月に寄りそう乙女の作法2~二人の小倉朝日~   作:ヘソカン

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次の話で漸く修正前の話に追いつきます。
以前よりも長くなってしまいましたが、どうかお付き合い今後もお願いします。

烏瑠様、百面相様、柳瀬ルナ様、誤字報告ありがとうございます!


九月中旬(才華side)16

side才華

 

 一瞬、紅葉が何を言っているのか分からなかった。

 それは僕だけじゃない。隣に座っているエストも、クラスの委員長である梅宮伊瀬也も、そしてジャスティーヌ嬢も、他のクラスメイト達同様に目を見開いて驚いている。

 

「それではホームルームを始めたいと思います」

 

 驚愕で固まる僕らに構わずに、紅葉は冷静にホームルームを進めようとする。

 

「先生! 待って下さい! 小倉さんが休学ってどういう事ですか!?」

 

 クラスメイト全員が抱いた疑問を、梅宮伊瀬也が代表して質問してくれた。

 

「一身上の都合です。これ以上は説明できません」

 

 だけど、紅葉は険しい顔をしたまま疑問には答えてくれなかった。

 一身上の都合。そう言われてしまえば、僕らは何も追及出来ない。特に小倉さんは大蔵家の関係者だ。

 下手に藪を突いたら、蛇どころか竜が出かねない。その辺りの事情が分かっている梅宮伊瀬也は、矛を収めるしかなく、残念そうに席に着いた。

 

「小倉お姉様。一体どうされたのかしら?」

 

「そういえば、文化祭時からお姿が見えなくなったような。部長がパティシエ科で行なわれたモンブラン決定戦に小倉お姉様が来られなくて残念がっていましたし」

 

「文化祭には来ていた筈よね?」

 

 クラスメイト達がそれぞれ小倉さんに関して話している。

 僕の脳裏に浮かんだのは、文化祭の最中に小倉さんの従者であるカリンが早退を伝えて来た時の事。

 ……思えば、あの時のカリンの様子はおかしかったような気がする。エステル・グリアン・アーノッツの相手をしてくれていたからだと思っていたが……もしかしたら小倉さんの方でも何かが起きて慌てていたのかも知れない。

 考え込んでいると、横から袖を引かれたので顔を向けた。

 

「ねえ、朝陽? 朝陽はクロンメリンさんから小倉さんが早退するって教えて貰ったんだよね? 他に何か聞いてないの?」

 

「申し訳ありません、お嬢様。クロンメリンさんからは小倉お嬢様は急用で早退するとしかお聞きしていません」

 

 今更ながらにあの時もう少しカリンから詳しく話を聞いておけば良かったと後悔する。

 

「心配だね」

 

「はい……」

 

 その後、紅葉から総合部門に参加申し込みと小倉さんが参加しようとしていたフィリア・クリスマス・コレクションでの特別イベントに関する内容と参加の説明がされた。

 ただあんまりクラスメイト達は乗り気ではなかった。僕らの班を除いた他のクラスメイト達は、全員製作疲れで暫くは作業をやりたくないという雰囲気だ。この様子では、作業にも影響は出る。

 やっぱり小倉さんの言った通りだった。その小倉さんに何かがあった。

 内心で心配している間にも時間は進み、一限目授業が終わると共に……。

 

「黒い子の事で何か知らない!?」

 

 ジャスティーヌ嬢がカトリーヌさんを伴ってやって来た。

 予想はしていたので驚きはない。何せ最後に小倉さんの従者であるカリンに会ったのは僕だし、伝言を皆にも伝えたのも僕だ。

 梅宮伊瀬也と大津賀かぐやも心配なのか近寄って来た。

 だけど、皆が期待するような返答は出来ない。

 

「申し訳ありません。エストお嬢様にも聞かれましたが、クロンメリンさんからは小倉お嬢様が早退するとしかお聞きしていません」

 

「そうなんだ……心配だよね、小倉さん」

 

 うん。本当に。

 怪我とかしていないと良いんだけど。

 

「……えーと、それでね……小倉さんが休学なんてなった訳だけどね……総合部門の方に関してはどうするの?」

 

「勿論このまま参加を目指して頑張るつもりでいます」

 

 小倉さんの件は心配だが、総合部門の方だって疎かには出来ない。

 既にパル子さん達が参加を表明してくれている。小倉さんとカリンが参加出来ないからって、総合部門の参加を辞められない。

 エストも同感なのか頷いてくれた。

 

「ジャス子は良いの?」

 

「別に良いよ。黒い子が参加してくれないのは残念だけど、元々黒い子の参加は決まっていなかったんだから。それでも参加するって私が言ったんだし」

 

 ほっ。良かった

 どうやらジャスティーヌ嬢がこのまま参加してくれるようだ。

 小倉さんの参加を期待していたから、それが難しくなった今、もしかしたらやっぱり参加を辞めるって言われないか少し心配していた。

 だけど、ジャスティーヌ嬢は参加を表明してくれた。彼女のデザインの型紙を引く役割が、僕になった時は精一杯引かせて貰おう。

 

「一応、樅山先生に確認したところ、参加申し込み期限までは追加の参加者がいても問題はないそうです」

 

 実を言えば参加申し込み期限以降でも、助っ人はOKだそうだ。

 但し、表彰台に立てるのは期限までに参加申込書にサインを入れた生徒達だけ。表彰状にも名前が記載されない。どれだけ作業に貢献しても変わらないそうだ。

 

「小倉お嬢様とクロンメリンさんの事は気になりますが、残念ながらお二方を待っている余裕はもうありません。作業期間は残り3ヵ月と少ししかないのです」

 

 今日は予定通り放課後に、先ずはパル子さん達の班との顔合わせだ。

 まだ幾つか決まっていない事があるけど、先ずは顔合わせからだ。

 

 話している間に休憩時間が終わり、授業は進み昼休みになった。

 

「今日は久々の食堂での食事だね!」

 

「そうですね、お嬢様」

 

 昼休みになると共に、エストはとても嬉しそうに席から立ち上がった。

 特別編成クラス用の食堂で食事をすると、エストが食べまくるから僕が出来る限りお弁当を持って来るようにしていた。

 でも、暫くはそれを諦めるしかない。梅宮伊瀬也とジャスティーヌ嬢は、特別編成クラス用の食堂で食事を取っている。

 彼女達と総合部門に関して話をする為には諦めるしかない。

 仕方ない事だと自分に言い聞かせて、僕が席から立ち上がると……。

 

「し、失礼します。こ、此方に小倉朝陽さんはいますでしょうか?」

 

 教室の扉が開き、九千代が入って来た。

 ……九千代? えっ? 何で九千代が服飾部門の教室に!?

 

「は、はい。どうされました、九千代さん」

 

「……少しお話がありますので、今お時間を宜しいでしょうか?」

 

 ……これは何かあったようだ。

 パティシェ科に通っている九千代がわざわざ訪ねに来るなんて。

 エストに視線を向けると、真剣な顔をして頷いてくれた。

 

「分かりました。お嬢様、少しの間失礼いたします」

 

「うん。気を付けてね。フフッ、朝陽がいない間に」

 

 ……実は沢山食べたいから僕と離れる訳じゃないよね、エスト?

 

 不審をエストに抱きながらも、僕は九千代と共に教室を出た。

 廊下で話すのかと思っていたら、服飾部門にあるサロンに案内された。サロンがあるのは知っていたけど、今では特別編成クラス用の食堂があるので学生達も滅多に使う事がない場所だ。

 なるほど、内緒話をするのには打って付けの場所だ。

 そう思いながら足を踏み入れてみると……。

 

「待っていました、お兄様」

 

「アトレ……お嬢様」

 

 厳しい顔をした僕の妹が待っていた。

 いよいよ何かあったとしか思えなくなって来た。しかも人がいないとはいえ、学院で僕の事をアトレが才華として呼ぶなんて。

 

「急にお呼びしたのは謝罪します。ですが、お呼びしたのはメールや電話で済ませられない話があるからです……お父様から連絡が届き、今日の夜に桜屋敷にお兄様と共に来るようにとの事です」

 

 やっぱりか。

 今更お父様に対して反抗期はないから、会う事に不満はない。アレ? でも?

 

「お父様から連絡って……昨日会ってなかったの?」

 

「はい。私はてっきりお父様は昨日はお兄様と2人だけで会話しておられると思っておりました。文化祭の日には、『今日は用があるから、会うのは後日に』とメールが来ていただけでした」

 

「僕の方もだよ」

 

「……何だかお父様らしくありませんね」

 

 確かに。

 これが僕とアトレのどちらかと会っていたならともかく、家族思いのお父様が両方ともに会っていないなんておかしい。

 勿論、大蔵家の方と会っていたからかも知れないが、それだったらそれで連絡が来る筈だ。

 

「あの……実は他にも気になることがあります。文化祭の日から八十島メイド長とも連絡が取れていません」

 

「えっ? そうなの?」

 

 九千代の報告に僕は驚いた。

 

「はい。その……モンブラン決定戦での優勝の報告をしに行ったら、受付の方から急用が出来て出て行ったっきり戻って来ていないそうです。今日の朝も学院に来る前に受付に寄りましたが、やはりまだ戻られておりませんでした」

 

 ……言われてみれば、壱与とは文化祭の日から会っていない。

 連絡の方も、エステル・グリアン・アーノッツの件が終わってからは取っていなかった。昨日はずっとエストの部屋で夜遅くまで作業をしていたので尚更に顔を見る機会なんてなかったし。一応お礼のメールは送っておいたけど、今思えばその返信も返ってきていなかった。

 タイミング的に考えて、恐らくお父様と壱与の急用と言うのは……文化祭の日に早退した小倉さんの件が関わっている可能性が高い。

 

「壱与とお父様は一緒にいるのかな?」

 

「多分ですが、そうだと思います。それとお兄様。小倉お姉様が休学されたという話を、飯川さんと長さんから聞きましたが、事実なのでしょうか?」

 

「うん。僕も驚いたけど、今朝のホームルームで紅葉から教えられたよ。詳しい話は、家の事情だから話せないって言われた」

 

 もしかしたら聞いたのが僕だけだったら、紅葉は話してくれたかも知れない。

 だけど、これ以上紅葉に負担をかける訳には行かない。ましてや今回聞こうとするのはプライベートに大きく関わる事だ。

 学院の教師である紅葉が、一生徒である小倉さんの情報を部外者の立場の僕に話すのは危険だ。

 入学者のリストに関してはグレーだったけど、今回は紛れもない黒だ。

 

「紅葉にはこれ以上負担は掛けられない。今日お父様に会うんだから、その時に聞かせて貰おう」

 

 アトレと九千代は頷いてくれた。

 お父様なら何か知っているに違いない。となると、エストに説明して今日は早めにあがらせて貰わないと。

 どういう風に説明したら納得してくれるかな?

 ……あっ。そう言えば、もう一人。文化祭の日から会えない人がいた。

 

「……そうだ。アトレ。ルミねえに会った? ルミねえも文化祭が終わった後に会ってないんだ」

 

「ルミねえ様ですか? いいえ、残念ながら私も文化祭の日からお会いしていません……そういえば昨日の夜のお茶会の時間にも来られませんでした。ピアノの演奏会で金賞を取られたという話は、『コクラアサヒ倶楽部』に所属している方々がお話しているのを耳にしましたが」

 

 あれ?

 

「僕も金賞を取ったって話を、文化祭の日の夜に八日堂朔莉から教えて貰った。えっ? じゃあ、アトレも九千代もルミねえと会って直接金賞を取ったって聞いてないの?」

 

「はい」

 

「私もお聞きしていません」

 

 これはどういう事だろうか?

 ……まさか、あの衣装が何かルミねえに切っ掛けをこんなにも早く与えてしまった? いや、幾ら何でも早過ぎる。

 確かにあの衣装には、ルミねえに危機的状況に気づいて貰いたいという意図が籠もっていたよ。でも、流石に文化祭が終わってすぐに効果が出てしまうなんてことがある筈が……うん? ちょっと待った。

 

「……待った……今、僕らが文化祭後から姿が確認出来なくなったのは、小倉さん……それにルミねえ。この2人が共通しているのって……大蔵家だよね?」

 

「まさか、お兄様。小倉お姉様が大蔵家の方々に会われてしまったというのですか? それはあり得ない筈です。文化祭の日の早朝にルミねえ様が言っていたではありませんか。小倉お姉様がフィリア学院に通われている事は秘密になっていると」

 

「わ、私もそうお聞きしました」

 

「そう……だよね」

 

 その辺りの事は、僕達以上に伯父様と総裁殿が警戒しているだろうし。

 

「それにルミねえ様も少なからず小倉お姉様の心情はご理解されている筈です。その……正直申しまして、私は小倉お姉様の心の傷を踏み躙ってしまった事を後悔しています。本当に何という事を言ってしまったのか……穴が在ったら入りたいという心境はこのようなものなのかと実感させられています」

 

 本当に小倉さんには僕ら兄妹はもう頭が上がらないよ。だけど、間違いなく何かが起きてしまった。

 何せ紅葉が告げたのは休みじゃなくて、休学だ。あの服飾の授業を教室内の誰よりも頑張っていた小倉さんがだ。でも、何が起きてしまったのかが僕達には分からない。

 結局お父様に尋ねるしかないという結論に達して、僕らは別れた。

 

 

 

 

 本日の授業が終わり、放課後になった。

 僕達はすぐに教室から出てサロンを目指した。未だ特別編成クラスと一般クラスとの間の蟠りが消えていない現状で、教室で会うのは色々と不味い。

 かと言って、以前ジャスティーヌ嬢がパル子さんとマルキューさんを招いた特別編成クラス用の食堂で会うのも駄目だ。今はともかく、以前は梅宮伊瀬也も良い顔をしていなかったから。

 以上の事から僕らが問題なく会う事が出来るのは、サロンしかない。使う生徒が殆ど居なくなってしまったサロンだけど、これから暫くの間は僕らの総合部門に向けての話し合いの場になりそうだ。

 

「あっ。きゅうたろう。メイドさん達が来たよ」

 

「ちぃーす。メイドさんにギャラッハさん」

 

 サロンに来てみると、既に中でパル子さんとマルキューさん、そして彼女達の班員の三人の女子生徒が待っていた。

 

「朝陽ッち! 朝陽ッち! マルキューのメイクを担当した美容科の生徒も、総合部門でメイクしてくれるって本当?」

 

 文化祭の日のマルキューさんのメイクの担当者は、エストのメイクをしてくれた人と同じようにジュニア氏から紹介して貰った人だ。

 少しでもパル子さん達の班の彼女達に興味を持って貰う為に、エストのメイクを頼む序でにマルキューさんのメイク担当者もジュニア氏から紹介して貰った。結果は、僕の予想以上に効果があったようだ。

 

「はい。既に其方に関してはジュニアさんから参加するという旨を聞いています」

 

『よしっ!』

 

 やる気を出して貰えて良かった。

 それから僕達は軽い自己紹介をそれぞれ行ない、本題である総合部門の話を始める。

 

「では、リーダーの役目を引き受けます。私から改めて総合部門の内容に関してご説明します。私どもが総合部門で行なう演目は『1年生で才能あるデザイナー達に依る作品でのファッションショー』となります。そのデザイナーは、パル子さん、ジャスティーヌ様、そして私です」

 

 エストが何処かソワソワしている。

 ちゃんと分かっているから安心してくれ。何事にも順序があるんだから。

 

「そして製作する衣装は最大15着となりますので、それぞれ5着ずつデザインを描くわけですが……マルキューさん、そしてパル子さん達に急な話ですがお願いがあります」

 

「えっ? なんですか?」

 

 警戒の視線を向けられた。

 此処まで来て無茶な要求をされるんじゃないかと思われたようだ。安心して欲しい。無茶ではないけど、ちょっとした我儘ぐらいだから。

 

「実は私の分の5着分のデザインの1枚分をお嬢様のデザインに使わせて欲しいのです」

 

「ギャラッハさんのデザインを? ……どんなデザインですか?」

 

 真剣な顔を向けられた。

 其処には妥協は許さないという意思が込められているのが分かる。マルキューさん達は既にブランドを小規模ながら営んでいる人達だ。

 此処でエストのデザインをマルキューさん達が認めてくれなかったら、残念だがエストのデザイナーとしての参加は諦めるしかない。

 視線でエストに合図を送ると、エストはマルキューさん達に総合部門に向けて描いたデザイン画を差し出した。

 

「こ、これが私のデザインです!」

 

「うわっ! メイドさんのデザインに負けないぐらい良いデザイン!」

 

「ギャラッハさんすげぇー!」

 

「今年の特別編成クラスの生徒って、こんな凄い人ばかりなの?」

 

「ほんとすごっ! もしかして私ら凄い人達と手を組んだ?」

 

「これなら本気で総合部門の最優秀賞とか狙えるんじゃね?」

 

 よし!

 パル子さん達の印象も悪くない。誉められている僕の主人は嬉しそうに顔を綻ばせている。

 

「でも、こんなに良いデザインが描けるのに、ギャラッハさんはコンクールとかには出なかったんですか?」

 

 尤もなマルキューさんの疑問に、エストの顔は曇った。

 将来はゴーストをやるつもりでいましたなんて言えるわけがない。

 

「そ、その、日本では新しいデザインに挑戦していて」

 

「私も昼休みに聞いて驚いたんだけど、エストンってアメリカで賞を取った事があるんだって、凄いよね」

 

「マジすか……何か本当に凄いメンバーですね」

 

 梅宮伊瀬也の話にマルキューさん達は感心するばかりだ。

 

「それで皆様。どうかエストお嬢様に一枚分だけの参加枠を頂けませんでしょうか?」

 

 マルキューさん達は顔を見合わせて相談し出した。

 

「パル子。お前はどう? デザイナーとして参加するんだから」

 

「私は別に良いぜ、きゅうたろう。ギャラッハさんのデザインすげぇーし」

 

「……まあ、使う枠がメイドさんの枠だから良いかな」

 

「ありがとうございます! 皆さん!」

 

 どうやらエストの参加も受け入れて貰えたようだ。これで本格的に作業に移る事が出来る。

 

「それでは次の話になりますが、総合部門にモデルとして参加したい方は手を上げて下さい。これに関しては立場とかはありません」

 

 僕を含めた全員の手が上がった。

 えっ? 全員? 先ず僕は以前モデルとしての参加に拒否気味だったパル子さんに視線を向けた。

 

「パル子さんも、モデルとして参加する気になったのですか?」

 

「いや、その……やっぱり緊張はするんですけど、きゅうたろうが舞台に上がっている姿を見て私もちょっとやって見たくなって。皆と舞台を歩けたらなんて思いまして」

 

「いえ、参加には問題はありませんので」

 

 パル子さんもモデルとして参加か。やはり班員全員でモデルとして立ちたいという気持ちがあったので、少し嬉しいよ。

 それで次に視線を向けたのはカトリーヌさんだった。

 

「あ、あのその……ジャスティーヌ様から参加するように言われて」

 

 なるほど。ジャスティーヌ嬢の意思だったか。

 となると、ジャスティーヌ嬢が決めたモデルの一人はカトリーヌさんか。うん、僕やエストみたいで良いじゃないか。

 

「では、この場にいる全員が参加を希望という事で。誰のデザインを希望しますか?」

 

「ああ、うちらはパル子のデザインでお願いします」

 

「朝陽っちのデザインも良いんだけど、やっぱ私らは」

 

「『ぱるぱるしるばー』の一員なんで!」

 

 素晴らしい友情だ!

 この人たちと組めて本当に良かった!

 

「えっと、じゃあ私は……」

 

「いせたんの衣装のデザインは私が描いてあげるよ」

 

「えっ!? ジャス子が私の衣装を!?」

 

「なに? 何か不満でもあるの?」

 

「ううん。不満なんてないよ! ありがとう、ジャス子!」

 

「別にお礼を言われる事じゃないよ。ただ私がいせたんの衣装のデザインを描きたいと思っただけだから」

 

 どうやら梅宮伊瀬也の衣装も問題無いようだ。

 その隣で何処か期待している視線を僕に向けて来ている大津賀かぐやには……。

 

「大津賀さんには予定通り私の衣装を着て貰います」

 

「良い! その上から視線と物言い! 凄く良い!」

 

 Mの大津賀かぐやに対する対応はこれで良し。

 ……ただあんまり興奮はしないで欲しいな。初めて見るパル子さん達が少し引いてるよ。

 

「か、変わった人ですね」

 

「もう大津賀さんたら」

 

 とにかく、僕らは総合部門に向けて本格的に動き出した。

 まだ決まっていない事もあるけど、皆で頑張って総合部門最優秀賞受賞を目指そう!

 

 

 

 

「それではお嬢様。本日は失礼いたします」

 

「うん。桜小路家の方に会いに行くんじゃ仕方ないよね」

 

 学院から桜の園に戻ると共に、僕はエストに挨拶をした。

 エストには桜小路家の方が日本に来られているので、以前家に仕えていた身として挨拶したいと説明した。

 以前の主人の家を気にしているようで何か言われないか心配だったが、僕の予想に反して、寧ろエストの方が乗り気で行けと言う様子だった。

 

「朝陽! くれぐれも! くれぐれも才華さんのお父様には宜しくね!」

 

 ……外堀を埋めるつもりじゃないよね?

 エストの事はちゃんとお父様に話すつもりだけど、過剰に誉めるのは控えよう。うん。

 

「それと小倉さんの事で何か分かったら教えてね?」

 

「プライベートに関わる事でしたら話せないかも知れません。その事はご容赦下さい」

 

「うん。それは分かっているから安心して」

 

 流石にエストも大蔵家の事情にまでは踏み込む勇気は無いようだ。

 ホッと一安心。以前のジャスティーヌ嬢の時と違い、今度ばかりは本格的に他家の事情が絡む話になりかねない。

 相手が大蔵家では残念ながら、エストの家であるアーノッツ子爵家が介入する事は出来ない。

 エストの部屋を出て、そのまま地下の駐車場に向かった。着替えている暇も惜しいので女子制服姿のまま。

 どの道男性用の服は桜屋敷に全て置いてある。このまま行くしかない。

 ……お父様。気絶しないといいなあ。

 

「お待ちしていました、お姉様」

 

 駐車場に来ると、其処では既にアトレと九千代が待機していた。そしてもう一人……。

 

「お待ち……していました……若」

 

「壱与。どうしたの?」

 

 文化祭の日から会えずにいた壱与も一緒にいた。

 だけど、その顔は最後に見た時のような元気な顔ではなく……暗く悲し気な顔をしていた。あの何時も明るく振舞ってくれていた壱与が、こんなにも変わり果てているなんて。一体何が!?

 

「詳しい話は……お屋敷で旦那様がいたします。さっ。車にお乗りください」

 

 こんな状態の壱与から話を聞くのは流石に酷だ。

 お父様にお聞きしようと思いながらアトレ達と共に車に乗り、桜屋敷に向かった。

 車から降りて屋敷の方を見てみると、電気が点いている。お父様が屋敷の中にいるのだろう。

 ……こんな女子制服を着て女装している息子と再会する事になってしまって、大変申し訳ありません、お父様。

 出来れば男物の服に着替えたいけど、そんな時間はないだろうし。

 アトレ達と共に屋敷に入ると、壱与が先導して応接室に案内してくれた。そして応接室に足を踏み入れると……。

 

「才華さん……アトレさん」

 

「ルミねえ!?」

 

「ルミねえ様!? どうして此方に!?」

 

 小倉さんと同じように、文化祭の日から会えなかった敬愛する僕の姉の姿があった。

 だけど、様子が変だ。壱与と同じように暗い雰囲気を纏っている。やっぱり、何かあったんだ。

 やがて視線を彷徨わせていたルミねえの目がアトレに向いた。

 

「……アトレさん」

 

「何でしょうか、ルミねえ様?」

 

「……私、近い内に桜の園を出るから」

 

「はっ?」

 

「ルミねえ様。一体何を仰って?」

 

 本当に何を言ってるんだ、ルミねえは? えっ? 桜の園を出るって? それってまさか!?

 

「ルミねえ、まさか部屋を引き払うつもりなの!?」

 

「うん。そう」

 

「一体どうして!?」

 

「……このまま私が才華さん達の傍にいたら危ないかも知れないの……私、今凄く怖いの……お父様が」

 

「お父様って? ひいお祖父様が!? 一体どうして!? 何があったの、ルミねえ!?」

 

「それは僕から話すよ、才華、アトレ」

 

 聞こえて来た声にドキッと胸が高鳴った。

 そうだ。ルミねえが此処に居た事に驚いて忘れてたけど、僕らはこの人に会いに来たんだ。

 振り返ると、人数分のコーヒーが載ったトレイを持ったお父様が立っていた。僕の女子制服に顔が引き攣っているけどね。

 

「そ、その……よ、良く似合ってるね……その……制服姿……」

 

「こ、こんな姿ですみません、お父様」

 

 久々に会う息子の姿が女装ですみません、お父様。でも、僕がこの趣味に目覚めてしまったのは、女装したお父様とお母様のあの情事を見たのが原因だから。

 ああ、でもアメリカではずっと秘密にするようにしていたのに、こうして直接僕の女装姿を見せる日が来るとはあの頃は考えても見なかった。とは言っても、もうお父様も此方の事情を知っている筈だから、隠す必要はないよね。

 

「う、うん。大丈夫。もう覚悟は出来てたから……それに正直そんな事を言ってられる状況じゃないんだ、才華、アトレ」

 

「……何があったんですか? それにルミねえがどうして桜屋敷に?」

 

「それは私がお願いしたの……才華さん達に合わせる顔がなくて……文化祭の後に桜屋敷に泊めて欲しいって、遊星さんにお願いしたの」

 

「合わせる顔が無いって。ルミねえはピアノの演奏会で金賞を……」

 

「言わないで!?」

 

『っ!?』

 

 いきなり怒鳴られた。しかも凄い剣幕で。

 だけど、すぐにルミねえは勢いを無くして床に膝をついてしまい、そのまま両手で顔を覆った。

 

「演奏会の事は言わないで……あんなの……あんなの……いっそ無かった事にしたいの」

 

「ル、ルミねえ」

 

 こんなに弱々しいルミねえを見るのは、初めてだ。

 やっぱり、何かあったんだ。困惑する僕とアトレに、テーブルにトレイを置いたお父様が声を掛けて来た。

 

「取り敢えず椅子に座って……僕が説明するから。ルミネさんの事も……そして朝日の事も」

 

 促されて僕とアトレは椅子に座り、ルミねえも立ち上がってお父様の隣の席に座った。果たしてどんな話をされるのか。内心で戦々恐々としながらお父様が口を開くのを待つ。




次回は以前と同じように才華側で朝日に何があったのか知る事になります。
自分達が無事に事が済んだ裏側で朝日に起きてしまった悲劇を知る事になります。

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