月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~ 作:ヘソカン
今回は一部を除いて修正前と大体同じ内容の話です。
秋ウサギ様、烏瑠様、獅子満月様、誤字報告ありがとうございました!
side遊星
賑やかに行き交う生徒や一般客の人達の間を通って、事前にりそなから許可が出されているサロンを僕とカリンさんは目指していた。
……とうとう……とうとうこの日が来てしまった。もう今日は朝から憂鬱な気分になっていて、せっかくの文化祭だというのに楽しむ気力が湧いて来なかった。
だって……遂にあの方が、桜小路遊星様が来る!
脳裏に浮かぶ学院に入ってからの小倉朝日としての日々。……土下座してもし足りないぐらいに、僕は黒歴史を量産してしまった。特に、何でか知らないけど部員数が1000名超えになったとかいう『コクラアサヒ倶楽部』とか。
今もしている本格的なメイク姿。他にも処分してくれることを願っているお父様の課題で撮った女装写真の数々。うん……自分でやった事だけど、今にも気絶しそうなぐらいに辛い事ばかりだ。
「難儀な数々の日々でしたね」
「……はい。もう難儀過ぎて、申し訳なさとかで泣きそうです」
何で楽しい筈の学院のイベントの文化祭で、こんなに朝から泣きたい気持ちで一杯なんだろう。
文化祭とか、本当に楽しそうなのに。ああ、出来る事ならフィリア女学院に通っていた時も、ルナ様達と文化祭を過ごしてみたかった。
でも、当時の話をりそなから聞いたところ、開校されたばかりの学院だったので、世間一般的な文化祭だったらしい。だから、デザイナー科でも普通の喫茶店とかをやっていたそうだ。今のように多くの部門がある訳でもなく、服飾だけの学院だったから仕方ないよね。
だけど……やっぱり……ルナ様達と文化祭を過ごしたかったな。僕は其処まで行くことも出来なかったけど。
「小倉様?」
「大丈夫です」
落ち込んではいられない。
というよりも……この後の桜小路遊星様との会話次第では……自殺したくなるかも知れないんだから。
もう殆ど分かっているけど、それでも僕は一縷の望みを捨ててない。そう……きっと彼は女装を止めているはずだ。
うん、たとえ此方のルナ様が言葉を濁したとしても、彼の口から直接聞くまでは確定じゃない!
他にも本職のサーシャさんから才華さんがアメリカに居た頃から女装を隠れてしていたかも知れないと言われてるけど、それだって才華さん本人に確かめた訳じゃないし。
信じよう! 桜小路遊星様を!
「やあ、久しぶりですね」
「あっ! お久しぶりです、ラフォーレさん」
もう少しでサロンに着くというところで、ラフォーレさんに出くわした。
「丁度良かった。君を探していたところなのですよ」
「私をですか?」
困った。ラフォーレさんとも話をしたい気持ちはあるけど、急いでサロンに行きたいのに。
「ええ、今日行なわれるデザイナー科のコンペに出す君達の衣装の自信のほどをお聞きしたくてね」
「今の自分達に出来る最高の衣装を製作出来たと思っています」
色々あったが本当に良い衣装を製作出来た。
……最後の最後で今後の方針の違いでチームとしては進めなくなってしまったけど、それでもあの皆で製作した日々は、ルナ様達と衣装製作をしていた時に負けないぐらい楽しかった。
「それはとても期待を持てる言葉ですね。ええ、本当に。今日という日が来るのを楽しみにしていました。何せ君達も含めて私の愛しい生徒達が、本気でコンペに向けて衣装を製作してくれたのですから。これと言うのも、君とラグランジェ嬢がクアルツ賞で最優秀賞を受賞してくれたおかげですよ」
「そんなことは……」
「謙遜しなくて結構。私も学院長になってから頑張って来ましたが、少々急ぎ過ぎた方針を立ててしまい、危うく未来ある才能ある者を失いかけた」
「ククッ、分かっているではないか」
お、お父様!? どうして此処に!?
先にサロンに行っているんじゃ! いや、それよりもこの組み合わせは不味いような。
お父様とラフォーレさんは、相性の悪い関係だとお互いに言ってたけど。
「これはこれは懐かしい顔ですね、大蔵君」
「そうだな。ラフォーレ……で、何故このような場所で俺の子と話をしている?」
「今日のコンペの自信のほどを聞きたいと思いましてね」
「ククッ、そんなもの結果は分かり切っている。この俺がスポンサーを務めるブランドのデザイナーの班と、我が子達の班で準優賞と最優秀賞を獲得する事がな」
い、いえ、あのお父様。まだ、そうと決まっている訳ではないんですけど。
「相変わらずの自信家ですね。ですが、例の銀条春心という生徒の件に関しては感謝しますよ」
「なに、才能ある者が下らぬ嫉妬で潰れる事に我慢できなかっただけだ」
「そうそう誉めるとしたら、君の子である彼女もですね。彼女が製作している姿は、実に……美しかった。衣装を着る相手の事を考えて、一針一針縫う姿は絵になる程でしたよ」
……誉めて貰えている事は分かるんだけど……美しいとかは言わないで欲しいです。
男としてのプライドがジクジクと痛いんで。
「フン、流石は我が子だ。お前ほどの男に影響を及ぼしているのだからな」
「影響? ……そうかも知れませんね。最近は以前よりも充実していると自分でも実感していますよ。では、そろそろ失礼させて貰います。今日のコンペの最後の打ち合わせがあるのでね。次はコンペの会場で会いましょう。オ・ルヴォワール」
ラフォーレさんは優雅に去って行った。
本当に今日のコンペを楽しみにしてるんだ。僕もやるべき事が終わったら必ず行こう。
……最悪。本当に最悪の可能性だけど、傷ついた心をコンペに出て来る衣装の数々を見る事で癒やすことになりかねないし。
でも、今は……。
「おはようございます、お父様」
「ククッ、随分とラフォーレと仲が良さそうではないか?」
「い、いえ、あの、話が合う事が多くて」
「まあ、それは構わない。今はそれよりも、この後の話し合いだ。我が弟はりそなと駿我が連れて来る事になっている」
とうとう来た!
迫って来る時に心臓がバクバクと鳴っているのが聞こえそうだ。
「では、衣遠様。私は失礼します」
「ああ、其方で何かあったらすぐに報告しろ」
カリンさんはお父様に一礼すると、身を翻して人が行きかう廊下を歩いて行く。
今日は文化祭という事で、調査員の仕事があるカリンさんとは此処からは別行動。外部から人を招くから、その機会を利用して悪い事を考える人がいるかも知れない。なのでカリンさんとは此処から別行動する事になる。
……あんまり考えたくないけど、お爺様の干渉の事もあるからありそうで怖い。
「では行くぞ」
「……はい」
お父様と一緒にサロンに向かい、中に入る。
防音も確りしているし、文化祭中はサロンの使用を生徒は禁止されているから、誰も来る事はない。つまり……聞かれたくない話をすることが出来る。
嘗てのルナ様達との学院の憩いの場で……これからする会話を思うと気が重くなって涙が流れそう!
ああ、僕を嫌っている神様仏様! そして大変な罪を犯してしまった僕をどうかお許しください、ルナ様!
でも、今だけはどうかこれから起こる事に耐えられるお力をお貸しください!
苦悩する僕の耳にガチャッとサロンの扉が開く音が聞こえた。それと共に……。
「え~と、駿我さん、りそな。此処で良いの?」
ドクンと心臓が張り裂けそうなほど音を立てた。
「ええ、此処ですよ」
「今日は文化祭だからね。りそなさんが言うには、生徒がサロンを使うのは禁止されているそうだから。此処でなら誰にも邪魔されずに話をすることが出来るよ」
「そうですか。ああ、でも懐かしいな。学院のサロンに入るなんて卒業して以来なかっ……」
言葉が途切れた。
僕は今、サロンの入口に背を向けるようにして立っている。今のフィリア学院の女子制服を着て。
桜小路遊星様が固まっているのが分かる。
「……えっ? り、りそな、す、駿我さん……生徒は入れないんじゃ?」
「特別に許可を私が出してます」
「これからする会話に彼女……いや、君の場合は彼と言った方が良いか。彼が必要不可欠だからね」
「か、彼って……ま、まさか!?」
「本当に申し訳ありませんでした!!」
気付かれたと同時に、僕は土下座した。
出来るだけ早く動いたから、顔は見られてないと思う。こんな姿、他の学友達に見られるのは不味いだろうけど、今は桜小路遊星様以外全員事情を知っているんだから、問題は無い。
……いや、問題あるよね。桜小路遊星様に黒歴史を見せているんだから。
「えっ? ちょっと待って!? その制服って……しかもそれを着ているのって!?」
「……お、お久しぶりです、桜小路遊星様」
「ど、どうしてフィリア学院に!? き、君が通っているのはバーベナ服飾学院だった筈じゃ!?」
「……本当に申し訳ありません。それは嘘です」
「嘘っ!?」
「はい……僕が通っていたのは、此処フィリア学院デザイナー科です……じょ、女子生徒として」
顔は上げられないけど、絶句している気配が伝わって来た。とても気持ちは分かります。
「……え~と、な、何か事情があるんだよね? そ、その……君の心情を考えると進んでフィリア学院に通っているとは思えないんだけど」
うぅ、そう思って貰えることに深く感謝します。
でも……僕の口からは非常に言い辛いです。
「アメリカの下の兄の言う通り、此方の下の兄は私がフィリア学院に通う事を推薦しても拒否してましたよ」
「い、いや、りそな。推薦すること自体が間違っているんじゃないかな? 男子部はもう無いんだし」
「まあ、そうなんですが……とにかく此方の下の兄は話した直後は通う事を強く拒否していました。日本から妹にお爺様から連絡が届いて、その件を説明するまででしたけどね」
「えっ!? それってまさか、彼の事がお爺様に!?」
「いいえ……違うんです。お爺様からりそなに届いた連絡は……ルミネさんに関する事でした」
「ルミネさんに関する事?」
訳が分からないという声だった。
確かに僕が再び女装してフィリア学院に通う事に、ルミネさんがどうすれば関わるのか普通は分からない。
「お爺様から私に来た連絡の内容は、何処から嗅ぎつけたのか私がフィリア学院に学生の身分で調査員を派遣しようと考えている件に関してでした。アメリカの下の兄も知っているでしょうが、お爺様はルミネさんに関しては重度の過保護で親馬鹿です。それこそ違法な行為も辞さないほどの」
「う、うん。それは知っているけど」
「そのルミネさんが、よりにもよって1月頃に裏社会と関わりのある家柄の人間と接触をはかってしまったんです」
「えええええっ!?」
「で、その原因となったのは、この写真の相手です」
チラッと顔を上げてみると、りそなが桜小路遊星様に写真を渡していた。
……写真なんて何時の間に撮ってたんだろう? まさか、僕の写真は撮ってないよね?
渡された写真を見た桜小路遊星様は……ビキッと音が聞こえてきそうなぐらい固まった。うん、間違いない。
あの写真に写っているのは……女装した才華さん。つまり、『小倉朝陽』だ。
「……えっ? ま、まさか……り、りそな……お兄様……駿我さん……そ、そっちの僕……こ、この写真に写っているのって」
「桜小路才華。我が甥であり、お前と桜小路の実の息子。いや、その姿では娘と言うべきか」
言わないで下さい。
「因みにその写真に写っている時の姿の名前は、小倉朝陽と言うらしいよ、遊星君」
「非常に言い難いんですけど、アメリカの下の兄……貴方とあの甘ったれは親子ですよ。親子二代で女装してフィリア学院に通っているんですから」
次々と知らされる事実に、桜小路遊星様の顔色はめまぐるしく変化し、やがて……。
「……っ!」
気絶して床に倒れ伏した。僕も話を聞いた時は大泣きしたので、したくないけど、とても共感出来ます。
とりあえずお父様と駿我さんが桜小路遊星様をソファーに運んで寝かせてくれた。
僕は今の本格的なメイクをしたこの顔を見たら、ますます精神に悪影響が出ると思ったので、いまだに顔が見られないように土下座したままの体勢でいる。
それから何とか気絶から立ち直った桜小路遊星様に、僕達は現在に至るまでの話を説明した。
「つ、つまり……君が僕らに話してくれた才華を叱った話も違っていて……実は才華がじょ、女装してメイドになって仕えるのにその主人の人を軽く見るような発言をした事が、本当の叱った内容だったの?」
「はい。嘘をついて申し訳ありませんでした」
「……一応聞くけど、才華がルミネさんとの結婚話を持ちだした話は……」
「そ、その……とても……言い難い事なんですけど……その話も出ました」
「我が子の言う通りだ、遊星。その話を持ち出す前は、この俺に今すぐ大蔵家当主についてくれと言って来たぞ。流石にその時は注意したが」
あっ、不味い!
「お、お父様! その話は!?」
「ん? まさか、りそなに話してなかったのか?」
話せません。だって、そんな話をりそなが聞いたら……。
「ほう……大蔵家の当主に上の兄を就かせるですか」
顔は見えないけど、もう声だけで分かる。今……りそなは凄く怒ってる。
「アメリカの下の兄。貴方、あの甘ったれに一体どんな教育をしていたんですか? しかもルミネさんと結婚して大蔵家の当主になるなんて話まで出すなんて……大蔵家がどれだけ荒れると思っているのやら、あの甘ったれは」
「ご、ごめん! 才華が本当に大変な事を言っていて!?」
「全くだ。ルミネさんとの結婚話だけでも不味いのに、衣遠の当主話までしていたなんて。ルミネさんが当主の座に興味がなくて良かった。もし興味があったらこれ幸いにと衣遠の排除に乗り出していただろうからね。昔の俺のように」
「ええ、全くですよ……まあ、言いたい事は沢山ありますが、過ぎた事はともかくとして、そういう様々な事情があってこっちの下の兄はフィリア学院に通う事になったんです。分かりましたか?」
「う、うん……そ、その……息子が大変な迷惑をかけてごめん。お兄様も駿我さんも、りそな、それとそっちの僕も本当に才華達を助けてくれてありがとう。だから、もう土下座してくれなくて良いから顔を上げて」
「……分かりました。でも、その……覚悟を決めて下さい」
「えっ? それって一体どうい……」
途中で言葉が途切れた。その理由は良く分かります。
呆然と桜小路遊星様は、僕の顔を見ている。本格的なメイクを施した小倉朝日としての僕の顔を。
「……っ!」
あっ、また気絶してしまった。
ショックなのは良く分かります。僕も……以前は薄いメイクはともかく、本格的なメイクだけはやらないようにしてたからなあ。
最近は学院に行く時は、ごく自然に本格的なメイクをしている自分が改めて恐ろしい。人間は慣れる生き物なのは分かっているけど……これは絶対に慣れたりしたらいけないことなのに!
「……ど、どうして、そんな姿に……」
気絶から再び回復した桜小路遊星様は、顔色を土気色にして質問して来た。申し訳なさで胸が張り裂けそう。
「謝るしかないのは分かっているんですけど、これにも事情がありまして」
「ククッ、お前も分かっているだろうが、我が子の正体が露見する事だけは爺が生きている間はなんとしても避けなければならん。故にこうして学院に通っている間は本格的なメイクをする事にしたわけだ」
「お、お兄様……な、なんてことを……」
「ククッ、その人気ぶりは凄まじいものだぞ、遊星。何せ我が甥と共に人気ぶりは凄まじく、非公式ながらファンクラブが出来ているほどだ」
「ファンクラブ!?」
はい、出来てしまっています。何でそんな倶楽部が出来たのかは大きな謎なんですけどね。
「因みにそのファンクラブの部長は、我が姪であり、お前の娘であるアトレだ」
「あ、あの、お父様。少し休ませてあげませんか……もう魂が抜ける寸前になってます」
もう見ていられないぐらいに、桜小路遊星様の顔色は悪いよ。凄く気持ちが分かります。
だけど……まだ、僕らにとっての本題に入っていないんだよね。もう今日は聞くのを止めようかなと思ったけど……。
「それで重要な質問なんですけどね、アメリカの下の兄」
「才華の女装の件に関してだ」
「俺達で話し合った結果、一つの推測が浮かんでね。是非とも君に確認したいことがあるんだ」
僕以外の全員は見逃す気はないようだ。
「な、何かな……ぼ、僕に聞きたい事って?」
「あんまり遠回しに聞いている余裕がないので、率直に聞きますけど……貴方、本当に女装を止めたんですか?」
ビキッと音が聞こえてきそうなぐらいに桜小路遊星様は固まった。
あっ、この反応。どうやら僕の一縷の望みは絶たれてしまったようだ。隠れて調べておいた富士の樹海へのルートを使う事になりそう。
「先月なんですけどね。アメリカの下の兄も知っての通り、こっちの下の兄が京都の人の衣装の試着をしに行ったら、その時スイスの人とオカマの人も来たんですけど」
「き、来たんだ。ユルシュールさんとサーシャさんも」
……いけない事かも知れないけど、ちょっと嬉しい気持ちになった。本当にちょっとしたこと。もしかしたらユーシェさんが気を利かしてくれていたのかも知れない。それでも、ちょっと嬉しかった。
ユーシェさんが僕と桜小路遊星様を別人として扱っていてくれることが分かったから。やっぱり、僕はどうしても……怖い。自分が桜小路遊星様と比べられる事が……何よりも僕は怖いんだ。
「それでその時にオカマの人から聞き逃せない話を聞きましてね」
「な、何かな……凄く嫌な予感がするけど」
それは当たっています。僕も出来る事なら、あの日の会話をなかった事にしたいので。
これからりそなが口にする言葉は聞きたくなくて、思わず耳を押さえた。
「えっ? 何で耳を?」
「あの甘ったれがアメリカに居た頃から、隠れて女装をしていた疑いが出てます」
「……………はっ?」
まるであり得ない事を耳にしたと言わんばかりに目を見開いている。
とても気持ちは分かります。僕だって……今の現状だとあり得るのか不安で一杯ですけど、自分に子供が出来て、その子供が男なのに、隠れて女装しているって言われたら信じられないので。
「り、りそな……そ、その、何かの間違いなんじゃないかな?」
「ええ、間違いだったらどれだけ良かった事かと妹本気で思ってます。何せこの推測が当たっていたら、現状を遡ると下の兄に女装して学院に通うように提案した私が元凶になるので……ですが、証人がいます。上の兄」
「今回の女装してフィリア学院に通うなどという提案を、最初に言って来たのは他ならぬ才華自身だ」
「お、お兄様が才華に提案したんじゃなかったんですね」
「そうだ。無論、その時に才華の提案を止めなかった責はこの俺にもある。本来なら全力で才華達のサポートをするつもりだったが……一時期どうしても才華達のサポートが出来ない時期があった」
「……あっ」
桜小路遊星様は察したのか、僕の方を見た。
「……その事に関しては僕が謝罪します。お父様は、僕のことを考えてりそなをパリで過ごさせる為に1ヵ月ほど才華さん達と連絡が出来ずにいて……」
「その間にルミネ殿が才華の主人の候補としてある人物と接触してしまった。その相手こそ、今才華が主人として仕えている相手。エスト・ギャラッハ・アーノッツだ」
「エスト・ギャラッハ・アーノッツ!? アメリカに居た頃、才華とライバルだった人が才華の主人!?」
「そうだ。だが、お前も知っているだろう。アーノッツ家に関しては黒い噂が流れている事を」
「は、はい……お兄様の言う通り、知っています」
何だかエストさんの実家の黒い噂が結構知れ渡っている気がするけど、よくよく考えてみるとニューヨークで活躍していたんだから仕方ない面もあるよね。
デザイナーの職種は服飾の花形だけあって、その職種に就こうと努力して結果を出して行けば、その人物の事が気になって調べられることは多い。これは服飾だけじゃなくて、全ての業界であることだ。
特にエストさんは才華さんと一緒に、アメリカで『同時期に生まれた若き二人の天才』とか言われてたそうだから。尚更に注目を集めてしまった。
まあ、桜小路遊星様の場合は、湊と同じで才華さんが関わっていたから調べたんだろうけど。
「この情報がよりにもよって爺に知られてしまった」
「うそっ!?」
嘘じゃないんです。
「無論、才華が女装して通う事にルミネ殿が協力する為とは知られていないが、あの爺からすれば、ルミネ殿が裏社会と関わりある家と接触したというだけで大問題だ」
「とりあえず、妹が口添えして、ルミネさんが接触しようとしたのは同じ学院に通う相手の中にアメリカで活躍していたあの甘ったれのライバルの名前があったからという事になってます。ルミネさんが、わざわざアメリカから服飾雑誌を取り寄せていたのはお爺様も知っていましたから」
……何だか、今の話を聞くと、ルミネさんの行動が全部お爺様に知られているような気がするんだけど……流石に気のせいだよね?
「正直言って俺もりそなさんと衣遠から話を詳しく聞いた時は、動揺するしかなかったよ」
「す、駿我さんも知っていたんですか?」
「柳ヶ瀬さん達にも話したけど、俺が全ての事情を知ったのは、小倉さんが日本に帰国してからだ」
「み、湊も知ってるんですか? じゃ、じゃあ、もしかして……ルナも!?」
「知ってます……先月会った時に湊達が話したそうなので……あ、貴方に話さなかったのは、今日僕自身から話して謝罪する為だったんです」
「……何だか此処最近、ルナや湊がやけに優しいと思ってたけど、その理由は……これだったんだ」
次々と入って来る情報の数々に、桜小路遊星様は項垂れた。
でも、まだ僕にとっての肝心な話が残ってる。出来れば、このまま一生蓋をしておきたい話だ。
だけど、無理なのは分かってるので僕が質問する。誰かに聞かれるなら、もういっそ自分で聞きたい。
「そ、それで……話は戻しますが、才華さんがアメリカに居た頃に女装していたと……サーシャさんからハッキリと言われました。た、確か才華様にはアメリカの屋敷にアトリエがありましたよね。その中で隠れてしていたのではないでしょうか?」
「……ま。まさか……だ、第一……ぼ、僕や君と違って女装をやる理由なんて才華には……」
「もしもです……本当にもしもであって欲しいと願っているんですけど……女装する切っ掛けがあったとしたらどうでしょうか? た、例えば……」
く、口にするのが辛い。
だって! これが当たっていたら、僕の最後の希望が消えてしまうから! だけど、もう誤魔化したままにはしておけない。か、覚悟を決めなければ。小倉……じゃなくて大蔵遊星!
女装している時間が一日の大半だとしても、其処だけは間違えたら駄目だよ、僕!
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「え~と、大丈夫? 何だか苦しそうだけど」
はい、苦しいです。身を切るような思いで質問するので。
「お、お聞きします……さ、桜小路遊星様は……」
「な、何かな?」
「……今も女装を続けていますか!?」
「ぶぅっ!?」
噴き出された。この反応はどっちだろうか?
続けてる? 続けてない? どっちの反応なのか?
「な、何でそんな質問を? ほ、ほら、君もアメリカに居た時に聞いたよね? 僕はルナが学院を卒業してから『小倉朝日』になっていないって」
「はい、確かにそうお聞きましたが……『小倉朝日』にはなってなくても、『女装した桜小路遊星』なら可能性は残されているんじゃないかと思ったんです」
今度こそ桜小路遊星様は完全に石になってしまったと思うぐらいに固まった。
もうこの反応では確信した。確信出来てしまった。同一人物であるからこそ……分かってしまう。
彼が……女装を続けていることを。
「な、何で……何で……続けてるんですか? ……僕と違って……止められる筈なのに……」
「…………ゴメン………止めようと……何度も思ったんだけど……ルナに頼まれると……どうしても……止めることが出来なくて……」
涙で視界がきかなくなった。もうこの件で何度も涙は流して来たけど……やっぱり凄いショックだった。
しかも、まだ話は終わってないんです、桜小路遊星様。寧ろ今の発言で……確信が得られてしまいました。
「………才華さん達と初めて会った話の中で……伝えていなかった事があるんです」
「な、何かな? ……もう嫌な予感しかしないんだけど」
「……桜屋敷で初めて玄関で出迎えた時に、才華さんは小倉朝日としての僕を見て……『お父様』って呼んだんですよ……それって、つまり……見た事あるって事ですよね……桜小路遊星様の女装した姿を……才華さんが」
「……えっ? ……ちょっと待って……才華がもし見れるとしたら………」
どんな場面を見られたのかな? もう桜小路遊星様の顔色が死人同然の色になっているんだけど。
まさか、サーシャさんが言っていたように、夜な夜な楽しむためとかはないと思いたいなあ。というよりもそんな場面を見られていたら……うん、自殺するしかない。
「つまり、あの甘ったれの長い反抗期は、アメリカの下の兄の」
「遊星の自業自得だったという事だろう」
「流石にこれは弁護出来ないな、遊星君」
……もう僕も限界……女装……止めたいなあ。
意識が途切れる直前に目にしたのは、意識を失ってソファーに倒れ込む桜小路遊星様の姿だった。
次回から修正前と同じように朝日の悪夢が始まります。
カウントダウン
■■復活まで残り……2