月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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今回で才華sideは終わらす予定でしたが、もう一話才華sideでの文化祭編が続きます。

秋ウサギ様、烏瑠様、獅子満月様、えりのる様、誤字報告ありがとうございました!


九月中旬(才華side)11

side才華

 

「………それを聞いて朝陽はどうするの?」

 

「……何もしません……私にはお嬢様がゴーストを為されてもお止めする資格がありませんので」

 

 小倉朝陽は桜小路才華のゴーストを務めていた。

 僕はそう説明してエストの従者の身分になった。実際は違うけど、説明した以上、ゴーストを務めていた(そうなっている)人間が、ゴーストの正否に関して意見を言う事は出来ない。

 ……つくづく仕方がなかった事とは言え、ゴーストなんて設定を使うんじゃなかったと後悔する。いや、でもこうして小倉朝陽になっていなかったら、こうしてエストの秘密を知る事が出来なかったから、かなり複雑だ。

 正直に言えば……あのエステル・グリアン・アーノッツにエストの才能が使われるのは、大変気分が悪い。

 何も知らなければ、服飾雑誌にデザイナーとしてエステル・グリアン・アーノッツの写真を載ったのを見て、こんな人だったのかと思ったかも知れない。だけど、知った今では大変気分が悪い。

 ……今は、言えないけど、エストに全てを明かした時にお願いぐらいはしてみようかな?

 

「……正直、私はゴーストを務めることを甘く考えてたの。もしゴーストの事が明るみになれば、私が主導したと名乗れば非難は私だけで済むと思っていた」

 

 それは無理だと思うよ、エスト。

 目立つ事が好きらしいエステル・グリアン・アーノッツの事だから、デザイナーとして活躍してちやほやされれば間違いなく調子に乗るだろうし。

 ……僕も調子に乗っていた側なので良く分かる。

 

「でも……今はそう思えないの」

 

「ゴーストを務めていた私を見たからでしょうか?」

 

「それもあるけど……これは朝陽には内緒にしてたんだけど、私が溺れた日に朝陽達が部屋に来る前に、小倉さんにゴーストについて質問してみたの」 

 

 そう言えば、小倉さんも同じような事を言っていた。

 

「小倉お嬢様は何とお答えになられたのですか?」

 

「誉められたことじゃないって言われたの」

 

 うん。本当に誉められた事じゃないからね、ゴーストは。

 

「それと……プロになって共同作業が始まった後に、実は描いているのが別人だと分かったりしたら、作業してくれている人達が傷つくって言われたの」

 

 さ、流石は小倉さんだ。エストの事情は分からないにしても、的確な言葉を言ってくれる。

 

「でも、私はその忠告を受け入れることが出来なかった。それだったら私も2つ目のデザインをすればと思って……」

 

「もしや学院でのデザイン画の授業の時と、私と2人の時にデザイン画のタッチが違ったのは」

 

「うん。もし、誰が見ても同じ人間が描いたと分からないデザインが描ければ、私もデザイナーを続けられると思ったの」

 

 だから、2枚目のデザインをエストは描こうとしていたのか。

 

「元々朝陽と一緒にデザインをする時間が楽しかったから浮かんでいた考えだったんだけど、小倉さんの話を聞いて更に頑張ろうと思った……自分でも後で見直したら酷くて」

 

 うん、本当に酷かったからね、あのデザイン。今思えば、とにかくエスト本来のデザインを思い起こさせないことばかり優先して描かれていたのが分かる。

 それでは良いデザインなんて描ける筈が無い。デザインは自分の内の芸術性から描かれるものだから。

 奇跡的に2つの芸術性を持っているならともかく、残念ながらエストにはそれがなかったという事だ。

 

「それに……夏休みで私達は失敗したよね。あの失敗を知って、私は本当にグループでの製作を甘く見ていたと実感させられたの。小倉さんの言う通り、もしプロになって共同作業が始まれば、あの時みたいな事は起きると思う」

 

「プロの現場で働いていたカトリーヌさんも、慣れているご様子でしたから、間違いなくあるでしょう」

 

「その時から心の何処かで昔のように旨くはいかないんだって思うようになっていたのかも知れない。だから、電話越しだったけど、エステルがあの衣装でモデルの入れ替わりをしたいと言っても拒否出来たんだと思う」

 

 皮肉な事に、あの僕らの失敗がこれまで姉の為と行動していたエストにブレーキをかける切っ掛けになっていたようだ。

 まさか、そういう此方の都合を全部無視して日本にやって来て、モデルをしたいなんてね。

 本気で何を考えて……いや、何も考えていないか、エステル・グリアン・アーノッツは。

 エストの言う通り、自分が愛される事が全てだろうから。

 

「正直……私だけだったら構わないと思っていたけど、プロになるなら今後も同じことが起きて、それで一緒にしてくれている人達に迷惑は掛けられない」

 

「では……」

 

「うん。お姉ちゃんには反省の意味も込めて、私はお姉ちゃんのゴーストをしない」

 

「お嬢様!?」

 

 本当に嬉しい! エストの素晴らしい才能があの姉のものにならないのが!

 

「子供の頃の夢に未練がない訳じゃないんだけどね。何よりも今は別のやりたい事も見つけられた」

 

「別のやりたい事ですか? それは一体何でしょうか?」

 

「朝陽と一緒にデザインをしたい。それが今の私の気持ちなの。アメリカで競い合ったライバルで、今は私の素敵な従者である朝陽と競いたい! 今は負けているけど、やっぱり負けたままじゃいたくないから」

 

 と、とても嬉しい言葉なんだけど、僕のデザイナー人生は年末の君にかかっているから素直に喜ぶ事が出来ない。

 いや、此処は前向きに考えよう。漸くエストが本当のデザインを皆に見せる気になってくれた。あの舞台でも感じた時と同じで、これまでずっと抱いていた歯痒さが消えていく。

 今日の舞台にエストが立った事で、きっと学院の皆のエストを見る目は変わる。本当のデザインを見せるようになれば、ジャスティーヌ嬢の考えだって。

 これからのエストはきっと凄い。時が来るまで、僕は君を支えるよ。誇り高き主人、エスト。

 

「私のご質問にお答え下さってありがとうございました。それでは教室に戻りましょう」

 

「うん。班の皆にも事情を話さないと」

 

 最悪の結果は免れたけど、コンペの参加順番を変えたり、表彰式へのモデルの参加拒否を行なっているだけに、事情説明は必要だ。

 ただ小倉さんとカリンには説明できない。まあ、カリンは事情を知っているから問題ないが、小倉さんは早退してしまったので諦めるしかない。

 そう言えば、小倉さんが早退した事を伝えるようにカリンから頼まれていた。他の皆と合流したら、ちゃんと話しておかないといけないと思いながらエストと共にサロンから出て教室に向かった。

 

 

 

 

「それで順番が変わったってわけ」

 

 教室で事情を聞き終えたジャスティーヌ嬢は、怒りと呆れが混じった顔をして正座をする僕らを机の上に座って見下ろしていた。

 文化祭を最後まで満喫したいのか、教室内に僕らの班の面々以外の姿がなくて良かった。こんな姿を見られたら、これまでの僕のイメージが崩れてしまうし、せっかく上がりかけているエストの評価が下がってしまうから。

 ……ただジャスティーヌ嬢。僕らを見下ろしたいのは分かるんだけど、この位置からだとスカートの中の下着が見えているよ。……正体知られたらどうなるかな?

 

「本当に申し訳ありませんでした」

 

「申し訳ありませんじゃないでしょ。っていうか何? エストンのお姉さんって馬鹿なの? 何で当日来たからモデルが出来ると思ってるの?」

 

「流石にちょっとね。コンペのルールはフィリア・クリスマス・コレクションのルールと同じで、当日前に登録したモデルしか参加出来ないんだったよね?」

 

「正確に言えばー、参加自体は出来ますけど、審査の対象外になってしまうんですよねー」

 

 梅宮伊瀬也と大津賀かぐやも、流石に呆れた声を出して顔を見合わせている。

 

「それどころじゃないよ。あの衣装をエストン以外が着て似合う訳無いでしょう。今、いせたんが手に持っている最優秀賞の賞状だってなかったかも知れないんだからね」

 

「ええええええっ!?」

 

 大声を上げながら梅宮伊瀬也は、大切そうに賞状を見た。

 そう。僕らの班は今回の文化祭のコンペで1年生でありながらも、2、3年生の衣装、そしてパル子さん達の班を衣装を相手にしながら最優秀賞受賞という結果を出した。

 この報告を聞いた時は本当に嬉しく、エストと共に喜び合った。……直後にジャスティーヌ嬢から事情説明を要求され、床に正座する事になってしまったが、それでも嬉しい!

 

「観客投票では2位だったけどね」

 

 少し悔しそうにジャスティーヌ嬢は呟いた。

 僕らの衣装は総合では最優秀賞を取ったけど、観客投票では残念ながら2位という結果だった。そして観客投票1位の栄光を手にしたのは、パル子さん達の班だったそうだ。そして僕達に続いて、準優秀賞に選ばれたらしい。

 その衣装を直接この目で見たかったけど、残念ながら僕は途中でやって来て会場の控室側にいた上に、エストが舞台に立つところしかコンペで見ていなかったのでどんな衣装か分からない。

 とても悔しい! 僕らをおいて観客投票1位を獲得して準優秀賞に選ばれたんだから、きっと素晴らしい衣装だったに違いない。後で動画で見て確認しよう。

 

「まあ、相手がパル子の班だったから良いけどね。私もパル子達の班の衣装良いなって思ったし」

 

「うん。私も結構良いかなって思った。隣に座ってたうちの親戚のピエリちゃんなんておおはしゃぎで、銀条さんだっけ? その人が作った衣装を着たいって騒いでたよ」

 

 セェェェェーーーーフゥゥゥーーーー!!

 あ、危なかった。もし会場の方に行っていたら、梅宮の伯父様と鉢合わせになっていたかも知れない。

 会場に行かずに控室に直接向かったのは間違いじゃなかったよ。だからと言って、そうなった原因であるエステル・グリアン・アーノッツには絶対に感謝なんてしない。

 僕は彼女の事が嫌いだから。

 

「この度は姉が迷惑をかけてしまい、本当にすみませんでした」

 

「私からも謝罪いたします。本当に申し訳ありませんでした」

 

 エストと共に僕は三つ指を床について謝罪した。

 

「……エストンの事情なんてどーでも良いんだけどね。結果的には貴女達は最悪の結果を防ごうとしてたみたいだし。でも、エストンが関わると今回みたいな事がまたあると困るんだけど」

 

「二度と姉には今回みたいな事はさせません。家族にも事情を説明して、日本には来ないようにして貰います」

 

 エステル・グリアン・アーノッツが日本に来る為には、家族の協力が必要だ。

 その家族が日本に来れないようにしてくれれば、彼女が日本の地を踏む事はない筈だ。

 

「だったら良いんだけどね。次に同じ事があったら、本気で私怒るからね」

 

「はい!」

 

 どうやらジャスティーヌ嬢は今回の事を不問にしてくれるようだ。彼女の従者であるカトリーヌさんも、同意するように頷いてくれている。

 

「私もジャスティーヌ様がお許しになられるのでしたら構いませんます」

 

「最終的にエストンがちゃんと出てくれたから私も構わないけど……今回みたいな急な連絡は止めて欲しいかな。表彰式なのにエストンが来てくれなくて、メールを確認したら、私だけで参加してってあって困ったから」

 

「本当にごめんなさい、いせたんさん」

 

「私も伊瀬也お嬢様がお許しになられるのでしたら構いません」

 

「ありがとうございます、大津賀さん」

 

 どうやら此処に居る面々は、今回の件を赦してくれるようだ。

 エステル・グリアン・アーノッツがモデルで参加していたら、こんな事じゃ済まなかっただろうけどね。伯父様が言っていた最悪の結果になっていたに違いない。

 でも、最悪の結果は訪れずに済み、この場にいる班員の面々は許してくれた。後は……。

 

「そう言えば、小倉さんとクロンメリンさんは?」

 

 この場にいない2人の事を思い出したのか、梅宮伊瀬也は教室内を思わずという様子で見回している。

 その疑問に僕は顔を上げて、カリンから伝言を皆に伝える。

 

「小倉お嬢様でしたら、従者のクロンメリンさんからの伝言で、本日は急用で早退なられたそうです」

 

「ええっ!? 黒い子帰っちゃったの!?」

 

 ジャスティーヌ嬢を始めとして、エストも含めた全員が驚いた。

 

「すみません。今のお話は本当でしょうか?」

 

 教室の扉が開くと共に、赤毛が綺麗な高貴そうな雰囲気を発している女性がやわらかく慈愛に満ちた顔をしながら質問してきた。この人は誰だろうか?

 

「お、伯母様!?」

 

 僕の疑問にジャスティーヌ嬢が答えてくれた。

 なるほど、この女性がジャスティーヌ嬢が心から慕っているという伯母様か。確かにジャスティーヌ嬢と同じように、誇り高さを感じさせる人だ。

 フランスでデザイナーの先生をしていると聞いたが、今日はジャスティーヌ嬢の成長をこの目で見る為に日本にわざわざ来てくれたんだね。

 

「皆様こんにちは。私はジャスティーヌの伯母で、名前は『リリアーヌ・セリア・ラグランジェ』と申します。真心を込めてご挨拶させて頂きます」

 

 とても高貴さと気高さに満ちた挨拶だった。ふむ、国粋主義者のラグランジェ家の人だとは思えない丁寧な挨拶だ。

 ジャスティーヌ嬢の伯母様だから、外交官を務めている叔父と同じく傲慢な人じゃないかと思っていたが、どうやらとても良い人みたい。

 

「話に割り込んでしまい申し訳ありません。ですが、日本のクワルツ賞でジャスティーヌのデザインのパタンナーを務めてくれた小倉朝日さんが早退したという話は本当でしょうか?」

 

「は、はい。小倉お嬢様の従者からそう伝えるように頼まれました」

 

「とても残念ですわ。ジャスティーヌの件で真心を込めたお礼を申したかったのですが」

 

 心から残念だと言うようにリリアーヌさんは落ち込んでいた。

 

「ですが、今日はとても良い衣装を、私が思い描く『本物』の衣装を見る事が出来ました。皆さん、ジャスティーヌと一緒に共同作業をして頂きありがとうございます。真心を込めて感謝いたしますわ」

 

「お、伯母様!? あ、頭まで下げる必要なんて!」

 

「いいえ、ジャスティーヌ。今日は本当に私は嬉しいのです。貴女の成長をこの目に出来た事も、そしてこんなにも早く私が言った足りないものを得られた事も。真心を込めて祝福します」

 

「あ、ありがとうございます、伯母様」

 

 本当にジャスティーヌ嬢はリリアーヌさんを慕っているようだ。暴君ぶりもなりを潜めて、嬉しそうに微笑んでいるよ。

 ……そうだ! 確かリリアーヌさんはフィリアではないけど、パリのデザイナー学校の先生をしている筈だ。良い機会だから、本場のパリで、デザイナーの先生をしている彼女の意見を聞いて見よう。

 

「あのもしよろしければ、私達の班の衣装に関して詳しいご意見を聞きたいのですが、宜しいでしょうか?」

 

「ええ、構いませんことよ。先ほども申しましたが、貴女達の班の衣装はとても素晴らしい衣装でしたわ。あの衣装ならパリでのコンペでも入賞は確実でしょうし、最優秀賞も得られる可能性は充分にあるでしょう」

 

「……凄い……私達が作った衣装って、パリでも通じるほどの衣装だったんだ」

 

 服飾に関しては素人に近い梅宮伊瀬也も、あの衣装の凄さが分かったのか唖然として固まっていた。

 

「モデルの方もとても素晴らしいウォーキングで、衣装の良さを演出出来ていましたわ」

 

「そ、そんな。私なんてそんなに褒められたものじゃ……」

 

「姉が勝手にモデルをやろうとして、あの衣装を台無しに仕掛けたけどね」

 

「あちゃひっ!」

 

 調子に乗りかけたエストだったが、ジャスティーヌ嬢の容赦の無い言葉で涙目になった。縋りついて来たので、とりあえず頭を撫でておいてあげた。

 気持ちは分かるが、今回はジャスティーヌ嬢の方が言い分としては正しいので何も言い返せない。

 そしてリリアーヌさんの評価の順番が僕に回って来た。

 

「あのデザインを描いたのは貴女だとジャスティーヌから聞いています。デザインそのものは見ていませんので評価は出来ませんけど、あの衣装の出来栄えから見てとても良いデザインを描いたのは間違いないでしょう。これからも頑張って下さい」

 

 大変気分が良い! パリでデザイナーの先生をしている人も、僕の才能の凄さを認めてくれた!

 出来る事なら今すぐにでもデザインを見て貰って、直接評価して貰いたいけど、流石にそれは望み過ぎなので諦めよう。とても残念だけどね。

 

「でも、伯母様。私達の班の衣装は観客投票では2位でしたけど、その理由は分かりますか?」

 

「ええ、正直申しまして私は今日のコンペは日本の文化祭という事で、貴女の班以外の衣装には興味はありませんでしたの。ですが、私の予想に反して、もう一着。私が求める『本物』の衣装がコンペには出ていました」

 

 それはきっとパル子さん達の班の衣装だ。

 

「私としましては勿論貴女方の班に一票入れさせて頂きました。しかし、これは私が外国人だったのも大きい面がありますわね。貴女達の班の衣装は、正直申しまして外国人向けの面が強かったように思いますの」

 

 なるほど。確かに僕は今回のデザインに関しては、アイルランド人であるエストを強く意識して描くようにしていた。それを分かりやすくするために、流す音楽もケルト曲にしておいた。

 対してパル子さんの衣装は、日本人の大衆向けの衣装だったのかも知れない。だとしたら今回観客投票で2位だったのは……。

 

「これは出る順番が悪かったとしか申せませんね。先に貴女達の班の衣装が出ていれば、観客の方々に強く興味が持たれていたでしょうが、先にもう一着の『本物』の衣装。しかも、自分も着てみたいと思ってしまうような衣装が出てしまっていた事が観客投票で2位という結果になってしまったのだと、私は思います」

 

 つまり、僕らの班の衣装は先に出ていたパル子さん達の班の衣装が与えていた印象には届かなかったという事か。

 悔しいと思う反面、改めて服飾の世界の奥深さに感心させられる。それにそれだけの衣装をコンペに出して来たパル子さん達の凄さも実感させられた。早く動画でその衣装を確認したい!

 

「参考になりまして?」

 

「はい、とても参考になりました。貴重なご意見をありがとうございます」

 

「それで伯母様! これからどうするの?」

 

「もう少し日本の文化祭を体験してみようと思っています、ジャスティーヌ」

 

「じゃあ、一緒に回ろう! 私がフィリア・クリスマス・コレクションでモデルにしようと思っている子が、今パティシエ科のモンブラン決定戦の決勝戦に出ているそうだから!」

 

「まあ! それはご挨拶に伺わないといけませんわね」

 

 ジャスティーヌ嬢とリリアーヌさん、そして従者のカトリーヌさんは教室から出て行った。

 ……しかし、ジャスティーヌ嬢の今の発言は気になる。パティシエ科。決勝戦。

 この2つにピッタリと合う相手を僕は知っている。さっき携帯を確認したら、九千代が決勝戦で対決するってメールが来ていたからね。

 もしかしてフィリア・クリスマス・コレクションでジャスティーヌ嬢がモデルに選んだ相手は……。

 

「じゃあ、私も大津賀さんとお父様の所に行くね」

 

 一緒にパティシエ科にでもと思ったけど、梅宮の伯父様と親戚の子が来ているようだし、それにやっぱりまだ梅宮伊瀬也にとって桜小路分家は仲良く出来る対象じゃないのだろう。

 お父様も文化祭に来ているから、これを機会にでもと思わなくもないが、お父様はお父様で大蔵家の方々で忙しいだろうから諦めるしかないか。

 

「朝陽! 朝陽! 私達もパティシエ科に行きましょう! 今ならジャスティーヌさん達に追いつけるし、決定戦後のスイーツもいせたんさんにも渡しましょう」

 

「はい、お嬢様。あっ! 廊下を走っては行けませんよ!」

 

 もう少しエストには品位を気を付けて貰いたいなあ。

 でも、小倉さんが早退してしまったのは予想外だったけど、漸く一息吐けるよ。

 それにしても、九千代からのメールではアトレが1年生ながら決勝戦に出場し、九千代と勝負しているらしい。我が妹と我が家のメイドは凄いなあ。

 モンブラン決定戦の方が終わったら、『コクラアサヒ倶楽部』のローズガーデンパーティーの方も覗いてみようかな?

 そんな風に一段落していて、僕は文化祭を楽しむような気になっていて油断していた。

 

「ク、ク、ク」

 

 ……そうだ。今日のコンペの結果を見て、彼が僕に会いに来ない筈が無い。

 

「お久しぶりですね、小倉朝陽さん。ご友人やエストさんと一緒ではないのですか?」

 

 一段落したからといったって油断した僕の馬鹿。取り敢えず此処は当り障りのない挨拶を。

 

「お久しぶりです、ムッシュー。総学院長こそ今日はお忙しそうなのに、こんなところでお散歩ですか?」

 

「えぇ、そんなところですよ。正直今日のコンペの大成功に興奮が治まらなくて、他の教員には申し訳ないと思いますが、こうして散歩をして興奮を抑えようとしていたところです」

 

 つまり、こうして僕と会ったのは本当に偶然? いや、偶然を装っているだけの可能性もある。

 

「今日の文化祭でコンペを開いたのは正解だったと心から思っています。これまで外部のコンペやコンクールに力を入れていた生徒達も、今日のコンペでは本当の実力を発揮してくれたのですから。その中で最優秀賞を受賞した事は誇って良い事ですよ」

 

「ありがとうございます。これからも一層努力を重ねて、年末のフィリア・クリスマス・コレクションに挑むつもりでいます」

 

「とても素晴らしい言葉をありがとう。年末は私も心から期待していますよ」

 

 ……思っていたよりも、僕への勧誘が来ないな。

 それに……何と言うか前に会った時よりも、狂信的な気配が薄れている気がする。もしかして小倉さんと何度か会話した影響だろうか?

 

「ところで、大蔵君の娘である小倉朝日さんが急遽早退されたそうですが、何か理由は聞いていますか?」

 

「いいえ、詳しい理由は聞いていません」

 

「そうですか。今日の行なわれた衣装コンペティションが始まる前に、彼女と話したのですが、その時は元気そうだったんですけどね」

 

 会ってたのか。伯父様の言う通り、この人は小倉さんにかなり興味津々のようだ。

 でも、同時に小倉さんと総学院長は相容れない考えを持っていると言ってたけど、総学院長はその事を知っているんだろうか?

 

「……大蔵君もいるのですから大丈夫でしょう。それとこれからの君達の活躍には期待してますよ。何か俺の力が必要な時には、何時でも連絡を下さい。ク、ク、ク」

 

 ……やっぱりこの人は油断ならない人だ。

 総裁殿と伯父様が年末にジャン・ピエール・スタンレーが呼んでなかったら、本気で僕を勧誘しようとしていたに違いない。

 小倉さんのおかげで以前よりも狂気は治まったのかも知れないが、伯父様の言う通り寧ろ不穏な気配を感じてしまう。

 

「ん。失礼。電話のようだ」

 

 鳴り続ける携帯を総学院長はポケットから取り出して、通話のスイッチを入れると耳に当てた。

 

「私です。何かありました………」

 

 ん? 急に総学院長の顔が険しくなった。

 

「……それは事実なんでしょうね? なるほど……これまでの報告から考えても彼方の優秀さに間違いはないでしょう。その報告となれば捨て置けませんね。分かりました。すぐに戻りますので、その教員を呼び出しておいて下さい。では」

 

 携帯を切って総学院長はポケットに仕舞った。何かあったのだろうか?

 

「急用が出来ました。また会える日を楽しみにしてますよ……オ・ルヴォワール」

 

 僕と話していた時よりも、若干不機嫌そうな声で別れの挨拶をすると、総学院長は僕の前から去って行った。

 ……先ほどの電話の内容に少し興味を覚えなくもないけど、下手に彼を刺激するのは不味いし、エストの後も追わないといけない。少し足早で廊下を歩き、僕は調理部門棟を目指した。

 

「やはり調査員は彼女達でしたか。大蔵君や理事長の性格では、身内から選ばないと思っていましたが……いや、それよりも先ずは問題を早く解決しなければならない。このままでは、せっかく彼が来る筈の舞台がご破算になりかねない。文化祭だからと言って、羽目を外されるのは困りますね、演劇部門の教員」




原作や修正前と違い、順番こそ変わってしまいましたが、ちゃんとエストがモデルを務めてコンペに参加したのでジャスティーヌの怒りの度合いはかなり低かったです。
寧ろまたエストンかと呆れの面の方が強いです。
そして遂にラフォーレは調査員の正体の確信を得てしまいまし。た
因みに修正前では明らかに出来ませんでしたが、やらかした教師の正体は八日堂朔莉の担任です。彼が何をやらかしたのは遊星sideをお待ちください。

人物紹介

名称:リリアーヌ・セリア・ラグランジェ
詳細:『乙女理論とその周辺』に出て来るりそなの同級生であり、ジャスティーヌが心から慕っている伯母。『乙女理論』の時は国粋主義者のラグランジェ家の中では、唯一国粋主義に染まり切っていないように見えたが、本心はラグランジェ家の国粋主義の染まり切っていた。但し、そうなったのは幼い頃に起きたとある事件が原因。その事件には大蔵家も少なからず関わっていたので、『乙女理論』ではその関係でりそなと遊星に嫌がらせをしていた。
ユルシュールが落ちた複数のコンテストで入賞するなど、デザインの才能は優秀だったが、何時の頃からか努力する事を放棄するようになってしまい、加えて大事な場面で優秀なパタンナーを自ら手放してしまった。
現在ではその時の事を深く反省し、国粋主義者からは抜け、りそなとは友人関係。また、当時のりそなと小倉朝日(当時の桜小路遊星)が製作した『本物』の衣装の影響で、『本物』に拘りを持っている。

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