマルキューに世話になってるから、頑張ろうって気持ちになれたし」

 

「あの衣装着たマルキューが舞台に立ったら、絶対に注目されるって!」

 

 これは予想以上の強敵にパル子さん達の班はなりそうだ。

 マルキューさんの容姿はエストやルミねえほどでは残念ながらないが、それでも綺麗だ。言うなれば、エストやルミねえは高嶺の花。マルキューさんは野に咲く綺麗な花というところだ。

 その野に咲く花を輝かせる衣装。誰もが着るだけで特別に成れるような衣装もまた、高い評価を受ける。何よりもパル子さんがやる気になって製作した衣装なんだから、きっと凄い衣装が出て来るに違いない。

 

「あっ、そういえばメイドさんの方は文化祭のコンペの衣装のモデルをやる人は誰なんですか?」

 

「お2人に写真で御見せしたあの衣装は、私の主人であるエストお嬢様が衣装を着ます」

 

「うわ、モデル超強い。ギャラッハさん、異常なまでの美人じゃないですか。外国人だしスタイル良いし」

 

「マジで! それってマルキュー全然勝ち目ないじゃん!」

 

「マルキュー……正直モデル勧めてごめん」

 

「ギャラッハさんが相手なんて無理……どう考えても笑いもんにされそう」

 

 さっきまでの元気を失い、がくりと首が項垂れていた。ご愁傷様と言う他にない。

 でも……マルキューさんが着る衣装が、僕らの衣装に劣るとは思えない。

 

「元気出せよ。きゅうたろう」

 

「そうだよ、マルキュー。終わったらなんか奢るからさ」

 

「っていうか、今から奢るよ。ほら、どっかのカフェに寄って行こう」

 

「メイドさんはどうですか?」

 

「いえ、私はそろそろマンションに戻ろうと思います。それでは、失礼します」

 

 パル子さん達と別れてからは、真っ直ぐに桜の園に戻り、部屋に戻った。

 今のところ八日堂朔莉を除いて、勧誘は成功に近い。だけど、やる事はまだまだある。

 差し当たってしないといけないのは、ジュニア氏の正式な勧誘だ。5月に約束はして貰えたけど。正式に依頼しないと。

 他に問題があるとすれば……やっぱり演出だ。だけど、僕は八日堂朔莉以外に演劇部門に知り合いがいない。彼女に聞くのも不味いだろう。何せ八日堂朔莉は……コミュ障だから。

 どうしたものかと考えながらパソコンを起動させてみると、エストから才華宛てのメールが来ていた。

 

『才華さん、こんにちは。最近は貴方にメールを送るのが楽しくて、デザインの時間よりも優先してしまう程です』

 

 そう言えば以前と言うか、桜小路才華がゴーストを演じているとエストが知った頃に比べると、良く互いにメールを出すようになった気がする。

 

『貴方がゴーストだったと知った頃は、私は散々貴方に会いたいと言い、それを断られる度に罵りました。当時の自分の行動を深く反省しています。』

 

 嬉しい言葉だけど、当時は僕も酷かったので余り落ち込まなくても良いよ。実際ゴーストなんて褒められたことじゃないんだから。

 

『今は、貴方とのメールでの会話を好ましく思っています。顔を合わせては言い難い事でも、文章なら不思議と打ち明ける事が出来る為です。今日も、メールだから打ち明けられる話を聞いて頂きたいのです。それとこの事は朝陽には内緒でお願いします。7月のメールで『貴方に聞いて貰いたい相談がある』と言った事を覚えているでしょうか?』

 

 とうとう来たか!? このタイミングで相談が来るとは思ってもみなかったが、漸くエストが隠している事が分かる。

 逸る気持ちを押さえながらマウスを動かし、手が固まった。

 こ、これは……い、一体どういう事なんだ!?

 

『ただ、その話をする前に、先ず謝らなければならない事があります。朝陽が貴方のゴーストを務めていると知った時に、私は貴方を卑怯者と罵りました。今となっては、それが朝陽の為だったのだと思えます。だからこそ聞きたい。この事実の後で、私をどう思うのか教えてください……私はデザイナーとして、他人のゴースト(・・・・・・・)を務める人間です』

 

 ……………ど、どう言う……事なんだ?

 メールの内容が理解出来ない……エストが誰かのゴーストを務めている?

 ……あり得ない。そんな事がある筈が無い。だって、エストの本当のデザインは、紛れもなくアメリカで僕とデザインを競い合った『エスト・ギャラッハ・アーノッツ』のものだ。エストが『小倉朝陽』のデザインを桜小路才華のデザインだと見抜いたように、僕が見間違う筈が無い。

 だけど……メールにはハッキリと『他人のゴースト(・・・・・・・)を務める人間です』と書かれている。

 訳が分からずに固まっていた僕を正気に戻したのは、鳴り響く携帯の音だった。

 相手は……伯父様?

 

「はい、才華です」

 

『夜分遅くに済まない。だが、見過ごせない事実が判明し、至急お前に伝える事が出来たので連絡させて貰った』

 

「い、いえ、起きていましたので……そ、それで見過ごせない事実とは何でしょうか?」

 

 伯父様がわざわざ連絡して来るほどだ。余程重大な事実に違いない。

 そう思う僕の耳に、伯父様は信じ難い事実を伝え。今度こそ言葉を失った。

 

『お前の主人であるエスト・ギャラッハ・アーノッツは、アメリカに渡る前のロンドンにいた頃、モデルの成り代わり(・・・・・・・・・)を行なっていた疑いが出てきた。しかも一度ではなく、何度もだ』




ジャスティーヌもとりあえずは前向きな参加の方です。
但し文化祭で出されるパル子の衣装の出来次第では断ります。衣装を見て、パル子の班員達の実力がどのぐらいか確かめる為に。
そして修正前と違って衣遠はエストの過去をある程度知り、才華に急遽報告する流れになりました。


『その日の深夜のチャット会話9』

蝶『……上の兄……事実なんですかそれは?』

蛇『残念ながら確証まで得られなかったが、集まった状況証拠から推測する限り、エスト・ギャラッハ・アーノッツは、姉であるエステル・グリアン・アーノッツと共にモデルの成り代わりをしていた可能性はかなり高い』

蜘蛛『文化祭は爺だけを警戒しておけば良いと思っていたが、此処に来て才華君の主人にも、問題がある可能性が出て来るとは思っても見なかった。だが、そうそう成り代わりなんて出来るものなのか、蛇?』

蛇『エスト・ギャラッハ・アーノッツとエステル・グリアン・アーノッツは、一卵性の双子だ』

蜘蛛『容姿が瓜二つという事か。それなら確かに成り代わりも可能だが、わざわざ学院の文化祭。しかも彼女からすれば海外にまでやって来るとは思えないが』

蛇『蜘蛛の言う通り、普通ならあり得ない話だが、エステル・グリアン・アーノッツに関してはあり得る。部下に調べさせたところ、自分を着飾る話にはかなり熱心らしい。しかも、日本に来る準備をしているそうだ』

蝶『ちょっと待って下さいよ! 下の兄達の班のモデルは甘ったれの主人で登録されてるんですよ! それで成り代わりなんてやったら完全に違反じゃないですか!? 文化祭で行なられるコンペのルールは、フィリア・クリスマス・コレクションで採用されているルールなんですよ!? いや、それよりも、もし入れ替わって下の兄達が製作した衣装を着られたりしたら……』

蛇『……審査の結果は最悪な結果になるだろう』

蜘蛛『俺は服飾には明るくないが……確かに十数年前にりそなさんが着たあの衣装を、他の誰かが着て舞台に立つ姿は想像もしたくないな』

蝶『それだけじゃないですよ! 下の兄の班には、ラグランジェ家の人間がいるんですよ! 今のところは落ち着いているそうですけど、もし本当にモデルの成り代わりなんてやって、審査結果が最悪なものになったら国際問題に発展するかも知れないじゃないですか! ああ! 何でこんな問題が今更出て来るんですか!? お爺様の問題だって頭が痛いのに!?』

蛇『落ち着け。才華には既に連絡して、気を付けるようにいってある』

蝶『これが落ち着けるわけがないじゃないですか! 上の兄だって分かってる筈です! もし下の兄がせっかく製作した衣装が台無しになっているところを見たりしたら、どうなるかなんて考えるまでもないじゃないですか! ……今度はもう本当に立ち上がれないかも知れません』

蛇『分かっている! 流石に事が事だ。今回ばかりは才華だけには任せておくつもりはない』

難儀『では、文化祭当日は遊星様から離れて、私はエスト・ギャラッハ・アーノッツの監視を行なえば良いでしょうか?』

蛇『ああ、そうだ。それと八十島と樅山にも今回ばかりは動いて貰う。樅山はコンペの司会を行なう予定だが、開始ギリギリまで更衣室で監視を行なうように指示を出す。最悪の場合はエスト・ギャラッハ・アーノッツの順番も変えさせる。ラフォーレに怪しまれかねないが、そうもいってはいられない。八十島には桜の園でエスト・ギャラッハ・アーノッツの部屋の監視を命じさせる。学院以外で入れ替わりを行なうとすれば、其処以外にないだろう』

蜘蛛『……小倉さんには伝えるのか?』

蛇『……いや、我が子の性格上疑いを持って接するのは危険だ。特に今の我が子は表面上はともかく、内面の精神はギリギリのところだ』

蝶『短い間でも、人に疑いを持って接するなんて下の兄は無理なのに、疑いが間違っていたりしたら、尚更下の兄の心がヤバいです。この話は私達だけで進めましょう』

蜘蛛『確かに俺も小倉さんが誰かを疑って行動するのは嫌だな』

蛇『爺だけでも厄介だというのに。此処に来て更に問題が出て来るとは。今は才華を信じるとしよう』



『『桜小路遊星、日本へ』

「それじゃあ、ルナ、八千代さん、湊、行って来るよ」

「ああ……気を付けて行って来てくれ、夫」

「ゆうちょ……その頑張って来てね」

「旦那様。くれぐれもアトレお嬢様の事はお願いします」

「はい。ちゃんとアトレとは話をして来ます」

 これだけは絶対にしないといけない。アトレを説得しないと!

「後、ゆうちょ。才華君にあったらちゃんと叱った方が良いよ。詳しい話は日本でりそなや衣遠さんがしてくれるだろうけど、本当に色々あったみたいだから」

「う、うん。が、頑張ってみるよ」

 そ、そっちも頑張らないと。これまで才華を叱った事が無いからちゃんと彼のように叱れるか心配だな。

「じゃ、じゃあ、行って来るね」

 鞄を持って僕は屋敷を出た。
 せっかくルナと湊が頑張ってくれて、予定よりも二日も多く日本にいられるんだからしっかりしないと。

「ルナ……頑張ったけど、4日しか休み取れなかったね……最悪の場合を考えて、ゆうちょがいなくても進められるようにはしてあるけど、大丈夫かな? 朝日のように富士の樹海に行きたがらないかな?」

「日本にいるりそなには頼んでおいたが……今回ばかりは私もどうなるか分からない」

「真面目に言うよルナ……ゆうちょと一緒に何やってるの?」

「……返す言葉もない。夫。どうか無事に帰って来てくれ」

 2人は、無事に事が終わる事を強く願った。
 だが、そんな2人に日本から届いた連絡は……最悪の報告だった。

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